遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 七話 中編

 麒麟丸がいなくなり、暇になった理玖が現在、りおんの世話以外で何をやっているかというと、それは厄介な妖怪の退治であった。

 東国の大妖怪が死んだ影響は、良くも悪くも非常に大きい。

 妖怪達のパワーバランスにも変化が見られ、ここ最近、活発になる輩も増えた。

 理玖はとわの手を煩わせぬために……また麒麟丸の負の遺産を消すために、一つ一つ、りおんと情報を集めながら彼らを潰していった。

 

 それ以外の余った時間は、主にとわと過ごすことに費やす。

 それはりおんたってのお願いであったし、とわの方も来てくれるから、理玖は頻繁に逢瀬に出かけた。

 

 とわといると、やっぱり理玖は変な感じになった。

 その姿を見れば体温が急に上がり、恥ずかしくなるくせに、こちらを呼ぶ声で、もう堪らなく嬉しくなる。

 どんどん色んな表情に魅せられては、可愛いなあとか、綺麗だなあとか、本気で思う。

 何より、彼女との時間は、どんな些細なことでもワクワクして楽しかった。

 それは何でだか分からない。

 分からないけれど、とわが笑えば理玖も笑顔になったし、とわが目を輝かせれば、理玖も胸が熱くなった。

 一人でいる時とは、世界がまるで違って見える。

 ずっとずっと綺麗で華やかで……、こんなにも充実しているなんて、今までの人生からは想像できない。

 これ程の幸せがあるだろうか。

 むしろもったいないくらいで、充分過ぎるその日々に、理玖はこれ以上ない程、感謝し、満足していた。

 

 でも……それでも。

 とわにもっと触れてみたい。

 その先にもっと進みたい。

 もっと側にいたい。

 逢瀬を積み重ねれば積み重ねる程、そんな思いが膨らんでいく。

 勿論、我慢しようと努めるが、どうしてもとわの笑顔を思い出してしまい、切ない感情に苦しくなる。

 まったく、我ながら自分の強欲さに呆れるばかりだ。

 こんなこと良くないだろう。

 無相応だし、とわは許してくれないかもしれない。

 それなら、このまま――そう思っていた理玖に、とわは言った。

 

『幸せになっても、良いんだよ。それこそ今以上に、もっともっと』

 

 その言葉を聞いた時、理玖の思考に一筋の希望が差し込む。

 じゃあ貴女を求めても、何も怒られないのか、と。

 そして、受け止めて下さると、そう言うのなら。

 ……試してみても、良いのだろうか。

 そんな邪念が、頭の中を支配して。

 ある時、遂に勇気を出して、実行してみることにした。

 

 それはある冬の日だった。

 少し寒かったせいか、辺りは雪が積もっていた。

 せっかくだから、とわと二人で一緒に雪遊びをした。

 

 まず、雪だるまを作る。

 大きなものから小さなもの。中くらいのものまで。

 そこら辺の木の枝を拾って、顔や腕のパーツにする。

 

 とわは人参がないのを残念がった。

 未来ではそれで大きな鼻にするらしい。

 理玖は彼女を悲しませたくなくて、代わりに赤い木の実を積んで持ってきた。

 雪だるまの顔の中央に乗せると、なんともちょこんとしていて可愛らしい。

 とわは歓声を上げ、次々と別のものにも赤い木の実を鼻としてつけては、段々とご機嫌になってきて、令和で流行ったというアイドルソングの鼻歌を歌いながら、犬夜叉やかごめ、殺生丸にりん、それからせつな、もろはと、家族を模した雪だるまを作り始める。

 勿論、その中には日暮家の面々やりおんも当たり前にいて、とわは理玖の分も忘れず、ちゃんと作ってくれた。

 理玖はそれを嬉しく思い、その隣にとわの雪だるまを寄り添うように作る。

 何だか皆と一緒にいるみたいで、二人して微笑ましい気分になった。

 

