これは息抜き作品です。
特にキャラの性格に原作の雰囲気を求められる方は、ご納得の上でお読み下さい。
質の良い調度品が随所に配置された部屋の外観は、まるでインテリア雑誌にでも掲載されているモデルルームのような印象を与える。
入室した直後に感じていた今後の自室となる筈のそんな豪華な部屋に対する感慨など今はもう完全に吹き飛び、嫌な予感が全身を駆け巡っている少年に対して部屋の奥から衒いのない声が掛けられ、次いで部屋に備え付けられているシャワールームから一人の少女がその姿を現わした。
シットリとした水気と艶を湛え、濡れたことでより漆黒の色合いを強めた長い黒髪からは時折ポタリポタリと水滴が流れ落ちる。瑞々しくも女性的な脚線美を描く肢体。玉のような白い肌はシャワーの熱で上気したことで若干の赤みを伴い、健康的だがどこか色香を感じさせるものとなっていた。
「――――箒」
「………………………」
バスタオルによって覆い尽くされた部分はあまりにも少なく、端々から覗く女性的な部分と、特に激しく自己主張するバスタオルを押さえる少女の手の下にある存在。
不意に訪れた予想外の事態への当惑が生み出した沈黙が、向き合う少年と少女の間に流れる。
お互いに呆然とした表情で、目を点にしてただ見つめ合い続ける二人だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。どちらかが事態を動かす為の次なるアクションを起こさなければ、このあまりにも気不味いお見合い状態は終わらない。
「い、い、いちか……?」
神経を削り続けるようなチキンレースに終止符を打ち、再始動の切っ掛けとなる言葉を放ったのは少女の方。
最初は閊えながらもなんとか言葉にして、視線の先で引き痙った顔をして佇む少年の名を呼ぶ。
「お、おう……」
辛うじて頷きを返した少年に対して、ここに至って瞬間沸騰と言った具合で顔を真っ赤にする少女。
そして、羞恥に染まったその顔で少年を見詰めながら、少女が次なる言葉を発しようと口を開いた瞬間――――
「す、すみませんっ!! ちょ、ちょっとタイムっ!!」
少女以上に顔を真っ赤にした少年が、悲鳴のような声を響かせる。
火が点いたように真っ赤になった顔面に己の掌を当て、あられもない姿を目の前で晒している少女から首を大きく振って視線を逸らす少年。
そんな少年の突然の反応に、一瞬だけ呆気にとられた表情を浮かべた少女だが、
「――――くっ。くっ、くっ、くっあっはっはっはっはっ!!!」
一転して自身の顔を笑い顔へと変じた少女……いや、今をときめく現役女子大生グラビアモデルである箒の、軽快で遠慮の欠片もない笑い声が、数多の機材に囲まれた撮影現場の中に高らかに響き渡った。
* * *
「お疲れ様です、箒さん」
「ああ、まーやちゃんか。お疲れ様」
本日の撮影が全て終了し、与えられている控え室で私服へと着替え、主にポニーテールばかりだった髪をセットし直すと、今日の予定はもう帰宅するだけとスタジオの通路を出口に向かって歩いていた箒は、背後からの呼び声に振り返り、柔らかい笑顔で話しかけてきた真耶の姿を確認すると、自分も同様の笑顔で応じた。
「そう言えば、こないだ発売されたまーやちゃんの写真集。評判がかなりいいみたいじゃないか。月間売上ランキングでも上位に入っているって聞いたけど?」
「ありがとうございます。まあ、今回は結構キワどい水着写真も多かったので、多分その影響もあると思うんですけど……」
親しみを込めた愛称で真耶を呼び、連れ立って歩きながら軽く世間話を口にしていた箒だが、ふと思うだしたとばかりに真耶のセカンド写真集の評判に対しする話題を口にする。
まさか自分の写真集に関する話題が出るとは思っていなかった真耶だが、箒の発した言葉に対して素直に喜びの表情をみせる。ただ、やはり写真集の内容云々に関してはテレがあるのか、若干ながら頬を朱に染めている。
