兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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126 ハグリッドの涙

 

 試験がすべて終わった。生徒たちはそれぞれに感情を抱えながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。終わった後で悔いても意味がないし、俺も試験の解答が合ってるかどうかなんて確認する気はなく、すぐに試験のことは忘れた。

 

 夕食を早めに食べ終わり、セドリックに「ちょっとハグリッドのところ行ってくる」と伝えれば、セドリックは眠そうに目を擦って頷いた。毎晩遅くまで勉強していたから、きっと今夜は夕食後すぐに眠ってしまうだろうな。

 

 

 もう控訴審は終わったのかな。と思いながら大広間から出て玄関ホールを横切り、石段を降りて校庭に出る。太陽は森の向こうに沈みかけ、夕方と夜の間で一番星が輝いていた。

 

 ハグリッドの小屋について戸をノックしたが、暫く返事はなかった。中に人がいる気配と──何かがぶつかったような物音がしたから、いるのはいるんだろう。

 

 

「ハグリッド、俺だ」

 

 

 声をかけてみれば、またガタガタと音がした。

 扉の向こうに現れたハグリッドは、まるで魂が抜け落ちたように青ざめていた。大きな体が、風もないのに震えていた。

 身体中が震えていて、ドアノブを伝った震えで扉が軋み悲鳴を上げていた。

 

 

「ノア……。負けた。日没に、処刑だ」

「……」

 

 

 ハグリッドは泣いていなかった。ただ信じられないのか、信じたくないのか、生気が抜け落ちた表情でぼんやりと囁く。

 流石に安易な言葉で励ますこともできず、俺はハグリッドの腕をぽん、と叩く。小屋の奥を覗いたが、バックビークの姿は見えなかった。

 

 

「……バックビークは?」

「かぼちゃ畑だ。新鮮な空気を吸わせてやりたいし、木を見た方が……落ち着くだろうと思ってな……」

 

 

 呟きながらハグリッドは虚な表情でかぼちゃ畑に向かった。その途中で何度も躓き、壁に腕をぶつけて赤くなっていたが、今のハグリッドにはそんな痛みも感じないのだろう。

 

 小屋の裏手にある、広いかぼちゃ畑。

 そこに、バックビークはいた。

 

 ハグリッドの姿に気づくと、嬉しそうに立ち上がる。太い鎖を首に巻かれていて木と繋がれている、引っ張られたそれが、がしゃんと音を立てた。

 

 

 俺は少し距離を取って、黙ってふたりの様子を見ていた。

 

 ハグリッドはバックビークの前で膝をつき、大きな手で首のふわふわとしたあたりを撫でた。

 何か言おうとしたのだろう、唇が動いたけれど声にはならなかった。喉が詰まり、しばらくして、低く苦しそうなうめき声が漏れた。

 

 

「……ハグリッド」

 

 

 俺が声をかけると、ハグリッドの肩が僅かに揺れた。しかし、返事はなく、代わりに──ぽたぽた、と大きな涙が、毛並みに落ちていく音がした。

 

 

「……っすまねえ……ビーキー……」

 

 

 震えた声だった。呟くような、嗚咽混じりの、悲痛そのものの声。

 

 バックビークは、そんなハグリッドを見て小さく首を傾げていた。前足をそろえて座り直し、そろそろとくちばしを近づけると、ハグリッドに頬を擦り寄せ悲しそうに鳴く。

 

 

『ハグリッド、大丈夫?どこか痛い?……泣かないで?』  

 

 

 その声はどこか幼かった。背丈は大きく見えるけど、まだ若い個体なのだろう。

 

──大丈夫、多分、死なない。流れは変わっていない。そう思っても、心の奥にじんわりとした重さを感じてしまった。

 

 

「……ハグリッド、バックビークが……お前が泣いてるのを見て、心配してる。どこか痛いのかって」

 

 

 次の瞬間、ハグリッドの全身から崩れ落ちるように、涙が溢れた。

 

 

「っ……俺が……俺が飼い主ですまねぇ……! しっかり見てやれなくて……ビーキー……すまねぇ……!」

 

 

 バックビークの首に顔をうずめ、ハグリッドはわんわん声を上げて泣いた。太い腕が、がしりとその体に縋りついて、ただ何度も「すまねぇ」と繰り返していた。

 

