遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 五話 後編

 寛いでいると、殺生丸とりんが帰ってきた。

 途端、邪見は、「おお、殺生丸!!」と大声を出し、懐いた犬さながら、喜んで殺生丸に飛びいて蹴られていた。

 とわ達はいつものやり取りに苦笑い。

 相変わらず何を考えているか分からないほど無口な殺生丸と、一言、二言、言葉を交わす。

 それから、彼は邪見を連れて去っていった。

 

「皆、お帰り」

 

 その背が完全に見えなくなると、りんは朗らかな笑顔を浮かべ、家の中に上がり込んだ。

 そして、もろはを歓迎し、しばらくして戻ってきた犬夜叉、かごめを加え、楽しく談笑する。

 夕方になると、一緒に晩飯を食べた。

 華やかな時間はあっという間に過ぎ、日が落ちる頃には犬夜叉一家は帰っていった。

 後は寝るだけ。

 明日の準備をして、母と妹におやすみを言って、床につく。

 それから瞼を閉じて――

 

(ここは……)

 

 気がつけばとわは、夢の世界に入っていた。

 

 そこは戦国時代ではない。

 舗装されたアスファルトの道、住宅街、排気ガスの臭い。

 あの令和の……どうしようもなく平和な、現代の世界だ。

 いつか見た産霊山での結界のように、すべてが白黒写真のように灰色である。

 

 唐突のことなのに、不思議と困惑していなかった。

 ぼんやりと、これが明晰夢という奴かと思った。

 

 とわは、次に自分の格好を見下ろす。

 白い上着にシャツ、白いズボン。

 男装の姿だ。

 現代にいた頃の自分に戻っている。

 手には学生鞄まであった。

 

 そこからスマホを取り出して確認すると、ちょうど下校の時間帯。

 現在は帰宅途中ということなのだろうか。

 ということは、この後の流れは――

 

「やい、日暮!!」

 

 ああ、やっぱりだ。

 お馴染みの河川敷まで歩いていけば、いきなり不良達に絡まれた。

 その姿は周りと同じで色がない。

 恐らく記憶の再現……なのだろう。

 だが、それを分かっていても尚、とわはうんざりした顔を作る。

 彼らには現代で、沢山面倒な思いをした。

 

「何、やる気なの?」

 

 さっさと、どうにかしたい。

 そう思って気怠げに煽ってやれば、不良達は怒ったようで、すぐにこちらを囲んだ。

 なんとなく数を確認。

 ひぃ、ふぅ、みぃ……五人くらいか。

 少し多い。

 だが問題にはならない。

 何人来ようが、どうせ大した事ないのだ。

 

 とわは邪魔にならないよう、学生鞄を放った。

 

「今日こそは覚悟しやがれ!」

 

 途端、不良の内、一人が飛びかかってくる。

 その動きはスローモーションのように遅い。

 とわはひらりとその拳を交わし、蹴りを一発食らわせてやった。

 それから後ろからくる不良を、気配だけで察知。

 振り返る事なく肘鉄をお見舞いする。

 あっという間に二人が撃沈した。

 今度はこちらから向かう。

 狙うは一番高いノッポ。

 その腕を掴み、ぽーんと背負い投げの要領でぶっ飛ばしてやった。

 そして、四人目、五人目と、それぞれそのお腹にパンチを決める。

 

 そこで、ふぅ、と息を吐いた。

 辺りを見れば、不良が苦しそうに倒れ、呻めている。

 なんて呆気ない。

 こんなもの、子供のお遊びのような、準備運動にすらならない喧嘩だ。

 

 しかし、しっかりとその目はこちらを睨みつけていて、かなり困った気持ちになった。

 だって、仕掛けてきたのはそちらからなのに。

 やり返されても、何も言い返せる立場じゃないだろう。

 後ついでに言うと、これでもかなり手加減した方だ。

 本気で殴れば、その腹に穴を開ける事も、とわには出来る。

 積極的に害をなそうなんて思ってない。

 

「もう、分かったでしょ」

 

