遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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連載再開です。出来上がった順に出していきます。あとハーメルンでは基本一話は分割して出しますが、pixivの方の投稿では一話分ずつまとめて投稿します。


遥かな永遠を一緒に 八話 前編

 ノミ妖怪、冥加は箱の大妖怪のことについて調べていた。

 

 彼は様々な妖怪と知己である。

 箱の大妖怪やその子供達とも交友を持っていた。

 と言っても、顔見知り。

 近くに寄れば、世間話をする程度の仲だ。

 それでも、四方のことは深く印象に残っていて、今回の件を聞いた時、冥加は気が気でなかった。

 その嫌な焦燥感を胸に、ノミ妖怪はぴょんぴょんと飛び跳ねながら千里の道を行く。

 

 まず最初に訪れたのは、かつて四方が住んでいた場所。

 とわから聞いていた通りそこは真っ黒な無しかなかった。

 ここは数十年前から廃村だ。

 被害はほぼないだろう。

 でも、四方の思い出の証は二百年経ても尚あって、彼女の子供達はそれを大切に残していた。

 それが丸々消えている。

 冥加は少なからずショックを覚えた。

 

 自然と昔の四方と子供達を思い出す。

 四方は山の山頂、屋敷の中で子供達を育てていた。

 彼女は大妖怪としてはイレギュラーだ。

 誇りもなく、傲慢さもない。

 水面に自我を与えられたせいか、その本質は優しくて、むしろ大妖怪というより人間や半妖に見えた。

 四方は普通の母親の様に子供達を世話した。

 料理を作って、勉強を教えて、泣いたらあやしてあげて、一緒に遊んで時にはしゃぎ、時には膝枕をしてお話を聞かせて、寝かしつけた。

 勿論すべて上手くいった訳ではない。

 理不尽なイライラをぶつけてしまうこともあった。

 でも、不器用な分、子供達の心に寄り添える良い母親だった。

 そんな彼女を、子供達も慕っていた。

 そして、大きくなっても敬愛を忘れず、数年に一度は四方が封印された場所に行き、近況を報告した。

 

 若葉も旭も、母の知り合いということで、会えば必ず冥加には良くしてくれた。

 御馳走を振る舞ってくれたり、土産を持たせてくれたり。

 一度だけだが、一緒にお酒を飲んだこともある。

 最後に会ったのは、もう百八十年以上も前か。

 酒癖の悪い若葉に振り回され、高笑いしながらバシバシと叩かれている旭の悟った様な顔も、「まあ周りが女ばっかりで育ってますからね。男の自分は姉様に敵わんのですよ……」という彼の哀愁染みた発言も、今ではすべて遠い記憶だ。

 

 四方の子供達は今、どうしているだろう。

 それぞれ苦労していたようだったし、無事だと良いのだが。

 

(それに予想が外れてくれなければ……最悪なことになるはずじゃ)

 

「ううむ……」

 

 冥加の中で焦りが一段と深まる。

 彼は一人呻ると、噂や伝を頼りに、更に子供達のその後の動向を探っていく。

 旭は父に似て人の良い青年だったが、冥加にはあまり自分のことを多く語ってくれなかった。

 代わりに若葉は眩しい笑顔をコロコロとさせて、この前は何処に行った、あの宝を手に入れたと、饒舌に話してくれた。

 彼女は四方の娘らしく、非常に活発な女性で、あちこちを転々としていたのだ。反対に旭は定住して、姉の帰りを待っていた。

 もしも、手がかりを多く残しているとするなら、それは若葉の方だ。

 冥加は若葉の情報を中心に集めた。

 

 すると、調べれば調べる程、目撃情報があった。

 それは四方がかつて旅した軌跡をなぞるが如く。

 否、実際に四方のことを知ろうとしていたのだろう。

 若葉は四方の知人や彼女の宝の行方を追っていた。

 そこにどんな心境があったのかは、久方ぶりに会った刀々斎が語ってくれた。

 

