「――人攫い?」
「困ったことに、近頃頻発しておりまして」
山下の村だった。
夕暮れの空、一番立派な家の庭で、村長と僧達が話していた。
中でも老齢の僧は、何人もの弟子を連れた、有名な高僧だった。その力は絶大で、幾度となく妖怪を退け、人々を救ってきたという。噂を聞きつけた村長に、今日この村に呼ばれたばかりだった。
「具体的な話を聞かせてもらおうか」
老齢の僧は、しがわれても尚低く、威厳にも満ちた声で聞いた。
村長はやけにへこへこしながら、へえ、と頷いた。
「あれは、もう数十日も前のことにございます。わたくし、山菜を取りに山に登っていますと、とある光景を目撃しました。長い袖に、ボロボロの衣を着た若い男が、妖怪と対峙していたのです。暗がりでしたのでよく見えませんでしたが、そいつは左目がぼうと……青く輝いておりました」
「ほう、青くな……」
老齢の僧は、顎に手を当て、考えるように呟く。
弟子の一人が、思い出したように言った。
「お師匠様。青い目となりますと、眼輪天という妖怪がございますな」
「……眼輪天?」
「あらゆる瞳術を扱うとされる、目の妖怪ですよ。灯火に無数の目が宿っており、人間の魂を好んで食うのです。暗がりで青く光るのは、その妖怪の最大の特徴。逆に白濁してる場合は、弱体化してる証だとか……」
「だが見た目は若い男なのだろう? しかも片目のみ。そんな一部分が変化してる妖怪など聞いたこともない」
弟子の僧達は、妙だ、妙だと、ヒソヒソと話し合っていた。
唯一、老齢の僧だけが、やけに神妙な顔をしている。
彼はその表情のままに、村長に話の続きを促した。
「それでだ。その若い男はどうした?」
「はい。そやつ、不思議な箱を持っておりまして、そこから影の触手が出た途端、中にまで引き摺り込んで、妖怪を丸呑みにしたのでございます。一瞬でございました」
「ふむ……箱の……」
「他にも多数の目撃談が。巨大な狼に変化した、式神を操っていた、などなど。元からここにいた訳でなく、三年程前に住み着いたのですが……どうもここ最近、人の味を覚えたようでございます。野武士の死体が食い荒らされておりました。そしてこの村民も次々と攫われ、時には骨になって帰ってくる始末。賞金首にかけましたが、それも悉く返り討ち。……とてもどうにかなる相手ではありませぬ」
「おお……」
「それはなんと恐ろしい……」
弟子達が震え上がる。彼らはまだ若い僧で、未熟者だったのだ。そのため自信がなく、顔を見合わせ不安がっていた。
すると、老齢の僧の片眉が上がった――「何を狼狽えておる、弟子達よ」
「妖は滅すべき存在。どんな者であれ臆してはならぬ。修行が足りぬぞ、お前達」
「す、すみません……お師匠様!」
弟子達は一斉に謝る。
老齢の僧は溜息を吐き、この先のことを思って、頭痛に苛まれた。しかしこの弟子達を引き連れてきたのは自身だ。仕方がない……と諦め、視線を村長に移し、気になっていたことを指摘する。
「村の長よ。何故、その妖怪が諸悪の根源であるとお思いになったのだ? 理由は?」
「理由と申しますと……?」
「そなたの話からは、まるで根拠が見えて来ぬのだ。どうして人攫いと、青い目の妖怪とに、繋がりがあると思った」
「それは……」
村長は最もな意見を聞いて、自分の説明不足だったことを自覚する。
「すみませぬ」と、すぐに一言謝り、
「その青い目の妖怪が、人攫いの現場近くに、よく現れるからにございます。目撃談も、人攫いが起きてから急に……何らかの関与があること、間違いなく」
「成る程。それならば納得のいくお話だな」
老齢の僧は頷いた。
弟子達の顔を見渡し、重く言い聞かせるように言う。
「弟子達よ。村の長が言うた通りだ。気を引き締めて、人攫いの妖怪を滅せよ。失敗は許されぬ、良いな?」
「はい、お師匠様」
村長に頭を下げ、高僧達は村の外へと向かっていった。これからは妖怪退治、誰もが気を引き締めて錫杖を握る。
と、出口の途中、何人かの弟子に、老齢の僧は残るように指示した。何故だ、と当然皆はびっくりする。それに老齢の僧は答えるのだった。
「どうもあの村、きな臭いのだ。杞憂かもしれんが、何かあるかもしれん。……妖怪はいつだって、我ら人間を欺こうとするのだからな」
とわに備わった犬妖怪の嗅覚。
