ああ、ヤバい。
全国100万人の新党のほほんの皆様を敵に回したかもしれない。
「――――驚いたね。制作発表で顔合わせするまでは、お互いが『IS』プロジェクトに出演することを本当に知らなかったんだ?」
広々とした応接室の中で、ソファーに並んで座っている二人の少女に対して、対面に座っいる四十絡みの男が時折メモを取りながら質問を続ける。
「はい。挿入歌の幾つかを蘭ちゃんのバンドが担当するって話は聞いてたんですけど……まさか、俳優としても出演するとは思ってもみなかったので」
スケジュールの都合上、インタビュー前に行った写真撮影の為に着た袖の異常に長い特異な形の制服衣装姿のまま、どこか眠たげな目元に穏やかでゆったりとした雰囲気を全身に纏った少女が、向けられた質問に対して淀みなく答えていく。
「個人的に聞いてなかったの? 二人は仲が良いって耳にしてるけど?」
四十路界突入中の中年記者は記者生活の中ですっかり慣れた手つきでメモ書きをしながら、対面のソファーに座るもう一人の少女へと視線と質問を向ける。
「確かに結構仲は良いですね。同期だし、本音ちゃんとはプライベートでもよく遊びに行ったりもしますから」
軽く横目で隣に座っている少女を一瞥し、髪全体をヘアーカラースプレーで赤めに染めた少女が口を開く。
「ただ、俳優としての参加の件についてはかなり曖昧だったんで、本決まりまでは周りに口外するなって事務所から言われてましたので。それに、最近は私の方が新曲のレコーディングとかライブの準備とかが立て込んでいて、慌ただしさとスケジュールの関係もあってあんまりゆっくり話したりする機会も取れなかったんですよ……」
部屋の端の方でカメラを構えてアングルを確認していたカメラマンに視線を向け、赤い髪の少女がその歌唱力以外でも注目を浴びる要因となっている自慢の容貌に非常に魅力的な笑顔を浮かべる。
「そう言えば、グループとソロの両方でリリースした新曲のダウンロード数が100万を突破したんだったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
社交辞令な感じが否めない中年記者の言葉だが、特に気にした風もなく素直に返礼する。同じバンドメンバーの一人である赤髪ロン毛の少年ならば、「ま、当然っスね」とでも言ったりするだろうが、分別も良識も有るこの少女はそこまでの自信過剰でもなければ、マスコミにわざわざネタを提供するようなバカな態度を取ったりもしない。
「そうそう。話はちょっと変わるんだけど、少し聞きたいことがあるんだけど……いいかな? あ、モチロンこれはオフレコ扱いで、特に記事にしたりはしないからさ」
記者仲間から聞いていた通り、バンドメンバーの少年とは違ってネタを掴みにくい態度に澄まし顔でいる少女から視線を逸らし、長い袖口からのぞかした指先の爪の具合を眺めていた少女の方へと中年記者は話の矛先を変える。
「制作発表で主人公役を務める男の子……織斑 一夏くんのことが正式に発表されてたけど、二人はどう思う? イケメンだし、性格も案外良いって噂だけど?」
先程までのまだ記者然とした雰囲気が途端に薄れ、少々下卑た印象を受ける表情で質問を口にする中年記者。彼自身にはそんな自覚はないのかもしれないが、紳士面して取り繕ってはいても隠し切れない素の部分が滲み出てしまっているのだろう。
「いい人だとは思いますよ。私は制作発表の場でお会いしただけでの印象ですけど」
一瞬、注意していなければ判別出来ない程度で目を細めた赤い髪の少女は、すぐさま感情読み取れない素っ気ない口調で当り障りのない言葉を口にする。
「あ、そう。それじゃあ、布仏さんはどう? 撮影はもう始まっているよね? 一緒に仕事してみての感想は?」
「ん~、そうですね~」
赤い髪の少女の一瞬の変化になど全然気づかず、元々期待していなかった返答を一応はメモ書きだけしておく中年記者。
「お昼だけじゃなく、撮影終了後に一緒に食事にも行ってるって聞いたけど?」
「……あ~、行きましたね、何回か。でも、別に二人っきりじゃないですよ。スタッフとか他の共演の人とかともあとから合流してますから。学園モノだと共演するメンバーも同年代ばっかだから、この手の話の撮影って楽しいですよね~」
