兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
全校生が大広間に入り、それぞれの寮のテーブルにつくと、教職員が入場し一列になって上座のテーブルへと向かう。よく見れば、どの教師もいつもよりもローブや飾りが豪華だ。まさに晴れの日用、なんだろう。……セブルスは変わらないけど。
列の最後にはダンブルドアとカルカロフとマクシームがいて、ボーバトン生はマクシームが扉を潜った瞬間起立した。ホグワーツ生が何人か笑ったが、平然としている。多分、ボーバトンはホグワーツと比べて規律や礼儀に厳しいのだろう。
ダンブルドアはいつも通り上座の中央の椅子の前に立つ。マクシームとカルカロフがダンブルドアを挟むように左右に座ったが、ダンブルドアは座らず微笑んだまま、大広間に集まった三校の生徒を眺めていた。生徒たちのお喋りが止まり、しん、と静かになる。
「こんばんは。紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そして、客人の皆さん。ホグワーツへのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる。
三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される。
──さあ、それでは、大いに飲み、食し、かつ寛いでくだされ!」
ダンブルドアが両手を広げる。
それに合わせるようにして、目の前の金の皿が豪華な料理の数々で満たされた。ダンブルドアが着席し、それを合図にみんながフォークとナイフを持つ。豪華な料理の中には、今まで見たこともない外国の料理もある──お客様用だろう。
クラム達も豪華な料理に嬉しそうに顔を綻ばせ、「これは何だろう」「なんのパイかな」と料理を楽しんでいた。ハッフルパフ生は誰にでも優しく、どちらかと言えば世話焼きな生徒が多いからか、すぐに料理の説明をしたり、ホグワーツのことを話し打ち解けていた。
「クラム。あの試合の急降下、凄かった! どうやってあの速度で持ち直したんだい?」
「あー……セドリック、きみは筋肉、足りないです。腕と肩を鍛えます。毎日」
クラムはローブをめくり腕を出した。確かにその腕は魔法族ではなかなか見ないほど太い。腕だけじゃなく全体的にがっしりとしている。ホグワーツではあまりいないタイプだけど、確かにクィディッチのプロ選手って筋肉あるもんなあ。魔法使いも最終的にはフィジカルに頼ることもあるのか。
「筋肉かあ……うん! 練習メニューに入れよう。今年は残念だけどクィディッチの試合がないんだ。それでも鍛えるだけなら部屋でもできるしね」
「クィディッチない。とても残念です」
残念そうに肩をすくめるセドリックにクラムは同調し、目の前のローストビーフをぱくりと食べた。
「──失礼、こんばんは」
突然、背後から声をかけられ、俺とセドリックは振り返った。後ろにいたのは淡い青色のローブを着たボーバトンの一人の女生徒で、セドリックはその美しさに「わあ」と小さく感嘆の声を上げた。
威厳と自信たっぷりな堂々たる態度。長いシルバーブロンドの髪が腰辺りでさらりと揺れ、肌は雪のように白くて目はサファイアのように青い。
「んんっ──」とわざとらしく咳払いして、俺をじっと見つめてきた。何も言わなくても当然のように俺が挨拶をしてくると思っているようだ。今までそうだったんだろうな。
ちょっと態度でかいけど、まあ可愛い範囲だし良いや。
俺は立ち上がり、「ノア・ゾグラフです、あなたは?」と首を傾げる。少女は少し緊張し固まっていた表情を嬉しさと誇らしさで緩ませ、つんと顎を上げながら俺に手を差し出した。
「フラー・デラクールです。はじめまして」
マクシームがダンブルドアにしたように、手の甲を上に向けて差し出している。周りの生徒はみんな俺に興味津々で注目しているしかなりざわついている……色んな意味で視線が痛い。
くっ……本心を言えばフラーの手の甲にキスで挨拶したい! っけど! トップモデルがフラーの手の甲にキスしたとか、隠された恋だの恋人はボーバトンの生徒だの面白おかしく新聞記事に書かれるのは嫌だ!
