遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 九話 中編

「――人攫い?」

「困ったことに、近頃頻発しておりまして」

 

 山下の村だった。

 夕暮れの空、一番立派な家の庭で、村長と僧達が話していた。

 中でも老齢の僧は、何人もの弟子を連れた、有名な高僧だった。その力は絶大で、幾度となく妖怪を退け、人々を救ってきたという。噂を聞きつけた村長に、今日この村に呼ばれたばかりだった。

 

「具体的な話を聞かせてもらおうか」

 

 老齢の僧は、しがわれても尚低く、威厳にも満ちた声で聞いた。

 村長はやけにへこへこしながら、へえ、と頷いた。

 

「あれは、もう数十日も前のことにございます。わたくし、山菜を取りに山に登っていますと、とある光景を目撃しました。長い袖に、ボロボロの衣を着た若い男が、妖怪と対峙していたのです。暗がりでしたのでよく見えませんでしたが、そいつは左目がぼうと……青く輝いておりました」

「ほう、青くな……」

 

 老齢の僧は、顎に手を当て、考えるように呟く。

 弟子の一人が、思い出したように言った。

 

「お師匠様。青い目となりますと、眼輪天という妖怪がございますな」

「……眼輪天?」

「あらゆる瞳術を扱うとされる、目の妖怪ですよ。灯火に無数の目が宿っており、人間の魂を好んで食うのです。暗がりで青く光るのは、その妖怪の最大の特徴。逆に白濁してる場合は、弱体化してる証だとか……」

「だが見た目は若い男なのだろう? しかも片目のみ。そんな一部分が変化してる妖怪など聞いたこともない」

 

 弟子の僧達は、妙だ、妙だと、ヒソヒソと話し合っていた。

 唯一、老齢の僧だけが、やけに神妙な顔をしている。

 彼はその表情のままに、村長に話の続きを促した。

 

「それでだ。その若い男はどうした?」

「はい。そやつ、不思議な箱を持っておりまして、そこから影の触手が出た途端、中にまで引き摺り込んで、妖怪を丸呑みにしたのでございます。一瞬でございました」

「ふむ……箱の……」

「他にも多数の目撃談が。巨大な狼に変化した、式神を操っていた、などなど。元からここにいた訳でなく、三年程前に住み着いたのですが……どうもここ最近、人の味を覚えたようでございます。野武士の死体が食い荒らされておりました。そしてこの村民も次々と攫われ、時には骨になって帰ってくる始末。賞金首にかけましたが、それも悉く返り討ち。……とてもどうにかなる相手ではありませぬ」

「おお……」

「それはなんと恐ろしい……」

 

 弟子達が震え上がる。彼らはまだ若い僧で、未熟者だったのだ。そのため自信がなく、顔を見合わせ不安がっていた。

 すると、老齢の僧の片眉が上がった――「何を狼狽えておる、弟子達よ」

 

「妖は滅すべき存在。どんな者であれ臆してはならぬ。修行が足りぬぞ、お前達」

「す、すみません……お師匠様!」

 

 弟子達は一斉に謝る。

 老齢の僧は溜息を吐き、この先のことを思って、頭痛に苛まれた。しかしこの弟子達を引き連れてきたのは自身だ。仕方がない……と諦め、視線を村長に移し、気になっていたことを指摘する。

 

「村の長よ。何故、その妖怪が諸悪の根源であるとお思いになったのだ? 理由は?」

「理由と申しますと……?」

「そなたの話からは、まるで根拠が見えて来ぬのだ。どうして人攫いと、青い目の妖怪とに、繋がりがあると思った」

「それは……」

 

 村長は最もな意見を聞いて、自分の説明不足だったことを自覚する。

「すみませぬ」と、すぐに一言謝り、

 

「その青い目の妖怪が、人攫いの現場近くに、よく現れるからにございます。目撃談も、人攫いが起きてから急に……何らかの関与があること、間違いなく」

「成る程。それならば納得のいくお話だな」

 