「奴が来たのは、まあ、三年かそこらぐらい前か? ふらっと、土産の酒を持ってきてな、お袋さんがくれた短刀を見せて、こう言ったのさ。これを拵えた時の母様のことを聞かせて欲しいとな」

「確かその短刀……守刀は、四方殿に頼まれてお主が作ったんじゃったな」

「ああ、最初は渋ったんだが、流石にあそこまで必死な形相で、何度も土下座されたんじゃあな。素材も良かったし、まあ、我ながら良い仕事だった。っても、ありゃあ刀の形をしているが、鉄砕牙みてえに武器じゃあないがな。どっちかっていうと魔除けや護符だな」

「魔除けや護符?」

「四方殿はもしものことを考えてたんだろうな。封印が解けたその時のために、四方殿の妖力を弾く刀を子供達に与えたのさ。その結界は持ち主が生きている限り、永遠に消えない」

「……ふむ。つまり逆を言えば、持ち主が死ねば効能は失われるということじゃな?」

「そうさ。どっちみち内側で死ねば結界張っても変わらねえからな」

「……」

「おい、どうした?」

 

 ふと考え込む冥加に、刀々斎が不思議がって声をかける。

 冥加はハッとし、先程浮かんだ仮説を打ち消すついで、首を振ってなんでもないことを伝えると、

 

「それで、どうだったんじゃ。何故若葉は四方殿のことを聞きに来たんじゃ?」

「あー、そうだな。上手いことは言えねえが、あいつはお袋さんの問いの答えを自分なりに探そうとしてたみたいだったぜ」

「というと……愛や恋を知りたがっていたと?」

「子供が欲しいとも言ってたな。でも、それだけじゃなく――生まれた意味を知りたい、自分を認められる様になりたい、執着を断ち切りたい、誰かを本気で愛してみたい……らしい。結局、自分を偽らずに、胸張って生きられる様になりたかったんじゃねえのか?」

 

 冥加はその言葉に、若葉へ思いを馳せる。

 彼女は半妖の常として、迫害を一身に受けてきた。

 幼い頃、母の目を盗んで、弟と一緒に青い瞳を隠さず人間の村に降りた時には、大騒ぎが起きた末に村人総出でリンチされたこともある。

 いつだって若葉からは諦観が滲み出ていた。

 家族以外、自分なんて誰にも受け入れてもらえないという諦観が。

 そして、明るい癖に臆病で繊細な気質の持ち主だったから、居場所のことについて考えるのを拒否してるようにも見えた。

 そんな彼女が……自分を変えようと足を踏み出し、未来を創り出そうとしていたのか?

 そのために、自身のルーツを知ろうとしていて……。

 

「幸い、相手は見つかったって話だった。ただ、どうにもな……」

「そこで何かが起きたと言うことじゃな?」

「実際行って見たほうが良いぜ。アレは酷い。俺の口から言うのが憚られる程にな」

 

 珍しく刀々斎はそう言って、その場所を教えてくれた。

 冥加は実際にそこへ行ってみる。

 さる立派な名家が治める、東の海辺の国であった。

 その各地ではある妙な噂が広まっていた。

 

「知っているかい? 聞いたことがあるかい? 半妖女の話」

「三年前だかにやってきた片目が青い女。数々の魑魅魍魎を操って、数々の天災を引き起こしたっていう化け物」

「万物を収める箱の怪物さね。そいつはとてもよく深く、この国を独り占めしようとしたんだ。おかげで、税が増えて、大変だったのなんの。妖怪も暴れるわ、困ったものだった」

「今の城主様の働きがなければ今頃どうなっていたか。本当、半妖なんてもんがいなくなってせいせいした」

「そうだ。妖怪とはこの世に不条理を齎らすもの。ましてや半妖などという人間との混ざり物など、穢らわしい」

「あいつは死ぬために生まれてきたのさ」

「それに、半妖女の持ってた財で城主様も逆に稼いでいるらしい。それを我らに還元して下さってるのだから、ありがいことさね」

「ああ、本当だ」

 

