遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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皆様お待たせしました。その割に全然進んでないけどお楽しみいただけると幸いです。


遥かな永遠を一緒に 九話 後編

 夕暮れは、少しずつ黒さを帯び始めていた。

 夜の訪れ。こんな暗がりでも、夕凪は平気なように歩いていた。きっと慣れているのだろう。それでも足取りには焦りが見えた。

 そんな彼の後をとわと共に追いつつ、理玖は聞いた。

 

「なあ、色々と気になったことがあるんだが」

「何だ?」

「お前、どうして小妖怪共をすべて倒せなかったんだ? そこまであいつら、強そうには見えなかったぜ? 数十日もあれば余裕で――」

「……。……まあ、そう思うだろう。だが、あれでも数は減らした方なのだ。……前はもっと、何倍も多かった」

「……?」

 

 理玖ととわは、訝しげに首を傾げる。

 と、その時だ。

 気配と複数の複数を感じた。

 同じく気づいたとわが、表情を引き締める。

 皆で辺りの木の影に隠れ、遠くの様子を伺う。

 

 あの緑の肌の小妖怪が十五匹、群れを成して歩いていた。手には野武士から奪ったであろう錆びた刀剣や、手作り感満載の石斧が握られている。彼らは酷く慌てた様子で、辺りをキョロキョロとしていた。

 

 夕凪はそれを見て、「引っかかったな」と呟いた。

 

「理玖殿、とわ殿。……俺が今まで何をしていたか、今一度……詳しく説明しよう」

 

 彼はコソコソとそう言って、改めて自分の作戦を語った。

 

「……俺は今まで、巣を順番に潰して回った、と言ったな。だがその本命は、奴らの殲滅にあるのではない……その真の狙いは、騒ぎを起こすこと……要は、村を襲うどころではない状況にして、足止めをしてやろうということだ……。相手も俺のことを知ってるはずだからな……動けば、確実に惹きつけられるはずだと考えたのだ」

 

 理玖は成る程な、と密かに納得した。

 正直、夕凪の行動はとても悠長だと思っていたが、話を聞くと割と理に叶った行動だ。

 だったら――

 

「私達がやるべき事も、あまり変わらないですよね」

 

 話を聞き、とわが真剣な表情で言った。

 続けて理玖が付け加える。

 

「むしろ、より派手に殺して回れば、小妖怪を混乱させられる。おいら達がいるということが分かれば、相手側も警戒して動けなくなるだろうさ」

「うむ。そういうことだ。それに奴らは普段大人しいが、今日は活発になってる……その足取りを辿れば本丸を叩く絶好の機会だ。……この本丸さえ潰せば群従鬼達は止まる……僧達の遭遇に気をつけなければならないが……」

 

 しかし、その分、至極単純な作戦だ。

 やるべき事がはっきりしていて嫌いではない。

 やりやすいのは、こちらとしても助かるというものだ。

 

「巣の場所は俺が教える……まずは音を立てるので、それを合図に、敵を殺してくれ。数は多いが……大丈夫か?」

「心配は無用だ。これくらいとわ様とおいらならなんて事ない」

「ならば良いが……無茶だけはするなよ……?」

「ええ、ありがとうございます。それで、逃すのは何匹ですか?」

「……とりあえず一匹で良い。比較的、ここは活動圏内にも近いからな……」

 

 夕凪は懐からある物を取り出した。

 三角錐の筒、そしてその天辺に紐が付いた奇妙な代物だった。前にとわが見せてくれた、“クラッカー”とか言う未来の道具に似ている。

 夕凪はその底の部分を前方に向け、こちらの方を見た。

 理玖達は頷いた。

 

「三……ニ……一!!」

 

 数を数え終わると同時、夕凪が紐を引っ張った。

 筒が破裂し、中に入っていた木の実と粒が弾け飛ぶ。

 すると、バリバリ……ギャア!! と、獣の威嚇音のような不思議な音が響き、瞬間、何か細工があるのか、小妖怪達が過敏に肩を跳ねさせて止まった。

 