 老齢の僧は頷いた。

 弟子達の顔を見渡し、重く言い聞かせるように言う。

 

「弟子達よ。村の長が言うた通りだ。気を引き締めて、人攫いの妖怪を滅せよ。失敗は許されぬ、良いな?」

「はい、お師匠様」

 

 村長に頭を下げ、高僧達は村の外へと向かっていった。これからは妖怪退治、誰もが気を引き締めて錫杖を握る。

 と、出口の途中、何人かの弟子に、老齢の僧は残るように指示した。何故だ、と当然皆はびっくりする。それに老齢の僧は答えるのだった。

 

「どうもあの村、きな臭いのだ。杞憂かもしれんが、何かあるかもしれん。……妖怪はいつだって、我ら人間を欺こうとするのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とわに備わった犬妖怪の嗅覚。

 それはかなり鋭敏で、結構正確に遠くの場所からも臭いを捉えられる。その感覚に従うと、一キロ程先で血の臭いがある。それに混じるように不思議な香り――血の臭いは複数かもしれない……と、とわは言った。

 

「しかもなんか、その後で凄い物音がしたんだ。もしかしたら何かあったのかも。――理玖」

「はい、とわ様」

 

 危険はあるが、人が巻き込まれたりしたら大変だ。

 二人は速やかにその場から移動した。

 

 迷うことなく、とわが前に出て先導するよう歩いていく。その可憐な見た目とは裏腹に、半妖の脚力は伊達でない。かなり身軽に、ひょいひょいと入り組んだ道を進んでいる。しかし理玖も大妖怪の分身。難なく彼女を追い続けていた。

 そして彼らは、人間離れしたスピードで持って、目的地へ辿り着く。正確に言うと、“目標物”が見える位置に着いたといったところか。

 そこは山の中腹だった。

 下がよく見え、目立たないところにあった“それ”も視認出来――

 

「な……これは……」

「……」

 

 二人は絶句して言葉を失った。

 こっそり辺りの木に隠れながら覗く。

 岩影の洞穴だったろう場所。その近くで倒れる、妖怪達の死骸があった。

 数は四匹。全身の肌が緑で、手には鋭利な爪がある。ドテッとした下腹が出るほど太った肉体には、皮の衣類のみが巻き付けられていた。

 恐らく小妖怪……なのだろうか。皆、全身の穴という穴から血を噴き出し倒れている。相当苦しんだのか、中には涎を垂らしたり、白目になってる個体もいた。

 

「まだ臭いが新しい。つい数十分ぐらいまで、あの妖怪達は生きてたんだ」

「しかし、ここで一体何が。……一応、確認してみやす?」

「うん」

 

 理玖ととわは斜面を降り、岩影の洞窟へと向かった。

 ここまでくると、とわでなくても充満する血の臭いが分かる。思わず顔を顰めるぐらい酷い臭いだ。そしてその中、異物のように混じる、妙な甘い香り。

 ……これは香炉のものだ。間違いないと、理玖は確信する。入れ物は回収したらしいが、まだ臭いの痕跡は、はっきりと残っていた。

 

「ね、見てよ」

 

 ふと、何かに気づいたのだろう。

 とわが理玖を呼び、転がる妖怪を指した。

 理玖は釣られるように確認する。

 見ればその首元には何か、細長い針みたいなものが刺さっていた。

 

「……これって、矢?」

 

 とわが首を傾げて呟く。

「そうでしょうね」理玖はそれを肯定した。

 

「見た感じ吹き矢のものです。先に毒でも塗って、それで妖怪達を殺したのかと」

「……そういえば昔、もろはが言ってた気がする。ここらには、妖毒を溜め込む畜毒鳥っていう妖怪がいるんだって。そいつの爪に切り裂かれると、二、三日で全身の穴から血が噴き出てしまうらしくて……」

 

 とわは死体の全身を見るように目を動かし、

 