 とわは学生鞄を拾い上げた。

 無駄だと分かってるくせに、どうして引っ込んでくれないのだろう。

 毎度の疑問を抱きながら、とわは踵を返した。

 その後ろで、不良達の憎まれ口が飛び交う。

 

「くそ、あんな奴、女じゃねえ」

「人間じゃねえ、化けもんだ!」

 

 とわはぎりっと唇を噛み締める。

 何でこいつらはわざわざ言わなくて良いことを言うのだろう。

 そんなこと分かっている。

 分かっているのだ。

 自分は全然普通じゃないって事くらい。

 事実、人間でもないし、この時代の存在でもない。

 とわは完全なる異物。

 それを――

 

「……ひぃ!!」

 

 後ろに振り返り、ぎん、と睨みつければ、不良達は怯えたように竦み上がった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げる彼らを、とわは冷めた目で見ていた。

 

(もうどうでもいいや……)

 

 とわは溜息をつき、また無言で歩いた。

 しばらくそうしていると、お店のガラスに映る自身の姿を見て、立ち止まる。

 

 短く切った銀色の短髪。その中に混じる赤い前髪が一房。紅玉をそのまま嵌め込んだような瞳。

 

 せつなの言葉を思い出す。

 

『半妖の里には、人間の姿のもの、妖怪の姿のもの。色んな見た目の半妖がいた』

 

 とわの姿は、人間の姿。

 その父より受け継いだ色彩は、一般のそれとは少し違うけれど、耳は尖っておらず、半妖のくせに社会に溶け込めている。

 ……よく考えれば、それは凄く運の良いことだったのではないだろうか。

 とわはふと、そう思った。

 

 これがもし仮に、犬夜叉のように自分に犬耳があったとして……その場合どうなっていただろう。

 よくて部屋に閉じこもるか。

 最悪ネットで騒がれて、見せものになるか。

 どっちみち、学校には通えてなかっただろうし、異形として排斥されるのは目に見えている(勿論、日暮家の皆は、どんな姿であってもとわを受け入れただろうが)。

 これまで平穏に暮らせていたのは、人間の姿だったからこそだ。

 

 でも、結局どんな容姿をしていたとしても、半妖の本質は変わらない。

 高い身体能力、妖力は、この身の内で燻っている。

 だからどうしようもなく、周囲との違和が発生する。

 居場所はあっても、ここは人間のための、人間の世界。

 とわの世界ではないのだ。

 

「……行こう」

 

 歩くのを再開し、とわはこの世界の道のりを行く。

 幼い頃に遊んだ公園、母校の小学校が目に入る。

 そして、よく行っていた商店街を通り、前に通っていた中学校の制服をちらりと目にする。

 通り過ぎたのは、同じ年頃の女生徒。

 仲のいい女子グループ。

 そんな友達、とわにはいなかったら、眩しくて目を細めた。

 

 やがて、夕刻を過ぎ、夜になって自宅に帰り着く。

 出迎えたのは義妹の芽生、義父の草太。

 やはり灰色がかった偽物の人形だった。

 

「お帰り、とわお姉ちゃん!!」

「……ただいま、芽生」

 

 元気良く飛びつく義妹を、とわは泣きたくなるのを堪えて抱きしめる。

 当然、芽生は不思議そうにしていて、「お姉ちゃん?」と首を傾げた。

 

「どうしたんだい、とわ」

 

 義父も心配してくる。

 とわは芽生を離し、今度は草太を抱き締めた。

 すると、人形の草太は、とわの望み通りにその背を優しく撫で、気が澄むまで好きにさせていた。

 

 その後、しばらくしてから、三人でリビングに行った。

 テーブルには沢山の豪勢な料理と、大きなシフォンケーキ。

 そのクリームの上には十五本の蝋燭が立てられている。

 そして、席についていたのは、じいちゃんに、大ママ。

 驚いていると、キッチンの奥から萌が現れ、事情を説明した。

 

