兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
97 犬
夏の暑い日、俺は孤児院の自室にあるベッドに寝転んで数枚の資料を眺めていた。
細かい字で色々な事が書いてある文章を右から左へと読み流し、とりあえずサインが必要な箇所だけチェックする。
書類は俺が暮らしている孤児院のシスターであり、職員であるライカママから受け取った面会許可証、はたまた戸籍やらなんやら。
それと、数日前にペットのシロオオタカのシロ──ネーミングセンスは気にするな──が持ってきた書類。全てにサインをして、「ふあ」と欠伸を零しつつ、机の上にぽいっと投げる。あ、二枚くらい床に落ちたけど、ま、いいか。
指を振って魔法を使おうとして──出しかけた人差し指をぐっと握り込む。
そうだった。忘れかけていたけど、マグル界に住む未成年の子どもは魔法を使ってはならない。それが魔法界のルールだ。
めちゃくちゃめんどくさいことこの上ないが、マグルから魔法界を隠す事が目的だから仕方ない事だ。
今回の夏季休暇は去年からこっそりと計画していた事を進めていたり、休暇中しかできない仕事をこなしていたから夏休みはもうすぐ半分過ぎて──。
「──あっぶね!今日だ!」
カレンダーを見て慌ててベッドから飛び降りる。うーん、服装ラフ過ぎるけどまぁいいかな。
机の引き出しに入れておいた包みを取り出し肩掛け鞄に入れ、部屋にある姿見の前に立ち、軽く髪や服装を整え、最後に一番下の引き出しに入ってある書き損じた羊皮紙を手に持つ。
その瞬間、臍の奥から引き込まれるような感覚がし、瞬き一つする間に孤児院の自室から、木の虚の中へと移動していた。
人を焼き殺さんとする太陽の直射日光が無い分、やっぱり虚の中はひんやりとして気持ちがいいが、流石に俺も背が伸びたし狭くなってきたな。
頭を打たないように気をつけながら外へ出れば、真夏の昼間、という事もあってか広々とした公園は閑散としていた。地面からはゆらゆらと陽炎が上がってるし、公園にある遊具も熱されたフライパンのようになっている。
すぐに額にじわりと汗が滲み、今すぐ魔法を使いたい気持ちをグッと堪えながら木の幹に背中を預ける。
「ノアー!」
数分もせず俺を呼ぶ声が遠くから聞こえ、そちらを見ればぶんぶんと大きく腕を振る満面の笑みのハリーが居た。
ハリーは道路を挟んだ向こう側から全力速で走り、いく筋もの汗を流しながら駆け寄り俺の前で急ブレーキをかけ止まると、膝に手を置き「ごめんね、待たせ、ちゃって」と、はあはあと息を切らせながら言った。
「いや、俺も今来たところだから。……すっごい汗」
「暑いし、走ったし……」
ハリーは気恥ずかしそうに笑いながらオーバーサイズすぎるヨレヨレのシャツの裾で顔の汗をぬぐう。健康的な腹がチラッと見えていたが、俺は子どものヘソで興奮する変態さんではないためスルーしておいた。
ハリーの額や頬にはくるりとした黒い髪がぺっとりとついている。ハリーは呼吸を整え俺と向き合うと、何かを期待する目で俺を見つめた。
「ハリー、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
俺の一言でハリーは花が飛びそうなほど喜び、俺に抱きつ──こうとして、自分が汗まみれなことに気付き、流石にハグは諦めたようだ。おお、ハリーも少しずつ成長しているな。昔の幼いハリーならきっと気にせず思いっきりハグしてただろう。
「これ、この前仕事でロンドンに行った時に見つけたんだ」
鞄から包みを取り出す。ハリーは両手でしっかりと受け取ると目をキラキラさせ、心の底から幸せそうに「ありがとう!」と言った。
「開けてもいい?」
「勿論。使ってくれると嬉しい」
「ノアがくれるものは何だって使うよ!」
