兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
六月になった。陽射しが柔らかくなり、戸外で寝転んでいたくなる季節だが──試験はそんな気分を容赦なく奪い去る。
特に五年生と七年生は、将来を決めるための試験を控えていて、あのフレッドとジョージですら図書館や大広間で「うーん」と唸りながら勉強しているほどだった。俺も、セドリックに諭され──いや、半分は脅されて、しぶしぶ勉強に付き合っていた。
そんな俺が寮外でノートを広げている間、シリウスはというと、以前よりさらに自由気ままにホグワーツ中を歩き回っていた。
たぶん、まだスキャバーズを探しているんだろう。俺は「もしかしたらクルックシャンクスに食べられたかも」とは一言も言っていないから、まだグリフィンドール寮のどこかに潜んでいると思い込んでいるのかもしれない。それとも、噂で耳にして、スキャバーズが猫に食べられるわけがないからホグワーツ城中を探している、のだろうか。
そういえば、たまにクルックシャンクスとシリウスが禁じられた森の入り口あたりで顔を合わせているのを見かける。……猫と犬って、会話できるのか? まあ、クルックシャンクスは普通の猫じゃなくて、魔法動物の血が混じっているはずだ。もしかしたら、言葉を交わせるのかもしれない。
来年からはシリウスをホグワーツに連れてこない──とスプラウトと約束している。だから、シリウスも今年が最後のチャンスだと分かっているだろう。夏休みまであと一か月。
スキャバーズを捕まえるためなら、最終手段としてロンを脅すくらいは考えかねない。
そして迎えたOWL試験。
噂通り、年度末の試験より格段に難しく、会場も各教室ではなく大広間が使われた。四つの長テーブルは片付けられ、代わりに個別の机が規則正しく並び、天井の魔法の空模様は無機質な灰色に固定されていた。
監督するのはホグワーツの教師だけでなく、魔法省の魔法試験局から派遣された厳しい顔の試験官たちで、空気はピリリと張り詰めていた。普通の生徒なら緊張で胃が痛くなるだろう。
まあ、俺は別にテストの点数が悪くても就職先はあってないようなもんだし、気軽でいいんだけど。
試験は二週間にわたって行われる。午前中は理論の筆記、午後は実技。選択科目が少ない生徒ほど早く終わる仕組みで、俺は占い学と魔法生物飼育学だけだからまだ楽な方だ。
最終日の科目は魔法生物飼育学だ。午前中は大広間でペーパーテスト──魔法生物の生息地、性質、飼育方法、緊急時の対応。問題はそこまで難しくなかったが、正直、手応えは微妙だ。いや、だってハグリッドの授業、実技ばっかりだったし。
午前の試験が終わり、昼食もそこそこに魔法生物飼育学の実技の集合がかかった。行き先は──禁じられた森のふち。空は曇天、風は涼しく、遠くから鳥のさえずりも聞こえる。
列の先頭では、魔法省から来た試験の監督官が小さな声で何か確認していた。ローブはぴしりと整えられ、ホグワーツの教師陣とは違う無機質な緊張感を背に帯びている。
その横で、ハグリッドが心ここに在らず、という雰囲気で立っていた。小さな目は赤く、顔色は悪い。見るからに泣き腫らした後であり、空を見上げては溜息をついている。──ヒッポグリフの件が、頭から離れないのだろう。そういえば試験勉強ばかりで最近ハリー達と喋ってなかったな。何も聞いてないけど、処刑が決定したんだろうか。
ふとこちらに視線が向けられた。ハグリッドはふらりと俺に一歩近づくが、流石に試験中だと思い直したのか辛そうにぐっと口を結び足を止めた。それでも目は雄弁に何かを訴えていて、俺は口元だけ動かして「あとで」と伝えた。
ハグリッドはそれだけで少し慰められたのか、頷いた。
実技試験開始の時間になった。
懐中時計を見ていた監督官が受験生達を見回し、声を張る。
「受験生の皆さん。これより魔法生物飼育学の実技を開始します。対象は──ユニコーンです」
ざわ、と一部の生徒が息を呑んだ。
監督官が何か細い笛のようなものを吹く。
すると森の縁に、白銀の影が十数頭現れた。ユニコーン達は静かに並び、彫像のように動かず、俺たちを見つめている。群れの中には子どもと思われる個体もいたが、どの個体も一様に言葉にできない気高さのようなものが垣間見えていた。
「試験内容は一つ。──この中から必要な道具を選び、ユニコーンから尻尾の毛を一本譲ってもらうこと。力づくは減点、怪我を負わせれば失格となります」
そう言って監督官は、杖を振り、用意していた複数の木箱を魔法で開いた。
中には、イタチの死骸や干し肉、澄んだ水、野苺、月草、水晶、白く輝く花、白い石──様々なものが並んでいる。どうやら交渉用の道具というわけらしい。
「それでは、始めてください」
その合図と共に、ざわめきが一瞬で静まり返った。
生徒たちは少し不安そうにしながらも箱からいくつかの道具を選び、ぎこちない足取りでユニコーンたちに向かって歩み出す。
うーん……ユニコーンって女子が近づくほうが穏やかだし、その中でも処女はさらにすぐに懐いてくれる。性差で難易度が上がるんじゃないか。……ってか十五歳だから、もしかして処女じゃない……!?
ちらり、と生徒たちを見る。男女の比率は半分ほどだが、女子生徒も緊張した表情でユニコーンに近づいているし、ユニコーンも女子生徒を見てもちょっと嫌そうに身を引いている。──う、わ。あの子も、あの子も?……なんかちょっと気まずくない?俺だけ?
