兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
クリスマス休暇は多くの生徒が家に帰る。それは毎年のことだが、今年はシリウス・ブラックがホグワーツに侵入した騒動のせいで、例年以上に生徒が減ったらしい。それを知ったのは、まさに今日──クリスマス休暇初日のことだった。
無人の静まり返った談話室のソファに体を預け、俺は大きく欠伸を一つこぼす。その膝の上で、シリウスが尻尾をゆったりと振っていた。
『誰もいないな』
『今年は殆どの生徒が帰ったんだろ。……一緒に大広間、行くか?』
シリウスはピンと耳を立て、小さく「わん」と鳴いてから尻尾をぶんぶん振った。
廊下に出ると、いつもは行き交う人で賑わっているはずの石畳の回廊は、しんと静まり返っていた。薄暗い窓の外には雪がちらちらと舞い、寒さがしんしんと肌に染みる。
「あ、ノア!おはよう!」
螺旋階段の上から聞き覚えのある声が飛んできた。顔を上げれば、ハリーとロン、ハーマイオニーが駆け降りてくるところだった。
「おはよ」と軽く手を挙げると、シリウスは隣で嬉しそうに一度くるりと回り、お座りの姿勢で尻尾を床に打ちつけた。
尻尾を振るシリウスに、ハリーは目を細めて笑いかけ「シリウスも、おはよう」と頭を撫でる。シリウスは途端に嬉しそうに猛スピードで尻尾を振り、ロンとハーマイオニーも変わるがわるシリウスに挨拶をしていた。
ロンがシリウスの顎下を撫でながら、しみじみと呟く。
「シリウスって、ハリーに懐いてるよな」
「え、そうかな?」
「うん。誰にでも賢くて愛想いい犬だけどね。──誰かさんと違って」
ロンは少しの棘を混ぜて肩をすくめる。ハリーは苦笑し、ハーマイオニーはムッと口を尖らせていた。ロンのいう誰かさん、はおそらくハーマイオニーの飼い猫の事だろう。
グリフィンドール寮に入れないから知らなけど、多分ネズミ追いかけ回してるんだろうな。
「ノアは今からお散歩?」
「いや、朝ごはん食べにきたんだ。いつもは大広間に入れないけどさ……多分、めちゃくちゃ生徒少ないだろうし」
「確かにね。あ、一緒に食べようよ!」
「うん、もちろん」
ハリー達は嬉しそうに笑った。
大広間にはいつものように長机が四台あったが机全体に料理はなくグリフィンドールの一台に固まっていた。
生徒は誰もいないが、教師達が座る上座にはフリットウィックとマクゴナガル、スプラウトの三人がいた。他の先生達はもう食べたか、これからかどっちかだろう。
「……え、もしかして僕たちだけ?」
と、呟いたハリーの言葉が広い大広間にやけに響いた。先生は俺たちの方を少し見たが、何も気にせず食べ続けている。多分、先生達は人数がかなり少ない事を知ってたのだろう。
俺たちは顔を見合わせ、料理が乗っている席につきなんとなく居心地の悪さを感じながらスープやサラダに手を伸ばした。
『シリウスは、肉とフルーツ、あと牛乳でいいか?』
『ああ。……あ、そのパイも食べたい』
『グルメな犬だな』
シリウスはひらりと椅子の上に飛び乗ると、いきなり食事にがっつくことなく皿に乗せられるまで待っていた。大きめのプレートに見栄えよく盛れば、嬉しそうに舌なめずりをして俺を見上げる。俺の「よし」の言葉を聞いてから、肉にかぶりついた。
「ノア、その……ヒッポグリフの事、ハグリッドから聞いた?」
「いや?」
ローストポークを食べながら俺の隣に座っていたハリーが小声で切り出す。ちらり、と教師陣のテーブルを見たが、彼らがこちらを気にしていないとわかると、身を乗り出し俺の耳元に「相談があるんだけど」と切り出した。