 雪だるま作りの次は、雪合戦だ。

 あんまり強いと怪我するから、軽い力で雪玉を投げ合う。

 最初はとわが優勢だった。

 あまり遊びの経験がない理玖を揶揄うように、その長年培った(と言っても彼女だって数えるぐらいしか遊んでいない)技術を生かし、翻弄する。

 しかし理玖も次第に慣れてきて、巻き返し、最終的には互いに互角と言った感じで、勝負はつかなかった。

 だから、いつしか走り合って雪玉を投げる内、いつの間にか雪合戦から追いかけっこになっていた。

 

「早く、早く!」

 

 とわは白い息を吐きながら、まるで兎のように先を走り、時折こちらを振り返っては、悪戯っぽい顔で誘ってくる。

 その様が一層眩しく感じられて、「待ってくだせえ!」と理玖も駆ける。

 彼女の足は結構速くて、なかなか追いつけなかった。

 けれど、理玖も負けていない。

 息を荒げつつも、ぱっと後ろから飛びつく。

 

「捕まえました、とわ様!」

「うわ!」

 

 とわは逃げれず、そのまま理玖と一緒に倒れて、ゴロゴロっと地面の上を転がった。

 雪がクッションになったおかげで、痛みはなかった。

 当然、その代償として全身雪まみれになったのだが。

 

「うわー、負けちゃった!」

 

 とわは心底から悔しいとばかりに叫んだ。

 理玖はニヤリと勝ち誇る。

 

「おいらの勝ちですね、とわ様! すっごい真っ白になってますよ!」

「アハハハ、そう言う理玖の方も凄い真っ白だって!!」

「そうですか? いやあ、ハハハハハハ!! こうでもしないと勝てませんでしたから!」

 

 二人で大の字になり、互いにグチャグチャになった姿を見てとてもおかしかったから、理玖達は心の底から笑い声を上げた。

 しばらくすると、無意識だろう。

 とわの方から手を伸ばされ、理玖も答えるように、自身の手を伸ばす。

 からめるように指の隙間と隙間から握りしめて、恋人繋ぎ。

 少し力を込めると、とわからもぎゅっと返ってきて、理玖の胸が甘く締め付けられる。

 

(凄い好きだな、これ)

 

 とわと繋がっている。

 とわの隣に自分がいる。

 体力を使い気怠い体、雪の冷たさすら、手から伝わってくる体温を引きたたせるみたいで気持ち良い。

 多幸感に満たされ、なんて、なんて素晴らしくて――ああ、だからこそ、

 

(もっと……貴女といる実感が欲しくなる)

 

「とわ様」

「なあに、理玖」

 

 その甘美な名前を呼ぶと、とわはごろりと横向きになって、こちらの方を向いた。

 理玖も横向きになった。

 互いの距離はたったの十数センチ。

 桜色の小さな唇、しなやかで、女性らしい柔らかそうな体のライン。

 とわの色んなところが目につき、甘くて良い匂いが鼻を擽る。

 視線と視線が合ってることもあり、ドキドキと暴れ狂う心臓の鼓動が、理玖の決意を妨げる。

 けれど、もう一度だけ名前を呼んで、勇気に変える。

 

「とわ様……あの、お髪に少し触れてもよろしいでしょうか」

「えと……」

 

 すると、少し戸惑うような反応を返すとわ。

 理玖のことをじっと見つめ、やがて俯くようにこくりと頷く。

 理玖は空いている方の手を動かした。

 優しくそっと、いつかの夜のようにとわの銀髪に触れてみる。

 あの時と変わらず柔らかい。

 ゆっくりと撫でると、くすぐったかった。

 ずっとずっと、焦がれていた感触だった。

 

「……」

 

 とわは恥ずかしそうにしつつも、でも気持ち良さそうに目を細めていた。

 嫌じゃないらしい。

 それだけで、溢れんばかりに嬉しく、もっと幸せになった。

 体が勝手に動く。

 髪を撫でていた手をとわの後頭部に回し、自身の顔に優しく引き寄せると、そのままそっと、額に口づけをした。

 