「これ、その症状と同じようになってるよね」

「ですが、とわ様の言ったことと合わせても、時間から察するに即効性です。毒をそのまま使用した訳じゃないみたいですね」

「というと?」

「この毒はですね、五つの特殊な妖草と混ぜることで、効き目を早くさせることが出来るのですよ。ただ、調合は恐ろしく難しいみたいです。繊細な技術と長い経験……それこそ十年、二十年では身に付かんものです。その時間は最低でも――百年」

「ひ……百年?」

 

 その途方もない時間の長さに、とわがびっくしりたように聞き返す。理玖は「嘘ではないですよ」としゃがみ、地面に指を擦り付ける。離すと、その表面には黄色い粉末がついていた。ピリピリとした感触がある。

 

「よく辺りを見て下さい、とわ様」

「あ――」

 

 とわは言われた通り辺りを見渡し、ハッとなる。

 そう。地面にはうっすらと、理玖の指についた黄色い粉末と同じ粉が散らばっていたのだ。

 

「それ、この妖怪に刺さってる矢と、すごく臭いが似ている気が……」

「偶然ではありやせんよ。これは痺れ粉。先程話した特殊な妖草は、本来この用途で使用されることが多いのですよ。そしてこの薬を作るのにも、相応の腕がいる。香炉もそうです……」

 

 つまり導き出される結論は一つしかない。

 矢の毒、痺れ粉、香炉。すべて調合したのは同じ人物だ。

 そいつはまず香炉で小妖怪を誘い出し、痺れ粉を散布することで動きを阻害、その隙に吹き矢で……という感じで小妖怪達を殺したのろう。洞穴は下ってきた中腹から丸見えだったし、不可能ではないはずだ。

 

(しかし、やり方がまどろっこしい。相手は何者だ……?)

 

「とわ様、矢の持ち主の臭いは分かりますか?」

「ちょっと待って」

 

 理玖に言われずとも、とわは既に犬みたいにふんふんと鼻を鳴らし、空気中に残った臭いを嗅ぎわけていた。

 そして、しばらくしてから一瞬、妙に不思議そうな顔をしたものの、彼女はこの様々な臭いが充満する中でも迷わず、すぐに右斜めの方向へ……鬱蒼とした茂みの方へ顔を向ける。

 

「こっちだよ」

 

 二人は最初の時みたいに、臭いがする方角へ向けて歩き出した。鬱陶しい草木を掻き分け、なんとか外に出ると、大きな獣道が広がっている。

 ……が、またしても異常な光景があった。

 今度はぽっかりと、大きな大きな落とし穴があったのだ。底にはびっしりと剣山が並び、今度は四匹どころか十匹は餌食になっている。他にも先を進んで辺りを調べてみると、網だったり、トラバサミみたいなものだったり、ぽんぽんと罠が見つかった。そのいくつかには、引っかかったと思わしき小妖怪の死骸がある。

 

「……これも、矢の持ち主が作ったものですかね」

「きっとそうだよ。……そっか。物音って、罠が作動した音だったんだね」

 

 とわが一人、納得したように呟く。

 理玖は顎に手を当てて考えた。

 状況から見るに、矢の持ち主は小妖怪を全滅させる気で殺している。相当な手の込みようだ。しかし、やっぱり、やり方が周りくどい。それ程力が弱いのか、はたまた――

 

「……!!」

 

 その時だった。

 気配と共に、ヒュン……! という風を切る音が聞こえた。

 理玖は咄嗟に、とわを庇うように倒れさせる。

 

「……!! 理玖!?」

 

 とわが驚いた様に声を上げる。

 理玖は険しい表情のまま、視線を動かした。

 

「……っ」

 

 すぐ側の木の幹、とわの頭があった位置に、銀色の矢――あの小妖怪を殺した矢が刺さっていた。

 狙いは随分と正確だ。……相手は本気で殺意を持っている。その証拠か、強く警戒心に満ちた視線がこちらを射抜いている。

 

「この臭い……」

 

