兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
新アイテム、トム・リドルの日記!
「てれれってーてってー!」
某秘密道具のように出してみるが、観客がいないと盛り上がらないな、気分的に少しテンションが上がっただけだ。
必要の部屋で「分霊箱を調べるための誰にも邪魔されない場所」を願い現れた部屋は、普通の教室くらいの広さの部屋だった。
壁に本棚があり、部屋の中央に三人掛けのソファとローテーブル。談話室のような暖炉が一つ。窓はなく少々圧迫感があるが、俺は閉所恐怖症ではないから問題はない。
本棚にある本は、なんかやばそうなものばかりだった。深淵の魔術書、忌呪一覧、最も邪悪なる魔術、古の部族に伝わる禁じられた呪い……などなど。多分「分霊箱を調べる」という言葉に反応して現れたのだろう。
ま、一応どこで役に立つかわからないから後で本はささっと目を通すとして。
ローテーブルの上に日記を置き、表紙を開く。
ついでに破れないかなーって引っ張ってみたが、やはり分霊箱は素手では破壊できないようでどれだけ力を込めても、ナイフを出現させて切ってみても無理だった。
……サラザール・スリザリンが生み出したあのやばい薬だったら溶けそうではあるな。
あー確か鞄の底の方に、まだ少し残ってる瓶が転がってたような……いやいや、流石に試したらやばそうだからやめておこう。
「さーてと。リドルはどんな反応するかな?」
俺はリドル=ヴォルだとは気付いていない、という設定だから話す内容気をつけなきゃなぁ。これはただの昔の優等生でイケメンのトム・リドルの日記。……よしよし。
──ハリーから日記を借りた。ノア・ゾグラフだ。よろしく!
──よろしく、ノア。僕はトム・リドルです。
──トム・リドルってあのめちゃくちゃハンサムの?ファンクラブがあった?
──僕は普通だと思うよ。ファンクラブの存在は……知らなかったな。君は、とても素晴らしい人だと聞いているよ。
──隠し撮り写真が闇取引されていたトム・リドルくん?
──僕と同じ名前の人には出会った事がないから、多分僕のことだね。隠し撮り写真だなんて……恥ずかしいな。
──イケメンの宿命だな。俺もリドルの写真一枚持ってるぜ?
──隠し撮りを?……申し訳ないけど、隠し撮りは気味が悪いから処分してくれないかな。
──だが断る!
しばらく返事がなかった。
俺はリドルの事を知らない設定だが、リドルは俺の事を知っているはず。俺がこういう性格なのも、めちゃくちゃ強いのも理解してるはずだ。
だからジニーのように俺を操ったりしようとは思わない、はず。
──頼むよ。
「リドルに頼まれた……」
どんな顔で頼んでいるのかは凄く気になるが。間違いなく目は笑ってないだろ。脳内でクルーシオとかアバダケタブラとか唱えてるな、間違いなく。
──本人っていう証拠がないからなー。この日記、どういう原理で返事してんの?
──僕の記憶をこの日記に記録しているんだ。絵画の魔法を応用してね。うーん、僕が僕だという証拠を見せるのは……難しいかな。
おや。
俺には五十年前のハグリッドを陥れた場面を見せてくれないのか。ある程度仲良くなってないと無理なのか?それともなんか不都合な点あったっけ?
──実体化とかできないのか?ゴーストみたいに。
──僕はゴーストじゃない。実体化は……僕は確かに僕としての記憶があり、本体を超えて思考する事ができる。とはいえ、簡単な事じゃない。
「ん?」
あれ、確かジニーの命だか魔力だかを吸って実体化してなかったっけ?
ジニーを操るには、ジニーに自分の魂を注いで操る。実体化する時はジニーの命を吸収する。それでハリーと対決してたよな。
もしあの時ハリーの到着が遅れてリドルの方に命が全て注がれ切りジニーが死んでいたとしたら。リドルの日記は日記を超越し、十六歳のトム・リドルが世界に実体化したはず。
よく考えれば、分霊箱の中でリドルの日記だけが異質だよなぁ。切り分けた魂と共に記憶を込めたから意志を持って独立したのかな。持ち主と会話して交流して、依存させて異質な繋がりができるとリドルが力を得て命を奪えるようになっていく。
分霊箱でありながら、人間として存在するようになる……分霊箱人間トム・リドル。ただし弱点は心臓ではなく日記。
「──もしかして、実体化は奇跡と偶然の副産物なのか……!」
はっと気付いて小さく叫ぶ。
膝をぱちんと手で叩き、思いつきにしては悪くない仮説に口先がにやりと弧を描いた。
そうだ、きっとそうなんだ!