「……っ!?」

 

 とわが茹ったみたいに、ぼふんと赤くなる。

 何とも愛らしくて、理玖はからからと笑い、それを指摘してやった。

 

「とわ様、恥ずかしいんですか?」

「いや、その……ってか、そう言う理玖だって顔真っ赤じゃん!」

「……そうですかね?」

 

 惚けてみる。

 でも、とわに言われるまで頬に熱が集まっているなんて、気づけなかった。

 流石に自分でも照れていたのか。

 

「……ハハ」

「……アハハハ」

 

 また、笑い合う。

 この時間が愛おしかった。

 不恰好でも良いから、もっと触れ合おうと思えた。

 

 だから、その日から理玖は、積極的にいくことにした。

 そうして、自分の気持ちの赴くまま、とわと手を繋ぎ、口づけをして、抱きしめた。

 安心したかったというのもある。

 手放したくなくて、その確かな実感をいつも肌で感じていたかった。

 

 時にはとわの方も、理玖を求めてくれた。

 例えば、おずおずとだけど、こちらの頬に触れてみたりしてくれて。

 彼女に身を任せるのが、こんなに心地良いものだとは思わなかった。

 

 理玖は……この甘ったるい幸せにぐずぐずやられて、溺れた。

 

 

 

 

 

 

「理玖。最近、とわ様とはどうですか?」

 

 お昼時。

 小屋の中での食事中、りおんからふと、そんなことを聞かれた。

 よく強請られるので、笑顔になって理玖は話し始める。

 

「そうですね、この前は――」

 

 とわとの思い出は日に日に増えている。

 そのため話のネタは尽きないし、彼女のことを思い出すと、どうしてもふわふわとした気持ちになって、理玖の口は饒舌となる。

 けれど、りおんも楽しそうに聞いてくるので、そのまま長い時間は話し込んでしまうのなんてざらだった。

 

「ふふっ、とわ様らしいですね」

 

 一時間後。

 食事が終わり、会話が一区切り着いたころ、りおんはころころと笑いながら言った。

 理玖もまた、微笑み返して頷く。

 

「はい。とわ様は本当に明るく……そして優しい方です。いつも側にいるだけで、心が暖かくなります」

「……本当に理玖はとわ様のことが好きですね」

「もちろんですよ。とわ様はまさしくおいらの――」

「――おいらの、何ですか?」

 

 と、そこで何故か、りおんが何か期待するような……というかキラキラとしたような目で、じっとこちらを見つめてきた。

 こんなりおんは珍しい。

 その視線に押され、思わず理玖は動揺した。

 しかし、彼女は身を乗り出して来ていて、どうしようもない。

 仕方なく、もう一度その先を言おうとする。

 が――

 

「とわ様はおいらの……」

「……」

「おいら、の……」

「……」

 

 何度挑戦しても、喉が閉じてしまったのように声が出ない。仕舞いに口がパクパクとなって、その様はおかしいったらありゃしなかった。

 すると、呆れたようにりおんが、

 

「もう、理玖ったら。とわ様をいつも揶揄ってるくせに、これくらいのことで今更照れてどうするんですか」

「そ、そんな照れてって……!!」

「違うんですか?」

「……」

 

 一瞬強く否定しそうになり、しかし、りおんの言葉で首を振る。

 確かにりおんの言う通り、今の理玖は照れているようだ。

 だって、妙に顔が熱くて恥ずかしいし、とても冷静ではない。

 どうして、急にこんなことになったのだろう。さっきまではちゃんと言えそうだったのに……。

 というか、よく考えてみたら、そもそも自分は一体何を口走ろうしたのやら。

 思い返せば思い返す程分からなくなり、頭を抱えたくなる。

 何だか、さっきからおかしい。おかし過ぎる。

 

