遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 五話 前編

 ここ最近、何をするにしても、とわの気分が晴れることはなかった。

 それは言うまでもなく、ずっと悩みが晴れるどころか深まり、悶々としていたからだ。

 

 例えば、ふとした時。

 現代での記憶が蘇り、家族の面影をいちいち探しては、もう会えないことに落胆し、深い深い寂寥感に包まれたり。

 犬夜叉夫妻や自身の両親、他の若い恋人を見る度に理玖のことを思い浮かべ、その関係性が深まる妄想をしまっては、悶えたり。

 更に言うなら、童と水面の言葉、この二つが気にかかって、とわの心はどうしようもなく騒ついていたのだった。

 

 一応、童の件は、理玖やせつな、もろはといった知り合いに話した(その際、箱の大妖怪を知る理玖は非常に驚いていた)。

 彼らも童には同情したのか、数日は捜索を協力してくれた。

 が、当然というべきか、情報一つ見つからない。

 その内、どうしようもないんじゃないか、そもそも童とはいえ、関わりの薄い妖怪を助けてもな……という空気となり、捜索は打ち切り。

 結局のところ、状況は何一つ動かず、もやもやだけが残った。

 

 そうして。

 今日も時代樹の下、座りながら空を見上げ、ぐるぐると考える。

 せつなともろは、二人も一緒だ。

 ついでに邪見もいる。

 りんとの逢瀬に出かけた殺生丸に追い出されたらしい。

 これ幸いにと、先程から理玖のことをぐちぐち言ってくる。

 

「良いか、とわ。よーく考えるんじゃ! せつなの言う通り、彼奴は麒麟丸の部下じゃったんだぞ! それを……お前、あの男と一緒に逢瀬に行くだけじゃ飽き足らず、祝言を挙げたいなどと抜かしおって……! これがどれ程のことか、お前は分かって――」

「もー、うるさいなあ!!」

 

 そんな邪見に、とわは怒る。

 彼とは会えばいつもこうで、もう何度も何度も繰り返したこのやり取りも、良い加減にうんざりだ。

 

「良いじゃん、別に! あと、祝言を挙げたいとか、そこまで言ってないから! ただその……、もっと理玖と仲良くしたいとか、ただそれだけだから! 何でそれだけなのに駄目って言うのさ!」

「馬鹿もん! 何がそれだけ、じゃ!」

 

 邪見も負けじと怒鳴った。

 そして、いかにもといった風に感情を込めて、

 

「小さい頃から育てたお前が、十年もいなくなって……その間、わしや殺生丸様達がどんな思いでおったか!! やっと戻ってきたお前を、あのちゃらんぽらんな男にやるわけにはいかん!」

 

 と強く強く反対する。

 それを言われると流石のとわも弱いので、ちょっと言葉が詰まった。

 でも次に「理玖はそんなんじゃないよ」と反論。再び言い合いとなり、拉致があかなくなったとばかり、邪見は黙って見守っていたせつなともろはに、加勢を求める。

 

「おい、お前らも何か言ってやってくれんか! とわを説得するんじゃ」

「ってよ、せつな」

「そうだな」

 

 もろはに促され、せつなは短く返事をした。

 考えるような仕草をして、紫の目をこちらに向ける。

 咎めている……ともちょっと違う、けれど相変わらず複雑そうで険しい眼差しだ。

 そして唐突に恥ずかしい質問をしてくる。

 

「お前、あいつの何処に惚れたんだ?」

「うぇ!? それは、その……」

 

 とわは当然ながら酷く狼狽した。

 もろはに助けを乞うも、彼女も彼女で興味津々といった風に、ニヤニヤ笑っている。

 邪見は言わずもがな、せつなと同じ表情だ。

 

 とわは彼らのその視線に押し負け、ぐ……と息を飲みこむ。

 仕方なしに、少ししどろもどろになって答えた。

 

 初めて会った時、最初はなんだか気になる程度だったこと。

 だけど、やがて麒麟丸との争いも終わり、理玖がどう生きて良いか分からずに悩んでいると知った時、自分と同じだと思ったこと。

 そして、逢瀬をして、居場所について話している内に、段々と彼の心の触れていって。

 ……気がつけば、心惹かれ始めていたこと。

 

 すべて包み隠さずに話した。

 その頃になると、とわは恥ずかしさでいっぱいになって、すっかり顔を赤くさせ、俯いていた。

 しかし、横でもろはが面白がるように「惚気るねぇ」などと言うものだから、密かに少し剥れる。

 

