兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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128 シリウス・ブラック

 

 なぜ、突然シリウスがロンを襲ったのだろう。今まで、利口な忠犬だった。──まさか、スキャバーズを狙って? クルックシャンクスと同じで?……でも、どうして。

 

 進みながらハリーはぐるぐると考え込んでいた。ロンはシリウスを可愛がっていたし、廊下であっても変わった様子はなかった。

 ノアも驚いていたし──まさか、何かに操られているのだろうか?

 

 

 ハリーは黙ったまま暴れ柳から続く長いトンネルを這うように進んだ。

 

 ここは忍びの地図にも記されていた隠し通路だ。ホグズミード方面へ伸びているのはわかるが、地図の端で途切れており、どこに出るのかは不明だった。

 

 ずっと下り坂だったトンネルは、やがて道が捻じ曲がり登り坂になった。しばらく進んでいると、小さな穴から漏れるぼんやりとした明かりがハリーの目の前に現れた。

 ハリーは足を止め、振り返る。すぐ後ろには硬い表情をしたハーマイオニーが、その少し後ろにはノアがいた。

 

 二人とも、ハリーを見て微かに頷く。

 ハリーは息を整え、杖を掲げ、そっとその光に近づく。

 

 

 穴の先には部屋があった。

 雑然として埃っぽく、壁紙は剥がれかけ、床には古いシミが広がっていた。家具という家具は、誰かに打ち壊されたように無惨に壊れている。

 

 ハリーはごくりと生唾を飲むとそろりと顔を穴に突っ込み、危険がないか見回す。

 部屋は薄暗く、しん、と静まり返っていた。──ロンの叫びも、犬の唸り声も聞こえない。

 

 なるべく音を立てないように穴を潜り抜け、ハーマイオニーとノアに目配せをする。二人は頷き、静かにハリーの後に続いた。

 床には埃が分厚く積もっていたが、ロンを引きずった跡が道標のように右側へと続いていた。扉が開き、その先は薄暗いホールに続いている。

 ハリーは緊張し、強く杖を握りしめた。

 

 その時、ノアがハリーの肩を叩き──ハリーはびくりと肩を震わせた──顎で後ろを指す。

 

 

「俺が先に行く」

 

 

 その言葉に、ハリーは小さく頷いた。

 ハリーはノアが誰よりも素晴らしい魔法使いである、と信じている。何があっても、ノアならば大丈夫だと、本気でそう思っている。──守られている、その事実は、ハリーの胸の中にじわりと暖かく染み渡った。

 

 ノアは杖を構えたまま、ゆっくりと先頭を歩く。ハリーとハーマイオニーはなるべく音を立てずに進もうとしたが、どうしても朽ちかけている床板はぎしぎしと音を立ててしまう。

 先頭を歩くノアだけが、その体の重さを感じさせず、足音や軋み一つ立てなかった。

 

 強張った顔で部屋を見渡していたハーマイオニーは、はっと息を呑んだ。室内の広さ、板が打ち付けられている窓。「ここ、叫びの屋敷の中だわ……」ハーマイオニーの小さな呟きが、重い空気を震わせる。ハリーはホグズミードで見たあの恐ろしい屋敷と暴れ柳が何故繋がっているのか、不可解に思った。

 

 その時、頭上で軋む音がした。ノア達は足を止め、天井を見上げる。すぐそばには崩れそうな階段があり、ノアはハリーとハーマイオニーに無言で合図し、階段を上がった。

 

 薄暗い廊下、いくつかある扉。

 その中の一つだけが開き、引きずった跡もその先へと続いていた。

 

 ルーモスで杖先を照らしているままだと、この先にいる何かに気付かれてしまうかもしれない。ノアは軽く杖を振り、光を消した。ハリーとハーマイオニーもノアに倣い、「ノックス」と唱える。

 

 

 ハリーの胸は早鐘のように脈打ち、手の中の杖が汗で滑りそうだった。気配がある。音のない暗闇の奥に、何かが、息を潜めて待っている、そんな気がしてならなかった。

 

