兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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174 その時

 

 

 ハリーは何も考えられなかった。

 言葉が、頭の中から抜け落ちていた。

 視線はノアから外れない。──外せない。

 

 男がハリーに近づく。

 その男の顔や名を、ハリーは知っていたとしても今は認識できなかっただろう。ペティグリューという名も、鼠の匂いも、過去の裏切りも、ただ、今は全てが遠い。

 男の手がハリーの腕を掴み、引きずり始めたことで、“ノア”が遠ざかる。それだけが、はっきりとわかった。

 

 

「ノア」

 

 

 口が勝手に動いた。

 囁きとも吐息ともつかない声が漏れ、同じ音が喉の奥で繰り返される。それは、壊れた玩具が同じフレーズを吐き続けるようだった。

 

 ノアは動かない。

 地面に横たわったまま、まるで眠りの途中で呼び戻されるのを待っているように、綺麗なままだった。

 

 

 ハリーの背中が、大理石の墓石に乱暴に押し付けられた。石の冷たさがローブ越しでも骨に刺さる。

 縄が巻き付けられ、腕が引っ張られ、胸が締め上げられる。痛いはずなのに、感覚は鈍い。痛みすら、遠い。

 

 濁った目で墓碑銘を見る。

 刻まれた文字の縁に苔が噛み、雨水が黒く染みていた。

 

 “トム・リドル”

 

 読めた。読めてしまった。

 それが誰か、なぜここに、という思考の枝が伸びかける。だが、その枝は途中で折れた。頭の中が、熱いガラスを隔てたように動かない。

 

 ペティグリューは、黒い布をハリーの口に押し込んだ。

 布が舌を押し潰し、唾液が喉に溜まる。呻こうとしても、声にならない。歯の隙間から漏れるのは、かすれた息だけだ。

 

 それからペティグリューは、抱えていた包みを地面に置いた。

 包みが、動いた。中で何かが、焦ったそうに蠢いている。

 ハリーはそれを見たくなかった。目を閉じることすら、怖かった。閉じたら、ノアの姿も、最後に見た彼も消えてしまう。

 

 ペティグリューが、石の大鍋をひいひい言いながら引き摺ってくる。

 金属が土を削る音が、妙に生々しく夜に響いた。

 

 ハリーはただ、見つめていた。

 ほかに、できることがなかった。

 

 

 

***

 

 

 ヴォルデモート卿が復活した。

 ハリーの血で。ペティグリューの手で。

 

 悍ましい光景に叫びたくても口は塞がれ、動きたくても縄が骨を締め、頭はぼんやりと霧の中に沈んでいる。思考は追いつかないのに、目の前の光景だけが、異様に鮮明だった。

 

 風が吹き、強い血の臭いが広がる。

 ペティグリューは血まみれで、啜り泣きながら地面に横たわっていた。手首から先は、なくなっていた。

 

 ヴォルデモートはペティグリューの側に屈み、彼のローブの袖を肘まで引っ張る。その肌には生々しい刺青のようなものがあった。口から蛇を飛び出す髑髏──闇の印だ。

 ヴォルデモートは丁寧に印を調べ、青白く細長い指先を押し付ける。

 ペティグリューが、悲鳴ともつかない声を上げた。

 同時に、ハリーの額の傷痕が灼けるように疼き、身体の奥から痛みが噴き上がる。歯を食いしばっても、呻きが漏れたが、布がその声を飲み込み、息だけが詰まった。

 

 次の瞬間、マントを翻す音や、姿現しの音がした。

 

 墓と墓の間から、イチイの木の陰から、暗がりという暗がりから死喰い人の仮面をつけた魔法使いが現れる。

 全員が慎重に、けれど目の前を信じられない足取りで歩み寄る。

 そして、死喰い人の一人が跪き、ヴォルデモートに這い寄り黒いローブの裾にキスを落とした。

 それに倣うように、現れた全員がヴォルデモートに這い寄り、ローブの裾にキスを落とす。それから後ろに退いた彼らは、無言のまま全員が輪になって立った。

 

 

***

 

 

 ハリーとヴォルデモートは対峙し、互いに魔法を放った瞬間、金色の光が杖同士を結んだ。何が起こったのか分からなかった、ただ、ハリーはこの繋がりを切ってはならぬとだけ理解していた。

 金色の光が膨れ球になり、ヴォルデモートの杖先に触れた途端、ヴォルデモートの杖は苦痛の叫びを上げるように震え光を弾けさせた。

 

 そこから、死者が現れた。初めに現れたのは、リドルの館で殺されたマグルの男だった。──ヴォルデモートにより殺された、人々の魂がハリーを鼓舞していた。

 

 ハリーは、たくさんのゴースト達──亡き父や母に励まされ、背中を押され、走った。

 

 途中で呆気に取られている死喰い人を二人投げ飛ばし、墓石で身を庇いながら、呪いが墓石に当たる音を聞きながら走った──呪いと墓石を躱しながら、ハリーはノアの亡骸へ向かって走る。