ハリーは破れないように丁寧に包装を取り、そして中に入っている黒い滑らかな皮の箱に刻まれた金文字を見て「わあー!」と歓声を上げる。
「ゴーグルだ!」
「ハリーが使ってるのは学校の貸し出し用のだろ?これ、プロも使ってるやつだぜ。丈夫で軽いけどズレないし、撥水魔法もかかってる。俺も同じの買い替えたんだ」
「ありがとう、凄く嬉しい!これ、次の試合から使うね」
ハリーの誕生日プレゼントに用意したのはクィディッチ用のゴーグルだ。クィディッチ用、というよりは箒での飛行用ゴーグルといった方が正しいかもしれないが。
学校からゴーグルやグローブは貸し出し用があるが、やはり好きなブランドだったり有名選手御用達のブランドのものを個人持ちしている生徒も多い。
ハリーはクィディッチが何よりも好きだし、実用的なものだ。喜んでくれるとは思っていたが、宝石や宝物を見るような目で惚れ惚れとゴーグルを見ているハリーの横顔を見ると、なんだか微笑ましいな。
「どうする?ここは暑いし、どっか店でも行くか?」
「あー……ものすごくそうしたいんだけど……。実は、今日から一週間、バーノンおじさんの妹のマージおばさんが来るんだ。あの最低のね。家を出て行きたいくらいなんだけど、もてなせって言われて」
「今日?」
「うん、ごめんね、約束してたのに……僕も今朝初めて聞いたんだ。どうせ、わざと教えてくれなかったんだと思う。ノアと会うの久しぶりだったのに、本当最悪だ……せめて一日ずれてたら良かったのに……おじさんからの過去最低の誕生日プレゼントだよ」
ハリーはゴーグルを抱きしめながら心底残念そうに呟く。
マージ……あー。そうだ。ハリーはそのマージに自分の両親を貶されて怒り爆発して無意識に魔法を使って家を飛び出して漏れ鍋で過ごすんだったな。
「十時にはマージおばさんが来るんだ。それまでに魔法関係のものを全部片付けろって言われててさ。……僕は非行少年院に収容されてる事になってて、一週間口裏を合わせる事ができたら、ホグズミードの許可書にサインくれるってバーノンおじさんが約束してくれたんだ!ノアと一緒に行くために、頑張るよ」
「そうか、ハリーももう三年生だもんな。一週間……長いけど頑張れよ」
「うん。……もしノアの予定がなかったら明日から一週間、朝に少し会えないかな?多分、マージおばさんのブルドッグの散歩を任されると思うんだ。孤児院のノアの部屋のそばまで行くから……どうかな?」
「朝か……そうだな、少しなら」
「本当?やった!楽しみがないと一週間耐えられないところだったよ」
ハリーは嬉しいような悲しいような複雑な顔で言うと、公園の中央にある時計台を見て「今すぐ時が止まってくれたらいいのに」と嫌そうに呟いた。
俺とハリーはそのまま木の幹に体を預け、僅かな木陰で取り止めのない話をする。ロンの家族が宝くじが当たってエジプトに旅行へ行っていると言うことはフレッドとジョージの手紙で知っていたが、ハリーが自分のことのように嬉しそうに話すから黙って頷いておいた。
そうしているうちに十時前になり、ハリーは大きなため息をつき肩を落とし、プレゼントのゴーグルの包みを大切に抱えながら名残惜しそうに何度も振り返りつつ「朝九時には行くから!」と言い家へ帰って行った。
次の日からハリーは朝九時きっかりにブルドックと一緒に俺の部屋の窓の外で待っていた。孤児院は青々とした生垣で覆われているが、子どもなら這って侵入できる程度の穴が空いている場所があり、ハリーは決まってそこからこっそりと侵入した。
朝の散歩ついでだから話せるのは三十分程度だけれど、ハリーはそんな短い時間でも会えて嬉しいといつも笑顔で会いにきていた。まあ、話の半分はマージとダーズリー一家への愚痴と、早くホグワーツに行きたいという話だったが。
ハリーの忍耐力が試される一週間の最終日。俺はいつものように寝巻きから黒いシャツとジーパンに着替え、部屋のカーテンを開ける。
「ん?」