「ほら、今日はとわちゃんのお誕生日でしょ。だからこうして皆に集まってもらっていたの」

「そうよ。とわちゃん、主役なんだから、ずっと待っていたのよ」

「とわ。早く座らんか。料理が冷めてしまう」

 

 じいちゃんと大ママが、朗らかに笑った。

 それでも、とわはぽかんとしてしまう。

 

「誕生日? 今日って、誕生日なの?」

「? そうだよ、とわ。今日はとわがこの家に来てから、十一年目の日だ」

 

 一瞬訝しそうにしたものの、草太は柔らかな表情で、そう言った。

 とわはごくりと生唾を飲み込む。

 ようやく状況を飲み込めた。

 これはつまり、現代に残っていたらという、“もしも”の夢なのだ。

 都合の良い、己の妄想なのだ。

 こんなものを見ているなんて、自分はよっぽどホームシックを拗らせているらしい。

 

「もう、何ぽけっとしてるの、お姉ちゃん。もっと喜んでよ。せっかく準備したんだよ!」

 

 焦ったくなったのか、芽生がとわの腕を引っ張り、お誕生日席に座らせる。

 とわは芽生を困らせたくなくて、戸惑いを胸の内の仕舞い込み、その頭を撫でる。

 

「分かったよ、芽生」

「えへへ」

 

 芽生は嬉しそうに顔を綻ばせ、ててて、と走って席についた。

 草太も、萌も、椅子に座った。

 全員でテーブルを囲む。

 

 じいちゃんがライターで蝋燭に火を灯してくれた。

 灯りのスイッチを切る。

 ゆらゆら、十五本の灰色の炎が闇の中に揺めき、一人、色があるとわだけが、この世界にぼんやりと照らし出される。

 

 とわは軽く息を吸った。

 幼い時のように一片に吐きださない。

 弱く長く、力加減を調整して、炎を消した。

 一瞬だけ訪れる完全な暗闇。

 ぱっと次には灯りがついて、パン、パンと弾ける音。

 家族がクラッカーを持って、その紐を引っ張っていた。

 勢いよく飛び出した紙吹雪は、とわの頭や服の上に飛び散る。

 

「お誕生日おめでとう!!」

「おめでとう、とわ!!」

 

 日暮家の皆は、とわの生誕を祝福する。

 ありがとう、ありがとう。

 この世界に来てくれて、ありがとう、と言いながら。

 

「……ありがとう、こっちこそ、ありがとう」

 

 胸がいっぱいになって、とわは泣きながら感謝を伝えた。

 すると、家族は大袈裟だなあ、なんて微笑んで、ケーキを切り分けてくれた。

 それは一番大きかった。

 ご馳走を食べる。

 どれもとわが好きなものばっかり。

 でも、灰色で砂みたくて、味がない。

 色んなことを話すけれど、どれも知らない、この現代での一年間の話。

 とわが戦国時代に帰ったことを言っても、通じない。

「せつなちゃんにもろはちゃん? 妖怪退治? まだ一年前のことを話してるの? やっぱり懐かしいんだね」としんみりと返される。

 

 ああと、それで実感する。

 どうせ分かっていたけれど、戦国時代のことなんて、この場所では遠い世界のことでしかないんだな、と。

 

 ……きっとこちらを選んでいたとしても、いつもと変わらない日常が続いていたことだろう。

 毎日毎日、不良と喧嘩し、転校を繰り返し。

 それでも自分を受け入れてくれる日暮家の皆と、共に生活を送る。

 そして、戦国時代のことを徐々に忘れいって……。

 それはそれで、悲しいけれど不幸な未来ではなかっただろう。

 事実、今とても楽しい。

 日暮家の皆はとても暖かくて、ずっと一緒にいたくなる。

 

 ……だが、いくらそのことを夢想しても、今更なのだ。

 もう現代に帰るという選択肢を捨てた時点で、二度とこの日常は手に出来ない。

 それを自覚しているから、こんなにもこの世界は色褪せてしまっている。

 だから、だからこそ、とわは――

 

「あ……」

 

