兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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147 特別個人授業

 

 

 水曜日の午後六時、少し前。

 生徒たちがぞろぞろと大広間に向かい、夕食を心待ちにしている時間帯だ。笑い声や談笑が廊下の奥から響いている。

 

 俺も例に漏れず腹は空いていて、厨房でこっそりチョコチップ入りのスコーンを作ってもらった。焼きたては外がかりっとして中はほかほか、甘さもちょうど良い。あー……どうせならゆっくりお茶でも淹れて食べたかったなあ。そんな未練を胸に抱えつつ、俺は軽快な足取りで地下へ伸びる石段を降りていった。

 

 セブルスは「教科書はこちらで用意する」と言っていたので、鞄には筆記具と家から送ってもらった素材だけを放り込んできた。手ぶらで現れるのは流石にまずいしなあ。

 

 

 一番下まで降りて、教室の隣にある研究室の扉をトントンとノックすると、間を置かず「どうぞ」という低い声が返った。すぐに応答するあたり──セブルスもこの日を楽しみにしていたのだろう。今までホグワーツでは作れなかった薬を、ようやく調合できるんだし。

 

 

「ノア・ゾグラフです。失礼しまーす」

「……ああ」

 

   

 

 扉を開けて足を踏み入れると、ひんやりとした空気に包まれた。ランプの炎に照らされる研究室は薄暗く、壁一面の棚には何百という瓶が整然と並んでいる。赤、緑、紫──液体がゆらめき、保存液に浸かった臓器や切片がガラス越しに沈んでいた。甘ったるい薬草の香りと、酸味を帯びた保存液の匂いが鼻を刺す。古い本棚からは乾いた紙の匂いが漂い、空間全体が不気味な湿り気を帯びていた。

 

 中央には作業台と大きな机が置かれ、その向こうにセブルスが佇んでいた。

 

 作業台の上にはすでに大鍋と秤が用意され、見たこともない素材が並んでいた。萎びた植物の束、瓶詰めにされた臓器の欠片、そして不気味に光る爪や毛。浅い桐箱に整然と収められていて──直感でわかる、どれも希少で高価なものだ。

 

 セブルスは俺が鞄一つだけしか持っていないのを見て、僅かに片眉を上げる。何も言わなかったが、どこか落胆したような、そんな雰囲気だ。

 

 

「あ。材料持ってきてますよ」

 

 

 と言えば、途端に眉間の皺が薄くなるんだから──面白い。やっぱ俺が持ってるレアなものを期待していたんだな。

 

 作業台に置いたらセブルスが用意した材料と混ざりそうだし、隣の机に出さないとな。

 

 鞄の中に手を突っ込み、薬草や鉱石、瓶詰めの内臓を次々と並べていく。薄い鞄に入らないだろう大きさの素材を出してもセブルスは何も言わなかった。魔法族の中で鞄を拡張するのはある意味常識なのかもしれない。

 セブルスは無言のまま、一つ一つを手に取り、丁寧な仕草で光にかざした。暗い瞳の奥に一瞬きらりと欲深い光が走る。

 

 保存方法は──正直適当だから、ちょっと状態が悪くなってるのもあるかも。届けられてそのままだし。一応、突っ込んでいた棚に保存魔法をかけていたとはいえ。

 

 

「全部使ってください」

「……ああ。……新たな棚を用意せねばならんな」

 

 

 声色は珍しく柔らかい。セブルスは杖を振り、部屋の隅の木箱を棚に変えると、俺が持ち込んだ材料を一つひとつ収めていった。その手つきはまるで宝石を扱うように慎重だ。

 片付けを終えたセブルスは、ようやく本棚から古い本を数冊本と抜き取り、とん、と杖先で叩く。

 本は透明な誰かが持っているかのようにふわりと浮き、ぺらぺらと一人でにページが捲れた。余白には細かい書き込みがびっしりと刻まれ、ところどころ活字が線で消されている。──これは新しい教科書じゃない。セブルス自身の物だろう。

 

 

「作るのは、拡散遅延薬だ」

「拡散遅延薬?」

 

 

 セブルスは頷き、見出しを杖で示す。

 その下を見れば舌を噛みそうな素材名と、途方もなく複雑な手順がずらりと並んでいた。調合期間も一ヶ月と長い。

 

