兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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178 妥協案

 

 頭が痛い。

 喚き声と足音が近づき、誰かが怒鳴り合いながら医務室に向かってきている。

 

 あまりの煩さに体を起こし、背中を曲げる。

 くそっ! 寝れそうだったのに!

 

 額に手を当てて大きく息を吐き出せば、ベッドのそばに座っていたセドリックが「言い争ってるみたい」といい、クィレルが「ファッジとマクゴナガルのようですね」と怪訝な声で言う。ハリーのベッドを取り囲んでいるモリーやロン達も同じ事を思っているらしく、カーテン越しにひそひそと会話しているのが聞こえた。

 

 ……ファッジとマクゴナガル……。

 ……ああ! そうだ、後もう少しあるのか。

 

 ハリーが生きてた。

 なにより、セドリックが今日を乗り越えることができた。

 それでもうすっかり終わった気になっていたが、そうだ。ファッジが医務室に来る事を忘れてた。

 課題前はしっかり覚えていたのに、代償が嫌になるほど効いてる。頭が馬鹿になったみたいだ──うわ、まだ休めないのか。

 

 頭冴えてる時に相手にしたい、もうハリーと俺を寝かせてくれ……。なんか頭痛くなってきた気がするし、吐き気もする。

 でも、ファッジは来年のことを考えると、敵対したくは無いんだよな……。

 

 仕方ない、後少し頑張ろう、と腹を括って顔を覆っていた手を下ろし、クィレルに「カーテン開けて」と伝える。

 クィレルは珍しく──俺の命令には絶対なのに──躊躇していたが、俺の視線には逆らえず、何も言わずにカーテンを開けた。

 ハリーの方でもカーテンが開く微かな音が響く。いったい何事なのか、気になったんだろう。

 

 

 バタン! と勢いよく扉が開く音がして、ファッジが無遠慮に病室に入ってきた。

 その後ろには怒り顔のマクゴナガルと、苦い顔をしたセブルスがいる。

 

 ファッジは俺とハリーが寝ているベッドが並んでいることに少し足を止めた。俺とハリーを見比べ──それで、俺の保護者であるクィレルの方へ歩み寄る。

 

 

「ダンブルドアはどこかね?」

 

 

 それは苛立ちと不機嫌さを隠さない威圧感のある言い方──魔法大臣らしい言い方だったが、クィレルは臆することなく背筋を伸ばし、軽く顎を上げ、「ここにはいません」と冷ややかに告げた。

 

 

「大臣。ここは病室であり、この子には休息が必要で──」

 

 

 クィレルがファッジに俺の養父として文句を言おうとした時、扉がサッと開きダンブルドアが入ってきた。

 

 

「何事じゃ」

 

 

 ダンブルドアは鋭い目でファッジを、そしてマクゴナガルを見た。

 

 

「病人たちに迷惑じゃろう? ミネルバ、あなたらしくもない──バーティ・クラウチを監視するようにお願いしたはずじゃが──」

「もう見張る必要がなくなりました。ダンブルドア! 大臣がその必要がないようになさったのです!」

 

 

 マクゴナガルが取り乱して叫ぶ。

 怒りのあまり頬が赤く染まり、両手のこぶしを握り締め、わなわなと震えている。あまりの怒りで「その必要がなくなった理由」を言えないマクゴナガルに変わって、セブルスが重々しく口を開いた。

 

 

「今夜の事件を引き起こした死喰い人を捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが。……すると、大臣はご自分の身が危険だと思われたらしく、城に入るのに吸魂鬼を一体呼んで自分につき添わせると主張なさったのです。大臣はバーティ・クラウチのいる部屋に、吸魂鬼を連れて入った──」

「ダンブルドア、私はあなたが反対なさるだろうと大臣に申し上げました! 申し上げましたとも。吸魂鬼が一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと。それなのに──」

「失礼だが!」

 

 

 マクゴナガルが怒り、攻め立てる。しかしファッジも黙って聞いてられず、顔を赤黒くして喚き返す。二人ともかなりうるさい。頭痛い。視界がぼやける。セドリックが心配そうに俺をチラチラと見ていた。