「……ッ!」

 

 その隙をつき、理玖ととわは、素早く飛び出した。

 既にそれぞれの手には、実体化したカトラスが、抜き放った菊十文字が握られている。二つの刃は、一呼吸よりも短い時間、キラリと瞬いた。

 派手に血飛沫が舞い、数匹の群従鬼が倒れた。

 

「テキシュウ……!?」

「イヤ、チガウ、アイツジャない……!」

「ナンダ、コイツら……!!」

 

 残った小妖怪達が騒つく。

 中には怖気づいてる奴もいた。

 しかしこうなったらもう後はないとばかり、一斉に襲いかかる。

 

「シネ!!」

 

 すぐ近くの群従鬼が斧を振りかぶってきた。

 理玖はニヤリと笑い、余裕の表情で体を逸らし、回避する。驚愕する小妖怪。その顔へカトラスを振り下ろせば、途端、咲き誇る血の花。そのまま、舞うように剣を動かし、二輪、三輪と続けて鮮血の大輪を咲かせ、ふと後方からの気配に振り返る。

 

「……ふっ!」

 

 短い息を吐いた直後、高い金属音。

 理玖は錆刀の攻撃を受け止めていた。相手は小柄なため力は強くない。ぐっと後ろへ押し出し、敵の体勢を崩す。すかさとわがやって来て、菊十文字で切り付ける。

 

「ギャア!!」

 

 首が刎ねられ、すぐに死んだ。またも派手に噴き出す血飛沫。

 とわは構わず次を殺してる。理玖は彼女の補佐を務めるよう動いた。

 息が合いすぎた連携は過剰な暴力だったのか、数分すれば、群従鬼達はほぼ全滅していた。残る一匹は予定通り逃がした。手負いだったが、然程問題ないだろう。

 振り返れば、夕凪がびっくりして固まっていた。

 

「強っ……」

 

 戦闘を終始見守っていた彼は、まるで予想以上だと言わんばかりに呟く。

 手にはいつの間にか、小道具の代わりに吹き矢の筒があった。いざという時、加勢でもしたかったのだろうが、ご覧の通り出番はなかったらしい。

 

「大丈夫ですか、夕凪さん」

 

 とわが夕凪を心配する。

 夕凪は「問題ない」と短く返答し、そして「……本当に凄いな」と褒める。

 

「あれ程の数を一瞬で仕留めるとは……只者ではない。相当な腕前だ。……正直とても頼もしいよ。俺は運に恵まれた」

 

 それは心からほっとしている言葉のように聞こえた。

 何処か期待しているような。

 

「夕凪」

 

 理玖は彼に呼びかけた。

 今から行うのは忠告だ。というのも夕凪はちょっと前に出過ぎていたのだ。

 

「見ての通り、おいら達に構うことはない。戦闘はおいら達に任せて、お前はもっと安全なとこにいてくれ。思う存分動き回れねえ」

「……、……ああ、分かった。せっかく手伝ってくれてるのに、肝心の俺が足手纏いになったら申し訳ないしな……」

 

 一瞬何か言いたげな顔をしつつも、夕凪は吹き矢の筒を懐に仕舞い、了承した。

 案外物分かりが良い。

 

「次へ行こう。ついて来てくれ」

 

 それから夕凪の案内の元、理玖達は山を駆け巡った。

 巣は思った以上に多かった。

 彼らは何処にでも家を作るらしく、洞穴は勿論、ちょっと開けた場所や、獣が彫り返した巣穴なんかを広げて住み着き、その周りや通り道では、何十もの群従鬼達が周回していた。

 どうやら騒ぎは良い感じに広まっていたらしい。

 仲間殺しの犯人を見つけ出そうと躍起になり、警戒網が敷かれている。夕凪は予想以上に随分と動き回ったようだ。

 そして理玖が自身で言った通り、自分達もこれ以上にもっと派手に行動する必要がある。

 更なる脅威として、その存在を主張するのだ。それが理玖達の役割だ。

 