 バックビークは戸惑ったようにくちばしを鳴らしたが、それでもハグリッドの体を羽でそっと包み込んだ。少しでも温もりを伝えようとするように。

 俺はその様子を黙って見ていた。この──悲しい言葉は、バックビークに伝えなくてもいいだろう。

 

 

 ひとしきり泣いたハグリッドが、バックビークを抱き締めたまま振り返った。ぐしゃぐしゃに濡れた目で、苦しげに、でもまっすぐに俺を見た。

 

 

「ハグリッド。俺は……何をバックビークに伝えればいい?」

「……」

「多分……バックビークは、自分が処刑されるなんて、気づいてない。……伝えるか?」

 

 

 ハグリッドは暫く黙った。

 微かに鼻を啜る音と、すぐそばの木々のざわめきが嫌によく聞こえる。

 重い息を吐き出し、これが最善であることを願いながらハグリッドはゆっくりと首を振った。

 

 

「……言わんでええ。後、数時間……怖がらせたくねぇ。最後まで……」

 

 

 それきり、ハグリッドはまた、バックビークの毛並みの中に顔を寄せた。

 

 

「……すまねぇ、ビーキー。お前は、なんも悪くねぇのに……。立派だった。あの時だって、ただ、自分の誇りを守っただけだった。……あれで、よかったんだ。間違っちゃいねぇ……。

大丈夫、俺が、ついとる。最後まで、そばにおるからな……」

 

 

 沈黙が降りる。ハグリッドの小さく見える背中を見ながら、俺は静かに、丁寧に、言葉を選びながら──その一つひとつを、バックビークに伝えていった。

 

 

『バックビーク。ハグリッドが──お前は、立派だったって。何も間違ってないって。……最後まで、そばにいるって』

 

 

 バックビークは、羽を少し揺らした。理解しているのかどうかはわからなかったけれど、少なくともハグリッドの感情は伝わっているようで、少し不安そうな目をしていた。離れる未来が近づいていることは、何となく感じ取っているのかもしれない。

 

 

「……ありがとうな……ビーキー。俺の授業を、助けてくれて。俺に……誇りを持たせてくれて……ほんとに……ありがとう……」

 

 

 ハグリッドの言葉をバックビークに伝えると、バックビークは何も言わずに目を閉じて、抱きしめるように羽でハグリッドを包み込んだ。柔らかくて暖かい羽に包まれ、ハグリッドはまた嗚咽をこぼし涙を流す。

 

 俺はただそれを黙って見守っていた。

 

 

 

 ハグリッドがバックビークを抱いたままじっとしていた時、遠くから『トントン』と小さなノックの音が聞こえた。ハグリッドは弾かれたように顔を上げ、青白い顔で小屋の方を振り返った。

 

 太陽はほとんど沈んでいる。──日没の処刑が始まる。死刑執行人が来たのだと思ったんだろう。

 

 足をもつれさせながらふらふらと小屋に向かう。前に回れば扉が見えてしまう、というところで、ハグリッドは足を止めた。

 これ以上、進みたくないと、その背中が訴えかけていた。

 

 

──しかし、それも数秒の沈黙であり、ハグリッドは重い足を引き摺りながら入り口の方へ回る。

 

 

 扉の前には誰もいなかった。蒼白な顔で辺りを見回すハグリッドに「僕たちだよ」と聞き覚えのある声が囁いた。

 

 

「透明マントを着てるんだ。中に入れて、そしたらマントを脱ぐから」

 

 

 それはハリーの声だった。ハグリッドは小さな目が零れ落ちそうなほど大きく見開き「来ちゃなんねえだろうが!」と囁きながらも扉を開けた。

 何かが通り抜けるような足音がして、ハグリッドは俺に向かって「早く来いや」と焦ったように呼ぶ。

 少し肩をすくめて小屋に入れば、ハグリッドは急いで扉を閉めた。

 

 ハリーがマントを脱ぐと、ロンとハーマイオニーも姿を現した。俺の存在に気づいて一瞬驚いた様子だったが、それよりもすぐにハグリッドの方へ視線を向けた。

 

 ハグリッドの目は泣き腫らし、頬には涙の跡が残っている。顔は浮腫んでいて、青白く、身体全体が震えている。

 そんなハグリッドを見るのが辛いのか、ハリー達は何も言えず、どうしたらいいのかと唇を噛んでいた。

 

