遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 六話 後編

 今日は良い天気だ。

 何処までも広がる綺麗な青空。

 太陽の日は暖かくポカポカしており、眠気を誘ってくるくらい気持ち良い。

 何処となく村人達も機嫌良くしていて、とわを見つけると、手を振ったり、楽しく世間話をしてくる。

 とわの方も笑顔を返した。

 

 楓の村人は本当に気の良い人達ばかりだった。

 とわがかごめ達の関係者だから、皆、優しいのかもしれない。

 しかし、理由がなんであれ、自分という余所者を受け入れてくれたことに、感謝の念を抱かずにはいられない。

 とわは彼らが好きだった。

 だから話していると、やっぱり夢の中で次々と死んでいったのを思い出して、悲しくなって……更に村の空き地に近づくと、急にずらりと並んだお墓の光景がフラッシュバックし、気持ち悪くなった。

 

 これでも最初は耐えようとしていたのだ。

 ちゃんと自宅にいて、昨日残った分の仕事をしようと思っていた。

 けれど、りんの顔を見ていると、夢で見た光景がいつまでも頭を駆け巡り、それどころではなかった。

 すべてを忘れたくて、とわは逃げるように家を出た。

 そして、村を少し歩いただけで、もう感情が溢れて止まらなくなってきている。

 

「……っ」

 

 遂に、とわは村からも飛び出した。

 止め処なく走っていく。

 目的地なんて何処にもない。

 ただ、知り合いから離れたくて仕方がない。

 

(嘘だ……嘘だ……絶対に嘘だ)

 

 必死になってあの夢を否定する。

 あんなもの、認めてたまるものか。

 そもそも、半妖がなんだ。化け物がなんだ。

 この世界はとわの生きる世界だ。

 ずっとずっと……今の日常が続いていくに決まっている。

 そうじゃなきゃ――

 

『でもそれこそ嘘じゃないの?』

 

 心の内側で、ふと声が囁いた。

 それは普段目を逸らしている、見たくもない自分の影だ。

 びくりと、とわは立ち止まった。

 不安に満ちたように、声は続ける。

 

『永遠なんてものあるわけない。日暮家の皆とだってずっと一緒にはいられなかったし、いつか皆死んじゃうのは自然なことでしょ。それをいくら否定しても、どうにもならないよ』

 

(違う……)

 

 とわは被りを振った。

 黙るよう自身の影に命じる。

 しかし、止まらない。

 

『皆の反応見たよね。せつなももろはも、邪見も。私が知らないって分かった途端に余所余所しくなった。半妖の寿命が長いってことは本当なんだ、きっと』

 

(違う……!)

 

『私、この先どうなるんだろう。その内、成長でも止まっちゃうの? それで何十年もそのままで……今住んでる村にも絶対居られなくなるし、夢の中と同じように、私の行き場、本当は実のところ何処にもないんじゃ……』

 

(違う……!!)

 

『なんか怖いな。私、どうすれば――』

 

「良い加減にしてよ……!!」

 

 とわは怒鳴り声を上げた。

 そのあまりの大声に鳥が驚き、羽ばたきの音を立てて飛び立っていく。

 いつの間にか呼吸は荒くなっていた。

 それを深呼吸で正し、黙りこくる。

 

 気分はかなり悪かった。

 言いようもない不安と孤独に、全身が震えている。

 きっと顔も酷いことになっているだろう。

 こんな状況でもし、知り合いにでも会ったら……なんて考えて、とわはふと、横手の方を見た。

 すると、ちょうどその時。

 

「とわ様!?」

「え、りおん!?」

 

 びっくりして飛び上がる。

 慌てたように、遠くからりおんが、パタパタとこちらに駆けてきたのだ。

 しかも真っ青で、心配そうな顔をしている。

 

(も、もしかしてさっきの声を聞かれたんじゃ……)

 

 何でここにいるんだ、という疑問の前に、気まずさが勝って居心地が悪くなる。

 焦って顔を隠そうとしても、もう遅かった。

 りおんはすぐに側に来て、表情を伺ってくる。

 

「とても顔色が悪いですよ!? 何があったのですか!?」

「いや、これは……」

 

 とわはどうして良いか分からず、あたふたとする。

 そして、誤魔化すように、

 