それはかなり鋭敏で、結構正確に遠くの場所からも臭いを捉えられる。その感覚に従うと、一キロ程先で血の臭いがある。それに混じるように不思議な香り――血の臭いは複数かもしれない……と、とわは言った。
「しかもなんか、その後で凄い物音がしたんだ。もしかしたら何かあったのかも。――理玖」
「はい、とわ様」
危険はあるが、人が巻き込まれたりしたら大変だ。
二人は速やかにその場から移動した。
迷うことなく、とわが前に出て先導するよう歩いていく。その可憐な見た目とは裏腹に、半妖の脚力は伊達でない。かなり身軽に、ひょいひょいと入り組んだ道を進んでいる。しかし理玖も大妖怪の分身。難なく彼女を追い続けていた。
そして彼らは、人間離れしたスピードで持って、目的地へ辿り着く。正確に言うと、“目標物”が見える位置に着いたといったところか。
そこは山の中腹だった。
下がよく見え、目立たないところにあった“それ”も視認出来――
「な……これは……」
「……」
二人は絶句して言葉を失った。
こっそり辺りの木に隠れながら覗く。
岩影の洞穴だったろう場所。その近くで倒れる、妖怪達の死骸があった。
数は四匹。全身の肌が緑で、手には鋭利な爪がある。ドテッとした下腹が出るほど太った肉体には、皮の衣類のみが巻き付けられていた。
恐らく小妖怪……なのだろうか。皆、全身の穴という穴から血を噴き出し倒れている。相当苦しんだのか、中には涎を垂らしたり、白目になってる個体もいた。
「まだ臭いが新しい。つい数十分ぐらいまで、あの妖怪達は生きてたんだ」
「しかし、ここで一体何が。……一応、確認してみやす?」
「うん」
理玖ととわは斜面を降り、岩影の洞窟へと向かった。
ここまでくると、とわでなくても充満する血の臭いが分かる。思わず顔を顰めるぐらい酷い臭いだ。そしてその中、異物のように混じる、妙な甘い香り。
……これは香炉のものだ。間違いないと、理玖は確信する。入れ物は回収したらしいが、まだ臭いの痕跡は、はっきりと残っていた。
「ね、見てよ」
ふと、何かに気づいたのだろう。
とわが理玖を呼び、転がる妖怪を指した。
理玖は釣られるように確認する。
見ればその首元には何か、細長い針みたいなものが刺さっていた。
「……これって、矢?」
とわが首を傾げて呟く。
「そうでしょうね」理玖はそれを肯定した。
「見た感じ吹き矢のものです。先に毒でも塗って、それで妖怪達を殺したのかと」
「……そういえば昔、もろはが言ってた気がする。ここらには、妖毒を溜め込む畜毒鳥っていう妖怪がいるんだって。そいつの爪に切り裂かれると、二、三日で全身の穴から血が噴き出てしまうらしくて……」
とわは死体の全身を見るように目を動かし、
「これ、その症状と同じようになってるよね」
「ですが、とわ様の言ったことと合わせても、時間から察するに即効性です。毒をそのまま使用した訳じゃないみたいですね」
「というと?」
「この毒はですね、五つの特殊な妖草と混ぜることで、効き目を早くさせることが出来るのですよ。ただ、調合は恐ろしく難しいみたいです。繊細な技術と長い経験……それこそ十年、二十年では身に付かんものです。その時間は最低でも――百年」
「ひ……百年?」
その途方もない時間の長さに、とわがびっくしりたように聞き返す。理玖は「嘘ではないですよ」としゃがみ、地面に指を擦り付ける。離すと、その表面には黄色い粉末がついていた。ピリピリとした感触がある。
「よく辺りを見て下さい、とわ様」
「あ――」
とわは言われた通り辺りを見渡し、ハッとなる。
そう。地面にはうっすらと、理玖の指についた黄色い粉末と同じ粉が散らばっていたのだ。
「それ、この妖怪に刺さってる矢と、すごく臭いが似ている気が……」
「偶然ではありやせんよ。これは痺れ粉。先程話した特殊な妖草は、本来この用途で使用されることが多いのですよ。そしてこの薬を作るのにも、相応の腕がいる。香炉もそうです……」
つまり導き出される結論は一つしかない。
矢の毒、痺れ粉、香炉。すべて調合したのは同じ人物だ。
そいつはまず香炉で小妖怪を誘い出し、痺れ粉を散布することで動きを阻害、その隙に吹き矢で……という感じで小妖怪達を殺したのろう。洞穴は下ってきた中腹から丸見えだったし、不可能ではないはずだ。
(しかし、やり方がまどろっこしい。相手は何者だ……?)