 

「茶、飲むか?あぁ、ノア、すまねぇ。茶も出さねぇで、俺は──」

「気にするな。それどころじゃなかったんだろ?」

 

 

 ヤカンに伸ばす手は小さく震えていた。

 ハグリッドは人数分のコップを机の上に並べようとしたが、手の震えが収まらずに幾つかのコップが倒れた。

 

 

「ハグリッド、バックビークはどこなの?」

 

 

 ハーマイオニーが小屋を見渡し、ためらいがちに聞いた。

 

 

「外だ。かぼちゃ畑にいる。木なんか見た方がいいだろうし──新鮮な空気も吸わせてやりてぇ。……さっき、ノアに頼んだんだ。……その──わ、別れの言葉を──」

 

 

 その先は言葉にならなかった。

 別れを意識した途端、ハグリッドの手が激しく震え持っていたミルク入れが手から滑り落ち、粉々になって砕け床に飛び散る。すぐにハーマイオニーが「私がやるわ」と言いながら急いで駆け寄った。

 

 

「戸棚にもう一つある」

 

 

 自分でも紅茶を入れることなんてできないとわかったのか、ハーマイオニーに頼んだハグリッドはその場に座り込み袖で額を拭った。

 俺は空いている椅子に座り、杖を振るって散らばったミルクを一掃する。

 ハリーは「何かいい慰めの言葉がないか」と俺とロンをチラリと見たが、俺は肩をすくめて見せ、ロンは首を微かに振った。

 

 今のハグリッドを慰めるための最善の言葉など、誰も持っていないのだとハリーは知ると、辛そうに眉を寄せて──それでも友だちに寄り添いたくて、ハグリッドの隣に腰掛け、「ハグリッド、誰でもいい、何でもいいから、できることはないの?」と語気を強めて聞いた。

 

 

「ダンブルドアは?」

「ダンブルドアは努力なさった。でも、委員会の決定を覆す力はお持ちじゃねぇ。ダンブルドアは、連中にバックビークは大丈夫だって言いなさった。──だけんど──……」

 

 

 ハグリッドは言葉を詰め、首を振った。

 

 

「俺がそばについててやるし……ダンブルドアがおいでなさる。ことが──事が行われる時に。今朝手紙をくださった。俺の──俺のそばにいたいとおっしゃる。偉大なお方だ、ダンブルドアは……」

 

 

 しん、と沈黙が落ちた。

 俺もハリーもロンも、かける言葉が見つからない。

 代わりのミルク入れを探してハグリッドの戸棚をかき回していたハーマイオニーが、こらえきれずに、小さく、短く、すすり泣きを漏らした。探し出したミルク入れを手に持ち、ハーマイオニーは背筋を伸ばして、ぐっと涙をこらえた。

 

 

「ハグリッド、私たちもあなたと一緒にいるわ」

 

 

 しかし、ハグリッドは緩く首を振った。

 

 

「おまえさんたちは城に戻るんだ。言っただろうが、おまえさんたちにゃ見せたくねえ。それに、初めっから、ここに来てはなんねえんだ……ファッジやダンブルドアが、おまえさんたちが許可ももらわずに外にいるのを見つけたら….ハリー、おまえさん、厄介なことになるぞ」

 

 

 ハグリッドの言葉を聞いてハーマイオニーの頬に涙が流れ落ちた。しかし、今泣いていないハグリッドにそれは見せまいと、ハーマイオニーはくるりと背を向け、紅茶の支度に忙しなく動き回る。

 ミルクを瓶から容器に注ごうとしたハーマイオニーは、突如叫び声を上げた。

 

 

「ロン! し──信じられないわ! スキャバーズよ!」

 

 

 いきなりの言葉に、ロンは口をポカンと開けてハーマイオニーを見た。

 

 

「何を言ってるんだい?」

「ほ、ほら!」

 

 

 ハーマイオニーは驚きで涙を引っ込め、ミルク入れを俺たちの前に持ってきてテーブルの上にひっくり返す。

 中から痩せ衰えた汚いネズミ──スキャバーズが滑り落ちてきた。スキャバーズはすぐさま逃げ出そうとしたが、ロンがすぐに飛びつきしっかりと捕まえた。

 