きっと、ハリーがブルドックと共に待っているだろうと思ったが、窓の外は無人でいつも通り青々とした生垣があるだけだった。
ハリーはいつも、その生垣と生垣の隙間からこっそり孤児院の敷地内に入ってくるはずなんだけどな。
部屋の時計の針は九時二分を指している。時間にルーズではなく、少し早めかちょうどくらいに来るハリーにしては珍しいな。
そう思いながら窓を開け、少しを身を乗り出す。風が吹き生垣の青々とした葉が揺れ、それと同時にどこか獣臭いにおいが鼻をツンと刺激した。
ブルドックのにおいか?と窓枠に手を置き、さらに体を前に乗り出す。生垣の奥にちらちら見えている大通りには、ハリーらしい姿は無いし、何のにおいだろうかと首を傾げ──て、そのままふと下を見た。
「……」
「……」
俺の部屋の窓のちょうど真下に黒くてでっかいものがあった。それは俺を見上げぴしりと固まってしまっている。
風がまた吹き、ふわりと獣臭が漂う。なるほど、臭いの発生源はコイツか。
こいつがここに居るってことは、ハリーはもしかしてもう漏れ鍋に行ったのか?いつ行ったか忘れたけど、来ないってことはその可能性が高いよな。
俺はニヤリと笑い──黒くて大きいものはびくりと耳を動かした──窓枠からひらりと外へ飛び降りる。
黒くて大きい獣は、少し体を持ち上げたが逃げ出すことも威嚇することもない。ぼさぼさでゴミや枯葉をつけて、見窄らしい姿はしていたが目だけはぎらついていた。
「お前、飼い主は?」
「……」
「おいで、体洗ってやるから」
「くぅーん」
鼻が詰まったような情けない鳴き声を出す黒犬に「おいで」と手招きする。黒犬は迷うように尻尾を揺らしていたが、のそりと立ち上がると俺の後ろをゆっくりと着いてきた。
さて、言葉がわかる賢い犬と捉えるべきか、当然だと考えるべきか。
孤児院の庭へと周り、誰もいないのを確認して蛇口の方へ小走りで向かう。えーと、石鹸は……無いけどいいか。とりあえず水洗いで。
水色のホースを片手に持ち蛇口をひねれば、黒犬は突然走り出して勢いよく流れる水を飲み始めた。長い舌をべろべろしてまあ必死な事で。あーかなり長距離移動してたんだっけ?腹壊さなかったらいいけど。
気が済むまで飲ませてやり、落ち着いた頃合いを見て黒犬の頭から体に水をかける。今日はかなりいい天気だし、黒犬も嫌がる事なく体をもぞもぞと動かしたり、「次はここで」と言うように後ろを向いたり、器用に足をあげたり。……犬に擬態する気あるのか?
「んー、石鹸か櫛がないとダメだな」
表面的な汚れは取れたが、毛の奥の固まったヘドロのようなものや、絡んだ毛は水だけでは取れそうに無い。
黒犬も、心なしか残念そうに自分の体をキョロキョロと見ている気がする。
……ってかこの黒犬ってシリウス・ブラックだよな?タイミング的に、何で俺の部屋の真下に居たのかは知らないけど。
「シリウス・ブラックですか」なんて聞いたらきっとこの犬は逃げ出すだろう。シリウス、好きなキャラだしもうちょっと遊びた──交流したいよな。
うーん、と考え込む俺に、黒犬は何故か申し訳なさそうに尻尾を垂らし──泥水の中に尻尾がびしゃんと落ちた──言葉にならない「くぅーん」という鳴き声を上げる。
──よし、決めた。
「ちょっと待ってろ、石鹸とってくるから」
俺が声をかければ黒犬は頷く。人の言葉を理解しすぎてるしやっぱシリウスだよな。
そのまま玄関の方に周り洗剤が入ったボトルを掴む。すぐに戻れば、黒犬は動く事なく大人しくお座りして待っていた。
「じゃ、洗うから目閉じとけよー」
「わん」
黒犬はちゃんと目を閉じた。
俺は洗剤を出すフリをして指を振り、清め魔法を黒犬に向ける。もこもことした泡が犬の毛の間から溢れでて茶色い地面を白く染めていくのを見て、すぐに近くの石をブラシに変化させて体をゴシゴシと洗ってやった。
