兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
朝の九時過ぎ、天候は晴れ──てはいるが普通に寒い。
そんな寒空の下、俺とフラーとビクトールの三人は湖のほとりに造られた会場で開始時刻を待っていた。
第一の課題で使った囲いをそっくりそのまま移動させたのか、湖のほとりには何段にも組まれた巨大なスタンドが並んでいた。すでに殆どの生徒が集まり開始を今か今かと待ち、興奮したざわめきがここまで聞こえてきている。
「うーっ! 寒いです!」とフラーが体を縮こまらせ腕をこすりながら呻く。がたがたと震えていて白い肌はいつも以上に青白い。フラーの──というより、ボーバトンのローブ、薄いしなぁ。ビクトールもローブのもこもこしたところに顔を埋めているし。
「少しくらいバレないだろ」
俺は指をぱちんと鳴らし、手のひらほどの大きさのオレンジ色の火の玉を作り出す。すぐにフラーとビクトールは審査員席に座っている先生達にバレないように火の前に立ち、そのまま、手を後ろにして温まる。
「ああ……指先の感覚がようやく戻ってきました……」
「ありがとう、ノア」
「まだ雪が降ってないからマシとはいえ、かなり寒いしなぁ……」
「ノア。……きみはどんな方法をするつもりですか?」
ビクトールが肩を寄せながら小声で聞いてくる。フラーも気になるのか、じっと俺を見ていた。
「それは見てのお楽しみ!」
と言ってにやりと笑えば、ビクトールとフラーは顔を見合わせ苦笑する。「頼むから湖を干上がらせないでください」と言われたが、俺ってそんなに干上がらせそうなイメージあるのか?
「そういえば……ハリー・ポッターは来ませんね」
火に温まりながら、フラーがふと思い出したように辺りを見回しながら言う。もう課題開始まで十分もないだろう。早く来ないと間に合わないのではないか? まさか、課題の攻略方法がわからず逃げ出した? と二人は考えているようで神妙な顔をしている。少し心配そうなのは、やっぱり、代表選手同士の奇妙な絆があるからだろうか。
ハリーはあの後、泳ぐ練習を何日かして、結局「他の方法をハーマイオニー達と探してみる」と言って夜の練習に来なくなった。俺も普通に泳ぐ練習はやめていたから、それを見て焦ってきたんだろう。まあ、この方法はハリーには無理だし。
そんなことを考えながら城を見れば、ちょうど城の方からハリーが疾走してきていた。「あ」とこぼせばフラーとビクトールも俺が見ている方を見て、ほっとしたように肩を落とす。
審査員に座ってるマクシームとかカルカロフはハリーの登場にあからさまに残念そうな顔をしていた。
「到着っ……しました……」
ハリーは俺の前で急停止し、激しく肩を上下させ息も絶え絶えに言う。クラウチの代わりに出席したパーシーが非難がましい声で「一体どこに行ってたんだ!?」と叱責したが、それを宥めたのはバグマンだった。
バグマンは、どう見てもほっとしている。
あー、なんか賭けてるんだっけ、ハリーに……今まで忘れてたけど。
「まあまあ、パーシー! 息くらいつかせてやれ!」
バグマンは「ではこちらへ!」と妙に張り切った声で言いながら、俺たち四人を湖の岸まで案内していく。
その背中を見つつ、俺はそっと後ろに忍ばせていた炎を指先で消した。
「じゃあ、ここに等間隔で並んでもらえるかな」
言われるがまま、岸辺に立つ。それぞれが距離をとって並ぶとバグマンは満足げに手を叩き、軽い足取りで審査員席へ戻っていった。
そして、以前したように杖を喉に突きつける。
「さあ皆さん、選手達の準備が整いました!」
増幅呪文で膨れ上がった声が、湖面をびりびり震わせた。
「第二の課題は、私のホイッスルを合図に始まります。選手達は、一時間のうちに奪われたものを取り返します」
増幅された声が観客席の隅々まで行き渡り、生徒たちは一斉に沸き立つ。観客は大いに盛り上がり、各選手の名前を叫ぶ声がそこかしこで響いた。
ビクトールとフラーは開始が近いと判断し、ローブを脱ぎ足元に置いた。
二人とも競泳用の水着を着ている。……二人とも泡頭魔法だったっけ? 魔法族って意外とみんな泳げるもんなんだな……。
ハリーと俺は、服を脱がずに突っ立っていて、ちらり、とビクトールは俺を見る。「どうするんだろう」とその目が訴えていたが、俺はニヤリと笑うだけで何も答えない。
「水中の様子はこのスクリーンに映されますのでご安心ください」
バグマンがそう言った時、審査員席にいた校長達三人が杖を持ち空に向かって軽く振った。
銀色のモヤのようなものが全体に広がり、上空から見た湖面、泳ぐ魚やゆらめく水草、湖底の泥など、色彩を欠いた水中の様子が移される。へぇ、便利な魔法だな。なにかを中継して映してるのか?
