兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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130 セブルス・スネイプ

 

 

 数十秒、沈黙が落ちた。

 重い空気の中で、誰もが口を噤んだまま、ただ睨み合っていた。リーマスとブラックの視線は、ロンの手から逃れようと暴れるスキャバーズに注がれたまま微動だにせず、ハリーとロンはただその緊迫感に飲まれていた。頭が混乱する、あり得ない──ピーター・ペティグリューは、十二年前に死んだはずなのだ。

 

 信じられない、というより理解できない。ハリーがそう口にしようとした瞬間、小さな声が横から漏れた。

 

「へぇ」

 

 ノアだった。納得したような、あるいは何かが腑に落ちたような声音だった。ハリーが驚いてノアを見る。

 

 まるで何でもないことのように、彼は肌に張り付く乾いた血を痒そうに指でカリカリと引っ掻きながら、するりとロンの側に近づいていた。足取りは軽く、空気の張り詰め具合とは対照的に、その表情にはどこか無邪気な好奇心さえ滲んでいる。

 

 そのまましゃがみ込み、ノアは静かにスキャバーズを見つめた。

 

 暴れるネズミ、引き攣るロン、息を呑むハーマイオニー──誰もが不安と疑念を抱えるなかで、ノアだけがいつもと同じように飄々としていた。

 

 

「ロン、こいつがペティグリューなんだってさ」

 

 

 さらりと投げられた言葉に、ロンは思わず笑い出しそうになる。「ありえない」と口を開いた彼は、精一杯の拒絶をそのまま声にしていた。

 

 

「そ、そんな──ノアはなんでそんなにすぐ信じれるんだ!? ありえない、こいつはただのスキャバーズだよ!」

 

 

 ハーマイオニーはごくりと生唾を呑み、躊躇いながらも口を開いた。

 

 

「ノアさん。スキャバーズがペティグリューのはずがありません……」

 

 

 ノアはしゃがんだ姿勢のまま、ゆっくりとハーマイオニーを振り返る。その瞳は問いかけていた。「どうして?」と。

 

 

「だって──マクゴナガル先生の授業でアニメーガスの勉強をした時に、私、アニメーガスについて調べたんです。魔法省が動物に変身できる魔法使いや魔女を登録していて……」

 

 

 そこまで言った時、ノアはふっと小さく笑った。場違いなようで、それでいて妙に真実味を帯びた微笑だった。ハーマイオニーの言葉がぴたりと止まる。

 

 

「ははっ!──ハーマイオニー、そのリストにはブラックの名はあったのか?」

 

 

 問いかけは柔らかかったが、確信に満ちていた。ハーマイオニーは口ごもり、唇を噛む。

 

 

「っ……それは……」

「つまり、未登録のアニメーガスだった。それも二匹──いや、多分三匹、ですか?」

 

 

 ノアは立ち上がり、今度はリーマスの方へと目を向ける。彼の確信めいた問いかけに、リーマスは驚きながらも肯定した。

 

 

「ああ。魔法省は、未登録のアニメーガスが三匹、ホグワーツを徘徊していたなんて知らなかった」

 

 

 その答えに、ハーマイオニーはますます困惑した顔をする。

 

 

「な、なんでそんなことを……?」

 

 

 彼女の問いは、なぜそんな危険を犯してまで、という意味を含んでいた。

 

 

「それはね──」

 

 

 リーマスが話し始めようとしたその時、ブラックが苛立たしげに舌打ちし、荒っぽく言葉を挟んだ。

 

 

「その話をみんなに聞かせるつもりなら、リーマス、さっさとしてくれ」

 

 

 不機嫌な声が空気を裂いた。歯を食いしばるように、苛立ちを隠さず言い放ったその声音に、ハーマイオニーは身をすくめる。怯えた目で、ブラックをちらちらと見ては目を逸らした。

 

 

「わかった。でも君にも助けてもらわないと。……私はことの始まりしか知らない」

 

 

 リーマスの言葉には、冷静なようでいて、どこか急かされているような焦りが滲んでいた。ブラックの殺意は、今にもその手を伸ばしそうなほどだった。ペティグリューを──かつての友を、裏切り者を、一刻も早くこの手で終わらせたい。その衝動を、リーマスはよく理解していた。

 

 その時、部屋の背後から軋む音が聞こえた。

 

 皆の目が一斉に扉の方を向く。

 一人でに、扉が開いていた。

 

 リーマスが強張った表情で足早に扉に近づき階段の踊り場を見たが、人の気配も影もなかった。

 

 

「誰もいない……」リーマスの呟きに、ロンは「ここは呪われているんだ!」と叫ぶ。

 ハーマイオニーとハリーもこの『叫びの屋敷』が呪われているという話は聞いたことがあり、恐々とあたりを見回した。

 

 しかし、リーマスは「いや」と短く否定し首を振った。

 

 

「そうではない。叫びの屋敷はけっして呪われていなかった……村人がかつて聞いたという叫びや吠え声は、私の出した声だ」

 