「もう……これじゃあ先が思いやられますよ、理玖。とわ様に思いを伝える時、貴方はどうするつもりなんですか」

「それはその……」

 

 りおんの強い口調に、先程よりも理玖はあたふたとしてしまう。

 りおんは重ねて問いかける。

 

「理玖は、とわ様とそのままでいるつもりはないんですよね?」

「もちろんです。とわ様ともっと一緒にいたいので、何れはちゃんと……」

「ですが、それはいつなんですか?」

 

 敬愛する主の声が一段と厳しくなる。

 理玖はとても居心地が悪くなった。

 何だか凄く責められてる気がする。

 

「私は以前、同じようなことを聞きましたよね?」

「はい。覚えていやす。貴方にとって、とわ様は一体何ですか、と……りおんお嬢様は仰られました」

「あれから一年です。まだその気持ちに気づけませんか?」

「……それは」

 

 聞かれ、言い淀む。

 理玖だってこの一年間、何も考えなかったわけではない。

 それなりに向き合ってきたつもりだ。

 しかし初めてのこの感情に、実はいうと理玖は結構振り回されっぱなしだった。

 というのも、感情の動きが予測不可能だからである。

 とわの手前、必死に平静を装ってはいるが、ふとした瞬間にドキリとしては、どんどん知らない甘酸っぱい感覚が芽生え、その度に動揺している。

 そして、衝動の方が先に出て、溺れるようにそれ以外何も考えられなくなる。

 だから、はっきりとした答えが全然出せなくて。

 けれど、たった一つ言えることがある。

 それはとわが特別だということ。

 本当に特別な――

 

「理玖、とわ様と良い雰囲気だからって、実は油断していませんか?」

「う……」

 

 じっ……と、りおんにジト目を向けられ。

 理玖は目を逸らす。

 心辺りがないでもなかったからだ。

 

「甘過ぎます」

 

 ばっさりと一刀両断するみたいに、そうはっきりとりおんは告げた。

 

「とわ様はもう十四を超えるんですよ? 祝言を上げる良い年頃です。それに半妖ですが、あれだけの美貌を持っておられるのです。そこら辺、ちゃんと分かっているのですか?」

 

 りおんの言いたいこと。

 それを理解した途端、理玖の頬に冷や汗が流れる。

 同時に膨らむのは、最悪のイメージ。

 見知らぬ男がとわの隣に立ち、彼女をかっさらっていく……そんな悪夢だ。

 

(嫌だ)

 

 すぐにそう思った。

 どうしてこんな簡単なことにも気づけなかったのか。

 どうしてこんな重要なことを気にしなかったのか。

 とわの隣は絶対ではない。

 水に絵の具を垂らしたかのように、動揺がじわりと広がっていく。

 

 少女は更に、釘を刺すように言った。

 

「改めて言いますが、あまりうかうかしてはいけませんよ、理玖。こういうものは、結局早い者勝ちなんですから」

「……」

「それに、とわ様の方も貴方の思いに薄々勘づいて、ずっとずっと待っておられますよ。とわ様も貴方と同じなんです」

「彼女がおいらと同じ……?」

 

 首を傾げて訝しがる。

 まさかそんなこと、ある訳がない。

 そりゃあ可愛いだの、美しいだのは言ってるし、愛おしいとまでは伝えているが……だからってこの思いのすべてをはっきりと口にしたことは、これまで一度だってない。

 そして、とわは理玖のことを受け入れてくれてるが、それはあくまで受け入れてくれてるだけであって、彼女の方が理玖を特別に思ってるかどうかなんて、それこそ確信が持てない。

 

「とわ様がおいらに抱いているのは、せつなさん達と同じ感情ではないのですか? とわ様にとって、おいらは大切な仲間の一人に過ぎないと思いやすが……」

「はたして、そうでしょうか。だったら何故とわ様は、貴方に会いに来てくれるのですか?」

「それは、恐らく約束があるからで――」

「違いますよ」

 

 りおんは静かに否定した。

 沈黙する理玖。

 少女は続ける。

 