もしはじめからそれを知ってたら、ヴォルデモートは実体化できるように自分の分霊箱を全て日記形式にしただろう。
本体の肉体が滅びた場合、魂は残ってもゴーストのようになってしまう。復活するには何が大変ってこの世にもう一度肉体を得る事だろうし。
分霊箱を作った人も世界で発明者とリドルだけだし、分霊箱自体謎が多く研究され尽くしてはいないんだろう。きっと予想外の奇跡が起こったんだ。
分霊箱の魂が自我を持ち実体化できると知っていたら、ヴォルデモートはそんな大切な日記をルシウスなんかにホイホイ預けなさそうだ。
「つまり……」
当時のリドルは力を得て人を操れるようになるだけ、だと思っていたんだろう。
分霊箱がそばにあると持ち主は影響を受けて精神が不安定になる。それは多分ヴォルデモートの邪悪な魂が流れ込んできているから。
他の分霊箱はどれも一方的な影響だったけど、日記の分霊箱だけが、持ち主の心や思いを分霊箱に流し繋がりを与えることができる。結果、生を得て力を得たヴォルデモートは魂を奪えるようになり、実体化ができる。
そもそも、もしはじめから実体化できるとわかっていたら、わざわざジニーを操って騒ぎを起こす必要はない。
ジニーに怪しまれて日記を捨てられる危険をおかさずとも、ゆっくりと力を得てジニーの魂を奪って実体化してから、継承者になればよかったんだ。
ああ、未来のクラウチのようにジニーを殺してからポリジュース薬で成り代わった方が安全かな?戸籍も立場も用意されることになるし。
「ま、この時のリドルは十六歳でまだまだ魔法の全てを理解してるわけじゃないし、抜けてるところもあるしなぁ……」
もしくは、当時気が付かず日記に記憶をこめて分霊箱にし、その後闇の魔法を得るために世界を奔放している時に実体化の可能性に気付いた。だから日記のような分霊箱を増やすことはなかったとか。
同じ思考を持つ存在とはいえ、世界に何人も自分が生まれるのは嫌だったのかな?ヴォルデモート同士で潰し合いとかなったら本末転倒だし。
返事を書かずに思案していると、日記に「ノア?」と文字が浮かび上がった。何としてでも隠し撮り写真を葬りたいリドルは、俺との会話を終わらせたくないのだろう。
俺はリドルの問いかけを無視してペンをおいて立ち上がり、本棚の方へ向かった。
埃一つない、綺麗に並べられた本。本自体は色褪せたものや、少し状態が悪いものがあるが読めなくはない。
数冊適当に抜き出して、ソファに戻り、寝転びながら本を開いた。
「うーわ、細かい字だな……」
げんなりしながら読み進める。
俺は魔法を理解せずともその存在と方法さえ知ってしまえば使えるようになる。
めんどくさくて長い詠唱も、召喚のための魔法陣も、細かくシビアな手順も何もかもが必要ではなくなる。
新しい魔法を作る事だって、俺には不可能ではない。──そっちは100%成功するわけじゃないが。
ぱらぱらとめくり、魂や生命、絆や道に関係のありそうな項目だけを読み進めること小一時間。
目がしぱしぱとしてきて、だんだん集中力が無くなってきたから一度本を閉じてぐっと伸びをすれば、肩や背中あたりからごきりと嫌な音がした。
「さて」
開いたままの日記に手を伸ばし、インク壺に乾いたペン先をちょんと差し込む。
──実体化のいい方法を思いついた。
それだけを書き、リドルからの返事を待たず俺は日記を鞄の中に入れ、その場から姿くらましをする。
「──おっと、服装変えなきゃまずいな」
こんな場所に、こんな時間にホグワーツ生がいたら不審がられてしまう。
俺はハッフルパフのネクタイを外してローブのポケットに突っ込み、深くフードを被る。
そのまま悪臭漂う薄暗い路地へと進んだ。
ーーー
──おまたせ。
──おかえり。良い方法って、何かな?
