兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
天候は快晴。
強い風もなく天候は穏やかで、厳しい冬も終わりに向かっているのか頬を突き刺すような寒さも無い。
今日はホグズミード行きの日で、今日ほど爽やかな気持ちで遊びに行けることは無いだろう。
……普通は。
「セド、本当にいいのか?」
「大丈夫だよ」
「でも……やっぱやめといた方がいいんじゃないか? 欲しいのあったら買ってくるぜ?」
ホグズミード村へ続く畦道を先に歩いていたセドリックが、くるりと振り返った。少し呆れたようで、どこか物珍しそうな表情を浮かべ苦笑している。俺がここまでしつこく確認するのが、おかしいのかもしれない。
セドリックは手を後ろで組んだまま、「大丈夫だよ」と、もう一度だけ言った。
セドリックが本当にいいなら、いいけど……。いや、でもこの前のことを考えたらなぁ……。
第二の課題が終わった後に発行された『日刊預言者新聞』や『週間魔女』──よくある雑誌だ──では、話題のほとんどが俺のことだった。
中には絶滅したと言われていた危険度XXXXXのバジリスクについてや、ハーマイオニーとビクトール、ハリーの三角関係について書き立てたゴシップ記事もあったが、それを上回って目立っていたのは、やはり俺の記事だった。
クリスマスパーティのパートナー決めはゲーム形式で行われたため、そこまで大きな騒ぎにはならなかった。だが、第二の課題で、俺にとって一番大切な人がセドリックだということが、全員の前で明らかになってしまった。それも、全国レベルで。
ノアの恋人は、同級生で同性のセドリック・ディゴリーである。……そんな見出しの記事が出ていた。
人質になったのがセドリックだった以上、特別な相手に違いない、という理屈らしい。
それならハリーの人質だってロンだったはずなのに、そのあたりには一切触れられていない。記者というのは、どんなゴシップを書けば売り上げが伸びるか、ちゃんと分かっているんだろう。……そりゃ、そうか。
第二の課題の翌日から、セドリックのもとには大量の手紙や小包が届くようになった。差出人はどれも見覚えのない名前ばかり。
驚きつつ、試しに一通読んだセドリックは、眉をひそめ、不快感と嫌悪感が入り混じった表情でその手紙をくしゃりと潰した。
届いたのは──俺の過激なファンからの誹謗中傷の手紙や、悪意のこもった呪いが仕込まれた小包だった。
中には、俺との仲を応援しているという、よく分からない内容の手紙もあったらしいが、数としては圧倒的に呪いの方が多い。
もちろん、送られてきた手紙や小包は全部俺が消した。
ホグワーツの生徒たちは、普段の俺たちの様子を知っている。新聞記事をネタに冗談めかして冷やかすことはあっても──とくにフレッドとジョージがそうだが──それはあくまで仲間内の悪ふざけで、本気で受け取る者はいない。
セドリックも、初めて中傷の手紙を受け取ったときはさすがにショックを受けたようだった。だが、周囲に本気にしている人間がいないこともあり、深く気にしないと決めたらしい。
とはいえ、俺は──やっぱり申し訳なく思ってしまう。
セドリックは一般人だ。本来なら、こんな手紙を受け取ることなく、穏やかに過ごせたはずなのに。
俺はまあ……「一緒に死にたい」だの「殺してほしい」だの、物騒な文言が並んだ呪いの手紙を受け取ることはある。けれど、ほとんどは事務所止まりで、メイソンから「そういえばこんな手紙来てたよ」と世間話のように報告が来るだけで実害が出ることはない。
ホグワーツ生のホグズミード遠足は割と知られているし、どこからか「ノア・ゾグラフが来る」という情報が漏れていても不思議じゃない。
もし過激なファンが紛れ込んでいたら──そう考えると、今日のホグズミード行きは……セドリック、行かない方がいいんじゃないか、と思ってしまう。
もちろん、変な奴に絡まれたら守るつもりだ。傷一つ負わせる気もない。
それでも、向けられる視線や噂話、妙な空気は、精神的に確実に削られる。
セドリックに、そんな余計な心労をかけたくないんだけどなぁ……。
押し黙ってしまった俺に向かって、セドリックは明るく笑った。
「別に、僕たちは悪いことをしたわけじゃない。堂々とホグズミードを楽しむ権利はあるでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「それに……もう成人してるし、魔法を使ってもバレないしね」
そう言って、セドリックはためらいもなく杖を取り出し、周囲を確認するように軽く左右へ振った。
その仕草に迷いはなく、声音も落ち着いている。……虚勢というより、本気で気にしていないらしい。
俺は鼻から長く息を吐き、肩の力を抜いた。
それから先を歩くセドリックに追いつき、背中をポンと軽く叩く。
「ま、そうだな」
「そうだよ」
セドリックは振り返って笑い、今度は俺の背中を叩き返してきた。