 理玖ととわは、わざと目立つように姿を現しては、群従鬼を殺して周り、最初の時のように一、二匹は逃し続けた。

 時には夕凪にも協力してもらう。

 罠や道具を使い、物音を立てるのだ。どうやら群従鬼は大きな音……取り分けます天敵の足音や鳴き声に反応する習性があるらしい。これには劇的な効果があり、群従鬼達を容易に混乱させることが出来た。おかげでかなり動きやすかったのは言うまでもない。

 

 そうして、少し時が過ぎ、完全に辺りが闇一色になった頃。

 彼らの動きが明らかに変わった。出会しても、一目散に逃げるようになったのだ。しかも同じ方向に。それはまるで何処かに集うようにであった。

 と、とわもピクリと止まる。変に思っていると、彼女は呟いた。

 

「……臭いがする」

「臭い……?」

「群従鬼達に似た、でも奴らより生臭くて、強い気配のある臭いだよ。それと複数の人間の臭いも、そっちに移動し始めてる……」

「ふむ……」

 

 夕凪は考えるような仕草をした。

 

「確かにこの先には巣があるな。まだ確認出来ていないそれなりに大きな巣だが……、群従鬼達もそちらの方向に向かっているし、僧達も行ってるとなると、そこが本丸の可能性は大いにあるな。だが――」

 

 夕凪はそこで忌々しげに沈黙した。

 彼の言いたいことは分かる。

 今まで注意を払って来たが、このまま進めば僧達と出くわすのは避けられない。

 その時一体、どうなるか。

 協力出来れば良いが、こちらには夕凪がいる。隠れてもらうにしても一人にしておく訳にはいかないし、さりとて誤魔化す事も無理だろう。

 揉め事の一つや二つ、起きてもおかしくない。

 だが行かなければ、確実に群従鬼を仕留められないのだ。本丸を潰さなければ、永遠に奴らは止まらない。

 

「夕凪さん……」

「……」

 

 気遣うとわに、夕凪は仕方がないと諦めを滲ませ、無言で首を振る。

 とわは少し気にするみたいに眉を下げた。

 理玖はそれを見て……フォローするように言う。

 

「親玉や僧は、俺達でどうにかする。今まで通り、夕凪は下がってくれ。どうせ危険だしな」

「ああ。分かった。……だが、一応覚悟はした方がいい。奴ら、他の半妖にも容赦がないと聞く。理玖殿はともかく、とわ殿が……」

「……」

 

 とわは息を飲んで無言になった。

 まさに、思ってもみなかった……考えもしなかったという反応だった。彼女はこういう状況に不慣れなのだ。妖怪に“半妖”ということで馬鹿にされても、人間に迫害されたことは一度もない。

 でも理玖は、その可能性をずっと危惧していた。

 だから内心、どうしようかと思っていたし、今でも出来るならこの先に行きたくなかった。そのため、理玖は自分一人で行こうと、口を開きかけ――しかしその前に、とわが告げた。

 

「……それでも行きます」

「本当か?」

 

 夕凪が神妙な声で確認する。

 とわはもう一度「はい」と答えた。

 

「怖がってばかりもいられませんから」

 

 彼女がそう言った途端、理玖はハッとした。

 その目には、真っ直ぐな光があったのだ。

 向き合おうという、彼女の意志の現れだった。

 夕凪もそれを察したのか、ならばと、何も反対意見を言わない。

 

 理玖はただ一人、とわの強さに驚いていた。

 いつの間に……いつの間にここまで、言うようになったのかと。

 そして思ってしまうのだ。

 ……やはり、やはり彼女は――

 

(おいらがいなくても――)

 

 

 

 

 

 

 