「ええい、お前、ベタ惚れではないか。……信じらんない」

 

 一方で、小妖怪は重い重い溜息を吐いていた。

 とわが予想以上に理玖のことを語るものだから、呆れてしまっているらしい。

 そして、ぐちぐちと「とわ。お前がそう思っておってもな、彼奴が……」とまたお節介の小言が始まる。

 こちらを思う気持ちは嬉しいが、流石の二度目は聞く気になれない。

 邪見の言葉を耳から耳へ流しつつ、とわはちらりとせつなを見る。

 

 せつなは俯いたまま、少しの間だけ黙っていた。

 それをもろは共々、訝しく思っていると、

 

「お前、あいつといて本当に楽しいんだな」

 

 と、ぽつりと言われた。

 途端、邪見が口を閉じ、もろはが眉を少し動かす。

 そのせつなの目はあまりに真っ直ぐで、とわもまた、僅かな時間、沈黙してから頷く。

 

「うん。楽しいよ」

「……なあ、それってさ、どんな感じなんだ。あたしらとは全然、違うんだろ」

 

 せつなに釣られてか、もろはが身を乗り出して聞いてきた。

 興味津々で……というよりは、何かの確認をしているみたいな問いだ。

 それはもろはにとって、何か重要な事柄なのだろう。

 でも、先程同様、恥ずかしい質問だということに変わりなく。

 とわは、未だ引かない頬の赤さを更に深め、答える。

 

「そ、そうだけど……でも、私だって、この気持ちが何かよく分かんないよ。こんなの初めてだし」

「……そうか」

 

 もろはは空を仰いだ。

 遠く遠くを見つめていた。

 そして何かを思い出したように、声を上げる。

 

「つーか、気になってたんだけどさ、邪見。りんさんはともかくとして、殺生丸……とわとせつなの親父は、このことについてなんて言ってんだよ。やっぱ、反対してんのか?」

「いやあ、あのお方は……」

 

 すると、邪見は殺生丸のことを思い出したのか、思いっきり渋面を作った。

 

「……あの男については、なーんも仰らん」

「そうなのか?」

「ああ」

 

 邪見は肯定した。

 実は数える程でしかないが、これまで何回か、殺生丸に理玖と一緒にいたのを目撃されている。

 その度に、邪見はお決まりのように「殺生丸様!! よろしいんですか! とわがあのような男に……」と喚き散らすのだが、本当に殺生丸は無言のまま、無表情のままに去っていく。

 それとなく、とわとせつなが尋ねてみても、何も答えはしないのだ。

 だから、父がどう思っているのか、娘達は分かなかった。

 唯一りんだけが、悟ったように「大丈夫だよ」と微笑む。

 

 そんな訳で、ちょっと不満に思っているとわとせつなである。

 邪見同様、二人とも苦い顔つきにならざる得ない。

 

「困ったお方じゃ。殺生丸様は口数が少な過ぎるのだ」

「だよね。もうちょっと話しても良いのにって感じ」

 

 もろはそんな彼女達を見て、苦笑いを浮かべた。

 

「相変わらずだな、お前らんとこの親父さん」

「まったくじゃ」

 

 深ーく、こくこくと頷く邪見。

 その場に主がいれば真っ先に殴られているだろう。

 が、幸にして今は羽を伸ばせるため、その後彼は容赦なく愚痴を言い続ける。

 そこには当然、昔のエピソードも含まれており、やれあの時はどうだった、あの時はああだった、と父の変わらない姿を語られ、とわ達はますます苦笑いした。

 やはり、殺生丸は以前から何も変わらないらしい。

 それでも長く部下をやっているというのだから、ある意味、凄いを通り越して尊敬の域に達する。

 一体いつから、彼は殺生丸と一緒にいるのか。

 なんとなく、とわは気になって聞いてみた。

 

「ねえ、邪見。どのくらい父上の部下やってんの?」

「それ気になるな、邪見。どうなんだよ」

 

 とわ、せつな、もろはの興味津々な眼差しを受けて、邪見はまるで、孫娘に強請られるお爺ちゃんのように、「そうじゃなぁ」と頷に手をやった。

 

「あー……かれこれ、もう数百年のお付き合いになるな」

「そんなに!?」

 

 三人は素直に驚いた。

 長い付き合いだろうなとは思っていたが、まさかそこまでだとは思ってもいなかった。

 一体、どれだけ、邪見は一途な忠誠心を持っているというのか。

 改めてその凄さを実感する。

 

「ていうか、数百年って……邪見も父上も、案外長生きなんだね」

「当たり前じゃろ。そんじゃそこらの人間とは違い、わしらは妖怪じゃぞ」

「それもそうか。妖怪だから、そのくらい当たり前だよね」

 

 ……と、そこまで呟いたところで、とわは口を閉じた。

 

(……あれ?)