その何気ないやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、ホグズミード村へ向かい──ホグズミード村の境を越えた瞬間、空気がわずかに変わった。
視線だ。
いつものことだし、正直慣れている。
俺は世界一の有名人だし、歩けば見られるのは今さらだ。驚いた顔、好奇心、憧れ、羨望、興奮──そこまでは、いつも通り。
でも、今日はやっぱりそれだけじゃなかった。
俺を見る視線のいくつかが、すっと隣に流れる。
セドリックを見て、ひそひそと小声で何か言う人。眉をひそめる人。露骨に怪訝そうな顔をする人。中には、隠す気もない悪意をそのまま向けてくる視線もあった。
……やっぱりこうなったか。
俺は気にしないけど、セドリックはこんな悪意向けられるの初めてだしなぁ……。
ちらりとセドリックの様子を盗み見る。
少しでも肩をすくめていたり、表情が曇ったらすぐ声をかけるつもりだった。
だけど──。
「──で、どこから行く?」
何でもない調子だった。
視線も姿勢も、いつもと変わらない。
歩き方も堂々としていて、背筋は伸びたまま。小さくなる気配も、怖がる様子もない。
「今日はあったかいね」なんて言いながら空を見上げる余裕すら見せている。視界には嫌な視線を向ける人がうつっているだろうに。
俺は無意識のうちに力のこもっていた肩をすとんと落とし、胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくり吐いた。
「んー……じゃあさ、文房具屋行こうぜ」
「いいね」
いつも通りの雰囲気と、いつも通りの返答。
俺たちは二人並んで、堂々と道を進む。背中を丸めることも、視線を避けることもない。
さっきまでセドリックに向けていた悪意の視線が、少しずつ揺らいでいく。
気まずそうに目を逸らす人。何もなかったふりをして足早に立ち去る人。ひそひそ話を途中で切り上げる人。
残ったのは、俺に好意的な視線を向ける、いつものファンの視線だけだった。
……まあ、そうだよな。
堂々としてる相手に、後ろ暗い視線を向け続けるのは、結構きついだろう。セドリックってどう見ても好青年だし。……だからこその嫉妬か?
セドリックは気づいているのかいないのか、特に何も言わないまま、いつも通りの足取りで歩いていた。意外と強いやつなんだなぁ。と横顔を見ていると、俺の視線に気づいたセドリックがこちらを見た。
目が合うと、ふっと目元を緩めて微笑んでくる。
「文房具屋で何を買うの?」
「あー。レターセット」
「そういえば……最近よく手紙書いてるね。僕も父さん達に久しぶりに書こうかなぁ」
「俺とのツーショット写真でも同封するか?」
冗談めいて言えば、セドリックは目をぱちくりとさせた後珍しく悪戯っぽく笑った。
「恋人に見えそうなやつを撮る?」
と言って、自分で言って面白かったのかくすくすと笑みをこぼす。きっとセドリックの両親も新聞は読んでるだろうし、ノア・ゾグラフの一番大切な人が自分の息子である、と知っただろう。いやーまあ家に遊びに行ったこともあるし、変な勘違いはしないだろ。うん。
「ラヴィ・ダディみたいに撮るか」
「ははっ! 新聞の一面記事になるね!」
セドリックの冗談に冗談で返しつつ、トン、と肩をく寄せ、何気なく腰に手を回す。セドリックは“ラヴィ・ダディ”の真似だと思ったようで楽しそうに笑い、俺の手を跳ね除けることはなかった。
文房具屋でそれぞれの買い物を済ませた俺たちは、ゾンコやハニーデュークス、スポーツ用品店など、特に目的もなく気の向くままに覗いて回った。
どの店も生徒と一般客で混み合っていて、俺──いや、俺とセドリックは、どこへ行ってもそれなりに注目を集めた。それでも、ホグズミードに来る前に心配していたようなトラブルは、結局起きなかった。
少し休憩しようか、と三本の箒に入れば、昼食の時間よりも早かったからかまだ座席に余裕があった。
「先に座席を確保しなくても大丈夫そうだし。マダム・ロスメルタに先に注文しよう」
セドリックの言葉に頷く。店主のロスメルタはカウンターの向こう側にいて、飲み客とのんびりと話し込んでいた。カウンターに置かれているメニューを一枚掴み、目を通しながら近づくと、セドリックが「あ」と小さくこぼす。
「ハグリッド」
「おう! ノアとセドリックじゃねぇか。こっち来るか?」
カウンターの一番奥には、ハグリッドが大きな体を縮こませるようにして座っていた。まだ昼前なのに結構な量の酒が入っているのか、赤ら顔で目は潤んでいる。
ハグリッドの話し相手になっていたロスメルタは、俺とセドリックを見るとパッと表情を明るくして「ここに座りなさいな!」と言うように手招きする。
「どうする?」「別にいいぜ」と、そんな風に視線でやり取りし、俺たちは誘われるまま空いているカウンター席に腰を下ろした。ハグリッドの隣に俺、その隣にセドリックだ。
ハグリッドの前には樽みたいな馬鹿でかいジョッキが二個からになっていた。……飲み過ぎだろ、このジョッキ、普通の四倍くらいあるんじゃないか?
