ありきたりな正義   作:Monozuki

2 / 31
『悪友との再会』

 

 

 

 

 

 正義の中心である"海軍本部"の朝は早い。

 将校から新兵、雑用に至るまで起床時間は正しく揃えられており、寝坊などしようものなら激しいペナルティが課せられる。

 

 毎日の訓練は想像を絶する程に厳しく、身体を酷使しまくる筋トレ、広大なグラウンドを200周、長い長い綱を身一つで100往復、気絶するまで剣を振るうのは当たり前。そんな死者すら出かねない訓練を乗り越えて、本部の海兵達は己を鍛え続けている。

 

 それは幼き海軍の新星とて、例外ではない。

 

「ぐべぇらッ!」

 

 多くの海兵が所属する"海軍本部"には三十を超える訓練場が存在する。その内の第七訓練所から大きく響く轟音と共に聞こえる情けない声。拳骨と呼ぶには威力があり過ぎる一撃を喰らった、グレイの口から溢れたものだった。

 

「ぶわっはっはっ! 甘いわ!」

 

 そんなグレイを見て大口を開けて笑っている筋骨隆々のこの男、名をモンキー・D・ガープ。

 『ゲンコツ』という異名が付いていることからも分かるように、彼の拳は山をも砕く必殺の武器なのだ。

 

 そして早朝であるにも関わらずここまで元気なのは、彼に限って年齢によるものではないだろう。

 

 現在、グレイはガープとの格闘による修行中。"悪魔の実"の能力ではなく、自身の戦闘技術や覇気を伸ばすことに重きを置いているので、簡単にボコボコにされてしまっている。

 

「まだまだッ! "武装色・硬化"!」

「ほう。また一つ成長したようじゃな、グレイ」

「今日こそ絶対ブン殴ってやりますよぉッ!!」

「上等じゃ! かかってこい!」

 

 鍛え上げられた脚力によりガープの懐へ飛び込み、"武装色の覇気"により黒く変色した拳を連続で叩き込むグレイ。小さな拳ではあるが、容易く岩を砕く程の威力が秘められている。

 

 しかし、相手は『海軍の英雄』。圧倒的な力差によって、目にも止まらぬ速度で繰り出される連撃を的確に弾き捌いていく。攻撃が当たらないことに焦りを見せるグレイだが、彼の狙いは別にあった。

 

「ここだッ!!」

 

 空気を切り裂きながら右手でアッパーを放つ。ドォンッという鈍い音を響かせながらガープの掌に受け止められるが、グレイは次の攻撃に込められる全ての覇気を込めた。

 

 ──右足から繰り出される、回し蹴り。

 

「オラァッ!」

「ふん!」

「はぁっ!?」

 

 タイミング的にも間違いなくクリティカルヒットしたであろう踵による一撃を、ガープはあろうことか右頬にて受け止めた。喰らう部分のみに"武装色"を纏わせたようで、一部分のみ黒く変色している。

 ダメージを与えるどころか、蹴ったこちらの足に衝撃が返ってきている。覇気のレベル差が表れてしまっているのだ。

 

「クソッ!」

「させんわぁ!」

 

 痺れる足に顔を顰めつつ、距離を取ろうとするグレイ。しかし、その行動はガープによって妨害される。伸ばしていた足を掴むと高く振り上げ、そのまま地面へとブン投げた。

 

「ぐあぁぁぁあッ!!」

 

 地面を勢いよく滑りながらえぐっていくグレイ。満足に受け身も取れず背中から叩きつけられたために、肺の空気が外へ飛び出し大きなダメージが身体全体を襲った。

 

「発想は良かったのう! じゃが、これぐらいでワシをぶっ飛ばすのは無理じゃな!」

「……このジジイ」

 

 ゆっくりと立ち上がるグレイに、ガープはこれまでよりも本気になる。ここからは体術と覇気だけではない、能力を使ってくると察したからだ。

 グレイという男は熱くなると──口が悪くなる。

 

「地面の味を教えてやる……!」

「ぶわっはっはっ! いいだろう! 少々本気で相手してやるぞ!」

 

 グレイが全身に白い電撃のような物質を纏わせるのを見ると、ガープは上着を脱ぎ捨てネクタイを緩めた。

 

「……ハァッ!」

 

 一瞬。まさしく電光石火の速度でガープの右側へ移動するグレイ。振りかぶった拳を放つが、ガープはなんなくガードする。攻撃を止めることなく足も織り交ぜた連続攻撃を繰り出すが、防がれるか躱されるかで当たる気配はない。