 

 

「魔法大臣として、護衛を連れていくかどうかは私が決めることだ。尋問する相手が危険性のある者であれば──」

「あの──あの物が部屋に入った瞬間、クラウチに覆いかぶさって、そして──そして──」

 

 

 戦慄くマクゴナガルの口は、また、それ以上言葉を紡げなかった。

 でも、その先の言葉を言われなくても、全員何が起こったのか──起こってしまったのか、理解して息を飲み、顔を歪ませた。

 

 というか、ファッジが吸魂鬼連れていくんなら、セブルスもマクゴナガルも最悪の事態予測して守護霊魔法使えばよかったのに……。使えるんだから……。

 今言っても無駄ってことはわかってるけどさ。

 

 

 ファッジは喚きながら自分の正当性を吐いている。クラウチはどうせ殺人犯で、アズカバンで廃人になって死ぬのだから、今、吸魂鬼のキスで廃人になったところで変わらない。クラウチが死んで全てが終わり!──と言いたいらしい。

 

 ダンブルドアはファッジを静かに見つめながら、クラウチが証言できなくなってしまったことを淡々と告げる。それでも、ファッジは「そんな支離滅裂な証言は必要ない!」と喚き続けた。

 

 ファッジはセブルスとマクゴナガルから、クラウチはヴォルデモートの命令で動き、ヴォルデモートは復活したと聞いていたが、もちろんそんなものは認めなかった。

 

 

「たしかに、ヴォルデモート卿が命令していたのじゃ、コーネリウス。何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する計画の布石にすぎなかったのじゃ。計画は成功した。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」

 

 

 ダンブルドアの静かな言葉が響く。

 その内容が初耳だったのはファッジだけではなく、後で現れたロンやハーマイオニー、ドラコ達もそうだった。皆かなり衝撃を受けた顔になっていたが、ファッジはそれ以上の衝撃を感じたらしく、呆然と目を瞬かせダンブルドアを見つめ返した。

 言われた言葉を飲み込むのに時間がかかったのだろう、ファッジは頬を引き攣らせると、緩く首を振って乾いた笑いをこぼした。 

 

 

「例のあの人が……復活した? ばかばかしい。おいおい、ダンブルドア……」

「ミネルバもセブルスもあなたにお話ししたことと思うが。わしらはバーティ・クラウチの告白を聞いた。真実薬の効き目で、クラウチは、わしらにいろいろ語ってくれたのじゃ。アズカバンからどのようにして隠密に連れ出されたか、ヴォルデモートが──クラウチがまだ生きていることをバーサ・ジョーキンズから聞き出し──クラウチを、どのように父親から解放するにいたったか、そして、ハリーを捕まえるのに、ヴォルデモートがいかにクラウチを利用したかをじゃ。計画はうまくいった。よいか、クラウチはヴォルデモートの復活に力を貸したのじゃ」

「いいか、ダンブルドア。まさか──まさかそんなことを本気にしているのではあるまいね。『例のあの人』が、戻った? まあまあ、落ち着け……まったく。クラウチは『例のあの人』の命令で働いていると“思い込んで”いたのだろうしかし、そんな戯言を真に受けるとは、ダンブルドア……」

 

 

 ファッジはまるで幼子に言い聞かせるような柔らかさでダンブルドアに言う。

 ありえない、ヴォルデモートは──例のあの人は復活なんてしない。そうでないといけない。

 と、言いたいんだろう。

 

 ダンブルドアは小馬鹿にしたファッジの態度にも臆すことなく、ただ静かに話す。

 

 

「今夜ハリーが優勝杯に触れたとき、まっすぐにヴォルデモートのところに運ばれていったのじゃ。ハリーが、ヴォルデモートの蘇るのを目撃した」

「おいおい! ダンブルドア、あー……あなたは本件に関して、ハリーの証言を信じるというわけですな?」

 

 