「そうなの? ライバル意識とかを感じたりしないのかな?」
少女からののほほんとした微妙にズレ気味の回答に思わず眉を寄せた中年記者だが、当然ながらその程度で諦めるような人間ではない。
「ライバル? 無いですよ、そんなの全然」
笑顔で返し続ける少女に対し、こちらも笑顔を張り付けなおした中年記者のインタビューのような何かはこの後、予定されていた一時間という枠組み一杯まで続くことになる。
* * *
「それじゃあ、今日はインタビュー、どうもありがとう。再来週号のウチの特集欄で載せる予定だから」と言って辞去した中年記者とカメラマン。
「ありがとうございました!!」とスマイル全開でお見送りをした少女達。
すぐに記者達の姿が部屋のドアの向こうに消え、立ち去る足音がドア越しからも聞こえなくなる。
そして、
………………………。
不思議な沈黙が流れる応接室。
少女が二人だけとなった部屋の中、片方の少女がすでにグラスの中の氷が溶けきったレモンティーに口を付けようとした直後。
「――――ふっざけんなぁっ!! あの中年ド三流ヘッポコ記者ァァァっ!!」
温厚篤実な人間ですら思わず顔を顰め、両手で耳を覆いたくなるような罵声。数刻前までののほほんとしていた表情の構成要素を完全破棄し、不機嫌全開へと変貌させた布仏 本音の口から容赦なく飛び出す。
「まともなインタビューは最初の方だけじゃん!! 後半の話の殆どは関係ないネタばっか! ドラマの共演者だろうが若手プロデューサーだろうが、わたしが誰と食事に行こうが行くまいが、そんなもんはわたしの勝手! 自由でしょ!! あんたの今してる仕事には、全然まったくこれっぽっちも関係ないでしょうが!! 人のゴシップ記事ばっかり追っかけてばっかだからいつまで経っても三流止まりなんだって、いい加減気づけよこのバカトンマ!! ああーー、も~~、ム・カ・つ・く~~~!!!」
無駄に長い袖に覆われた両手をブンブン振り回して、あらわにした怒りを全身全力で表現する本音。
正直なところ、ひとつのソファーに一緒に座っている蘭としては、真横でそんなことをされては今にも顔に袖が思いっきり当たりそうになるのだが、敢えて文句を言うこともなく、取り敢えず飛び回る袖がテーブル上のグラスを倒さないように隅の方へと移動させ、ついでに少しだけ自分の体をズラしてスペースを取り、不運にも袖に当たらないように顔も傾けておく。
「……相変わらずだね、本音。猫被りが冴えているっていうか、外面の皮が厚いというか。女優としての仮面が一端外れると、途端にガサツで乱暴な言葉がポンポン飛び出るんだから。二重人格で腹黒なアイドルのイメージサンプルを見てるって感じ。世の中の人は本当に見事に騙されてるよね、これこそが世間では癒し系と呼ばれたりしている若手人気女優の本性なんてさ」
インタビューは終わったが、チラリと見た時計に表示されていた時刻から、マネージャーが呼びに来るまでは時間的にまだ少々余裕がある。ならば、少しばかし友人の怒りの発散と内心メンドくさいと思っている言動にも付き合おうと思えるくらいには、五反田 蘭という人間は年不相応に大人で世間馴れした思考を有した少女だった。
もっとも、切り返しが多少辛辣で毒舌な感じになってしまったのは、彼女の今直面している境遇を鑑みればある意味で仕方のないことなのだが。
「何さ、蘭。誰が腹黒? 誰が二重人格? 人を騙してるって? 失っ礼ぇ~しちゃうな、もう! 演技派女優の鑑だと言ってよ!!」
蘭の台詞に反応し、すぐさま訂正を求める声を上げる本音。友人の誤った認識はしっかりと解いておかねばならない。
「まぁ……なんでもいいけど。でもさ、ちょっと荒れ過ぎじゃない?」
キャンキャンと耳元で上がる本音の抗議の声を適当にあしらいながら、一度口元から離していたレモンティーに再び口を付ける。溶けた氷の所為でとても水っぽい味だった。
「何? 蘭はムカつかないわけ? あんな無意味な話ばっかされて! 今日のインタビューに全然関係ないゴシップ記者根性丸出しな内容ばっかだったんだよ!!」
「別に~。どうでもいいよ、あんなオッサン記者のことなんて。一応は仕事なんだし。基本的にスルーして、営業スマイルをかまして、適当に相槌でも打っとけばそれでいいじゃないの?」