 

 リーマスは目にかかる白髪の混じりはじめた髪をかき上げ、一瞬思いにふけり、それから話しだした。

 

 

「話はすべてそこから始まる。──私が人狼になったことから。私が噛まれたりしなければ、こんなことはいっさい起こらなかっただろう……そして、私があんなにも向こう見ずでなかったなら……」

 

 

 リーマスは真剣な声音の中に、疲れと後悔を滲ませながら話した。

 ロンが口を挟もうとしたが、ハーマイオニーが「シーッ」と止める。ハーマイオニーとハリーは真剣にリーマスを見つめていた。

 

 

 リーマスはゆっくりと話しだした。

 幼少期に人狼に噛まれてしまったこと。当時は治療法が無く、今ある薬はごく最近に発明されたばかりであり、過去の──学生時代のリーマスは、月に一度、完全な怪物に成り果てていた。ホグワーツに通うのは最早不可能だと思われたが、ダンブルドアの計らいで予防措置を取れば人狼であっても学ぶことができる事になった。

 満月の夜には、リーマスは暴れ柳の根元に隠された通路を通り、この屋敷にひとり閉じ込められた。吠えることも、泣くことも誰に届かないように──そう、ホグワーツに通う代償としての孤独だった。暴れ柳はその通路を隠し、他者が近づかないように、リーマスのために植えられたものだった。

 

 リーマスは月に一度人狼にならなければならなかったが、ホグワーツに通い、大切な友人達ができた──素晴らしい日々だった。リーマスにとっての初めての友達が、シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー、そして、ハリーの父のジェームズ・ポッターだった。

 

 彼らは月に一度、リーマスが姿を消すことに気づき、やがてその理由を突き止めた。ハーマイオニーのように、知性と洞察で『リーマスは人狼である』と察したのだ。

 

──それでも、彼らは変わらなかった。

 人狼は魔法界で差別と忌避の対象であるにもかかわらず、友情は揺るがなかった。

 三人は満月の夜、リーマスを独りにしないために、非合法のアニメーガスになる決意をした。

 

 動物の姿になれば、人狼は襲わない。そうだとしても、アニメーガスは、簡単な魔法ではない。失敗すれば一生動物のままになってしまったり、一部分の変化が解けなかったり──逆に、思考だけ獣になってしまう事もある危険なものだった。

 

 

 それでも三人は、何年もかけて、危険を承知でその禁術を身につけた。すべては、友のために。

 

 

 初めはジェームズが持つ透明マントを使い、こっそり三人が学校から抜け出し、暴れ柳の隠し通路から叫びの屋敷に来て、アニメーガスになり一夜を過ごしていた。だが──次第に欲が出てきたのだ。

 彼らは夜の屋敷を抜け出し、ホグズミードや校庭を、まるで闇夜の王者のように駆けまわった。

 

 校庭や学校内について詳しくなった四人は忍びの地図を作り上げ、シリウスはパットフッド、ピーターはワームテール、ジェームズはプロングスという名前を地図に残した。

 

 

 リーマスの昔話がひと段落ついたところで、ハリーはつい「どんな動物に──?」と質問しかけた。

 しかし、それを遮って、ハーマイオニーが口を挟んだ。

 

 

「それでもまだとっても危険だわ! 暗い中を人狼と走り回るなんて! もし人狼がみんなをうまく撒いて、誰かに噛みついたらどうなったの?」

「……それを思うと、いまでもぞっとする」

 

 

 リーマスの声は低く、苦味を帯びていた。後悔と重荷がこもっている。

 

 

「……あわや、ということがあった。何回もね。あとになってみんなで笑い話にしたものだ。若かったし、浅はかだった。──自分たちの才能に酔っていたんだ」

 

 

 リーマスは、過去の罪を告白するように、話を続けた。

 

 ダンブルドアの信頼を裏切り、友人達を非合法のアニメーガスにしてしまった、という罪悪感は時折リーマスの中で膨れ上がった。──しかし、若き日のリーマスにとって、それは罪を越える悦びだった。初めて得た自由。初めて得た、誰にも咎められない夜だった。

 

 

 当時を思い出し、リーマスの顔は強張り、声には自己嫌悪の響きがあった。

 

 

「この一年というもの、私は、シリウスがアニメーガスだとダンブルドアに告げるべきかどうか迷い、心の中でためらう自分と闘ってきた。しかし、告げはしなかった。なぜかって? それは、私が臆病者だからだ。告げれば、学生時代に、ダンブルドアの信頼を裏切っていたと認めることになり、私がほかの者を引き込んだと認めることになる。

……ダンブルドアの信頼が私にとってはすべてだったのに。ダンブルドアは少年の私をホグワーツに入れてくださったし、大人になっても、すべての社会から締め出され、正体が正体なのでまともな仕事にも就けない私に、職場を与えてくださった。