 一瞬沈黙が流れる。

 ファッジの言葉には、明らかな悪意や見下しが含まれていた。静寂を真っ先に破ったのはシリウスで、毛を逆立ててファッジに向かって唸っている。

 

 

「もちろんじゃ。わしはハリーを信じる。わしはクラウチの告白を聞き、そして優勝杯に触れてからの出来事を知った。この話は辻褄が合う。バーサ・ジョーキンズがこの夏に消えてから起こったことの、すべてが説明できる。それに──」

 

 

 ダンブルドアは俺に視線を向けた。

 

 

「ハリーだけではない、ノアもヴォルデモート復活を証言する一人じゃ」

「な──」

 

 

 ファッジは言葉を詰まらせる。ぱくぱくと口を開いては閉じ、また開き俺の方へ視線をずらす。

 ばっちりと、目が合った。

 ファッジは──どこか、懇願するような目で俺を見て、薄く笑い、一歩近づく。すぐにクィレルが近づけまいとファッジの前に手を広げたが。ファッジは自分の腹にクィレルの手があたっても──それに気づいていないのか──さらに踏み込んだ。

 

 

「ノア──ノア! 本当に? きみは、きみは──そうだ! 錯乱魔法にかかっていたんだろう?」

 

 

 そう来るか。

 ファッジはハリーの事は信じられない。

 しかし、俺の発言力と影響力は承知している。多分、何よりも。

 まあ俺をイギリスの顔として選ぶくらいだし。

 世界的な有名人の発言は、それが事実であるかどうかは関係がない。大衆が、勝手にそれを信じて“事実にしてしまう”。

 それは、この世界でも──元の世界でも──よく聞く話だ。

 

 それを、ダンブルドアもファッジも理解している。二人にとって、俺の一言はとんでもない力を持つジョーカーなんだろう。

 

 

 全員の目が俺を見ている。

 

 

 俺は一瞬だけ瞬きをして、喉の奥に引っかかる乾いた痛みを誤魔化すように息を吐いた。視界の端でクィレルの肩がぴくりと動く。

 セブルスは相変わらず不機嫌そうな顔のまま、マクゴナガルは怒りと悔しさで頬を赤くしていて、ドラコ達は蒼白な顔で石のように固まっている。

 ダンブルドアだけが、ただ静かに、俺とファッジの間に落ちる言葉を待っていた。

 

 ファッジは俺に「逃げ道」を差し出しているようで、その実、首輪を差し出している。

 

──錯乱魔法。そう言えば、俺が「見た」と言わなかったことにできる。政治家の大好物だ。

 

 

「大臣」

 

 

 俺はなるべく穏やかな声で呼びかけた。

 

 

「……俺に、“それ”を言わせたいんですね。錯乱してた、って」

 

 

 ファッジの目が、ぱちりと光った。肯定も否定もしない。代わりに、あの魔法大臣らしい、相手を諭すような柔らかさを貼り付ける。

 

 

「ノア、きみはまだ若い。──いや、若いが、影響力がある。だからこそだ。混乱を招く発言は避けるべきだよ。ここで不用意に……民間人を不安を煽るような言葉は──」

 

 

 無駄に優しい猫撫で声で言いかけたファッジの言葉を、俺は手を上げて止めた。

 

 

「嘘は言えません」

 

 

 そう言っただけで、ファッジの眉がわずかに動き、優しかった表情が引き攣る。

 当然だとマクゴナガルが大きく頷いているのが見えた。

 

 

「でも──」

 

 

 俺は続ける。ここが肝だ。

 ファッジを敵に回すのは面倒だ、来年は魔法省の目がホグワーツに届くだろうし、その時に動きを制限されたくはない。ファッジは政界にとっては扱いやすく“有能”とはいえ、世界にとっては無能だ。

 なら、ファッジの政治の手綱は断ち切るのではなく、握ったほうが早い。

 

 

「大臣の言いたいことも分かります。……『ヴォルデモートが復活した』 なんて言葉を、俺の口から出してほしくないんですよね。俺も、自分の影響力は承知していますから」

 