「そ、それより、理玖はどうしたの? 一人で大丈夫?」

「理玖には今、人払いを頼んでいます。妖怪もこの付近にはいないですし、平気ですよ」

「そっか。なら良かった」

「……」

「……」

 

 何故か気まずい沈黙が流れる。

 とわは気恥ずかしくなって、目を逸らした。

 それに、りおんは何かを察したらしい。

 考えるような素振りをした後に、何故か泥だらけとなっているその両手をぱちんと合わせ、明るく聞いてきた。

 

「とわ様。今日は暇ですか? せっかくですし、この先に見せたいものがあるんですが……」

「え? それなら……うん。この後は大丈夫だけど」

 

 可愛いらしく強請られたら、断りづらい。

 とわは力なく頷く。

 りおんは気遣うよう、この先へと先導した。

 

「ここは……」

 

 大人しく着いていくと、そこに広がっていたのは荒れた大地だった。

 山火事でもあったのだろうか。

 草は薄らとしか生えておらず、木々は葉も表皮も失い、ただ黒く焦げ、その殆どは倒れている。

 しかし、その一角。

 新しく植えられたのであろう。

 まだ新芽と呼ぶに相応しい若い木の芽が、等間隔にぽつりぽつりと存在している。

 

「もしかして、アレってりおんがやったの?」

「ええ。まだあそこまでしかありませんが、最近始めたんですよ」

 

 泥だらけの手を見せ、綺麗にりおんは微笑んだ。

 

「理玖ととわ様を見て、私も考えたんです。今、ここにいる意味は何だろうって」

「それで植林を?」

「はい」

 

 りおんは若木の側まで歩んだ。

 しゃがみ、愛おしそうにその目を細める。

 

「今は若木だけど、いつか大きくなって森となり、生命が育まれる。そこに私の生きた証が宿るんです。きっと何百年先にも届きます」

「何百年先にも……」

「今のうちにしか出来ないんです。私はもうきっと、長くここにはいられない」

 

 強い感情を秘めた声だった。

 それにハッとなるのと同時、とわの脳裏にお墓が過ぎる。

 気づいた時には、思わず叫んでいた。

 

「そんなことないよ! りおんはずっとここにいて良いんだよ!? まだまだこれからじゃないか!」

「……ありがとうございます。ですが、そういう訳にはいかないのです」

 

 りおんは感謝を告げながらも、悲しみを湛えて瞳を伏せていた。

 とわは黙るしかない。

 りおんから、何か覚悟のようなものが滲み出ている。

 

「とわ様。私は死人です。本当はここにいてはいけない存在です」

 

 静かに童女は語りかける。

 若木の葉の縁をそっとなぞり、慈しむようにしながら。

 

「きっと長く居過ぎては良くないことになる。それに父上が涅槃で待っています。父上を一人にしておくわけには参りません」

「……りおん」

 

 最終決戦の時、何の因果かりおんは生き残ってしまった。

 ただ、父の麒麟丸だけがあの世に行ってしまった。

 りおんはその事をずっと気にしていたのか。

 とわは何だか切ない気持ちに襲われた。

 

「ごめん、りおん。りおんだって辛いのに……気を使わせたよね?」

「そんなことはないですよ。とわ様だって、何かあったのでしょう?」

「……そうだね」

 

 とわはりおんの元まで来て、隣に座った。

 そして、しばらく沈黙して、今朝の夢の事を話し始める。

 何でそんな気分になったのかは分からない。

 ただ、この優しい少女に……りおんに聞いてもらいたくなった。

 

「そうだったのですか……」

 

 一頻り話終わった後、りおんはまるで自分のことのように、悲痛な表情となった。

 

「それは……お辛かったでしょう」

「うん……」

 

 とわは項垂れるように頷く。

 ポロポロ、言葉が止まらない。

 

「きっとそんなの、嘘なんじゃないかって思って。でもあり得るかもしれないとも思って。凄く怖いし、どうすれば良いか分かんなくなってさ。……水面さんが言ってたことも気になるんだ」

「それって……」

「人間の姿をしている分、残酷なんじゃないかって水面さんは言ってた」

 

 その意味が、未だにとわはよく分かっていない。

 それを言った水面の真意も。

 一体彼女はあの言葉に何を込めたのか。

 ただの戯言と一蹴することは出来ない。

 アレには何か、重大な何かがある筈なのだ。

 