この人、将来ビルの奥さんになる人だし……いやいや、ただの挨拶で気にすることないと思うけど。むしろ、女性に恥をかかせる方がマナー違反なのか? あーこの辺よくわからないなあ。
完璧な営業スマイルを浮かべつつ、一瞬で色々考え──結局、その手を取って軽く背を曲げ、ちゅ、と口を鳴らした。
流石に手の甲に唇をつけるのはなあ。……音を鳴らすだけでいいって聞いたこともあるし。
あってるかな? と思い視線を上げれば、フラーは大変ご満悦顔だった。氷みたいな美貌が、年相応の女の子らしく緩んでいる。
手を離せば、フラーは少しもじもじとしつつ、完璧な上目遣いで俺を見る。
うっわ。日々自分の美貌を見て慣れてなかったらイチコロだぞこんなの!
綺麗だけど──俺の方が綺麗だな、うん。謙遜じゃなくて事実として。
「隣、座る?」
「はい! 嬉しいです」
立たせとくのもなんだし、めちゃくちゃ注目浴びてるし、と思って少しずれて隣を空ける。フラーは嬉しそうに俺とセドリックの間にすとん、と腰を下ろし、一瞬目の前のクラムに視線を向けたがすぐに逸らして俺を熱い眼差しで見てきた。瞬きも多めである。
「あなた、私の国でも有名でーす。私の妹、ガブリエルいいます。……その、妹も──私も、とっても、あなたのファンです。サイン、いいですか?」
「勿論」
「ああ……! とっても嬉しい、ありがとうございます!」
フラーは薄いローブのポケットから万年筆とシワひとつない俺のブロマイドを二枚取り出した。……これこの夏に発売したばかりのやつだ。まだイギリスでしか売ってないはずだけど……どうやって手に入れたんだろう。まじでファンなのか。
さらさらとサインを書いて、転売防止に──ほとんどいないと思うけど──フラーと妹のデラクールの名前を書いて渡す。スペルが合ってるか微妙だったけど、フラーは頬を真っ赤に染め、嬉しそうにしていたから大丈夫だったんだろう。
「ノア。……その、よければ僕も……」
俺とフラーを見ていたクラムがいそいそとポケットから俺のブロマイド──これはまだ男の娘の時にとった女装っぽいやつだ──を出した。
「え、クラムも俺のファンなの?」
「当然だ。初めてみた時は衝撃だった……」
「へえ、ありがとう。……後でクィディッチの雑誌の切り抜きにサインして欲しいな。サイン交換しようぜ」
「ぼ、僕もクラムのサイン欲しい! だ、駄目かな?」
セドリックもこの流れに乗り、ちゃっかりクラムに頼んでいた。クラムは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目元を緩め頷いた。
「勿論」
「わあ! ありがとう!」
セドリックは飛び上がらんばかりの明るい声で言う。なんだかサインの交換会のようになってしまったが、まあいいタイミングだっただろう。
それからフラーは少し俺たちと話して──フランスはすごく綺麗なところだとか、案内するから遊びに来て欲しいだとか──晩餐会の終わりの気配に、ボーバトン生達が集まる場所へ戻っていった。
デザートも食べ終わり、金の皿が全て空っぽになり机の上から消えた後、再びダンブルドアが立ち上がる。
「時は来た」そう話し出したダンブルドアに、大広間にいる全生徒が傾聴し、神経を集中させる。ダンブルドアはそんな彼らの緊張感を楽しむように笑って見回した。
「三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言、三言説明しておこうかの──」
ダンブルドアはいつの間にか教師陣が座る上座にいたバーテミウス・クラウチとルード・バグマンの紹介をした。国際魔法協力部と魔法ゲーム・スポーツ部。それぞれの協力があって三大魔法学校対抗試合が開催されることとなったらしい。
各学校の代表選手の審査員は、クラウチとバグマン、そして三校の校長の計五人が行う。「審査する」の言葉に、いっそう生徒たちは息を飲み聞き入った。
「それでは、ミスター・フィルチ。箱をここに」
大広間の隅に、誰にも気づかれず息を潜めていたフィルチが宝石が散りばめられている大きな木箱を捧げ、ダンブルドアの方に進み出た。
何が入っているのか、と生徒たちは興味津々で椅子から身を乗り出し、興奮の騒めきが起こる。
「代表選手たちが今年取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる。