 

 ファッジは、俺が何の澱みもなく「ヴォルデモート」と言ったことに目を見開き息を呑んだが、ぐっと唇を噛むとそこで初めて「そうだ」と言わんばかりに深く頷いた。

 頼むから察してくれ、と顔に書いてある。

 

 

「ただ」

 

 

 俺は肩をすくめ、視線を少しだけ逸らす。重いため息もついて、辛そうに眉を寄せる。

 わざと、疲れている様子を見せてから、取り繕うように薄く笑いかける。

 

 ファッジにも魔法大臣としてのプライドがある。ここで俺が正論を振りかざして上から叩いたら、この人はたぶん頑なになる。

 

 そもそもファッジは、ずっとダンブルドアを怖がっているみたいだし。

 ダンブルドアは大臣になる気なんてないのに、「いつか自分の席を奪うんじゃないか」と疑っている。実力差が見えているぶん、なおさらだ。

 

 だから俺も、同じ地雷を踏みたくない。

 この場で俺の力を出しすぎると、ファッジは「今度はノアが自分の上に乗る」と思い始める。そうなったら、取引は成立しない。俺が欲しいのは、俺の強さを見せつけることじゃなくて、ファッジに「自分が主導権を握っている」と勘違いさせたまま動かすことだ。

 

 

「俺が見たものを、“見なかった”とは言えません。でも、言い方なら変えられます。ヴォルデモートではなく、闇の魔法使いがいた。危険な勢力が動いている。……それなら、どうです?」

 

 

 ファッジが口を開きかけたが、俺は畳みかけた。

 

 

「それで、魔法界に“警戒”を促しましょう。防衛を強化する。連絡網を整える。アズカバンの管理体制も、見直す。──大臣の功績になりますよ。『混乱を鎮め、適切に対処した』という形で」 

 

 

 ファッジの瞳が、ほんの少しだけ揺れる。

 

 

「……しかし、ノア」

 

 

 ファッジは声を落とし、俺を見据える。

 体の前で組まれた指が、ファッジの動揺を表してるように擦り合わされていた。

 

 

「“闇の勢力が動いている”などと言えば、人々は結局──結局、『あの人』を思い出す。ダンブルドアが今夜言ったことと結びつけるだろう。そうなれば──」

「分かりました。じゃあ、こうしましょう」

「……なんだ?」

 

 

 ファッジは片眉を上げる。動いていた指がぴたりと止まり、その目に期待が宿った。

 俺は自分の胸に手を当て、下からファッジを見上げ微笑む。──ファッジがごくりと生唾を飲んだのが喉の動きでわかった。

 

 

「大臣が、民のことを考え『闇の魔法使いに対しての警告を発する事の英断への恩』を──俺は忘れません」

 

 

 ファッジの頬がぴくりと緩む。クィレルが露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

「恩を仇で返すことはありません。──卒業後でも、必要なら在学中でも。大臣が俺に、『今日のことを思い出すように』と言ってくれたならば、いつでもその通りにします」

 

 

 ファッジの目が光る。

 この人も政界で生き残ってきた人だ、この俺の言葉の意味を正しく理解できるに決まっている。

 俺が差し出すのは、“ノア・ゾグラフの名”と、“肯定”だ。影響力のある俺が、ファッジの好きな時にイエスマンになるなんて最強のカードを、ファッジは易々と逃すはずがない。

 というか、ファッジが俺に対して色々よくしてくれたり仕事頼んで擦り寄ってきていたのは、そういう目論見があるのはわかっていたし。

 ファッジはしばらく黙った。ぴくぴくと指先が、何かを計算するように動く。

 

 

「……本当かね」

「ええ、もちろん。ただ、俺も忙しいので、きっと駆けつけることができるのは“一度きり”ですね」

 

 

 ファッジはじっと俺を見て、俺の言葉に嘘がないかを測っていた。

 

 自分で言って少し笑いそうになったが、ファッジは笑わない。真剣に、それを“資産”として計算している。

 

