兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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179 世界で一番都合の悪い存在

 

 

 俺は、静かに目を覚ました。

 

 ゆっくりと瞬きを繰り返す。白い天井の輪郭だけがぼんやり霞んでいた。

 たぶん、あの後魔力が切れて、長く眠っていたのだろう。

 喉の奥がひりついて、唾を呑み込むだけで痛みが走り、反射的にそのあたりへ手をやろうとして、腕が鉛のように重いことに気づく。重いのは筋肉だけじゃない。もっと奥──魂のほうが、休息を要求しているような、妙な鈍さだった。あーこれ、あの薬もう少し飲まないと治らないだろうな。

 

 それにしても体が怠い、何日くらい寝たんだろう。

 想定では二、三日だったけど。

 

 ここにはカレンダーも、日付を教えてくれる魔法具もないから考えたところで答えは出ない。誰か呼びに行かないとわからないか──と、息をひとつ大きく吸ってから身体を起こした。

 う。体が強張ってる。

 ぴし、と体が悲鳴をあげて、世界が一瞬だけぐらりと傾き、胸の底で脈が遅く、細く打った。──うわ、目眩がひどい。

 回る視界の中「は、」と息を吐き、シーツを強く掴む。指先が冷えていて、じんじんした。

 

 

 そのとき、目の前に水の入ったグラスが差し出された。

 

 差し出したのは、ベッド脇の丸椅子に腰を下ろしていたダンブルドアだった。

 

 びっ──くりした! 全然気配がなかった。ってか、多分、存在感消してたな。

 

 ドキドキする胸を押さえながら詰まっていた息を吐き、ダンブルドアを見る。ダンブルドアの眼鏡の向こうの瞳は、いつも通り穏やかだった。

 

 

「飲みなさい。頭がスッキリする」

 

 

 キラキラとした青い目が想像以上に優しくて、俺は表情を緩め、へらりと──いつものように──笑った。

 

 

「……ぁりがとう、ござい、ます」

 

 

 声はガサガサだったし、細くて、ひどく頼りなかった。

 俺は両手でそっとグラスを受け取り、一口水を飲む。冷たさが喉を撫で、痛みを少しだけ鈍らせた。「けほっ」──咳がひとつ、胸の奥からこぼれ、続けて「ふう、」と長い息を漏らす。

 

 

「おかわりはいるかね?」

 

 

 ダンブルドアの声は軽く、柔らかな気遣いが表れていた。

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 グラスをベッドサイドの小さな机へ置こうとして、そこで初めて、机の上に空白がないことに気づいた。

 物で溢れ返っている。──いや、机だけではない。周囲を見回せば、色とりどりの包み、リボンのかかった箱、花束、手紙の束、ぬいぐるみめいたものまでが山になって積まれていて、医務室というより見舞品の倉庫だった。視線を動かすたびに、まだあるのかと思うが……まだある。バーゲンセールのようにある。いや、祭殿か?

 

 賑やかなのは見舞品だけで、病床は空いているらしく、妙に静かだった。隣に寝ていたはずのハリーもいなかったし、病人のうめき声も、カーテン越しの咳も聞こえない。ポンフリーの足音さえも。たぶん、ダンブルドアが人払いをしているんだろう。

 

 

「一日目に置けない分は、きみの部屋に運ばせたのだが。全国から届いてのう。殆どはきみの事務所に保管しておるよ」

 

 

 穏やかに言いながら、ダンブルドアはどこか困ったように肩をすくめた。

 

 

「ああ……そうですか。ありがとうございます。あれから、何日経ちました?」

「三日じゃ。これは、今日までの新聞じゃよ」

 

 

 ローブの内側から取り出されたのは、三部の新聞だった。俺は受け取って一面の見出しに目を通す。

 

『闇の魔法使い、ノア・ゾグラフを襲う』『ノア・ゾグラフは奇跡の人か、愛の人か』『三校対抗試合の悲劇、管理体制を問う』『バーテミウス・クラウチ・ジュニアの罪』『ファッジ魔法大臣、アズカバンの視察へ』『ピーター・ペティグリュー 彼は鼠か? 人か?』──……。

 

 

