Infinite ☆ Stage   作:炉心

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これは息抜き作品です。

広いお心でお読み下さい。





わたくし……生まれも育ちも日本なんです!!

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 ざわめきの止まない休み時間の教室の一角で、机に頬杖をついて座っていた少年の傍らへとやって来た少女は、独特のフォルムをした制服に袖を通し、スラリとした均整のとれたスタイルを強調するように腰に手を当て、眼前にいる突然の呼び掛けに間の抜けた声を上げた少年を見下ろすと、どこか人を小馬鹿にしたような視線を向ける。

 

 軽くロールがかった鮮やかな金髪と透き通るブルーの瞳に色素の薄い肌と、北方系コーカソイドに多い身体的特徴を有した少女の纏う雰囲気は居丈高なもので、休み時間という穏やかな筈の場の空気を剣呑な方向へと誘うものだった。

 

 遠巻きに様子を伺っているクラスメイト達を尻目に、少女の発する強気で不遜な雰囲気に若干表情を歪めせた少年に対して、応答を返さないことに苛立ちを覚えた少女の声が響く。

 

 上から目線であからさまに諭すような口調の少女の言葉に対する少年の反応は鈍く、答えた声には正直言って忌避感とか疑問符の要素が多分に言葉尻に含まれていた。

 

 そんな、少年のハッキリ言ってツレない態度。

 

「まあ! なんですの、そのお返事」

 

 眼前の出来事に瞳を大きく見開き、眉尻を跳ね上げた少女は、大仰な仕草で心底呆れ果てたような態度でもって、咎め立てるような調子で口を開く。

 

 そして、流暢な日本語ではあるが、実際の現代日本社会に於いては殆ど使用される機会などない、所謂お嬢様口調がその口から紡がれ続け……

 

「わたくしに話かけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではございますうるうんで…ござい…ま……ううぅ……」

 

 最後の方で見事にグデグデになった。

 

 

 ――――「カァァァットォォォーーーーッッ!!!」――――

 

 

「オルコット!! またかっ! これで7回目だぞ!!」

 

「……ご、ゴメンなさ~い!!」

 

 一瞬の静寂が支配した撮影現場に響いた中年ディレクターの野太い声と怒号に続いて、新人女優セシリア・オルコットの涙目で悲痛な声が木霊した。

 

 

*   *  *

 

 

「一度機材点検するので、次のシーンの撮影の前に昼休憩も含めて2時間程休憩に入りま~す」のスタッフの声を皮切りに、一瞬前の緊張が瞬時に解れ、様々な立場の者達が入り交えている撮影現場の空気が変わる。緊張の緩んだ空気が広がる現場のそこかしこで、出演俳優、現場スタッフ、その他関係者達が各々の時間を潰しだす。

 

 そんな、休息タイム独特の賑やかしい空気が流れている中、

 

「ううぅぅ…………」

 

 現場の片隅。用意されていた椅子に腰を下ろし、一人静かに落ち込んでいる少女がいた。

 

 今作品が女優としてのデビュー作であり、メインヒロインの一人として出演しているセシリア・オルコットである。

 

 日本女性の多くが一度は憧れる見栄えの良い明るい金髪は正真正銘の地毛であり、彫りの深い華やかな顔立ちは衆目を惹くこと間違いなしなのだが、現在は項垂れ悲壮で鎮痛なオーラが全身を包み込み、生来の見目の良さもまるで関係ないと言わんばかりの状態だった。

 

「オルコットさん、大丈夫ですか? これ、よかったらどうぞ」

 

「……あ、山田さん。あ、ありがとうございます」

 

 沈みきった表情でいたセシリアの傍に近付き、手に持っていた紙コップを手渡してきたのは、この作品で共演しているメインキャストの一人である山田 真耶。作中での設定上は年上の教師役だが、実年齢はセシリアと大差はない。ただ、子役の頃からTVドラマや舞台に出演しているベテラン女優であり、最近ではその童顔な顔立ちとは裏腹なその全国の青少年達を魅了してやまない驚異の豊満さを誇る抜群のスタイルから、畑違いだったグラビア界にも精力的に進出している人物である。