 その国の村人達は、口々にそう言って笑った。

 それをこっそりと聞き、胸糞悪い話だと冥加は感じた。

 そして、同時に思う。

 その半妖女は――若葉は絶対にそんなことはしないと。

 何も若葉に肩入れして言ってる訳ではない。

 しかし、あれでいて、結構お人好しというか、とても優しい性格だったのだ。

 確実に情報がねじ曲がっている。

 嫌な予感はますます確信へと変わった。

 

 それでも冥加は納得出来ず、その国のお城に乗り込む。

 しかし若葉の話は、とても言葉では表せない程、更に中傷された内容になった。殆どの者が悪口を言っており、だが、何名かは明らかに不満そうな顔をしていて……その内、側仕えの一人が冥加が気付き、妖怪だと驚きつつも事情を話してくれた。

 その内容はこうだった。

 

 

 

 

 

 

 約三年前。

 この城の城主には、大変優秀な跡取りの子息がいた。

 人柄は優しく実直。

 政に優れ、家臣からも領民からも慕われていたために、子息は年老いた父に代わり、内政を取り仕切っていた。

 そんな彼の習慣は、定期的に各地の村を視察することだった。

 その日もいつもの様に、側仕えを含めたお供を連れて、とある村に向かっていた。

 

 その道中だ。

 偶然、子息は不思議な女――若葉に出会った。

 古い廃寺に一人、住み着いていたという。

 思わず誰もが見惚れる程美しく、側仕えも目を奪われた。

 しかし都雅な雰囲気はなく、純粋無垢に、ただ草原に咲く可憐な花の様に彼女は笑っていた。

 

 子息は一目で若葉に惚れた。

 正妻と側室は他界し、子供も早くに死亡。

 寄ってくる女供は権力に目が眩んだ連中ばかりであり、そんな中で、若葉の笑顔は一筋の光に見えたのであろう。

 子息はすぐに言い寄ろうと若葉に近づいた。

 しかし、若葉もまた子息の反応から、その感情を見抜いていたらしい。

 戸惑うようにしばらく口をあんぐりと開け硬直、次に赤くなった顔を両手で隠し、ぴゅーっと逃げてしまった。

 

 しかし、次の日も。

 そのまた次の日も。

 子息は若葉の元へ通う。

 遠く木の影に隠れ、こちらをチラチラと見る若葉(ちなみに凄くバレバレ)に、彼は根気よく話しかけ続けるのだった。

 すると、段々と呆れたのか。

 それとも、慣れたのか。

 溜息混じりで若葉は姿を現すようになり、やがてその距離は段々と縮まって、一年もするとすっかり子息の隣で笑うようになっていた。

 勿論、半妖であることを明かしたうえで。

 子息もそれを受け入れていた。

 二人の間には、何か強い絆の様なものが生まれていたのだ。

 そして、やがてその関係性が恋仲にまで発展するのは遅くなかった。

 

 だが、子息は人間。若葉は半妖。

 城主の跡取り息子と、ただの浮浪者。

 種族も違えば身分も違う。

 子息は新しく妻を娶り、子を生まなければならなかったが、それは若葉では出来ない役割だった。

 初めから許されない恋であったが故に、城主を初め多くの者には秘匿していたし、その関係性を知る限られた人達の中でも、一部を覗き誰からも歓迎されなかった。

 だから、若葉は妾という立場に甘んじ、健気にも子息を裏から支え続けた。

 

 例えば政策の助言。

 若葉は天衣無縫だったが、非常に聡明な女性でもあった。

 かなり良い教育を受けていたらしく、旅をしてきた事もあり、薬学、化学、古典……色んなことに精通していた。

 その頭の回転の速さには驚かされるばかりで、子息が政策に困っていても、若葉が知恵を授ければ、途端上手くいくことが多かった。

 

 また他にも、妖怪に関する問題があれば、進んで若葉が引き受けた。

 時に交渉人になり、時に斥候役になり。

 群れから排斥され、暴れ回る雑魚妖怪共を平定、軍門に下らせたこともあった。

 

 若葉は半妖……狭間の者として、人間にも、妖怪にも、手を貸し続けた。

 彼女は謂わば、この国の人間と妖怪のバランサーだった。

 だから、嫌われる一方で、皆が若葉に頼り切りだったし、側仕えを始めとするごく少数の人間と妖怪は、若葉を愛した。

 