「では、三つ数えます!
いち──に──さんっ!」
ホイッスルが冷たく静かな空気を鋭く切り裂き、ついに第二の課題が開始された。
観客は拍手と歓声でどよめき、フラーとビクトールはすぐに自身に魔法をかけて湖の中へと飛び込んだ。
お、フラーは泡頭魔法だったけど、ビクトールは変身術使ってるな。体の一部を変身させるのって高度で繊細な魔法だって書いてあった気がする……まあ、確かに意外と繊細な男ではあるか。
ハリーはと言うと、靴やローブを脱いで、何かを口いっぱいに頬張りながら湖の中に走って行った。あの様子を見るに、しっかり鰓昆布を入手できたんだろう。
空に映し出されたスクリーンではビクトールとフラーがすいすい泳いでいる様子が映し出されている。時々画面が切り替わり、何もないところや、湖底が映し出されているのを見ると、選手を追視しているわけじゃなくて完全ランダムなのかな。……どうやってるんだろ。でも、こんな仕掛けあったっけ?
ついにハリーも湖の中に飛び込んだ。スタートラインから動かないのは俺だけで、観客がどうしたんだろうかとざわめき始める。
さて、他の選手は入って行ったしそろそろいいかな。
俺は自分の喉にそっと杖先を当て、増幅呪文をかけた。
『──おいで』
増幅した声は空気を震わせ、湖面をすべり抜け、風に乗って禁じられた森の奥へと流れ込んでいく。
──その瞬間、森が反応した。
まず鳥たちが、驚いたように枝から一斉に飛び立つ。次いで、木々のざわめきがどんどん手前へ押し寄せてきた。
それは、まるで“何か巨大なもの”が一直線にこちらへ向かっているかのようで。
魔法生物が逃げ出す気配に枝が折れる乾いた音。地面の下で、微かに揺れが走る。
観客達は空のスクリーンどころではなくなったらしく、何かを感じ取ったのか恐々と森の方を見ている。審査員席でも審査員達が立ち上がり、何事かと警戒して杖を構えはじめた。
ただ一人──ダンブルドアだけが、「はぁ……」と深くため息をつき、額を押さえていた。──ああ、そうか、ダンブルドアにはこの言葉がわかるんだっけ?
