兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
第一の課題の日が近づいてくるにつれ、ホグワーツ内はまた奇妙な熱気に包まれるようになっていた。
どの廊下を歩いても注目され、応援される。慣れているとはいえ、ずっと“みんなの憧れのモデル、ノア・ゾグラフ”の仮面被るのもだるい。
ニコニコ笑って手を振るだけで、大体相手は黙るからまあ、簡単なんだけど。
「明日のホグズミードではもっと注目されるかも。……今回は行かないでおく?」
夕食の帰り道、ゆっくりとハッフルパフ寮まで歩いているとセドリックが心配そうに俺を覗きこみ聞いてきた。俺は微笑みすぎて引き攣る頬をむにむにと揉みながら「あー」と言葉を濁す。
「まあ……気晴らしにはならないだろうしなぁ。どうせ村人からも拍手喝采大歓声だろうし……今回はやめとこうかな」
「うん、そうしよう」
他の生徒にとってはホグズミード行きは羽を伸ばせる絶好の機会で、お菓子も買えるし楽しい事しか待っていない。だが、今の俺には周りが黙ってくれないし羽を伸ばす事は無理だろう。貢物のお菓子は山のようにあるし、一回行けずとも問題ない。……有名人過ぎるのも困るな!
「──あ、セドリック!」
突然、後ろからセドリックを呼ぶ声が聞こえて俺たちは足を止めて振り返る。
そこにいたのはチョウ・チャンと、彼女の友人らしきレイブンクロー生数名。チョウは俺を見て「ノア、こんばんは」と頬を赤ながら手を振る。その後ろにいた女の子たちも「ハァイ」なんて黄色い声をあげて目を潤ませていた。
「セドリック、その──ちょっといい?」
「え? うん、いいよ」
チョウは頬を赤く染めたまま、セドリックの服の袖をそっと掴んで廊下の端へと引き寄せる。女の子たちは固まったままキャッキャして俺の方をチラチラ見ている。
うーん、これってあれだよな。俺先に帰るのもなんか変だし、待っとくしかないよな?
セドリックとチョウの会話は微妙に聞こえない。何話してるんだろ。
そう思ってぼんやりしているとチョウの友人らしい人たちに囲まれてしまった。
左右から女の子たちに「ノアさん応援してます!」「あのっサインください!」と黄色い声で言われたし、とりあえず頷いていい顔作って笑っとこう。ファンサービスは大事、うん。
少しして話を終えたチョウが、ぱたぱたと駆け足でこちらへ戻ってきた。
そのまま俺の周りにいた女の子たちに囲まれ、何かを話しながら、連れ立ってどこかへ行ってしまった。
「ごめん、お待たせ」
「いや、全然。……チョウ、何の用事だったんだ?」
なんとなく、セドリックに聞けば、セドリックは意外そうに目を見開いて、すぐに嬉しそうに表情を緩めた。
「明日のホグズミード、一緒に行こうって誘われただけだよ」
「へえ……そうか」
そうか。チョウは確か恋人になるんだよな。この世界のセドリックは代表選手じゃないけど、チョウとはクィディッチを通して少しは交流あるし、そろそろ恋人になっていてもおかしくない。少なくとも今年には恋人になってるはずだ。
普段俺とばっかり行動してたからどうなるのかなーとは思ってたけど、ちゃんと青春してるっぽいな。……前に聞いた時は濁されたけど。
嬉しそうにしてるし──セドリックもチョウのことが好きなんだろう。
「……楽しんでこいよ」
この言葉を言う前に、少し沈黙してしまったのは、セドリックがチョウと付き合った後の事を考えていたからだ。
いや、だって──セドリックに恋人ができたら、自然と俺と一緒にいる時間は減る。それは当然だし仕方がない。チョウなんて寮も違うから、自由時間はずっとそばにいたいはず。恋人ってそんなもんだろ?