さらに、おふた方は、それぞれの課題に必要な手配もしてくださった。課題は三つあり、今学年を通して、間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される──魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力──そして、言うまでもなく、危険に対処する能力などじゃ」
騒めきがぴたり、と収まり、完璧な静寂が訪れる。
息を呑む音すら、聞こえない。
「皆も知ってのとおり、試合で競うのは三人の代表選手じゃ。参加三校から各一人ずつ。選手は課題の一つひとつをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点がもっとも高い者が、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者……『炎のゴブレット』じゃ」
ダンブルドアは机の上に置かれた木箱の蓋を杖先で三度叩いた。蓋は軋みながらゆっくりと開き、ダンブルドアは両手を差し込み中から大きな荒削りのゴブレットを取り出した。
一見、見栄えしないただの盃だったが、その縁からは青白い炎が溢れんばかりに踊り、ダンブルドアの顔をうっすら青く染めていた。
ダンブルドアは木箱を閉め、全員に見えるように箱の上にゴブレットをそっと丁寧な動作で置く。
「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。立候補の志ある者は、これから二十四時間の内に、その名を提出するよう。
明日、ハロウィーンの夜に、ゴブレットは、各校を代表するにもっともふさわしいと判断した三人の名前を返してよこすであろう。このゴブレットは、今夜、玄関ホールに置かれる。我と思わん者は、自由に近づくがよい」
しんとした沈黙の中で、空気がわずかに揺らいだのを感じた。年齢制限を越えている生徒たちが、興奮に胸を震わせているのだろう。
「年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう、『炎のゴブレット』が玄関ホールに置かれたなら、その周囲にわしが『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たない者は、何人もその線を越えることはできぬ。
最後に、この試合で競おうとする者にはっきり言うておこう。軽々しく名乗りを上げぬことじゃ。『炎のゴブレット』がいったん代表選手と選んだ者は、最後まで試合を戦い抜く義務がある。ゴブレットに名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されることじゃ。代表選手になったからには、途中で気が変わるということは許されぬ。じゃから、競技する用意があるのかどうか確信を持った上で、ゴブレットに名前を入れるのじゃぞ──」
ぐるり、と生徒たちを見回し、低い声で警告する。
魔法契約、その重みをどれほどの生徒が知っているのだろうか。上級生たちが意味あり気に視線をそこかしこで交わすのが見えた。
「──さて、もう寝る時間じゃ。皆、おやすみ」
ころりと声音を変え、いつものように優しく朗らかにダンブルドアは伝える。
緊張が解けた生徒たちは一斉に騒めき出し、友人たちと楽しげに会話しながら立ち上がった。カルカロフがクラムたちの元へ来ている事に気づき、俺とセドリックはクラムと軽く別れの挨拶をして大広間を出ていく。
「ノア、いつ入れにいく?」
「明日は土曜日だし、朝食後かな」
ハッフルパフ寮へ向かいながら、軽く答える。
「うん……。でも、誰が立候補するんだろう。……もし、僕が選ばれたら──応援してくれる?」
セドリックは俺の顔を覗き込みながら、いつもより少し低い声でそう言った。その声音には、どこか甘えるような響きが混じっていて、普段の彼には珍しくて──思わず俺は足を止めた。
「当たり前だろ。……もしセドが選ばれたら一位通過できるように特訓してやるからな」
「うっ……頼もしいけど厳しそう……」
セドリックはそう言いつつも、嬉しそうに笑った。
俺の隣を歩くセドリックの横顔は、どこか夢を見ているように輝いていた。