 拡散遅延薬──。

 致死性の毒や呪いが血流に乗って全身に巡るのを、五分間だけ遅らせる薬。ただし「死の呪い」には効果がない。

 

 

「五分……かなり良いですね。五分あれば薬や血清が間に合いますし」

 

 

 この薬、将来セブルスに持たせとかないとな。ナギニに噛まれる可能性高いし、五分猶予があるのと無いのとでは全く違う。

 

 

「ああ。だが、この薬はあくまで延命薬だ。時間稼ぎにしかならないが、魔法使いにとって、五分は──永久にも等しい」

「闇祓いとかは常備してるもんなんですか?」

 

 

 死の呪いを防げなくても、かなり便利そうだ。と思って聞いてみたが、セブルスは「いや」と低い声で否定した。

 

 

「え、そうなんですね。便利そうなのに」

「……何故かわかるか?」

「え? うーん……」

 

 

 本に視線を落とす。

 ただの作り方や効能が書かれた本に、答えはなかったが──まあ、この特別個人授業の意味を考えれば自然と出てくる。

 

 

「材料が希少だし、作り方が厄介で一般流通してないんですね?」

「……そうだ。この薬の難易度は、脱狼薬を超越する。普通の薬屋では取り扱うことは無い。それに、この薬は製造と所有が厳しく制限されている」

「へぇ。なんかレアな薬って大体そうですよね。……ちなみに材料費と手間代をたして、一回分を販売するのなら何ガリオンになります?」

「……五百から六百だろうな」

 

 

 少し考え込んでからセブルスが答える。

 そんなもんか、と思うのは俺の金銭感覚がバグってるからだろう。今まで薬は買ったことないし、どのレベルの薬がいくらで売ってるのか知らないんだよな。希少な素材なら二百ガリオンくらいで売ってるのもあるし。

 

 

「調合を開始する。……材料の準備を」

「はーい」

 

 

 そういえば一応授業なんだった。

 俺は気持ちを切り替え、本を見ながら机の上に並べられた材料に手を伸ばした。

 作業台の中央には黒光りする大鍋。その横には銀の秤やすり鉢、乾いた布巾まで揃っている。いつもの授業と違うのは──隣にセブルスがいて、一挙一動を見逃さないこと。並んだ素材の一つ一つが、なんとなく緊張感を生む。……はずなのに、俺の手はわりと気楽に動いていた。

 

 

「まずはアスディルーナの根をペースト状に……」

 

 

 ぼそりと手順を読み上げながら、俺は机の上に置かれたアスディルーナの束を眺める。なんか紫色の……ほうれん草に似た何かだ。根っこは確かにある。けど、ついでに茎も一緒にちぎってしまった。……まあ、いっか。多すぎなければバレないだろう。ってかどこからが根っこでどこからが茎なのかってイマイチわからないし。

 

 セブルスを横目でチラリと見る。叱られるかと思ったけど、何も言わない。表情は無いけど──黙認ってことだろう、多分。

 

 すり鉢に根と茎を放り込み、すりこぎで押し潰す。しゃり、しゃり……。繊維が意外と柔らかくて、思ったより簡単に崩れるな。黄色い汁がじわりとにじみ出してきて、妙に甘い匂いが立ち上った。

 本には「乾いた土の匂い」と書いてあるんだけど……んー、土? いや、俺の鼻にはちょっと花の匂いに近い。花と土が混ざった匂いな気がするけど、気のせいかな。

 

 

「次は、グリフィンの角屑を……えーっと、ほんの少量」

 

 

 瓶の中に入っていたのは細かい粉。後で秤で測ればいいやと思って、匙に多めにすくった。……秤は鍋の向こうだ。

 

 

「──あ」

 

 

 乗せる前に、半分くらい鍋の中に落としちゃった。勢い余ったらしい。ちょっと多すぎかもな──けど、まあ、いいか。

 

 

 火にかけると、鍋から薄いオレンジ色の蒸気がふわりと立ち上がった。香りは意外と悪くない。むしろ、ほんのり甘くて普通にいい匂いだ。

 

 

「……水を三カップ」

 

 