 

「す、すみません。わたしの所為で撮影が遅れてしまって……。織斑さんにも何度も撮り直しで迷惑をかけて。きっと、怒ってますよね……」

 

 手に取った紙コップに注がれていたホットコーヒーの表面を見詰めながら、気落ちした声で呟くセシリア。彼女の内面は今、交ざりきっていないマーブル模様のコーヒーの水面のような複雑さと不安定さを湛えていた。

 

「う~ん、まあ、確かに何度もリテイクしちゃったのは事実だけど、あんまり入れ込んで思い詰めないでもいいと思うよ」

 

「でも…………」

 

「オーディション選抜組で、オルコットさんにとっては女優デビュー作で意気込んでいるのは分かるけどね。撮影自体はまだ始まったばかりなんだし、リテイクなんて正直当たり前。この業界の先輩としてのアドバイスだけど、引き摺り過ぎると益々負のスパイラルに落ちちゃうから、気持ちの切り替えをして次に望むのを私はオススメするかな?」

 

 傍らに座った真耶の顔を不安げな表情でもって見てくるセシリアに、真耶は自分の分のコーヒーに一度口を付けてから、安心させるような柔らかい笑顔を作って励ましの言葉をかける。

 

「織斑君に関してもそう。さっき様子見で少しだけ話してきたけど、気にした素振りは見えなかったから……まあ、大丈夫大丈夫。それに、彼自身も台詞間違いでのリテイクが多いし、実際に『他の人のことは言えない』って言ってたしね。顔だけじゃない男前っぷりだね~」

 

 セシリアが特に気にしている共演者の少年の心情に関しても、先程少しだけ会話した様子から然程気にすることはないと真耶は判断し、軽くセシリアの肩を叩いて不安を和らげておく。

 

「…………」

 

 無言ではいたが真耶の言葉に多少は気持ちの整理がついたのか、強張っていた表情に落ち着きと安堵の柔らかさが戻り、不格好ながらも微笑を浮かべた顔でセシリアは小さく頷く。

 

 そんなセシリアの様子に気分を良くした真耶は、

 

「どうでしたオルコットさん。私、先生みたいでしたでしょ?」

 

 ちょっとだけ茶目っ気のある笑顔で、教科書の見本のような素敵なウィンクをかましてみる。彼女が表紙を飾る雑誌を買い求める全国の青少年達が、常日頃から夢見るイメージ通りの姿がそこにあった。

 

「――――ふふふ……はい、凄く素敵な先生っぽかったです」

 

 思わず笑い声を漏らしてしまうセシリア。年齢自体は僅か一歳差だった筈だが、圧倒的なキャリアの長さからくる自信と余裕に裏打ちされた真耶の様になった振る舞いに、親しみと尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

「お褒めいただき光栄の極みってね。――――じゃあ、より先生らしく振舞う為にも、折角だから次の撮影予定場面の練習に付き合おうか?」

 

 ふと思いついたような感じをよそおって、真耶はセシリアに一緒に台本読みをすることを提案する。

 

「え……あの……いいですか?」

 

「うん、全然いいよ。オルコットさんはまだあのお嬢様口調での言い回しを掴みきれてないみたいだし。それに、次に撮るのは結構長い上に織斑君と言い争いになる場面でしょ? 台詞も強烈だし、冒頭のストーリーの中ではかなり強いインパクトのある部分だから、不安なら少しでも復習していた方がいいかもしれないよ?」

 

「そ、そうですね。確かにあの台詞は色々と複雑というか、どんな感じで演じきったらいいのかが……正直、不安です」

 