「とはいえ、今から水面さんを探して聞くことって出来るのかな、うーん……」

「おやおや、とわ様!! 今さっき水面と仰いましたか? また随分と懐かしい名前ですな!」

「ん? って!」

 

 頬に痒みが走り、ぱちんと、とわは反射的にそこを叩く。

 すると、小さな豆粒みたいな妖怪が潰され、ひらひらと地に落ちた。

 が、すぐにむくむくと復活する。

 

「冥加じいちゃん!?」

 

 言わずもがな、それはノミ妖怪の冥加だった。

 もろはの側にもおらず、こんなところで珍しい。

 

「がみょん、がみょーん! たまたまこちらに通りかかりましてな! お久しゅうございます、とわ様!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、小さなノミ妖怪は挨拶した。

 そして、りおんの方を見て、

 

「そちらの方は一体? 見かけない方に御座いますな」

「麒麟丸の娘のりおんと申します。お噂は予々聞いております、冥加様」

 

 りおんは丁寧に頭を下げる。冥加は再びぴょーんと跳ねて、驚きを表現した。

 

「なんと。貴女様がそうでございましたか! 此度は大変で御座いましたな」

「はい。ですが、とわ様達のお陰で無事に……本当になんとお礼を言ったら良いのか分かりません」

 

 りおんは文字通り、感謝を込めた瞳でとわを見つめた。

 とわはそれが恥ずかしくて、「もう、そんな大したことしてないよ」と照れる。

 

「それで、冥加じいちゃん。さっき言ってたことなんだけどさ、懐かしい名前ってことは、もしかしてその水面さんとは知り合いなの?」

「はい。ちょっとした顔馴染みです。とわ様こそ彼女に会ったのですか?」

「うん」

「な、ななな、なんと! それは何とも驚きですじゃ」

 

 冥加は驚愕したように目を見開いた。

 とわとりおんは顔を見合わせる。

 何かおかしなことでもあるのだろうか。

 

「どういうことなの? 冥加じいちゃん」

「……そうですな。それについては、まずは水面殿のことを順を追って説明しなければなりません」

 

 冥加はそう言うと、顎に手をやり、思い出すように遠い眼差しをする。

 

「かつて、この国に箱の大妖怪がいたのはとわ様もご存知の通り。彼女は珍しいものは何でも……それが人間だろうが、妖怪だろうが、とにかくその箱の中に集めておりましてな。水面殿はそうして蒐集された妖怪の一匹でして、まあ何があったか分かりませんが、箱の大妖怪に忠誠を誓っておられました。そして大妖怪の方も、水面殿を部下として扱っておられた」

「じゃあ、お父さんと邪見のような間柄だったの?」

「関係性だけ見ればそうですな。しかし実際としては、むしろ姉妹のような、親友のような……そんな気やすい仲だったようです。いつも、とても仲良くしておられた。きっと互いが唯一無二の存在だったんでしょうなぁ」

 

 冥加は微笑ましげに言った。

 と、ここで意外そうにしていたのがりおんだ。

 

「そうだったのですか。そんな方が箱の大妖怪にはいらっしゃったのですね。前に会った時からは想像がつきませんでした」

「え、ってことは、りおんも箱の大妖怪と顔馴染みだったの?」

「はい」

 

 驚いて聞けば、りおんはこくりと肯首した。

 まあ、そう言っても、詳しくは知らないらしく、

 

「私も一度しかお会いしてないんですよ。

 アレは六百年も前のこと。ある日、父上はとある妖怪と激闘を繰り広げ、これに勝利し、勝ち誇られておりました。そんな時に、彼女は唐突に現れたのです」

 

 りおんは何故か、そこから妙に珍しく微妙な顔となった。

 

「どうやら、その妖怪の持つ宝を蒐集しに来ていたようです。そして、妖怪の亡骸を丸ごと箱の中に収めてしまいました。

 当然、事情を知らない父上は箱の大妖怪を警戒しました。しかし当の本人は私達に興味がなかったのか……そのまま、地面に寝転がって眠り始めたんです」

「え、眠ってって……」

 