 大きな記事だけ目を滑らせた。

 見出しだけで、想定の範囲内から出ていないとすぐに読み取れるし。……新聞に書かれている事が全て正しいとは限らないしな。

 大体が奇跡を祭り上げる記事と、魔法省への批判、三校対抗試合の安全対策への疑念、クラウチの犯した罪の列挙、闇の魔法使いへの注意を促す内容──ほとんど、人々の安心のために書かれたものだ。

 

 それに、俺がどうやって生きてたかについては、もう早速いろんな説が踊っていた。

「死の呪文の反対呪文を生み出した奇跡の人だ」やら「死を克服したノア・ゾグラフ」とかの、俺を狂信する信者向けの内容や、「ペティグリューがしくじったんだろう」「殺意が足りなかったんじゃないか」「ノア様の死を本気で願える存在などあり得ない」という意見の記事もある。

 

 

──ま、三日程度ならこんなもんだろう。

 混乱が落ち着いた後で、もっと重要な記事が出てきたり、情報を精査したりするんだろうな。

 

 俺は「なるほど」とだけ頷いて、新聞を膝の上に置いた。

 

 

「祝賀パーティは中止となったが──開催されたとしても、誰も杯を上げなかったじゃろう。きみが寝たままじゃったからのう。つまり、今夜がパーティになる予定じゃ」

 

 

 ダンブルドアは、冗談めかした調子で言いながらにっこりと笑った。その笑みは朗らかで、数日前の重い夜の事などなかったかのような気軽さだった。

 これは場を和ますためのジョークなのか、真実なのか掴みきれなかったが、俺も口の端を上げて笑い、肩をすくめてそれに乗っかる。

 雰囲気は軽ければ軽いほどいいし──そんな重い話をする気もないし。

 

 

「……あー、なんだか、お腹空いてきました」

「それは結構。目覚めの祝いに、ミルク粥だけでは済まぬかもしれんな」

 

 

 ダンブルドアはそう言いながら椅子に深く腰を落とし直し、白い髭を指で撫でる。

 半月眼鏡の奥の澄んだ青の目が俺をじっと見つめた。

 口先は柔らかく笑んでいるが、眼光は真実を測っているかのように鋭くなっていく。

 

 あ、やっぱり今までの穏やかな空気はわざとダンブルドアが整えたものだったんだな。いわば、今までのは前菜──軽いジャブのようなものか。

 

 

「──では、きみの目覚めを知られ、ここにたくさんの来客が来る前に、幾つか確認しておこう。あの時ははぐらされてしまったからのう。死を支払った、きみの、代償について」

 

 

 優しかった目が僅かに硬さを持つ。

「それは」と答えたが、その瞬間喉にちくりと痛みが走る。軽い咳をこぼしながら、喉をさすり、白い天井を見上げた。

 

 

「えーと。多分、魔力の最大量が減った事と、疲れやすくなった……とかですかね。あ、体温も下がってる気がします。安いもんですよ」

 

 

 墓場でヴォルデモートと戦って──あの程度の魔法で魔力切れになるとは思っていなかった。

 魂分離して守護魔法かけた事で、かなり減っていたとしても、だ。

 あらかじめクィレルには、試合後に命の水を飲ませるように、とは伝えていたから少し回復したけれど──やっぱあの命の水であっても消えた魂分を補うことはできない。

 

 手を開いたり閉じたりしてみる。医務室は適温が保たれているはずなのに、指先は末端冷え性みたいに冷たい。俺、どっちかというと暖かいタイプだったから新鮮だ。今は初夏だからいいけど、冬とか寒そう。体温上げる魔法薬作っとかないとなぁ。

 

 ダンブルドアはじっと俺を見つめる。

 その視線が「それだけじゃないだろう」と言っている気がしたが、気づかないフリをした。

 教えるのも面倒だし。変に気を使われたくない。

 

 

「そういえば。新聞の見出しでは載ってなかったんですが」

 

 

 ダンブルドアの追求する視線から逃れるために、新聞に何気なく目を落とし話題を変える。

 ダンブルドアは一瞬だけ目を細め──しかし何も言わず、続きを促した。

 

 

「どうしたのかね?」

「シリウス、どうなりそうですか?」

「……あの時、観客や貴賓がピーター・ペティグリューを目撃したからのう。シリウスの罪について再審が行われる事となった」

 

 

 よかった!