「今までもドラマや映画とかで水着シーンは有りましたし、前の写真集でも勿論撮りましたけど、やっぱりその……それなりに恥ずかしいものはありますよね」
その同年代の平均値を遥かに上回るバストサイズを誇る真耶だ。水着での写真撮影となれば、自ずとその部分がクローズアップされたものになりがちになってしまう。それは、ある意味仕方のないことでもあったのだが、それでもプロ意識として仕事に対する納得とは別にした、普通に年頃の少女としての恥じらいもそれなりにあったりする。何と言っても、まだまだ花も恥じらう高校生なのだから。
「そうか。その辺に関してはそうかもね。やっぱり、まーやちゃんにとっての本業は女優さんだから、確かに水着姿とかで恥ずかしい気持ちになるのも仕方はないかな? 私なんかはもう、写真を撮る時は服を脱いで当然って感じになってるんだけね~」
真耶の見せたベテランな割に何とも初心な一面に頬を緩ませながら、女優を本来生業とする人間とグラビアモデル業界の第一線で活動する自分との意識の持ちようの違いに思いを馳せる箒。
(どうも演じるってことにしっくりこないのは、私にとってはモデル業こそが本業だからなのかな~)
本来、モデル業以外の仕事に箒自身はあまり興味がなかった。だが、事務所の意向もあって今回の『IS』プロジェクトに女優として参加を決め、しかも、原作者兼メイン企画者である篠ノ之 束が何故か自分のことを一目で気に入ったとかで、作中のメインヒロインの一枠であり、束自身が演じる『篠ノ之 束』役の妹役を務めることになったのだが、この作品は企画の一種として演じる役者の芸名をそのまま役名として使うことになっているので、結果的に『篠ノ之 箒』という何とも不思議な呼び名の役柄を箒は演じることになっている。
頭の片隅でそんなことを考えていた箒だが、「あの~……」という真耶の呼び声を耳にして、意識の傾注が再び真耶の方へと向く。
「……箒さん。今の言葉だけだと、何だか箒さんが凄くエッチぽく聞こえます」
一瞬だけ言い淀んだあと、先程とは違った理由で頬を赤くしながら呟く真耶。そんな真耶の顔を見て、同時に通路の先から近寄ってきていたある人物の姿を視界の内に捉えて、箒の頭の中と顔に悪戯な思惑が浮かぶ。
「ヒドイな~まーやちゃんわ。そんな風に私のことを見ていたなんて、本当に残念、とっても心外だ。お姉さんは悲しいと思うと同時に疑問すら感じてしまうよ。――――そうは思わないかな……織斑 一夏くん!!」
「えっ!?」
ちょうど箒と真耶のすぐ傍まで近付いてきていた少年は、突如自身の本名兼役名でもある『織斑 一夏』の名前を呼ばれ、驚きの表情で二人の方を向く。
「織斑くん、突然だけどどう思う? 君から見て、私はエッチなタイプだと思うかい? 服を脱ぐのが快感に感じるようなタイプに見えるかな?」
「ええっ!? はっ! うぇっ!?!?」
何がどうなっているのか、「まるで理解できません!!」といった風情の表情となる一夏少年。当然だろう。共演者とはいえ、いきなり何の脈絡もなく年上の美人な女性に質問され、しかもその内容が女性自身の性癖的なことに対して少年の意見を求めるものであったのだから。
「あっ、あの……いや、その、お、俺は……な、何のことでしょう?」
あたふたしながら必死に対応方法と言葉を探してはいるが、この業界に入ってまだ日が浅く、剰え中学まではずっと私立の男子校育ちだった一夏にとっては、現状を打破する手段も女性経験も皆無と呼べるほどに乏しい。
「おや? 何のことかって? 聞こえていなかったのかな? それとも……あぁそうか、もう一度私に口にさせたいっていう魂胆かな?」
「ええっ!? いやっ!! ち、違いま…………」