黒犬はどことなくうっとりとした顔をして目を閉じ続け、俺がホースからではなく指を振り水を出したのも、毛の絡まりを取るために草を鋏に変えてチョキチョキ切っているのも気がつかないようだった。
「……ま、だいたい綺麗になったか?」
「わん!」
いい仕事した!とばかりに額に浮かんだ汗をシャツで拭う。黒犬は嬉しそうに体をぶるぶるっと震わせ水を弾き飛ばすが、その水の半分は俺にかかった。
「うわっ!」
「く、くぅーん……」
「ははっ!んな顔するなよ。別に怒ってないって」
びしょびしょになってしまい、黒犬は申し訳なさそうに耳をぺたんと垂らしていた。それが面白くて笑えば、黒犬は目をまんまるにさせて驚く。
「乾かすのはなぁ……この暑さだし、自然乾燥でいいか?」
こくり、と黒犬はまた頷く。
黒犬は「ありがとう」と言うように少し頭をさげて庭から出ていこうとしたが──。
「ちょーっと待て。お前、痩せすぎだろ、餌欲しく無い?」
『……欲しい』
どこかに行こうとする黒犬に声をかけたら、黒犬はすぐに振り返り尻尾を振った。
俺の耳には犬の鳴き声も、意味を持った鳴き声なら言葉に聞こえる。低く掠れたテノールの声に、俺はにこりと笑いながら「おいで」と声をかけた。ついてくるように言えば、黒犬はのっそりと俺の少し後ろをついてくる。
まずは部屋へ戻り、ひょいと窓から入りカバンの中に杖と認識阻害サングラスと財布を突っ込む。ガリオン金貨がほとんどだけど、マグルの金も少しはあるしなんとかなるかな。
空を見てみても、やはり未成年が魔法を使用したことの警告文を届けるフクロウはやってこない。机には勿論それらしい手紙は届いていない。──つまり、俺のすぐそばに成人済みの魔法使いがいる、ということだ。よし、これであの犬はシリウスだって確定したな。この世界で黒犬のアニメーガスなんて、シリウス以外にいるわけがないし。
手紙の有無を確認し終わった後、再び窓から外に出て、孤児院の職員に見つからないようにそっと裏口へ向かう。そのまま大通りを進めば、アスファルトの上に黒犬の足跡とぽたぽたと垂れた水が道標のように続き、黒犬は何かを気にするように何度か振り返りながら早く乾かすためにぶるぶると体を震わせていた。
道行く人はビチョ濡れのでかい黒犬を見てぎょっと目を剥くが、その隣にいる絶景の美少年の俺を見て、すぐに黒犬の違和感など忘れてしまう。声をかけてくる人がいないのは、濡れた黒犬があまりに不気味だからだろう。
とはいえその効果はいつまで続くかわからないし、早めにペットショップへと向かう。うーん、開いてたらいいけど、ちょっと早いかな。
少し営業開始時間よりも早かったものの、開店準備を始めていた店長が俺を見てすぐに「店内へどうぞ!」と案内してくれた。
「待て。いいな?──グッボーイ!」
黒犬は店のすぐそば、通行人の邪魔にならない場所できちんと座って頷く。
頭を撫でれば、初めて人に撫でられたというように目を丸くしていて、そんな黒犬に笑いかけながら店の中に入りペットフードやペット専用シャンプー、寝床など色々なものが陳列されている棚を一つ一つ見ていく。
うーん、あるかな。多分この辺だと思うんだけど。
「お、これこれ」
探していたものを見つけ、レジへ向かえば店長がニコニコと笑いながらレジを打ち、おまけに犬専用クッキーを一袋渡してくれた。「ありがとう」と礼を言えばぽっと顔を赤く染めて「いつでもどうぞ」と嬉しそうに手を振る。
店のドアを押し開け、お利口に待っていた黒犬の足元に、今もらったばかりのクッキーを置いてやれば、黒犬は目を輝かせ勢いよくがつがつ食べ始めた。
夢中になって食べている間に、俺は犬の首に革製の赤い首輪と、お揃いのリードを繋げる。
「わん?」
「お前、今日から俺のペットな」
「!!」
クッキーを食べ終えぺろりと舌なめずりをしながら首を傾げる黒犬に、繋いだリードを見せれば黒犬は耳と尻尾をぴんと立て、人間のようにあんぐりと口を開けた。