いつも隣にいたセドリックがいなくなる。──と、思うとなんとなく胸がすっと冷える感じがした。多分、これは友人を取られる、と思うガキっぽい嫉妬心ってやつだろう。
もういい歳なのに恥ずかしい! けど、まあ誰だってそう思うよな? うん。
セドリックの肩をぽん、と叩く。
ま、青春して欲しいのも本心だ。
でも、セドリックは目を丸くして立ち止まり、俺の顔をのぞきこんだ。
「行かないよ?」
「……は? なんで?」
「なんで、って……一緒に残るって言ったばかりじゃないか」
声にうっすら呆れが混ざっている。俺が眉をひそめると、セドリックの眉も同じように寄った。
「セド、明日は俺一人でもいいし……チョウと行けばよかったのに」
俺のその言葉に、セドリックはありありと不満げな表情を見せた──それなら、さっきの嬉しそうな表情はなんだったんだ? あれ、チョウに誘われて嬉しかったんだろ。……俺に遠慮して断ったのか?
「……なんでそんな事言うんだい?」
低く、少し湿った声。
睨まれた。怒ってるというより、拗ねてるな。
拗ねるところか? なんか、話が微妙に噛み合ってないような……。
「なんでって……セド、誘われて嬉しそうにしてたから」
「それはきみが──」
「俺?」
セドリックは言いかけて口をつぐみ、唇を噛んで「なんでもない」と吐き捨てた。肩が少し上がっている。これは完全に機嫌を損ねてるときのやつだ。俺やフレジョがくだらない冗談を言いすぎたときにも、よくこの顔になる。
セドリックはそのまま早足で歩き出し、廊下に靴音が乾いた調子で響いた。
俺は数歩遅れてついていき、背中を見つめる。相変わらず拗ねている……いや、ちょっと寂しそうにも見える。
なんだよそれ。ますます分からない。
えーと。
チョウに誘われて嬉しかったわけじゃないらしい。俺に関係があって、あんなにニコニコしていた──?
……わかった!
俺よりモテたことが嬉しかったんだな! そうだ、まあセドリックはかなりモテる。俺は告白されるけどどれもガチな奴じゃないし。好きな推しキャラに向ける「結婚してー!」みたいなテンションで告白してくる奴らばっかりだ。
俺が世界一の美貌を持ってるのに彼女もいない童貞野郎だってことはセドリックは知ってるし、そんな俺に勝てて嬉しかったのか?!
……いやいや、セドリックがそんなこと思うわけない。と、すぐに浮かんだ馬鹿らしい考えを否定する。
「えーと、セド?」
「……」
「……セドリック?」
「……何」
ツンとしたまま、セドリックは俺の言葉にいつもよりも低い声で返事をした。けれど、歩幅はいつものペースに戻っている。
なんとか機嫌を戻してもらわないと──明日締め切りの宿題手伝ってもらえなさそう。でもなんでこうなったのか謎だしなぁ。
ちら、と横目でこちらをうかがう気配が拗ねているのは明らかだ。俺は小さく肩をすくめて、少し笑いを含んだ声で謝る。
「あー……ごめんな?」
「……別に、怒ったわけじゃない」
「そうか?」
「うん」
と、言う割には硬い声だけど。
廊下に二人分の足音だけが響く。
誰かが友だちと笑い合う声が廊下の端から微かに響く。微妙に気まずい雰囲気に、肩をすくめてちらり、とセドリックを見れば、セドリックも俺を見ていて視線がばちりと合った。セドリックはぐっと息を詰まらせると、灰色の目を僅かに揺らせ、ふいと視線を逸らす。それでも数秒後には、また俺の方を見て──そして観念したように、手で顔を覆ってため息をついた。
「反則だ……」
「何が?」
「……」
顔から手を下ろしたセドリックは、足を止めて俺に向き合う。眉がちょっと寄ってるけれど、さっきまでの雰囲気とはまた別な気がする。
「……僕が嬉しかったのは、きみが──」