 ノアの亡骸だけは、ここに置いて置きたくなかった、連れて帰らなければならない、そう思っていた。

 

 

「やつを失神させろ!」

 

 

 ヴォルデモートの怒号が響く。

 ノアまで後数メートル。ハリーは赤い閃光を避けて大理石の影に飛び込む。呪文が大理石に当たり、半分粉々になった。ハリーは地面に、単眼生物の死骸があるのを見た。今の魔法で砕けたのか? いや、それにしては、綺麗な死骸だった──。

 

 

「インペディメンタ!」

 

 

 ハリーは追いかけてくる死喰い人に、当てずっぽうに杖先を向けながら、叫ぶ。喚き声がくぐもったので、少なくとも一人は阻止できたと思ったが、振り返って確かめている暇はない。

 ハリーは優勝杯を飛び越え、後ろで呪文が炸裂するのを聞きながら、身を伏せた。

 倒れ込むと同時に、ますます多くの閃光が頭上を飛び越していく。

 ノアまで後、二メートル──ハリーはノアの腕をつかもうと手を伸ばした──。

 

 

「どけ! 俺様が殺してやる! やつは俺様のものだ!」

 

 

 甲高い叫びが空気を裂き、背筋が凍った。

 ハリーは身体をこわばらせ、反射で振り返る。

 

 ヴォルデモートの行手を阻み、ハリーを守っていたゴースト達は消えていた。

 暗闇の中で、ヴォルデモートの赤い目が燃えている。

 地獄の火のような光が、ハリーだけを捉えた。杖を向け、口が薄く捲れ、勝利の形がそのまま歪んだ笑いになる。

 

 

「アバダ ケダブラ!」

 

 

 緑の閃光が走る。

 空気が一瞬で凍りつき、世界が終わる音がした。

 

 ハリーは死を覚悟した。

 息が止まり、身体が固まり、目の前が白くなる。

 

 その瞬間、腕を強く掴まれた。

 

 

 バチン、と強い火花が散った。

 緑の光が弾け、光の破片が夜へ散り、死喰い人たちが一斉に動きを止める。ヴォルデモートの顔が、あり得ないものを見たように引きつった。

 

 しかしハリーは、ヴォルデモートを見ていなかった。

 

 

「……ノア……?」

 

 

 ノアが、立ち上がっていた。

 

 さっきまで、確かに倒れていた。

 目を閉じて、動かなくて。

 死んでいたはずだ。死の呪文を受けたはずだ。受けて、なお立っていられる者なんていない。そんな理屈は──世界が許さない。

 

 それなのにノアは、ローブの裾を払うでもなく、焦るでもなく、まるで「少し躓いた」程度の顔で立ち、杖先をヴォルデモートへ向けていた。

 

 

 ただ、その横顔は月光を受けてなお白く、血の気の薄さがわずかに際立って見えた。呼吸が浅いのか深いのかさえ判別できないほど静かで、立ち姿だけが完璧に“平然を装って”いる。

 それでも、目は満天の空の輝きを宿し、口元は果敢な笑みの形を作っていた。

 

 ハリーはゴーストかと思った。

 父や母のように、彼らのように現れたのだと。

 しかし、自分の腕を掴むその強さは現実だった。ゴーストではなく、実態があり、自分の腕を確かに掴んでいる。

 

 

「そ、そんな──」

 

 

 ハリーの喉から掠れた声が漏れた。

 声になっただけで奇跡だった。

 胸が苦しくて、心臓が痛くて、目の奥が熱い。

 

 信じられないのはハリーだけではない。

 死喰い人たちも──ヴォルデモートでさえ──まるで世界の計算が狂ったように固まっている。

 

 ノアがハリーを見た。星屑を散りばめたような、キラキラと輝く美しい灰青。

 その目が、ふっと優しく綻んだ。──ハリーを安心させるために。

 

 その瞬間、ハリーは気づいてしまった。

 ノアのこめかみから、冷たい汗がひと筋、頬の線を辿って落ちていた。

 夜気の湿りとは違う、生きた体の内側から滲む汗だった。顔色も、さっきよりさらに薄い。

 呼吸も、ひどく遅い。

 しかし、ノアは汗を拭おうともしない。揺らぎを見せようとはしない──何も起きていないふりのまま、笑ってみせた。

 

 それだけでハリーは、初めて息を吸えた。自分がどれほど息を止めていたか、その瞬間に理解する。肺が痛いほど冷たい空気が流れ込み、身体が震えた。

 

 ノアはハリーを背に隠す。

 今度は自分の番だと言うように、自然に。

 

 

「よう、ヴォルデモート! その姿では初めましてだな?」

 

 

 ノアは友人に語りかけるような気軽さでヴォルデモートに声をかける。声の震えを悟らせないように、気丈に振る舞う。

 墓地の空気が凍りつく中で、その口調だけが場違いに滑らかだった。

 

