兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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172 第三の課題

 

 夜になった。

 

 クィディッチ競技場はすっかり第三課題用の巨大迷路へと変貌していた。高さ六メートル程の生垣がぐるりと囲んでいて中の様子は見えない。スタート地点の前に隙間が──巨大迷路の入り口がぽっかりと空いている。

 迷路の周りにはあの単眼カメラ生物が数匹浮かんでいて、その中の何匹かは隙間から中へ入っていった。今回もあの生物が試合の様子を中継するようだ。

 

 競技場のスタンドに人が入り、あたりは興奮した声と大勢の足音で満たされる。

 ハグリッド、ムーディ、マクゴナガル、フリットウィックが競技場に入場し、バグマンと共に俺たち選手が待機している場所へと近づいてきた。

 

 

「私たちが迷路の外側を巡回しています。何か危険に巻き込まれて助けを求めたい時は、空中に赤い花火を打ち上げなさい。私たちのうち誰かが救出します。わかりましたか?」

 

 

 マクゴナガルの言葉に、俺たちは頷く。

 

 

「では、持ち場についてください!」

 

 

 バグマンの号令を合図に、マクゴナガル達は巡回場所へと向かっていく。

 いよいよ開始が近い、とわかったのだろう。空気が少し緊張を孕む。

 巡回者達が消えた後、バグマンが喉元に杖を当て「ソノーラス」と唱えた。

 

 

「紳士、淑女のみなさん。第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります!」

 

 

 魔法で拡大された声がスタンドに響き渡る。禁じられた森の鳥達が突然の大歓声と拍手に驚き、一斉に飛び上がった。

 

 

「さて、今の順位をお知らせします。一位、ノア・ゾグラフ! 二位、ハリー・ポッター! 三位、ビクトール・クラム! 四位、フラー・デラクール!」

 

 

 大歓声を受けながら観客席の方を見れば、リーマスとクィレル、それにシリウスの姿も見えた。みんな俺が負けるとは思っていないようで、目が合えばにこやかに振り返してくる。

 

 

「では、ホイッスルが鳴ったら、ノア・ゾグラフ!」

 

 

 バグマンに視線で促され、一歩前に出る。

 途端に紙吹雪のような黄色と灰青色のリボンが魔法で舞って、俺の名前だけが波みたいに反復した。俺の応援歌まで聞こえてくる。

 俺は手を上げてそれに応える。ファンサービスは大事だしな。

 

 

「いち──に──さん──」

 

 

 バグマンが笛を鳴らす。

 俺はすぐに迷路へと入った。

 

 聳える生垣が通路に暗い影を落としていた。多分消音魔法でも掛かっているのだろう、迷路に入った途端、外の大歓声は不思議と聞こえなくなる。

 迷路薄暗いし、とりあえず光が必要かな。

 杖を出し軽く振る。まっすぐ進んでいると、左右の分かれ道が現れた。うーん、直感で右。

 右の道を進んでいると、後ろの方で二度目の笛の音が聞こえた。

 

 

「──あ」

 

 

 少し先の曲がり道を、単眼カメラがぷかーと通り過ぎていった。

 単眼カメラについていくように右に曲がった途端、不自然な程の闇が口を開けていた。

 ルーモスの光も奇妙に吸い込まれている。これ、なんかの魔法かかってるんだろうな。ここだけ闇を固定している? うーん。

 

 杖を振る。杖先から白い光が出て、それは真っ直ぐこの闇を指していた。俺が作り出した、探し物へのルートを指す魔法だ。進行方向に優勝杯があるのは間違いない。

 

 

「ま、なんでもいいか」

 

 

 喰らってみたらわかるかも。

 と、俺はその闇の中に足を踏み込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ノアが闇へ足を踏み入れた、その瞬間だった。

 

 迷路の通路を満たしていた湿った夜気も、生垣の青い匂いも、すべてが世界から落ちた。

 音が消える、光が消える、という生ぬるい表現では足りない。音や光そのものの存在を前提にしていた感覚が切断され、どこを向いても、何をしても、情報が返ってこない。

 

 ノアの身体の輪郭も同じだった。

 自分の足が地面を踏んでいるはずなのに、踏み締めた圧がない。

 呼吸はしているのに、肺に入る空気の冷たさがない。

 腕を伸ばしても、指先に触れるはずの生垣の葉が、そこにあるはずの場所で沈黙を続ける。通路は狭かった。狭いはずだった。しかし、右へも左へも手を広げた指が何にも触れないまま空を切る。

 

 ノアは一度、視線を落とすようにして自分の身体を確かめた。

 ローブも、杖を握る手も、指先の影すらも見えず、そこに“自分がいる”と感じる拠り所だけが、かろうじて残っている。

 

 試しに声を出してみても、同じだった。

 

 喉が震える気配はあるのに、音は耳に届かない。声が吸われるのではない。最初から“音として成立しない”ように処理されていたのだ。

 静寂ですらなく、静寂を感じるための耳が奪われた状態なのだろう。

 