「とわ様、矢の持ち主の臭いは分かりますか?」
「ちょっと待って」
理玖に言われずとも、とわは既に犬みたいにふんふんと鼻を鳴らし、空気中に残った臭いを嗅ぎわけていた。
そして、しばらくしてから一瞬、妙に不思議そうな顔をしたものの、彼女はこの様々な臭いが充満する中でも迷わず、すぐに右斜めの方向へ……鬱蒼とした茂みの方へ顔を向ける。
「こっちだよ」
二人は最初の時みたいに、臭いがする方角へ向けて歩き出した。鬱陶しい草木を掻き分け、なんとか外に出ると、大きな獣道が広がっている。
……が、またしても異常な光景があった。
今度はぽっかりと、大きな大きな落とし穴があったのだ。底にはびっしりと剣山が並び、今度は四匹どころか十匹は餌食になっている。他にも先を進んで辺りを調べてみると、網だったり、トラバサミみたいなものだったり、ぽんぽんと罠が見つかった。そのいくつかには、引っかかったと思わしき小妖怪の死骸がある。
「……これも、矢の持ち主が作ったものですかね」
「きっとそうだよ。……そっか。物音って、罠が作動した音だったんだね」
とわが一人、納得したように呟く。
理玖は顎に手を当てて考えた。
状況から見るに、矢の持ち主は小妖怪を全滅させる気で殺している。相当な手の込みようだ。しかし、やっぱり、やり方が周りくどい。それ程力が弱いのか、はたまた――
「……!!」
その時だった。
気配と共に、ヒュン……! という風を切る音が聞こえた。
理玖は咄嗟に、とわを庇うように倒れさせる。
「……!! 理玖!?」
とわが驚いた様に声を上げる。
理玖は険しい表情のまま、視線を動かした。
「……っ」
すぐ側の木の幹、とわの頭があった位置に、銀色の矢――あの小妖怪を殺した矢が刺さっていた。
狙いは随分と正確だ。……相手は本気で殺意を持っている。その証拠か、強く警戒心に満ちた視線がこちらを射抜いている。
「この臭い……」
とわはハッとしたように、気配のする方へ顔を上げる。そこはちょうど、背の高い草むらで覆われている場所だった。相手の姿を伺うことは出来ない。
理玖もそちらに目をやると、とわを攻撃されたことへの怒りから、般若の如き形相で睨みつける。
「お前、なんのつもりだ。いきなりおいらのとわ様を狙うなんざ、只じゃおかねえ。覚悟は出来てるんだろうなァ……!!」
「……それはこちらの台詞だ」
すると、返事が返ってきた。
くぐもった若い男の声だ。妙にボソボソとした話し方で、辿々しく喋る。
「お前らこそ……なんのつもりで、ここに来たのだ……。もしかして、“奴ら”の仲間……なのか?」
「……“奴ら”?」
「惚けているのか……? お前ら……俺を殺しにきたんだろう?」
「え、ち、違う! 違います!」
とわが慌てて否定する。
だが、相手は信じられないらしい。
視線はより一層敵意を丸出しにしていて――「……さっきのは警告だ」
「俺は今、非常に忙しい。こんなことをしてる暇もない程に忙しいのだ。これ以上は迷惑だ……出て行ってくれ……。聞き入れなければ、さっきのよりも痛い奴で殺す。……俺は本気で言っている」
最後の方、やけにはっきりとそう言って、相手は“それ”を構えた。ジャコリ、と無骨な金属音が響いた。
わざと見せつけてるのだろう。火縄銃の銃身が、草むらの影から伸びていた。本人の言う通り、矢より厄介な代物かもしれない。
「……とわ様」
理玖は耳飾りを弾くと、実体化させたカトラスを持ち、とわを守る様、彼女の前に立った。危険に晒す訳にはいかないと焦ったのだ。
……が、しかし。
とわは喋らず、それを手で制して、理玖を下がらせた。何やら気掛かりでもある様な目だ。
「とわ様……?」
理玖は驚き、先程とは違う別の感情で、とわの名を呟く。何が何やら分からない。
でも白銀の少女は立ち上がると、真剣な表情で草むらをじっと見つめていた。本当に……本当に長い間。
そんなんだから、相手から怪訝そう雰囲気が伝わってきた。それと少し、怯えの感情も。
やがて少し経った頃、意を決したようにとわは聞いた。