 ファッジは唇を湿らせ、ゆっくりと頷いた。

 

 

「……一回、だね」

「一回」

 

 

 俺は指を一本立てて笑う。

 

 マクゴナガルが何か言いたげに口を開いたが、ダンブルドアが小さく手を上げて制した。まあ身売りみたいなもんかもしれないし、ダンブルドアも、本当は俺のやり方を快くは思ってないんだろう。ダンブルドアの理想はみんなで一丸となり、一つの敵へ向かうこと。

 

 でもそんなの、一般人には重すぎる。誰もがダンブルドアのように聖人ではない。打算も、怠惰も、欲望も持っている。

 

 ダンブルドアもそれをわかっているから、俺の取引に口出しをせず、こういう取引も必要だと理解している。嫌そうだけど。

 

 

 ファッジは、最後にもう一度だけ、試すように言った。

 

 

「──では、ノア。きみは──きみは、今夜、ここで。『例のあの人』を見たと、言うのかね?」

 

 

 俺は、視線を逸らさずににっこりと笑う。

 

 

「俺は、『闇の魔法使い』と戦いました。それが事実です」

「……いいだろう」

 

 

 ファッジは、深く頷いた。

 

 

「ダンブルドア先生、とりあえずこれでいいですよね?」

 

 

 ダンブルドアは俺を見て、その後ファッジを見る。

 ファッジはダンブルドアに対しては不機嫌そうな態度を崩さず、フンと鼻息荒くして目を合わせない。ダンブルドアは小さくため息をつくように鼻から長い息を吐いたが、それでも頷いた。

 

 

「ファッジ、真実をねじ曲げる必要はない。しかし、我々は一丸となり備える必要がある。……まず最初に取るべき重要な処置は、アズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つことじゃ」

 

 

 その瞬間、ファッジの表情がまた険しくなった。

 せっかく俺が整えた空気をダンブルドアが粉々に壊した。

 本人は微塵も悪いと思っていない。……バッドコミュニケーションすぎる!

 

 ファッジは、まるで耳を疑ったみたいに目を見開く。それから次の瞬間、頬の肉が引きつり、甲高い声で叫んだ。

 

 

「吸魂鬼を取り除けと? とんでもない! そんな提案をしようものなら、私は大臣職から蹴り落とされる! 魔法使いの半数が夜、安眠できるのは、吸魂鬼がアズカバンの警備に当たっていると知っているからなのだ!」

 

 

 吸魂鬼って、普通にしてたら静かだし、人の言葉もある程度は理解できる知能がある。だからアズカバンという餌場がもらえる今の仕事に大人しくついてるわけだ。守護霊魔法は大人でも使えない人がいるくらい難易度が高いから、攻略されにくいし。ボディーガードとしてファッジも良く有効活用してるみたいだ。

 ってか、多分ファッジは──ダンブルドアから指図されたくないんだな。

 ダンブルドアは政治に興味はない、大臣になるつもりはないけど……どれだけ優れた魔法使いでも、“校長”というだけの立場は弱いのかな。マーリン勲章授与してたし、グリンデルバルド捕まえてるはずなんだけどなー、グリンデルバルドのイギリスでの知名度が低いせいかな。

 

 

「ファッジ大臣」

「な──なんだね。流石のノアの頼みでも、吸魂鬼を取り除くことはできない!」

 

 

 ファッジは勢いよく首を振り、俺が何か言う前に断言した。

 俺はにっこりと笑う。「大丈夫、そんなこと言いませんよ」と優しく言えば、ファッジは手にこもっていた力を少しだけ抜いて、「ほらみろ」と言うようにダンブルドアを見て嫌な笑いを浮かべた。ダンブルドアは俺を厳しい目で見る。

 

 

「でも、一度警備体制の見直しはするでしょう?──ほら、クラウチはクラウチの母親と入れ替わっていた。もしアズカバンにいる凶悪な死喰い人がそんな事になったら……あの人の元に行くでしょうし」

 

 

