『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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どんな話も見えている一面だけを信じてはいけない。
裏まで見通せ。
善意の裏。
悪意の裏。
そこに隠されたものを暴け。


第弐拾壱話

翌日、菜々子達は伊地知の運転する車で映画館にいた少年──吉野順平を探していた。

 

「──うん、わかった。大丈夫。ナナミンいるし」

 

それじゃまたね、と菜々子は通話を切る。

 

「『呪詛師殺し』様、何か言ってた?」

 

「今回の件は手助けできないって。今、北海道で呪詛師狩ってるらしいよ」

 

被害が拡大しているため『呪詛師殺し』に手助けを頼もうとしたのだが、生憎あちらはあちらで忙しいらしい。

『呪詛師殺し』も夏油も頼れない。

一応確認してみたところ、五条も別の任務で出張になったらしい。

 

「何かさぁ……特級呪霊が絡んでる可能性あるのに、ナナミン一人に任せるとかおかしくない?」

 

「うん。本当なら地方の事件片付けるより、こっちを夏油様に任せるべきだと思う」

 

「きな臭いよねぇ……」

 

特級呪霊に勝てるとすれば特級術師か一部の一級術師。

確かに七海の実力は一級の中でも頭一つ飛び抜けているが、夏油と五条を地方に行かせてまで七海に特級案件を任せるだろうか。

どうにも配置がおかしい。

特級案件から特級術師を外して何の得がある。

任務の成功率を下げるだけではないのか。

二人は頭を捻るが、ここまでの調査で得た情報だけでは何とも判断し難い。

呪術界そのものがきな臭い噂で溢れすぎているのだ。

疑い始めればキリがない。

二人がため息を吐いて俯いたそのときだった。

 

「いました。吉野順平です」

 

伊地知の声に二人が後部座席から身を乗り出す。

車の前方にいるのはコンビニのビニール袋を下げた私服の少年。

顔と背格好も写真と一致する。

 

「私服ってことは学校はサボり?」

 

「ええ。しばらく高校には行っていないようです」

 

車のまま近付くと気付かれるので、ある程度人気が少なくなったところで三人は車を降りる。

降りる際に伊地知が助手席から手にとったのは二匹の蝿頭が入った小さな檻。

これが今回の任務の要だ。

この蝿頭にわざとターゲットを襲わせ、その反応で危険性を判別する。

 

「手順はわかっていますね?」

 

「呪いが見えない非術師の場合は私達が救助ぉ」

 

「見えるけど対処できない場合は助けた後に事情聴取」

 

「祓った場合は即時拘束。それが私達の手に負えない場合は一旦退いてナナミンと合流」

 

「合ってるよね?」

 

「ええ。問題ありません」

 

やり方としてはかなり荒っぽいが仕方ない。

誤認ならそれでいい。

少し距離をとりながら追っていくと、やがて人通りが途切れてきた。

そろそろ頃合いだろうと三人は電柱の影から顔を出す。

 

「行きますよ」

 

「待って……誰かいる」

 

「え?」

 

伊地知──痛恨のミス。

ターゲットの目の前に男がいたのを見逃していた。

しかし、美々子の言葉より先に蝿頭は檻から飛び出してしまっている。

 

「周りの確認くらいしろよバカァ……!」

 

「す、すいません……」

 

菜々子が小声で怒鳴るがもう遅い。

飛び出した二匹の蝿頭のうち一体はターゲットのほうへ。

もう一体はまるで見当違いの方向へ飛んでいく。

 

「あっち追って! こっちは見ておくから!」

 

「はいぃ……」

 

別方向へ飛んでいった蝿頭を伊地知に任せ、菜々子と美々子はもう一体の動きを追う。

まさかこんな形で躓くとは。

 

「ってか何あの男。デブ過ぎて邪魔なんだけど」

 

「ちょっと近付く……?」

 

手前にいる男が邪魔でターゲット本人が見えなくなってしまっている。

美々子の言う通り近付いたほうがいいだろう。

二人は電柱の影から出て、あくまで自然な様子を装ってゆっくりとターゲットのほうへ歩いていく。

 