「貴方は妖怪ではなく、人間ですか?」
「……っ!?」
びくり、と銃身がぶれた。明らかに動揺している。
理玖も少し、目を見開いていた。てっきりその調合の腕前から、妖怪か何かだと思っていたからだ。
「く……!!」
相手は何故か、人間だとバレたくなかったらしい。
酷く焦った様子で、即座に銃の引き金を引こうとした。
しかし、その直前、
「待ってください!」
とわが叫ぶ。
「私達は何もしません! 信じてください!」
「…………。それを素直に信じる馬鹿が何処にいる……。寝言は寝てから言うものだ……娘さん」
「……っ、で、でも、私達は血の臭いがしたから、確認しに来ただけで、何も知らずにここに来たんです。貴方に危害を加える意志はありません。本当です」
「しかし……そっちの連れの方は、そういう感じではなさそうだが?」
「……」
相手が指摘した通り、理玖の目は鋭いままであった。
銃を向けられてる以上、そして相手に発砲する意思がある以上、こちらも警戒心を解くわけにいかなかったのだ。
理玖はカトラスを草むらへ向けつつ、とわへ聞く。
「どういうことですか、とわ様。相手が人間だなんて」
「どう確認しても臭いがそうなんだよ」
とわも信じられないような口調で言う。
「最初は気のせいかなって思ったけど、こうして会ったらはっき分かった。実際はただ誤魔化してるだけ。妖怪の皮を身に付けてるだけなんだ。……妖気もしないし、間違いなくこの人は人間だよ」
「……」
その告げられた言葉を聞いて、銃の持ち主は固まっていた。逡巡するように沈黙している。
理玖は、自分の考えが間違っていたどうかを確認するべく、相手に問いかけた。
「お前、矢の毒や痺れ粉を調合した奴じゃないのか? 何で扱うことが出来ている。特にあの香炉。あんなの、ただの人間が買い付けられる代物じゃねえよ。それぐらいあの技術は……」
「――そこまで調べていたのか」
相手が少し、びっくりしたような口調で反応した。
まさかそこまで見抜かれてるとは思っていなかったらしい。
一つ溜息をして、
「……少ししか経っていないはずだがな。よくもまあ、そんな短時間で気づいたものよ」
そして、ボソボソと、しかし驚くぐらい投げやりに、あっさりと答えてくれた。
「そうだよ……お前の言う通り、別にどっかから入手したとか……そういうものではない。……アレは、俺が作ったものだ。……俺が毒も痺れ粉も、香炉も用意した」
「ならば、本当に貴方は一体……」
とわがますます困惑したように呟く。
理玖としても、訳が分からない気持ちだ。しかしここまでくると、少し思い当たることがある。……それを考えると色々と合点もいくのだ。
と、ここで相手の方からも質問があった。
「お前らこそ何者なのだ……両者とも人間ではないな? 娘さんは臭いがどうの言ってるし、そっちの旦那は旦那で、妙な剣、呼び出してるし……ていうかよく見たらそれ、“カトラス”というか奴だな? そうだな?」
「ああ。……それが何だよ」
「いや何、珍しいと思うてな。まさか、かように珍しき舶来品を目にするとは……」
小さいが、心なしか興奮して震えた声だった。
やがて、はあ、はあ……という息遣いと、「やばい。頬擦りして触りたい……飾りたい」という言葉も聞こえてくる。
思わず理玖ととわが引くと、その直後に相手はハッとし、
「す、すまぬ。つい、感動してしまい。ご不快にさせてしまっただろうか」
「いや……別にそんな……」
「そうか。それは良かった……って、ごほん!!」
ようやく普通に会話をしてしまった事実に気づいたらしい。恥ずかしさを誤魔化すように、相手は大袈裟に咳払いをした。消えていた敵意は、再度剥き出しである。若干、先程より和らいだのは、気のせいではないかもしれないが……、
(もしかして、こいつって、案外――)
「で、でだ……。二度目だが、お前らは何者なのだ。……俺の敵でないと言うのなら、まずは名を名乗って欲しい」
気を取り直すように、声はそう聞いてくる。
とわはこくりと頷き、理玖の分まで紹介した。