 いくらなんでも、警戒心が無さ過ぎるどころか、自由過ぎやしないか。

 そんな思いが顔に出ていたのか、冥加もまた微妙な顔をしながら言った。

 

「かなり変わった方でございましたからな。良く言えば天衣無縫、悪く言えば常識がなく天然で、気まぐれというか……」

「はい。父上がその後、話しかけて起こしても、彼女はズレた返答ばかりしていて。あそこまで父が呆れ果てていたのは、後にも先にもあの時だけでしたね」

 

 二人揃って、人物評はあんまりだった。

 ここまで言わせるとは、箱の大妖怪はかなり癖のある人物だったらしい。

 とわは何だか、予想と全然違うな、と思った。

 てっきり大妖怪と言うから、父のように泰然としたイメージを抱いていたのだが。

 

 一応、冥加がフォローするように説明する。

 

「まあ、無理もなかったようですがな。恐らく何らかの間違いにより自我を得て生まれたために、本能の方が強く、普通の情緒などが育たなかったと聞きます。事実、本人曰く、嬉しいも悲しいも分からないと言っていました。更には自分の事など鑑みない性格で、名も持たない、常に服もボロボロ、怪我をしても治さないなど、何処か欠陥だらけでございましたな」

 

(……つまり、存在自体がバグみたいなものだったってことなの?)

 

 理玖が前にも言っていた。

 箱の大妖怪は、もともとその本質が無機物であると。

 だからこそ、彼女は愛も何も知らず、ただただ本能のみに従うだけの人形だったのだろうか。

 それってどうにも……、

 

「なんか悲しいね……」

「ですな。とても放ってはおけない、と水面殿もよく仰いました」

 

 とわがぽつりと呟くと、冥加は懐かしそうに目を細める。

 

「水面殿も、壮絶な人生を歩んでおられたようでしたからな。何か思うところがあったんでしょう。水面殿は、それはもう甲斐甲斐しく尽くし、箱の大妖怪に色んなことを教えたようです。そして、名もなかった彼女に四方よもと名付けた」

「四方……」

「由来は彼女の持つ箱でしょうな」

 

 冥加はその箱の成り立ちを話す。

 曰く、今から千年も昔、大陸で造られたそれは、元はただの高価な箱だったという。

 しかし、持ち主が死に、妖怪から妖怪へ、人から人へと渡るうちに、長い間各地を転々とすることとなった。

 それこそ西の国々から、中東、小さな島々まで。

 遂にはこの東の果てへと辿り着いた時、その頃にはもう沢山の欲望に晒され呪具と化しており、その機能は変質、汚染されていた。

 こうして万物を収める箱は完成した。

 そして世界を巡ったことから、いつの間にかそれは諸方の箱と呼ばれるようになり、また様々な人の手に渡って百年使われ、大妖が生まれたのだ。

 

「四方殿はその出自からか、日本の津々浦々を歩き回っておられた。そして、その側にはいつも一匹の翡翠の龍がいて、四方殿に世界の素晴らしさを説いた。四方殿はいつしか徐々に感情を持つようになり、最終的にはそれもう、まともになられておりましたよ」

「そうなのですか?」

「はい。見間違える程に。水面殿と四方殿が出会ったのはここ三百年の話ですので、りおん様が知らぬのも無理はないでしょうな」

 

 冥加はふむと考え込むように頷に手をやり、そう言った。

 

「そうして、何も知らなかった人形は、最終的に人間に恋をし、愛を知ったのです。

 その男の名は時読。しがない平凡な農民で、特徴もないくせに、それなりに美男子でした。ですが、病弱じゃった。恋仲となり、四方殿のお腹に子が出来た時にはもう、命の火は消えそうになっておりました」

「……そんな」

 

 悲しい話だった。

 今まで何も知らず、一から成長してやっと愛まで手に入れたのに、それが呆気なく離れてしまうだなんて。

 どれだけ大妖怪は苦しかっただろうか。

 会った事もない彼女を思うと胸が痛む。

 

「四方殿は酷く葛藤なさいました。

 どうして失われる命を愛してしまったのか。どうして短い命に恋をしてしまったのか。

 生まれてくる子も半妖です。その力はあまりに弱く、自分より早く死んでしまうかもしれない。

 家族の安全を守るなら、いっそ箱の中に閉じ込めて時を止め、永遠にすべきだと……そう思ったこともあったそうです。しかし、それでも、束縛しては相手を不幸にするだけだと四方殿は悟った。そして男を看取り、双子の子を産んで育てていきました。