 

──ロンはまだ無事だろうか?もし、ロンがシリウスに噛み殺されていたら。

 そんな嫌な想像を振り払い、ハリーは目の前のノアの背中をじっと見つめた。

 

 

 三人が静かに開いている扉に近づくと、向こう側から物音が聞こえてきた。低い呻き声と、息遣い。三人は目配せをし、強く杖を握る。ノアは勢いよく扉を魔法で開け放ち、部屋の中に飛び込み、ハリーとハーマイオニーもすぐにその後を追った。

 

 

 部屋の中は薄暗く、埃とカビの臭いで空気が澱んでいた。

 

 埃っぽいカーテンの掛かった壮大な四本柱の天蓋ベッドに、いつの間に入っていたのかクルックシャンクスが寝そべり、ハーマイオニーを見ると大きくゴロゴロと喉を鳴らした。その脇の床には、妙な角度に曲がった足を投げ出して、ロンが座っていた。

 

 ハリーとハーマイオニーは立ち止まるノアを通り過ぎロンに駆け寄る。ロンは苦しく唸り、額に脂汗を浮かべているがどこも出血はしていない。

 

 

 ノアが息を整えた、そのほんの一瞬の隙だった。──背後から、まるで闇が形を持ったように、何かが巻きついた。

 肩をぐっと引き寄せられ、息が詰まる。左胸のあたりに回された腕は無駄に強く、反射的に逃れようとした拍子に、喉元に冷たい金属が触れた。動きを止めると、刃先が肌をかすめる。

 ノアは視線を伏せ鈍色のナイフを見ると、降参を表すように両手を挙げた。すぐに、持っていた杖が手から抜き取られてしまう。

 後ろから男がノアの耳元に囁く。ノアは微かに目を開き、小さくゆっくりと頷いた。

 

 ナイフを喉元に当てられてもノアは恐怖に震える事はなく──彼ならば幾らでも逃れる方法はあっただろうに、抵抗もしなかった。

 

 

 それはあまりに静かに行われていた。ハリーとハーマイオニーは、ここに自分たち以外の侵入者が現れた事に気づかない。ロンのそばに膝をつき、心配そうに顔を覗き込んでいた。

 

 

「ロン──大丈夫?」

「シリウスはどこ?」

「あれは、ただの犬じゃないハリー、罠だ──」

「え……?」

「あいつなんだ……ノアの犬が──」

 

 

 ロンは苦悶に満ちた表情でハリーの肩越しに背後を見つめる。ハリーとハーマイオニーがくるりと振り向いた。

 

 

「──ノアっ!」

 

 

 扉の前には、ノアを後ろから羽交締めにし、首元に大きなナイフを当てた男が立っていた。

 ハリーが目を大きく見開き、ノアの名を叫んだ瞬間、その男は奪ったノアの杖を使い「エクスペリアームス!」と唱える。ハリーとハーマイオニーの杖が二人の手から飛び出し、男の手に収まる。

 

 長く伸びた髪の隙間から、薄い青灰色の目が鋭く光った。ハリーは一瞬、息を止めた。手配書とは違う──けれど、間違いなく、あの男、シリウス・ブラックだ。

 

 ブラックは手配書の顔とずいぶん違っていた。──いや、両親の結婚式の時の写真の方に似ていた。

 手配書では、もっと骸骨のように痩せ目は暗く落ち窪んでいた。髪もゴミや埃がつき浮浪者のように汚れきっていた。

 身につけている衣服はぼろぼろなのに、何故こうも健康そうな見た目をしているんだ?──いつか、スネイプが言っていたように、内部にブラックの仲間がいて匿っていたのか?