もし自分が代表選手になれたら──そんな期待と高揚に頬がうっすら赤く染まり、目は星を散りばめたみたいにきらきらと揺れている。大きな栄光を手にする輝かしい未来を思い描いているのが、その表情から手に取るように伝わってきた。
……、……。
大きく未来を変えてしまうことになる、かもしれない。けれど、セドリックが死なないことが、今の俺の何よりもの優先事項だ。
「ノアが選ばれても、絶対に応援するからね」
「ん、ありがと」
セドリックはいつものように明るく笑った。
土曜日の朝、普段なら遅い朝食を取る生徒が多いはずだが、今日はいつもより玄関ホールに人が多かった。みんな、誰が立候補したのかを気にしているんだろう。
ゴブレットは、いつもは組み分け帽子を載せる丸椅子の上に置かれている。床にはゴブレットを中心に半径三メートルほどの円が細い金色の線で描かれていた。……これが年齢線か。
ゴブレットのそばにはハリーとロンとハーマイオニー、それにドラコが居て、興味深そうに年齢線の外側からゴブレットを見つめていた。
俺が近づいたことに気付いたハリーがぱっと表情を明るくして駆け寄る。ドラコたちもその後に続いた。
「おはよう! ノア、もう入れたの?」
「いや、今からだ」
「どうやるんだ? まだノアは誕生日前なのに……」
ドラコは不思議そうに首を傾げる。確かに誕生日は一月で、あと三ヶ月少しは先だけど。
「いいなぁ。僕も立候補したかった」
「僕たちはちょっと無理かもね。……ゴブレットが名前を入れた途端に吐き出したらショックだし」
悔しがるドラコと、肩をすくめながら慰めるハリー。ゴブレットが名前を吐き出す事はないと思うが、その発想が面白かったのか、人混みを掻き分け現れたフレッドとジョージとリーが吹き出すように笑った。
「やあ、みなさん!」
「やって来たぜ!」
三人ともかなり興奮していて、今にも飛び回りそうなほどだった。
「いま、飲んできた」とフレッドが俺とセドリックに耳打ちし、ウインクを綺麗にキメる。セドリックは「大丈夫なの?」と不安げな顔をしているが、彼らはちっとも心配していないようだ。
「三人のうち、誰かが優勝したら、一千ガリオンは山分けだぜ?」
「ああ、楽しみだ」
ジョージとリーがにやりと歯を見せて笑う。老け薬を使い、たった数ヶ月歳をとっただけで、三人とも見た目の変化は全くない。
成功を確信している三人に、ハーマイオニーが「そんなにうまくいくかしら」と硬い声で警告したが、三人はわざと聞き流した。
「いいか?──それじゃ、俺が一番乗りだ」
フレッドが年齢線ギリギリに足先を揃えて立つ。ペロリ、と舌なめずりをして、両手を擦り合わせた。ごくり、とハリーたちは緊張と期待、少しの不安が見える表情で見守っている。──セドリックとハーマイオニーは、どう見ても無理だろう、と半ば呆れ混じりだった。
玄関ホールにいる全員の目が見守る中、フレッドは大きく息を吸い、線の中に足を踏み入れた。
──何も起こらない。
緊張で上がっていたフレッドの肩が下がり、ふっと表情が緩む。ジョージは「やった!」と叫び、フレッドの後を追って飛び込んだ。
──が、次の瞬間、『ジュッ』と何かが焼ける大きな音と共に、二人とも金色の前の外に弾き出された。見守っていた生徒たちの「ああー」という残念そうな落胆の声が響く。
弾き出された二人は石床の上に叩きつけられひっくり返る。驚いて体を起こした時には、二人とも全く同じ白い顎髭がにょきにょきと生えてきて目を丸くして顔を見合わせる。──ホール内が大爆笑に沸いた瞬間、二人とも腹を抱えて肩を叩き合い笑い出した。
「忠告したはずじゃ」
面白がっているような、深みのある声が響く。大広間から現れたダンブルドアは、目をキラキラとさせて立派な白髭ができた二人を観察していた。
「二人とも、マダム・ポンフリーのところへ行くがよい。すでに、レイブンクローのミス・フォーセット、ハッフルパフのミスター・サマーズもお世話になっておる。二人とも少しばかり歳をとる決心をしたのでな。もっとも、あの二人の髭は、君たちのほど見事ではないがの」
ゲラゲラ笑っているリーに付き添われ、フレッドとジョージは医務室に向かった。
笑いが収まった後、自然とホールにいる生徒の目が──ダンブルドアも含め──俺と、セドリックに向けられた。
「僕、入れてくる」
