兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

156 / 180
156 第一の課題の主役

 

 

 次の日──第一の課題の日。

 この日の授業は午前中のみで、昼食後に課題が行われる。

 朝から学校中の空気が興奮と緊張で張り詰めていて、俺のファンたちは朝から応援幕を用意したりポスターを振ったりローブに俺のバッジを山ほどつけたりで、選手よりも眼に闘志を燃やし、張り切っていた。

 

 セドリックも第一の課題が何なのか、時間が経つにつれ緊張と興奮でそわそわと落ち着きなくなっていて、昼食中に何度もソーセージをフォークで刺し損ねていた。

 

 落ち着きないセドリックをのんびりと眺め紅茶を飲んでいると、肩にずしりと重みが加わり──紅茶が半分くらいこぼれた。

 

 

「ノア! もうすぐだな」

「スターになる心の準備はできたか?」

 

 

 左右に勢いよく座り肩を組んできたのはフレッドとジョージだった。

 これ以上溢さないようにカップを置いて、指を軽く振る。そうすると紅茶で濡れた襟首はさっぱりとシミひとつなく綺麗になった。

 

 

「どんな課題でも、創設者の課題よりはましだろ」

「ははっ! そうだな、応援してるぜ、頑張れよ!」

「他の学校のやつに負けるなよ?」

「おう、任せとけ」

 

 

 ニヤリと笑い手を挙げれば、双子も同じように笑ってぱちんと手を合わせた。

 俺を応援した後は、ハリーの応援に行くんだろう。双子は「じゃあな」と言ってすぐに立ち上がると、グリフィンドールの机へと向かった。

 

 フレッドとジョージと入れ替わるように、スプラウトが俺のところに急いでやってきた。

 その表情は、興奮と期待で頬が紅潮している。

 

 

「ノア、代表選手が競技場に行く時間です。……さあ、いきましょう」

「はい」

 

 

 紅茶を飲み干して立ち上がれば、周りにいた生徒たちが空気が唸るような大歓声を上げ、手を叩き俺を送り出す。

 くん、と腕が引かれる感覚に視線を落とせば、椅子に座ったセドリックが少し不安そうにしながら俺を真剣な目で見ていた。

 

 

「きみは僕が知る限り一番の魔法使いだ。……頑張って、ノア」

「ああ。──セド、これ頼むわ」

 

 

 ポケットの中からカメラを渡す。受け取ったセドリックは驚きつつも、いつものようにオフショットを頼む余裕を見せる俺に、不安が晴れたのか呆れたような顔をして笑った。

 

 

 拍手の中スプラウトと一緒に大広間を出て、石段を下り外へと出る。十一月の風は冷たいが今日は快晴だし、なかなかに清々しい。

 

 

「大丈夫ですよ、ノア。あなたはとても優秀ですからね、いつも通り──いつもの授業通りに正しい魔法を使えば、問題はないでしょう。もし、万が一があっても、手に負えなければ事態を収める魔法使いたちが待機しているわ」

「はい」

 

 

 禁じられた森の縁を進むと、クィディッチの競技場が見えてきた。その隣にはテントがあり、奥に何かを隠すような囲いが高く聳えているのが見える。多分、ドラゴンはあの囲いの向こうだろう。

 

 テントの入り口まで来た時、スプラウトが足を止めて振り返った。

 

 

「ここに入って、他の代表選手たちと一緒に待ちなさい。バグマンさんが説明しますからね。……ノア、頑張って」

 

 

 スプラウトはローブのポケットに手を入れる。中からそっと取り出したのは、俺のバッジだった。

 驚いてスプラウトを見れば、彼女はどこか悪戯っぽい笑顔でウインクをした。

 

 スプラウトはハッフルパフの寮監だ。

 とはいえ、ホグワーツ代表選手はもう一人いる。そんな中、俺だけを応援するのは──教師として、褒められた行いではないだろう。

 ローブにつけることはできなくても、俺にバッジを見せてくれた。その気持ちが純粋に嬉しくて、俺はにっこりと笑い頷く。

 

 

「頑張ります!」

 

 

 応援する視線を受けたまま、テントの中に入る。

 フラーが片隅の低い木の椅子に座っていた。いつもの堂々とした落ち着きはなく、青ざめて冷や汗を滲ませている。ビクトールも少し離れた場所で腕を組み、いつも以上にむっつりとしていた。