 ヴォルデモートはノア・ゾグラフを知っていた。情報を得て、過小評価する事なく、すぐさま処理させた──はずだ。

 なぜ生きている? 死の呪文から逃れる方法はない。かのハリー・ポッターが逃れることができたのは、古い犠牲の魔法だ。

 今、それを使うことはできない。

 だが、目の前の男は生きていた──あり得ない。あり得ていいわけがない。ワームテールが魔法をしくじったと考える方がまだ現実的だ。

 

 

 風が吹き、ノアの髪が乱れる。ノアは鬱陶しそうに髪をかきあげ──嗤った。

 

 

「お前、まだ死を克服できてないのか?」

 

 

 小馬鹿にするような、軽い一言。

 しかし、その軽さは致命的な、ヴォルデモートの誇りそのものを踏み潰す声だった。

 

 

 ヴォルデモートの赤い目が細まり、唇が音もなく歪んだ。次の瞬間、杖が刺すように動く。

 

 空気が裂け、濃い闇が一本の槍になってノアへ飛んだ。通り道の霧が削げ、墓石の縁がざり、と欠ける。

 

 ノアは槍が届く前に杖先を横へ払い、強固な盾を作る。闇の槍はその面に触れた瞬間、火花のように砕け散り、黒い破片が夜へ吸い込まれていった。 

 砕けた余波が地面を抉り、芝が剥がれ、土が波のように盛り上がる。

 ヴォルデモートは間髪を入れずに畳み掛けた。杖を小さく回すだけで、墓石の影から蛇のような影が何本も伸び、ノアの四肢へ、首へ絡みつこうと跳ね上がる。

 同時に、空気が凍りつくほど鋭い風が横薙ぎに走り、首元を刃で撫でられたような痛みがハリーの肌にも走った。

 

 ノアは片手を軽く上げる。土がせり上がり、白い石の柱が三本、骨のように突き出した。影の蛇は柱に叩きつけられて霧散し、刃の風は柱の表面で火花を散らして砕ける。砕けた風が墓地の霧を渦に巻き、夜が一瞬、白く煙った──次の瞬間には、その柱が反転し槍になる。

 

 ノアの杖先が僅かに傾く。

 三本の石槍が轟音とともに走り、ヴォルデモートの足元の墓石を粉々に砕き散らした。破片が雨のように跳ね、死喰い人たちが反射で腕を上げる。──誰も前に出られない。次元が違う、彼らの魔法の一つたりとも、理解できない。出た者から切り裂かれると、本能が理解していた。

 

 ヴォルデモートは軽い動作で石槍を弾き返しながら、別の魔法を重ねた。空中に赤い光が幾筋も走り、蜘蛛の巣のようにノアを囲む。

 その蜘蛛の巣もノアが杖を振るだけで一斉に凍りつき、次の瞬間には氷の破片になって散り、夜空に星屑のような光の粉が舞った。

 

 

「──ははっ!」

 

 

 ノアは小さく笑った。

 魔法を放つたびに、心臓が鳴る。喉がひりつく。一瞬の油断が死へと繋がっていた。それでも、ヴォルデモートとの戦闘は、笑みが溢れるほど、ただ、ただ──楽しかった。

 

 イメージ通りに具現化し放たれる魔法。

 通常なら一撃で死を招くほどの魔法も相手には届かない。

 何にも遠慮することなく全力をぶつける事ができる。それが何より楽しかったが──。

 

 ノアは、この魔法の応酬が長く続かないと理解していた。魔法を放つたびに、体の中から熱が消え倦怠感がつのる。視界の端が黒くなっていく感覚に一度だけ舌打ちを飲み込み、ハリーを強く引き寄せた。

 

 

 ヴォルデモートとノアの視線が、一瞬静かに絡む。

 

 

「──お前も楽しかったか?」

 

 

 ノアは低く囁き、杖を高く掲げた。

 

 暗雲が立ち込め、空に渦を巻く。

 ノアが杖をまっすぐに下ろし──光が走った。

 一本ではない。雨のように、連鎖のように、墓地を白く裂く。轟音が地面を震わせ、死喰い人の輪は悲鳴を上げて崩れ、誰もが本能で距離を取る。雷光が視界を灼き、髪が逆立ち、空気が焼けた匂いに変わった。

 

 

 その隙にノアは優勝杯を引き寄せる。

 取っ手を掴む指先が僅かに震えた──その震えすら笑みに隠して、叫ぶ。

 

 

「俺に会いたいなら、ちゃんとアポ取れよ!」

 

 

 ヴォルデモートの怒号が上がるより早く、ハリーの臍の裏がぐいと引かれた。

 雷鳴が、最後まで追撃を許さない壁になったまま、二人の視界は風と色の渦に呑まれていく──。

 

 

「ッ……帰ろう、ハリー」

「うん」

 

 

 移動キーが作動したのだ──ハリーは、ノアの暖かい腕に強く抱きしめられたまま、その確かさに縋るように、目を閉じた。

 

 

 

 

 

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