 その頃からですな。彼女が奪った宝を返していったのは」

「そっか……そうだったのか」

 

 ここに来てようやく、とわは四方の考えが分かった。

 きっとそれは贖罪というか、あるがままの方が美しいと思っての行動なのだ。

 彼女は無理やり押し付けることを嫌った。

 だから、彼女は蒐集したものを元に戻した。

 

「ですが、四方殿のそれは、本能に反する行為。徐々にその反動で、あらゆる物を箱に入れたいという欲求が強まり、精神を乱されていった。自我が崩壊していったのです」

 

 とわとりおんは息を呑んだ。

 悲し過ぎる結末に、とわは否定したくなって冥加に聞く。

 

「それってどうにか出来なかったの?」

「残念ながら。四方殿も水面殿も必死になっておられましたが、すべて無駄に終わりました」

 

 しかし、冥加は首を降る。

 やはり彼とて同情してしまうらしく、沈んだ表情となった。

 

「このままでは子供達どころか、あちこちに被害が及ぶ。そう思った四方殿は、自身を封じることにしました。そして、子共達のためにと水面殿を養育係として残し、あちこちに土下座をしてまで金銭を蓄え、武器を……犬夜叉様の鉄砕牙と同じような守りの刃を用意し、眠りにつきました」

「……そうですか。強い人だったのですね、四方様は」

「うん……」

 

 とわはりおんの言葉に同意する。

 苦しいはずだろうに、最後の最後まで、四方は自分じゃなくて子供を選んだ。

 正しく立派な母親だろう。

 その覚悟はどれ程のものか。

 敬服せずにはいられない。

 

「水面殿は、四方殿の思いを尊重なさっておった。

 故に悲しみこそすれ、子らを育て上げる決意をなさったのです。

 しかし、一人で眠る四方殿を不憫に思ったのでしょう。

 子供達を独り立ちさせた後、四方殿の側で共に封印される道を選びました。以来ずっと眠り続けている筈です。

 つまり、とわ様が水面殿と会ったこと自体、有り得ぬこと。何か異常なことがあったに違いありませぬ」

「異常なこと……」

 

 とわは冥加の話を聞いて納得すると同時、童のことを思い出す。

 そして、童の母のことも。まさかあれらのことが、その“異常なこと”であるとしたら。

 

(……どうなんだろう)

 

 疑問に思うと止まらない。

 とわは詳しく、水面と会った時のことを話す。

 冥加はそれを聞いて、ますます驚いて、口を開けていた。

 

「ううむ、何もかも受け止めきれぬ話ですな。そもそも、まずもって水面殿らしくない。彼女は愛情深く、ましてや童など放っておく筈がないのですが……」

「確かにそうかもしれませんね。四方様の子もちゃんと育てたと言いますし、その男の子もきっと、四方様に関わりがある子な訳で……面倒を見ない理由は一つもないですよね」

 

 冥加に続き、りおんがおかしな点を指摘する。

 更に訳が分からなくなってきた。

 と、ここで冥加が神妙な顔になり、

 

「不可解なことばかりですが、話を聞いて一つ、絶対に言えることがありますな」

「それって何?」

「童の母についてです。恐らく童の母は、四方殿ご本人ではない」

 

 とわが聞けば、冥加はやけに自信を持って断言する。

 

「時読殿が死んで六年後に四方殿は眠りについた。子も出産している以上、時系列はあわんのです」

「なら一体、あの子の母親は誰だって言うの?」

 

 りおんと二人、揃って首を捻る。

 四方と縁のある誰かだとは思うが、しかしそんな人がいるのだろうか。

 ……そう考えていると、冥加がふと、ぎょっとしたように青ざめた。

 

「もしや……」

「冥加じいちゃん、何か気づいたの?」

「いえ……確証が持てんので、何とも言えません。とにかく、この件はこちらで調べておきます。何やら嫌な予感がしますのでな」

 

 冥加は冷や汗を浮かべながらそう呟く。

 知り合いである以上、彼も何が起こったか、気になって仕方がないのだろう。

 