 

「スキャバーズ! 生きてたのか! こんなところでいったい何をしてるんだ?」

 

 

 ハーマイオニーはまだ信じ難いという表情をしていたが、その目には喜びと安堵が浮かんでいた。自分のペットが食い殺したと思っていたスキャバーズが生きていて、心の底からほっとしたんだろうな。

 

 ロンの手の中にいるスキャバーズは必死に逃げようとして身を捩っていた。しかし、ロンも絶対に離すものかと鷲掴みにして、ポケットの中に入れようと格闘している。

 

 

「大丈夫だってば、スキャバーズ! 猫はいないよ! ここにはおまえを傷つけるものは何にもないんだから!」

 

 

 その時、ハグリッドが急に立ち上がった。目は窓に釘付けになり、表情は凍っている。

 

 

「連中が来おった……」

 

 

 絶望が滲む、掠れた声だった。

 俺たちは振り向き窓へ駆け寄る。薄暗い夕暮れの中、遠くの城の階段を何人かが降りてくるのが微かに見える。

 先頭を歩いているのはダンブルドアで、その隣にいるのがコーネリウス・ファッジ。後ろにいるのは──誰だか知らないが、多分委員会の人と死刑執行人だろう。

 

 

「おまえさんら、行かねばなんねぇ。ここにいることを連中に見つかっちゃなんねぇ……行け、はよう……」

 

 

 体は震えていたが、ハグリッドの声は静かだった。

 ロンは何とかポケットにスキャバーズを押し込み、ハーマイオニーが椅子にかけていたマントを掴んだ。

 

 

「裏口から出してやる」とハグリッドが言い、俺たちはハグリッドについて裏庭に出た。ほんの数メートル先にはかぼちゃ畑に繋がれたバックビークがいて、何かを感じ取ったバックビークは頭を左右に振りながら不安げに地面を掻いた。

 

 ハグリッドは優しく「大丈夫だ、ビーキー」と先ほどのように話しかける。それだけで、バックビークは落ち着き静かにその場に座り込んだ。

 

 

「行け。もう、行け」

「ハグリッド、そんなことできないよ──」

「僕たち、本当は何があったのか、あの連中たちに話すよ──」

「バックビークを殺すなんて駄目よ──」

 

 

 三人は必死に言い募ったが、ハグリッドはぐっと奥歯を噛み締め、顔を上げると「行け!」と鋭く言い放ち俺を見た。

 

 

「ノア、頼む。こいつらを連れて行ってくれ。おまえさんらが面倒な事になったら、ますます困る。そんでなくても最低なんだ!」

 

 

 ハグリッドの悲痛な叫びに、ハリー達は苦しそうに沈黙した。

 

 

「ハリー、ロン、ハーマイオニー。──行くぞ。マントをかぶれ。俺は自分に透明化をかけていくから」

 

 

 俺の言葉に、ハーマイオニーは一瞬揺れる瞳で俺を見た。それでも現状をより悪くするのは得策では無いと理解し、唇を強く噛みながら透明マントを広げてハリーとロンに被せる。

 三人が消えたのを確認して、俺も指を振り自分の姿を消した。

 

 

「急ぐんだ。……聞くんじゃねぇぞ」

 

 

 ハグリッドの声が掠れる。

 聞かれたくないのは、バックビークの断末魔、そして──自分の慟哭だろう。

 

 

 誰かが扉を叩く音がして、ハグリッドは自分が死刑を宣告されたかのような顔で小屋へ戻って行った。扉が閉まり、中から話し声が聞こえる。

 

 三人の足音が離れていくのを確認し、俺は自分に消音魔法をかける。

 そのまま、そっとかぼちゃ畑を見た。

 

 

 そこにあるのはかぼちゃ畑だけだ。

 目を離したすきに、バックビークは消えていた。

 

 

……よし、大丈夫。原作通りだ。

 って事は、とりあえず未来のハリーとハーマイオニーが何とかして救ったんだろう。

 

 そう思うと、一気に気が楽になり、無意識のうちにこもっていた肩の力を抜いた。

 

 

 原作のまま沿わせるとはいえ。おおよその未来がわかっていて──ハグリッドの泣き顔を正面から見るの、結構辛かったな。

 

 

 俺は小さくため息を吐いた。

 

 

 

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