ありきたりな正義   作:Monozuki

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『海軍の新星』

 

 

 

 

 

 人生は残酷だ。

 幼い少年は、雨に打たれながら己の非力さを呪った。

 

 全てを失った。

 全ては消え去った。

 全てが──奪われた。

 

 熱が徐々に身体から消えていく感覚に襲われる。数分もすれば、完全に冷えきるだろう。

 

 

(……ごめん)

 

 

 命の炎が弱まり始め、意識は次第に薄れていく。

 

 死神の足音が、耳へ届き始める。

 

 心の中で思い描くのは、大切な存在。

 

 後悔の滲む謝罪をし、少年は──。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 ──『偉大なる航路(グランドライン)』。

 

 それはこの世で最も過酷な海であり、強者達が蠢く弱肉強食の世界である。

 

 別名"海賊の墓場"とも呼ばれているこの海には、世界の均衡を保つための三つの巨大な勢力が存在している。

 

 

 数多の海賊達の頂点に立ち、『偉大なる航路(グランドライン)』後半の海である『新世界』にまるで皇帝のように君臨する四人の海賊──"四皇"

 

 世界をまとめる国際組織、世界政府に略奪を許された選ばれし七人の海賊──"王下七武海"

 

 そして、世界政府直属の海上治安維持組織。《絶対的正義》の名のもとに、海賊を含む悪党から民衆を守ることを使命とする──"海軍"

 

 

 三大勢力と呼ばれる力は牽制し合い、バランスを取り合っている。この内のどれか一つでも崩れたのなら、世界から平穏が消え去るとまで言われているのだ。

 

 そんな三大勢力の内の一つである"海軍"。

 組織の総本山、"海軍本部"がある島《マリンフォード》には、空にも届きそうな程の大きな怒号が響き渡っていた。

 

 

 

「グゥゥゥレェェェイィィィィィィッッッ!!!」

 

 

 

 昼下がりには似合わない怒号を聞き、ある海兵は腰を抜かし、またある海兵はその場に気絶し、またある海兵はラーメンを床へご馳走するなど、本部内はプチパニック状態であった。

 

 現在進行形で吠えている男、名をセンゴク。

 この姿から想像出来ない程に普段は温厚な人物であり、付いた異名は『仏のセンゴク』。智将として"海軍"をまとめている元帥だ。

 

 しかし仏と呼ぶには、今の彼の姿はあまりにも怒りに満ち溢れていた。

 

 そんなセンゴクの様子を見ながら爆笑ついでに煎餅をかじっているのは『海軍の英雄』と呼ばれる男、モンキー・D・ガープ。

 大声を上げて涙目になりながら笑う姿は、心の底から愉快であると周りに発信する威力があった。

 

「ガァァァプッ!! 笑ってる暇があるならアイツを此処へ連れてこいッ!!」

 

 仕事をサボり、煎餅を持参し、茶を出せと要求。自分勝手が服着て歩いているような男に対し、センゴクは激しく怒鳴りつける。今日だけで何度自身の机を叩いたか分からない。

 

「ぶわはっはっは! そりゃあ無理じゃ! アイツを捕まえるなんざボルサリーノにでも頼まん限り出来る筈ないわい!」

 

 しかし、センゴクの言葉など気にもせず、膝を叩きながら首を振るガープ。そんな同期の様子を見て少しだけ力が抜けたのか、センゴクは自身の椅子へ腰を落とした。

 

「…………あの馬鹿者め。今回の件は必ず出席しろと言ってあっただろうが」

「まあ、そう言うな。アイツはワシと違って真面目じゃからな。サボっとる訳でもないじゃろうて」

「そんなことは分かっとる! アイツは頭も要領も良く、鍛錬も怠らん。日頃の功績だけなら"海軍"の中でも既に上位だ!」

「急に孫自慢されるワシの身にもならんかい」

 

 口の端を少しばかり上げながら、センゴクは饒舌に語り出した。先程とは打って変わり上機嫌なご様子だ。

 ガープがやれやれといった感じに再び煎餅を頬張ると、厳格な表情に戻ったセンゴクが口を開く。

 

