グレイが"海軍本部"大佐の地位に就任してから四年。
孫溺愛元帥、拳骨爺、最強育成男、何でもブった斬る剣士などなど、世界でも最上位の猛者達に鍛えられ続けているこの男。身体的成長と合わせて、能力に"覇気"に剣術と、全てが四年前とは比べ物にならない程の向上を遂げていた。
階級も大佐から一段階上の『准将』へと昇格しており、十四歳ということでまたも最年少記録を更新した。このことからも、グレイが四年で積み上げてきた功績の重さが伺える。
そんな目立つ男は、本部内でも日頃から噂が絶えない。
「聞いたか? グレイ准将。また海賊団を捕らえたって」
「聞いた聞いた。しかも船長は"悪魔の実"の能力者で、懸賞金は億越えだってな」
「俺はこないだ巨大奴隷船を検挙したって聞いたぞ。奴隷は全員救出したらしいし、凄すぎるぜ……」
「まだ十四だろ? 本当に同じ人間か?」
本部の廊下をモップで掃除している三人の海兵。入隊してから日が浅い彼らですらグレイの話が耳に入ってくるようで、コソコソと小声で聞いた話を言い合っていた。
しかしなにもこの者達だけではない。年季の入ったベテラン将校、事務仕事の女性や掃除のおじさんまで、グレイの話をする者達は多岐にわたる。
「すみません、通りますね」
ビクッと身体を震わせながら、三人の海兵は背筋を正した。
仕事中に無駄話をしていたこともそうだが、前からやって来た人物こそが自分達がしていた会話のテーマ的存在だったからだ。
拭き掃除していたことを気遣ったのか、一つ謝罪を入れながら三人の間を歩いていく。三人の海兵は背筋を正したまま、慌てて敬礼。冷や汗を流した。
「……ビ、ビビったぁ」
「あの人、だよな」
「銀色の髪に茶色の瞳、青ネクタイに黒スーツ。間違いねぇよ」
「俺らと身長とかあんま変わんないんだな」
「なんていうか、良い人そう、だったな」
実は本物を見たことがなく、話しか聞いてこなかったこの三人。身体的特徴から瞬時にグレイだと理解すると、噂に聞いて想像していた人物像から離れていたことに首を傾げた。
「この先ってことは、元帥室に用ってことかな」
「多分そうだろ、というか帰還されてたんだな。能力で飛び回ってるから、あの人帰って来ても分からないらしい」
「仕事終わりにも関わらず元帥からの呼び出し……か。本当凄いよなぁ」
自身よりも歳下の男が遠い存在であると認識した所で、三人の海兵は無駄話を終えて仕事へ集中する。
グレイが通る際に残した足跡を誰が消すか、三人で揉めながら。
「失礼します。帰投しました、センゴクさん」
「ああ、ご苦労だったな。グレイ」
普段は仕事が片付いたとしてもわざわざセンゴクへ報告などしないのだが、今回はセンゴクからグレイへの呼び出しがあったため、こうして元帥室まで足を運んだという訳だ。
「G−1支部から連絡は受けている。お手柄だったな」
「ありがとうございます。モモンガさんの協力もありましたから、思ったより手こずりませんでしたよ」
「懸賞金3億8000万ベリー『大熊』のドオンと3億2000万ベリー『巨蛇』のロギィでの海賊同盟。これを放ってはおけんのでな」
「
「お前の能力なら容易いだろう?」
「殺さないための出力制御とか、結構難しいんですよ」
「お前のそのやり方は"海軍"としても助かる。やたらと能力者を殺せば、後が面倒だからな」
「そうですね。それに……命は大切ですから」
"悪魔の実"の能力者を殺せば、世界の何処かに殺された能力者が宿したモノと同じ"悪魔の実"が必ず出現してしまう。
再び海賊の手に渡り悪用されることを防ぐため、能力者は可能ならば生捕にすることが望ましいのだ。
まあ、そんな事情を差し引いても、グレイはこれまで生捕にしかしたことがないのだが。
「それで何か用ですか? センゴクさんが呼び出すなんて珍しいですよね」
「ああ、帰って来たばかりで悪いが頼みがある」
「センゴクさんからの頼みを断る訳ありませんよ」
「そう言ってくれると助かる。……ったく、ガープの奴もお前のように仕事熱心であれば」
「あはは、それは……まあ」
頭を抱えていたセンゴク。一つ咳払いをすると、要件を切り出した。
「今年、"海軍"への入隊者数が例年にないほど増加していることは知ってるな?」
「はい。なんか凄く増えてるらしいですね」
「そうだ。これもお前が各地で暴れ回っているお陰だ。お前の影響で海兵になりたいという者が多く見受けられるからな、私も鼻が高い」
"ズマズマ"の能力の恩恵で世界各地を飛び回れるグレイは、海兵の中でも特に多くの民衆に顔が知られている。彼に助けられた者達の中には、"海軍"の門を叩く者も少なくない。
人材補充の功績も上に言っておくと、笑顔のセンゴク。海の平穏を守るための組織はいつだって人材不足なのである。