 

 そして当然ガープは受けるだけではない、攻撃に転じてくる。

 

「ほれほれほれ!! ちゃんと防がんかい!」

「──ッ!!」

 

 ガープからの攻撃を防ぐどころか、躱すだけで精一杯だ。

 現在、グレイの身体速度は"偉大なる航路(グランドライン)"全体で見たとしてもトップクラスと言って過言ではない。

 しかし、ガープはそんなグレイの動きを正確に捉え拳を振るう。躱しきれなかった一撃一撃が徐々にグレイの身体に掠り出す。

 

 堪らず距離を取るグレイ。電撃の出力を一瞬引き上げ、後方へ逃れた。

 

「……ハァハァ。"見聞色"もバケモノだな」

「大分能力を使いこなせるようになったな。振り回されてばかりいた頃が懐かしいわい」

「毎日鍛えてますから。それに、定期的にボッコボコにしてくれる素敵な先生方も居るんでねぇっ!!」

 

 肩で息をしながら皮肉を捻り出すグレイだが、疲労は目に見えて蓄積されており動きにキレは無くなりだしていた。

 対するガープに至っては服に少し土埃が付いている程度であり、疲労の色は見えない。

 

 ここからどうやって地面に叩きつけてやろうかとグレイが模索していると、ガープが静かに語りかけてきた。

 

「それにしても、制御が難しい"悪魔の実"を食ったもんじゃのう。"自然(ロギア)系"は総じて出力制御が課題となるが、お前のは特に色濃く出とるようじゃな」

「……まあ、そうですね」

 

 グレイも自覚があるのか苦い顔をしながら肯定する。

 そもそも"悪魔の実"には三つの種類が存在している。まず最も数が多いと言われている"超人(パラミシア)系"、動物の持つ力や姿を与えられる"動物(ゾオン)系"、自然の脅威を操る三種の中で最も希少とされる"自然(ロギア)系"の三つだ。

 

 グレイが食べた悪魔の実は、自然(ロギア)系の中でも特に希少。そんな特別な悪魔の実であった。

 

 

「──"ズマズマの実"。図鑑に記載こそされてはいるが、存在自体は伝説とされていた程の珍しさじゃな」

 

 

 食べた者にプラズマ(・・・・)の能力を与える"悪魔の実"だ。

 

 プラズマとはこの世に存在する物質である固体・気体・液体に続く第四の状態とされている。

 代表的な例では"火"、"雷"、"オーロラ"などが挙がり、あの宇宙の質量の99%はプラズマが占めているとさえ言われている。そんな大きなエネルギーを持つ物質として、未だ謎は多くも認知はされている。

 

 そんな能力を自在に扱えたなら、放電現象、燃え盛る炎、光速には及ばないものの高速と言って差し支えない速度などなど、人智など遥かに超える力となる。

 

 だからこそ"ズマズマの実"が海賊、それも悪しき心を持つ者達に渡らなかったことは、"海軍"や世界政府にとっての幸運だ。

 

 そんな能力を得たグレイは未だ無傷のガープをジッと見つめ、ゆっくり一呼吸置いた。

 

「……まあ、ガープさんなら大丈夫か」

「んあ? なんじゃい」

「いや、ちょっと実験台になってもらおうかなって思いまして。色々と試したい技はまだまだあるんですよねぇ」

 

 そんな言葉と共に、悪い笑みを浮かべるグレイ。構えを取ると同時に、身体に纏うプラズマの出力をこれまでとは比べ物にならない程上昇させる。空気は震え出し、鋭さすら感じさせる。

 

「……かかってこい。──小僧」

 

 同調するように、こちらもまた悪い笑みを浮かべるガープ。ネクタイを完全に取り払い、戦闘態勢に突入した。

 

「──ハアァァァァァッッ!!!」

「──ふん!!!」

 

 その日から、"海軍本部"第七訓練所は一週間使用不能となった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ああ、痛ってぇ……」

「アホだねぇ。訓練所吹き飛ばしたって?」

「全力で能力ぶっ放したのがダメだったな。それでも大したダメージ与えられてないんだから、あの爺さん本当に人間か……?」

「ていうか、傷だらけじゃないかい」

 

 グレイの顔にペタペタと貼られた絆創膏や痛々しい傷を指差しながら、苦笑い気味に話しかける女性。その腕には毛布に包まれた赤ん坊を抱いており、傍には三歳程の少女も見受けられる。