 二人のあまりの緊張っぷりに少し笑えば、俺の声に弾かれたように二人とも顔を上げた。緊張しすぎて、俺が入ってきたことにも気づかなかったようだ。

 

 

「二人とも緊張しすぎだろ」

「ノ、ノア──それは、それは……」

「ノア、きみは──」

「どんな課題でも大丈夫だって。俺らは選ばれたんだぜ?」

 

 

 軽く笑いながら言えば、二人は蒼白な顔のまま黙り込んでしまった。なぜか、その眼には恥と罪悪感が浮かんでいる。──ああ、二人とも、自分だけカンニングした気がして後ろめたく思ってるのか。

 別にカンニング無しとは言ってなかったし、情報を制するのも能力の一つだから気にすることないのになあ。

 

 流石に二人とも俺ほど楽観的にはなれないようで、視線を逸らしまた貝のように黙り込んでしまった。

 

 

 入り口が開く音が聞こえ、目を向ければハリーが入ってきたところだった。

 ハリーも、フラーとビクトールと同じく顔色がかなり悪い。

 

 

「おお! ようやく揃ったね! さあ、楽にしたまえ!」

 

 

 テントの奥でごそごそ準備をしていたバグマンは、ハリーが登場すると嬉しそうに話しかけ、ハリーをテントの中央に引っ張ってきた。

 自然と俺たちもバグマンを囲むように中央に集まる。青ざめた三人の中に立っているバグマンは、どこか場違いさを感じさせるほど陽気でテンションが高く、かえって三人の緊張感が際立った。

 

 

「さて、全員集合したな。──説明をするときがきた!

観衆が集まったら、私から諸君一人ひとりにこの袋を渡し、その中から諸君はこれから直面するものの小さな模型を選び取る!」

 

 

 バグマンは紫の絹でできた小さな袋を俺たちの前で振りながら説明した。

 

 

「模型にはさまざまな違いがある。諸君らの課題は──金の卵を取ることだ!」

 

 

 意気揚々と発表された課題に、俺たちは小さく頷いた。

 誰一人として話さない。和気藹々──なんて空気はなく、三人とも神経を尖らせて黙り込んでいる。ハリーだけは、目が合うと微かに微笑んできたが、その微笑みも強張った頬の前では引き攣ったようになっただけだった。

 

 

 遠くから足音が聞こえる。ハリー達の肩が震えた。

 それは近づき、大きくなり、興奮のさざめきと共にテントの横を通り過ぎていく。

 

 足音が消えたとき、バグマンは「コホン」と切り出すように咳をこぼし、紫の絹の袋の口を開けた。

 

 

「レディー・ファーストだ」

 

 

 フラーはごくりと唾を飲み、震える手を袋の中に入れる。取り出したのは精巧な緑のドラゴンのミニチュア模型で、首の周りに『2』の数字をつけている。フラーは青い顔で手のひらのドラゴンを見下ろしていたが、一度目を閉じ深呼吸し──開いた時には、まっすぐに前を見据え、迷いを振り切ったような眼になっていた。

 フラーの隣にいたビクトールが次に引き、首に『3』の数字がついた真っ赤なドラゴンを引き出す。ビクトールもまた、決然とした表情で、小さく頷き、強く唇を結んでいた。

 

 

「さあ、次はノア、きみだ!」

 

 

 バグマンは興奮を滲ませ袋を差し出す。

 さて、残るのは1か4か。ドラゴンは別に何だっていいけど、どうせなら一発目で派手に行きたいよな。

 

 そう思って引き出したドラゴンは、青みかかった灰色のドラゴンで首に『1』の数字。

 ドラゴンの見た目も順番も、まさに俺にピッタリだ。

 最後にハリーは『4』の数字がついた黒いドラゴンを引き、これで全員の順番とドラゴンが決まった。

 

 

「これで良し! 諸君らは各々が出会うドラゴンを引き出した。番号はドラゴンと対決する順番だ。いいかな? さて、私はいかなければならん。解説者なんでね。

ノア、君が一番だ。ホイッスルが聞こえたら、まっすぐ囲い地──隣の競技場に行きたまえ、いいね?──さて、ハリー……ちょっと外で話があるんだが、いいかね?」

「えーと……はい」

 