 

 

「君なら、友を助けに来ると思った」

 

 

 ブラックの声は低く、部屋によく響いた。

 

 

「君の父親も俺のためにそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった。ありがたい……そのほうがずっと事は楽だ……」

 

 

 ハリーは歯を食いしばった。父親の事を嘲っているのだろうか。胸が憎しみで煮え繰り返る。父親だけではない、ブラックはノアに──ハリーにとって、かけがえのない人であるノアにナイフを突きつけていた。

 

──許せない。

 

 ハリーは、生まれて初めて、身を守るためではなく、攻撃するために杖が欲しかった。──殺すために、欲しかった。我を忘れ身を乗り出したハリーの腕を即座にロンとハーマイオニーが掴み押し留める。

 

 

「ハリー、駄目!」

「ハリー、行くな!──くそっ、ノアを離せ! この卑怯者! ハリーとノアを殺すのなら、僕たちも殺すことになるぞ!」

 

 

 激しい口調でロンが叫ぶ。折れている足に力を込め、ハリーの肩に縋りながらロンは果敢にも立ちあがろうとした。ハリーはその言葉と、肩に食い込む指の痛さで僅かに理性を取り戻した。

 

──駄目だ、杖がない今、僕が飛びかかるよりも先にノアの首が切り裂かれる。

 ノア、魔法を使えないのか? ノアなら、杖がなくても魔法を使えるはず。 ノアの魔法よりも、ナイフが切り裂く方が早いのか?

 

 

 ブラックはナイフをノアの喉元にぐっと押し当てる。ノアは静かな表情で目を細め、微かに首を上げた。

 

 それだけで、ハリー達は動きを止め言葉を飲み込み悔しげに奥歯を強く噛んだ。

 

 

「いや──今夜はただ一人を殺すだけだ」

「なぜなんだ? この前は、そんなことを気にしなかったはずだろう? ペティグリューを殺るために、たくさんのマグルを無残に殺したんだろう?……どうしたんだ。アズカバンで骨抜きになったのか?」

 

 

 ハリーは低い声で挑発するように歪んだ笑みを見せる。ブラックの意識がノアではなく自分に向けばいいと思った。そのナイフの先がこちらに向けば、きっとノアはすぐに逃れることができる。その隙さえできれば──。

 

 しかし、ハーマイオニーはブラックを刺激したらノアの命がないのではないかと怯え、ハリーの挑発に慄き哀願するように言った。

 

 

「ハリー、お願い、やめて! ノアさんが──」

「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!」

 

 

 ハーマイオニーの静止を聞かずハリーが大声で叫ぶ。

 痛みと憎悪を伴うその叫びに、ブラックは痙攣するように手を振るわせた。

 

 

「……っ、」

 

 

 鋭利な刃がノアの首を傷付ける。ノアは詰まったように小さく呻き、痛みに眉を寄せたが叫ぶことはない。晒された白い肌に一筋の赤い血が流れたのを見た瞬間、ハリーは目の前が真っ白になった──。

 

 

 気づいたときにはもう、ハリーはハーマイオニーとロンの腕を力づくで振り払い、ブラックに向かって飛びかかっていた。

 

 ブラックは目を見開き、反射的に一歩下がる。ブラックの指に、肉を切り裂く嫌な感触が伝わり、すぐにナイフをノアの首から離す。ノアは首を押さえ、崩れるようにしてその場にしゃがみ込み、ブラックは唖然とそれを見ていたが──頬に強い衝撃を感じた。

 

 ハリーは杖を振り下ろし遅れたブラックの手首を片手で掴み、ひねって杖先を反らせ、もう片方の手で強く頬を殴りつけていた。

 

 二人は仰向けになって倒れ、壁にぶつかる。

 ハーマイオニーが悲鳴をあげノアに駆け寄り、動けないロンは喚きながら必死にノアに近づこうとした。

 

 ノアはその場に膝をつき、首を押さえる。

 白い指の隙間から、赤い血が溢れた。額には汗が滲み、前髪がぺたりと張り付いていた。

 

 ハリーはブラックに殴りかかりながら、ちらりと後ろを振り返る。ノアが痛みに顔を歪めているのが見えた瞬間、胸の奥から言葉にならない怒りが噴き上がった。

 