そんなことを考えているのは俺だけなのか、みんな真剣な顔で木箱を探りユニコーンに挑戦していた。
動かない俺を見た監督官が怪訝な顔をして手に持っているボードに何かを書き記している──おっと、真面目にやらないと駄目だな。
俺はポケットに手を突っ込み、気軽な足取りで一頭のユニコーンに向かった。そのユニコーンは、他のどのユニコーンよりも大きく、毛並みも美しい。多分群れの長なのだろう。
手ぶらの俺を見て、生徒たちはざわめきを呑み込み、思わず足を止めた。杖を強く握りしめる者、目を見開く者。みんなが手を止めて俺に注目している。
『やあ、俺はノア。君の尻尾の毛を一本、譲ってもらえないかな?』
低く落ち着いた声でそう告げると、ユニコーンはパタリ、と尻尾を振り、耳を細かく動かした。深い水面を思わす目で俺をじっと見つめたかと思うと、ゆったりとした足取りで歩み寄ってくる。
そのまま優しく頭を下げ、俺の胸に擦り寄った。
『──あぁ、いいだろう』
『ありがとう』
ユニコーンの体は陽だまりのように暖かい。絹のような手触りの毛並みを撫でながら、尻尾に手を伸ばし一本引き抜いた。ユニコーンは少しも痛がることなく、もっと撫でて欲しいと言うように体を擦り付けた。
たてがみを撫でながら『ありがとう』と伝えていると、誰かが息を呑んだような音が聞こえた。
「──信じられん!」
監督官が走り寄ってくる。
ユニコーンは首をもたげ、監督官が近付いてくるとそっと俺から身を引いて群れの中へと戻ってしまった。
監督官は息を切らせて俺と離れたユニコーンを見比べている。その目には、驚愕と興奮が浮かんでいた。
「君は──ノア・ゾグラフだね? まさか、ユニコーンの言葉がわかるのかい?」
おっと、これは特別加点の気配。
「はい。俺はどんな魔法生物とも話せます」
「なんと! それはすばらしい才能だ! それに、対話でユニコーンからの許しを得るとは……前代未聞だよ!」
監督官は夢中になって何かをノートに書き込みながら、興奮を抑えきれない様子で俺を褒め称えた。
……よし、これで追加点はバッチリ。
興奮した監督官からの質問攻めから解放された後、俺は巨大な銅像のように立ちすくんでいるハグリッドの元へ向かう。
ハグリッドは俺に向かって軽く手を挙げ、無理に笑おうとしたが、引き攣ったような痛々しい微笑みになっただけだった。
「ハグリッド、大丈夫か?」
「ノア、ハリーからバックビーク……ヒッポグリフの事は聞いたか?」
「いや。最近試験勉強とかでハリーと話せてないんだよな」
「ああ……そりゃ、そうだよな」
それきり、言葉を継がなかった。風に乗って、森の奥で鳥が鳴いている。生徒の声がかすかに聞こえる。ハグリッドが代わりに落としたのは、重く湿ったため息だった。
周りの生徒たちはユニコーンと格闘していてこちらに意識を向いていない。俺はしばらく黙って、ハグリッドの丸まった背中を慰めるように叩いた。
途端に、ハグリッドの小さな目に涙が潤む。
「控訴が近々ある、とは聞いてるけど」
「あぁ……今日の夕方、控訴審があるんだ。あいつの命が、決まる」
ハグリッドの声は震えていた。
控訴審で判決を覆し勝てる確率は──かなり低い。それもハグリッドはわかっているのだろう。
「……なあ、ハグリッド。正直言っていい? なんで俺に言わなかった?」
てっきり、ハグリッドは俺に頼ってくると思っていた。頼られたら──まぁ、少しは手助けをするつもり、ではあった。
原作の流れを考えたら無罪にする事はできない。でも、処刑させずに別のブリーダーの元へ移送するとか。幾らでも道はあっただろう。
俺が聞くと、ハグリッドは気まずそうに目を伏せた。もじゃもじゃの髭が揺れて、顔の表情は読めない。それでも俺がトントンと太い腕を叩けば、ハグリッドは俺をチラリと見て、言い淀みながらも口を開いた。
「そりゃ。お前、OWLってやつは、大事なんだろ? そんな時に頼るなんて……って、思っちまったんだよ」
小さな声で言われたその言葉に、俺は目を見開いた。
そんな気を遣えたのか。──ペットの事に関しては大体バカになってしまうハグリッドが。……いや、元から優しい奴ではあるけど。
「俺とハグリッドの仲だろ。今さらそんな気ぃ遣わないでよかったんだぜ?」
「いつも、大広間で勉強しちょるのを見とった……甘えちゃならねぇって、思った」
「ハグリッド……」
不器用な言葉が、静かな空気の中にやけに響いた。
ハグリッドは自分の決定に後悔はしていなさそうだが、それでも晴々としているわけではない。後数時間もすれば、バックビークの運命が決定するのだ。気が気ではないだろう。
「ノア。控訴は今日の夕方だ。……ノアがよけりゃ、小屋に来てくれねぇか?勝っても──負けても、バックビークに俺の言葉を届けてぇ」
ハグリッドは、まだバックビークを諦めてはいない。──それでも、心のどこかで彼の死と向き合っているのだろう。だからこそ、魔法生物と話せる俺に来て欲しいんだ。
「ん、オッケー。任せとけ」
そう言った俺に、ハグリッドは小さく、ほんとに小さく、目尻を緩めた。
「……ありがとうな、ノア」
ハグリッドが鼻を小さく啜り、俺の背中をぽん、と叩いた。ハグリッドの叩きで俺はがくりと前につんのめったが──今回ばかりは文句は言わなかった。