 良からぬ事を考えたせいだろうか。

 ピキン、ピシピシ。

 唐突に、家族の人形にひびが走った。

 とわはびくりと固まり、ケーキを指していたフォークを落とす。

 からん、と軽い金属音がした。

 家族も固まる。

 

「とわちゃん?」

 

 歪なノイズ混じりの声で、大ママが心配してくれた。

 他の皆も口々に、「とわ?」、「どうしたのとわちゃん。お腹痛いの?」なんて、声をかけてくれる。

 その姿は今にも崩れ落ちそうだ。

 

「待って」

 

 とわは呆然とした顔で手を伸ばした。

 ひびは家族だけじゃない。

 世界にも広がっている。

 嫌な予感がしてならない。

 怖い。

 

「待って。まだここにいて」

 

 たとえお人形遊びだと分かっていても、皆ともっともっといたかった。

 伝えきれてない事、山ほどあるのだ。

 でも、伸ばした手が家族に触れる前に、彼らは完全に崩れ落ち、チリとなって消えてしまった。

 

「……っ!」

 

 とわは悲鳴にも似た声を短くあげる。

 家族同様、世界が崩れ落ちる。

 足場を失い、とわは落下した。その暗い、暗い、奈落の底へ、吸い込まれるように向かっていく。

 そうしていつしか身を任せて、長い間、どれくらい経ったのだろう。

 

 気がつけば地面にぶつかる直前、ふわりと風に受け止められ、草むらに寝転がっていた。

 嗅ぎ慣れた自然の匂い。

 高く照りつける太陽。

 何処までも広がる青空。世界に……色がついている。

 

「……私」

 

 起き上がると、いつも着ている着物が目に入る。

 今度は戦国時代にやってきたのか。

 一瞬、起きたのかと考えたが、すぐに違うと思い直す。

 よくよく見ると、この世界もまたぼんやりと、ハリボテじみているのだ。

 ここも偽物の世界。

 

「とわ、何してるの、こんなところで」

「母上」

 

 しばし佇んでいると、後ろからりんが声をかけてきた。

 少し安心し、とわは笑顔を浮かべて振り返る。

 が、すぐにぎょっとなった。

 母は何故か酷く悲しんでいる様子で、目に涙を溜めていたのだ。

 そして、そっと優しく、とわの手を掴む。

 

「とわ。もう行かないと。辛いのは分かるけど、ここにいちゃ駄目だよ」

「えと、何言ってんの?」

 

 彼女の言っている意味が分からず、とわは戸惑った。

 すると、りんは数分程黙り……驚きの事実を告げた。

 

「とわの方こそ何を言っているの? 楓様が、もうすぐ死ぬんだよ。見取りに行かないと」

「は……?」

 

(何それ……楓お婆ちゃんが死ぬ?)

 

 とわは耳を疑った。

 しかし、りんの目は本気であり、この夢の中ではそれが現実らしい。

 

「早く来て、とわ」

 

 りんはとわの手を無理やり引っ張って立ち上がらせ、村の方に連れていく。

 楓の家に行けば、既に村人が周りに集まって、涙を流していた。

 その中にはせつなやもろは、犬夜叉、かごめの姿もある。

 他には珊瑚や弥勒、七宝、琥珀まで。

 楓と親しいものは、全員いる。

 

「……とわ」

 

 皆はとわの姿を見ると、一様に暗い顔になった。

 夢の中と言えど、とわは体が震えるのを感じた。

 

「か、楓お婆ちゃんはどうなったの?」

「さっき死んだ。大往生だ」

 

 犬夜叉が呟いた。

 ちょうど、家の中から村人が何人か出てくる。

 楓の遺体が彼等によって、丁寧に運び出されていた。

 

「お別れだ。よく見とけよ、とわ。こうして人は死んでいく」

 

 あっという間に葬式が始まった。

 楓の遺体は何処までも丁重に扱われ、荼毘に付された。

 遺体が燃える臭いに、吐き気がする。

 長い時間が過ぎて炎が消えると、楓は骨だけになっていた。

 ショックを受けている間もなく、その骨は骨壷に入れられ、桔梗のお墓の中に収められた。

 