「何をブツブツ言って──痛っ!? 何だ!?」

 

そして、ターゲットのほうへ飛び出した蝿頭は手前にいた男へ攻撃し始めた。

しかし、蝿頭は四級にも満たない低級呪霊。

襲われたところで死にはしない。

男の横を通り過ぎ様、素早く手を伸ばして肩に乗っていた蝿頭を引き剥がす。

 

──あ、見えてるね。

 

その時、順平の視線は菜々子の手──ちょうど蝿頭がいる位置に向けられていた。

見える側の人間であることは確定。

後は術式の有無とその内容だ。

 

「ねぇ、アンタ」

 

「え? 僕ですか……?」

 

いきなり現れた菜々子達に順平は困惑した様子を見せるが、見える側の人間とわかった以上、術式があってもなくても事情聴取はしなければならない。

 

「うん。聞きたいことあるんだけど、ちょっと来てくれない?」

 

「おい! 今オレが話してるだろ! 失礼だな」

 

「あ? 急ぎなんだけど」

 

「急ぎィ? ()()()()()()──」

 

「はー……うざぁ」

 

緩慢な動きで菜々子の手が男の胸ぐらを掴む。

何となく察しがついた。

順平とは顔見知りだったようだし、昼間にこんなところにいるあたり、この男は高校の担任だろう。

それが()()では学校に行きたくないというのも納得だ。

 

「お前みたいな体だけデカい子供に言われたくねーよ」

 

タイミングがいいのか悪いのか偶然そこに通りがかったのは廃品回収のトラック。

菜々子はそれを見てニヤリと笑うと身体を呪力で強化──同時に男の足を払う。

夏油仕込みの体術だ。

体格差があろうが素人一人投げるくらいどうということはない。

 

「がはっ!?」

 

宙を舞った男は綺麗な放物線を描いてトラックの荷台に放り込まれた。

そのままトラックは角を曲がって見えなくなってしまう。

後には一仕事終えたとばかりにパンパンと手を払っていい笑顔を浮かべる菜々子、小さく拍手している美々子、そして唖然とした表情で固まる順平が残された。

 

「邪魔者は消えたし……ほら、行くよ」

 

「あ、あの……」

 

「ん? 何か用事ある?」

 

「ない……けど。えっと……わざわざあんなことしなくても僕だけ引っ張っていけばよかったんじゃ……」

 

「んー……でもアンタ、アイツ嫌いじゃん?」

 

「──! 何で……」

 

「さっきので十分わかるっつーの。それに何かちょっとすっきりした顔してるし」

 

再度、行くよ、と告げて菜々子は歩き出す。

順平は僅かに迷う様子を見せたが、美々子が背を押したことで少々戸惑いながらも足を踏み出した。

 

「──ここでいいか」

 

少し移動して足を止めたのはそこそこ広さのある河川敷。

人気はないし、内緒話にはうってつけ。

そして彼が暴れても大丈夫な場所。

とりあえず順平を座らせ、両側にそれぞれ菜々子と美々子が腰を下ろす。

 

「それで……聞きたいことっていうのは……」

 

「この間、アンタ映画館行ったでしょ。何か変なモノとか人とか見なかった?」

 

「────!」

 

順平の表情が一瞬だけ強張る。

しかし──

 

「──いや……()()()()()

 

「……そう。わかった」

 

なぜ嘘を吐く。

順平が映画館を出たのは上映が終わり、室内のライトがつけられてから。

間違いなく死体を見ているはずだ。

あの無惨に変形させられた同級生達を。

犯人だから知らないふりを通しているのか。

または自分が犯人にされることを恐れているのか。

それとも何か他に隠しておきたいことがあるのか。

 

──隠しておきたいこと……か。

 

「美々子、押さえてて」

 

「ん……了解」

 

「ちょっと失礼。触るよ」

 

「は? えっ……ちょっ……」

 

「あー、こら、ジタバタすんなって」

 

美々子に順平の肩を押さえてもらい、菜々子は彼の身体を上から順にペタペタと触っていく。

先ほどから感じていた違和感。

菜々子の予想が正しければ──

 

「痛っ……」

 