 若葉もそれで満足しているようだった。

 そもそも、始めから周りの評価なんて気にしてなかっただろう。

 見返りが欲しかった訳でもなく、ただ愛する人が住む土地を守りたかっただけ。

 自分がしたいことを、好きにやってるだけだったのだから。

 

 だが、その献身は本物だ。

 どれだけ若葉のおかげで、この国が発展し、平和になったか。

 言葉には尽くせない。

 その恩は決して忘れてはならないものだとし、たとえ半妖であろうとも、浮浪者であろうとも、その身分を偽らせ、若葉を妾から正式に子息の妻の一人として迎え入れようという動きが一部で秘密裏に出てきた。

 

 そんな矢先に、だ。

 ある三匹の妖怪がやってきて、この国を荒らし始めた。

 あっという間に人々は殺され、作物は焼き払われ、金はすべて奪われた。

 討伐隊を何度も送ったが、その悉くがやられてしまい、彼らを倒そうとした妖怪達も皆敗北、いつしか疲弊のあまり誰もが抵抗する気力を失い、気がつげば滅びに抗おうとする者は、若葉ただ一人だけ。

 彼女は呆れた様に激怒し、いつも怒鳴っていた。

 

「何故そうすぐ諦めるんだ! 自分達の力で守ってこその居場所だろ!? 尊厳を踏み躙られたままで良いのか、貴方達は!?」

「そうは言われても……あいつらにどうやって立ち向かうのだ。若葉だって無理じゃなかったか。それなら他の者も……」

「私ばかりを当てにしてどうする!? 貴方達はいつもそうだ。若葉、若葉、若葉と。何でも引き受けて来た私にも責任があるかもしれないが、だからと言って私に甘えられても困るぞ、この恥知らずどもが!! 私がいなくなったらどうするつもりなんだよ!?」

「……それは」

「大体、取れる手段は全部尽くしたのか!? 全力で足掻こうとしたのか!? ただ保身のためにぐだぐだ内輪で争ってばっかで、全然民衆のことを考えてなかったのは、何処のどいつだ! それで自分達に被害が出そうになったら、都合良く嫌ってる私に縋り付いて……そんなんだから、いつまで経ってもこの問題は解決しないんだ! これは当然の結果だろうが!」

「……」

「本当にみっともない。それでも貴方達はこの国を守る者なの? “誇り”はないの? “誇り”がない者は、死んでいるのと同じだよ?」

「……」

「とにかくこのままでは全滅だ。金をありったけ集めて、退治屋なる者達を雇って呼び寄せる。噂では、女ながら凄腕の薙刀使いがいるとのことだしね」

「……」

「もう貴方達を当てにはしないよ。どんなことがあろうとも、“誇り”と“尊厳”を取り戻すために、最後まで私は一人でも戦い抜いてやる」

 

 そう言い残して、その日若葉は去っていった。

 恐らく自分で言った通り、金を集める準備に取り掛かったのだろう。

 そんな彼女に、心動かされた者達はどれだけいたか。側使えでさえ立ちあがろうという気はまるで湧かず、若葉の言葉は酷く耳障りに聞こえた。

 そして、元々嫌われていたこともあり、ますます誰もが彼女を邪魔だと感じ始め――その時、あの三匹の妖怪が城にやってきた。

 

 曰く、この国を荒らすのに飽きたと。

 もう奪う物がなくてつまらないと。

 だから、これ以上暴れ回る理由がなくなってしまった。

 だが、このまま去るのもそれはそれで興醒めだ。

 丁度、おもちゃで遊びたかったところだし、お前達の中から大切な者を生贄に差し出せ。

 そうすればすぐに出ていってやる。

 