 この闇は、目を塞いでいるのでも、耳を塞いでいるのでもない。

 感覚そのものを遮断するか、あるいは脳に入る情報の手前で、世界をまるごと偽装している。

 

 ノアはそう考えながら、ふとセブルスと行っている禁じられた魔法の実験を思い出した。

 この魔法は、おそらく侵入者の“魂”を騙す魔法だ。

 迷路の障害としては、露骨に性格が悪い類の魔法。こんな魔法をノアは知らなかった──だがノアは動じない。

 

 魂が騙されているのなら、ここに見えなくとも自分は存在していて、左右に生垣があり、足は地面を踏み締めている。

 

 なら、魂にかかっているこの魔法を解くには──簡単だ、とノアは口の端を上げて笑う。

 

 

──嫌になるほど、セブルスと訓練したからな。

 

 

 ノアは自分の胸に手を当てる。

 当てている感覚はない、そこにあるのは闇だけだ──だが、間違いなく“ある”。

 

 目を閉じる必要も、呪文を叫ぶ必要もない。

 ただ自分の体に流れる魔力を感じ、感覚を思い出すだけ。魂を覆う魔法を、自分の魔力で塗り替えしていくイメージで。

 

 闇が、軋んだ。

 

 何も聞こえないはずなのに、軋みだけが鳴る。その瞬間、空気が戻り、冷えが戻り、足元の硬さが戻った。

 遅れて、ほんの微かな匂いが鼻を刺し、葉の湿り気が肌へ触れた気がした。

 闇はまだ視界を塞いでいるが、塞ぎ方が少しずつ崩れている。支配の仕方が均一でなくなり、どこかに裂け目が生まれている。

 

 次の瞬間、闇はほどけた。

 

 ノアは、瞬きを繰り返す。

 全ての感覚が戻っても、ノアは何事もなかったように立っていた。

 

 

 ほどけた闇の境目から、単眼の生物が一匹、ふわりと浮かび出た。目玉がきょろきょりと辺りを見回し、何が起きたのか分からないまま、通路の角を漂っている。迷路の中継役として入り込んだ個体の一つだろう。ノアはそれを見つけると、反射的に杖を回し、視線を逸らさないまま手を伸ばした。

 

 

 生物は抵抗する暇もなく捕まえられ、掌の中で軽く震えた。ノアはそのまま、杖を指先でくるりと回し直し、動きの流れを崩さないままローブの内側へそれを滑り込ませた。あまりに自然で、ただ持ち替えただけ、衣擦れが一度鳴っただけに見える。

 

 そしてノアは、進んだ。

 

 迷路の通路に落ちる生垣の影を踏み、湿った土を踏み、闇の名残のない世界を、淡々と歩いていく。闇を簡単に終わらせたのが“特別な出来事”ではなく、迷路に置かれた障害を一つ片付けただけ、という顔で。

 

 

 

 しばらく進んでいると、通路がぷつりと途切れ、視界が一気に開けた。

 そこは芝が踏み荒らされ、土が抉れ、焦げた匂いがまだ薄く漂っている。まるで少し前までここで何かが暴れていたと告げるように、折れた小枝や黒ずんだ葉が、湿った地面に貼りついていた。

 

 その奥に、三メートルはあるだろう尻尾爆発スクリュートが鎮座していた。

 

 ノアは足を止め、思わず、といったふうに「でか」と小さく呟いた。

 声量は低く、独り言に近い。

 しかし、その程度の気配の揺れでも、スクリュートはぴたりと反応する。鋏が打ち鳴らされ、空き地の空気が震え、生垣がその振動を跳ね返すせいで音だけがやけに大きく感じられた。

 

 知性のある魔法生物なら、ノアはどんな魔法生物でも使役することができる。だが、スクリュートはそういう類の生物ではなかった。

 ハグリッドに造られたマンティコアと火蟹を掛け合わせた人工の獣は、命令を理解する耳を持たず、恐れを計算する頭も薄い。あるのは反射と本能と、そして「目の前にいるものを壊す」という単純な衝動だけだ。

 

 ノアは尾を爆発させながら自身に突進してくるスクリュートに向かって、気軽な動作で杖を振る。

 

 途端、赤い閃光が走り、スクリュートはひび割れたような悲鳴をあげ弾き飛ばされる。生垣に背を打ちつけた衝撃で再度爆発が起きたが、それは少し生垣を焦がしただけだ。

 腹を見せてひっくり返ったスクリュートは、ピクピクと痙攣するように鋏を動かす。

 

 

──あれ、ただのステューピファイだったんだけど。……死んだ?