「蘭は歌手業が本業だからそれでもいいんだろうけどね、わたしの場合はそうは問屋が下ろさないの! 女優なんて仕事は演技の実力が有る無しよりも、結局はなんだかんだ言っても見た目とかイメージが一番大事なんだからさ!! 不本意だけど、わたしみたいなアイドル路線とかで売ってる場合は特に!!」
「本音……『問屋が下ろさない』なんて、意外と古臭い表現するね」
「ツッコミ入れるとこ、その部分なの!?」
何なんだろうかこの微妙に漫才モドキなやり取りは。と、第三者が見たら思うであろう光景だろうが、本人達にその自覚はない。言っても、十代少女の友人同士による単なるじゃれ合いの延長線なのだ。
「まあ、それは別にいいとして」
「よくないよ! 何!? 何で急にそんなメンドくさそうな顔!?」
何故か途端にメンドくさくなった蘭はその気持ちをそのまま表情に出す。
すぐさま非難と疑問の声を上げた本音だが、
「あ、そうそう。後でメールしようと思ってたんだけど、今週末って本音のスケジュールってどうなってる? オフだっけ? 少し時期的には早いけど、知り合い何人かで海に遊びに行こうって話があるんだけど」
「無視された!? 蘭、冷たい!!」
友人のあまりの態度の豹変ぶりに激しく嘆く本音。
「いいからさっさと予定を教えてよ。それから、移動については数馬さんが車を出してくれる予定だから」
長い袖に包まれた両手を目元までもっていき、「ヨヨヨッ」とマンガじみた態とらしいオーバーアクションでの泣き真似をする本音に対して、特に突っ込む気も失せた蘭は完全スルーな態度で応じる。いちいち反応してられない。
「むぅ~、ひ~ど~い~よ~~」
蘭のリアクションに不満を覚えたのか、今度は間延びした調子で抗議の声を上げる本音。『IS』プロジェクトで本音が演じる予定のキャラの雰囲気をそのまま持ってきた感じだ。
「わ~た~し~は~か~な~し~い~ぃ~~」
「……お願い。それはホントにやめて。すっごく調子狂うから」
思わずコメカミを抑えて懇願する蘭。本音の見た目ののほほんとした雰囲気と合ってる喋り方とは言え、実際を知ってる人間からしてみれば不自然と違和感が有り過ぎてリズムが狂う。
「んふふふふ♪ ごめんごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたよ。謝るから、許して。ね?」
溜飲が下がったのか、本気で嫌そうな蘭の様子に気付き、本音は演技をやめて謝る。気の合う友人とは言え、不快な気分にさせてしまったことは多少なりとも反省しなければならない。こんなことで蘭と仲違いしてしまうなど本音の本意ではないのだから。
「まあ、いいけどね」
裾から覗かせた両手を擦り合わせて、頭をペコペコと何度も上下させながら必死にしかしどこか愛らしく謝ってくる本音の姿に、蘭の内心に生じていた悪感情が一気に削がれていく。
(ホント、この子ってば得なタイプだわ……)
小動物的で人当たりの良い雰囲気や仕草を素で持っている本音。
蘭としては嫉妬まではいかないが、それでも本気で羨ましいと思ったりもする。
「で? 結局、週末はどうなの? 行けるの?」
とにかく、さっさと予定を教えて欲しい。今日はまだ次の仕事もあるから、蘭としてはマネージャーが迎えに来る前に返答が聞きたいのだ。別に後でメールをしてもいいのだけれど、蘭の性分的には乗りかかった状態からの後回しは好きじゃなかった。
「ん~と、今週末だよね。予定どうなってたかな~」
伸ばした右手の人差し指を空中でクルクル回しながら、うろ覚えのスケジュールを思い出そうと努力する本音。おそらくオフ日だった筈だが。
そんな鋭意脳内スケジュール掘り起し中の本音を横目で見ていた蘭だが、ふと思い出した情報を口にする。
「因みに、海の近くに絶品のデザートが楽しめる超オススメのレストランが在って、一緒に行く男性陣の全奢り予定だから」
「ホントっ!? だったらそれはもう、絶対に行くっきゃないねっ!!」
(本音、あんたって子は……いくらなんでも単純すぎじゃない?)
清々しいまでに現金な本音の即答に、蘭としては苦笑を浮かべながらも本音の今後の先行きに若干の不安を感じたりしていた。
はい、言われなくてもわかってます。
完全に二人が別人ですよね。でも、仕方ないんですよ。
だって、書いてたら勝手にキャラが動いたんですから(超言い訳……