 本を確認しながら、杖で水を出して鍋に注ぐ。根っこと角屑がぐつぐつと沈み、底に張りついた。セブルスが杖を振ると、鍋底を温める炎がごく弱火に変わる。

 

 

「何分煮詰めるんだったかなー……」

「三十分、ごく弱火で煮詰める。匙は止めるな」

 

 

 俺の独り言に、セブルスの声が冷たく答えた。

 

 

「三十分……? え、長っ」

 

 

 俺は思わず呟いた。三十分って、通常授業の半分じゃん! スコーンもう一個持ってくれば良かった。

 

 仕方なく作業台の椅子に腰を下ろす。

 混ぜているとぼこ、ぼこ……と鍋から小さな泡が上がった。甘ったるい香りが広がってきて、空腹を思い出す。

 視線を横にやれば、セブルスは本の余白にさらさらと記録を書きつけながら、ときどき鍋を覗いていた。

 

 ま、多分あってるんだろう。薬作り失敗した事ないし。なんか奇跡的に成功するし。

 

 俺は何も言われないのを良いことに、ぐるぐると攪拌を始めた。──あれ、右回しだったっけ? 左だっけ? 一瞬迷ってから、とりあえず右に回してみた。まあ、混ざればいい。

 

 

 

 三十分かけてぐるぐる混ぜ続けた腕は、鉛のように重くなっていた。眠気と空腹で集中が切れそうになった頃、やっと次の工程に移れる。

 

 次は、アクロマンチュラの目玉の汁だったな。

 清潔な布巾の中に目玉を入れて、すり鉢の中に入れる。そのままトントンと押しつぶすようにすれば、ぷちゅ、と嫌な音共に赤黒い液体が出てきた。

 これを、五滴。……スポイト……無いし、杖先にちょんってつけて落とすか。

 

 仕方なく杖を出し汁につける。──セブルスの眉がぴくりと動いた、杖を汚すなんて信じられないのかもしれない──そのまま鍋の中に、トントン、と指で弾いたら、何故か銀色の光をともなった赤い雫がぽたぽたと鍋の中に落ちた。

 オレンジ色だった薬は、いっきに赤くなる。それに、サラサラだったのに粘着質に変わっていた。

 

 

「次は……匙で攪拌だ。一分で一周、右回し二回、左回し三回これが一セット。十七回だ」

「えー……面倒すぎません?」

 

 

 匙を持ち、ぐるりと回す。よくわからないけど、一分で一周なんて遅すぎる。眠くなるペースだ。

 

 

「一回目」

「右に……いち…………に……。左にいち………に………さん……」

「ニ回目」

「右に……いち…………に……。左にいち………に………さん……」

「三回目」

「右に……よん……。……?……あれ。……左にいち………に………さん……」

「……四回目」

 

 

 途中でわからなくなったので、まあいいかと適当に続けた。匙の跡が液面に残り、赤色だった薬が淡い桃色変わっていく。

 何回か間違えた気がするが、まあ薬は本通りの色になりつつある。

 

 

「──十七回」

「っし、終わった! あー腕疲れたー」

 

 

 匙から手を離し腕をぷらぷらと振る。めちゃくちゃ手が重い。

 セブルスは鍋を覗き込み、水の入った小瓶に作ったばかりの液体を一滴垂らす。液は水の中をゆっくり沈み、底に落ちた瞬間ふわり、と透明に広がった。

 

 あれ、本の通りだとなんかもう少し薬は濁ったり、泡立ったりするらしいけど──でも俺が作った薬は、水と混ざっても綺麗な色を保っていたし、不純物も現れない。いい感じの反応に思うけど、失敗したのか?

 

 

「……」

 

 

 真横に立つセブルスは、冷たい瞳で鍋の中をじっと覗いている。叱られるかと思ったけど──そんな声は出ない。

 俺は肩をすくめて笑った。

 

 

「ほら、いい感じですよね? あんまり匂いもキツくないし」

 

 

 セブルスは応えず、鍋に手を伸ばし、匙ですくった液体を光に透かした。液はとろみを帯びており、淡い光をまとって滴り落ちる。教本にある記述とは明らかに違う。光なんて書いてない。

 

 

「……通常の手順よりも安定している」

 

 