 

 ハリーはバグマンに手招きされるまま、背を曲げてテントから出ていく。

 俺の手の平にある精巧な青灰色のドラゴンには、額のあたりに白いツノのようなものがある。ドラゴンの鼻先は短いしちょっとずんぐりしてるけど、手のひらの上でパタパタと羽を動かしていて、妙な愛嬌がある。……この模型、もらっていいのかな。とりあえずポケットいれとこ。

 

 それぞれが覚悟を決め、緊張感が漂う中──空気を割くようなホイッスルの音が響く。

 フラーとビクトールが顔を上げ、俺をじっと見つめた。

 

 

「ノア。……頑張ってください」

「応援しています」

「ありがとう。──行ってくる」

 

 

 二人からの応援に笑って答えれば、二人とも堅かった表情を少しだけ緩めて頷く。

 テントを出る時、俺と入れ替わるようにしてハリーがまた入ってきて、どこか心配そうに俺を見上げた。

 

 

「ノア、頑張って!」

 

 

 かなり緊張しているんだろう、その言葉は掠れていて、嗄れていた。喉を押さえぎこちなく笑うハリーの頭をぽんぽんと叩きながら、俺は隣の競技場へ向かう。

 いつものクィディッチの競技場を魔法で作り替えているのか、ドラゴンが逃げないように巨大な囲いが施されていた。

 入り口らしい隙間から中に入れば、何千という顔がスタンドから俺を見下ろしていた。

 クィディッチ用に整えられていた芝生もなくなり、グラウンドには乾燥した大地が広がり、無骨な岩がごろごろと転がっていた。

 

 

「さあ! 第一の課題の始まりです。まずは──ホグワーツ代表! ノア・ゾグラフ選手!」

 

 

 魔法で拡大されたバグマンの声と、観衆の興奮に満ちた拍手や歓声が落ちてくる。

 ハッフルパフカラーの黄色と、俺の色の青灰色の旗が振られ、観客席を鮮やかに彩っている。四方八方から、俺の名を叫ぶ声が響いた。

 

 

「ドラゴンはスウェーデン・ショートスナウト種です! このドラゴンは非常に分厚い皮を持ち防御力が高く、魔法が効きにくいのが特徴です! 果たして世界一のモデル、ノアはどう対応するのでしょうか?!」

 

 

 少し離れた場所にいるドラゴンは、腹の下に卵を抱え、伏せている。守るようなその姿勢と敵を見つめる眼はかなり警戒心が強そうだ。

 

 グルルル、と低く唸るだけで、何かを語りかけはしない。ドラゴンだし、多分話せるとは思うけど──あのドラゴンにしてみれば、俺は大切な卵を狙う敵だし話す必要もないのだろう。

 

 

「じゃあ──俺らしく、派手にいこうか」

 

 

 ドラゴンを眠らせて卵を奪うのは簡単だ。

 でも、そんなのつまらないだろ?

 

 杖を出し、不敵に笑う。

 俺はそのまま杖を振るった。

 

 

 ***

 

 

 ノアが杖を振るった瞬間、地面が揺れた。

──もっとも、それを感じた者はごくわずかだっただろう。観客席は興奮で足踏みが響き、スタンド自体が微かに震えていた。地鳴りが混ざっても、誰もそれを区別できなかったのだ。

 

 杖は振られた。──しかし、何も起こらない。

 観衆の一部は身を乗り出し、失敗したのではと目を凝らす。だがその瞬間──。

 

 

「──あっ!」

 

 

 誰かが息を呑み、「地面が揺れてる!」と叫んだ。確かによく見れば、ゴツゴツとした大岩が、震え崩れ、地面にヒビが広がった。それは稲妻のように地面を──ノアの足の下を走る。

 

 卵を守るドラゴンは身を固め、警戒したままノアを睨みつける。だが当の本人は、不敵な笑みを浮かべ、杖先をふわりと上に払った。

 

 

──その途端、地面が呻くような音を立て激しく波打った。

 

 

 ノアの足元に走ったヒビは、まるで生きているようだった。稲妻のように地面を這い、あちこちの岩を砕きながら、赤い光を滲ませていく。裂け目の奥からは、地熱のこもった空気がふっと漏れ、砂と煙と熱が混ざった匂いが立ちのぼった。