「史上最年少で海軍将校となった男がこれでは……先が思いやられる」

「更には十歳にして"海軍本部"の大佐か。末恐ろしいな、お前の孫は」

「やめろ、孫ではない。俺はただの保護者だ」

「ぶわっはっは! 言うこと聞かせられないお前が言うとウケるぅ!」

「ぶっ飛ばされたいのか貴様ァッ!!」

 

 ガープの胸ぐらを掴み揺らしまくるセンゴク。そんな同期同士のやり取りは、センゴクを訪ねて来た海兵がドアをノックするまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西の海(ウエストブルー)のとある島。

 そこには現在、多くの海兵達が忙しく動き回っていた。縄を手に待つ者もいれば、怪我をした仲間を手当てしている者も居た。

 

 島の地面は所々抉れており、木々も薙ぎ倒されている。この光景を見れば分かるように、海兵と海賊の戦闘が終了したばかりだ。

 

 そんな戦終わりの場を一人見渡す者が居た。少々の疲れを払うかのように伸びをするその男は、年齢的にこの場には相応しくない少年であった。

 銀色の髪に幼い顔。背丈も150cm程と小さいが、一目で海兵と分かる格好だ。灰色のスーツを着用しており、"正義"の二文字が書かれた白いコートを羽織っている。

 

「……センゴクさんブチギレてるだろうなぁ」

 

 自身にしか聞こえないような音量で呟く姿は、どことなく哀愁を感じさせるものであった。少年は苦笑い気味に腰へ手を当て、遠い目になりながら青く眩しい空を見上げた。

 

 彼の名は、スティージア・グレイ。

 齢七歳にして"海軍"への入隊を果たし、僅か二年で海軍将校にまで駆け上がった少年である。

 

 そして本日は、グレイが最年少で"海軍本部"大佐という名誉ある地位に就いたことを祝う式典が催される日だ。本来ならば今頃このように殺風景な島ではなく、煌びやかに彩られた会場で成し遂げた偉業を賞賛されている筈であった。

 

 しかし、グレイはそんなイベントをガン無視。朝一で本部へと舞い込んできた西の海(ウエストブルー)総括支部からの緊急応援要請に従い、真っ先に本部から颯爽と飛び去った。センゴクはキレた。

 

 グレイが黄昏ていると、一人の男が近くへ駆け寄って来る。

 

「グレイ大佐! ラルゴ並びに部下の海賊どもを捕縛! アミーゴ海賊団全員を軍艦へ連行しました!」

「お疲れ様です。支部への連絡を含め、諸々の手続きはそちらにお任せしてもいいですか?」

「了解しました! 作戦への助力を深く感謝致します!」

 

 ハキハキとよく通る声で報告を済ます海兵。現場責任者という立場からそれなりに上の階級であることが分かる。掌を自分側へ向ける"海軍"特有の敬礼もお手本のような姿勢と角度だ。

 

 グレイは報告に対して手短に労うと、その後の処理を彼に丸投げする。元々今回の件はグレイの管轄外であり、後処理まで付き合う必要は無いからだ。

 

「しかし大佐、よろしかったのですか? 本日は式典が行われている筈では?」

「……あー、いいですいいです。どうせ長ったらしい話聞かされるだけなんで。それなら海兵としての職務を全うした方が有意義ですよ」

 

 咄嗟に考えたにしては上手い返しが出来たと、グレイは自分を褒めた。現に質問してきた海兵は、グレイのそんな言葉を聞き感激しているような態度を見せている。"面倒だった"がバックれた理由の大半ということを隠した罪悪感から、グレイは少し強引に話を切り上げた。

 

「じゃあ自分はこれで。支部までの道も油断せず、任務を全うしてください」

「はっ! ──お前達! グレイ大佐が帰投される! 全員敬礼ッ!!」

 

 傷の浅い者から横になっている者達、その全てがグレイに対して敬礼。戦いで無事に生き残った安堵からか、全員の表情は柔らかい。

 