 その要求を聞いた時、皆の脳裏に浮かんだのは若葉のことだった。

 何故なら彼女は半妖だから。

 人間でもなければ妖怪でもない。

 何処にも属さぬ半端者故に、切り捨てても何の不都合もない。

 そして、もしそれだけでこの地獄が終わるのであれば……そう考えた途端、まったく愚かなことに、妖怪も人間も、子息を含む大多数が若葉を切り捨てた。

 側仕え達が上げた一部の反対の声は、すぐに有力者に塗り潰された。

 

 そうして月の初め。

 夕刻、妖力を失い人間となっていた若葉は、子息の命によって捕らえられ、広場に連れてこられた。そこには既に、多くの人間と妖怪が集まっていた。

 

「死ね」

「消えろ」

「半妖女」

「お前なんて邪魔だ」

「何処か行ってしまえ」

「お前がいなくなればすべて解決するんだ」

「私達のための生贄になってよ」

 

 彼らは若葉に侮蔑の言葉を浴びせ続ける。

 若葉はただ呆然としていた。

 状況がまったく理解出来ていないのもあるだろうが、思い人に裏切られたことが信じられないらしい。

「どうして」と呟いた。

 だが、子息は申し訳なさそうな顔をするだけだった。

 

「……っ」

 

 それに何かを察したのだろう。

 若葉の顔から血の気が引き、悲痛に歪められる。

 ジタバタと暴れるが、縄は手に食い込み、逃れることが出来ない。

 

「この裏切り者……」

 

 やがて彼女は抵抗を諦めると、代わりに怨嗟に満ちた声を出す。

 憤怒に染まる瞳が子息を射抜いた。

 

「嘘つき。私のこと絶対に幸せにするって……私のこと大事にしてくれるって言ったのに。それなのに、どうしてこんなことを……」

「すまない。許してくれ」

「なら、縄を解いてよ。誠意を私に見せて」

「……それは出来ない」

「何で? それでそんな悲しそうな顔をするとか、嘘だよね? 君にとって私って一体何だったの?」

「どう罵ってくれても構わん。酷いことをしたのだから、全部甘んじて受け入れる。僕だってこんなこと本当はしたくない」

 

 子息は自分の悲しみに酔いしれる様にそう言った。

 その態度に、若葉はまだ希望があったのか、大きく目を見開くと……ますます泣きそうな顔になった。

 

「開き直らないでよ。ただ都合が悪くなっていらなくなったから、捨てようとしてるくせにっ。私はお人形さんなんかじゃない。私は、ありのままの私を君に……」

「……」

「何でこんなこと平然と出来るの? 私が今までどんな思いでいたか知ってるでしょ? こう見えても私、結構辛かったんだよ? ずっとお妾さんで、ずっと陰口言われてさ。だけど君が傍にいて欲しいって言うから、不満を無理やり押し込んでたんだ。私も君のこと本気で好きだったからね。だから、それだけで良いって思って、耐えて、耐えて……」

 

 そこでぎりっと若葉は鬱血する程唇を噛み締め、体を震わせた。

 それは怒りだろうか。

 悲しみかもしれない。

 いつの間にか目から涙を溢している。

 

「なのに、その結末がこれなの? 冗談じゃない。私はそんなことのために、頑張って来たんじゃないよ……」

「……」

「ねえ、何か言ってよ。何でさっきからずっと黙ってるの? そこまで後ろめたいの?」

 

 子息は顔を逸らした。どうやら図星だったらしい。

 若葉は自虐的な笑みを、にぃ、と浮かべた。

 不気味で悲壮な笑い声が、くつくつと口の端から漏れる。

 

「アハハハ……アハハハハハ……またこれか。またお前達人間と妖怪は、私をこの世界から追い出そうとするのか。……そんなに、私が憎いのか? 私はいちゃいけないのか? そんなことないだろう? 私は父様と母様に望まれて生まれてきたんだぞ? 私は誰からも否定されて良い存在じゃない」

 

 若葉はゆっくりと周りを睥睨した。

 それから、この愚か者達に言葉が届くのか、否か。

 そんなことは関係ないとばかりに、必死な形相で声を張り上げる。

 