 

 観客たちが不穏にざわめき始める。

 地面の下から何かが“起きようとしている”──その感覚が、言葉になるよりも先に伝わったのだ。

 

 

 岩が軋み、地面が押し上げられる。

 爆ぜるような音とともに、巨大な爪の塊が地表を割って飛び出した。砂煙が巻き上がり、観客席から悲鳴が上がる。だがノアは一歩も動かない。生まれ落ちる怪物を迎えるように、静かにその光景を見上げていた。

 

 爪は岩をまとった腕へと形を変え、続いてもう一方の腕が地を割る。翼が広がるたびに、熱が噴き上がった。溶岩が血管のように脈を打ち、岩の内部を走る赤い光が輪郭を浮かび上がらせていく。牙が、尾が、翼が──ひとつひとつが確かな形となり、地中の闇から巨躯が立ち上がった。

 

 岩と炎を纏うそれは、まさに──地獄を守るドラゴンのようであった。

 

 

 観客席は声を失い、ただその姿を息を詰めて見つめていた。

 静まり返った空気を破るように、かすれた声が響いた。

 

 

「……すごい……」

 

 

 その呟きが、恐れと畏敬を混ぜ合わせた最初の音だった。

 

 

 大地を引き裂くような咆哮が響きわたり、音の衝撃がスタンドを駆け抜ける。

 

 ノアは、そんな光景の中心で立っていた。

 髪を風に遊ばせ、不敵な笑みを浮かべたまま、杖を軽く下ろす。炎も熱も、まるで彼にだけは逆らえないようだった。

 

 観衆が息をするのも忘れる中──ノアと、その背後に立ち上がるドラゴンだけが、静かに世界を支配していた。

 

 

「ゆで卵になる前に終わらせよう。──いけ」

 

 

 それは戯れに歌うような軽さだった。

 

 ノアの命令に従い、赤黒いドラゴンは咆哮を上げながら翼を折りたたみ鋭く地面を蹴った。

 卵を守っていたドラゴンは、突然現れた異形のドラゴンを即座に敵とみなし牙を剥き青い炎を吐く。──ただ、岩と炎でできているドラゴンに、それは肌を撫でる程度の意味しかなく、猛攻を止めることはできない。

 青灰色のドラゴンは卵を守るように前に出て、赤黒いドラゴンに噛み付く。呻き、牙を剥き、爪が交差し炎を吐く── 二体の巨躯がぶつかり合う音に観客の悲鳴が混ざった。

 

 

「な、な、なんという光景でしょう……!」

 

 

 実況席のバグマンが声を裏返し、叫んだ。

 

 

「ノア選手、地面を──い、いや岩を──まさかドラゴンに!? し、信じられません! こんな魔法、私は一度たりとも──っ!」

 

 

 言葉は強い熱風に押され途中で途切れた。

 

 赤黒いドラゴンが翼を広げるたび、熱と光が空気を震わせ、観客席まで熱風が流れ込む。誰もがただ見上げるしかなかった。

 

 

「い、岩をドラゴンに変身させました! 凄まじい魔法です!」

 

 

 興奮しながら実況するバグマンの声が響く。

 実際、物をドラゴンに──魔法動物に変身させる魔法は極めて難しい。小さな魔法生物であっても、動物と異なり魔力を持つ物への変身は殆どの者が不可能だ。

 それを、成人したとはいえ、学生が──なんの困難さも必死さもなく、至って当然の簡単な魔法を使うように行った。

 

 バグマンだけではなく、ここにいるすべての大人は、目の前で起こっていることが信じられなかった。

 子どもたちはただノアの凄まじい魔法に圧倒され、興奮し叫ぶだけだ。彼らは知らないのだ──物をドラゴンに変身させる魔法など、存在しないと。

 

 

 ノアは飄々とした態度のまま、二体のドラゴンの激しい戦いを見つめていた。だが、牙と炎がぶつかり合い始め、戦況が白熱していくのを見て、小さく「あ、ちょっとやばそう」と呟くと、軽く杖を振った。

 