だから、私はシリウスが学校に入り込むのに、ヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使っているに違いないと思いたかったし、アニメーガスであることは、それとは何のかかわりもないと自分に言い聞かせた」

 

 

 リーマスはふとノアを見て、かすかに笑みを浮かべた。

 

 

「初めて、シリウス──ノアのペットを見た時は、心臓が止まるかと思ったよ」

 

 

 ノアは悪戯が成功した子どものように、小さく笑い返した。

 

 

「アニメーガスとなったシリウスにそっくりだった。私は──シリウスだと思った。しかし、目の色が違った。アニメーガスは本人の外見的特徴を引き継ぐのだ。……何度も見た私が、シリウスの目の色を忘れるわけがない。だから、他人──他犬かな?──の空似だと思った」

 

 

 ノアは「あぁ」とその時のことを思い出しながら苦笑した。ブラックもまた、ノアのペットになり、ホグワーツに侵入し、初めてリーマスを見た時に「まずい」と思ったのだ。自分がスキャバーズをピーターだと見破ったように、リーマスも自分の正体を見破ると警戒した。

 

 

「ノアが俺の目の色を変えてくれたのは、今思えば、奇跡的な偶然だった」

 

 

 ブラックがしみじみと呟く。

 ノアは「ペットの色を変えるのが流行ってるって聞いて」と少し居心地悪そうに答えた。

 

──だが、それは半分は嘘である。

 本当は、リーマスに見破られないように、ノアが先回りして細工を施していたのだ。

 

 

「結局、シリウスがホグワーツに忍び込むのに、アニメーガスが関係していた。……スネイプはシリウスが学校に入り込むのに、私が関係していると思っていた。……アニメーガスの発端は私だから、正しかったわけだ」

 

 

 リーマスは力なく笑った。

 ブラックはその名が出たとたん、あからさまに顔をしかめ、「あの蝙蝠野郎」と毒づいた。

 あまりの敵意に、ハリーたちは驚いてブラックを見た。リーマスは苦笑し、セブルスと自分たちの関係を説明しだした。

 

 

「スネイプ先生は私たちと同期なんだ。私が『闇の魔術の防衛術』の教職に就くことに、先生は強硬に反対した。ダンブルドアに、私は信用できないと、この一年間言い続けていた。スネイプにはスネイプなりの理由があった。……それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、スネイプが危うく死にかけたんだ。その悪戯には私もかかわっていた──」

 

 

 ブラックが嘲るような声を出し「当然の見せしめだったがとせせら笑う。

 リーマスはそれを咎めようとしたが、すぐに目を伏せた。自分に咎める資格はないとでも言うように。

 

 

「こそこそ嗅ぎ回って、我々のやろうとしていることを詮索して……。我々を退学に追い込みたかったんだ……」

 

 

 苛立ちをこめて、シリウスは足を組み直し、前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

 その動きに一瞬だけ若き日の面影が重なり、ハリーは両親の結婚式での彼の姿を思い出す。──今もなお、その端正な面影は消えていない。

 

 リーマスは、話を続けた。

 

 

「私たちは同学年だったんだ。それに──つまり、お互いに好きになれなくてね。セブルスはとくにジェームズを嫌っていた。妬み、それだったと思う。クィディッチ競技のジェームズの才能をね。

……とにかく、セブルスはある晩、私が校医のポンフリー先生と一緒に校庭を歩いているのを見つけた。ポンフリー先生は私の変身のために『暴れ柳』のほうに引率していくところだった。 シリウスが──その──からかってやろうと思って、木の幹のコブを長い棒で突つけば、あとをつけて穴に入ることができるよ、と教えてやった。

そう、もちろん、スネイプは試してみた。──もし、スネイプがこの屋敷までつけてきていたなら、完全に人狼になりきった私に出会っていただろう。──しかし、君のお父さんが、シリウスのやったことを聞くなり、自分の身の危険も顧みず、スネイプのあとを追いかけて、引き戻したんだ。……しかし、スネイプは、トンネルの向こう端にいる私の姿をちらりと見てしまった。

ダンブルドアが、けっして人に言ってはいけないと口止めした。だが、その時から、スネイプは私が何者なのかを知ってしまった……」

 

 

 沈黙が落ちる。

 ブラックは当然という表情で全く悪びれていなかったが、ロンとハーマイオニーは「なんて事をしていたんだ」と引いた目でブラックを見ていた。

 ハリーは数ヶ月前のリーマスとセブルスの会話を思い出した。棘や悪意のある会話を。

 

 

「だからスネイプはあなたが嫌いなんだ。

スネイプはあなたもその悪ふざけにかかわっていたと思ったわけですね?」

 

 

 ハリーは考えながら言った。

 

──その時。

 

 

「そのとおり」

 

 

 低い声が響く。

 リーマスの背後の壁のあたりから、冷たい嘲るような声がした。

 

 セブルス・スネイプが透明マントを脱ぎ捨て、杖をリーマスに向けて立っていた。

 

 

 

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