「とはいえ、水面殿の仰った言葉には、何か深い意味があるのではないでしょうか。あの方が考えも無しに物を言うはずがない。他にも何か仰っておりませんでしたか?」

「確か……自分と向き合えって。逃げちゃいけないって。でも、難しく考える必要はなくて、自分の気持ちに正直でいなさい……って言ってた」

 

 心に残っていたのか、それはするりと出てきた。

 冥加は思うところがあったのか、何処か切なそうな表情を浮かべる。

 

「それは水面殿がよく、四方殿の子供達に言い聞かせてた言葉ですな。もしかしたら水面殿は、とわ様とその子供達とを重ね合わせたのやもしれません」

「……」

 

 とわは水面のことを思う。

 彼女は何も出来なかったと言っていた。

 やっぱり、主のことを助けたかったに違いない。

 一緒に眠ることを決意した辺り、本当に四方が大切な存在だったのだ。

 その忘れ形見とも呼べる子供達を、水面はどんな心境で育てたのだろう。

 強く強く、未来にその思いを託さんとしていたのか……。

 

「半妖は人間と妖怪、どちらでもありません。そのため、何処にも行けず、差別されることも多い。だからこそ、四方殿も水面殿も、己を愛し、誇りを持つようにと子供達に教えていました。半妖として生まれた意味を、考えて欲しかったんですな」

「生まれた意味……」

 

 ぽつりと呟く。

 そういえば、考えたことがなかったかもしれない。

 どうして自分は、半妖として生まれたのか。

 どうして自分を、父母達は生んだのか。

 

 なんとなく受け止めて、受け入れていたけれど……思えば、人間と妖怪が寄り添っているというのは、とても奇妙な話だ。

 何故なら本来、この二つの種族は相容れない。

 人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を喰らう。

 そこに種族の差がある以上、どうやって心を通わせるというのか。

 偏見の目や、寿命の差という大きな問題もある。

 一緒にいること自体が、大きな不幸を呼び寄せることだってあるだろう。

 しかし、父母達は愛を育んだ。

 どんな困難が待ち受けていたとしても……だ。

 

(それって凄いことだよね……なんでなんだろう)

 

 とわは、後で聞いてみたいと思った。

 何も知らない父母達のこと、これまでに連なる軌跡を、今のとわは知る必要がある。

 

「とわ様。私は半妖であることも、長い寿命を持つことも、そこまで忌避することではないと思います」

 

 それまで黙っていたりおんが、ふと口を開いた。

 とわは彼女の顔を見つめる。

 

「確かに冥加様の仰った通り、半妖は中途半端な存在かもしれません。ですが、どちらでもないということは、どちらにも行ける、ということではないでしょうか。

 そして、長い寿命があるということは、その分時間があるということでもあるんです。とわ様はどんな場所にでも行くことが出来る。何度だって、居場所を作ることが出来ますよ」

 

 そう言って笑うりおんの笑顔は、とてもとても、泣きたくなるくらい暖かなものだった。

 

 とわは目を見開いた。

 悲観してばかりで、そんな風に考えたことなど、今まで一度もなかった。

 視点を変えれば、そうとも言えるのか。

 

(そっか……私は普通よりも、自由に生きていけるんだ)

 

 半妖としての力。

 長い時間。

 それらを持つとわは、きっと何にも縛られない。

 だから、普通では出来ないことでも、きっととことん追求していけるし、今理玖としているように色んなものを多く見られる。

 悲しい別れもたくさんあるだろうけど、でもより多くの人と出会えるかもしれない。

 そして、未来が決まっていない以上、その先には沢山の希望が溢れていて――

 

『大切なのは、変なものに囚われないで、自分の気持ちに正直でいることねぇ』

 

 何故かここで、水面の言葉が頭を過ぎる。

 とわは自分の心を覗いてみた。

 深く深く。

 すると、簡単に望みが見えてくる。

 それは、初めからはっきりとしているものだった。

 

「……」

 

 とわは微笑みを浮かべた。

 まだ怖い。まだ不安がある。

 けれど、胸の内がぽかぽかと暖かな愛で満たされ、頭の奥がはっきりしている。

 だが、果たして可能だと言えるのか。

 思わず、冥加に詰め寄るように聞く。

 