 とわはハッとしたように、気配のする方へ顔を上げる。そこはちょうど、背の高い草むらで覆われている場所だった。相手の姿を伺うことは出来ない。

 理玖もそちらに目をやると、とわを攻撃されたことへの怒りから、般若の如き形相で睨みつける。

 

「お前、なんのつもりだ。いきなりおいらのとわ様を狙うなんざ、只じゃおかねえ。覚悟は出来てるんだろうなァ……!!」

「……それはこちらの台詞だ」

 

 すると、返事が返ってきた。

 くぐもった若い男の声だ。妙にボソボソとした話し方で、辿々しく喋る。

 

「お前らこそ……なんのつもりで、ここに来たのだ……。もしかして、“奴ら”の仲間……なのか?」

「……“奴ら”?」

「惚けているのか……? お前ら……俺を殺しにきたんだろう?」

「え、ち、違う! 違います!」

 

 とわが慌てて否定する。

 だが、相手は信じられないらしい。

 視線はより一層敵意を丸出しにしていて――「……さっきのは警告だ」

 

「俺は今、非常に忙しい。こんなことをしてる暇もない程に忙しいのだ。これ以上は迷惑だ……出て行ってくれ……。聞き入れなければ、さっきのよりも痛い奴で殺す。……俺は本気で言っている」

 

 最後の方、やけにはっきりとそう言って、相手は“それ”を構えた。ジャコリ、と無骨な金属音が響いた。

 わざと見せつけてるのだろう。火縄銃の銃身が、草むらの影から伸びていた。本人の言う通り、矢より厄介な代物かもしれない。

 

「……とわ様」

 

 理玖は耳飾りを弾くと、実体化させたカトラスを持ち、とわを守る様、彼女の前に立った。危険に晒す訳にはいかないと焦ったのだ。

 ……が、しかし。

 とわは喋らず、それを手で制して、理玖を下がらせた。何やら気掛かりでもある様な目だ。

 

「とわ様……?」

 

 理玖は驚き、先程とは違う別の感情で、とわの名を呟く。何が何やら分からない。

 でも白銀の少女は立ち上がると、真剣な表情で草むらをじっと見つめていた。本当に……本当に長い間。

 そんなんだから、相手から怪訝そう雰囲気が伝わってきた。それと少し、怯えの感情も。

 やがて少し経った頃、意を決したようにとわは聞いた。

 

「貴方は妖怪ではなく、人間ですか?」

「……っ!?」

 

 びくり、と銃身がぶれた。明らかに動揺している。

 理玖も少し、目を見開いていた。てっきりその調合の腕前から、妖怪か何かだと思っていたからだ。

 

「く……!!」

 

 相手は何故か、人間だとバレたくなかったらしい。

 酷く焦った様子で、即座に銃の引き金を引こうとした。

 しかし、その直前、

 

「待ってください!」

 

 とわが叫ぶ。

 

「私達は何もしません! 信じてください!」

「…………。それを素直に信じる馬鹿が何処にいる……。寝言は寝てから言うものだ……娘さん」

「……っ、で、でも、私達は血の臭いがしたから、確認しに来ただけで、何も知らずにここに来たんです。貴方に危害を加える意志はありません。本当です」

「しかし……そっちの連れの方は、そういう感じではなさそうだが?」

「……」

 

 相手が指摘した通り、理玖の目は鋭いままであった。

 銃を向けられてる以上、そして相手に発砲する意思がある以上、こちらも警戒心を解くわけにいかなかったのだ。

 理玖はカトラスを草むらへ向けつつ、とわへ聞く。

 

「どういうことですか、とわ様。相手が人間だなんて」

「どう確認しても臭いがそうなんだよ」

 

 とわも信じられないような口調で言う。

 

「最初は気のせいかなって思ったけど、こうして会ったらはっき分かった。実際はただ誤魔化してるだけ。妖怪の皮を身に付けてるだけなんだ。……妖気もしないし、間違いなくこの人は人間だよ」