 グレイは敬礼に対して軽く会釈をし、場を離れる準備を開始。

 白色のバチバチとした電気のようなものを全身に纏うと、地面を力強く蹴り空へ飛び出した。その速度は相当なものであり、時間にして五秒と掛からず海兵達全員の視界から姿を消した。

 

 そのあまりの速度に海兵達は痛みも忘れて声を上げ、グレイが消え去った方角を見つめている。

 

「は、速い……。グレイ大佐は何者なのでしょうか」

「私も詳しくは知らないが、"悪魔の実"の能力者らしい」

「ラルゴ相手にも圧倒されていましたもんね」

「ああ……本当に頼もしい方だったな」

 

 現場責任者と一等兵がグレイについて話し合っている時、話題のグレイはというと既に西の海(ウエストブルー)から偉大なる航路(グランドライン)上空へ入っており、目的の"海軍本部"までそう遠くない所を飛行していた。

 

(……アミーゴ海賊団のラルゴか。"アミアミの実"の能力、結構厄介だったな)

 

 常人ならば目も開けられない速度にも関わらず、グレイは手に持つ手配書を眺めながら今日戦った海賊のことを考えていた。

 

 海賊船が潜水艇という珍しい海賊団、アミーゴ海賊団。

 五十人を超える部下を率いる船長ラルゴは"アミアミの実"を食べた能力者であり、全身を様々な種類の網に変化させることが出来るという最近巷を騒がせていた海賊だ。

 

(懸賞金3500万ベリー、ね。あれは偉大なる航路(グランドライン)でもやっていけるな)

 

 早い段階で対処出来たことに満足気なグレイ。危険分子は育つ前に摘んでおくに限る、センゴクからの教えだ。

 

(叱られはしない……よな?)

 

 今彼の中で重要なのは帰投した後のことである。怒られる原因を作ったのは自分なので何も文句は言えないのだが、それ以上に式典に出るのが億劫だった。

 

(祈っとこう)

 

 『仏』の優しさに期待しながら、グレイはどんどん近づく"海軍本部"へ真っ直ぐ飛んで行った。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 恐る恐るドアを開け、玄関へ入るグレイ。場所は《マリンフォード》にある海兵達の暮らす街。その中でも特に大きく、和風に彩られた豪勢で立派な家であった。

 

「あっ」

 

 玄関へ入った瞬間に現れた男と目が合い、グレイは硬直する。少しばかりの冷や汗を流し、目を泳がせる。

 そんなグレイの前で腕を組みながら仁王立ちをする男、センゴクは普段通りの厳格な顔のまま一言。

 

「──おかえり」

「はい! ただいま帰投致しました! この度は大変申し訳なく思っておりまして! 決して面倒だったからバックれたとかそんなことは──えっ?」

「早く上がれ、飯だ」

「は、はい」

 

 思わず早口で言い訳を連発したグレイだったが、思わぬセンゴクの態度に肩の力が抜けてしまった。部屋に入ると言葉通り、机の上には食欲を刺激する料理の数々が皿に盛り付けられていた。

 

「手を洗ってこい」

「りょ、了解です!」

 

 とっくに夕食を取るのにピッタリな時間となっている。腹の虫が鳴き出したことを確認しながら手洗いを完了するグレイ。

 センゴクと共に席に着き、ビビりながら口を開いた。

 

「あの〜、怒ってます?」

「……はぁ。もうその件はいい。緊急事態により海賊の対応に追われていると話した。来賓の方達も怒るどころか褒めていたぞ」

「あぁ、良かったぁ。怒られると思ってビビりまくってましたよ」

「だったら初めから参加せんか。バカ者」

「だってそんなことに時間使うぐらいなら経験を積みたかったんですよ。早く力を付けたいですし」

 

 段々と穏やかな表情へ変わるセンゴク。海軍元帥としてではなく、孫を見る者のような優しい視線を向けている。

 

「さあ、飯だ。冷めないうちに食べよう」

「はい! ビーフシチューですか! めっちゃ美味そうですね!」

「一応昇進祝いだ。お前の好物だからな」

「ありがとうございます! いっただっきまーす!」

 