 彼は本を手に取り、余白に小さく記した。

 安定してるなら、次に進んでもいいってことかな。えーと。次は二度目の煮詰めだな。

 

 

「十五分、中火。煮立たせるな」

「はーい」

 

 

 俺は杖を振って炎を少し強める。鍋の中から甘い香りに混じって、ほんのり苦い匂いが立ち上った。

 

 五分もしないうちに、表面に白い泡がぷつぷつ浮いてくる。教本には「泡は不可」と書かれていた気がする。

 

 

「──あ、やば。ちょっと煮立ってる?」

 

 

 慌てて火を弱める。セブルスの視線が横から刺さるが、叱責は飛んでこなかった。数秒後、泡は跡形もなく消え、液体はかえって滑らかに、光沢を増していく。

 

 

「……煮立ち直前、泡立ち一瞬。結果、芳香増幅」

 

 

 セブルスはさらりと記録した。

 

 

 

 こうして二時間。細かすぎる手順に俺が文句を言いながらも、薬は順調に進んでいく。

 

 次の指示は、「ごく弱火で一ヶ月」。

 出来上がった薬は、青白い光を放ち、白色の煙を出すとろりとした水薬。

 本の通り、な気がする。けどやっぱり本には光を放つって書いてなかったような。間違えたか? と思ってセブルスを横目で見たが、セブルスは本と薬を真剣な表情で見比べていた。

 

 

「……根と、茎を混ぜたな?」

「あ、バレました?」

 

 

 俺が頭をかくと、セブルスは鼻で小さく笑った。罵倒も叱責もなく、浮かんでいた古い教本を手元に引き寄せる。羽ペンに魔法でインクを滲ませ、余白にさらさらと文字を刻んだ。

 

 

「アスディルーナの根、茎少量混合──結果、芳香性強化、効力変化なし。グラフォン角屑は増量により沈殿抑制。アクロマンチュラの目の汁は杖を使用し垂らす……、右二回、左三回のセット、のち右一回、左三回の一セットを三、八、十セットの時に入れ替える……ふむ」

 

 

 声は低く、独り言のようだ。俺は思わず目を瞬かせた。

 

 

「……これ、成功してます?」

「ここまでは大きな失敗は見られない。しかし、成功かどうかは一ヶ月後の効能を試してからだ」

 

 

 セブルスは羽ペンを置き、俺をちらりと見た。目の奥に、一瞬だけ愉悦が光った。

 

 

「我輩の手元にある文献では、この方法は記録されていない。……ゾグラフ、お前の大雑把さは研究に役立つらしい」

「え、褒められてます?」

「……調子に乗るな」

 

 

 そう言いながらも、セブルスは再び鍋を覗き込み、澄んだ液体をひとすくいして“途中経過”とラベルが貼られている小瓶に移した。その仕草は、明らかに満足そうだった。

 

 

「今日はこれで終了だ」

「……終わったー!」

 

 

 大きく伸びをすれば、背骨がぱきぱきと鳴るのを感じる。あー、疲れた。二時間もずっと鍋を見張って、匙を数十回回して、数えるのを間違えないように気を張って──それでも間違えたけど──俺の性格には向いてない。

 

 その時、ぐうう、と腹が鳴った。

 この部屋には俺とセブルスしかいないし、ざわついているわけでもなく──思わず腹に手を当ててへらりと笑えば、セブルスの少し呆れ混じりの視線が俺に向いていた。

 

 

「……ついてこい」

 

 

 低い声でそう言うと、セブルスは研究室の奥へ歩いていく。

──あ、これはもしや……!

 

 俺はすぐにぴんと来た。数回だけ訪れたことがある、セブルスの自室。一年生とか二年生の時は割とお邪魔してたんだよなー。

 

 

 扉をくぐると、そこはシンプルな部屋だった。灰色の石壁、余計な飾り気はなく、必要最低限の家具だけが整然と並んでいる。殺風景ともいえる空間だけど、まあセブルスらしい部屋だと思う。

 

 セブルスは無言で杖を振る。机の上の小さなカゴがふわりと開き、中からラップに包まれたサンドイッチが現れる。同時に湯気の立つスープ、香り高い紅茶まで用意されていた。

 

 

「食べて行きなさい」

「ありがとうございます!」

 

 