 内心でガッツポーズをする。

 これで俺が思い描いていた中で、一番良い方向に物語が進むようになった。

 

 俺が、魂を割って失って、死を偽装してまであの場にいかなければならなかったのは、ハリーを守るだけではない。

 もう一つ、シリウスの冤罪を晴らす。という目的も、あった。

 

 新聞に載ってなかったのは、魔法省が身内の失敗を隠したかったのかもしれない。もしくは、ひっそりと載っているだけで俺が見落としているか。

 

 ピーター・ペティグリューの生存を世間に知らしめるために、あの単眼カメラをわざわざ墓場まで連れて行って、ペティグリューの姿を見せて破壊したわけだし。

 ヴォルデモートと死喰い人の姿を見せると、ちょっとややこしくなるからその辺りは見せないとして。

 

 全ての企みがうまく行った嬉しさで、ほっと肩を落とす。

 

 

「ただし、すぐに“無罪放免”とはいかん。彼は世間的には逃亡中じゃからの。重要参考人としての指名手配は続く。今も犬の姿で動き回っているじゃろう」

 

 

 言い方に政治的な雰囲気がある。

 魔法省からしてみれば、シリウスを十年以上マグル殺しの犯人としてアズカバンにぶち込んでいた。今更別の犯人がいたなんて面目丸潰れもいいところだ。

 まあ、そもそもシリウスが投獄された時、碌な調査してなかったらしいし。魔法省がまだ幸運だったのは、シリウスを罪人として断罪したクラウチが死亡している点だろう。

 死体蹴り、にはなるが──誰もそれを責めない。クラウチを擁護する親族は全員死んでる。都合よく。

 シリウスは冤罪かもしれない、という世間のバッシングをクラウチの罪として背負わせて、魔法省は取り繕うようにペティグリューを追う事ができる。

 

 

「まあ、シリウスはなんだかんだ……脱獄とかホグワーツ侵入とか、器物損壊とか、軽微な罪はありそうですもんね」

 

 

 言いながら膝の上の新聞を手に取り、ぺら、ぺら、とページをめくる。

 

 

「……あ、これか」

 

 

 思わず声が漏れる。

 記事は小さく端っこの方に書かれていた。

 『シリウス・ブラックの事件、再審へ』

 この書き方、やっぱり魔法省として触れたくなかったんだな。

 

 

「小さいなあ」

 

 

 俺が軽く言うと、ダンブルドアは苦笑した。

 

 

「失態じゃからの。……大きくは扱いたくなかろう」

「分かりやすいですね」

 

 

 俺は記事を指で軽く叩いた。

 ここに書かれているのは、シリウスの“潔白”じゃない。ただ、再審が決まったことと、再審に向けての嘆願が集まっている事、それだけだった。

 

 

「ペティグリューとシリウスは、どちらも重要参考人として指名手配じゃ。……だが、今、世論は『ブラックが犯人ではないのでは』に傾いておる」

「そりゃそうですよ。だって──」

 

 

 俺は新聞を軽く揺らす。

 

 

「ペティグリュー、マグル大量殺人の件だけじゃない。今回の件で、ハリーと俺に危害を加えた事実がある。……しかも[[rb:この俺 > ・・・]]に死の呪文を撃った。こっちのほうが、魔法界的にはよっぽど[[rb:重い > ・・]]でしょ?」

 

 

 ペティグリューは、ハリー・ポッターとノア・ゾグラフに害を及ぼした。

 俺もハリーも、イギリス魔法界の中ではビッグネームだし、ハリーはヴォルデモートから生き延びた奇跡の子として親の世代は特別視している。俺はもちろん、全世代から熱い支持を得ているわけだし。

 

 

「優勝杯をポートキーにしたのはクラウチ・ジュニアだとしても、あの墓地の場所ににペティグリューがいた。共犯関係ではない方がおかしいです。つまり、ペティグリューが死喰い人である可能性が現実味を帯びる」

 

 

 今までは、シリウス・ブラックが死喰い人でジェームズ・ポッターを裏切った。

 そう思われていたが、ペティグリューが生きていた──それも、その辺の路地で偶然目撃されたわけではない。

 ただ、奇跡的に生き延びる事ができて、シリウスからの報復を恐れ、逃げ隠れていたわけではない。

 

 死喰い人であるクラウチ・ジュニアの共犯者だった。

 