腹に触れた瞬間、順平が顔をしかめた。

そして、顔を逸らしたことで前髪に隠れていた額のヤケドの痕が露になる。

形からしてタバコを押し付けられたらしい。

 

「虐待……? いや、イジメか」

 

「な、何で……」

 

「歩き方。何か庇ってるみたいだったから。後は学校行ってないあたり、それくらいしか理由ないでしょ。担任も()()じゃ頼りにならないだろうし」

 

恐らく複数人に暴行を受けたのだろう。

腹のケガは触った感触では打撲程度のようだが。

 

「でも、自分から喧嘩売りにいくタイプには見えないよね、美々子」

 

「たまたまクラスの中のガラの悪い連中に目をつけられたってところじゃないかな、菜々子」

 

「何でわかるのさ……そうだよ」

 

順平が反抗的な態度をとったのが気に入らなかった彼らの行動は徐々にエスカレート。

しかし、担任である外村はそれを「仲良くしてやっている」などと言う。

順平も溜め込んでいた鬱憤があったのだろう。

一度口を開けば怒濤のように愚痴が吐き出された。

その中で出てきたいくつかの名前。

佐山、西村、本田──それは映画館で亡くなった三人の名前だ。

 

──他の二人……伊藤とツバサって名前は聞いたことないけど……動機は十分か。

 

「他に誰かに相談しなかったわけ? 親とか」

 

「ウチ、母さんだけだから心配かけたくなくてさ……」

 

話をしながら菜々子は思考を巡らせる。

 

──イジメられてた復讐に殺したと考えれば筋は通る……けど、何か違う。

 

イメージが合わない。

何となく呪術師(こちら側)に近い暗さはある。

だが、映画館の遺体を見たときに感じたような強烈なドス黒さのそれではない。

実行犯ではないからか。

例えば順平が同級生達を誘い出す役で呪霊が殺す役だったとしたらどうだろう。

 

──それが自然ではあるけど……それなら犯人は何のために痕跡を残してる? どう見ても私達を誘い出すためだよね。

 

何か見落としてはいないか。

菜々子は監視カメラの映像を思い出す。

そう言えば監視カメラに映っていた順平は、まるで何かを追いかけているようではなかったか。

現場から逃げたのだと思っていたが、映画館から出るまでの間、順平は一度も後ろを振り返ることはなかった。

あの惨状以上に目を引くものが視線の先にあったのか。

 

──もしかして……逆?

 

犯人と順平が組んで三人を殺した可能性ばかり考えていた。

だが、犯人が痕跡を残すために三人を殺すのを見たことで順平が接触した可能性もあるのではないか。

残りの二人を殺すために。

 

──でも、その伊藤とツバサってヤツが死んだって連絡はないし、何より犯人は今頃乗り込んだナナミンとぶつかってるはずだし……。

 

他愛ない話を続けながら菜々子はチラリとスマホに目を落とす。

時間は十八時を過ぎたところ。

しかし、七海から任務完了の報告は来ていない。

予想以上に長引いているのか。

 

──どうするかなー……コイツを放置するのは絶対ダメだし。

 

順平からこれ以上の情報は引き出せそうにない。

伊地知に今後の動きをどうするか聞きたいが、まだ蝿頭を追っているのか、さっきから何度コールしても留守電になってしまう。

自分達の判断で動くしかないか──そう考えていたとき。

 

「あれ? 順平」

 

「母さん!」

 

後ろからの声に三人が振り向けば、堤防の上に一人の女性が立っていた。

彼女が先ほど順平が言っていた母親だろう。

夕飯の買い物帰りなのだろうか。

腕に下げたビニール袋からネギが飛び出している。

階段を下りてきた彼女は、ふと順平の両脇にいる二人を交互に見て目を瞬かせた。

 

「え? 何? 彼女? しかも二人?」

 

「ち、違うって! さっき会ったばかりだよ」

 

手を振って否定する順平だが、母親のほうはすっかりテンションが上がってしまった様子で「照れるなよー」とニヤニヤと笑いっぱなしだ。

すると菜々子はこれ幸いとばかりに人の良さげな笑みを浮かべて母親に近付いていく。

 