この観衆の中、少し緊張し声を震わせながらセドリックがそう言った。ダンブルドアは見守ることにしたのか、少し離れた場所で白髭を撫でている。
セドリックは一度深呼吸をし、心臓の高鳴りを整える。閉じていた目を開いて、俺を見た。「いってこい」と、その意味を込めて笑って頷けば、それだけでかなり励まされたのか、セドリックは唇をきゅっと結びながら深く頷いた。
年齢線に、足を踏み入れる。
見守っていた観衆が息を呑むが、すでに十七歳のセドリックは弾かれることも、髭を生やす事もない。セドリックはポケットから『ホグワーツ、セドリック・ディゴリー』と書かれた羊皮紙を取り出す。
しばらくじっと見つめ──青い炎を揺らせるゴブレットの中に入れた。
入れた途端、青い火花がぱちりと散って、セドリックは紙が吐き出されるのかと、表情を強張らせたが──ゴブレットは、先ほどのように静かに燃え続けた。セドリックはほっと息を吐き、踵を返した。
向こう側から戻ってきたとき、見守っていた生徒たちから拍手が上がる。とくにハッフルパフ生は自分の寮から代表者が選ばれるかもしれない、という事でかなり盛り上がっていた。ダンブルドアも、うんうんと笑みを深めて頷いている。
「じゃあ、次は俺だな」
セドリックと入れ替わるようにして、年齢線の縁に立つ。場の興奮が一瞬で鎮まり、ざわついていた声は喉の奥で途切れ、数百の視線が俺に吸い寄せられた。
──ノア・ゾグラフはどうやって線を越えるのか。まさか、盛大に弾き出され髭を生やした姿をさらすのか。そんな期待と恐怖が入り混じった沈黙が広がっていた。
ダンブルドアの眼差しも先ほどとは違っていた。朗らかさは消え、「不正なら見逃さない」という意思がはっきりと宿っている。
俺はポケットに手を入れたまま、いつものように、気軽に、平然と足を踏み入れた。
観衆のどこかからか、悲鳴を飲み込み逃したような変な音が響く。ぴん、と張り詰める空気の中、ポケットから『ホグワーツ、ノア・ゾグラフ』と書いた羊皮紙を出す。
じっと、紙を見て、ゴブレットを見る。
強く、強く。心の底から、願い──命じた。
「俺を、ホグワーツの代表選手にしろ」
そう低く呟き、羊皮紙をゴブレットに捧ぐ。
ぼう、と青い炎が大きく燃え火花を散らせた。
火が収まるまで見守り、踵を返す。
戻ってきた瞬間、わっと大歓声が上がり誰もが手を叩いた。
「すごい! ノア、どうやったの?」
「まさか、本当に誕生日が間違っていたのか?」
「完璧な老け薬とか?」
「そんな! ダンブルドア先生の年齢線よ、騙せるわけないわ!」
ハリー、ドラコ、ロン、ハーマイオニーが俺を囲み、褒め称えるやら不思議がるやら驚愕するやら、口々に声を上げる。
見守っていたダンブルドアは、年齢線の側に近づき、杖を何度か振り、不正がないことを確認すると「ノア」と、俺の名前を呼んだ。
質問攻めしていたハリーたちは黙り込み、視線をダンブルドアと俺へ向ける。
俺は後ろで手を組み、「なんですか?」と首を傾げた。
いや、わかってる。絶対聞かれるって思ってた。
「どうやったのかね? 確かに、年齢線は誤魔化されていない。きみは成人済みだと訴えておる」
「そうですよ。変な事はしていません」
ダンブルドアに一歩近づく。
ハリー達は俺の背後に居て、どこか不安そうに俺を見ていた。
首元に指を差し入れ、金色のチェーンを引き出す。その先についている砂時計に似たタイムターナーを指先で弾いて笑いかければ──ダンブルドアは目をかすかに見開いた。
それだけで、俺がなぜ誕生日前に成人を迎えたのか理解したようだ。
「……ふむ、なるほどのう。きみの一日はおよそ三十時間じゃったのか?」
その声は、どこか感心しているようで、俺を責める雰囲気はなかった。
「まあそんなもんですね。おかげで暫く寝不足でしたよ。……俺に立候補する資格、ありますよね?」
「わしが引いた年齢線も、ゴブレットも──ついでに言えば魔法省ですら、きみを成人と認めておるからのう」
──あ、やっぱダンブルドアはそれが引っかかってたのか。
含みを帯びた言葉だったが、認められたことに安堵してへらりと笑う。生徒たちも「何かよくわからないけど、ノアは成人していて、ダンブルドアも認めた」という事実を理解し、再び歓声を上げ拍手を送った。
ダンブルドアは髭を撫でながら、「さて、誰が選ばれるのか、楽しみじゃのう」と楽しそうに言いながら玄関ホールを横切っていった。