 三人は歩き始めた。

 徐々に徐々に、森の木々が深くなる。

 遂に辿り着いたその場所は、岩肌の切り立つ崖の下だった。一見すると何もない。

 出番とばかり、夕凪が調べた。

 拾った枝を束ね、その先に持っていた火打石で火をつけ、あちこちを照らし出す。そして数分後、壁の一部をこんと叩けば、その部分が人間大の四角に縁取られ、最後にはガコンと横に動いた。

 先には周囲以上に暗い闇……洞穴が続いている。

 

「ふむ……バレないための仕掛けだな。複数ある裏口の一つ……といったところか?」

「お前、よく分かったな。群従鬼にはそういう習性があるのか?」

「……いや。だがその下……よく見てみろ」

 

 夕凪は明るくなるよう、松明を地面に近づける。

 言われた通り注目してみると、成る程、引きずった後がある。まだ新しい後だ。

 先に僧達が入っていったのかもしれない。その証拠にか、とわは難しい顔をさっきからしていた。

 

 三人は慎重に中へ入っていった。

 前は理玖ととわが、後ろを夕凪が歩く。

 長い間使われていなかったのか、カビ臭い臭いが酷い。通路は狭いが、幸い敵はやってこなかった。松明のお陰で視界も確保できる。入り組んで迷路みたいだったが、とわの嗅覚もあり、そこまで時間はかからず洞窟を抜けた。

 

「……ここは」

 

 見渡すと、そこはポッカリと摺鉢状に整えられた、広い場所だった。周りはやはり高い岩壁で覆われている。地面には草が敷かれ、食べ残しと思われる骨が散乱していた。

 ……それ以外は何もない、本当に何もない空間だった。

 理玖達はどういうことか、と困惑した。

 本来ならば、何か妖怪がいるはずなのにと。

 だが、その代わりの様に、遂に出会してしまった複数人の僧がいる。

 彼らは振り返り、戸惑うように理玖達を見ていた。

 

「貴方方は一体……」

「何でここに……?」

「何故……?」

 

 当然のように、次々と質問が投げかけられる。

 理玖ととわは、何も返せない。どうすれば正解かよく分からないのだ。

 既に夕凪は入り口近くに引っ込み、隠れている。

 が、松明を持っているため位置も姿もバレバレで、僧の中でも取り分け老齢の者が、皺の奥に隠れても尚鋭い目で、彼を見つめる。

 

「そこにいる者。そなた、何者だ。そんな珍妙な格好をしてはいるが、妖気を感じ取れぬし、人間か?」

「……。……だったらどうするというのだ?」

 

 何か感じるところがあったのか、少し間を開けて、夕凪は平坦な声で聞く。

 老齢の僧も少々黙り、「貴様からは邪気が濃い」と呟いた。

 

「貴様、何か呪具の様なものを持っているだろう。それも強力な力のある……そんなものを持ち歩いてただで済むと思っているのか?」

「……よく見破ったな。とわ殿どのでさえ察知出来なかったのに。お前……相当力のある奴の様だな」

 

 夕凪の声に警戒心が混じる。

 それは老齢の僧も同じで、互いに敵意をぶつけ合っている。

 

「貴様の方こそ普通ではない。やはり人間ではあるが、人間ではないものだな」

「……」

「……狼の変化、式神の操作、影の触手。すべて村の長から聞いた人食い妖怪の特徴だ。それに加え、所持してる呪物、山中に張り巡らされた罠や毒……これらの特徴が該当する者を、私は聞いたことがある。三年前、確かその者は半妖でありながら、何人もの兵士を殺したそうだな。その現場の後には、黒い虚ばかりが広がっているという。貴様が持つ呪具のせいでな」

 

 それを聞いて、とわと理玖はギョッとした。

 思い出したのは、かつて箱の大妖怪が住んでいたという場所。何故かあそこは、空間が奪われて何もない無が広がっていた。

 まさかその犯人が夕凪だったとは……。

 

 信じられず、二人して彼の方を見る。

 夕凪は怖がるように縮こまった。

 気まずそうに、あーだの、うーだの言っている。

 ……老齢の僧は、その反応から確信した様に、夕凪を睨みつける。

 