 次の瞬間、観客席全体を包みこむように、見えない膜が静かに張り巡らされる。熱風がぴたりと止まり、観客たちの髪先までもが不自然なほど静まり返った。まるで大気そのものが形を変え、巨大な守りへと姿を変えたようだった。

 

 最前列の少年が、目の前の空気が揺れたような気がして、おそるおそる手を伸ばす。

 指先が“何か”に触れた瞬間、ぴんとした反発が跳ね返し、彼は思わず小さく声を上げた。

 

 その直後──赤黒いドラゴンが炎を纏った岩塊を吐き出す。青灰色のドラゴンはギリギリのところでかわし、炎の塊は一直線にスタンドへと飛んだ。

 悲鳴が上がり、直撃の危険が迫った生徒たちは杖を構える間もなく、ただ目を見開いて硬直し迫りくるそれを見つめるしかなかった。

 

──だが、炎の塊は観客席に届く寸前で、透明な壁に弾き返された。

 衝撃と共に火花が散り、炎も熱も、すべてが膜の外で霧散していく。

 

 

「こ、これは──防壁が……いつの間に……」

 

 

 バグマンの呆気に取られた声が、スタンド全体に響く。もはやそれは、実況ではなかった。

 何を説明すればいい? 目の前では二体のドラゴンが本能のままぶつかり合い、自分たちはいつのまにか守られている。

 スタンド全体を覆うほどの防御魔法──誰が張った? ダンブルドアか、それとも……。

 

 バグマンは唖然としたままノアに目を向けた。

 囲い地の中、土煙が舞い、熱風が吹き荒れる中で、ノアは風に煽られる髪を片手で押さえ、ふと視線を上げる。

 そして──まるで余裕の象徴のように、美しく、笑った。

 

 

「──っ!」

 

 

 バグマンの喉が、掠れた悲鳴を絞り出した。

 

 ノアの背後では、大地が抉れ、炎が吠え、二体のドラゴンが牙を剥き出しに噛み合っていた。皮が裂け、血が飛び散り、咆哮が嵐のように空気を震わせる。

 それは混沌と暴力そのものの光景だった──だが、そのただ中で、ノアだけが、まるで別世界にいるかのように、場違いなほど穏やかに、美しく笑っていた。

 

 その笑みを見た瞬間、ぞくりと──観衆の誰もが息を呑んだ。

 

 それは“可憐”でも“優雅”でもない。

 

 背筋を撫でるような冷たい戦慄と、抗いがたい甘美を同時に孕んだ、魔性の微笑だった。

 まるで破滅に誘う蝶の羽ばたきのように、美しく──そして恐ろしい。

 

 

 岩も炎も、ノアの身体に触れることはない。

 迫った瞬間、何かに阻まれるように弾かれ、服の裾一つ汚せず、ただ風だけがノアの髪を柔らかく撫でていく。

 その姿はまるで、災厄さえ跪かせる“何か”だった。

 

 

 ノアはゆっくりと歩き出す。

 ひび割れた地面を、軽やかに、まるで舞踏会の主役のようにぴょんと飛び越える。

 足元では溶岩が脈打ち、炎が舌を伸ばす──だが、杖のひと振りでそのすべてが静かに、消えていった。

 

 炎が沈黙し、空気が震える中、ノアは、まっすぐに卵へと進む。

 世界が、彼の歩みにひれ伏しているようだった。

 

 

 その姿を見た者は、恐怖に体を固くしながらも、視線を逸らせなかった。

 ただそこにいるだけで、ノアという存在は空間の支配者だった。

 美しく、恐ろしく、そして抗えないほど魅惑的に──心を、理性ごと絡め取るように。

 

 

 窪地の中に金色の卵がいくつかあった。

 ノアはその卵が割れていない──ゆで卵にもなっていない──のを確認し、ほっと胸を撫で下ろすとその中から一つを掴み、悠々と上に掲げる。

 

 

「て、手に入れました! ノア選手、怪我一つありません! 卵も一つも割れていません!」

 

 

 バグマンが叫び、観客はドラゴン達に怯えながらも歓声を上げ手を打ち鳴らした。

 

 その歓声と拍手に苛立ったのか──いや、おそらくは卵を奪われた怒りが爆発したのだろう──青灰色のドラゴンがギラついた目で咆哮を上げた。

 赤黒いドラゴンに地面へ押さえつけられながらも、炎を吐き散らし、地面を掻き、狂ったように身をよじって暴れはじめる。

 

