兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
試合が始まれば、あっという間に熱狂に包まれた。ホグワーツでのクィディッチの試合がスローに感じるほど、プロ選手の動きは早く、まさに光線のようにしか見えない。
解説をするバグマンも、試合の展開が早すぎて選手の名前を次々に言うくらいしかできていなかった。俺はそこまでクィディッチに興味があるわけではないが──流石にプロ選手の試合は迫力があり、ついつい魅入ってしまった。
試合はアイルランドの大量リードで進んでいたが、終盤でクラムが遂にスニッチを捕らえた瞬間、スタジアムは割れるような歓声に包まれた。──しかし、勝ったのはクラムのチームであるブルガリアではなくアイルランドだったけれど、観客の記憶に残ったのは、間違いなくクラムの飛翔だろう。
クラムはスニッチを捉えたのは、多分ブルガリアがアイルランドに百六十点もの点差をつけられ、勝つ事はできないと判断したのだろう。これ以上点差が開かないように、自らの手で試合を終了させたのだ。
なかなか勇敢だし、いい締め方だと思う。まさに試合には負けたが勝負には勝った──そんな終わり方だった。
「さて、アイルランド・チームがマスコットを両脇に、グラウンド一周のウイニング飛行をしている間に、クィディッチ・ワールドカップ優勝杯が貴賓席へと運び込まれます!」
バグマンの声が響き、突然眩い光が差し込み俺は思わず手で目を覆った。貴賓席の中がどのスタンドからも見えるように魔法の照明がついたらしい。
入口の方から巨大な金の優勝杯を手にした魔法使いが現れ、ファッジに手渡される。
「ノア、さあ。出番だ」
ファッジが俺に向かって囁く。
照明の眩しさに目を細めながらも、俺は営業スマイルを作り、ゆっくりと立ち上がった。
途端、ざわ、と観衆が動揺したようにざわめいたのが聞こえる。どこからか俺の名を呼ぶ声が聞こえ、それはすぐに熱がこもった黄色い悲鳴へと変わった。
バグマンが「勇猛果敢な敗者に絶大な拍手を──ブルガリア!」と叫ぶと、ブルガリア選手七人が階段を上がってボックス席へ入ってきた。選手たちは惜しみない拍手を送られて、バグマンに一人ずつ名前を呼ばれブルガリアの魔法大臣と握手し、次にファッジとも握手をする。
俺はファッジから渡された優勝杯を持ったままだし──大臣じゃないから握手するのもおかしいか、と思いとりあえず笑いながら彼らを讃えれば、選手たちは敗北して悔しく強張っていた表情を少しだけ和らげた。
ブルガリアの選手たちが貴賓席から退場すると、バグマンが「素晴らしい勝者に盛大な拍手を──アイルランド!」と再び声を張り上げる。
アイルランドの選手たちは満面の笑みで登場し、スタンドからの大声援に大きく手を振り応えていた。ブルガリアの時と同じく、選手の名が呼ばれそれぞれ大臣と握手をする。一通り終わった後、バグマンは俺を見て、合図をするようにパチンとウインクをした。
「アイルランドチーム。とても見事な試合を見せてくれました! 優勝杯授与は、この人にしてもらいましょう! 世界においてその名を知らぬものはいない──イギリスの宝石、五千年に一人の美貌の持ち主──ノア・ゾグラフ!」
バグマンの紹介に、いっそう大きな拍手と歓声が湧き起こり、何千、何万という万眼鏡のレンズが俺に向けられチカチカと光った。
──あ、これなんか一言いうやつだな。
俺は指を喉に当て、バグマンがしたように増幅魔法をかけ、ゆっくりと口を開いた。