「とわ様はそんなの関係なく、純粋に貴方と一緒に居たいから来ているんです。貴方といる時のとわ様は、皆の前のとわ様とは違います」

 

 そう言われて、これまでとわと過ごした時間がフラッシュバックする。

 キラキラとしたあの愛らしい笑顔。

 いつも子犬のように駆け寄っては、理玖の手を引っ張ってくる。

 その姿は誰に対しても同じ、ありのままの彼女だと思う。

 でも、未来を語り合う中、じっとこちらを見つめる目に違和感を感じる時はある。

 それは何だか、熱を帯びているような……。

 他にも、ふとした瞬間、凄く優しく、でも狂おしい感情を我慢するみたいに、顔をくしゃりとさせる時もあって。

 せつな達といると、彼女は絶対にこうはならない。理玖と二人でいる時だけ見せてくれるもので、あれがもし、本当に――

 

「……」

 

 理玖は口元に手を持ってきて、火が出そうになる程の恥ずかしさに耐えながら震えた。

 嬉しさとか、期待とか。

 それでも往生際が悪く、違うと叫んでしまっている不安とか。

 頭の中が真っ白なくせに、感情がぽんぽんと飛び跳ねて暴れ回っている感覚がする。

 我ながら混乱しているな、と思った。最早どうしたら良いか分からない。

 と、くすくすとおかしそうにりおんが笑った。

 

「まあ、時間はないと言いつつ、慌てる必要はありませんよ。ゆっくりと自分の気持ちに向き合えば、自ずと答えは出てくると思います。きっと今の理玖なら大丈夫です」

 

 柔らかく少女は言って、立ち上がった。

 

「そろそろ行きましょう。今日は私に付き合ってください、理玖」

 

 

 

 

 

 

 理玖とりおんは、二人で出かけ、あちこちを見て回った。

 

 大きな町の営み。

 輝く草原。

 鏡のような湖畔。

 

 すべてとわとの逢瀬で行った場所で、何度も何度も話をしたところだった。

 それでもりおんは楽しそうに笑った。

 やはり、りおんは旅自体が好きなのかもしれない。

 この世界を愛しているから。父と一緒にいた時のことを思い出すから。

 そう考えると理玖は悲しくなった。けれど、りおんを傷つけたくなくて、理玖もまた楽しげに振る舞った。この時ばかりは、りおんに幸せでいて欲しかった。

 

 やがて、付近を一回りした頃。

 ある山火事の跡に来た。

 以前、妖怪退治の際、一度来た場所だ。

 相変わらず荒れ放題だ。

 ただ丸裸にされた大地がそこにある。

 

 りおんは理玖に呼びかける。

 

「理玖」

「はい、りおんお嬢様」

 

 理玖は持ってきた鋤で等間隔に軽く土を掘り、途中で買ってきた若木の苗を数十本、その場に置いた。

 りおんはそれを一つ一つ、丁寧に土を被せ、埋めていく。

 理玖も当然手伝った。

 

「理玖、ありがとうございます」

 

 作業をしながら、りおんは感謝を伝える。理玖はいえいえと言いながら、

 

「これくらいお安いごようですよ。なにせりおんお嬢様の頼みですからね」

「……迷惑をかけますね、理玖」

 

 りおんは申し訳なさそうにしつつも、微笑み返す。

 でもその視線は、何処かここではない場所を見ているようで。

 

「実は言うと、私は安心しているんですよ」

 

 そして、ふと。

 唐突にぽつりと呟かれた声も、酷く遠く聞こえた。

 

「改めて言いますが、私に残された時間はそう長くありません。その時、理玖。貴方は一人になってしまうでしょう」

「……」

 

 残酷に告げるりおん。分かりきっていた未来に、理玖は苦い顔して黙る。

 思うところが色々とあり過ぎて、上手く言葉にはならない。

 りおんは目を伏せた。

 

