時系列は四話以降辺り?になります。
雨がシトシトと降っていた。
通り雨だろうか。しばらく止みそうにもない。
「うーん、困ったねえ」
「まあ、元々遅くなる予定でしたけどね」
なんて、理玖ととわは荷物を下ろしながら話し合う。
既に二人はお堂の中だった。
雨の臭いがしたので、降り始める前に避難したのだ。勝手に入り込んで罰が当たりそうだが、廃墟になってしまっているので、文句は誰にも言われないだろう。
それに理玖の言う通り、今回の妖怪退治はなかなかの遠出だった。
時間も遅いし、野宿するより断然マシだ。
ちなみにりおんはかごめ達の元にお泊まり……もとい遊びに出掛けている。面白がっているのか、度々二人は一緒に居させられるのだった。
……と、そんなことはさておき、そろそろ食事の時間である。
とわのお腹がくぅと可愛らしく鳴った。それを理玖がカラカラと笑い、とわは少し拗ねるみたいな顔をする。
理玖は笑顔を崩さずに、「すいやせん、すいやせん」なんてテキトーみたいな返事を返し、荷物の中から鍋を取り出す。
現代から折り畳み式の簡易鍋だ。機能性抜群で万能なので、皆に愛用されている。
「量は少ないですけど、今日はこれにしやしょうか」
そう言って理玖が再び取り出したのは、一本の縄だった。
芋がら縄。戦国時代のレーション、謂わば野戦食だ。この時代では一般的で広く用いられた。
それを必要分切って中に投入。囲炉裏があったのでそこに鍋をかけ、理玖が耳飾りを弾くと容器に水が満たされる。
そのまま妖術で一気に沸騰させても良かったが、それではあまり美味しくならない。素直に火打石で火をつけ、コトコトと煮ることにする。味噌が溶け出してきたら、他に持ってきた調味料(奇跡的に残っていた日持ちする奴)や具材(これも奇跡的に残っていた日持ちする奴)で味を整える。
「……」
その様子をとわはじっと見ていた。
料理をしているのは理玖だ。この前、諸事情あって手料理を振る舞ったのだが、そのお礼だと言う。
ちょっと罪悪感を感じるが、その手際の良さには感嘆する。
理玖は案外家庭的なのかもしれない。
(……こういうの良いなあ)
知らない一面を知れて、ちょっと嬉しいとわである。
彼女は自分が気づかぬうちに上機嫌になっていて、穴が開くぐらい理玖を眺めていた。が、何を勘違いしたのか、こちらをじっと見ている視線に理玖は顔を曇らせる。
「やっぱりとわ様にとっては複雑ですかね」
「え? 何の話?」
「いえ、中身が芋がら縄なので。こういう時、現代……とわ様が持ってきたもので済ませていたのでしょう? ……寂しい思いをなさっているのではと、思いやした」
「……」
確かにそう言われれるとそうかもしれない。
もう現代から持ってきた主な食料品類はなくなっていて、今使っている鍋もその内ガタはくるだろう。少しずつ、少しずつ、とわが戦国時代に馴染む程に、身の回りの現代の品は減っていく。それは二度と帰れぬ故郷との距離の差だ。
辛くはないのか、と理玖は聞いているわけだ。
その気遣いに、とわは小さく笑った。
理玖の暖かな気持ちが、嬉しかった。
「……寂しいけど、辛くはないよ」
とわは答えた。今の正直な気持ち。
本当に寂しいが、辛くはない。
「だって皆――理玖も一緒にいてくれるじゃないか。こっちにいなきゃ手にできないものもあるよ」
「……」
「こうして、理玖の手料理も食べる機会もなくなっちゃうしね」
そう言えば、理玖はその言葉にハッとしたような気がした。
そうして余計なことを言ってしまったと、そう考えているような顔にもなって、だが、次には微笑んでくれたのだ。
「とわ様、ありがとうございやす」なんてお礼まで言って。
それから、
「簡単なものですけど、腕に寄りを振るったので食べて下さい。初めてですから気合を入れやした」
理玖は準備してきたお椀に味噌汁をよそってくれた。後のおかずは村人からもらったおにぎりだ。素朴な味わい。
そして、味噌汁はとてもとても優しい味がした。理玖らしい……真心に満ちた味。
現代と比べると、些か見劣りする食事かもしれない。
だが、そこに込められた暖かな気持ちは何も変わらないのだ。
何も変わらない。だから、とわにとっては最高に美味しい。何より理玖が作れってくれたという一点だけで、とわは喜んでいた。
と、そこで喉の渇きがあることに気づく。
水が飲みたい。思わず、理玖が持ってる竹筒を見てしまう。すると理玖が気遣って進めた。
「お先に良いですよ、とわ様」
しかし、とわは首を振る。
「理玖からで良いよ」
「そうですかい?」
それならまあ、と理玖は竹筒に口をつけてから水を飲む。手渡され、続いてとわも水を飲んだ。直後に、違和感に気付いた。
「ん?」
ちょっと待て。自分は今何をした?
理玖が飲んだものを、自分も同じように口をつけて――
「!?」
ボワんととわの顔が真っ赤になった。
間接のキス。今のは完全に間接キスだったのだ!
(ど、どうしよう……)
やらかした!! という羞恥の思いと、よく分からないがポワポワした思いがごちゃ混ぜになった。が、理玖は平然としている。どころか、料理を食べ終わったので後片付けをしていた。
……当たり前だろう。
そもそも間接キスなどという文化はなく。飲み回しを忌避するような感覚もこの時代にはない。
事実、この時期に花開いた茶道の礼儀として飲み回しは当たり前のように出てくるのだ。理玖としては普通の行動取ったに過ぎない。
「どうかしやした?」
そんなもんもんとしているとわに、理玖が不思議そうに聞いてくる。
とわは「何でもない、何でもない!!」と妙に大声で答えた。
再び訝しげな理玖の顔。今日のとわは変だとか思われてるかもしれない。こっちは間接キスの件でドキドキしっぱなしだというのに。そのせいで、理玖のことを意識してしまうのも仕方がないだろう。なんせとわ理玖のことを――
「さて、そろそろ寝やしょうか。二人分、ちゃんと寝具は用意してきやしたから」
「あ、うん……うん?」
二人分。二人きり。
それで今更のように思う。そう言えばこの状況、初めてなのでは?
(ま、前はりおんがいたから……)
それが今は二人きり。こんな狭い部屋で二人きり。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
「?」
だが、理玖はやっぱり不思議そうだった。
一方でとわは、ちゃんと寝れるのだろうか、と不安でいっぱいになっていた。
しかし、ただ一つ言えるのは。
(間接キスを理玖が知らなくて良かった)
そうじゃないとどうなっていたことか。
恥ずかしさのあまり、とわは改めてどうしようと心の底から思った。
――そして雨はしばらくやみそうになく、夜もこれから長そうだった。