──よかった! とりあえず、これでなんとかなる! あとはゴブレットが俺を選んでくれる事を願うしかない。いや、結構強めに言ったから選ぶはず。
「ど、どういうこと?」
ハリーは目を丸くしたまま人混みの中に紛れていくダンブルドアの背中を見送り、それから俺を見た。後ろにいたハリー達は、俺が首から下げていたものが何か見えなかったんだろう。
さて──本当のことは言えないが、ハリーを含め一般生徒たちを納得させる、それらしい嘘をつかないとな。
「──まあ。色々調べてわかったんだけど、幼い時の俺の記憶が間違ってたって事だな。……昔は、俺の誕生日を祝ってくれる人なんていなかったからさ」
そう悲しげに目を伏せ言葉を濁して伝えると、ハリーたちは息を呑んで神妙に頷いた。
幼い時に両親は殺され、孤児となった。
孤児院育ちで祝ってくれる人がいなければ、物心つく前に記憶していた自己申告の誕生日を間違えても不思議はない──そう思ったのだろう。周囲の生徒も、不憫そうな視線を向けていた。
「さ、朝ごはん食べに行こうぜ」
しんみりした空気を切り替えるように言うと、ハリーたちはぎこちなく笑って頷いた。
大広間への扉を抜ける時に、ハリーが俺のローブの袖をくいっと引っ張った。
「……本当の誕生日でお祝いした方がいい?」
どこか申し訳なさそうな、不安気に揺れる瞳に、俺はあっさりと首を振りハリーの頭をポンポンと撫でた。
「いや、今まで通りでいいよ。もうこっちの方が思い入れがあるし」
「そっか……本当はいつなの?」
「内緒。教えたらハリー、二日分お祝いするつもりだろ?」
そう言えば、図星だったのかハリーはちょっとつまらなさそうに唇を尖らせたが、すぐにいつも通りの俺を見て安心したように笑った。
隣で本当のことを知っているセドリックだけが、妙に静かに沈黙していた。ぱちり、と目が合い、悪戯っぽく笑えば、セドリックは大袈裟にわざとらしく肩をすくめて見せた。
──そう、誕生日は間違っていない。
一月十一日だ。
けれど、それでは年齢線を越える資格はなかった。成人するまで、あと数か月足りなかったからだ。
俺は薬に頼らず、本当に時間を飛び、成人を迎える必要があった。もちろん、力任せに年齢線を破ることもできるけど、ダンブルドアは納得しなかっただろう。他の生徒も俺に陶酔していても、流石に不信感を抱かせてしまう。
俺は、不足していた時間──およそ二千時間分を、どうにか埋めなければならなかった。
そこでタイムターナーを使った。毎日少し過去へ戻り、同じ時間をもう一度生きる。そうして積み重ねるうちに、俺は一日に他の誰よりも六時間ほど、多く過ごしていた。
ほんの数か月の差なら、これで追いつける。時間を歪めることで、俺の身体年齢は確かに成人に達した。
クィディッチ・ワールドカップの夜、死喰い人と戦った時に魔法省から未成年魔法の探知が来なかったのも、そのせいだ。あの時、俺はもう成人だった。
……まあ数か月分だから見た目は全く変わらないけどな。
去年からこの日のために準備してきた。ハーマイオニーからタイムターナーを奪い、研究し、毎日寝不足で時間を調整して──ようやくここまで辿り着いた。
セドリックには、この試合のため──ではなく、休暇中でも未成年のうちから魔法を使いたかったから、と説明した。セドリックは不思議そうにしたものも、「ノアならありえる」と考え深く追求することはなかった。
大変だったけど、ダンブルドアを納得させるには本当に成人していなきゃ駄目だったんだ。いやあ、なんとかなってよかった!
一応、タイムターナーは、これ以外に使うつもりはない。
……簡単に手放すこともできないし、お守りとして持っておくけど、多分、誰かが死んで助けるために使ってしまったら──世界は崩壊するだろうし。
……いや、念のため持っとくけど。
俺の歩みに合わせて、胸の上でチェーンがちゃり、と鳴った。
セドリックは、ハリーたちとクラムの話で盛り上がっている。
その、なんてことない、いつもの光景を、来年も見るために。
セドリックが原作通りの結末を──死を迎えることは絶対に避ける。
だから、俺は前提から変えるんだ。
セドリックが──俺の親友が死ぬ運命を、完全にゼロにするために。
俺が、ホグワーツの代表選手になる。
それが、俺の考えた──最も単純で効率的なセドリック救済ルートだ。