多少つり目がちな目を細めて、どこか妖艶な笑みを浮かべながら一歩一歩距離を縮めていく箒。急に鼻腔を擽りだした前方からの不可思議な甘い香りに、混乱と焦りでテンパりながらもジリジリとその場から後退りをする一夏。
「今日の撮影ではなかなか可愛い反応をしてたのに、もしやあれも演技だったとか? 本当は結構ヤリ手で手馴れてる? 意外や意外に清潔感のある好男子風をよそおって、自分の欲望には忠実に従うタイプ? ……じゃあ、年上の親切なお姉さんとしては、特別にリクエストに答えてあげたくなっちゃうかな~」
ズンズン近づく箒。ドンドン後ろに下がり続ける一夏。しかし、遂には廊下の壁に少年の背が当たり、これ以上の逃げ場がなくなる。
「うぐぅ…………」
白のトラッドシャツにダークグリーンのスニキージーンズとシンプルな出で立ちだが、それ故に圧倒的なスタイルの良さが目立つ箒。シャツの上のボタン3つは留められておらず、覗く胸元には見事な谷間が形成され、双丘の押し合う凹んだ隙間に挟み込まれていたシルバーアクセが微かな輝きを放つ。思わず視線がいってしまった一夏の口から、唾を飲み込む音と唸りが発せられる。
濡れた肌、首筋や胸元にかかる黒髪、健康さと色気を兼ね備えた起伏のある体のライン。昼間の撮影中に見た目の前の女性の肢体と光景が脳内でフラッシュバックされる。
「顔が赤いな……風邪でもひいちゃった?」
殆どお互いの体が接触しそうなほどの距離まで近づいたところで箒は歩みを止め、左手を持ち上げてマニキュアの煌く五本の指を一夏の真っ赤に染まっている頬へと伸ばす。
そして、
「もう一回聞くよ? 一夏くん。私は……そんなにエッチかな?」
黒白バイカラーのレースアップブーティーの踵を軽く浮かして、一夏の耳元付近にまで唇を寄せた箒は、息を吹きかけるように囁く。
僅かに体を身動ぎしたことで、箒の誇る女性的部分の先端が一夏の体へと押し当たることになる。
「――――うあああああのぅ!! お、俺っ! も、もう、失礼しますっ!!」
次の瞬間、電流でも奔ったかのように一瞬だけ全身を硬直させた一夏の口から絶叫とも呼べる叫びが生じ、体を無理矢理撚って壁際での拘束状態から脱出すると、悲鳴を上げるように退散の言葉を発し、首がとれるんじゃないかと思えるような勢いで直角に近い角度まで頭を下げて一礼すると、脱兎の如く通路を最初来ていた方向に向かって走り去っていった。
「――――ぷっ。くっ、くっ、くっ、くぅっっ!!!」
「……ほ、箒さん…………」
客観的に見て非常に情けなく見える一夏の後ろ姿がスタジオの通路の向こうに消える前から、腹を抱えつつも辛うじて笑い声を出しことだけは堪えている箒。
その本気で喜色満面といった姿を見て、一連の遣り取りを後方にて『触らぬ神に祟りなし』の心境で傍観していた真耶が、引き痙った表情を顔に張り付けながら呆れ気味な声を上げる。
「さ、流石にあれは……いくらなんでも、織斑くんが可哀想そうだと…………」
「くっふ、くふふぅ……ぷはぁは、あぁ、まーやちゃん、ごめんごめん。いやぁ、まぁ、ちょっとやり過ぎたかな~とは思うけどね」
痛む腹筋を左手で押さえながら、漸く酸欠のような状態から脱して顔を上げた箒だが、右手の甲で擦っている目尻には涙が薄らと浮かんでいる。
「でもね、別に言い訳するわけじゃないけどさ。ある意味、仕方ないじゃないかまーやちゃん。だって――――」
傍らで少しだけ非難するような目で見てくる真耶に対して、僅かに反省の色を含んだ表情になる箒。だが、唐突に真耶の肩をかき抱いて引き寄せると、
「ついついからかってみたくなるじゃないか。あんな……楽しい反応をされたらね!!」
この上なく晴れやかな笑顔で、楽しげにぶっちゃけたのだった。
真耶は絡ませやすいな~(原作とあんまり性格が変わらないからか?)