「……」

 

 その告げられた言葉を聞いて、銃の持ち主は固まっていた。逡巡するように沈黙している。

 理玖は、自分の考えが間違っていたどうかを確認するべく、相手に問いかけた。

 

「お前、矢の毒や痺れ粉を調合した奴じゃないのか? 何で扱うことが出来ている。特にあの香炉。あんなの、ただの人間が買い付けられる代物じゃねえよ。それぐらいあの技術は……」

「――そこまで調べていたのか」

 

 相手が少し、びっくりしたような口調で反応した。

 まさかそこまで見抜かれてるとは思っていなかったらしい。

 一つ溜息をして、

 

「……少ししか経っていないはずだがな。よくもまあ、そんな短時間で気づいたものよ」

 

 そして、ボソボソと、しかし驚くぐらい投げやりに、あっさりと答えてくれた。

 

「そうだよ……お前の言う通り、別にどっかから入手したとか……そういうものではない。……アレは、俺が作ったものだ。……俺が毒も痺れ粉も、香炉も用意した」

「ならば、本当に貴方は一体……」

 

 とわがますます困惑したように呟く。

 理玖としても、訳が分からない気持ちだ。しかしここまでくると、少し思い当たることがある。……それを考えると色々と合点もいくのだ。

 

 と、ここで相手の方からも質問があった。

 

「お前らこそ何者なのだ……両者とも人間ではないな? 娘さんは臭いがどうの言ってるし、そっちの旦那は旦那で、妙な剣、呼び出してるし……ていうかよく見たらそれ、“カトラス”というか奴だな? そうだな?」

「ああ。……それが何だよ」

「いや何、珍しいと思うてな。まさか、かように珍しき舶来品を目にするとは……」

 

 小さいが、心なしか興奮して震えた声だった。

 やがて、はあ、はあ……という息遣いと、「やばい。頬擦りして触りたい……飾りたい」という言葉も聞こえてくる。

 思わず理玖ととわが引くと、その直後に相手はハッとし、

 

「す、すまぬ。つい、感動してしまい。ご不快にさせてしまっただろうか」

「いや……別にそんな……」

「そうか。それは良かった……って、ごほん!!」

 

 ようやく普通に会話をしてしまった事実に気づいたらしい。恥ずかしさを誤魔化すように、相手は大袈裟に咳払いをした。消えていた敵意は、再度剥き出しである。若干、先程より和らいだのは、気のせいではないかもしれないが……、

 

(もしかして、こいつって、案外――)

 

「で、でだ……。二度目だが、お前らは何者なのだ。……俺の敵でないと言うのなら、まずは名を名乗って欲しい」

 

 気を取り直すように、声はそう聞いてくる。

 とわはこくりと頷き、理玖の分まで紹介した。

 

「私はとわです。こちらは理玖。貴方の名前は?」

「では……“夕凪”と名乗らせてもらおう」

「夕凪?」

「……丁度良いのが、思いつかなかったのでな。……昔、姉が考えた名から、拝借させてもらった……すまんが、本名は名乗れん」

「そこまでして素性を隠してえのか?」

「……追われてる立場なのでね」

「それだけが理由じゃないだろ」

 

 理玖は重たい声で言った。

 思いついた可能性は、最早確信に変わっている。

 

「百年の経験、なのに人間の姿、毒や罠をわざわざ使うやり方……それらが矛盾なく合致する条件、正体は、恐らくとわ様と同じ半妖しか有り得ない。即ち、示される答えは一つ――月の終わり、この今日の夕刻こそが、お前にとって、妖力がなくなる日なんだろう? だから力を補うために毒を使ったり、無駄に正体を隠したがってたりしてる。違うか、夕凪」

「……!」

 