 ファッジの顔から血の気が引いた。

 口をぱくぱくと開き、何か言いかけたがすぐに「それは、そうだな。必要な安全対策だ。市民の皆さんが安全に暮らすための」と早口で言い訳をし、頷く。

 

 俺は、何か言いたげなダンブルドアの方を見る。

 

 

「ダンブルドア先生。ファッジ大臣は、魔法省で色々やることがあると思いますので、今日はもう戻っていただいたほうがいいのではないですか?」

「ああ! そうとも、私は多忙だ。ノアの言う通りに、備えなければならない事も多いし──ダンブルドア、また明日連絡をする。私は役所に戻らねば」

 

 

 ファッジは俺の提案に飛びつき、ダンブルドアが口出しする前に早口でそういうと、俺のベッドの前に近づく。クィレルが止めようとしたが、俺が軽く手を上げたのを見てクィレルはすぐに後ろに引いた。

 

 

「ノア」と、ファッジは俺の名前を呼び、手を差し出す。俺は快く、その手を握った。

 

 

「優勝はきみになるだろう。おめでとう。本当は授賞式が行われる予定だったが、今の状況では──きみも、顔色が悪い、もう休むべきだ。近々、手紙を送る。返事はすぐにほしい。……これが一千ガリオンの賞金だ」

「ありがとうございます」

 

 

 ファッジは懐から大きな金貨の袋を取り出すと、ベッド脇のテーブルに置く。ファッジは最後に俺の手をもう一度強く握った。多分「これから、よろしく頼むよ」とでも言いたいのだろう。

 

 それからファッジは帽子を深く被り直し、ダンブルドアやマクゴナガルらの厳しい視線から逃れるように、足早に医務室から出て行った。

 

 バタン、と扉が閉まる。

 その瞬間、ダンブルドアが俺を見た。

 

 

「どういうつもりかね?」

「わかってるでしょう。ファッジに何言っても無理ですよ。ファッジが守りたいのは民間人じゃなくて魔法大臣の椅子ですから。批判出そうな政策は取らないですよ」

「……悲しきことじゃ」

 

 

 ダンブルドアは憂いが混じるため息をこぼす。それでもすぐに表情を引き締めると、俺たちに向き合った。

 

 

「……コーネリウスは、わしの言葉を信じる気はない。じゃが、完全に耳を塞いだわけでもない。君の言葉は効いた。ノア。コーネリウスは、君が何を言うかを恐れ、同時に欲した。……だからこそ、今夜は引いた。じゃが──」

 

 

 ダンブルドアはそこで言葉を切り、俺とハリーのベッドを一度見た。俺の隣のベッドにいるハリーもとっくに起きている。ダンブルドアの視線でそれに初めて気づいたモリー達は驚いて肩を震わせていた。

 

 

「──これからは、こちらが動く番じゃ。予想していなかったわけではないが、コーネリウスがあのような態度を取るのであれば、すべてが変わってくる。ノア、きみは吸魂鬼をどの程度使役できるんじゃ?」

「うーん。吸魂鬼について詳しいわけじゃないですが……ダンブルドア先生はヴォルデモートが出す条件の方が吸魂鬼にとって魅力的だから裏切ると考えているんですよね? なら、まあ、それ以上の条件を、俺なら提示できますよ」

 

 

 今度、吸魂鬼に会って何欲しいか聞いてみよ。百パーセント『魂……』としか言わないだろうけど。吸魂鬼に魂あげるほど俺の魂は安くないしなぁ。ま、その辺は会って考えるか。

 

 

「吸魂鬼の事は、任せてください」

「くれぐれも気をつけるのじゃぞ。あやつらに人の道理は通らん」

 

 

 ダンブルドアが厳しい目で忠告してくるのを、とりあえず手を上げてへらりと笑ってかわせば、ダンブルドアはモリーへと視線を向けた。胸の前で指を組み、ハラハラと場を見守っていたモリーは、ダンブルドアの視線に射抜かれた途端、背筋をぴっと伸ばす。