「ちーっす。さっき逆ナンさせてもらいましたぁ」

 

「あははっ! えー、マジかー。名前何ていうの?」

 

「菜々子でーす」

 

「美々子」

 

「菜々子ちゃんと美々子ちゃんか。ねぇ、何でこの子に目ェつけたの?」

 

「あー……何かいけそうだったから?」

 

それを聞いた途端、順平の母親は腹を抱えて大笑いし始めた。

笑いすぎて目尻には涙まで浮かんでいる。

 

「私達ぃもう少し彼と話したいんですけどぉ」

 

「ああ、全然いいよ。ねぇ、よかったら二人ともウチで晩ごはん食べていかない?」

 

「ちょっと!? いきなり何言ってんのさ!」

 

「だってアンタ、彼女どころか友達だってほとんど家につれてきたことないじゃない。二人だけで寂しく食べるよりいいでしょ」

 

「ありがたくゴチになりまーす」

 

「なりまーす」

 

うまくいけば家に入り込めるかもと考えていた菜々子はトントン拍子に話が進んだことに内心でほくそ笑んでいた。

順平の家に戻る道すがら母親──凪にもさりげなく蝿頭をチラつかせてみたが、彼女のほうは完全に見えない側の人間らしい。

 

──まあ、術式も完全に遺伝ってわけじゃないしね。

 

例えば夏油がそうだ。

夏油の両親は二人とも見えない側の人間で術式もない。

呪術自体まだまだブラックボックスの部分が多く、術式の発現のしやすさや遺伝の優性についての研究はほとんど進んでいない。

 

──術式はまだわからないけど、とりあえず得られた情報は伝えておくか。

 

家に辿り着いて凪が夕食の準備を始めたところで、ちょっと保護者に連絡してくる、と言って菜々子はリビングを出る。

伊地知を呼び出して今の状況を伝えると、彼が頭を抱えたのが電話越しに伝わってきた。

蝿頭を使った作戦は周囲の確認を怠ったせいで失敗し、フォローのために菜々子達を殺人に関わっているかもしれない人間に接触させ、あまつさえ彼女達が今いるのはその人物の自宅。

これで順平が暴れて菜々子達に何かあろうものなら──

 

「私の監督者としての責任が……」

 

「近くで監視してたほうがいいじゃん。犯人と接触してるのは間違いないし」

 

「何か気付いたことが?」

 

「私達みたいな学生が殺人事件について聞いてるのに、アイツは一度も「何でそんなことしてるのか」なんて聞かなかった。呪術師や高専のこと知ってるんだよ。多分、ナナミンが追ってる本命が何か吹き込んだんじゃない?」

 

「なるほど……ですが、それならやはり一度戻って七海さんと合流したほうがいいのではないでしょうか。犯人と繋がっていることがわかった以上、彼の近くにいるのは危険です」

 

「何か術式持ってるかもしれないけど、少なくとも家の中で暴れることはないと思う。母親に心配かけたくないからってイジメられてることも言ってないようなヤツだし。目を離した隙にまた犯人と接触されても厄介でしょ」

 

「……わかりました。しかし万が一の場合はすぐに逃げてください」

 

「りょ」

 

電話を切ってリビングに戻る。

台所を見れば美々子が凪に教わりながら何か作っていた。

 

「母さんも警戒心なさすぎだろ……」

 

一方、部屋の反対側のソファには頭を抱えた順平が。

菜々子は順平に近付くと隣に腰かける。

 

「ちょっと強引だったのは悪かったよ。珍しくってさ。母親っていうのが」

 

「え……それって……」

 

「うん。私達の親は物心ついた頃には二人ともいなくて。思い出も顔も記憶にないんだよね」

 

村の連中の言い方からすると二人とも術式を持っていたらしいが、わかっている情報はそれだけだ。

どんな人物だったのか。

なぜいなくなったのか。

失踪したのか死亡したのか。

死亡したなら死因は何なのか。

今更探るつもりはないが。

 

「だからアンタは大事にしなよ」

 

「うん……」

 

母親思いの善人。

それが菜々子が順平に抱いた印象だった。

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