ロスメルタは俺たちが注文する前にバタービールを二本前に置き、「サービスよ」と小声で囁き完璧なウインクをキメる。……サービスってか情報料みたいな感じじゃないか?これ。
「ノア! 今この村ではあなたの話題で持ちきりよ!──もちろん、話題にならない日はないんだけど──その……あなたがセドリックなのね、ああ、写真で見るよりもとってもハンサム!」
「はは……ありがとうございます」
ロスメルタの含みのある言葉にセドリックは苦笑しながらバタービールを飲んだ。
セドリックは俺と何回か店に来たことがあるが、流石に普通の客のことは記憶に残らなかったらしい。俺ばっか見てたもんな、ロスメルタ。
どうも、あのゴシップ記事でセドリックの認知度が“ノアの隣にいる友人”から個人として認識されるレベルになったらしい。……いや、セドリックは俺がいなきゃホグワーツで一、二を争う正統派イケメンだぞ?
ロスメルタはカウンターに身を乗り出し、目をきらきらさせながら俺たちを見比べた。
「人魚の姿、とっても美しくて素敵だったわ! 写真集に載せる予定はあるのかしら?」
「ありがとうございます。……今日はオフなので仕事の話は無しで」
賛辞に軽く返しつつ、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げ完璧な笑みを返す。計算した表情はロスメルタの心を打ち抜いたようで、ロスメルタはうっとりと感嘆の息を吐きながら「そうよね」と頷き、そのまま視線をセドリックに向けた。
「課題の内容は新聞や噂で聞いただけなの。一番大切な人が人質になったって、本当なの?」
さりげない口調だけど、目に浮かぶ好奇心は隠しきれていない。これが本題だったらしい。
セドリックは困ったように笑い、誤魔化しながらバタービールを一口。煮え切らない答えにロスメルタの視線が今度は俺へ向いた。
「本当ですよ」
一番大切というか一番仲良い、という方がしっくりくるけど。それでも大切な奴という事に嘘はない。
それを聞いた途端ロスメルタはぱっと口元を押さえ頬を赤らめ「まあ!」と何やら嬉しそうに漏らす。
「二人って本当に──」
「マダム! 注文いいか?」
さらに身を乗り出したロスメルタの言葉に被せるようにして、何処からか注文を求める声が飛んできた。
ロスメルタは一瞬残念そうな顔をしたものの、すぐに切り替えて、「残念。また話しましょうね」と言ってひらりと手を振り、赤ら顔の魔法使いの集団の方へ向かっていった。
俺とセドリックは、ちらりと視線を交わし、無言のまま小さく笑う。
ロスメルタは悪い人じゃない。
ただ──何か話したら、確実に尾ひれ背びれが付いて広まりそうなんだよな。
ロスメルタが別の客の相手に向かうと、カウンターの空気が少し落ち着いた。
その隙を待っていたかのように、ハグリッドが大きなジョッキをカウンターにごとん、と置き、わざとらしく咳払いをする。
「……課題の話といえばだな」
低い声で切り出し、俺をちらりと見た。
「バジリスクを飼っとるなんてよ……なんで教えてくれんかったんだ?」
「んー? ああ……ハグリッド、昔のバジリスク事件のこと、聞いた? ハグリッドが生徒の頃の」
「ああ、かるーくな。ダンブルドア先生が話してくださった」
ハグリッドは太い指で「ちょっとだけな」と示す。
五十年前、マートルを殺したのはアラゴグではなくバジリスクだった。
それが今更わかったところで、ハグリッドの退学がなかった事にはならないし、失われた五十年が戻ってくるわけでもない。
一応冤罪だとはわかったとはいえ──それを証明をするトム・リドルを表に出すわけにはいかないし、ハグリッドは今まで通り杖を没収されて、森の番人し続けるしかない。……傘の中に杖を隠しているとしても、大っぴらに使えないのは不便だろうな。
