兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
ハグリッドの小屋から離れた俺は、ハリー達の足音を追い、校庭へ向かった。
足音に耳をすまさなくとも、ロンが叫ぶ声が聞こえていた。
「スキャバーズ──駄目だ!」
その叫びと共に、何もない空間からロンが現れ飛び出す。ロンは猛スピードで走り、身を低くして自分の手から逃げ出したスキャバーズを追った。
少ししてハリーとハーマイオニーの足が見え、胴体が見え──とうとう、二人もマントを脱ぎ捨て後ろに旗のように靡かせながらロンを追った。
スキャバーズを追っているのはロンだけではなく、森の淵から現れたクルックシャンクスも同じで、ロンがクルックシャンクスを怒鳴りつける声が響く。俺は混乱している彼らを見ながら、ぐるり、と辺りを見渡した。
──いた、シリウスだ。
シリウスは少し離れた場所で、ロン達を──いや、彼の手の中にいるスキャバーズを見ていた。獲物を狙う狩人のような静かな、それでいて確かな恨みや憎悪がこもった冷たい瞳。
青灰色だったその目は、薬の効果が切れかけているのか、暗い灰色に近づいていた。
クルックシャンクスは『こいつ! 怪しい! 離れろ!』とスキャバーズに向かって叫んでいる。スキャバーズも、『やめてくれ! 逃がしてくれ! 早く逃げないと!』と必死だった。
クルックシャンクスが前脚でスキャバーズを押さえたとき、ロンがすぐにクルックシャンクスを強く押し退けスキャバーズをつかんだ。
スキャバーズはロンの手を引っ掻き噛みついたが、ロンはクルックシャンクスが近くにいるからパニックになっているのだと思い込み、スキャバーズに飼い主として優しい声をかけ続ける。
「スキャバーズ! ああ、もう大丈夫だからな。とっとと消えろ、嫌な猫め──」
「ロン! 早く、マントに入って!」
「ダンブルドア──大臣──もうすぐ来るわ!」
ロンに追いついたハーマイオニーとハリーは息を整える暇もなく、息も絶え絶えにそう叫ぶ。ロンは地面に腹ばいになりながら、胸ポケットの中にスキャバーズを押し込んだ。
その時、ついにシリウスが動いた。
シリウスは闇に紛れて疾走し、ロンに向かって高く跳躍した。咄嗟にハリーが腕を広げてロンを庇って前に飛び出る。シリウスは勢いを止める事ができず、前脚でハリーの胸を打つ。呻きと叫びが混じる中、ハリーは芝生の上に倒れた。
「シリウス、なんで」とハリーが狼狽して呟く。この犬は、グリムではない。ノアの飼い犬だ。──何故、僕たちを襲うんだ。
また飛び掛かろうと、シリウスがロンを見据え旋回しながら低く唸る。地面に這いつくばっていたロンは表情を強張らせながらハリーを見た。──ロンは、自分が狙われていると気づいていない。胸を押さえ苦しさに喘ぐハリーの前に果敢にもさっと立ちはだかった。
飛びかかったシリウスの両顎が、伸ばしたロンの腕に噛みつく。ハリーは凍りつき、ハーマイオニーは悲鳴を上げた。
「ロン!!やめろシリウスっ!」
シリウスはロンを引き摺っていく。ハリーはシリウスの毛を掴み足を踏ん張ったが、シリウスの力には敵わなかった。
暴れ柳へと向かっていたが、ハリー達は気付かない。近づく者には容赦なく太い枝をしならせ排除しようとする暴れ柳が、ハリーの横っ面を打った。ハーマイオニーも胴体を払われるように殴られ、その場に倒れ込む。
額から流れる血をぬぐい、杖先をルーモスで光らせながら、ハリーは自分を襲うのが暴れ柳だとようやく、知った。
……暴れ柳、思ったより凶暴だな。ハリーもハーマイオニーも痛みで動けてない。
俺は杖を振り、ハリーとハーマイオニーを引き寄せた。二人はいきなり見えない手に引かれ驚きパニックになったのか身を捩って逃げようとする。
「俺だ。ハリー、ハーマイオニー」
透明化魔法を消し、二人を落ち着かせる。
「ノア!?──っ助けて! シリウスが、ロンを──」
俺の隣、暴れ柳の攻撃が届かないところまで下がったハリーは必死な表情で俺に訴える。ロンは今まさに暴れ柳の根元にある隙間の中に引き摺り込まれようとしていた。ロンは激しく抵抗したが──バシッ──と枝が折れるような音が響き、ロンの体は完全に見えなくなった。
「ロン!!」
ハリーとハーマイオニーが叫ぶ。ハリーは思わず駆け寄ろうとしたが、暴れ柳が近づけまいと太い枝を激しく打ち鳴らす。
「ノア! どうしよう!」
ハリーの目は、焦り、混乱していた。
額から血が流れ、頬を伝う。ハーマイオニーの肩も裂けて赤黒い血が暗い芝生に点々と落ちていた。目には涙が滲んでいる。
それを見て──少しだけ、息を詰め、長く吐き出す。
「シリウス……俺の犬が、ごめん。──暴れ柳を止める。すぐに行け」
杖を振るう。
その瞬間、周りの空気が変わったのを、ハリーとハーマイオニーは感じたのか息を呑み、無意識のうちに自分の身を守るように腕を強くつかんだ。
ぐにゃり、と空間が歪み暴れ柳はびしりと動きを止めた。葉の一枚も動かず、何かに強く押さえつけられているようにびくともしない。
ハリーとハーマイオニーはすぐに駆け出し、木の根元にある穴の中に飛び込む。俺は小さく息を吐いて、その後に続いた。
中は薄暗く、低かった。トンネルのように奥まで続き、先導する二人の杖灯りが微かに見えている。
俺は一度足を止め、胸に手を当てた。
鼓動はドキドキと、いつもよりも強く打っている。
「はぁ……」
重い気持ちを息と一緒に吐き出す。
俺はこの世界を愛している。何よりも焦がれていた最高の世界だ。出てくるキャラクターみんな好きだし、だからこそ──死が決められているセドリックやシリウス、セブルス達を助けたい。そう思って生きてきた。
それにはある程度、原作に沿って物事を進めなければならない。世界の調停者になりきって、少し引いた目で見ないと駄目だ。
なのに、俺は今、動揺している。
ハグリッドの涙と悲しみに、ハリーとハーマイオニーとロンの怪我と叫びに。
俺が考える未来を続けるためには、彼らは苦しまなければならなかった。そう自分に言い聞かせているが──俺の力だったら、誰も傷付く事なくする事だってできたのに。
俺という異物がいる限り、この世界が本当に俺の思う通りに進むとは限らない。
だからこそ──今、生き死にが関わる場面で、俺は誰よりも動揺してしまったんだろう。
もし、これで誰かが死んだら。必要のない血が流れたら。
それは、俺のせいだから。
「きついな、これ……」
小さく呟いたその声は、笑ってしまうほど弱々しい。──いやいや、駄目だ。こんな姿誰にも見せられない。
俺は首を振って、消えかけている光を追った。