 

 

 もし死んでしまったら、ハグリッドが悲しむかも。曲がりにも愛情を持って育てていたわけだし──と、ノアはそっとスクリュートに近づく。痙攣してはいるが、まだ死んではいないとわかると、ノアは胸を撫で下ろし、奥の道へ進んだ。

 

 

 通路を進んでいると、先の闇がわずかに揺れた気がして、ノアは足を止めた。風が抜けたのとも違う。葉擦れの音が一瞬だけ途切れ、湿った土の匂いの向こうに、誰かの呼吸のようなものが混じった。こちらが気づいたと同時に、向こうも気づいたらしく、気配だけがすっと低く沈む。

 

 ノアは杖を握り直し、足音を殺して進む。生垣の壁が近いせいで視界は狭いが、気配だけがやたら広く感じられた。次の曲がり角を抜けたところで、闇の中に白い杖先の光が一つ浮かび──それがこちらに向けられていた。

 

 構えていたのは、ハリーだった。

 

 

「ノア!」

 

 

 ハリーはほっと息を吐いて杖先を下げると、駆け寄る勢いのままノアの腕や肩に視線を走らせ、服の乱れや血の匂いを探すように確かめた。

 

 

「怪我、ない? ……その、ノアの道、何かあった? 僕、まだ何にも障害に出会ってなくて、逆に不気味なんだ。静かすぎるっていうか」

「あー。俺が来た道に尻尾爆発スクリュートがいるから行かないほうがいい。かなりでかい」

「えっ! ありがとう、絶対行かないようにする……」

 

 

 ハリーの顔が一瞬だけ引きつり、すぐに真顔で頷く。

 ノアは少し笑った後、ハリーの奥を指差した。

 

 

「じゃあ。俺はこっちに行くかな」

 

 

 その奥には、また左右に分かれた道がある。

 ノアが右側を指すと、ハリーは驚きと不安が混じったまま、反射的に頷いた。

 

 

「うん。あ……そっか、うん」

 

 

 ハリーはノアと会えた喜びで一瞬課題中だと言う事を忘れていたが、選手同士が共に行動する事は──正しい行いではないだろう。

 一気に心細そうにするハリーに、ノアは笑いながら彼の頭をくしゃりと撫でた。

 

 

「どっちが優勝杯に一番にたどり着くか勝負だ。シリウスにかっこいいところ見せたいんだろ?」

「うん……頑張るよ」

 

 

 ハリーの表情が、ほんの少しだけ持ち直した。彼は「じゃあね」と手を振り、分かれ道の左へ走り出す。足音が遠ざかり、生垣の影に吸い込まれていった。

 

 

 ハリーの姿が完全に見えなくなったところで、ノアは杖を軽く振った。

 

 導きの光は、ノアがさっき指した右の通路ではなく、その“間”を指した。生垣の壁の向こう、道が存在しない場所に、まっすぐ伸びる白い線が生まれている。

 

 ノアは一度だけ瞬きをして、その線の意味を受け入れ、肩を落とす。

 

 

「……ま、通路通りに行く必要もないか」

 

 

 次の瞬間には、彼は迷いなく杖を振っていた。

 

 生垣が音もなく割れ、通れるだけの穴が開き、ノアはそこへ滑り込む。

 以降の迷路は、もはや“道を辿る”ものではなかった。

 

 

  

 

 それから、しばらくして遠くでフラーの叫び声が遠くで弾けた。

 少し進めば次の瞬間には上下感覚が裏返って、胃の底がふわりと浮く。

 それを過ぎた後には何もない空間から呪文が飛んできて、風が刃のように頬を撫でる。

 さらに少し進めば、クラムが暗い目で襲いかかってきた。

 

 

 だがノアは、そのどれにも大げさに反応しなかった。

 

 

 叫び声は位置だけを測り。上下が変わるなら一瞬だけ足元の重力を“正しい方向”へ捻り戻す。飛んでくる魔法は、届く前に薄い膜に弾かれて地面に吸われる。クラムの攻撃はすぐに弾き飛ばし、ついでに気絶させ赤い花火を空に打ち上げた。

 

 全てノアの想定の範囲内であり、取り乱すことはない。

 ノアは足を止めることなく、ただ先を急いだ。ハリーより先に優勝杯に辿り着かなければならない。ノアはハリーが困難な障害に躓くことなく順調に正解のルートを辿り、優勝杯へ手を伸ばすのだろうと知っていたのだ。

 

 

 やがて前方に、明かりが見えた。

 

 生垣の影が途切れ、開けた場所へ出る。今度は巨獣の代わりに、台座の上で三大魔法学校対抗試合優勝杯が光を弾いていた。金属の輝きが夜気の湿りを裂き、周囲の草の先が淡く照らされている。

 

 ここからの距離はおよそ百メートルほど。走れば数秒で辿り着く。

 

 ノアは慎重に当たりを見回す。

 優勝杯の輝きに隠れ、生垣の奥に蠢く影があった。──あれは、アクロマンチュラだろう。

 単眼生物は優勝杯近くを浮遊していて、こちらには気づいていない。ノアは静かに自分に透明化の魔法をかけ──来るべき瞬間を待った。

 

 

 

 

 

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