「それでお前に頼みたいことが二つある。一つ目は、本部へ入隊させた見込みのある新人海兵達と入隊して二年以上の海兵、この者達の育成を目的としたサバイバル演習の指導役をゼファーと共にやって欲しい」
「ゼファーさんとですか。俺で良ければ喜んで受けますよ」
「すまんな。前から計画していたことだ、お前はゼファーの手伝いという形で助力してやってくれ。そして二つ目の頼みなんだが──」
続けられようとしたセンゴクの言葉は、ドアに響いたノック音によって遮られる。
そしてセンゴクからの許可も無しに、ノックしたであろう人物は部屋の中へ入って来た。
「センゴク、グレイは……おお、話の途中だったか」
「ゼファー、返事ぐらい待て」
「気にするな。時短だ、時短」
元帥であるセンゴク相手にこのような口をきける者など、組織全体で見てもそうは居ない。同期としての付き合いからか、お互いの雰囲気は柔らかい。
「今、例の件を説明しようとしていたところだ」
「そうか、なら丁度良い。グレイを借りていくぞ」
「ああ、後は任せる」
「……えぇ、話が見えないんですけど」
戸惑いが隠せないグレイ。置いてけぼりを食らっている彼に、ゼファーから一言。
「ガハハ、付いてくれば分かる!」
丸太のような太い腕に背中を押され、グレイはゼファーと共に元帥室から退出した。
「なんなんですか、一体」
「サバイバル演習のことは聞いたか?」
「はい、ゼファーさんと一緒にやれって」
「その演習に参加させることになった一人をお前に任せたいんだ」
「……一人? 俺が個別でその一人にマンツーマンってことですか?」
「そうだ、少々訳ありでな」
廊下を歩きながらグレイへ説明をするゼファー。無駄な時間を少なくする教育者としての癖が出ている。
「訳あり……」
「お前をメインとした作戦で潰した奴隷船があったろう?」
「はい。最近ですね」
「そこで救出した者の中から、"海軍"への入隊希望者が一人出た」
「その人も新人海兵として、演習に参加させるってことですか?」
「正解だ、相変わらず察しが良いな。その件で一人、お前に担当してもらいたいという訳だ」
ゼファーは育成者として、教え子全員に平等を貫いている。そんな彼から個別で任せたい、つまりは特別扱いをしろと言われたのだ。元奴隷であったとは言え、訳ありという言葉にも大きな意味が出てくる。
「──"モドモドの実"。お前に任せる者は、その"悪魔の実"を食べた能力者だ」
「……"モドモドの実"ですか。聞いたことないですね」
「極めて特殊だ。能力の希少性もあるが、なにより凶悪だ」
「それで、同じような立場の俺に任せようってことですか?」
「ははっ、そう言われればそうなるな」
同じく希少性が高く凶悪な能力である"ズマズマの実"の能力者、グレイ。
自虐のように予想を語るグレイに対し、ゼファーは笑いながら同意した。
「お前に任せる理由は──お前が強いからだ」
「強いから……ですか」
「"モドモドの実"が悪用されるようなことがあってはならんからな。近くに守れる者を置いておく必要があると、"五老星"からも正式に決定された」
"五老星"とはこの世界で最高の権力を持つ五人の老人達の通称である。五人共が世界貴族"天竜人"であり、世界を裏側から操っているとまで言われている程だ。
「そんなに上からですか。よっぽど重要視してるんですね」
「それも仕方ない、人間には大き過ぎる力だ。なにせ……
「──ッ!? それはまた……凄いですね」
思わず息を呑むグレイ。訳ありの内容が想像の上をいったことに素直に驚愕を露わにした。
「だからこそお前に任せたい。後、お前の部下にする予定だ」
「……へっ?」
「准将になった辺りからセンゴクに度々言われていただろう? そろそろ部下を持たせる予定だとな」
「ああ〜、言われてますね。確かに」
「そもそも部下を持たせなかったのも年齢が理由だからな」
階級的にはもっと前から部下を持っていても可笑しくなかったのだが、幼過ぎる上司の命令に素直に頷ける者も居ないだろうとのことから見送られていた。
グレイを修行に専念させるというのも、理由の一つではある。
「だが今やお前の下で働きたいという奴も多い。まだ十四とは言え、もう立場が立場だ。文句も言ってられんな」
部下を持つ苦労を知っているからか、これから苦労するであろうグレイを思って笑みを浮かべるゼファー。
「これまでが辛かった子だ。手を焼くかもしれんが頼むぞ」
「もしかしてゼファーさんが面倒見てたんですか?」
「まあな。能力の件で俺が保護を頼まれた」
「だから最近稽古が無かったんですね」
「お前は放っておいてもサボりはせんからな」
「その内、ゼファーさんも超えますよ」
「ふっ、コイツめ」