 思わず声が弾んだ。

 まじで腹減ってたし、セブルスが淹れる紅茶って美味しいんだよな。多分茶葉を幾つかブレンドしてるんだろう。俺にはわからないけど。

 早速椅子を引いて腰掛け、サンドイッチにかぶりつく。外はかりっと焼かれて、中はジューシーで……うまっ。え、これは手作り……なわけないか、ハウスエルフに作ってもらったんだよな、流石に。

 

 向かい側に座ったセブルスは、ただ黙って紅茶を口に運びながら、俺を見ていた。

 お腹空かないのかなーなんて見ていると、その無表情の目と視線が合う。ほんのわずかに、ふっと目元が緩んだ気がする。

 

 うわ、まじでご機嫌だな。

 まだ家に材料は残ってるし、次の授業でも持ってこよう。

 

 サンドイッチ美味しいし、毎週これがあるなら二時間のめんどい調合も悪くないな。貴重なセブルスの好感度アップイベントだし。

 心の中でそう思い、俺はサンドイッチを夢中で頬張った。

 

 

「ノア。……持っている素材に、バジリスク由来の物はあるかね?」

 

 

 食べているとふいにセブルスが聞いてきた。そり何気なさを装う口調だったが、どう考えても色々な思惑が混ぜられていそうだ。

 

 

「うーん、今は持ってないですね。家にも無いです」

 

 

 そう答えると、セブルスの肩がわずかに落ちた。落胆を隠そうともせず、唇を結ぶ。

 四年生までの間、俺は秘密の部屋を開いてバジリスクから少しずつ鱗や血液を分けてもらっていた。バジリスクは超がつくほどのレア素材だ。もう殆ど滅んでいるから仕方がないかもしれないが。市場に流れることは滅多にないって、ノクターン横丁の素材屋でも言っていた。

 今、バジリスクは禁じられた森の奥にある洞窟に棲んでいる。……あれ、セブルスは知らないのか? てっきりダンブルドアが伝えていると思っていたんだが。

 

 

「そうか……」

 

 

 セブルスは短く答え、紅茶のカップを卓に置いた。足を組み、片手を膝にのせる。とん、とん、と規則的に指先が足を叩く。

 さっきまで少し穏やかだった目線がいつものような鋭さを見せた。

 

 

「──毒蛇王の雫の仕入れ先はどこだ?」

 

 

 低い声。鋭い瞳。

 研究者の欲求が隠しきれずに滲んでいる。

 あ、そうか。俺がバジリスクの素材を探していてゲットしたの、そういえば知ってたな。

 

 俺はカップに入ったスープを飲みながら──ミネストローネだ──心の中で首を傾げる。教えてもいいけど、どうしようかなあ。セブルスはきっと俺が「稀有な素材を売ってくれる相手を明かしたくないから黙ってる」と思っているんだろうな。

 とはいえセブルスは引く気も、俺にへつらう気も全くないらしく堂々とした態度で俺を見据えていた。絶対に聞き出してやる、という熱がその目に宿っている。

 

 俺はにやりと笑みを浮かべた。

 

 

「うーん……俺のお願いを一つ、聞いてくれるのなら教えてあげますよ」

 

 

 魔法契約を匂わせるような響きで、わざと軽く言う。スープのカップを指先で弄びながら。

 

 セブルスの視線が鋭さを増した。吟味するように黙り込み、じっと俺を見つめる。

 

 

「あ、もちろん命の危険とかそんなのは無いですよ」

「内容は、なんだ」

「うーん……」

 

 

 とはいえ、今、セブルスに頼みたいことは無いんだよな。ツーショットもあるし。

 けれど──いつか、俺の陣営に入って欲しいのも事実。そう願いたいけど、その願いは今はできないしなあ。

 

 

「じゃあ……いつか俺が、先生に助けを求めたら、その時は、助けてください」

「……何?」

 

 

 セブルスが片眉を上げた。組んだ腕の上で、指がトントンと跳ねている。その視線がその続きを促した。

 

 

「きみが誰かに助けを乞う事などあるのかね?」

「ありますよ? いつも試験前にセドリックに助けてもらってますし」

 

 