白い空間に文字が浮かび上がる。
一時間以上待たされたリドルは苛立ちを感じたがそれを微塵も出さずノアに返事をした。
良い方法だなんて、存在しない。
そもそも実体化だなんて現実的ではないし、可能なのはこの日記の持ち主を操る事だ。──勿論、それ自体が誰にも思いつけないような素晴らしい事だが。
一体何をする気だろうか、とリドルは思考した。──思考することしかこの世界ではできない。姿も形もなく、ただ白い空間に現れる言葉に返答するだけの世界だ。そのプロセスを経て、目に見えぬ通路ができれば支配する事が可能になるとはいえ、まだノアとリドルには何の通路もない。ノアがジニーのように悩みを相談し依存する事など無いだろうとリドルは考えていた。
努力すれば、どんな人にだって魅力的に映る事ができるトム・リドルが、そう思ったのだ。
それにしても、ノア・ゾグラフ。食えない男だ。
僕とは協力関係にあるとはいえ、実際は何もせず笑っているだけ。このホグワーツから穢れた血を一掃しようと本気で思っているのか。
掴みどころのない男で──かなり、強い。あの防御魔法は一体何の魔法だ。今の僕が知らない魔法を使う男。「世界最強の魔法使い」だなんてガキっぽい馬鹿げた台詞が、否定できないのが癪だ。まあそれでも、間違いなく未来の僕には敵わないが。
リドルはじっと白い空間を睨む。そこは見飽きたほどの、いつも通りの白であり、リドルはほんの僅かに、落胆した。
──ほら、何も起こらない。
その時、何もない自身の体に何かが流れ込んできた。それは日記に染み渡るものであり、リドルは久しぶりの感覚に怪訝な顔をした。
それは自分に依存し、無防備になった心から漏れ出る生者の命だった。ジニーが悩みを吐露し依存し、少しずつ命を削っていったように──いや、それ以上の勢いで命が流れ込んでくる。
刹那、リドルは自分に目がないにも関わらず、目の前に強い光が放たれたような気がして反射的に目を閉じた。
目を閉じ、目を開く。
その当然の動作すら久しく忘れていた感覚だった。その瞬間、内臓の奥がずしんと重くなりリドルは眩暈に似たものを感じる。
目を開け──そう、リドルには目があった。
ぼやけた視界が何度か瞬きで遮られた後、リドルの目に強烈的な情報が飛び込んできた。それはただの特徴のない茶色い床と、自分の靴先と、手だった。
「──っ」
初めて呼吸をしたように、リドルの一呼吸目はつっかえた微かなものだった。
世界を感じる重み、鼻腔をくすぐる匂い、ぱちぱちと暖炉の火が爆ぜる音。どれもが、本来リドルが──胸を掻きむしるほど焦がれ──持ち得ないはずのものだった。
「うわまじでイケメンじゃん」
「……は……」
「ゴーストよりも色はあるけどぼやけてるんだなー」
「……これは……」
ノアはリドルの動揺や激しい混乱をつゆとも気付かず声を上げ、白い頬を血色のいい赤色に染めてニコニコと楽しげに笑った。
自分より頭一つ分は高いリドルを有名な絵画を見るようにまじまじと見上げるノアは、手を後ろで組みリドルの周りを回る。
リドルは、世界に存在していた。
体の色彩はゴーストよりも鮮明で、人間よりは朧げであった。
それでも五感があり、唾を飲み込めば唾液が喉を通った。意識の通りに指先は動き、見開いた目が痛くなり瞬きをすればその痛みが和らぐ。そんな、人にとって当たり前の動作が、リドルにとってはしばし思考が停止する程の衝撃であった。
現実として不可能だと思っていた。
分霊箱を製作するための切り離した魂であってもリドルはリドルであり、意識がほぼ半永久的に何もない世界に固定される。──それは理解していた、覚悟もしていた。それに、分霊箱の重要性も、いずれ自分が途中で断念したホグワーツから穢れた血を一掃するということを願ってのことだった。
誰かが自分を目覚めさせ行うだろうと、だからこの記憶を閉じ込め残さねばならないのだと理解していた。
しかし、分霊箱となったリドルは、自分が生きてきたよりも長い年月を何もない世界で過ごし、覚悟はしていたといえ──正直なところ、本当に気が滅入っていた。