「そんな私が、何でお前達みたいな奴らの生贄にならなければいけない!! 今すぐこの縄を外せ!! そんなに出て行って欲しければいますぐに出て行ってやる!! そして勝手にのたれ死ね!! お前達と違って私はまだまだ生きてなきゃいけないんだ! 私はまだ生きる意味も、母様の問いの答えも見つけてないんだから!」

 

 そして、彼女は懇願する様に、消えそうな声で言った。

 

「お願いだから頼む。私、弟のとこに帰りたい。私はもうこれ以上、私の半身を裏切るわけには――」

「ぐへへへへ! そんな願い、叶うわけなかろう」

 

 と、その時。

 あの三匹の妖怪がやってきて、哄笑を響かせた。

 若葉が驚きのあまり肩を跳ねさせる。

 

「貴様ら……」

「お前、よっぽど嫌われてたんだなァ、半妖」

 

 色鮮やかな炎の羽を持つ妖怪が笑った。

 堅牢な甲羅を持つ亀の妖怪が馬鹿にする。

 

「こいつら進んでお前を生贄に差し出したんだぜ? ひでぇ話だよなァ。せっかく頑張ってこの国に尽くしたってのによォ」

「黙れ!」

 

 若葉は憎々しげに吠えた。

 恐れを無理やり押さえつけた様な震えた声で、それでも尚堂々と言い放つ。

 

「貴様らが唆したからだろ! 貴様らさえいなければこんな事にはならなかった! 貴様らが全部滅茶苦茶にしたんだ!」

「それはどうだろうなァ」

 

 それを面白がる様に、リーダー格と思わしき白い毛並みを持つ虎の妖怪が言う。

 若葉がびくりと固まった。

 虎の妖怪は続ける。

 

「元々お前に居場所なんてものなかったんだろ? じゃあ、俺らが来なくても何れこうなってたんじゃないのか? ん?」

「……っ」

「さっきの言葉聞こえてたぜぇ? 何だって? 私は父様と母様に望まれて生まれてきたんだぞ? 私は誰からも否定されて良い存在じゃない? ゲラゲラゲラゲラ!! そんなことあるか、ばーか!!」

 

 虎の妖怪はその瞬間、若葉の頭を掴んで思いっきり地面に叩きつけた。

 呻き声を上げる若葉。

 またも、ゲラゲラゲラゲラ! と笑い声が響いた。

 

「親がどう言おうが、半妖なんて半端もん、最初から価値なんてねえよ。お前には未来も、希望も、何もない。好かれた男に裏切られて、生贄に差し出されて、皆から裏切られて。これは当然の結果じゃねえのか? お前が無相応の幸せを求めたからこうなったのさ。……お前が一番、悪いんだよ」

「……」

 

 存在を全否定する言葉。

 若葉は黙ってしまった。

 その顔は下を向いていて、どんな感情を宿しているか伺うことが出来ない。

 そのまま静寂の時が過ぎ、風が吹く音がする中、やがて彼女はポツリと呟いた。

 

「君達、それで本当に良いの?」

「アぁ?」

 

 不可解な問いかけに、三匹の妖怪達は首を傾げた。

 しかし、それは彼らではなく、周りの人々――この国の妖怪と人間すべてに、投げかけられたものだった。

 

「君達、間違ってるよ」

 

 騒つき始める周囲に、若葉はキッパリと断言した。

 

「こんな風に私に全部を押し付けて。嫌なことから目を逸らして。きっと碌な目に合わないよ? 私の後もきっと半妖とか関係なく、また都合の悪い誰かが生贄になっちゃう。そうやって延々と悪者を作っても、最後に行き着くのは袋小路の地獄だよ」

「……」

「せいぜい、その地獄に怯えながら暮らすと良い。私は君達のこと――」

 

 そして、若葉はゆっくりと顔を上げた。

 土塗れになった、ぐちゃぐちゃに汚れた醜い顔。

 それがくしゃっと笑って、城主の子息、ただ一人に向けられた。

 

「……っ!」

 

 子息は今更ながら、動揺したみたいにびくりとなった。

 周囲は若葉が言った言葉の意味が分からず、喚き散らしている。

 

 どういうことだ。

 この地獄が続くだと?