 とわは終始、絶句していた。

 どうしてこんな夢を見ているんだろうと思った。

 見たくない。

 見ていられない。

 大切な人の死なんて……嫌だ。

 

 だけど、犬夜叉の目は厳しかった。

 せつなやもろはも、逃すまいと肩に手を置く。

 

「目を逸らすなよ。これはいつかくる現実だ。楓はお前より先に死ぬ 」

「そうだぞ、とわ。こんなの当たり前だろ」

「けど……!! 私は楓お婆ちゃんと離れたくは……!!」

「駄々を捏ねるな。仕方がないだろう」

 

 犬夜叉の底冷えする声に、とわは目を見開いた。

 せつなは気を使う様子もなく、指し示すように言った。

 

「さあ、次は木助さんだ」

 

 途端、村人の内、楓と同年代の老人が倒れた。

 困惑、衝撃が走る。

 固まるとわを置いて、また葬式が始まる。

 そうして、次々と、次々と。

 村人が死んでいく。

 それは老衰であったり、病死であったり、怪我が原因だったり。

 老若男女、関係ない。

 戦国時代、その医療は発達しておらず、些細なことでどんどん人は亡くなる。

 その度にお墓が目まぐるしい勢いで増えていき、比例してかごめやりん、琥珀の顔に皺が刻まれていく。

 時間が経過しているようだ。

 

「楽しかった。礼を言うぞ」

 

 その内、遂には老いで琥珀が死んだ。

 珊瑚が死んだ。

 弥勒が死んだ。

 かごめが死んだ。

 そして……最後にはりんまで。

 

「……ありがとう。とわ、せつな」

 

 彼女は既に、皺くちゃのお婆ちゃんになっていた。

 立ち上がる事も出来ず、布団の中で寝ていて、その生命の火が今にも消えそうなことは明白だった。

 

 とわは泣き叫んだ。

 行かないで! 行かないで! もっとずっと一緒にいて!!

 もう誰の死も見たくなんかない!

 りんにしがみついて、そう懇願した。

 でも。

 

「……じゃあね」

「あ……」

 

 りんは虚しく死んでいった。

 とわは呆然とする。

 今まで通り、葬式が始まる。

 遺体を焼いて、骨を砕いて、もう幾度なく見たお墓が立った。

 りんのお墓が。

 

「……」

 

 とわは絶望のあまり呆然となった。

 親しい人は誰もいなくなっていた。

 顔見知りでさえ、いなくなっていた。

 それなのに、とわは若いまま、一つも歳を取っていなくて。

 まるで、この世界に取り残されたみたいに、ただ虚無のような孤独がある。

 

「どうして……私だけが」

 

 己の手を見つめ、とわは恐怖で震えて、項垂れる。

 自分の体が不気味だった。

 何一つ成長しない。

 何一つ老いない。

 何一つ変わらずに、そのままであり続ける。

 こんなの普通じゃない。

 皆と一緒が良い。

 置いていかれるのは怖いし、一人になりたくない。

 

「どうして……どうして……」

 

 繰り返し呟く。

 目の前には同じく、年をとっていない犬夜叉や、せつな、もろはがいる。

 彼女達だけがとわの救いだった。

 

「……答えて。ねえ、私はどうして、こんななの?」

 

 皆なら、何か知っているかもしれない。

 とわはそう思い、半ば縋り付くような問いかける。

 すると、犬夜叉が言った。

 

「お前が半妖だからだ。人間じゃないからだ。何れこうなる定めなんだ」

「……」

「行こうぜ。もうここにはいられない」

「え? 何が……」

 

 そう言いかけた途端、ひゅっと、こちらに何かが飛んで額に当たった。

 とわは頭を抑え、落ちたものを見る。

 石だ。それも尖った大きな大きな石。

 つぅ……と血が傷口から少し垂れた。

 

「見つけたぞ! ここにいたか!」

 