「冥加じいちゃん。私、どのくらい生きられるのかな?」

「それは……はっきりしたことは何とも言えませんな」

 

 冥加は困った様に、深く悩むかのような表情をした。

 だが、はっきりと言った。

 

「しかし、殺生丸様の尊い血が流れている以上、きっと数十年どころか、数百年は生きられるでしょうな。犬夜叉様も二百年は生きておられますし」

「……そうなんだ。だったら、五百年先にも手が届くかも」

「……!! もしや、とわ様……」

 

 りおんが驚き、手を口の辺りに持ってくる。

 とわは頷いた。

 きっとこれが、今のとわのやりたいこと。

 

「私、やっぱり日暮家の皆と会いたいんだ。会って、今までのこと全部伝えたい。だから頑張って、令和の時代まで生きるよ」

「……とわ様」

 

 りおんと冥加は、しばし黙った。

 そのとわの決意に、呆気に取られたようでもあった。

 やがて、冥加が言う。

 

「五百年ですか。それは我ら妖怪であっても長い時間ですぞ。それまで、とわ様はその思いを貫き通せますか?」

「分かんない。……でもさ、凄くしっくり来たんだ」

 

 五百年、生きられる保証がないと分かっていても。

 たとえ、そこに至る道程が辛くても。

 可能性があるなら、それに賭けたい。

 だって、一度会いたいと思ってしまったからには止められないから。

 絶対に、生きて生きて生き抜いて、笑って再会する。

 それまでとわは死なない。

 

「まあ、相変わらずどう生きていこうかなんて、まだ分かんないけどね」

「今はそれで良いと思います。その答えだけで充分ですよ」

「はい。なかなか難しいご決断をなさったこと、ご立派ですぞ、とわ様」

 

 りおんも冥加も、とわの思いを尊重するように、そう言ってくれた。とわは照れながら礼を言う。

 

「ありがと。りおん、冥加じいちゃん」

 

 三人で笑い合う。

 まだまだ落ち込んでいるはずなのに、少し勇気が漲ってくる気がした。

 

「とわ様!?」

「あ、理玖!!」

 

 と、鈴を鳴らすような音が響く。

 背後に振り返ると、そこには瞬間移動でようやく帰ってきたらしい理玖がいる。

 かなり長い間いなかったので、りおんは怒ったように腰に手を当てた。

 

「遅かったですね、理玖。待ちくたびれましたよ」

「……ああ、すいやせん。少し色々とありましてね」

 

 理玖は、惚けたように頭に手をやった。

 何だかわざとらしい。

 それに少し変な臭いがする気もするし、何かあったのだろうか。

 そう疑問に思っていると、彼はこちらに近づいて、とわの手を取った。

 

「とわ様、来てらしたんですね。お会いできて嬉しいです」

「……う、うん」

 

 満面の笑みを向けられただけで、とわの心臓はどうしようもなく跳ね上がる。

 それでも彼に会えてウキウキしているのだから、本当に困ったものだ。

 顔が赤くなるのを誤魔化すように、とわも微笑み返す。

 

「私も会えて嬉しいよ、理玖」

「とわ様……」

 

 理玖が瞳を震わす。

 そのまま何も言えず、互いに見つめ合ったまま沈黙が降りて――

 

「とわ!!」

「おい、何イチャイチャしてやがるんだ、理玖!」

 

 その時である。

 後ろから騒がしい声がした。

 そちらの方を見ると、リュックを背負ったもろはと、いつもの様に薙刀を持ったせつなが、猛ダッシュで走ってきている。

 そして、キキー!! とブレーキを掛けて側に止まると、二人して不満たっぷりな様子で、ギャーと声を荒げる。

 

「ずるいぞ! お前ばっかりとわを独占しやがって!」

「これ以上の狼藉、見過ごせん! 一刻も早くとわから離れろ!」

「……」

 

 理玖は言われた通りとわから手を離すも、実に白けた様子でせつな達を見ていた。

 ムードをぶち壊されて、怒っている様にも見える。

 対して、とわはオロオロとしていた。

 

「え!? 二人とも、どうしてここにいるの!?」

「どうしても何もないぜ!! お前が心配で、臭いを追ってここまできたんだよ!」

 