「私はとわです。こちらは理玖。貴方の名前は?」
「では……“夕凪”と名乗らせてもらおう」
「夕凪?」
「……丁度良いのが、思いつかなかったのでな。……昔、姉が考えた名から、拝借させてもらった……すまんが、本名は名乗れん」
「そこまでして素性を隠してえのか?」
「……追われてる立場なのでね」
「それだけが理由じゃないだろ」
理玖は重たい声で言った。
思いついた可能性は、最早確信に変わっている。
「百年の経験、なのに人間の姿、毒や罠をわざわざ使うやり方……それらが矛盾なく合致する条件、正体は、恐らくとわ様と同じ半妖しか有り得ない。即ち、示される答えは一つ――月の終わり、この今日の夕刻こそが、お前にとって、妖力がなくなる日なんだろう? だから力を補うために毒を使ったり、無駄に正体を隠したがってたりしてる。違うか、夕凪」
「……!」
とわの息を飲む音が聞こえる。
それもそうだろう。彼女にとって、数少ない半妖との遭遇なのだから。本当なのか、と目で質問している。
夕凪は肯定も否定もしなかった。
ただ、ガタリと銃身が下がり、続いて、紐を結ぶような音がする。……銃を身につけるなり何なりしたらしい。そして、何を思ったのか。
「少しの情報だけでこれとは。随分と頭の回転が良い。ならば、これ以上隠れても意味がないのだな。……分かった。事情を話すとしよう」
そう呟き、相手は草むらから出てきた。
思ったより小柄な人物だった。
平均的な少女の背丈より少し高いくらい。やはり紐のようなもので、背中に銃をくくりつけている。
そしてとわに言われた通り、黒い妖怪の皮を身に纏っていた。袖や下の着物すら分からないほど毛深い。そのせいで体型も分からず、ずんぐりむっくりに見える。
しかし一番目につくのが、その頭だった。何やら龍の頭蓋骨のようなものを被っていて、顔を隠しているのだ。口は少し開いているので、そこから吹き矢の筒を差し込んのかもしれない(影となっているため、そこから表情を伺うことなど出来ないが)。
一体全体、どんな化け物だと言いたくなるくらい、変な格好をしていた。
「……えと」
とわが少しばかり、戸惑ったようなリアクションをする。顔は見えないが、夕凪から苦笑するような気配がした。
「……言いたいことは分かる。が、人間になる日に関わらず、非力なのでな……。普段から防具代わりに、こういう格好をしている……許されよ」
「いや、そうは言われてもな……」
理玖もとわ同様、反応に困る。
格好が珍妙過ぎて何とも言えないのだ。
人差し指で頬を掻き、実体化させたカトラスを消し、
「ならせめて、骨ぐらいは取ってくれねえか? 顔が見えねえと話し辛いんだ」
「……出来ん。晒したくない」
しかし、思ったより、はっきりとした拒絶が返ってきた。
「言っただろう、追われてる立場だと……。今までの非礼は詫びるし、貴方達を信用すると決めたが……それは信用であって、信頼ではないのだ……俺は貴方達を、完璧には信じられん……」
「それは、今まで迫害されてきたからですか?」
「……、言わずとも分かっているだろう……。そこの旦那の言う通り……貴女も同じ半妖だというのなら……。大体、こうして人間だとバラしてること自体、結構危ういものだしな……」
夕凪は乾いた声で、そう返した。
とわはハッとしたように何も言えなくなる。
「後……多分外したら喋れんくなる」
「は?」
「じ、実は言うと、結構な人見知りなのだ……慣れたらそうでもないが、初対面の相手とは、どうも……」
夕凪は相変わらず、あうあうと、辿々しい喋り方で説明する。どうやら本当に気弱な性格らしい。半妖という出自故、他者から傷つけられてきたのか、対人恐怖症にもでなっているのかもしれない。
理玖はしょうがねえなあ、とため息をついた。こうなったら無理なことは言えなくなる。
「た、助かる……礼を言う」
夕凪はほっとしたように息をついた。
「それで、お前はこんなところでどうして、小妖怪達を?」
「……うむ。では、歩きながらで良いか? 本当に切羽詰まった状況なのでな……」