 真耶の親身な心遣いに感謝しながらも、次に撮影を控えている場面の内容を思い返して少々憂鬱になるセシリア。いくらフィクションの中の台詞とは言え、下手すれば全日本人を敵に回しかねない暴言。それを自分は言わねばならないのだ。作品の設定の中での同姓同名の少女とは違い、現実のセシリア・オルコットは所謂イギリス人ではあっても純粋にイギリス人的な自覚は少ない。寧ろ、本人の感覚的には日本人寄りの意識が強い。学校は小学校まではインターナショナルスクールに通っていたが、中学も高校も私立とはいえ普通に日本の学校に通っているのだし、友人も日本人が殆どなのだから。

 

「あれ? 篠ノ之先生?」

 

「え?」

 

 思考の海を泳いでいたセシリアの耳を真耶の驚いたような声が打ち、視線を上げた先には、誰であろう現在撮影中の作品の原作者であり、一大企画である『IS』プロジェクトの企画発起人である篠ノ之 束がプロデューサーや現場責任者達と会話しているのが見えた。

 

 篠ノ之 束と言えばコアなコスプレイヤーとしても一部では有名だが、流石に普段からコスプレ衣装で行動するような非常識人ではない。因みに本日は全身白を基調としたタイトなスーツにフレームレスの眼鏡を掛けた姿で、一語で言えば『仕事の出来る美人キャリアウーマン』のような装いだった。

 

「あ、こっちに来るね」

 

 セシリア達の視線に気づいたのか、顔を向けた篠ノ之 束は一瞬目を細めて凝視したかと思うと、一転して真剣だがどこか楽しげな表情に豹変すると、プロデューサー達との会話をさっさと切り上げて、あとはもう一目散にズンズンとセシリア達の方へとやって来る。

 

「お久し、真耶ちゃん。――――そして、あなたはセシリア・オルコットちゃん?!」

 

「お久し振りです、篠ノ之先生」

 

「は、はひっ!?」

 

 掴み掛らんばかりの勢いで。実際、顔見知りの真耶への挨拶もそこそこに、向かってゆく勢いもそのままにセシリアの両肩に掴み掛っていく篠ノ之 束。

 

 色々と雲の上の存在である篠ノ之 束が間近に迫り、剰え掴み掛られたことで、セシリアは緊張と混乱で上擦った声を出してしまう。

 

「撮影監督から聞いたわ。次は『一夏』と『セシリア』がお互いの感情を爆発させる重要な場面ね! 頑張ってね、セシリアちゃん!! これぞイギリスの貴族! これぞ偉大なる大英帝国の旗を掲げる人間!! 見ている全ての日本人共、わたくしの前に平身低頭して平伏すがいいわっ!! おほほほほっっ!! って、感じを余すことなく表現すること大事だからね!!」

 

「えぅぁ……はぁ…………」

 

 真剣な目と表情に背後に陽炎でも生まれそうな熱気を込めて、マシンガンのように言葉を畳み掛けてくる篠ノ之 束に、目を白黒させるセシリア。何か言おうにもまともに言葉が出てこず、ただ反射的に頭をコクコクと頷かせることしかできない。

 

「セシリアちゃん! あなたの生まれ故郷イギリスへの愛国心とプライドをその背に背負ったつもりで、見事に演じきるのを私は心底期待してる!!」

 

 微妙に泣きそうなセシリアの心境を完全に無視するように、期待のこもった視線と言葉を送り続ける篠ノ之 束。その瞳に映るものは悪意のない純粋な感情だが、それ故にタチが悪いような気がする。

 

 非常識人ではないがどこかズレた変人。それが篠ノ之 束の人物像を知る多くの人間の意見だった。

 

「あ、あの……わ、わたし……………」

 

 色々と誤解や曲解の混ざりまくった認識を正す為、なけなしの意地を振り絞って何とか口を開いたセシリアだが。

 

「ん? 何?」

 

 小首を傾げながら、何のてらいもなくいる篠ノ之 束。またの名を、立ちはだかる『世の中』と言う名の不条理の壁を前にして、

 

(わたし……生まれも育ちも日本なんですけど!!)

 

 などといった真実など、とても言う勇気が持てないセシリアだった。

 

 

 





読んだ後の皆さんの反応が怖い(反応があればですが……)。


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