「……ほら、ハグリッドとは因縁があるだろ? 嫌かなぁって」
バジリスクがいたから、ハグリッドはホグワーツを退学する事になった。勿論最大の原因はトム・リドルだったとはいえ、いい気がしないだろう。と思ったが、ハグリッドは黒い小さな目を瞬き、髭の下の口を引き結んだ。
「ははっ! 何言っとるんだ!」
大きな手で膝を叩き、快活に笑う。
「バジリスクは悪くねぇ! 生き物を殺す能力があるのは、あいつの性質だ。それを利用した奴が悪いんだ」
全く気にしてなさそうだ。
……確かに、ハグリッドは森の中でアラゴグ飼ってたりするし、それがどれだけ恐ろしい生き物で人を傷つけても、「悪くねえ!」って本気で考えてるんだな。
「気にしてないならよかった」
「おう。……だからよ」
ハグリッドは少し言い淀み、顎髭をがしがしと掻いた。
「今度、その……会わせてくれんか?」
「ん。いいよ」
即答すると、ハグリッドの顔がぱっと明るくなり、「ありがとなあ!」とそのまま勢いよく俺の背を叩いた。
「──ぐふっ!」
「お……悪い」
予期せぬ衝撃に体が思いっきり揺れて手に持っていたバタービールが半分くらいこぼれた。
飲んでる途中だったから顔にかかって、べたべたする……つか、冷たい。
顎からぽたぽたと垂れるバタービールを手の甲でぐいっと拭く。あー、おしぼりなんて無いし、魔法で消すか。
「力加減覚えてくれ……」と言いながら溢れたバタービールを消してハグリッドを横目で見る。ハグリッドは苦笑していたが、これも自分の性質なのだから、と言いたげな目で肩をすくめるだけで頷くことはなかった。
「そういえば、課題のときにいた目玉の魔法生物。あれはなんだ? 第一の課題にはいなかっただろ?」
「ああ、あれは──ノア、お前さんの仕事先からの要望でなぁ。第二の課題の様子がわからないと知ると、『それは莫大な損失だ』とかなんとかであっちが連れてきたんだ」
「ふーん? なるほどね」
原作ではなかったから気になったけど。なるほど、確かに課題の様子がわかった方が事務所的には“美味しい”し、看板モデルに危険がないかどうかも見守りたかったんだろう。
確かに、第二と第三の課題は本当なら観客は何も見えなくてただ暇な時間を過ごすだけになってつまらない。課題の様子が見える方が、観客も盛り上がるし話題にもなるし。
「魔法生物が言うこと聞くもんなんだな?」
「いんや。本当なら適当に飛ぶだけだ。ムーディ先生が魔法をかけちょる」
「……ムーディ先生、ね」
なるほど。
単眼カメラがあると、ムーディ的に問題あるよなぁ、と思っていたけど……その本人が魔法をかけているのならいくらでも裏工作し放題で問題解決というわけか。
その後はハグリッドが育てている尻尾爆発スクリュートの話を、バタービールを傾けながら聞く。
最近はいい感じに大きくなってきて、ずいぶん活発だそうだ──ハグリッド曰く、だが。実際のところは、相変わらず凶悪極まりないらしい。
ご機嫌そうに語るハグリッドの声に相槌を打ちながら、泡の残るジョッキをゆっくり置く。店内には、昼が近づくにつれて人が増え始め、椅子を引く音やグラスが触れ合う音が、さっきよりも賑やかに響いていた。
そのざわめきの合間に、聞こえるか聞こえないかくらいの囁きが混じり始める。
「ノアと、あの人……いい雰囲気だよな」
「ねえ、あれがノアの男?」
とかなんとか。視線も、ちらちらとこちらに向けられているのがわかる。
これ以上ここにいれば、料理を作り終えたロスメルタに捕まるのは時間の問題だし、周囲の客も本格的に聞き耳を立て始めるだろう。
俺はセドリックと顔を見合わせ、小さく頷いた。歩き回った疲れも十分取れたし、三本の箒の賑わいを背に俺とセドリックは店を後にした。