その間にも森が揺れ、小動物が転げるように逃げてくる。
突如、それが止まって、しん、と不気味な沈黙が落ち、固唾を飲む音すら響きそうな静寂の中──それは闇を裂いて姿を現した。
「バ──バジリスク……!!?」
悲鳴が響き渡り、顔を覆い、後ずさり、逃げ出す生徒たち。審査員は一斉に杖を構えた。
暗い森の縁からゆらりと現れたのは、巨大な蛇の王、バジリスクだった。
黒い鱗が鈍く光りながら、長い身体をくねらせ湖へ向かって進み出る。
俺の“ペット”であるバジリスクは、静かに、当然のように俺の方へと近づいてきた。
──おっと、このままじゃダメだな。
「えーと。安心してください。このバジリスクは──俺のペットです、目の殺傷能力は無効化しているので、ダンブルドア先生から飼育の許可をいただいています」
拡増幅魔法をかけたまま、俺は混乱している観客へ向けて声を張った。逃げ出しかけていた生徒たちは俺の言葉を聞いて足を止める。
振り返った彼らは、恐怖で目を細めながらもこちらをうかがっていた。視界に入れたくないけど、見ないともっと怖い──そんな感じの顔だ。
バジリスク──バジルは巨大な身体をうねらせ、俺の前でゆっくりととぐろを巻いた。
手を伸ばせば、従順な犬のように首を垂れて擦り寄る。
……いや、どう見ても世界最強クラスの魔法生物なんだけどな。
こうされるとただの甘えん坊にしか見えない。実際、甘えん坊だけど。
ふと視線の端でダンブルドアを探すと、ダンブルドアはバジルを従える俺を見る余裕すらなさそうだった。
左右でマクシームとカルカロフが同時にまくし立てていて、ダンブルドアは両手を軽く上げながら、必死に何か弁明している。
多分、「バジリスクをペットにするなんて常識ではありえない」と責められてるんだろう。そりゃそうだな。
『さて──バジル。囚われの王子様を助けに行こうぜ』
『主がそれを望むのなら』
バジルの艶やかな鱗に手のひらをすべらせると、バジルは満足そうに舌をちろちろして頭を差し出してきた。
その大きな頭に飛び乗り、がっしりした鱗の上に跨がると、観客席から歓声とも悲鳴ともつかない声が一斉に上がった。
バジルは頭を高く掲げたまま、ゆっくりと体をくねらせて湖の中へ進んでいく。
バジリスクは海蛇ではない。とはいえ、普通の蛇と同じく泳いだり潜ったりはできるし、潜水可能時間は三時間ほどとか。
もちろん呼び寄せる時はちゃんと──わざわざ──杖で魔法を使ったし、ハリーがファイアボルトを使うのが合法なら、俺がバジリスクを使っても規約違反にはならない、はずだ。
湖の水が深くなっていくあたりで、バジルは動きを止め、低く落ち着いた声で『潜るぞ』と告げてきた。
『ん、ちょっと待ってくれ』
鱗で滑らないよう慎重にバジルの頭の上へ立つ。
冷たい風が肌をなでるのを感じながら、俺はゆっくりと観客席へ振り返った。
さっきまで恐怖で固まっていた顔が、いまは完全に塗り替わっている。
「この先は?」「もっと見せてくれるんだろう?」──そんな期待と興奮が顔中に広がっていた。
着ていたローブを肩から滑らせ、ネクタイを指に引っ掛けて外す。その動きだけで、観客席がざわりと揺れた。ロールとネクタイはふわりと浮かびスタート位置へと飛んでいった。
シャツのボタンをひとつ外した瞬間には、もう悲鳴とも雄叫びともつかない声が上がっていた。
そりゃそうだよな。
俺の写真集にも上半身裸は載ってないし、浴室はいつも個別だし。
まともに俺の裸を知ってるやつなんて……セドリックとハリーぐらいだ。
ぷち、ぷち、と焦らすようにわざとゆっくりボタンを外していると──視界をふわりと横切る影があった。
俺の周りを、まんまるな何かが旋回してる。
体のほとんどが翡翠色の大きな単眼で、蝙蝠みたいな羽がぱたぱた動いている。
なんだこれ、と眉を寄せたところで、観客席から一際高い黄色い悲鳴が上がった。
ふと空を見上げると、巨大スクリーンには俺のセクシーな姿のドアップ。ギリギリ見えてない。
……どうやらこの“一つ目のやつ”が俺を撮ってスクリーンに映してるらしい。
なるほど、この魔法生物が見た景色が映るわけね。
「──ここからは、有料だぜ?」