 それはつまり──当然、ペティグリューは死喰い人であり、ペティグリューがジェームズ・ポッターを裏切った。シリウス・ブラックは冤罪だ。という事になる。

 

 最も良い形で、真実が暴かれたといえるだろう。

 

 ダンブルドアは少し黙って、深く頷く。

 ……あ、ちょっと警戒されてるかこれ。

 そうだよな、あまりにこの流れはシリウスに対して都合が良すぎる──まさに奇跡的な状況なわけだし。

 

 

「……ペティグリュー自身の明確な罪──ノアへの死の呪文、ハリーへの危害──それらは、明日にでも大々的に書かれ、死喰い人として指名手配されるじゃろう」

「本当ですか。よかった! シリウス、完全な無罪の証拠が揃わなくても、少なくとも、今までよりずっと動きやすくなるでしょうね。今まで窮屈な暮らしをしていたから喜ぶだろうなぁ」

 

 

 外に出る時は犬の姿でなきゃいけないし、今までは家で篭りっぱなしだった。

 でも、シリウスの大きな罪が白紙に戻れば、堂々と表を歩く事もできるし、夢だったハリーと一緒に暮らす事も、将来的にはできるだろう。

 今は俺のペットだし、ハリーはダーズリー家に帰らなければいけない理由があるから無理だとしても。

 ……ん? でも、あれはヴォルデモートや死喰い人に襲われないようにするための防御策だから、俺の家で全員で暮らすなら別に無問題なのかな。

 ま、それは後で、シリウスが無罪になってからダンブルドアに確認しよう。

 

 

「ありがとうございます、大体聞きたいことはわかりました」

 

 

 新聞を閉じて、ダンブルドアに言う。

 笑いかけたけど、ダンブルドアは真剣な目で俺をじっと──測るように見つめた。

 

 

「……ノア、きみは、そのために魂を捧げたのか?」

 

 

 静かに問いかけられる。

 俺はしばらく黙って──笑った。

 

 

「安い代償でしょう?」

 

 

 口にした瞬間、ダンブルドアの顔が、ほんの少しだけ複雑に揺れた。

 

 

「……わしにはそれを、褒められぬよ」

 

 

 その顔は、笑うには痛すぎて、叱るには優しすぎた。理解と危惧が同居していて、目の奥に影が落ちていたことに気づく。

 

 ダンブルドアは、俺の考えを一番理解してくれるだろう。ダンブルドアも、理想的な世界のための必要な犠牲を知っている人だから。

 

 それでいて、ダンブルドアは自身以外の犠牲を嫌う。多分、俺の『安い』は、ダンブルドアにとっていちばん高い。

 

 俺は視線を外し、喉の奥のひりつきを誤魔化すように小さく息を吐いた。

 ほんの少しだけ、冗談めいた声にして続ける。

 

 

「……それに、これでヴォルデモートは、たぶん俺を優先して狙うようになりますよ。ハリーより先に、消しておかなきゃいけないって思うはずです」

 

 

 ダンブルドアの眉が、わずかに動く。

 

 

「……なぜじゃ?」

 

 

 あれ。そこ、気付かないんだ。

 俺はきょとんとした顔で瞬きをしてしまった。……ああ、そっか、ダンブルドアの中にその測りがないからかな。

 

 

「気付かないんですか?」

 

 

 肩をすくめて笑ってみせる。

 

 

「俺とヴォルデモート、わりと似てるんですよ。才能も、魔法も、孤児であることも、人を惹きつけるところも──」

 

 

 少し考えるふりをして、言葉を選ぶ。

 

 

「違うのは……俺がマグル生まれなところくらいです」

 

 

 その差が、決定的な差すぎて、自分で言って少し笑ってしまった。

 

 

「俺は、世界で一番、都合の悪いマグル生まれですよ」

 

 

 沈黙が落ちる。

 その沈黙は、否定ではなく、理解だ。

 

 ヴォルデモートが純血の神話で人を集めるなら、俺はマグル生まれの現実で、同じくらい人を動かしてしまう。

 

 

──それが、あいつにとって一番許せない。

 

 

 ダンブルドアは何も言わず、ただ一度だけ、深く瞬きをした。

 その仕草が、なぜか、短い祈りのように見えた。

 

 

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