兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
数日後の夜。
監督生浴場は相変わらず温かい湯気に包まれていて、プールのように広い浴槽の中央で、俺たちは必死に水をかいていた。
セドリックは競泳水着を履き肩にタオルをかけてプールサイドで腕を組み、すっかり“鬼コーチ”と化している。
「あー……駄目だ……もう動けねぇ……」
腕が疲れてきて動きを止め、浴槽の中央で浮かびながら愚痴れば、近くをバッシャバッシャと泳いでいたハリーも半分溺れながら水面を叩く。
「はあっ、はあっ! うぷ──も、もう無理!」
「練習あるのみだよ」
「できっこないよ!」
ばしゃばしゃと水音を立て、ハリーは叫んだ。ハリーは必死に進んでいるつもりらしいが、無駄に水が跳ねているだけでほとんど前に進んでいなかった。
水が顔にかかったが泡頭魔法のおかげで濡れることはない。膜の上にできた水の玉をぼんやりと見ながら、体の力を抜きぷかぷかと浮かぶ。
息継ぎに問題がなくても、体力はすぐにつくもんじゃないし、泳ぎ方もすぐにプロ並みになることもない。
俺はまあ普通に泳げたが、ハリーなんてまじで──犬かきレベルだったし。
どうしてハリーも一緒に練習することになったのか──それは、セドリックと泳ぎの練習を始めて二週間ほど経った、ある昼休みのことだ。
ハリーが金の卵を抱えて、少ししょんぼりした顔で俺のところへやってきた。
「……ノア、もう解けた? 僕、まだ全然で……」
肩を落として言う姿があまりにも素直で、「そういえば俺が教えなきゃいけないのか」と思いだした。原作ではセドリックの役目だったけど、代表は俺だし、第一の課題がドラゴンだって教えてくれた恩もある。
そう思って、卵の仕組み──水中で聞けばヒントがわかること、水中人の歌であること──を教えてやり、ついでにセドリックとこっそり泳ぎの練習をしている話もした。
するとハリーは目を輝かせて、「えっ……泳ぎの練習? 僕も一緒にしたい!」──と食いついてきた。
断る理由も特にないし、セドリックも「別に構わないよ」と嫌がる様子はなかった。
そんなわけで、ハリーも仲間入りして三人で練習することになった──という流れだ。
ハリーも次の課題が湖関連だとわかると、初めは真剣に水泳練習をしていたが、セドリックに教わったところであまりにも泳げず、クィディッチとは違う全身の疲労感が蓄積されて日を追うごとに投げやりになってきている。
「さあ、ノア、ハリー──あと五本!」
手を叩き、イキイキと言うセドリック。
その瞬間ハリーはぶくぶくと水の中に沈んでいった。
「ハリー、こんなところで死ぬな」
「うう……駄目だ……泡頭魔法も上手くできないし……僕は次の課題、絶対最下位だ……」
沈むハリーの腕をぐいっと掴み、浴槽の縁まで引っ張っていく。ハリーは生気が抜けた顔で泡ぶくを吐いていた。
「このままだと本当に、二人で最下位争いをすることになるよ」
セドリックはしゃがみこみ、俺たちをじっと見下ろした。
「本当に、それでいいの?」
「う……それは……」
ぐさり、と胸に刺さる。
ハリーも同じだったらしく、不服そうに唇を尖らせ水の中でぶくぶくしつつも、文句は言わなかった。
「嫌だけどさぁ……」
最下位。というか、カッコよく泳げない無様な姿を見せたくはない。しかし、泡頭魔法をして呼吸ができても体力がつくわけじゃないし、スムーズに泳ぐ事もできない。
ぷかり、と水面に浮かび天井に輝くシャンデリアを見つめる。
「やっぱ、湖……枯らすしかないな……」
「そうするしかないね……」
「駄目だよ」
セドリックがばっさりと切り捨てる。
「どうするかなぁ……」
ずっと水に浸かっていたせいで、皮膚がふやけてきそうだ。
そう思って浴槽から上がり、縁に腰を下ろすと、ハリーも遅れてよろよろと水面をかき分けて出てきた。
ハリーは体力を使い切ったように仰向けに倒れ込み、胸を激しく上下させている。
セドリックは片眉を上げつつ、用意していたタオルを二人分そっと差し出した。
「……でも、練習を始めた時よりも、ノアはかなり上手くなったよ」
そう言いながら、柔らかい目でタオルを俺へ渡してくる。それはどこか誇らしげで、俺はタオルを掴みつつ、軽く肩をすくめ苦笑する。
「まあ、そりゃ、あんだけ泳いだらな」
俺はタオルを掴みながら、思わず苦笑した。
まあ、言われてみれば確かに、泳げるようになっている。
ハリーと一緒に練習する前は、浴槽の湯の温度も下げて、できるだけ外の湖に近い条件で練習していた。
泡頭魔法があるから息は続くけど、やっぱり体力の問題がある。水温が低いと体もすぐに動かなくなるし。
深く潜水して、くるりと体を反転させる。
肺の中の空気を抜けば、体は浮き上がることはなく、冷たく固い感触が背中を撫でる。静まり返った浴槽の底の方は、水が重たくて冷たくて、世界が違って見えた。うーん、やっぱり魔法薬で体温上げないと長時間泳ぐのは無理だな。