わざとハートマークをつけるように語尾を甘くして、指をぱちんと鳴らす。
瞬間、俺の周囲に白いモヤがふわりと立ちのぼり、外からは何も見えなくなった。
あちこちから落胆の声と、「お金払うから続き見せてー!!」という切実な叫びが飛んでくる。誰だよ、マジで言ったの。
苦笑しつつ、自分の体に魔法をかける。
白いモヤがふっと晴れた瞬間、湖岸が爆ぜたかのような悲鳴と歓声が上がった。
俺はバジルの頭に腰かけて、ゆるく笑いながら手を優雅にひらりと振る。
視線という視線が、痛いほど俺に突き刺さり「美しい……」というため息があちこちでこぼれていた。
まあ、確かに今の俺は半端なく美しいだろう。多分ここで歌ったら魅了されて湖に飛び込むやつが出てくるレベル。
俺の腰から下は、もう人の形じゃない。
瞳と同じ青灰色をした鱗が尾の先までびっしり生えていて、軽く動かすたびに宝石みたいに光を散らした。尾びれは思っていたよりずっと長く、青灰から淡い銀色に溶けるようなグラデがかかっている。
指の間には薄い水色の透明な水かきがついていて、光を受けると羽のようにひらひら揺れる。肌の色も、いつもよりも白く滑らかになっている気がする。
フェイスラインの下には、エラのような切り込みが二本。そこが微かに開いたり閉じたりしていて、ちょっと不思議な気分だ。肺呼吸も普通にできるのに、エラ呼吸も楽にこなせる。人魚ってどういう仕組みなのか、マジで不思議だ。
浴槽で何度も練習したおかげで、尾の動きもイメージ通り操れる。
『──よし、行こう』
俺がそう声をかけると、バジルは即座に反応し、大きな頭を下げ、そのまま滑るように湖へ潜り込んだ。
湖水が俺たちを包み込むその瞬間、全身が冷たい水に触れた──けど、人魚の姿だからか、不思議なくらい快適だ。
目を開けても痛くないし、視界はむしろ澄んでいる。水が光を吸い込みながら揺れていて、全部が柔らかく青くて、なんか……想像以上に綺麗だ。
水中の中で体がふわりと浮かびバジルから離れてしまったが、すぐに尾びれを動かして一緒に泳いでみる。おお、バジル結構早く泳いでるけど、着いていけるな。
いやー、ここまで泳げたらまじで楽しいし気持ちいいな。
楽しすぎて水の中で尾をもう一度ひらりと揺らし、バジルの周りをくるくる回って遊ぶように泳いでみたら、バジルも楽しそうに体をくねらせた。
バジルも、俺の命令に従ってずっと洞穴の中にいたし、こうやってのびのびと体を動かせて楽しいんだろうなぁ。課題終わったら、ダンブルドアから散歩の許可もらおうかな。
『セドリックの場所、わかるか?』
『ああ、魔力をおぼえている……』
バジルが低く響く声で応えると同時に、巨大な尾が水を切った。俺はその横で、くるりと尾びれを翻しながら、戯れるように泳ぎ進む。
湖の世界は思っていたよりも鮮やかだった。黒い水草が森のように揺れ、沈んだ大岩には緑の藻が淡く光り、小さな魚の群れが光を受けて銀色に瞬く。俺の鱗がそれを照り返すたび、青灰の光が水の中に散った。
水草の陰で水魔が何匹も潜んでじっとこちらを伺っていたが、バジルが前に出ると睡魔たちは泡を散らして一斉に引っ込んだ。まあ、近づくわけないよな……。
それからしばらく泳いでいると、微かにあのタマゴから聞こえてきた歌声が聞こえてきた。
水草の茂みを抜けると、大きな岩が連なり、まるで城門みたいに道を形作っていた。岩には水中人の文字や模様が彫り込まれていて、この先が彼らのテリトリーなんだろう。
藻に覆われた粗削りの丸い岩がいくつもある。どうやらこれが住居らしく、窓のような物もあるし、窓の奥から水中人が恐々こちらの様子を見ているのがわかる。
おお、水中人って、本当に人みたいに暮らしてるんだな。生活感が結構ある。よくわからないけど物干し竿っぽいのに貝殻と水草がかけられていて、露店っぽいのもあるし、家の周りに水草を綺麗に植えているところもある。……あ、あの家なんか水魔をペットみたいに飼ってる。
家や洞窟から出てきた水中人は興味半分恐怖半分という顔で俺とバジルの方へゆっくり近づいてきた。へらり、と笑って手を振れば、灰色の水中人の肌がさらに濃くなった。……これは照れてるのか?