 

 何か妙な違和感があるというか。

 とても引っ掛かりを覚えるというか。

 邪見……そして自分は今、さらりととんでもないことを口にしなかったか。

 そう、妖怪だから長く生きると。

 

『種族が違う以上、“時の流れ”は全然違うのに。それがどういったことか……これから先どんな目に合うか、お嬢ちゃんも分かんないわよぉ?』

 

「あ……」

 

 ぴたりと。

 その瞬間、脳裏で水面の言葉がちらつき、とわは固まった。

 

「とわ?」

 

 当然、周りは不思議そうにして、顔を見合わせる。

 だが、そのままとわは何も反応しなかった。

 遂にはその肩を掴み、もろはが声をかけようとして……その直前、遠くから、聞き覚えのある女性の声がした。

 

「あ、もろは!! ちょうど良かった!!」

「お袋?」

 

 やってきたのはかごめだった。

 何やら、少し急いでいる感じだ。

 固まっていたとわは、それでハッとなった。

 四人はすぐに立ち上がり、その中でも邪見が真っ先に尋ねる。

 

「どうしたんじゃ、かごめ。そんな大きな声を出して。急用か?」

「ええ、そうなの」

 

 かごめは事情を説明した。

 

「ちょっと予定が出来て、今からすぐに出かけなきゃいけないの。でも、この後犬夜叉と約束してたから……。

 悪いんだけど、犬夜叉探して、このことを知らせておいてくれない?」

 

 パン、と両手を合わせて、申し訳なさそうに頼むかごめ。

 もろはは笑いながら、「なんだ、そんなことかよ。てっきり大事かと思ったぜ」と肩をすくめ、

 

「良いぜ。それくらいならお安い御用だ」

 

 と、快く引き受ける。

 しかし、邪見は不満らしく、ぶつくさと断ろうとして、

 

「いや、唐突のとこアレじゃがな、わしは今、殺生丸様を待っておるのだ。そんなことで協力するわけには――」

「ええ。叔母上の頼みとあらば、喜んで」

「おい!?」

 

 が、最後まで言い切る前に、せつなに言葉を被せられた。

 そして、かごめもその返事のみを聞いて、手短に礼を言い、去っていく。

 邪見はその背に、怒りを向けた。

 

「おーい、ちょっと待って!! わしを無視せんといてくれんか!」

「まあまあ、良いじゃない。邪見」

 

 それをとわが宥めると、納得がいかんとばかり、邪見は首を振った。

 

「何でわしが犬夜叉如きを探すことに、時間を費やさねばならんのだ。それよりも、殺生丸様をお待ちした方が何倍も良いわい」

「でもよ、りんさん達が逢瀬に行って、結構経つぜ。この調子だと当分返ってこないんじゃないか?」

「ぐぬ……」

 

 もろはの正論に邪見は何も言えない。

 せつなの目も厳しく、やがて、夜叉姫達に甘い彼は、長い溜息をついた。

 

「仕方ないわい。かごめの頼みを聞くとするか」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 こうして、犬夜叉を探すことになったとわ達。

 彼は妖怪退治がないと、何処か大抵、木の上にいたり、そこら辺をぶらぶらしたりしている。

 この広い森の何処かにいるはずだ。

 そう考え、手分けして探すこと十五分。

 嗅覚が優れている犬の半妖が三人いることもあり、犬夜叉は簡単に見つかった。

 

 彼はとある大木の下にいた。

 いつものように組んだ腕の内側に鉄砕牙を立てる形で持ち、胡座をかいて、木に背を預けて寝ていた。

 それなりに眠りが深いのか、呼びかけても、うんともすんとも目を開けない。

 

「うーん、どうしよか」

 

 困り果て、とわ達は顔を見合わせて悩む。

 ほったらかしにする……という訳にもいかないし、かといって乱暴に起こすのも憚られる。

 そのまま、ああでもない、こうでもないと話し込んだ。

 

 すると、ぴくりぴくり。

 犬夜叉の犬耳が反応した。

 まさか、起きた? ……と、四人は一瞬期待した。

 しかし、うつらうつらとするだけだった。

 それがもどかしかったのか、邪見が苛つき、彼を小突いた。

 