 とわの息を飲む音が聞こえる。

 それもそうだろう。彼女にとって、数少ない半妖との遭遇なのだから。本当なのか、と目で質問している。

 夕凪は肯定も否定もしなかった。

 ただ、ガタリと銃身が下がり、続いて、紐を結ぶような音がする。……銃を身につけるなり何なりしたらしい。そして、何を思ったのか。

 

「少しの情報だけでこれとは。随分と頭の回転が良い。ならば、これ以上隠れても意味がないのだな。……分かった。事情を話すとしよう」

 

 そう呟き、相手は草むらから出てきた。

 

 思ったより小柄な人物だった。

 平均的な少女の背丈より少し高いくらい。やはり紐のようなもので、背中に銃をくくりつけている。

 そしてとわに言われた通り、黒い妖怪の皮を身に纏っていた。袖や下の着物すら分からないほど毛深い。そのせいで体型も分からず、ずんぐりむっくりに見える。

 しかし一番目につくのが、その頭だった。何やら龍の頭蓋骨のようなものを被っていて、顔を隠しているのだ。口は少し開いているので、そこから吹き矢の筒を差し込んのかもしれない(影となっているため、そこから表情を伺うことなど出来ないが)。

 一体全体、どんな化け物だと言いたくなるくらい、変な格好をしていた。

 

「……えと」

 

 とわが少しばかり、戸惑ったようなリアクションをする。顔は見えないが、夕凪から苦笑するような気配がした。

 

「……言いたいことは分かる。が、人間になる日に関わらず、非力なのでな……。普段から防具代わりに、こういう格好をしている……許されよ」

「いや、そうは言われてもな……」

 

 理玖もとわ同様、反応に困る。

 格好が珍妙過ぎて何とも言えないのだ。

 人差し指で頬を掻き、実体化させたカトラスを消し、

 

「ならせめて、骨ぐらいは取ってくれねえか? 顔が見えねえと話し辛いんだ」

「……出来ん。晒したくない」

 

 しかし、思ったより、はっきりとした拒絶が返ってきた。

 

「言っただろう、追われてる立場だと……。今までの非礼は詫びるし、貴方達を信用すると決めたが……それは信用であって、信頼ではないのだ……俺は貴方達を、完璧には信じられん……」

「それは、今まで迫害されてきたからですか?」

「……、言わずとも分かっているだろう……。そこの旦那の言う通り……貴女も同じ半妖だというのなら……。大体、こうして人間だとバラしてること自体、結構危ういものだしな……」

 

 夕凪は乾いた声で、そう返した。

 とわはハッとしたように何も言えなくなる。

 

「後……多分外したら喋れんくなる」

「は?」

「じ、実は言うと、結構な人見知りなのだ……慣れたらそうでもないが、初対面の相手とは、どうも……」

 

 夕凪は相変わらず、あうあうと、辿々しい喋り方で説明する。どうやら本当に気弱な性格らしい。半妖という出自故、他者から傷つけられてきたのか、対人恐怖症にもでなっているのかもしれない。

 理玖はしょうがねえなあ、とため息をついた。こうなったら無理なことは言えなくなる。

 

「た、助かる……礼を言う」

 

 夕凪はほっとしたように息をついた。

 

「それで、お前はこんなところでどうして、小妖怪達を?」

「……うむ。では、歩きながらで良いか? 本当に切羽詰まった状況なのでな……」

 

 言って、夕凪は先へ進み始めた。とわと理玖もついていく。彼は沈痛な口調で話し始めた。

 

「この山の麓にはな、村があるんだ。……割と大きな村だ。城下町とも繋がってる。……そこで最近……人攫いが多数発生しているのだ」

「人攫い?」

「原因は……まあ、さっきの小妖怪達だ。野武士を食らったことで、どうも味を覚えたらしい……度々食料として、人を襲ってる。もう十五人は食われたかな」

「……そんなに」

「酷い話だろ。しかも調べたところによると、小妖怪達は、今のままでは満足できんと、ここ数日、動きを活発化させているらしい……。今夜は、その作戦の決行日、人里を襲う日なのだ……下手したら村が全滅する」