「なあ、人質ってどこにいる?」
交流できるのかな。と声をかけてみたら、水中人はびくりと肩を震わせ「あっちです」と奥の方を指差す。その瞬間、その水中人は隣にいた水中人に頭を叩かれていた。「ばか! 言っちゃダメだろ!」──は、聞かなかったことにしよう。
水中人が指差した方へ、バジルは迷うことなくすいすい進む。進むほどに、あの独特のコーラスが水を震わせるように大きくなってきた。
岩が二本、地面からねじれるように生えたゲートを抜けると、景色が一気に開けた。
そこは集落ではなく、まるで儀式のために用意された広場だった。
大勢の水中人が円状に集まり、中心にはコーラス隊──そして、その後ろに粗削りの巨大な石像。
水中人の守護神か何かだろう、その像の尾の部分に四人の人質が括りつけられている。
『バジル、ここで待ってて』
『わかった。傷つける気はないが……威嚇は必要か?』
『いや、しなくていい』
バジルは大人しくその場でとぐろを巻いた。
それだけで、近くにいた水中人たちは槍を握る手にぐっと力を込め、じり……じり……と後退する。
視線が全部バジルに吸い寄せられていて、俺の存在はほぼ無視されている。まあ、そりゃそうだな。どう見てもバジルはやばい。
その隙に、俺はひらりと尾を揺らして人質へと近づいた。
人質はハーマイオニーと、ロン、フラーの妹、そしてやっぱり──セドリックだった。
まあ、セドリック昨日の夜にスプラウトに呼ばれてどっか行ったきり帰って来なかったしな。
セドリックはゆるく目を閉じ、頭を石像の尾にもたれかけるように眠っていた。薄く開いた口からはぷくぷくと小さな泡が立ち上っている。
これ、なんていう魔法なんだろ。気絶だけなら溺死するし、泡頭魔法がかけられているわけではない。鰓昆布みたいなものを食べさせてるのかな? いや、でも鰓ができてるわけじゃ無いから……水中で呼吸できるようになる薬があるのかも。聞いたことないけど。
それにしても、これって「自分にとって一番大切な人質」を直感で選ぶ形式なんだろうけど……普通わかる?