「ずっと心配でした。それに一年前、あの頃の理玖は凄く遠慮していた。このままだと本当に後悔しか残らないのではないかと思うと、気が気でなかった。ですが、とわ様に積極的になって、幸せを求めるようになって……ああ、大丈夫だなって、思えたんです」

「……」

「前を向いてくれて、私はとても嬉しいです、理玖。貴方の幸せが、今の私の幸せですよ」

 

 伏せていた目をあげ、優しくそう言うりおん。

 改めて言葉を失う。

 この人はずっと、こんな自分を思っててくれたのだ。

 それだけで、胸が締め付けられ、涙が出そうになる。

 

「りおんお嬢様、ありがとうございやす。りおんお嬢様がいたから、おいらは大切なことに気づくことが出来たのです。りおんお嬢様がいなかったら、とっくにおいらは……」

「気にする必要はありませんよ。私だって理玖に色々としてもらってるんです。むしろ感謝すべきなのは私の方ですよ」

 

 自分だって辛いだろうに、りおんは相変わらず、気丈に振る舞うばかり。

 理玖はそれを、彼女の美徳であると共に、非常に悲しいところだと思った。

 そうして沈んだ顔をする内に、りおんもまた、少し悲しそうな表情となって。

 何事かを考えるように作業の手を止め、しばらくそのままでいた。

 数分後、理玖にお願いする。

 

「……理玖、今更ですが、人払いをお願いいたします。出来ますか?」

「……はい」

 

 理玖は頷く。

 すぐに耳飾りを弾き、その場からちょっと離れた場所へと飛んだ。

 

(気を使わせてしまった……)

 

 理玖は罪悪感で項垂れる。

 ここら辺に人は住んでおらず、また妖怪もこの間大物を退治した影響で、殆ど近寄りたがらない。人払いの必要などないのに、そうりおんが言ったということは、その意味は言うまでもなかった。

 

「はあ……」

 

 自然と溜息が漏れる。

 いつだったか、一年前も同じことがあった気がする。

 あの時同様、きっとりおんは、その心中に整理をつけさせるために、理玖を一人にさせたのだろう。

 それとも……、

 

(今度はりおんお嬢様が、一人で考えたがっているのだろうか)

 

 普段は明るいりおん。

 だが彼女の状況は複雑だ。

 

 先に逝ってしまった麒麟丸と是露。

 ずっと閉じ込められていた六百年間。

 自由になったのに、今更近づいてくる二度目の死。

 

 整理出来なくて当たり前だ。

 そこにはどれだけの苦悩があるだろう。ここのところ、物憂げな表情を浮かべることも増えた。

 

 けれど、りおんは前に進もうとしている。

 その一つが、先程の植林。

 あれはりおんなりのメッセージなんだそうだ。

 死んだ自分でも、何かを残せるという気持ち。

 世界を愛するからこそ、その枯れてしまった大地を復活させることが、彼女にとって大きな意味を持つのだろう。

 

「……」

 

 理玖は遠くを見つめた。

 今日は良い天気だ。

 蒼穹に目を細め、風に靡く髪を抑え、理玖は何とも言えぬ寂しさにも似た気持ちを抱く。

 

 思い出すのは、これまでりおんと共にいた、この一年間の日常。

 とわとはまた違った意味で、りおんは特別だ。

 彼女は敬愛すべき主人であり、過去との縁であり、支えである。

 ずっと側で仕えていたいと思う。

 でも、それが叶わない願いであるという事は初めから分かっていて、だからこそ認め難く、理玖は今日までその事実から目を逸らし続けてきた。

 しかし、もうそろそろ、向き合あわなければならないだろう。

 それが今、理玖のやるべき事で、そうでなければ真剣に今後のことを考えている彼女に失礼だ。

 

(とはいえ、どうすればいいのだろうか。おいらは彼女のために何が出来る?)