 

 

 ハーマイオニーは必死にノアの肩を支え、よろけながらも部屋の端まで引きずっていった。彼女の腕にはノアの重みがずっしりとかかり、何度もつまずきそうになりながら、それでも踏ん張る。シャツの襟首がみるみるうちに染まり、赤い血が床の上にぽたぽたと垂れる。「ノアさん」彼女の声は震え、目からぼろぼろと涙が流れていた。

 

 俯いていたノアは安心させるために微笑むと、微かに口を動かした。ハーマイオニーは何と言っているのかわからなかったが──何かの呪文らしかった。ぽう、と首を押さえる手の下から白い光が漏れる、ハーマイオニーは驚いてしゃくりあげ、その光を食い入るように見た。

 光は少しして収まり、ノアはすっと手を離す。白い肌や襟首に赤い血がついていたが、傷口は綺麗に塞がっていた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「げほっ──大丈夫」

 

 

 ノアはそう言いハーマイオニーの肩に触れる。ハーマイオニーは肩の傷に触れられびくりと肩を跳ねらせ顔を顰めた。──しかし、痛みがすぐに消えた。驚いて肩をみれば、抉れるようにしてあった切り傷が消えている。

 治癒魔法。──それでも、このレベルはエピスキーを遥かに超える。聞いたこともない、見たこともない魔法だった。

 

 ノアは疲れたように目を伏せたが、すぐに表情を引き締めてハリーの方へ目をやる。ハーマイオニーもつられるように振り返り、そして──彼がブラックに首を掴まれていることに、ようやく気づいた。

 

 ハリーはまだ十三歳だ。体格も恵まれているとは言えない。ブラックが圧倒的に優位であり、純粋な力では叶わない。

 喉が締まる苦しさにハリーは喘ぎ、ブラックのがっしりとした筋肉質な腕を引っ掻く。腕だけではなく、手が届く範囲の場所を引っ掻き、殴り、必死に抵抗した。その時、ハリーの爪がブラックの首元のボタンを弾いた。古びた服だ、簡単に布が破れる音がする。その下から──赤い何かが見え、ハリーは目を凝らしてみて、そして息を呑んだ。

 

 ブラックの首元には、ノアのペットのシリウスがつけていた赤い首輪が緩くつけられていた。

 

 

「──アニメーガスだったのね!」

 

 

 ハーマイオニーが叫ぶ。

 アニメーガス、動物になれる特別な魔法。確かマクゴナガルがそうであった。

 

 ようやく、ハリーは理解した。

 そうか、ブラックはノアの飼い犬を装い、ホグワーツに侵入したんだ。──今までずっと隣で何食わぬ顔で過ごしていたんだ。僕は、両親の仇の頭を撫でていたのか──。

 今まで犯行に移さなかったのは、今日この時、僕たちが先生たちの目から離れるチャンスを探していたのか。

 

 ハリーは体が震えるほどの怒りが込み上げた、睨みだけで、願いだけで殺せたらどんなにいいだろうか──。

 

 ブラックは、黙って襟元を正し、赤い首輪を隠そうとした。──ブラックの目が、ノアへ向かう。

 

 

「……シリウス、お前はお利口なペットじゃなかったのか?」

 

 

 ノアが静かにシリウスに問う。シリウスはハリー越しにノアを睨むように見ていたが──ノアの白い首に血の跡がついているのを見ると、少し後悔するように表情を曇らせた。

 それも一瞬で、ブラックはせせら笑う。

 

 

「ああ、俺は賢い犬だっただろう? 君の良き友であり続けた……それも、全てこの時のためだ」

「……」

 

 

 ノアはじっとブラックを見て沈黙する。部屋にはハリー達の荒い息遣いが響いた。

 

 ふいに、ノアは笑った。

 

 

「悪い子にはお仕置きが必要だな」

 

 