「アイルランド代表──皆さんは今日、最高に見事な試合を見せてくれました。技術も、気迫も、そして仲間との信頼も……すべてが観客を魅了したと思います。世界中の魔法族に、クィディッチの素晴らしさを改めて示してくれた。その栄誉を、心から称えます。優勝、おめでとう!」
アイルランドチームのキャプテンらしい人──一番先頭にいるのが大体キャプテンだろう──に優勝杯を渡す。彼は傷だらけの顔をくしゃりと歪めて泣きそうに笑うと、俺から優勝杯を受け取り、高々と掲げた。
下の観客席から祝福の声が轟き渡り、アイルランドの選手たちはみな嬉しそうに笑う。
歓声は雷鳴のように轟き、アイルランドの選手たちは箒を手にボックス席から飛び立ち、勝者のウイニング飛行を見せた。空を舞う選手に、国旗と声援が揺れる。
俺は席に戻り、ふぅと小さく息をついた。大仕事といっても、やることはシンプルだ。けれど、この場の空気の熱さは半端じゃない。横を見るとファッジは満足げに何度も頷いていた。──満足してくれたのなら何よりだ。
その後、俺とメイソンは予定通り、ファッジ主催の食事会に顔を出した。豪華なテントで開かれたそれは、ブルガリアとアイルランドの選手や監督、各国の大臣や関係者がずらりと並ぶ大宴会。俺は営業スマイルを崩さぬまま、歓談や写真撮影、サインに応じていた。
試合では鬼気迫るプレイをした選手たちも地上では普通の人なのか、チラチラとこちらを見ては「目が合った!」と挙動不審に狼狽える姿が正直面白かった。
終わった頃にはもう深夜を回っていて、テントに戻った俺はシャワーを浴びる余裕もなく、スコージファイでさっと体を清め、ベッドにダイブした。「おやすみ」とメイソンの柔らかい声に半分寝こけながら返事をし、そのまま──泥のように眠りに落ちた。
***
「ノア、起きて」
「んー……あと五時間……」
「寝すぎだよ!」
体を揺らされ、深い眠りから強制的に目覚めさせられる。なんだ? 全然寝足りない。あと五時間どころか十時間はいけるかも──と思い、目を擦りながら体を起こせば、薄暗い部屋の中で杖先に灯りをともしたメイソンがベッドのそばに居た。
「うぅ……なんだ?」
「よくないことが起こってる。キャンプ場から近いここも危険かもしれない」
「……はあ?」
眠すぎて頭が回らない。サイドチェストに置いてあった杖をポケットに差し込みつつ、欠伸をこぼす。メイソンは切羽詰まった表情で俺に上着を押し付けた。
「僕から離れないで。──行こう」
メイソンは俺の肩を掴み、真剣な声で言った。そのまま手を引かれ玄関に向かう。
あん? なんかイベントあったっけ──と動きの鈍い思考をフル回転させながら外に出て、ようやく思い出した。
──あー、そういえばそうだ。試合にテンションが上がった残党死喰い人がはっちゃけるんだったな。
寝る前は、勝利を祝うアイルランドの国歌が歌われていたり、そこかしこで祝杯をあげる楽しげなざわめきが聞こえていた。
しかし、今は爆発音と悲鳴、それに走る音が森の向こう側から聞こえている。キャンプ場がある場所は、緑の光や炎がちらついていた。
深刻な雰囲気に、メイソンは息を詰め、ぎゅっと拳を握っていた。
「メイソン、様子見に行こう。あっち側にハリーたちがいるはずだ」
「心配なのはわかるけど──危険すぎる」
「俺は世界一の魔法使いだぜ?」
軽く肩をすくめて言ってみたが、メイソンは俺が実際魔法を使っているところをそんなに見たことがない。だから俺の力も信じていないのか、冗談だと思っているのだろう、硬い表情で首を振った。
「駄目だ。僕は、きみの安全を保証する義務がある」
「まあ、そうだよな……」
俺は、こいつにとってはまだ未成年の子どもだし。
肩をすくめながらも、俺はちらりと森の方に視線を向けた。光が空を切り裂くように走り、叫び声が続いている。