 軽く肩をすくめ、冗談めかして返す。

 あまり重々しく言ったら深読みしすぎて頷いてくれなさそうだし。

 セブルスは怪訝な表情をしていたが、この六年間の積み重ねで、少しは俺を信用しているのかもしれない。脅したり犯罪に巻き込んだりはしないと判断し、頷いた。

 

 

「……いいだろう」

 

 

 やがて、低く落とされた声。

 俺はにっこり笑って手を差し出した。

 

 

「契約成立ですね」

 

 

 セブルスも一拍遅れてその手を取る。冷たく乾いた感触。

 にっこり笑って離せば、セブルスは眉を寄せて自分の手を見下ろした。

 

 

「……魔法契約は結ばないのか」

「はい。……そんな事しなくても、セブルス先生は約束を守る人だと思いますし」

 

 

 そう言えば、セブルスは微かに目を見開いた。驚きと、一瞬の戸惑いを見せた目はすぐに伏せられ、誤魔化すように「ふん、」と鼻を鳴らして紅茶のカップに手を伸ばした。

 

 セブルスって、まじでダンブルドアの約束をひたすらに守る。どんなに辛くても苦しくても、だ。ハリーに対して思うことは色々あれ、一度頷いた約束を簡単に反故にする人ではない。

 それを知ってるからこその、信頼の証とも言えるかな。

 

 

 さて、バジリスクのことを伝えるとはいえ──ちょっと誤魔化さないとまずいな。俺がバジリスクの雫を手に入れたのは、まだ秘密の部屋が開かれる前だ。……雫だけ別ルートってことにしとこ。

 

 

「雫を手に入れたルートはもう潰れてしまいました。でも、それよりも確かな入手方法があります。

 二年前、スリザリンの秘密の部屋が開かれた時に生徒が石になったでしょう? あれ、バジリスクだったって聞きました?」

「……ああ。だが、校長が処理したと聞いている」

 

 

──あ、そう伝わってるんだ。

 俺が紅茶のカップを指先で回しながら黙っていると、セブルスは目を細め、小さく吐き出した。

 

 

「まさか」

「はい。実はバジリスクは生きてます。……それで俺のペットなんですよね」

「……」

「セドリック達とジニーを助けに行ったことは聞いてますよね? その時にバジリスクに会って……ま、俺は蛇語も話せるので平和的な解決をしました。目の殺傷能力も魔法で消してます」

「……」

「だから、欲しい素材があればなんでも言ってください。流石に内臓とかはバジリスクが死んじゃうので無理ですけど」

 

 

 長く沈黙したセブルスは、肘掛けに頬杖をつき、深いため息をついた。そのため息には怒りよりも呆れ、驚愕よりも困惑が混じっている。

 

 

「……バジリスクがペットだと? なんの冗談だ」

「ま、脱獄犯をペットにする俺ですし? バジリスクなんて可愛いもんですよ」

 

 

 笑って軽口を叩けば、セブルスは再び大きなため息をついた。

 それでも俺の話を嘘だとは言わず、なんとか衝撃を飲み込むと、暗い色の目でじっと俺を見る。

 

 

「……鱗と唾液と毒が欲しい」

「はーい。今度取ってきます。……それとも──」

 

 

 紅茶のカップを机に置き、身を乗り出してセブルスを下から覗き込む。

 

 

「──今から、取りに行きますか?」

 

 

 視線が絡み合い、沈黙が流れた。

 先に目を逸らしたのはセブルスで、椅子の背に体を預け、「ハッ」と鼻で一蹴した。

 

 

「馬鹿げている」

 

 

 冷たく切り捨てる声。けれどそこには怒気はなく、抑え込んだ好奇心がちらついていた。これはいつか禁じられた森に一緒に行く流れになりそうだ。

 

 俺はにやりと笑って、サンドイッチをもう一口齧る。

 

 

「じゃ、次の授業までに取ってきます」

 

 

 セブルスは紅茶を口に含み、湯気の向こうから俺をちらりと見ただけで返事はしなかった。

 けれど、その目は授業中に見せるいつもの刺すような鋭さとは少し違っていた。

 

 静かな部屋に、優しい紅茶の香りが漂う中、俺は今年中にセブルスを絶対味方につけてみせる──そう思い、カップで口元を隠しながら笑った。

 

 

 

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