言って、夕凪は先へ進み始めた。とわと理玖もついていく。彼は沈痛な口調で話し始めた。
「この山の麓にはな、村があるんだ。……割と大きな村だ。城下町とも繋がってる。……そこで最近……人攫いが多数発生しているのだ」
「人攫い?」
「原因は……まあ、さっきの小妖怪達だ。野武士を食らったことで、どうも味を覚えたらしい……度々食料として、人を襲ってる。もう十五人は食われたかな」
「……そんなに」
「酷い話だろ。しかも調べたところによると、小妖怪達は、今のままでは満足できんと、ここ数日、動きを活発化させているらしい……。今夜は、その作戦の決行日、人里を襲う日なのだ……下手したら村が全滅する」
「……!」
理玖ととわは瞠目、顔を見合わせる。
何やらとんでもない話になってきた。
「夕凪さんは、人間を守るために、小妖怪達を殺していたんですね……」
「然り。数十日前から調べ、罠を張っていた」
夕凪が肯首する。
「……だが掴めたのは、複数の巣の情報。奴らの名は群親鬼……大元となる親がいて、子が手足としてそれに従うという、蟻が如き生態をしている妖怪だ。……彼らは親を隠し、その周りに巣を作って縄張りを広げる連中でな……そのため巣の情報があっても、どれが本丸なのかさっぱり分からんのだ。一応、外れはないと思うので、大きなものから片っ端に潰してたところだが……」
その道中で引き返したところ、偶然とわ達と会った、という感じらしい。夕凪が焦っていたのも無理はない話だ。
「しかし、ならば追われてる身とは、どういう? それに半妖なんだろ? わざわざ人間になる日に危険を犯しまで、人里を救う理由が何処に……」
「――あるのだ。これは誇りの話だ」
夕凪は、彼らしからぬ強い口調で言った。
鬼気迫るものさえある。理玖ととわが、一瞬圧されるくらいに。そうしてとわを見つめ、重苦しそうな口を開いて、話す。
「俺には……娘がいた」
「娘?」
とわが聞き返す。
「……かれこれ三年前の話だ」と、夕凪は答えた。
「日和という名でな……、生まれて間も無く死んだのだ……。そして、それをきっかけに、嫁も出て行ってしまったよ――人生の大半を一緒に過ごしたのにな」
「……そんなことが」
「まあ、そういう訳でな……俺に残されたのは、姉と娘の墓だけになった……娘の墓だけが、俺にとって本当の宝物だ。……その墓にな、ある時、麓の村に住む女の子が、花を置いてくれたんだ。半妖の娘の墓にな……」
「え――つまりそれが、人里を助ける理由かよ……?」
理玖は信じられず、唖然としてしまった。
まさか……まさか、たったそれだけのことで、この半妖は危険を冒していたのか……。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。
隣でとわもびっくりしている。
その二人の様子を見て、ふん……と夕凪は鼻を鳴らした。
「普通は下らなく思えるのだろうな。だがな……俺の娘は半妖なのだ。誰もその死を悲しんでくれたりしないのだ。……だからこそ、俺は嬉しかったし……、忌み嫌らわれてきたからこそ……居場所がなかったからこそ…… たとえそれがちっぽけなものだったとしても、受けた恩は、出来うる限りに返さねばならぬと思っている。それが俺の矜持……命と同じくらい大事な誇りだ。……損なったとあらば、俺は何のために、姉様の帰りを待っている……このまま隠れたところで、姉様に顔向けなど出来ん……」
「……夕凪さん」
「だが……それを邪魔するよう……下衆が現れたのだ。どうも、俺が妖力を使ってたのを、村の連中に見られてたらしい……賞金首にかけられ、ほとほと参っている」
「それが追われている理由……? それでも村人達を助けるんですか?」
「奴らのためではない……。俺が助けたいのは、あの女の子……ただ一人だけだ」
吐き捨てるような、でも覚悟を決めたような言い方でもあった。
気弱なのに意外と頑固なのか、不器用なのか。なんにせよ、彼の意志というのは固いらしい。