深く沈みきったところから上を見上げれば、ゆらゆら揺れる水面の向こうに、シャンデリアの灯りが白く滲んで落ちてくる。ちかちかと光るそれは雪みたいで綺麗だった。
その光の下を、セドリックがすうっと横切る。
水の中で髪を遊ばせたセドリックが、驚いたように目を見開く。大丈夫だと笑いかければ、ほっと表情を緩めゆっくり笑い「ほら」と言いながら手を伸ばしてくる。
その手を掴むと、迷いなく俺の手を引いてきた。
いや、もう泳ぎたくないし疲れたんだけど、とは思ったものの、水の中にいるセドリックが妙にいきいきしていたから黙って引かれるままにゆっくりと泳ぐ。
そんなことを何日も繰り返したわけだし、セドリックって割とスポーツ系に関しては妥協しないストイックなところがあるし。まあ、上手くなるはずだよな。
タオルで髪をざっと拭きながら、ゆっくり息を吐く。いや、上手くなったのはなったと思うけど。まだセドリックの泳ぎに追いつけないのも事実。
「でもさぁ。後一ヶ月もないんだぜ? もう泳ぐ練習するより、他の方法考えた方がいいんじゃないか?」
「……例えば?」
「例えば──」
うーん。
例えば、第一の課題の時にドラゴンを作り出したように、潜水艦を作り出す?──いや、駄目だな、作れても操作できない。巨大な鮫を作って運んでもらう、にしても、ただの鮫に知能があるのかどうか。
鰓昆布を食べれば鰓呼吸できるようになるし手足に水掻きもついて泳ぎやすい。鰓昆布は購入すればいいけど、この案はハリーに残してあげたいし。なんとなく攻略方法がかぶるのは俺の美学に反する。
「僕に今必要なのはアニメーガスの取得方法だよ……カエルか魚になりたい……」
ハリーがぼんやりと呟く。
セドリックはため息をつきながら「アニメーガス取得は非現実的だね」と答えながら籠の中をごそごそと探る。疲れた時ように準備していた板チョコをハリーの腹の上に「はい」と乗せれば、ハリーは弱々しい声で礼を言いながらチョコを少しだけ齧った。
「アニメーガスになれたとして、ハリーは多分牡鹿だろ」
「え? 好きな動物になれるんじゃないの?」
「守護霊と同じ動物だって聞いたことがあるけどな。……ま、守護霊は途中で変わることもあるから百パー同じってわけじゃないかもしれないけど」
それは前世の情報で知っているだけだ。ハリーはもちろん、セドリックも知らなかったのか「へえ」と不思議そうに頷いた。
「ってことは、ノアは守護霊が麒麟だから……アニメーガスになったら麒麟になるのかな?」
守護霊を見たことがあるセドリックはぽつりと呟く。「あー……多分?」と頷けば、セドリックは尊敬やら驚愕やらが滲む表情で「すごいなぁ」と頷いた。
まあ、魔法界において麒麟は特別な魔法生物らしいし? アニメーガスはなり方が面倒だし特にメリットもないし……なりたいとは思わないな。
ハリーは麒麟と言われて、あの動物園にいる黄色くて首の長いキリンを思い浮かべたらしく、微妙な顔で「ノアがキリンか……」と呟いていた。あれ? 俺の守護霊知らなかったっけ?……面白いから勘違いさせたままにしとこ。
「動物……そうだ! 変身術で魚とかになるのかどうかな?」
体を起こし、ぱき!っとチョコを噛みながらさも名案だと言うようにハリーは膝を打った。俺とセドリックはきょとん、として顔を見合わせ──。
「やめといた方がいい」
「やめとけ」
と、同時に首を振る。
二人から同時に却下されたハリーは唇を尖らせ不服そうに「まあ、後一ヶ月でそんな魔法が使えるようになるとは思わないけど……」と口籠り膝を抱える。
「そうじゃなくて。……ハリー……人を魚に変身させる魔法はある、けど、思考も魚になるんだよ」
「え。そうなの?」
真面目な声で言い聞かせるセドリックに、ハリーは眉を寄せ首を傾げる。授業で人を他の生物に変身させる危険性をマクゴナガルがかなり真剣な表情で言っていた。確か五年生の授業だった気がするから、ハリーはまだ習ってないのかもな。五年生から変身術、結構高度になるし。
「ああ、アニメーガスと普通の変身術の違いはそれだな。アニメーガスは思考は人を保つことができる。けど、変身術で変わった場合は人だってことも忘れてしまって──終わる」
俺は、ひらひらと顔の横で手を振ってみせた。ハリーは一瞬ぽかんとして沈黙したが──次の瞬間、自分が魚の姿のまま暮らす未来を想像したらしい。
その表情が、すうっと青ざめる。
鱗の体で、二度と地上に戻れず、記憶も人間だったことも忘れて虫を食べる日々──そんな光景が脳裏をよぎったのだろう。
ハリーはぞわっ、と肩をすくめ、背筋を強張らせた。
「じゃあもうどうする事もできないや……」
チョコを食べながら、諦めの混じった声でハリーが文句を言う。
セドリックは「練習頑張ろう!」と励ましたが、やる気をなくしたハリーは嫌そうな顔で揺れる水面を眺めていた。
他の生物かぁ。
ハリーなら無理でも、俺なら──。
「ハリーの案もありかもなあ」
「え?」
俺の呟きに、ハリーは口の周りについたチョコをぺろりと舐めながら首を傾げた。