「この薄汚い半妖めが……」

「……何だ。俺が悪い……お前はそう言うのか?」

 

 すると、夕凪は震えた声のくせに、ボソボソと挑発する様なことを喋った。

 

「その兵士達、元はと言えば、不当な理由で俺を殺しに来たのだぞ。……それを返り討ちにしたところで、奴らの自業自得ではないか……それでもお前は、俺を恨むのか?」

「当たり前であろう。化け物が生きて良い理由がどこにある?」

 

 キッパリと断言する老齢の僧。

 とわの顔が複雑に歪められた。

 やはり思うところがあるのだろう。この人物は本気で、妖怪や妖怪の血を引く者を嫌悪しているのだ。そして夕凪も人間を殺しているとは言え、言ってることが本当なら、確かに責められる言われはない。

 

「かかかっ、化け物ねえ……」

 

 夕凪はあの喉を震わせる特徴的な笑い声を発した。

 嘲笑している。

 老齢の僧は不快げな顔をした。

 しかし構わず、次にとわや理玖に視線をやった。

 

「そなたらも何故こんな奴と一緒にいる……やはり、人間ではないからか?」

「……? お師匠様? 何を言っておられるのです? 骨を被ってるやつはともかく、あの方達はどう見ても……」

「愚か者、見た目に惑わされるでないわ。奴らは物の怪の類ぞ。特に片方……あの男の気配、何かがおかしい」

 

 老齢の僧は弟子を一喝する。

 理玖は正直、妙に思った。まさかとわではなく、自分の方に警戒心が向けられるとは。

 そして老齢の僧は神妙な顔つきとなると、理玖の正体を見破った。

 

「貴様、妖怪どころか、仮初の人形だな。そこの隣の娘より悍ましい」

「……!?」

 

 今度は夕凪の方がギョッとしていた。

 ごくりと唾を飲み込んでいる。

 老齢の僧は、むしろ憐れむ様な口振りで続けた。

 

「塵芥の如き偽物が、どうして未だ存在している。何故、その様に生きてるふりなどしているのだ。お前の役割など……生の意味など、初めからないというに……」

 

 老齢の僧の言葉に、理玖は痛いところを突かれて黙る。

 自然と考えてしまった。

 自分の存在。自分の生きる意味。

 呆気もなく生き残って、生存を許されている今の命は、果たして本物といえるのかどうか。

 

(……だとしたら、おいらに残されたものは一体……おいらに成せることは――)

 

「……勝手なことを言わないで下さい」

 

 ……思考の海に溺れかけた、その時だった。

 とわが前に出て、老齢の僧を睨みつけた。その顔は……本気で怒っている。

 

「理玖は理玖です。偽物とか、人形とか、そんなの関係ない。貴方の考えで、理玖のことを否定しないで下さい」

「……とわ様」

 

 理玖は呆然とした様に呟いた。

 とわが眩しく感じられる。

 いつだって前に引っ張ってくれるのは彼女だった。やはり彼女は光だ。暗闇を照らし出す希望の光。

 でも、ちくりと胸が痛くなった。

 ――それが何故だが、もう分かっているけれど。

 

「とわ殿の言う通りだ。彼女に同意する」

 

 夕凪が低い声でとわに続いた。

 被っている竜骨の奥で、老齢の僧より鈍く光る目が彼を射抜き、感情が高まっているせいか、饒舌に喋る。

 

「己の価値は己自身で決めるものだ。理玖殿の生きる意味は、理玖殿自身でしか決められん。それを他人の分際で、さも分かったように全て無駄だと断じるのは傲慢というものだぞ、僧よ」

「……半妖風情が。貴様、この私が愚かであると言いたいのか?」

「然り。お前の言うことは聞いているだけで不快だ」

 