銀色の髪をわしゃわしゃしながら、ゼファーは満足そうな表情だ。
今まで育てて来た教え子達の中には自分を慕う者こそ多いが、自分を超えるなどと口にする者は居なかった。
(……成長は、早いもんだ)
感慨深い思いが湧き上がってくるのを堪えながら。ゼファーはグレイから顔を背ける。
どれだけ経験しても、教え子の成長を感じる瞬間には慣れなかった。
「ところでこの方向は訓練場に向かってますか?」
「……ああ、そうだ。そこに待たせてある」
「初の部下、か。ファーストコンタクトが重要ですよね」
肩から羽織るコートのズレを直し、ネクタイを締め直すグレイ。まだまだ幼さは残っているが、間違いなく格好の違和感は減っている。
「さて、どんな人かな」
今回、グレイの部下へと推したのはゼファーであった。センゴクのグレイに部下を持たせたいという話を耳にした時、すぐにこの案を思いついた。
(──お前になら、任せられる)
やはり自分は間違っていなかった。
ゼファーはそう確信しながら、グレイを引き連れ訓練場へ向かった。
──海軍本部第三訓練場。
訓練場の中でも広さに定評のある場所であり、多くの海兵が合同訓練をするために使用している。
しかし、現在はそれ程海兵がいる訳ではなく、数十人ほどの集団がグラウンドで走り込みをしている程度だった。
「此処ですか」
「そうだ。……居たぞ」
「えっ? 何処です?」
「あそこで訓練用カカシに回し蹴りしているのがそうだ」
「えぇーっと。あっ、あれか……おお」
まだ距離が遠いため顔は見えないが、海兵服を着用してカカシをボコボコにしている者が一人。戦闘経験の無い新人とは思えない動きで攻撃していることに驚きつつ、距離を縮めていく。
「才能はある。将来が楽しみだ」
「ゼファーさんが言うなら間違いないですね。見た感じ、まだ若いかな」
「年齢は十三だ。お前の一つ下だな」
歳が近いということに少しばかり親近感を覚えるグレイ。歳上が苦手という訳ではない。むしろ得意な方なのだが、初めての部下が余りにも歳上であった場合、接し方に困ってしまうという問題が発生してしまうのだ。
「滑らかな体術ですね。まるで流れるような──ん?」
接触まで後少しというところまで近づいた時、グレイはあることに気づく。
そんな彼を尻目に、ゼファーは声を上げた。
「待たせたな! ──アイン!」
「ゼファー先生っ!」
アインと呼ばれたその者はカカシからすぐに離れると、輝くような笑顔を浮かべ、長い青髪を靡かせながらゼファーの下へ駆け寄って来た。
(……綺麗だな)
グレイが素直にそう思える程、幼いながらも整った顔立ちにスタイル。色白の肌や真紅の瞳は他者の目を惹く美しさであった。
しかし、それよりもグレイは内心で叫ぶ。
(──女だったんかい!)
もちろん、騙されたなどとは思っていない。ゼファーは一言も"男"だとは言っていないのだから。だが勝手な思い込みとはいえ、予想外であることに変わりはない。
「稽古は順調のようだな」
「はい! 先生に言われたことを確実にこなしていました!」
「よし、アインは優秀だな」
「そ、そんな……。ありがとうございます……先生」
可愛らしく照れているアイン。ゼファーに褒められたことが嬉しいのか、それとも頭を撫でられていることが嬉しいのか。どちらにせよ、アインがゼファーを深く尊敬していることは今のやり取りでグレイも理解した。
割り込みにくい空気ではあるが、置いていかれる訳にもいかない。グレイは恐る恐るゼファーへと声を掛けた。
「あ、あの〜、ゼファーさん?」
「おお、紹介しようグレイ。この子はアイン。よろしく頼むぞ」
まるで孫を紹介する祖父のような優しい口調で紹介するゼファー。
自身に対するセンゴクのようだと、グレイは少し苦笑い。
「俺はスティージア・グレイ。グレイって呼んでくれ」
挨拶を済ませ、握手をしようと右手を差し出したグレイ。
和やかなファーストコンタクトを決められたと思ったのだが──。
「…………」
プイッと顔を逸らされ、アインはゼファーの後ろへと隠れてしまう。貴方とは話したくないオーラ全開の態度にグレイは少し凹んだ。
「ああ〜、すまんな。まあ、仲良くしてやってくれ」
頭を掻きながら困ったように笑うゼファー。どうやらこうなることは分かっていたようで、やっぱりかといった様子である。
差し出した握られることのない悲しい右手。
グレイはそんな己の手を見つめながら、深いため息を吐いた。
(……これは、大変そうだな)
十三歳のアインちゃん登場です。ゼファー先生以外には心開く気ないので、めっちゃツンツンしてます。
アインはONE PIECEの女性キャラで一番好きなキャラです!これからメインキャラとして出していきたいので、アイン好きが増えてくれると良いなぁ。