 戯言め。

 半妖女の言うことなんか信じるか。

 そうだ。こんな事、後にも先にもある訳がないだろう。

 生贄はお前一人だけで良いんだ。

 とっととくたばれ。

 死ね。

 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 若葉の死を望む声が満ちる。

 集団による同調、疲弊した心が、狂気をより一層助長させている。

 

「こいつら空恐ろしい連中ですね、兄貴」

「ああ、なんて面の厚い連中だ」

 

 それに対し、自分のことを棚に上げ、ヒソヒソと三匹の妖怪は話し合った。

 どうやらドン引きしているらしい。

 しかし、これはこれでおもしろいと思ったのか。

 次に彼らはニッと口の端を吊り上げ、リーダー格が斬馬刀にも似た大太刀を抜け放った。

 

「そう言えばお前。縄を外して欲しかったんだな。そんなに縄を外したければ、外してあげるぜ」

 

 鈍く光る刀身が振り下ろされる。

「待って」──瞬間、若葉はそう言って悲鳴を上げるが、抵抗する暇もなく根元から右腕を切り落とされた。

 続いで二回目で左腕。

 鮮血が溢れでて赤い泉となり、ギャアアアアアアア!! と若葉から絶叫が上がった。

 それと同時に、ワアアアアアアアア!! と周囲から歓声が湧き上がる。

 

 異様な熱狂が渦巻く中、拷問は終わることが無い。

 足をゆっくりと切られた。腹を切り裂かれた。目をくり抜かれた。石を投げられた。ミンチにされてからまた再生させられ、袋叩きにされた。

 彼女は死ねなかった。

 三匹の妖怪の術で無理やり延命させられていたからだ。

 だからどんな苦痛からも若葉は逃れられず。

 何度も何度も、殺して、助けて、許して、帰らせて、と叫んだ。

 しかし、その度に周囲は盛り上がって、その存在を否定した。

 ザマアみろ、ザマアみろ、と。

 そして一晩かけて拷問が終わると、途中で飽きた虎の妖怪により術を解かれ、若葉は死んだ。

 その死体は酷い有様だった。

 この国の人間と妖怪は、揃って皆、顔を顰めた。

 三匹の妖怪は満足したのか、切り落とした若葉の四肢の内三つを記念として持って、既に去ってしまっていた。

 誰もが処分に困り、結局、遺体は道端に放棄されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……こうして、若菜様の尊厳はゴミの様に捨てられたのです。その死後に残った功績も、若葉様との関係がバレることを恐れた子息様が、情報を歪ませる形で噂を流し、隠蔽されました。結果、現在に至るまで、この国を荒らした犯人として若葉様は国中で中傷されております。一方で子息様はというと、城主として跡を次いで、のうのうと幸せになってます。他の人間と妖怪もそうです。若葉様の亡き後、それぞれ若葉様のなさったことを忘れて、笑顔で生きてるんです」

「何という……何ということじゃ」

 

 話を聞き終わり、冥加は絶句してしまっていた。

 嫌な予感は始めからしていた。だがまさかここまでとは思ってもいなかった。

 あまりの仕打ちに言葉さえも失ってしまう。

 

『冥加様、私、夢があるんですよ』

 

 いつだったか。

 子供の頃、若葉はささやかな望みを冥加にこっそりと教えてくれた。

 その時の彼女は本当にキラキラと目を輝かせていた。

 

『私ね、母様と父様みたいになりたい。父様みたいに優しくて賢くて、カッコいい男の人と祝言挙げて……その人のことを妻らしく支えるんだ。で、良くやったなって、その人にぎゅっとされて、私もぎゅっと抱きしめ返すの。そして、こう、むーって口付けして。あ、子供は男の子が欲しいなあ。名前も既に考えてて、意味は海の――』

『うわあ、妄想凄っ……』

 

 と、その隣で、ドン引く様に旭が薄らとした笑みを浮かべていた。

 言わなくて良いのに、余計なことまでペラペラと言ってしまう。

 