いつ開かれるかもわからない。
本当に開かれるのか?未来の僕は穢れた血をホグワーツから一掃する事よりも重要な事を見つけ、僕を誰も知らぬ安全な場所に隠したのではないか。
意識はあるのに、思考はできるのに、何もできない。なんの影響も及ぼせない。
──このままこの辺獄に似た場所で永久を過ごすのではないか。
そう考え狂いそうな程の怒りと焦燥を感じたのも事実。
そんな中、久方ぶりに変化が起こりジニーを通して世界を感じられるようになり、リドルは身が震えるほど歓喜したのだ。
ホグワーツから穢れた血を排除するために、自分が分霊箱となってから何年が経ったのか──そもそもここはホグワーツなのか──リドルはジニーから情報を得ていき、幸運にもホグワーツに持ち込まれている事を知った。このままこの女を操り継承者として穢れた血を一掃する。そう思いながら情報収集に勤しんでいると、世界がいまどうなっているのかを知った。
知ってしまったのだ、ヴォルデモート卿がただの赤子に負けたという何よりも信じ難い事を。──だが、実体化はそれ以上に信じ難いことだった。
実体化。
それは、ジニーがリドルに与えた世界なんて忘れてしまうほどのものだった。
まさに、狂喜だった。
「リドル、どうした?」
ノアに話しかけられ、リドルは小さく息を飲みなんでもない風を必死に取り繕った。
体の中では存在しないはずの鼓動がドクドクと煩く落ち着きがなかったが、胸に手を当て必死にガンプの元素変容の法則を唱えつつ長く深呼吸をした。持ち前の精神力とポーカーフェイスでなんとか湧き起こる衝動を押し留め自分を見上げるノアを見下ろす。
「……ノア……?」
「なんだ?」
リドルはゆっくりと目を瞬かせる。
ジニーの瞳を通して見た時も、この男の外見の良さに驚いた。
しかし、今自身の目で、五感でノア・ゾグラフを知ったとき。リドルはその衝撃を言葉に言い表すことができなかった。
──取り乱すな、隙を見せるな。
僕はトム・リドルではない、ヴォルデモート卿だ。
リドルは何度も反芻し、気を奮い立たせると涼しい顔をしてあたりを見渡す。
無様に慄き気が動転している姿を他者に見せるくらいならば、リドルは死んだほうがいいと本気で思っているのだ。
──ここは教室ではない。ノアの自室か?
見慣れない部屋だ。ホグワーツにこんな場所があったか?五十年で少々変わったのだろうか。
ふと、リドルはノアの隣でボロ雑巾のように這いつくばっている者の存在に気付いた。
それは、ホグワーツの生徒ではない。汚らしい風貌をした、成人をとっくに通り越した男性だった。その男はぐったりと伏せていて、ぴくりとも動かない。どこからか据えた臭いがしていたのは、間違いなくこの男の体臭だろう。
「……この人は?」
「リドルが実体化するために命を差し出したやつ。感謝しろよー?」
「まあ、魔法使ったのは俺だけど」とノアはあっけらかんと説明し、浮浪者のようなその人の元にしゃがみ込み口元に手をかざした。「あ、まだギリ生きてるな」と安心しているのか、ただの確認作業なのか小さく呟くと全く気にせずすぐに立ち上がった。
「君はなんて事を……」
リドルは驚愕というよりも、ある意味歓喜に似た色を持つ声で呟いたが、ノアは首を傾げ、不思議そうな目でリドルを見つめた。
「悪い事じゃないだろ?」
そういってノアは美しい表情で微笑む。
リドルはその笑顔の美しさに、感覚が宿った手を無意識のうちに強く握りしめた。
元々、楽観的で享楽的な考えをする男だとは思っていた。世界の全てが自分のものになると本気で思っているような全能感で溢れ、自信と優越感で構築されたような男だった。
世界の光を集めた太陽のように輝くノアの、陽が刺さない闇の部分。
光が明るければ明るいほど、その光が生み出す闇の濃さは際立ち異彩を放ち、リドルが好む湿度と粘度を孕んでいた。
それは、日食がもたらす陽炎の闇に似ていた。
リドルは唐突にノアが孤児なのだと、ジニーが日記に書いていたことを思い出した。
自分と同じ孤児。見目のいい外見。排他的で利己的で、真底自己中心的な思考。