「ええい、焦ったい。良い加減起きんか、こりゃ」

「……んー、何だよ、もろは。止めろ……」

 

 それでも犬夜叉は起きない。

 とうとう、寝言まで言い始めた。

 それも娘のことなので、もろはは完全に恥ずかしがっている。

 

「親父ぃ……」

「愛されてるね、もろは」

 

 とわはせつなと二人して、もろはを微笑ましげに見た。

 もろはは顔を赤くさせて、止めろよな、と怒鳴った。

 

「それにしても、こうして見ると、結構父上と似てるよね」

 

 じぃと、とわは犬夜叉の顔を覗き込んだ。

 パーツ自体も、顔の作りも、殺生丸と雰囲気はそこまで一緒じゃない。

 だが、顔は整っているし、その銀髪も殺生丸と同じ色。

 正しく血が繋がっていると思う。

 

 せつなともろはも、それに同意するように頷いた。

 一人だけ、邪見が否定した。

 

「何処がじゃ。此奴と殺生丸様が似ておるわけがなかろう。殺生丸様の方が何倍も美しいわい」

「でも、顔はともかく、中身は似てるってお袋は話してたぜ」

「何じゃと?」

「二人とも短気だー、って」

 

 すると、邪見は妙に納得したような顔をした。

 彼にとっては認め難いことかもしれないが、それはとわもせつなも、そしてもろはでさえも、誰もが思っていたことだったので、覆しようがない事実である。

 

「……見た目の話と言えば、父上には犬耳生えてないのに、犬夜叉さんには生えての、不思議だよね。同じ犬妖怪の血を引いてるんでしょ?」

「それを言うなら、お前らだって不思議じゃないか? 親父と同じ半妖だけど、爪も鋭くないし、人間の耳だしな」

「半妖の里には、人間の姿のもの、妖怪の姿のもの。色んな見た目の半妖がいた。そう変なことでもない。ようは個性の問題なのだろう」

 

 仲間の中で、一番半妖を見てきたせつながそう言った。

 そのため、とわともろはも、まあ、そういうものか、と納得する。

 けれど、その時。

 また、水面の言葉がちらつく。

 

『別におかしいってこともないし、半妖それぞれに個性もあるから、単に人間のお母さんの形質が見た目に表れたってことだろうけど。でも、化け物の姿でない分、残酷なのかもしれないわねぇ』

 

(……残酷? 残酷って何?)

 

 とわは思考を回らせる。

 やっぱり、水面が言っていたことが理解できない。

 でも、何かとてつもなく嫌な感じがしてならなかった。

 それをとわはどうして良いか分からず、思いを胸の内に仕舞い込む。

 

 その様子を、せつなともろはは見ていた。

 目配せし、互いに何か視線だけで言い合い……そうしている間に、段々と、とわの沈んだ顔が嫌になったのだろう。

 もろはが、「親父の耳って結構触り心地が良いんだぜ」と、ふざけて犬夜叉の耳を触り始た。

 そして、無理矢理促されたせつな、邪見までもが、もろはと交代して仕方なしにその耳を弄り、「確かに……」などと呟く。

 

「とわ。お前もやってみろよ」

 

 もろはは、今度はもとわを誘ってきた。

 良いのかな、なんて思いつつ、ちょっと興味はある。

 欲求に負け、恐る恐る、その犬耳を触ってみた。

 

「おお、これは……」

 

 一言で言えば極上。

 柔らかくて、もちっとしてて、なかなか癖になる感触だ。

 これはたまらない。

 とわは夢中になって、くりくりとする。

 その内、少し面白くなってきて、そのままぴーんと上に上げると、途端、ツボにハマったのかもろはが笑い転げた。

 せつなと邪見も笑みを我慢している。

 とわは段々と調子に乗り、もっと耳を動かそうとして――

 

「おい、何やってんだ?」

 

 と、低い声に怒られていた。

 

「あ、す、すいません」

 

 弾かれたように耳を離し、距離を取る。

 見れば犬夜叉は完全に起きていて、ジト目を向けていた。

 

「何だよ、お前ら好き勝手しやがりやがって。そんなに面白かったか?」

「いや、そんなこと。ねえ?」

 

 こくこくこく!