 笑顔で手を合わせた後、スプーンを構えるグレイ。早速一掬いしてから頬張る。柔らかく煮込まれた肉と舌が喜ぶ味付けに、思わず笑みが溢れる。

 

「今日は会心の出来だ」

「いつも美味いですけど、今日は特に美味いです!」

 

 パンも頬張りながら、バクバクとビーフシチューを食べ進めていくグレイ。センゴクはそんな彼を見ながら、今日の出来事を訊ねた。

 

「アミーゴ海賊団、だったな。どうだった?」

「船員のレベルは大したことありませんでしたけど、船長のラルゴは中々強かったです。あれを早めに捕らえられたのはラッキーだったかもしれません」

「刀を持って行かなかったようだが、素手で戦闘したのか?」

「はい。昨日ゼファーさんとの修行だったので、素手での実戦経験を積んどきたくて。"武装色"と"見聞色"はまだまだ磨いていかないと」

 

 グレイはビーフシチューに夢中になりながらもしっかりと報告をする。報・連・相は重要である。これもセンゴクの教えだ。

 

「最近は少しばかり仕事に余裕がある。修行を見てやれるかもしれん」

「本当ですか! じゃあ能力の特訓出来ますね!」

 

 センゴクの言葉に嬉しそうな反応を見せるグレイ。"悪魔の実"の能力に関しては覇気以上に扱えていないので、早く伸ばしたい部分であるからだ。

 

「年齢を考慮して特別な立場であるとはいえ、これからの階級は大佐だ。これまで以上に大変だぞ」

 

 本来、本部の大佐ともなれば支部の管轄すら任される立場だ。

 しかし、グレイはまだ齢十歳。これまで通りセンゴク直属の部下として、それなりに自由な行動が保障されることだろう。任務も重要だが、それよりも力を伸ばすことに重きを置かせてもらえる立場だ。

 

「出来る限り努力します。まあ、俺はまだ修行がメインですけどね」

「それで海賊検挙率が本部でも上位とはな」

「"悪魔の実"ってやっぱ凄いですよね」

「お前の能力は移動に関して一級品だからな。使いこなせればあらゆる場所へ駆け付けられる。まさに正義のヒーローか」

 

 少し嬉しそうに話すセンゴク。

 "海軍"へ入隊してから僅か三年でここまでの成長、他に類を見ない圧倒的な才能にセンゴクは最初恐れすら抱いていた。しかし、少々自分本位なところはあれど、心優しく努力家な彼を本当の孫のようにすら想っていた。そんなグレイの活躍が、元帥としても一個人としても嬉しくない筈がないのだ。

 

「……早いものだな」

 

 しかし、常に頭の中にはこれで良かったのかという思いは残り続けている。

 "海軍"へ入隊する道を選択したのはグレイ自身ではあるが、このような血生臭い世界で生きるには余りにも幼い。力があるとはいえ、大人として子供を戦わせることに罪悪感にも似た感情を抱いていた。

 

「また難しい顔してますね」

 

 顔に出ていたようで、少し笑われながら指摘を受ける。

 

「──センゴクさんには、感謝の気持ちしかありません」

「……そうか」

「俺は俺の正義を信じて戦うって決めてますから。そのためにはまだまだ強くならないと」

 

 それに、と続けて。グレイはスプーンを置きながら、センゴクへと視線を向けた。

 

「センゴクさんへの恩返しもしないとですから」

「……ふっ。そんな大口は強くなってからだ」

「分かってます。強くなりますよ、俺は。センゴクさんよりもね」

「ふはは! 言うようになったな!」

 

 朗らかな食卓はあっという間に終わりを迎える。

 センゴクは立場から、グレイは修行から朝が早いため、二人は就寝も早い。

 明日に備えて夜更かしは出来ないため、互いに風呂と洗い物を済ませるとすぐに眠りについた。

 

 

 

 




 一話の時点で原作開始17年前の時代となります。
 最近熱いワンピースに感化されて出来た小説です。妄想全開なので、暇つぶし程度に楽しんでもらえたら嬉しいです。

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