どうやら、怪我をしたのがドラコでなくてもヒッポグリフは裁判にかけられる事となった。まークラッブとゴイルの親ってルシウスと仲良いだろうし頼んだのかな。
ハグリッドに責任はなく、あくまで当該ヒッポグリフの責任だとされた。何も行動しなければ、ヒッポグリフは危険生物として処理される。
「何か、ヒッポグリフが勝てそうな裁判例とか知らない?」
「知らないなぁ……ま、ちょっと俺も探してみるよ」
ハリーはほっと表情を緩めた。ハリーにとってハグリッドはかけがえのない友人なんだ、そのハグリッドが辛い思いをしているのなら、助けたいのだろう。
ふと、その笑顔がどこかぎこちなく疲れたように見えて、俺は手を伸ばしてその目元を指先で撫でる。ハリーは驚いたように目を見開き、頬と耳を赤く染めた。
「ど──どうしたの?」
「いや、なんか……疲れてる?元気ないけど」
ぎくり、とハリーの肩が震え口先が引き攣った。視界の端でハーマイオニーとロンが心配そうに眉を下げこちらをチラチラ見ている。
ハリーは息を詰め、視線を彷徨かせた。そのまま誤魔化すように「そうかな?」と笑い、頭を掻く。
「ハリー?」
そんな顔をして笑うハリー、初めてだった。
心配して覗き込めば、ハリーの鮮やかな緑色の目が揺れた。ぐっと唇を噛んだハリーは頬に添えていた俺の手を掴むと勢いよく立ち上がる。
「お、わっ──」
椅子がきいっと音を立て、俺は引きずられるように立ち上がる。ロンとハーマイオニーとシリウスが目を丸くして見送る中、ハリーは俺の手を引いて大広間から出た。
俺も連れていかれるまま後を続き──ハリーは、大広間近くの空き教室の扉を勢いよく押し開けた。中へ押し込まれる形で足を踏み入れた瞬間、後ろで扉がバタンと閉まる。
そのまま──。
「……え?」
振り返る暇もなく、背後から壁に追い込まれた。肩のすぐ横、扉にハリーの掌がぶつかる低い音が鳴り、扉ごと揺れる。振り返ればすぐ目の前に、眉間に皺を寄せ、唇を噛み、瞼を伏せるハリーが立っていた。
俺も以前と比べて身長が伸びてきているから、ハリーに見下ろされることはない。というか、そんなに身長差はない。
「ノア……」
しばらく黙ったままだったハリーは、弱々しく呟き、俯いたまま歪に唇を震わせた。
「どうした?」
「……っ……シリウス・ブラックが……父さんの、親友だったんだって……一番信頼してた、親友が──」
ハリーは苦しそうに一度唇を噛み、声を押し殺すように続けた。
「──父さんを裏切ったんだ……父さんと母さんを……自分の手でヴォルデモートに売った……そのせいで、二人とも……死んだんだ……」
指先が震え、扉に置かれていた拳が小さく震えているのが伝わる。
ハリーは俺を見上げた。涙の幕が張られたその目には、ハリーには似合わない深い憎悪で満ちている。
ああ、なるほど。ハリーはそれで──元気がなかったんだな。
そりゃそうか。シリウス・ブラックが自分を狙ってアズカバンを脱獄しホグワーツに来たのは、自分を殺せばヴォルデモートが喜ぶと思っているから。今までそれしか知らなかった。シリウス・ブラックはただの凶悪な死喰い人で、それ以上の関係があると思わなかった。
だが、そんな凶悪犯のシリウス・ブラックが実は自分の両親の死の原因になり、さらに親友でジェームズが一番信頼していた相手だと知れば──そりゃ、恨むよな。
「ブラックは、僕を狙ってる……もし、ブラックが僕の前に現れたら──僕は──」
ハリーは強く、奥歯を噛んだ。この距離でも奥歯が悲鳴を上げる音が聞こえてくる。
俺の顔の横にあるハリーの腕が震えていた。
「ハリー」
俺は何も言わず、ゆるく腕を広げた。