 もろはに聞かれ、とわ達は激しく縦に首を振った。

 それでもやっぱり犬夜叉は訝しそうにしていたが(実際、誤魔化せてはいないだろう)。

 

「……で、お前ら。邪見も一緒で何か用か?」

 

 欠伸を一つ。

 それから、犬夜叉は単刀直入に聞いてきた。

 邪見は不機嫌そうに答える。

 

「ふん。かごめの奴に伝えるよう言われたんじゃ。急用が出来たので、先に家に帰っといてくれとな」

「そうか」

 

 心当たりがあるのか、犬夜叉は驚かずにそう言った。

 そして、首をぽきぽきと鳴らして立ち上がり、鉄砕牙を腰に差すと、短く礼を言った。

 

「わざわざ悪かったな。ありがとよ」

「別に大したことねえよ」

 

 もろはが、はにかみながら答える。

 犬夜叉は短く、おう、と恥ずかしそうに返した。

 

 それからとわ達は、犬夜叉と一緒に村への帰り道を歩いた。

 彼は最近忙しそうにしていたようで、やれ弥勒がどうだったとか、妖怪退治がどうだったとか、近況を話してくれた。

 そして、こちらのことも気になっていたらしく、とわ達、殺生丸一家のことも聞いてきた。

 すると、邪見が勝手にとわと理玖の関係をうんざりしたように教え、犬夜叉の目は一気に呆れたものになった。

 

「とわ……そんなにあの男と一緒になりてぇのかよ。止めとけ、止めとけ、あんな奴」

 

 どうやら犬夜叉も反対派らしい。

 本気で声が心配している。

 ようやく現れた味方に、調子に乗って、邪見が嬉しそうにしていた。

 

「おお、珍しくお前とは気が合うな。もっと言ってやれ」

「珍しくは余計だろ」

 

 失礼な発言に、犬夜叉が不満気な顔を作った。

 そうして頭を掻き、しばらく悩んだ仕草をした後に、せつなやもろはをちらりと見て、……とわの名を呼んだ。

 

「とわ。お前、理解してんのか?」

「えと、何が……ですか?」

 

 首を傾げると、犬夜叉は一層真剣な眼差しで、腕を組んだ。

 

「りんがどう言おうが、奴は麒麟丸や是露の手先だった奴だぜ。そこら辺、忘れてねえだろうな」

「……はい」

「つまりは、そいつはお前を一度か二度、殺そうとしたんだぜ? そして、俺ら家族が離れ離れになるのに一枚噛んでるっつー話じゃねえか」

「……」

「お前、そいつのこと本当に好きになって良いのか?」

 

 犬夜叉は暗に聞いていた。

 本当に理玖は信頼できるのか。

 敵だった奴が、これから先、とわを裏切らない保証が何処にあるというのか、と。

 

 ……確かに、犬夜叉の心配は最もだった。

 理玖は客観的に見れば、悪者でしかない。

 とわを間接的に苦しめた悪事を、働いたこともある。

 そんな相手を好きになるなんて、普通じゃ考えられないことだ。

 

(それでも……)

 

 とわはぎゅっと拳を握り締めた。

 そんな簡単なこと、もう心に決めていた。

 

「私、理玖のこと信じたいです。今の理玖を信じます」

 

 はっきりと、とわは犬夜叉の目を見て伝える。

 それに、犬夜叉が何事かを思うかのように、複雑な顔になった。

 

「それは何でだ? かごめの言う、一時のてんしょんって奴で、冷静さを欠いてるかもしんないだろ。盛り上がるだけ盛り上がって、後で後悔するかもしれねえんだぞ」

「……そうかもしれません」

 

 とわは肯首した。

 そこは何も否定できなかったからだ。

 けれど、

 

「……理玖と話してると分かるんです。彼も何かが変わったんだなって」

 

 そうだ。

 とわは毎日のように理玖と話している。

 彼は自分の境遇を全部教えて、何を思い、何を感じたのか、伝えてくれた。

 それで分かったことは、昔の理玖は本当に孤独で空虚だったということだ。

 だから唯一慕う是露のために、あんなにも命を賭して尽くしたのだ。

 それが自分の存在意義だと信じて。

 だけど、理玖はその後自力で、大切なものを手にしたのだと言っていた。

 事実、ある時を境に、明確に行動自体が変わり、とわを守ってくれた。

 彼はもうただのお人形なんかじゃない。

 無闇矢鱈と人を傷付ける理由すらない。

 そんな理玖の成長を、とわは心の底から尊敬する。

 だから、信じたい。

 

「今の理玖を、私は好きになりたいんです」

 

 また、とわははっきりと告げた。

 犬夜叉は呆気に取られたように、口をぽかんと開けた。そして何か言おうとして……止めた。

 代わりにそっぽを向き、

 