その上で全てを騙し抱擁し、完璧な表情で世界を呪う。そして、何よりサラザール・スリザリンの血縁者の証である蛇語使いである。
──それに、僕に実体をくれた。
リドルはノアとの類似点に気づいたと同時に、生まれて初めて他者に純粋な尊敬にも似た感情を抱いた。
何も言わないリドルに、ノアは「何か変なことを言っただろうか」と首を傾げる。ノアも、路地にいた見知らぬ人間を攫って無理やり言うことをきかせたわけではない。流石にその辺のぎりぎりな常識は持ち合わせていたのだ。
ただ、少し強めにお願いしたに過ぎない。
ノアの眩暈がする程の美貌と、睫毛の奥に火花を散らすような輝く眼で見つめられ、赤い果実のような目を引く唇から発せられるどろりとした甘い願いに逆らえなかった男が不運なだけであり、ノアに罪の意識は微塵もない。
──だって、主要キャラでもないし。
ノアの基準は、あくまで「ハリー・ポッターの世界において重要か否か」だった。
その世界は、ノアにとって絶対であり綻びを許さないものであった。
過去の記憶を掘り起こし、哀れな男は間違いなく世界に名前の一つも出てこない、影も形もない、誰とも袖を交わさない存在だと判断した上で、その男に声をかけたのだ。
「ま、邪魔だから消しとこう」
ノアはその男の肩にぽん、と触れた。
途端に男はぐにゃりと歪み姿眩まし独特の音をさせながら消える。
男が元いた場所まで転送させたに過ぎないが、ホグワーツで姿眩ましができないと思っているリドルは、物理的に消した──殺した──のだろうと考えた。
ノア・ゾグラフがわからない。
こんなに掴みどころのない人は、初めてだ。
僕も人が死んだとしても全く気にしない、心なんて痛まないが──ノアのこの表情は、他者の死を軽く見ているわけでもなく、利己的な殺人とは少し違う。
虫を殺すように人を殺せる──違う、作者が物語の中で登場人物を殺すように殺せるんだ。
人は虫ではなく人だとは思っているんだ、だけど、人に興味がない。同じモノだと思えないんだろう。なら、なぜ僕をこんな目で見るんだろうか?
楽しそうで、心底嬉しそうに目が弧を描いているのを見てリドルは不思議でならなかった。
「あ、ばれたらめんどくさいから誰にも言うなよ?」
「……僕はただの記録に過ぎない。だから、君を制限する事も、断罪することもできない」
一応、リドルは優等生の皮をかぶったままそう言い訳をした。リドルとて人の生き死に興味はないが、無反応なのも賛同するわけにもいかないだろう。
「実体化……どうしたんだ?」
「あー。あの辺の本にあった魔法の応用だ。絵画の魔法は記憶と記録を使うだろ?ゴーストは魂と存在の残滓。男の魂を肉体から切り離してあの男とリドルに結びつきを作って、魂を流し込ませた。流石に完璧に存在はできなかったなぁ。あの男の魂全部使ったらできそうではあるけど」
リドルは自分の手を目線の高さに上げ、じっと見る。
そうか、結びつきがあれば魂が混じり合う。僕は流れてきたジニーの命を使い力を得て自分の魂の一部を流し、操っていたが。操らずとも全て僕のものにすればいいのか。──そんな事が可能だったなんて。
「……魂を切り離すとは?」
「魂って意外と簡単にどっか行くんだよなぁ」
「……」
そんなことあるか。とリドルは内心でつぶやいたが下手に同意し議論すると分霊箱の事を知られかねない、と感じ沈黙した。
勿論リドルは自分の本体が魂を分断し過ぎた反動でうっかりと離れやすくなり、一部がハリーの魂に引っかかってしまったとは知る由もない。──もし、魂について議論していたら、その可能性に思い当たったかもしれないが。
「あーでも、だんだん薄くなってるな。やっぱ本体の魂との結びつきの方が強いのか……」
リドルは先ほどまではっきりとしていた感覚が徐々に朧げになり、体に感じていた重力が薄まるのを感じた。
見つめる手の輪郭は不明瞭で、ゴーストのように半透明だが色彩があり、その先には嬉しそうに目を細めて笑うノアが居た。
「知ってるだろ?俺は世界最強の魔法使いなんだよ」