 もろはがむっとした様に怒鳴る。

 その口ぶりですべてを察したとわは、妹を見た。

 

「すまん。母上が、伝えない訳にはいかないと仰ってな」

「ううん。こっちこそ心配かけてごめん。二人とも」

 

 申し訳なくてとわはしゅんとなる。

 すると、もろはからぽんと軽く背中を叩かれた。

 

「気にすんなよ。あたし達仲間だろ」

「そうだ。こういう時は遠慮なく甘えろ」

「……うん」

 

 二人の暖かな言葉に、とわははにかんだ。

 それから、せつなともろはは、りおんに軽く挨拶する(理玖にはまったく何も言わなかった)。

 ついでに冥加が「がみょーん、がみょーん」と自己主張し、この場にいる偶然に、せつな達を驚かせた。

 

「ところで、もろは。その荷物は?」

 

 そして、全員が落ち着き、倒れた倒木に腰掛けた頃。

 とわはふと、気になっていたことを聞く。

 もろはは、ふふーんと胸を張り、

 

「お前、現代のことで寂しがってるみたいだったからな。お前んちに預けてた奴を色々と持ってきてやったんだよ」

 

 彼女はどさりとリュックを下ろし、中を見せた。

 入っていたのは、大量のカップ麺やお菓子といった、日持ちする食品。

 まだほんの僅かに残っていた余り物を掻き集めてきたらしい。

 ついでにお湯を沸かずポットなんかも入っている。

 

「ずっとこのままにしておく訳にもいかんからな。ちょうど人数もいるし、全部食べてしまえ、とわ」

「良いの?」

「ああ、はしたないが、貪り食っても良いんだぞ」

 

 せつなは珍しく、そんな冗談を言ってみせた。

 とわはリュックの中をじっと見る。

 そして、おずおずとお菓子の内、ポッキーを手にすると、袋を破り、一つ取り出して食べた。

 

「……」

 

 甘い。

 懐かしい味がする。

 現代の……今は離れてしまった故郷の味。

 それに伴い思い出すのは、やっぱり日暮家の皆で。

 

「うう……」

 

 じわりと、目に涙が溜まっていく。 

 次第にそれは滂沱となり、悲しみに堪えきれず、やがて赤ん坊のように大きな声をあげて、とわは泣いた。

 

「とわ様!?」

 

 事情を知らない理玖はギョッする。

 慌てて宥めようと言葉をかけてくれ、それが何だか嬉しくもあり、申し訳なくもあり、色々と情緒が乱れ、とわは更に泣いた。

 そうして、理玖に慰められる中、せつなが許してくれた様に、次々とお菓子やカップ麺を貪り食っていく。

 完全にやけ食いだった。

 酷かった顔も更に涙でぐちゃぐちゃだったし、みっともなかっただろう。

 でも、皆は何も言わなかった。

 

 とわは食べながら、思いの丈を一気に話した。

 日暮家のこと、半妖のこと、寿命のこと。

 色んなものへの不安。

 さっき決めた決意。

 

 釣られる様に。せつなともろはも、腹を割ってすべてを話す。

 

 すまない、理玖には嫉妬していたんだ。

 置いていかれたようで、とわに向かい合うことが怖かったんだ。

 どうか許してくれ。何もとわのことを分かってやれなかった。

 そして、私達も寿命のことは恐ろしい。何せ、家族と離れ離れになるのだからな。

 そうそう。それにあたしなんかはさ、一人、四半妖だ。

 その内、二人とも違いが出てくる。

 あたしも皆と一緒が良い。

 ああ、畜生。なんか辛いな、こういうのって……。

 

 言葉を溢す内に、妹と従姉妹は、二人共とわと同じように涙を流した。

 とわは後悔した。

 とわの方だって、二人のことを蔑ろにして、自分一人だけの問題だと思い込んで、抱え込んでいたから。

 

「ごめん」

 

 謝って、とわはせつなともろはを抱きしめた。

 二人とも、とわを抱きしめ返した。

 そして一頻りして離れると、今度は理玖とりおんにも、同じことをする。

 彼らも大事な友達で、仲間だからだ。

 

 その暖かさは心地良い。

 とわは一人じゃないことを悟った。

 そして、どんな不幸だろうとも、きっと皆と乗り越えていけると……そう思ったのだった。

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