「──でも、メイソン。ハリーたちがいるとわかってて無視できないんだ」
「……ノア」
「危険なのはわかってる。様子を見るだけだ、な?」
メイソンは歯を食いしばり、俺をじっと見つめる。その瞳は揺れていた。
「メイソン、俺を信じろ」
俺がそう告げると、メイソンは微かに瞼を震わせた。観念したように目を閉じ、しばし沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。ただし、絶対に僕から離れないで。危険だと判断したら、すぐに姿眩ましで避難するからね」
「了解。じゃあ、行こうか」
俺はポケットの中で杖を握り直し、森の騒乱に向かって駆け出した。
暗い森の中、叫び、泣き喚きながらキャンプ場とは反対方向に逃げ惑う人の影が見える。
誰もが混乱し、追い立てられるように木の根に躓きながら走っていた。
森の終わりに近づき、メイソンは俺に目配せして太い木の幹に隠れるよう促す。俺は背を木につけながら、そっとキャンプ場を覗き見た。
そこは、幾千のテントが張られた、かなり広いキャンプ場だった。
しかし、いくつかのテントは燃え、踏み荒らされている。泥で汚れた国旗が地面の中に横たわる中、逃げ惑う人を嘲笑うかのようにゆっくりと行進する軍団がいた。
長いローブを着て、フードを被った魔法使い達は、みな仮面をつけていた。彼らは杖を真上に向け、時々火花や緑の閃光を出し、辺りを威嚇している。
彼ら──死喰い人の頭上に、宙に浮かんだ四つの影があった。
「っ──ひどい」
メイソンはそれを見て呻き、掠れ声で吐き捨てる。
逆さ向きの宙吊りになり、操り人形のようにぶらぶらと動いているのは──人間だった。大人が二人に、小さな子どもが二人。意識があるのだろう、恐怖に引き攣った顔からは止めどなく涙が出ているが、声は少しも漏れない。──きっと、うるさいから、という理由で声を消されているんだろう。
……いや、酷すぎだろ。これ。
俺は思わず足を踏み出した。
メイソンが「ノア!」と叫んで俺に向かって手を伸ばしていたが、杖を一振りしてメイソンを透明な繭の中に閉じ込めた。
びたん、と壁に阻まれ止まったメイソンは狼狽えながら空中を叩き、俺の名を必死に呼ぶ。
「安心しろ、そこが一番安全だぜ?」
俺は燃え立つテントの前に歩み出る。死喰い人たちはざわめき、視線を一斉に俺に向けた。
「こんばんは」
俺は、丁寧に、微笑みながら柔らかく死喰い人達に挨拶をした。彼らは肩を震わせ、仮面の奥の空気が緊張したのが伝わってくる。──こいつたち、誰なんだろうなぁ。ルシウスが居ないといいけど。
「──クズ野郎共が」
杖を素早く横に振る。
その瞬間、地面から爆風が走り、五人ほどがまるで巨人に殴られたかのように吹き飛んでいく。燃えるテントが揺れ、火の粉が夜空に散った。
「なっ……!」
残りの死喰い人が一斉に杖を向ける。赤、白、緑──色とりどりの光線が殺到する。
「プロテゴ」
俺は、杖を悠然と前に向けてそれを受け止める。透明な壁が半球状に広がり、降り注ぐ呪文は悉く弾かれて炸裂した。爆風と光が彼ら自身を襲い、仮面を被った数人が悲鳴を上げて倒れ込んだ。
死喰い人達は動揺し、じり、と半歩後ろに下がる。俺は、軽く地面を蹴ってふわり、と浮いた。仮面をかぶっているからわからないが、彼らは呆然と、俺を見上げているに違いない。
俺は、見せつけるように杖をポケットに差し込む。両手を開いて、ゆっくり握る。そのまま、指揮者のように、優しく振った。