 周りを見渡すと、こちらを見知らぬ村人が取り囲んで、わーわーと騒ぎ立てている。

 

「出ていけ、半妖!!」

「出てけ、化け物!!」

 

 こちらを差別する視線、敵対する意志。

 今まで晒されることのなかったもの。

 それらがとわを射抜く。

 後退り、止まらない冷や汗が頬を伝った。

 

「一体何が……」

「……親しい奴ら、皆死んだからな。後に残るのは俺らを排斥する奴らだけだ」

「……!?」

 

 言葉を失う。

 思い出すのは、現代での不良。

 彼らもとわのことを化け物と呼んだ。

 ならばこの時代の人達もまた、同じくとわを化け物と呼ぶのだ。

 

「とわ」

 

 妹は……夢の中のせつなは、いつになく、悲しみを込めた声で言った。

 

「私達は半妖だ。結局、人間の見た目をしていようが、半妖なんだ。私達は半端ものだから、居場所がないんだ」

「そうだぜ、とわ。だからさ、現代を選んでも、何れこうなってたんだぜ。そして、戦国時代でも同じようになる。いつまでも年を取らねえお前は、周りから見れば立派な化け物だ。そんなお前の行き場所は、何処にあるんだよ」

 

 もろはが、残酷なまでに淡々とそう付け加える。

 

 出て行け、出て行け。

 ワーワーと声は鳴り止まない。

 石は霰のように飛んでくる。

 

 とわの視界はぐるぐる回った。

 犬夜叉も、せつなも、もろはも……何を言っているのか分からない。

 現代での時のように、すべての光景が白黒になっていって――

 

「う、うあああああああああ!!」

「とわ!?」

 

 とわが絶叫した途端、驚いたりんの声が飛んだ。

 それでもガクガクと震えていたとわは、起き上がった姿勢でしばらく頭を抱えていた。

 動悸が嫌に激しい。

 何も考えたくない……。

 さっきのは嘘だと、誰か言って欲しい。

 

「とわ、しっかりして、とわ!!」

 

 りんが慌てた様子でとわの名を呼ぶ。

 側にいたせつなも、この姉の尋常ではない様子にたじろいでいた。

 

「せつな、川で水汲んできて!」

「は、はい、母上!!」

 

 りんの指示に、せつなが外へ飛び出していく。

 その間、りんは「大丈夫、大丈夫」と繰り返し、とわを宥めていた。

 とわはそれに甘えるよう、母に縋りつく。

 彼女を取りこぼしたくなんてなかった。

 今ここに確かにいるのだと、その実感が欲しくて仕方なかった。

 

「とわ、大丈夫か?」

「せつな……」

 

 やがて、せつなが竹の容器に水を入れて戻ってきた。

 ここでようやく頭を上げたとわは、容器を受け取り、ぐっと水を飲み干す。

 混乱した頭に、きんとくる冷たさだった。

 

「私……」

 

 とわはぼんやりと周りを見る。

 見慣れた家の中だ。

 いつの間にか目覚めていたらしい。

 白い日差しが入り込んできている。

 それでもまだ少し早い時間帯のようで、りんとせつなの目には、うっすら熊があった。

 

「……ごめん」

 

 多分、自分が起こしてしまったのだ。

 申し訳なさからとわは謝る。

 しかし、全然気にしてないのか、二人は首を振った。

 そんなことはどうでも良いとばかり。

 

「それよりも何があった、とわ。随分とうなされていたようだったが」

「……何か悪い夢でも見たの?」

 

 母と妹は、こちらのことを真剣に心配してくる。

 とわはどうしたら良いか分からなくなって、口を閉じた。

 本当は今すぐにでも飛びついて、わんわんと泣き叫びたかった。

 しかし、躊躇なく今の夢の内容を言える程……そんなに図太くも、強くもなれない。

 だから、ただただとわは首を振って、何でもないと一つ呟く。

 そして、とわは。

 

「……本当にごめん」

 

 と。

 またもう一度、さっきとは別の意味で謝ったのだった。

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