そこまで言ってセドリックは一度言葉を止めた。そのまま迷うように唇を噛み、ふっと肩の力を抜くとどこか投げやりな口調で呟く。
「──気に、していたから……」
「……何を?」
珍しく、セドリックにしては歯切れが悪いし、明言しなかった。
「……はあ。まあいいや……明日、何する?」
俺に言っても伝わらない、とわかったのか、セドリックは首を振り表情を取り繕い、話題を変えた。
「……んー。部屋でだらだらしようぜ」
「勉強もしなきゃだめだからね」
「はいはい」
小さなため息を音もなく吐き出したセドリックは、またゆっくりと歩き出した。
先程の気まずい雰囲気は軽減されたとはいえ、どこか落ち込んでいる寂しげな背中を見て──足を止めた。
セドリックがいいって言うんなら、気にすることじゃないかもしれないけど。
「? どうしたの?」
セドリックが振り返って俺を見る。
俺はやっぱり気になってこっそりと開心術を使い、セドリックの心に侵入する──途端に、セドリックは何か違和感を覚えたのか、瞳を微かに揺らして不思議そうに胸辺りを押さえた。
なるほど。
開心術を使ってようやくわかった。
「……なんでもない」
俺は首を振り、セドリックの隣に並んでゆっくりと歩き出す。
セドリックはあの時、チョウに誘われたことが嬉しかったんじゃなくて、チョウに誘われて──俺がその二人のことを気にしていたから嬉しかったらしい。
俺って、そんなに無関心そうに見えるのか?
そりゃ大多数へはそうだけど、セドリックに対しては、そうじゃないんだけどな。親友だと思ってるし。
「さっきさ」
「うん」
セドリックが歩調を合わせるように振り向く。廊下のランプが、その灰色の瞳をかすかに照らしていた。
「セドリックがもし誰かと付き合ったら──寂しいなーって、思った」
「……え」
セドリックの目が、まるくなる。
驚き方が素直すぎて、俺は肩をすくめ、小さく笑った。
「ガキっぽいだろ?」
そう言えば、セドリックはぽかんとした顔のまま数回瞬きして、それから頬をうっすらと赤く染めた。
「いや、そんなことは……ないけど……本当に?」
「マジ」
魔法使いとして成人して──というか、中身はいい年齢なのに一人で過ごすのが寂しいとか、我ながらガキっぽいとは思う。けどホグワーツでは選択授業で別じゃない限り一緒なんだ。それこそおはようからおやすみまで。
とはいえやっぱ“寂しい”だなんて妙に気恥ずかしくて誤魔化すように「この話はこれで終わり!」と手を叩く。パン、と乾いた音が廊下に反響し、セドリックは開きかけていた口を閉ざし、何かの言葉を飲み込んだ。
そして月曜日。
課題は火曜だから、明日には第一の課題が始まる。
大広間ではハッフルパフの長机の後方に座っていたダームストロングの生徒たちの中で、ビクトールが真剣な表情でスープのたっぷりと入った皿をじっと見下ろし続けていた。
レイブンクローの長机に座るフラーも、いつもの自信ありげな表情が固く強張っていた。
グリフィンドールにいるハリーも、ハーマイオニーが必死に励ましているが深刻そうな顔で俯いている。
まあ、明日始まると思うと緊張するもんなのかな。……俺は全然だけど。課題がそれぞれの校長と決闘とかだったらワクワクはしそう。
朝食が終わり、俺とセドリックは呪文学の教室へ向かう。
すると、後ろから走り寄る足音が聞こえ、振り返れば息を切らせたハリーがいた。
「ノア! 少し、話、いいかな? その、二人で」
呼吸を整える前に、ハリーが途切れ途切れで言う。呪文学の授業前だけど──ま、少しならいいかな。
「ん、大丈夫。──セドリック、先行ってて」
「わかった。遅刻しないようにね?」
セドリックはすぐに頷くと、先にある教室の扉を開けた。