宙吊りになっていたマグル達が俺の元に引き寄せられる。離れたところに着地させ、ついでに眠らせて、防御魔法をかけておいた。後で記憶は消されるだろう、彼らにとっては、その方がいい。いらない恐怖を覚えたままトラウマになるのは可哀想だ。
「さあ──アズカバンにぶち込まれたいやつから来な。それとも尻尾を巻いて逃げ出すか?」
俺は笑った。挑発の響きに、空気が張り詰める。
たじろいでいた死喰い人達もすごすごと帰るわけにはいかないのだろう。果敢にも──無謀にも一歩踏み出し、杖を振りかざした。
だが、俺が片手を払えば彼らの呪文は空中でねじ曲がり、轟音とともに真横へ逸れて爆ぜる。爆炎が夜空を赤く染め、木々が揺れる。
「まだやるか?」
俺の問いに仮面の奥の視線がざわめく。恐怖と怒りとがないまぜになった沈黙が落ちた。
その時、「ノア!」という叫びが背後から響いた。振り返れば、アーサーを先頭に、ビルやチャーリー、さらに魔法省の職員たちが駆けてきていた。皆杖を構え、迷いなく死喰い人へ突撃する。
「取り押さえろ!」
アーサーの叫びと共に、光の閃光が闇を切り裂いた。職員たちが次々と呪文を放ち、死喰い人たちも負けじと反撃する。赤、青、緑、白──色とりどりの呪文が夜空を飛び交い、キャンプ場はまるで戦場のように輝き始めた。
俺はニヤリと笑い、死喰い人たちの一団のど真ん中に飛び込む。地面に降り立つ瞬間に指を振れば、衝撃波のような力が弾けて十数人が一斉に吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!?」
呻き声を上げる死喰い人を見下ろしながら、俺は軽く指を弾いた。瞬間、周囲の炎が槍のように伸び、仮面の一人の杖をはじき飛ばす。続けざまに背後から迫ってきた光線を片手で払い落とし、弾き返された魔法が別の死喰い人を直撃した。
魔法省の職員たちも次々と援護に入り、戦況は一気に押し返されていく。
しかし──その時だった。
夜空に、緑色に輝く髑髏が浮かび上がった。
巨大な髑髏の開いた口から蛇が這い出る。高く上がったそれは緑の靄を纏い、俺たちを見下ろしていた。
──闇の印。
死喰い人たちはその姿を仰ぎ見た瞬間、恐慌に駆られたように一斉に姿をくらませた。誰かが「逃がすな!」と叫ぶが、次の瞬間には影も形も消え失せていた。逃走する恥よりも、恐怖の方が優ったのだろう。
アーサーや魔法省の職員たちもまた蒼白な顔で顔を見合わせ、短い指示を交わすと同じく姿を消していく。
辺りに残されたのは──俺と、眠りについたマグルだけだった。
急に訪れた静寂の中で、俺は肩をすくめ辺りを見回す。
燃え、踏み荒らされたテント。
逃げ遅れた人たちが恐々と木の隙間から様子を伺っている。
指先をひらりと振れば、燃え盛っていたテントの炎が一瞬で鎮火し、倒れたテントの支柱や破けた布も勝手に元通りになる。わずか数秒で荒れ果てた景色は、まるで最初から何も起きなかったかのように整えられていた。
「ま、こんなもんか」
俺は深呼吸を一つし、手を払った。
ポケットに手を突っ込み、森の側にいるメイソンのところに向かう。
メイソンは、透明な繭の中で唖然とした表情で俺を見ていた。
繭を解けば、透明な殻がぱきんと割れて消え、メイソンがよろめくように出てきた。メイソンは数歩俺に近づきかけ──その場に立ち尽くした。
「ノア、きみは一体……あの魔法は……」
「言っただろ? 最強の魔法使いだって」
俺が飄々と片目を瞑ってみせると、メイソンはようやく震える吐息を吐き出す。
「ああ、うん……そうだね。本当にそうなんだろう。……でも──寿命が縮んだからもうしないでね」
苦笑を浮かべたメイソンの声には、かすかな畏怖と安堵が入り混じっていた。