 

「うわっ──ドラゴン使いさん! 早くドラゴンを鎮めてください!」

 

 

 歓声は再び悲鳴へと変わり、バグマンも慌てて身を下げながらドラゴン使いに指示を出す。

 ドラゴン使いも、飛び上がるようにしてすぐに向かったが──透明な壁が、その行手を阻んだ。狼狽し、慌てた彼等は「この防壁を解除してくれ!」と叫ぶ。

 

 ノアはちらりとそちらを見て、ゆっくりと首を振った。

 

 

「危ないので、下がっていてくださいね」

 

 

 そう言ったノアは、杖を軽く振った。

 その途端、ドラゴンを噛みつき押さえ込んでいた赤黒いドラゴンの体が崩れ──瞬く間に、地面の中に逆再生をするように消えていく。

 

 残されたのは、怒れる青灰色のドラゴンだけだった。

 獲物を失ったドラゴンは、荒い呼吸のまま唾液と血を撒き散らしノアに向かって地面を蹴る。

 

 

 ドラゴンの鋭い爪が、ノアを切り裂く。

 そう誰もが思い悲鳴を上げ顔を手で覆った。

 

 

 だが、ノアの叫びも、爪が肉を切り裂く音もしなかった。

 不思議と、ドラゴンの唸り声も聞こえない。

 恐る恐る、手を下ろしそっと様子を伺う。

 

 

 ドラゴンが、ノアの前でぴたりと動きを止めていた。

 

 

『ごめんな』

 

 

 それは、言葉ではなかった。

 それを言葉として認識できたのは、目の前にいるドラゴンだけだった。

 

 その声は、とても優しく包み込むようで、なぜかドラゴンはその声に囚われ、狂気が滲んでいた目は鎮まり、傷の痛みや怒りも忘れていた。

 

 

『……私の言葉を、話せるの?』

『ああ、そうだ。……ごめんな、卵が欲しかったんだ』

『おねがい、私の子を返して……』

『心配するな、ほら……この卵は──蝶番がついてる。魔法で見えにくくはされてるけどさ、お前の大事な卵じゃない、卵形の箱だよ』

 

 

 ドラゴンは驚いたように首を傾げ、卵を見た。

 

 

『……本当だ』

『傷も、治してやるから』

 

 

 そう言って、ノアは微笑み手を伸ばした。

 指先が鼻先に触れた瞬間、春の陽だまりのような魔法がドラゴンを包みこむ。血が止まり、傷が閉じ、荒い呼吸が穏やかな吐息に変わる。

 巨大なドラゴンが、まるで子犬が甘えるように身を預けた。

 

 

『怪我させてごめん。……許してくれるか?』

『うん、いいよ。……あなたの名前は?』

『ノア・ゾグラフ』

『そう……ノア、不思議な子。あなたの声はとっても落ち着く……』

 

 

 ぐるぐると、低く甘える鳴きをするドラゴンにノアは微笑みかけると、そっと杖を振るう。

 銀色の光がドラゴンに降り注ぐと、ドラゴンは眠そうに瞬きをし──そのまま、前足に頭を乗せ、眠ってしまった。

 

 

「──よし、もう入って大丈夫ですよ」

 

 

 ノアはドラゴンから数歩離れると、杖を持ち上げその場でくるりと回る。円を描くように回る軌跡に合わせ、スタンドを覆っていた透明な壁が消え、壁に手を当てていたドラゴン使い達はバランスを崩しよろめきながら囲い地に入ってきた。

 

 

「い、今見たのは夢か幻でしょうか? ノア選手が、ドラゴンと話をしていたように見えましたが──おそらく気のせいでしょう! ノア選手、あれほど怒り狂っていたドラゴンを簡単に鎮め、寝かしつけてしまいました! みなさん、ノア選手に盛大な拍手をお願いします!」

 

 

 スタンドを埋めつくす歓声と拍手が、まるで大雨のようにノアに降りそそいだ。

 ノアは歓声に応えるようににっこりと笑うと、礼儀正しく頭を下げる。

 

 その姿はまるで──舞台の幕が下りたあとに立つ“主役”のようだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。