「……!」

 

 理玖ととわは瞠目、顔を見合わせる。

 何やらとんでもない話になってきた。

 

「夕凪さんは、人間を守るために、小妖怪達を殺していたんですね……」

「然り。数十日前から調べ、罠を張っていた」

 

 夕凪が肯首する。

 

「……だが掴めたのは、複数の巣の情報。奴らの名は群親鬼……大元となる親がいて、子が手足としてそれに従うという、蟻が如き生態をしている妖怪だ。……彼らは親を隠し、その周りに巣を作って縄張りを広げる連中でな……そのため巣の情報があっても、どれが本丸なのかさっぱり分からんのだ。一応、外れはないと思うので、大きなものから片っ端に潰してたところだが……」

 

 その道中で引き返したところ、偶然とわ達と会った、という感じらしい。夕凪が焦っていたのも無理はない話だ。

 

「しかし、ならば追われてる身とは、どういう? それに半妖なんだろ? わざわざ人間になる日に危険を犯しまで、人里を救う理由が何処に……」

「――あるのだ。これは誇りの話だ」

 

 夕凪は、彼らしからぬ強い口調で言った。

 鬼気迫るものさえある。理玖ととわが、一瞬圧されるくらいに。そうしてとわを見つめ、重苦しそうな口を開いて、話す。

 

「俺には……娘がいた」

「娘?」

 

 とわが聞き返す。

「……かれこれ三年前の話だ」と、夕凪は答えた。

 

「日和という名でな……、生まれて間も無く死んだのだ……。そして、それをきっかけに、嫁も出て行ってしまったよ――人生の大半を一緒に過ごしたのにな」

「……そんなことが」

「まあ、そういう訳でな……俺に残されたのは、姉と娘の墓だけになった……娘の墓だけが、俺にとって本当の宝物だ。……その墓にな、ある時、麓の村に住む女の子が、花を置いてくれたんだ。半妖の娘の墓にな……」

「え――つまりそれが、人里を助ける理由かよ……?」

 

 理玖は信じられず、唖然としてしまった。

 まさか……まさか、たったそれだけのことで、この半妖は危険を冒していたのか……。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。

 隣でとわもびっくりしている。

 

 その二人の様子を見て、ふん……と夕凪は鼻を鳴らした。

 

「普通は下らなく思えるのだろうな。だがな……俺の娘は半妖なのだ。誰もその死を悲しんでくれたりしないのだ。……だからこそ、俺は嬉しかったし……、忌み嫌らわれてきたからこそ……居場所がなかったからこそ…… たとえそれがちっぽけなものだったとしても、受けた恩は、出来うる限りに返さねばならぬと思っている。それが俺の矜持……命と同じくらい大事な誇りだ。……損なったとあらば、俺は何のために、姉様の帰りを待っている……このまま隠れたところで、姉様に顔向けなど出来ん……」

「……夕凪さん」

「だが……それを邪魔するよう……下衆が現れたのだ。どうも、俺が妖力を使ってたのを、村の連中に見られてたらしい……賞金首にかけられ、ほとほと参っている」

「それが追われている理由……? それでも村人達を助けるんですか?」

「奴らのためではない……。俺が助けたいのは、あの女の子……ただ一人だけだ」

 

 吐き捨てるような、でも覚悟を決めたような言い方でもあった。

 気弱なのに意外と頑固なのか、不器用なのか。なんにせよ、彼の意志というのは固いらしい。

 まあそれにしても、随分と生きるのが下手くそだという印象は受けたが。そんなことに拘わらない方が、もっとずっと楽でいられるだろうに。

 ……けど、彼の考え方はある意味、一本筋が通っているた。彼は半妖なのに、確固たる自分を持っていたのだ。

 

「……」

 

 そんな彼の在り方に、とわは同じ半妖として感じることでもあったのか、なにかを考えるような顔をしていた……少し複雑そうに。そして理玖も、とわを見てると、気が気でなかった。