『そんなの姉様じゃ無理ですよ。暴力女だし、ガサツだし。この前も俺のおやつ全部取っちゃってさ、一緒に悪戯したのに、バレた途端全部俺に罪を押し付けて。本当、優しさのカケラもないですよ。それなのに男の人と良い感じになりたいだなんて……ぷー、くすくす』

 

 アーハッハハハ。

 盛大に笑い転げる旭。

 途端、若葉の顔に青筋が走り、

 

『なんだよ、何か文句あるのかよぉ。えぇ?』

『へ!? い、いや、これはそのっ。姉様では、男の人を幸せに出来ないというか、何というかっ!』

『ふーん、つまり、私のことを馬鹿にしてると?』

『滅相もございません! 何も馬鹿になんて! 俺はただ事実を……』

『やっぱりさっきからしてるじゃ無いか! このアホ!』

『うわあああ!』

 

 怒った若葉が飛びかかり、旭は溜まらず、ぴゅーと中庭に逃げていく。

 その後を若葉は追いかけて……。

 

 それは懐かしい、かつての姉弟の思い出の一つだ。彼らはしょっちゅう、こうやって喧嘩していて、大人になってからも関係性は変わらず、でもいつもとても仲が良かった。

 そんな弟の元に帰りたがっていたのに、若葉は帰れなかったのだ。

 無残にも殺されて、昔からの夢も叶えられず。

 一番大切にしていた誇りさえも奪われた。

 

(こんなことがあって良い訳がない。本当にどうしてこうなってしまったんじゃ……)

 

 冥加の胸に、怒りと悲しみの感情が満ちる。

 四方や水面、旭のことも考えると、余計に来るものがあった。

 

「貴方にこのことをお話ししたのは、純粋に今でも納得出来ていないからです。私は許せないんですよ、この結果が」

 

 沈んだ表情を浮かべる冥加に、側仕えはそう言った。

 

「だって、あの方は私にとても良くしてくださった。今の恋人にも会わせてくれた。沢山の幸せをくれたのです。あの方は生きて幸せにならなきゃいけない人だった。それなのに、人質を取られて、私は何も守れず……今でも城主様に逆らえないのです。だからせめて、若葉様のお知り合いである貴方にでも、彼女の生きた証を託したいのです。どうか若葉様の弟様にこのことをお伝えください。お願いします」

「……」

 

 頭を下げる側仕え。

 その言葉を聞き、冥加は彼の無念を強く感じ取った。

 すぐに頷き、託された物を大切にすると誓う。

 

「分かった。このことは必ず、弟の旭に伝える」

「……ありがとうございます。冥加様」

 

 側仕えは顔を上げ、ほっとした様に礼を言った。

 冥加もまた、若葉について教えてくれたことに感謝を伝える。

 そして、決意を秘め、自分で言ったことを確実に実行するべく、再び旅に出るのだった。

 

 しかし。

 ここで一つ、冥加は致命的な見落としをしていた。

 実はすぐ側、隠れる様に一匹の小さな蛇がいたのだ。

 その蛇は既に箱の大妖怪の妖力に侵食され、正気ではなかったが、側仕えの話をすべて聞いていた。

 当然、心の中は憎しみと悲しみ、怒りで一杯だ。

 

 彼女は冥加が居なくなってすぐ、側仕えに接触した。

 囁いたのは、“ある行為”への誘い。

 それは側仕えの後悔を刺激し、彼を頷かせる。

 やがて話は側仕えの恋人から、友人、知り合いへと広がり、若葉を愛する者達全員が共有した。

 彼らは皆、蛇の協力者となった。

 その結果――蛇は海辺の国にある、東の林檎の大樹を発見。

 三匹の妖怪が残し、唯一帰ってきた部位である若葉の右腕を捧げることで、大樹の妖力をすべて強奪し、枯死させたのであった。

 そして、同時期。

 西の内陸の国にて、同じように生えていた林檎の大樹が枯れた。

 捧げられたのは左足。

 枯死させたのは、あろうことか、虎の妖怪。

 彼は蛇と同じように箱の大妖怪の妖力に侵食され、虚な瞳をしていたのだった。

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