俺は迷う余地なくセドリックだけど、ハリーはロンもハーマイオニーも大事だろ。ハリーだけ、かなり悩むようにできてるよな。
ぐるり、と辺りを見渡す。
湖に入る前に俺の周りを飛んでいた単眼の魔法生物が少し離れたところでぷかぷか浮いている。──こいつ、水陸両用か、すごいな。
せっかく“カメラ”が回ってるなら──俺も、ちょっとくらい“良い子ちゃん”を演じてみてもいいか。
「切り裂け」
指を軽く鳴らすと、見えない刃が水を走った。シュッ、という静かな振動だけで、水草の縄が四人分まとめて断ち切られる。
「よし、バジル、四人とも連れて──」
「ま、待てっ! 待て待て待て!」
一人の屈強な水中人が慌てふためいて飛び出し、俺と人質達の前に立ちはだかった。
他の水中人もわらわらと泳ぎ、水流に乗って漂いあちらこちらへ移動している人質達を集めている。
「なんですか?」
穏やかに問いかけると、水中人は少し言葉を詰めらせるが、すぐに槍を構えて胸を張った。
「連れて行けるのは自分の人質だけだ!」
「え? でも歌では一人だけじゃないとダメなんて言ってませんでしたよね。課題も“一時間のうちに奪われたものを取り返す”としか言われてません」
尾をひらり、と揺らして首を傾げる。
「しかし──」
「それに、俺のファンをこんな冷たい水の底でずっと置いておくなんて……俺にはできません」
わざと、少し悲しそうに視線を落として言ってみる。
水中人は「うっ」と露骨にたじろいだ。
俺の美貌は水中人にも効くのか? いや、美醜の基準は違いそうだし、俺の魔力が効いてるのかもな。
「だ、駄目だ! おまえの課題は“友人を取り戻すこと”だ! それ以外は──」
「じゃあ三つだけ教えてください。彼らは苦しくないんですよね? 寒くもない?」
「それは──大丈夫だ。ただ、夢を見ているだけだ」
「一時間経つと“永久に失われる”っていうのは、制限時間を示してるだけ、でいいんですよね?」
「……それは言えん!」
それは最早答えのようなものだけど。
俺はふっと泳ぎ、バジリスクの方を指差す。
「じゃあ……バジリスクを置いていきます。もし他の選手が来なかったときに、バジリスクに助けてもらうことにしますね」
「な、なに? こ、この大蛇を置いていく……?」
水中人の頬がぴくりと引きつり、視線がゆっくりとバジリスクへ向かう。
バジルは誇らしげに身体をくねらせ、湖底で堂々ととぐろを巻いた。鱗が光を弾き、冷たい水の中でも圧倒的な存在感を放っている。
「もちろん、暴れさせるつもりはありませんよ。俺のペットは、とてもいい子なので」
にこりと微笑むと、水中人たちの喉がごくりと動く。水圧のせいじゃなく、純粋に緊張して飲み込んだ音だ。
『バジル。とりあえず像の後ろで待機してて。もし他の選手が助けられなかったら、水草ちぎって助けてやってくれ』
『主の望みのままに』
低く静かな声を返すと、バジルはゆっくりと湖底を滑っていく。巨大な身体が砂を巻き上げ、水がふわりと濁った。
そのまま像へと這い上がり、まるで水中人をがんじがらめにするように絡みつくと、ちろちろと舌を出しながら鎮座した。
水中人たちは完全に固まっていた。
恐怖──よりも、理解が追いつかない呆然の色が強い。
「じゃあ、俺は戻りますね。他の選手が来たら“バジリスクは危険じゃない”ってちゃんと伝えてください」
「お、おい──」
ふわふわと水に漂うセドリックの体を背後から支え、脇の下へ腕を通して抱え上げる。そのまま何か言いかけていた水中人の言葉を無視して大きく尾びれを動かし、一気に浮上した。
「まて! 大蛇を連れて帰ってくれ──!」
と、なんか必死な声が聞こえた気がするが聞こえないふりをして急浮上。
濃い水の色が薄まり、頭上がどんどん明るくなっていく。水面のきらめきが近づき、ついに──銀色の光がぱっと弾けた。
俺はセドリックを抱えたまま、水面へ顔を出した。
「ノア選手、一位での到着です! 時間は三十二分!」
バグマンの弾んだ声が湖上に響き、続いて観客席から大きな歓声が降ってくる。
水面近くに浮上した俺とセドリックのすぐ上では、あの単眼の魔法生物がぱたぱた羽ばたきながら、空のスクリーンに俺たちを映していた。
セドリックは真っ白な頬をして、まだ眠っている。「セドー」と声をかけつつ頬をぱちぱちと叩けば、セドリックは小さく呻き、ふっと目を開いた。
「やあ、囚われの王子様。それとも眠り姫かな?」
「ああ……うん、助けてくれてありがとう」
セドリックはまだ夢心地なのか、呂律の回らない口調でそういうとふにゃりと笑った。
「泳げるか? 岸までちょっと遠いけど」
「うん、大丈夫。……うわ、でも服重いな……」
「着衣水泳は難しいからなぁ」
懸命に泳ごうとするが、流石のセドリックでも着衣水泳の経験はなかったらしく少し苦戦していた。なら、まあ引っ張るしかないか。
「セド」と名前を読んで手を差し出す。セドリックはきょとんとしたあと、申し訳なさそうに、恥ずかしそうに眉を下げて俺の手を掴んだ。
そのままセドリックを引っ張って岸近くまで泳ぎ、セドリックの足が湖底に触れた頃──俺は、自分にかけていた変身魔法を解いた。
魔力が体を流れる感覚とともに、体が一瞬ふわりと軽くなり、次の瞬間──ずしん、と現実の重さが一気にのしかかってきた。
尾びれだった部分が脚に戻る。人魚の時にはなかった、水の“重さ”が一気に足首から腰へまとわりつく。
それに、なにより、寒いっ!