 夕凪はこちらが気圧される程の怒気を発していた。

 彼は短い付き合いなのに、とわ同様、理玖のために怒ってくれている。

 思わず驚いていると、こちらの言いたいことが伝わったのだろう。

 夕凪はなんてことないと、ただ当たり前の事実を述べるように、返事を返した。

 

「貴方が何者であれ、今こうして俺を助けて下さっているのは事実なのだ。ならば怒らなくてどうする。馬鹿にされて許せるものか」

「……お前」

 

 理玖ととわは、色んな意味で、再度夕凪にびっくりする。

 夕凪はそのリアクションに不思議そうにしていたが、やがて酷く優しい声で言う。

 

「……理玖殿。とわ殿の言うようにかような者の言うこと……気にすることではない。貴方は今、ここにこうして生きている。一人の存在としてここにあるのだ。それだけで十分に価値がある。それ以上に勝る奇跡などありはしない。……だから、貴方はただ胸を張って前を向けば良いのだ。――自分は、この世界いても良いのだと」

「……この世界にいて、良い……」

 

 口の中で繰り返す。

 その言葉が何故か不思議と心に響く。

 夕凪はそこで、励ますように、まるで太陽のように、笑った気がした。

 しかし、彼はすぐに雰囲気を一変させる。

 気を張り詰めた様子で、じ……と前を見つめ、

 

「……それよりもここで立ち話をしていて良いのか、僧よ……貴様も気づいてここに来たのであろう? 人喰い妖怪は俺ではないと、ここに生息する群従鬼の仕業であると。……だが、追って来てみれば、その肝心の群従鬼達はいない。……その意味が指し示すこと、貴様、理解しているか……?」

「そんなもの、言われるまでもないわ。即ち我らは――」

 

 言葉が途切れる。

 突如、地鳴りが――いや、震えているのは、地面ではない。空だ。この空間そのものが震えている。

 理玖達は武器を構え、上を見上げた。そこにいるものに、皆、目をいっぱいに見開いて驚く。そして直後降ってきたのは、その太さだけで巨木くらいはありそうな大きな緑の剛腕――その鉤爪を向けて、恐るべき速さで一直線に飛来する。

 

「……っ!?」

 

 逃げるにしてはあまりに時間がなかった。

 悲鳴を上げ、弟子の僧が慌てふためく。

 とわは彼らを守るよう動き、理玖は彼女の盾にならんと前に出た。

 が、間に合わない。万事休すか――そう思った時だった。

 

「はあッ!」

 

 老齢の僧が法力を込め、錫杖を振り上げる。

 光の結界が大きな球状に発生した。

 

「……!!」

 

 バアアン!! 大きな音で鉤爪が弾かれる。

 癪だが助けられてしまった。弟子の僧達がほっとし、老齢の僧は不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「そこの半妖、もしや貴様、分かってて私に守らせたな?」

「まあ……このくらいで死ななさそうだからな」

 

 夕凪は戯けたみたいに肩をすくめる。

 ……が、怯えは隠しきれず、冷や汗を流すみたいに、声は震えていた。

 

「にしても、やっば、アレ……」

 

 理玖も何も言わず、内心で同じ気持ちになる。

 

 ……月明かり、照らし出されたそれは、人体を幾つも掛け合わせたような異形だった。

 まるでぶくぶく太った緑の肌の肉塊だ。ボコボコと体のあちこちに群従鬼の頭が生えている。他にもムカデのような足を持ち、それでいつの間にか頭上、ドーム状に展開されている結界に張り付いている。周囲に五つ浮かんでいるのは、あの攻撃して来た大きな腕であった。

 

「……」

 

 理玖は一瞬、耳飾りを弾こうとし、そして止めた。

 外部へ行けない。力が遮断されるのを感じる。あの結界のせいだろう。

 完全に退路を断たれた。

 ――嵌められのだ。

 

 最早ここから出るには、目の前のあの妖怪を倒すほか手段はない。

 気を引き締めれば緑の肉塊が吠える。

 同時、またあの巨腕が振るわれたのだった。

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