まあそれにしても、随分と生きるのが下手くそだという印象は受けたが。そんなことに拘わらない方が、もっとずっと楽でいられるだろうに。
……けど、彼の考え方はある意味、一本筋が通っているた。彼は半妖なのに、確固たる自分を持っていたのだ。
「……」
そんな彼の在り方に、とわは同じ半妖として感じることでもあったのか、なにかを考えるような顔をしていた……少し複雑そうに。そして理玖も、とわを見てると、気が気でなかった。
「……ほら、出口だ」
と、唐突に夕凪が立ち止まった。
彼が差し締めす方角には、裏道なのか、下に続く道が続いていた。
理玖ととわが、どういうことだと言わんばかりの顔になる。
夕凪はきょとんとし、首を傾げた。
「何でそんな変な顔をしている……話せというので、事情は話しただろう。……ああ、時間を奪ったとか、罪悪感を感じる必要はないぞ。別に俺としては回り道ではないし、どうせ通らなければならない道だったので、ついででちょうど良かったのだ……安心して欲しい」
「いや、そんなことではなく……!! それよりもどうして私達を帰そうと!? 村が危ないのに!」
「? だからこそ……だろう?」
「え……」
当然のように返され、とわが固まった。優しい声音で、夕凪は苦笑するみたいに言う。
「何も関係のない貴方方に……体よく手伝いを頼むというわけにもいかんし、危険な場所にもいかせたくない。俺は貴方方に傷ついてほしくないのさ……。そうなると……悲しいからな」
お人良しな発言だった。
夕凪は存外、優しい性格らしい。理玖はなんだか、そういう部分が気に入らなかった。
「だがそう言うお前は、どうなんだよ。危険なのは分かってるんだろう?」
「く……かかかっ、……この俺を、甘く見ないでもらおう……」
すると、夕凪は喉を震わす、特徴的な笑い声を立てた。
何処かで聞いた覚えのある、懐かしいものだった。
「……俺が何のために、罠を張る技術や、吹き矢、毒の調合を学んだと思っている。……どんな時でも、自分の意志を叶え、大切なものを守るための力を持つためだ。……ただで死にはせん。何より姉様と約束したのでな。……それと勝算がないでもない」
「……勝算が?」
「今、俺を殺すため、僧が入り込んできてる……有名な高僧だ……。そいつらが小妖怪に気づかんとは思えんのでな……この俺自身を囮に、奴らを誘き寄せ、小妖怪を殺させる……その後は――」
そこから先は言葉にせず、しかし夕凪の表情は手に取るように分かる。
きっと彼は、緊張で冷や汗をかいている。それなのに、不安を必死に隠そうとしているのだ、バレバレだというのに……やはりこいつは、不器用な奴なのもしれない、と理玖は思った。
「夕凪さん」
とわが夕凪の名を呼んだ。
理玖と同じ気持ちらしい。
夕凪は先程みたいに、不思議そうにしていた。
「どうか手伝わせてください。やっぱり、人里が危ないなんて、ほっとけません」
「……良いのか? そりゃあ、確かに猫の手も借りたい状況ではあるが……俺は貴方方を最初、攻撃したのだぞ? そんな俺に協力するなどと……」
「そうだな。それに関しちゃ許してねえよ、ていうか許すわけないだろ。おいらのとわ様をよくも……」
「ひぃ……!?」
再び湧き上がってきた怒りを察してか、夕凪が悲鳴を上げる。
それを見たとわが腰に手を当て、理玖を嗜めた。
「ちょっと、理玖!」
「あ、す、すいやせん……」
途端、理玖はしゅんとしたように大人しくなった。
夕凪はおお……と歓声を上げ、その後密かに、「ううむ、とわ殿に言われた瞬間にこれか……やはり男は惚れた女子には弱いものだよな……哀れな」などと、小声で呟いた。
そのせいで正直はっ倒したくなったし、内心、好感度がガクッと下がったが……それはそれとして、だ。
「お前をほったらかしておける程、おいら達は“無粋”になれねえのよ。これも何かの縁さ。こうなったら、とことん付き合うさ」
「……。かたじけない」
深く深く、夕凪は頭を下げた。そうして、彼はくるりと後ろを向き、一言言ってから案内を始める。その背に、理玖ととわも付いていくのだった。