 

 

「モリー……あなたとアーサーは頼りにできると考えて良いな?」

「もちろんですわ」

 

 

 モリーの顔色は悪かった。ヴォルデモートが復活したと聞いて、平常心を保てる魔法使いは多くない──モリー達は、ヴォルデモートの脅威を知る世代だし、余計に怖いんだろう。それでも決然とした表情を浮かべるモリーに、ダンブルドアは真剣な顔で頷く。

 

 魔法省の中で、ヴォルデモート復活という現実を受け止められる有能な魔法使いに、内密に当たってほしいという。──あくまで内密に。ダンブルドアが動いたと知られた瞬間、ファッジは「内政干渉だ」と拗ねて、意地だけで全部をこじらせるに違いない。

 

 その意図を汲み取ったのか、ビルがすぐに一歩前へ出た。

 

 

「僕が父のところに行きます」

 

 

 そう言ってハリーの肩を軽く叩くと、ためらいのない足取りで医務室を後にした。

 

 マクゴナガルにはハグリッドと──可能ならば──マクシームを校長室へ呼ぶよう頼んだ。彼女は短く頷いただけで、なにを意味するのかわかったのだろう。続けてダンブルドアは、ポンフリーに目を向けた。

 

 

「ムーディの部屋にいる、気落ちしたハウスエルフを厨房へ連れて行ってくれんか。ドビーが良くしてくれるじゃろう」

 

 

 ポンフリーは眉をひそめながらも、すぐに頷いた。マクゴナガルとポンフリーが出て行って足音が遠くなった後、ダンブルドアは静かにシリウスの方を見た。

 

 

「さて──シリウス、普通の姿に戻ってくれぬか」

 

 

 黒い大きな犬が、ダンブルドアを見上げ、次に俺を見た。

 俺が小さく頷くと、空気が一瞬、きゅっと縮んで──犬は男の姿へと戻った。

 

 その瞬間、モリーが叫び声を上げてベッドから飛び退く。フレッドとジョージも反射で後ずさった。

 

 

「シリウス・ブラック!」

 

 

「ママ、静かにして! 大丈夫だから!」とロンが即座に割って入り、必死に宥める。

 

 

「あんなでかい男をなでなでしてたのか……」

「指名手配よりもずっとハンサムだな?」

 

 

 ひそひそ囁き合う双子に、シリウスは申し訳なさそうに苦笑した。元から知っていたセドリックは当然の顔で黙っているし、ドラコも叫びはしない。ただ目を見開いて、変身を目の前で見て驚いているだけだ。……ハリーが伝えていたんだろう。

 

 ダンブルドアは、意外にも大騒ぎする人が少ないことにわずかに目を細めたが、それ以上は触れない。

 代わりに、モリーへと穏やかに言った。

 

 

「モリー、シリウスは無罪じゃ。わしはそれを確信している。安心して信頼していい」

「え──ええ、わかりました。……えっ? まって、もしかして、ノア、あなたはわかっていてペットに……?」

 

 

 俺が軽く頷くと、モリーは呆気に取られて言葉を失った。

 空気が落ち着くのを待った後、ダンブルドアが続ける。

 

 

「シリウス。やってもらいたいことがある。すぐに出発して、昔の仲間に警戒体制をとるように伝えてくれ」

「それは──」

 

 

 シリウスは即答せず濁した。

 シリウスの視線が、自然と俺へ移る。ダンブルドアもそれを追って、俺を見る。

 ……一瞬、微妙な空気が流れた。

 あ、そうそう。シリウスは今、俺の陣営なんだよな。でもま、“兼業”してもいいか。

 

 

「あー。ダンブルドア先生。今、シリウスは俺と契約を結んでます。つまり、優先度は──俺の方です。……でも、急いだ方がいいのはわかっていますし、敵はまあ……だいたい同じですし、貸し出し、ってことで。シリウス、行ってきていいよ」

 

 

 飼い主が「よし」をしないと出ていけないのはペットの性だな。

 

 

「シリウス……」

 