 それは子どもを叱る親のような目だった。

 ノアは腕を前に出す。ブラックはハリーを掴んだままノアを警戒し、じり、と一歩後ろに下がる。彼らの杖はブラックが全て持っている。しかし、ブラックは、ノアの犬だった時に彼の比類なき魔法を目の当たりにしていた。

 

 ノアは静かに目を細め、次の瞬間──前に出した手を、ぐっと握りしめた。

 その瞬間、ブラックは呻きハリーを掴んでいた手を離した。

 

 ハリーは息も絶え絶えに転がるようにブラックから離れ、からんと響いた軽い音に視線を向け──床に転がる杖に飛びついた。ハリーは全員の杖を掴むとすぐにノアの隣に並ぶ。

 振り返ると、ブラックは床に膝をつき、苦しげに呻きながら首を押さえていた。

 

 

「ノア、何が──」

「首輪。魔法をかけてたんだ。……お仕置き用にな」

「ぐ、ぅ、うっ……」

 

 

 ブラックは苦悶の表情で首輪を剥ぎ取ろうとしたが、それは石のように硬くなり爪がガリガリと音を立てただけだった。

 ハリーは、ノアがブラックをくびり殺してしまうんじゃないかと思った。ノアの目は見たことがない程、静かだった。それがハリーはゾッとするほど美しく──恐ろしく感じた。

 

 

 しかし、ノアはふっと腕を下ろし、ブラックは詰まっていた息を吐き出し肩を激しく上下させた。咳き込み、必死に息を吸うブラックに、ハリーは左手にひとまとめにしていた全員の杖の中から自分の杖を抜き取る。

 

 そのまま、ブラックの元へ行き杖を突きつけた。

 

 呼吸を荒げながら、ブラックは顔を上げる。長い前髪の奥で目がぎらつきハリーを見つめた。ブラックは、ハリーの杖が心臓に向けてゆっくりと近づくのを見ていた。

 

 

「ハリー、俺を殺すのか?」

 

 

 ブラックが呟く。ハリーはブラックを見下ろした。ブラックは、両親の仇だ。ノアやロンに酷い怪我を負わせた。──許せるわけがない。

 

 

「おまえは僕の両親を殺した」

 

 

 ハリーの声は少し震えていたが、杖腕は微動だにしなかった。 ブラックはハリーをじっと見上げ、 「否定はしない」と静かに言った。

 

 

「しかし、君がすべてを知ったら──」

「すべて?──おまえは僕の両親をヴォルデモートに売った。それだけ知ればたくさんだ!」

 

 

 ハリーの体の中に一度なりを潜めていた怒りが再び湧き起こる。ブラックは「聞いてくれ」と狂った凶悪犯にしては乞うような、緊迫した声を出した。

 

 

「聞かないと、君は後悔する……君はわかっていないんだ……」

「おまえが思っているより、僕はたくさん知っている──おまえはあの声を聞いたことがないんだ。僕の母さんが……ヴォルデモートが僕を殺すのを止めようとして……」

 

 

 ハリーは自分の声が震えているのを自覚した。

 耳の奥にこびりついている。あの母さんの悲痛な叫び、父さんの僕たちを逃がそうとする声──死の間際の、断末魔の悲鳴と、狂ったような哄笑が。

 

 唇が震える。手が震える。喉元までこみ上げてくるものに言葉がついていけない。何かを叫びたかった、でも声にならなかった。

 

 

「おまえがやったんだ……おまえが……」

 

 

 ハリーはその先の言葉を言えなかった。ブラックもまた、じっとハリーを見上げるだけだった。

 今しかない。今、殺すんだ。この手で、両親の仇を打たねばならない。誰にもできない、これは僕にしか──。

 

 

 汗で杖が滑る。ハリーは強く握り直した。……しかし、腕は動かなかった。

 ノアの血、母の哀願の声、ヴォルデモートの哄笑、ロンの呻き声、ハーマイオニーの啜り泣き──全部が頭の中で渦を巻き、ハリーの手を、心を縛りつけていた。

 

──殺せなかった。

 

 

 

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