案の定、ハリーは躊躇いもなく飛び込んできた。細い体が勢いよくぶつかってきて、シャツの布地が拳でぐしゃっと引き寄せられる。
「……ノア……」
声は掠れていた。しがみつく指先が震えている。
俺はくしゃりと後頭部に手を置いて、肩越しにハリーの背を軽く叩いた。まるで子犬でも撫でるみたいに、力を抜いて。
「……だいじょーぶ。ここには俺しかいないぞ、ハリー。誰にも聞かれない。遠慮しなくていい、泣きたいだけ泣いて、喚きたきゃ喚いて、全部吐き出しちまえ」
わざと軽く茶化すように言うと、ハリーの肩がびくりと震えた。
「……ノア……ノア……」
絞り出すように、ハリーは何度も俺の名前を呼ぶ。肩に顔を押しつけ、メガネがカシャンと押し上げられた。堪えていた涙が決壊したみたいに、熱く濡れた頬が服に染み込んでくる。
「そうそう、もっと泣け。泣かないと苦しくなるだけだろ」
俺はゆっくり背を撫でる。ハリーは我慢しすぎなんだよな、昔から。子供の頃みたいに泣けばいい。
「ほら、俺がいる。お前は一人じゃない。世界最強の俺がついてるんだぜ?こんなに心強い事ないだろ?」
少しだけ冗談めかした声で、でも心の底から優しく抱きしめた。ハリーの震えが次第に強くなり、こぼれた涙が熱く染み込んだ。
しばらくの間、ハリーは子どものように嗚咽を漏らしながら、俺のシャツをぎゅっと掴んで離さなかった。俺は何も言わず、ただ優しく抱きしめ続けた。肩を揺らし、鼻をすする音が少しずつ小さくなり、ようやく呼吸が落ち着いた頃──ハリーが、かすかに口を開いた。
「……ごめん、ノア……こんなふうに……みっともなく泣いて……」
「ばーか。俺の前じゃいくらでも泣いていいんだよ。俺はお前の幼馴染だぜ?」
わざと軽口を叩いてやると、ハリーはしゃくり上げながら小さく笑った。そのまま額を俺の胸に預け、少しだけ重たげに息を吐く。
「……ちょっとだけ、落ち着いた……ありがとう、ノア」
「いいって。……泣くだけ泣いたら腹も減るだろ。大広間戻ってなんか食うか?」
「……うん。でも……もう少しだけ、このままでいてもいい?」
「はいはい。何時間でも好きなだけどうぞ、お坊ちゃま」
ハリーがふふっと笑い、小さく頷く。俺はそのまましばらく静かに背中を撫で続けた。
しばらくして、ようやくハリーの体から緊張が抜けた。小さく深呼吸をひとつして、俺の胸元から顔を離す。目はまだ赤いけれど、いつものハリーの表情が少しだけ戻っていた。
「……ノア」
「ん?」
ハリーは袖で目元をぬぐいながら、少しだけ照れくさそうに口を開いた。
「……さっき泣いたこと、誰にも言わないでね」
そう言いながら、じっと俺の目を見る。必死なような、どこか子どもっぽい真剣さだった。
「もちろん」と、俺はすぐに頷いて、穏やかに笑い返す。ハリーは少しだけほっとしたように微笑んだ。けれど、すぐにそのまま俺の手を強く繋ぎ、今度は笑顔で、でも少しだけ真剣な声で続けた。
「僕……本当にノアのこと、好きだよ」
その言葉に、俺はきょとんと目を瞬かせた。心の底から自然に出た言葉なんだろう。からかいでもなく、重すぎるわけでもなく──ただ、真っ直ぐな好意。
「……ありがとな、ハリー」
俺も自然と笑った。肩を軽く叩き返してやると、ハリーは嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「よし、じゃあ──そろそろ飯食いに戻るか?泣くと腹減るしな」
「うん!」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、ハリーは明るく頷く。その笑顔に安心しながら、俺は扉を押し開けた。暖かい光が差し込む廊下へ、一緒に歩き出した。