授業前だからか、廊下には俺とハリーしかいない。ハリーは注意深く周りに生徒やゴーストがいない事を確認し、そっと俺の耳に顔を寄せた。
「ノア、第一の課題はドラゴンなんだ」
「え?」
「ドラゴンだよ、四頭いて、一人一頭。僕たちドラゴンを出し抜かないといけない」
ハリーの表情は真剣そのもので、その目には少し恐怖が滲んでいた。
ああ、そういえばハリーがセドリックにドラゴンだって伝えるシーン、あった気がする。あんまり今年のイベント覚えてないんだよなぁ……。大きな流れしかもう思い出せない。
俺が恐怖したり、不安がったりしないのを見てハリーは必死な顔で「嘘じゃない、僕見たんだ」と早口に言った。
「疑ってないよ。……ドラゴンかあ。それ、俺に言ってよかったのか? 一応ライバルだぜ?」
「それは……知ってるのは僕だけじゃない。フラーもクラムも、もう知ってるんだ。マクシームとカルカロフの二人も、ドラゴンを見ていたから。……ノアだけが知らないのは、おかしいから、フェアじゃないでしょ?」
ハリーの目は、一切の曇りがないキラキラとした純粋な目だった。
自分の行動が当然だと思っている。それがどれだけ大変な事で、道徳的で、尊い事か、純粋で、ある意味幼い事なのかは──ハリーは知らないんだろう。
優しいやつだよなぁ。あのダーズリー家で虐待されて育って、よくもまあこんなにまっすぐ育ったもんだ。ダドリーを反面教師にしてるのかな?
「教えてくれてありがとう。……ドラゴンをなんとかする方法、考えたか?」
「うーん……ドラゴンには結膜炎の呪いがいいって教えてくれたんだ。シ──パッドフッドが。でも、難しくて使えなくて……」
「ドラゴンの目って小さそうだしなぁ……」
ハリーは表情を翳らせる。
いつドラゴンを見たのか知らないけど、それからドラゴンと対峙する恐怖に心臓を掴まれたまま高度な魔法を練習したとして、上手くいかなかったんだろう。
フラーとビクトールが朝から深刻な表情をしていたの、もしかして課題前で緊張していたからじゃなくて、ドラゴンの事を知ってて緊張してたのかもな。
その時、コツッ、コツッという音が背後から聞こえた。振り向くとムーディが近くの教室から出てきたところで、ハリーは口を閉ざし俺から少し離れる。
「──じゃあハリー、またな」
「あ、うん」
呪文学の教室に入る時、ハリーたちの方を見てみればハリーはムーディに引き止められ──その表情は困惑していた──ているところだった。
呪文学の授業はもう始まっていて、教壇の向こう側から「遅刻だよ。ゾグラフ」とフリットウィックの厳しい声が投げられた。
生徒たちもノアが遅刻だなんて珍しい、とチラチラと俺を見ている。
「すみません」
「次は減点だからね」
「はーい」
一発目から減点ではないのはありがたい。減点されてもすぐに取り返せるけど。
軽く謝りつつ、セドリックの隣に座る。すかさずセドリックが「ここだよ」と小声で教科書を見せてくれた。開いているページを確認しつつ、カバンから教科書や筆記具を出す。
俺の遅刻で止まっていた授業が再開され、フリットウィックが魔法の論理を説明し、生徒たちは羽ペンを動かし必死にメモを取る。
そんな中、真面目に授業を受けていたセドリックがそっと俺の方に羊皮紙の切れ端を押し出した。
『ハリー、なんだって?』
と書かれた文字。目を上げるが、セドリックの目線は前を向いたままだ。
流石にドラゴンのことを言うわけにはいかないかな。俺は『明日の課題が不安なんだって、慰めてた』と走り書きし、羽ペンの羽先でセドリックの腕を軽く叩く。
セドリックはちらりと視線を落とし俺が書いた文字を読んで、納得したように小さく頷いていた。