 

 残念そうに呼んだのはハリーだった。久しぶりに会えて、かなり心強かったんだろう。

 シリウスは優しく笑い、ベッドに近づいてハリーの手を握る。

 

 

「大丈夫、心配するな。またすぐに会えるよ」

 

 

 ハリーは小さく頷く。シリウスは頭を軽く撫でると、すぐに犬の姿へ戻り、前足で器用に扉の取っ手を回して出て行った。

 ダンブルドアは、今度はセブルスへ視線を向けた。

 

 

「セブルス。きみになにを頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。もし、準備ができているのなら……もし、やってくれるのなら……」

「大丈夫です」

 

 

 言い切ったセブルスの顔色は悪かった。それでもセブルスはローブを翻し、足早に踵を返す。ダンブルドアはその背を、ほんの一瞬だけ心配そうに見送った。

 

 

「ハリー、ノア。ようやく休む時がやってきたようじゃ。皆ももう各寮へ帰りなさい。モリー、彼らを寮まで連れて行ってくれんかね」

「ええ、わかりました。──ほら、行きますよ」

 

 

 セドリックたちは名残惜しそうに足を止めたが、モリーの“母親の圧”には逆らえない。背を押されるようにして、ぞろぞろと動き出す。

 

 ダンブルドアも、ハリーにだけ近づいて「残っている薬を全て飲むのじゃぞ」と、囁くように言って医務室を出ていく。大多数の生徒も教師も混乱したままだし、校長として説明しに行かなきゃいけないんだろう。

 

 医務室の騒がしさがようやく引いてくる。

 あと残ったのはクィレルだけか。クィレルは俺から命じられない限り出ていかないだろう。えーと……なにか頼む事あったような……。

 

 ぼやけていく思考をかき集め、目を擦りながらクィレルを見る。──あ、そうそう。

 

 

「クィレル、メイソンに俺の無事と、今年の夏休みはあんま仕事できないかもって伝えてきて」

「わかりました」

 

 

 疲れは夏休みまでには取れるだろうけど、魔法省が『ノア・ゾグラフは闇の魔法使いに襲われた』と説明するはず。それを理由に休養している事にして、今年の夏は色々動かないといけないし。吸魂鬼とか、人狼の事とか。

 

 最後にクィレルが礼儀正しく頭を下げ、静かに扉を閉める。

 

 

 ぱたん、と音がして。

 残ったのは俺とハリーだけになった。

 

 ハリーはベッドに倒れ込んで、大きなため息をついた。疲れが、ようやく形を持って落ちてきたみたいだった。

 

 あー俺も疲れた。頭痛いし眠いし……と、欠伸をこぼして寝転ぶ。

 ベッド周りのカーテンを閉めようとした時、「ノア」と俺を呼ぶ声がして、顔だけ隣に向けた。

 

 

「なんだ?」

「……さっき、言えなかったんだけど……あの墓場で……死喰い人の中に……ドラコの、お父さんが──」

 

 

 ハリーは天井を見たまま、小さな震える声で言う。その手は布団をぎゅっと掴んでいた。

 その先の言葉は言えなかったようで、強く唇を結ぶ。

 

 

「……そうか。……それは俺以外言ってない?」

 

 

 ハリーが頷く。

 

 

「……ま、ドラコには言わない方がいいかもな。ショックを受けるだろうし。ルシウスのことは──今は、気にするな」

「……うん」

 

 

 ハリーは完全に気が晴れた顔をしていなかったけど、取り敢えず頷いた。もう疲れているし、深く考えるのは後にしようと思っているのだろう。

 

 のろのろとした手つきで机の上の瓶を取り、中に入っている睡眠薬を全て飲み干したハリーは、「おやすみ」と吐息混じりに呟き、寝てしまった。

 

 ハリーが完全に寝静まったのを確認し、指を振ってカーテンを閉める。

 

 

「……疲れたー」

 

 

 心の底から、そう吐き出して、俺もようやく深い眠りに落ちた。

 

 

 

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