 

 今、理玖の心の中では、二つの感情が鬩ぎ合っている。

 このまま、りおんを死なせたくないという気持ちと、良い加減彼女を解放すべきだという気持ちだ。

 不憫だったりおんには、これから先、もっと自由に生きる権利があるように思う。

 閉じ込められていた分、きっと色んな沢山のものを手にすべきだ。

 でも……無理やり止まらせては、辛いだけというのも事実で。

 今のりおんは過去の残滓そのもの。

 未練の塊であり、それを消化してやることが、彼女の心を救うことにもなるのかもしれない。

 

 はたして、どちらが真に、主人の幸せとなるのだろう。

 理玖にはよく分からなかった。

 りおんには多くの優しさをもらったから、その分まで、今のうちにお返しをしたいのに。

 

(何でこうもパッと答えを出せねえんだか。……少し情けねえな)

 

 自分の不甲斐さに、頭が痛くなってくる。

 理玖は二度目の溜息をついた。

 今のところ、ぐるぐると考えても、しょうがない気がしてきた。

 りおんには悪いが、少ししたら彼女の元に戻って――

 

「ど……し……」

 

 その時だった。

 聞き覚えのない掠れた声が、後ろから一つ。

 同時に悍ましい妖気が全身を撫で、理玖はあまりの恐怖から一瞬、硬直した。

 すぐに背後に振り返る。

 そして目を見開いた。

 

「……!!」

 

 そこにいたのは、一人の体が透けた女だった。

 簪で纏められた濡羽色の髪。

 腕が隠れるほど袖の長い着物。足首がないのに、何故か立っていると錯覚してしまうように浮いている。

 人並み外れた美貌を持ちながら、ただ一つだけ、闇の如き眼窩がぽっかりと空き、そこから淀みなく血涙を流していた。

 

「……し……」

 

 女の口から、掠れた声がもう一度紡がれる。

 それはとてもとても小さかったが、今度ははっきりと聞こえた。

 “どうして”。

 彼女は訳の分からない問いかけを、理玖に投げかけていた。

 

「な……」

 

 理玖は驚愕に目を見開いた。

 とわの話で聞いていた女の幽霊。

 それが今、唐突に目の前に出現した事実が信じられない。

 しかも見覚えのない顔だった。

 

 確かに、箱の大妖怪の面影はある。

 だが美形とはいえ彼女のような隔絶した美しさはないし、鼻だって高ければ、目だって切長気味だ。外見年齢も若干上のような気がするし、どう考えても大妖怪本人じゃない。

 合致するその特徴は、たった二つだけ。

 その美しい黒髪と、シンプルなデザインの簪のみ。

 何処のどいつだかさっぱり分からなかった。

 

「お前は一体……」

 

 奇妙な不安が胸を掻きむしるが、理玖は何故か無意識のうちに、不用心にも女に近づいた。

 女もまた血涙を流しながら、理玖に近づいていく。

 そして、その顔をじっと空洞の瞳で見つめて、三回目の質問。

 

「どうして」

「……」

 

 それが何に対しての問いかけかなのか、当然理玖には理解できない。だから何も答えられず、彼は口を閉じている。女は構わず、四回、五回と問いを繰り返す。

 理玖は段々とイライラしてきた。

 恐れ、嫌悪、強烈な忌避感を、この女からは感じる。

 何より……りおんに近づかれては困る。

 

 無言で耳飾りを弾き、カトラスを手の内に出現させる。とわの話では、彼女に息子がいるとのことだが、障害になるのであれば、何であれ敵である。

 理玖は一切の容赦なく、一切の躊躇なく、カトラスを女へと振り落ろした。

 しかしその直後――頭の奥で何かノイズのようなものが走る。

 斬撃が、途中で静止した。

 

「……!」

 

 眩暈がして、理玖は少しふらりとなった。頭に手をやって耐えようとするが、とてもノイズは収まりそうにない。

 思わず、何をしたのかと睨みつけるも、女はノーリアクションであった。

 そして。

 女が何事かを呟いた時。

 

 視界は暗転した。

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