「──っ、さ、寒……っ!」
肺まで冷気が刺す。人魚の体じゃない、生身の肌が氷みたいな湖水に襲われるし、足は全力疾走した後みたいにだるくて重いし──次の瞬間には、身体がぐらりと揺れて、膝から力が抜けた。
「ノアっ!」
セドリックの手が、とっさに俺の腕を掴んだ。
「大丈夫……? 急に変身を解いたから……」
息が白く揺れるほど寒いのに、セドリックの声音は柔らかかった。俺は肩で息をしながら、その腕に半分寄りかかるような格好でぼそっと答える。
「……重さ戻るの……忘れてた……足も、だるいし、寒い……」
体がだるすぎて、魔法を使う気力がない。
まあここまでくれば俺の一位は確実だし、急がなくてもいいか。
「岸まで一緒に行こう。ほら、ゆっくりでいいから」
「ん……」
泥に足を取られながらざぶざぶと進み、ようやくスタート地点に辿り着く。
観客席から拍手と歓声が爆発したが、正直そんなこと、頭に入らない。今は寒さと重さで頭が回らなかった。
「寒すぎ」
「冬の湖は流石にね……」
セドリックは苦笑したが、頬が凍りついていてうまく笑えていない。奥歯もガチガチ震わせているし、この時期の寒中水泳はまじで死と隣り合わせだ。
体にべったりと張り付くシャツの不快感に眉を寄せながらセドリックの肩をぽん、と叩く。ふわりと暖かい風が吹き、セドリックの額に張り付いていた髪が乾いて服も乾燥機をかけたようにふかふかになった。
「あ──ありがとう」
「んー」
たいしたことはしてない、と手を振り、ついでに火の玉も出して、俺の体も魔法で乾かした。
「ゾグラフ、ディゴリー。こっちに来なさい!」
分厚い毛布を抱えたポンフリーがせかせかと近づき、俺とセドリックの肩に無理やり毛布をかけると「座りなさい。ほら、薬ですよ」と有無を言わさない口調で熱い煎じ薬が入った匙を突き出した。
セドリックと一瞬だけ目を合わせ──セドリックが先に観念したように口を開いた。すぐさま匙が突っ込まれ、セドリックの顔にさっと血色が戻る。
次に俺も渋々口を開き、匙が突っ込まれた。
「……っつ!?」
──熱っ!?
心臓が一瞬で燃え上がったみたいだ!
体の中心から一気に熱がぶわっと広がり、心臓がドクドク打って体が急激に熱くなる。
あまりの変化にぱたぱたと顔を仰いでいると、セドリックが肩をすくめるようにして小さく笑った。
「……ノア、今すごい顔してたよ」
「そりゃそうだ……これほぼ火だろ……」
一気に身体中がぽかぽかしてきて、頬が熱い。ぱたぱたと顔を仰いでいると、セドリックが「ははっ」と声を上げた。