 

「うっせぇな〜、ベルメール。お前だって顔に傷あるぞ」

「これはナミに引っ掻かれたんだよ!」

「やっぱお前に母親なんて無理だったんじゃねぇか?」

「相変わらず嫌味な口だ」

「お、おひ、ひっぱりゅな」

 

 赤ん坊を片手で器用に抱いたまま、グレイの頬を引っ張るベルメールと呼ばれた女性。このココヤシ村が海から近いということもあり、潮風に吹かれながら笑う様は凛々しくもあり美しくもある。

 

「はぁ……。お前は手が出るの早いんだよ。昔からな」

「あら、二児の母に言う台詞としては相応しくないね」

「よく言うよ、元不良海兵」

「つるんでたアンタも同類ってことか」

「お前が絡んできたんだろ!」

「あはははっ! 弄り甲斐のある奴!」

 

 前のようにビリビリさせて反撃したい気持ちをグッと堪えるグレイ。赤ん坊と幼い女児を巻き込む趣味などない。

 沸き上がる怒りを抑えるようにオレンジジュースをゴクゴクと流し込む。悔しいが、これだけは文句無しに美味かった。

 

「アイツらも元気かい?」

「ああ、うるさいぐらいにな」

「そうかい」

 

 懐かしむような顔のベルメール。"海軍"を退いてそこまで時間が経っていないにも関わらず、既に遠い昔のことのように思えてしまう。グレイを除いた二人の後輩の顔を思い浮かべ、彼女は優しく笑った。

 

「ナミとノジコ、だっけ? 元気そうだな」

 

 ベルメールが抱いてる赤ん坊がナミ、幼い女児がノジコだ。

 

「まあね。村のみんなとも協力しながら、なんとかやってるよ。ゲンさんが妙に張り切っちゃってさ」

「そりゃなによりだ。頭から風車生やすぐらいの愛情があるなら頼りにもなるな」

「ふふっ、そうだねぇ」

 

 世話になっている恩人の話をしながら微笑み、寄り添うノジコの頭を撫でるベルメール。すると、少し悲しそうな顔でグレイへ言葉を放つ。

 

「……そういえば、大佐になったんだってね。アンタもまだ子供だってのに」

 

 十歳を迎えてそう過ぎていない、そんな子供が命懸けで戦う。時代が時代とはいえ、やりきれない想いというものはあった。

 そんな意図を察したのか、グレイは真剣な目でベルメールへと言葉を放つ。

 

「ベルメール。お前が見た目に反して優しいことは理解してる。でもな、俺が自分で選んだ道だ。後悔なんて微塵も無い」

「そうだねぇ。アンタはそういう奴だ」

 

 表情を一変させクスクスと笑うベルメール。

 

「今日はありがとね。様子、見に来てくれたんだろ?」

 

 戦場で死にかけた際に、ベルメールが遭遇したナミとノジコ。その二人を育てるため"海軍"を退役した彼女は、故郷であるこのココヤシ村へと帰って来た。

 軍を去ってから初めて顔合わせたこともあり、ベルメールは忙しい中会いに来てくれたことを素直に嬉しく思った。

 

 本来であれば"海軍本部"のある《マリンフォード》からこのココヤシ村まで来るのに多くの日数がかかるのだが、"ズマズマの実"の能力により三十分以内で来ることが可能であった。

 

「さっきの訓練所の件で、センゴクさんにこっぴどく叱られた後に半休にさせられたからな。暇潰しがてら寄っただけだ」

「はいはい。素直じゃないなぁ」

「いや、本当にそうだし」

 

 グレイの頭をわしゃわしゃしながらベルメールは笑う。先輩海兵であった彼女にとって、グレイは海兵時代の後輩であり友達でもあり、弟のような存在でもあった。

 だからこそ歳の差など関係なく、己の覚悟を語れるのだ。

 

「──グレイ。私、この子達を絶対に守るよ」

 

 強き母の顔、そんな彼女にグレイも応える。

 

「……おう、世界の平和は任せとけ」

 

 悪友との再会は、互いの覚悟を確認し合う──そんな時間となった。

 

 

 

 




 という訳で"悪魔の実"は"ズマズマの実"です!
 原作には登場していませんが、プレミアムショーでお披露目されていましたね。能力者だったキャラもほぼ海軍関係者だったので、この小説ではオリ主が存分に使わせて頂きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。