「……素晴らしいね」
リドルは得意げになって笑うノアに、嘘偽りのない言葉を送る。
この方法は知らなかった。だが、次に僕に心を開いた相手の魂は全て奪い──この世に存在する事にしよう。
ノアはリドルからの素直な賞賛を聞いて嬉しそうな顔をしていたが、「それよりさ」と手を叩いた。
「まじでトム・リドル本人だな」
「……そう言ったじゃないか。これで隠し撮り写真は処分してくれるかい?」
「うーん」
ノアは楽しげにリドルの周りをぐるりと回る。
リドルは困った顔をしつつも、内心では「早く出せ」と何度も呟いていたが、無理矢理奪うなんて真似はしなかった。
ノアがどれだけ口で最強と言おうが、きっと負けることはない。リドルはそう自負しているがそれも杖を持っていたらの話だ。
「わかった。本人がそう言うなら仕方ないな」
ノアは指をパチンと鳴らす。
その音に合わせてソファに置かれていたノアの鞄の留め金がパチンと外れ、中から写真がふわりと浮かび出た。
その写真はふわふわと漂いながらリドルの前で止まる。リドルはその写真を手に取り、暫くじっと見ていたが、すぐに興味がなさそうに暖炉の中に投げ入れた。
ひらりと空を舞った写真は自ら炎の中に身を投げ、すぐにパチパチと赤い炎に焼かれ、朽ちていく。ここ数ヶ月の悩みが解消され、リドルは ふう と安堵の息を吐いた。
「リードル」
「何──」
パシャ。
突如カメラのシャッター音と共に白い光が放たれた。
リドルの目の前にはカメラを抱え満面の笑みを浮かべるノアが居て、そのカメラは今まさに新しい写真を吐き出していた。
「よかった!写ってるな。隠し撮りじゃなきゃオッケーだよな?」
「……」
「あ、ツーショも撮ろうぜ!はい、ポーズ!」
「……」
ノアは無言のリドルを全く気にする事なく隣に並び、完璧なキメ顔で写真を撮った。
リドルは脳内で知略を駆け巡らせ、何とか衝動的な行動を──例えば杖を奪い殺すとか──耐える。
「ごめん、ノア。僕は写真が嫌いなんだ」
「えー。リドルと写真撮るために実体化させたのになぁ」
「それも燃やしていいよね」
「疑問系できけよ」
ノアは主要キャラと写真を取るという密かな願望がある。
一部の偏屈なキャラクターを除き、ノアの願望は達成されていて、できればコンプリートしたいと考えている。
主要キャラの中で今年を逃せば撮ることが不可能になるのがトム・リドルだった。
ノアがリドルを実体化させたのも、リドルのためではなく単純に「そうだ、実体化させて写真撮ろう」そう思っただけに過ぎない。
リドルの低い声にノアはつまらなさそうに愛らしい唇を尖らせる。「早く渡せ」とばかりにリドルは無言で手を差し出し続け、ノアは深いため息を吐いた後、手に持っていた二枚の写真を渡した。
リドルはそれを一瞬たりとも見ること無く暖炉の中に投げ捨てた。
リドルが再び写真を焼いている間、ノアはぶつぶつと文句を言いつつすぐにカメラを鞄の中に隠す。ノアが持つカメラは最新式で、すぐに出てくる一枚は言わば確認用だった。この本体にも写真は記録され続け消える事はないのだが、勿論五十年前に生きていたリドルはカメラの性能が格段に進化している事を知らなかった。
もし知っていれば──いや、ノアの性格を深く理解しているセドリックやフレッドやジョージならば、あまりにもあっさりと引き下がったノアを疑問に思っただろう。
「もう時間のようだね」
地面を踏み締めている感覚が無くなり、指先から空に溶けるように少しずつ消えていく。
残念そうに呟くリドルに、ノアも残念そうに「短いなぁ」と呟く。
「……君に会えてよかった、ノア」
その言葉はさらりとリドルの口から溢れ出た。ノアは心から驚いたように目を瞬かせリドルを見上げる。驚いたのは、リドルの言葉に打算的な響きが感じられなかったからかもしれない。
ノアは一瞬何か言おうか口を開いたが、すぐにきゅっと唇を結ぶと真夏に咲く大輪の花のようにパッと笑い手を振った。
「またな、リドル」
リドルは再び日記の中へと戻り、ノアは一人きりになった部屋で黒い背表紙の日記を見下ろした。