 

「……ほら、出口だ」

 

 と、唐突に夕凪が立ち止まった。

 彼が差し締めす方角には、裏道なのか、下に続く道が続いていた。

 理玖ととわが、どういうことだと言わんばかりの顔になる。

 夕凪はきょとんとし、首を傾げた。

 

「何でそんな変な顔をしている……話せというので、事情は話しただろう。……ああ、時間を奪ったとか、罪悪感を感じる必要はないぞ。別に俺としては回り道ではないし、どうせ通らなければならない道だったので、ついででちょうど良かったのだ……安心して欲しい」

「いや、そんなことではなく……!! それよりもどうして私達を帰そうと!? 村が危ないのに!」

「? だからこそ……だろう?」

「え……」

 

 当然のように返され、とわが固まった。優しい声音で、夕凪は苦笑するみたいに言う。

 

「何も関係のない貴方方に……体よく手伝いを頼むというわけにもいかんし、危険な場所にもいかせたくない。俺は貴方方に傷ついてほしくないのさ……。そうなると……悲しいからな」

 

 お人良しな発言だった。

 夕凪は存外、優しい性格らしい。理玖はなんだか、そういう部分が気に入らなかった。

 

「だがそう言うお前は、どうなんだよ。危険なのは分かってるんだろう?」

「く……かかかっ、……この俺を、甘く見ないでもらおう……」

 

 すると、夕凪は喉を震わす、特徴的な笑い声を立てた。

 何処かで聞いた覚えのある、懐かしいものだった。

 

「……俺が何のために、罠を張る技術や、吹き矢、毒の調合を学んだと思っている。……どんな時でも、自分の意志を叶え、大切なものを守るための力を持つためだ。……ただで死にはせん。何より姉様と約束したのでな。……それと勝算がないでもない」

「……勝算が?」

「今、俺を殺すため、僧が入り込んできてる……有名な高僧だ……。そいつらが小妖怪に気づかんとは思えんのでな……この俺自身を囮に、奴らを誘き寄せ、小妖怪を殺させる……その後は――」

 

 そこから先は言葉にせず、しかし夕凪の表情は手に取るように分かる。

 きっと彼は、緊張で冷や汗をかいている。それなのに、不安を必死に隠そうとしているのだ、バレバレだというのに……やはりこいつは、不器用な奴なのもしれない、と理玖は思った。

 

「夕凪さん」

 

 とわが夕凪の名を呼んだ。

 理玖と同じ気持ちらしい。

 夕凪は先程みたいに、不思議そうにしていた。

 

「どうか手伝わせてください。やっぱり、人里が危ないなんて、ほっとけません」

「……良いのか? そりゃあ、確かに猫の手も借りたい状況ではあるが……俺は貴方方を最初、攻撃したのだぞ? そんな俺に協力するなどと……」

「そうだな。それに関しちゃ許してねえよ、ていうか許すわけないだろ。おいらのとわ様をよくも……」

「ひぃ……!?」

 

 再び湧き上がってきた怒りを察してか、夕凪が悲鳴を上げる。

 それを見たとわが腰に手を当て、理玖を嗜めた。

 

「ちょっと、理玖!」

「あ、す、すいやせん……」

 

 途端、理玖はしゅんとしたように大人しくなった。

 夕凪はおお……と歓声を上げ、その後密かに、「ううむ、とわ殿に言われた瞬間にこれか……やはり男は惚れた女子には弱いものだよな……哀れな」などと、小声で呟いた。

 そのせいで正直はっ倒したくなったし、内心、好感度がガクッと下がったが……それはそれとして、だ。

 

「お前をほったらかしておける程、おいら達は“無粋”になれねえのよ。これも何かの縁さ。こうなったら、とことん付き合うさ」

「……。かたじけない」

 

 深く深く、夕凪は頭を下げた。そうして、彼はくるりと後ろを向き、一言言ってから案内を始める。その背に、理玖ととわも付いていくのだった。

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