「そうかよ。なら、俺はもう何も言わねえ」

「犬夜叉さん?」

 

 不思議がると、犬夜叉は耳を掻いた。

 触れたせいで、くすぐったい感触が残っていたのだろう。

 っけ、と鼻を鳴らし、

 

「他ならぬ、お前が決めたことだろ。じゃあ、俺がとやかく言っても仕方ねえってことだよ。後悔するもしねえも、お前の責任だからな」

 

 とわは、はっとしたように目を瞬かせる。

 一見すると、それは厳しい言葉に聞こえるかもしれない。

 けれど、その声音から不思議と暖かさが伝わってくるのだ。

 

「ありがと、犬夜叉さん」

「別に礼を言われるようなことはしてねえぜ?」

「けど、そう言ってくれるの、私を信じてくれてるからですよね。だから、ありがとう」

「……そうか」

 

 犬夜叉はそっぽを向き続ける顔を、少し照れたように赤くさせた。

 それをもろはが揶揄い、犬夜叉が怒り返す。

 親子のじゃれ合いは続き、いつの間にか邪見も巻き込まれ、そのやり取りにいちいち反応しては、とわとせつなを笑わせる。

 帰りの道中はずっと賑やかだった。

 

 その後、犬夜叉とは村の入り口で別れた。

 村人が困った様子で、妖怪退治を頼んできたためだった。

 とわ達も手伝うと言ったのだが、彼はそれを断り、去っていった。

 

「犬夜叉さん、慕われてるよね」

「ああ」

 

 その様をとわ達は微笑まし気に見ていた。

 十四年も離れていたにも関わらず、楓の村の住人は、戻ってきた犬夜叉を当たり前のように受け入れている。

 やはり、その人徳あってのものなのだろう。

 そんな彼を、素直に尊敬したいと、とわは思う。

 

「それに、さっきも私のこと認めてくれたりしたし……犬夜叉さんって、実はああ見えて凄く大人びてるとこあるよね」

「そうかあ?」

 

 邪見、及び、もろはが訝しそうに眉を顰める。

 反対に、せつなはとわの言うことに同意する。

 

「ああ。私も時々、とてもその人柄の深さを感じる時があるのだ」

「……まあ、凄え敵と戦ったらしいしな。そりゃ、親父も色々苦労してきてるよな」

 

 小耳に挟んだ程度だが、親世代は奈落という妖怪と激闘を繰り広げ、それはもう色々あったという。

 そのエピソードはどれを聞いても壮絶で、やはりその経験が犬夜叉達親世代の心を、大きく、強く成長させたに違いない。

 

「それだけではないだろう。叔父上は私達よりも数十年、遥か前から生きていると聞く。そもそもの人生経験が違うのだろうな」

 

 少し驚くと共に、成る程と、とわともろはは納得する。

 これは説得力しかないと思った。

 が、その時。

 ふと、一つある事に気づき、ぎょっとした。

 

「え、ちょっと待って、せつな。犬夜叉さんが数十年前から生きてるってのも初耳だけど、そんな前から生きてるなら……犬夜叉さんは何才なの? おかしくない?」

 

 彼の見た目は、せいぜい、どう見たって十五才ぐらいだ。

 勿論、その時間経過を考えれば、もっと年齢を重ねていることは明白だが……明らかに外見と釣り合っていないではないか。

 そう主張すれば、どうしてだか周りから変な目で見られた。

 

「何言ってんだ? 別にそれは当たり前のことだろ?」

「そうだぞ。何もおかしいことではない。……ていうか、お前、まさか知らないのか?」

「?」

 

 とわは頭の上に疑問符を浮かべる。

 呆気に取られたように、皆黙ってしまった。

 そして何やら気まずい雰囲気のまま沈黙が流れ……やがて、せつなが何かに気づいたように、顔を俯かせた。

 

「いや、それもそうか。お前は、人間の中で育ったのだったな。ならば無理もないのか」

「……どういう事?」

「……お前はまだ知らなくて良いって事だよ」

 

 変に思って聞けば、もろはもまた、やたらぶっきらぼうに答えた。

 邪見さえも、妙に神妙である。

 

(もう、何だよ、まったく……)

 

 後ろで歩きながら、とわは一人、拗ねる。

 何だか自分だけが除け者で気に入らない。

 でも何故だろうか。

 ……この感じ、何処となく不安になってくる。

 

 それを延々と考えるも、結局、胸に残ったもやもやはそのままに、家に辿り着くのだった。

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