遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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久しぶりの投稿。でもいつもより文字数は七千文字と割と少ないのは許して


遥かな永遠を一緒に 十話 前編

 運命は得てして唐突なものである。

 その日、その時、大嫌いなこの世に生まれ落ちた意味を、俺はようやく理解した。

 

 幼い頃の話だ。

 その時の俺の世界はあまりに狭かった。

 屋敷とその周辺の森。それ以上は結界で出ることは出来ず、来訪者は数えるものしかいない。たまに出かける人間の町は面白いと思えず、また近くにある村も父の故郷とはいえ、行く機会はない。気にすることなんて特になかった。

 

 俺にとって、内にあるもの、それがすべて。

 決して不幸なんてことはない。

 むしろ俺は幸せだった。俺は愛されていた。

 その証拠に、母様はいっぱい抱きしめてくれたし、姉様は我儘だけど優しかった。婆やも何だかんだで可愛がってくれた。

 皆がいれば俺はそれだけで良かった。

 

 だから俺は、自分が“半妖”だってことは知ってたけど、別にそんなのは気にしてなかった。

 そして、その重さも、辛さも、何も知らなくて。

 ただ無知のまま幸せを噛み締めていた。

 

 初めて現実を知ったきっかけは、ある日の姉の一言だった。

 

 ――父様が住んでいた場所には何があるんだろう。

 

 今から思えば、姉様は俺とかなり正反対だった。

 父様のことを気にしてたし、それなりに外に興味を持っていた。

 いつも村の方を見ては、寂しそうにしていたのだ。

 

 俺は彼女の気持ちがよく分からなかったけど、でも悲しい顔はして欲しくなかった。

 ただ純粋に、元気になって欲しくて励ました。

 

 ――もし気になるなるのでしたら、俺が姉様を村まで連れて行きましょうか? なに、不安でも大丈夫。姉様は俺が守ります。

 

 姉様は怖がりだったから、姉様を引っ張っていくのが俺の役割だと思った。

 姉様も頷いてくれた。

 彼女は俺を信じてくれたのだ。

 

 こうして、俺達は母様達の目を盗んで家を抜け出した。

 普段は監視の目があったが、その時ばかりはまあ、運が良かったとしか言いようがない。

 何故ならその頃、とっくに母様は狂気に飲まれて、自我を保つのに精一杯で。

 婆や婆やもで、母様のことを必死に抑え込んでいた。

 だから、その妖力の揺らぎのせいで、結界には綻びができていた。

 俺達はそんなことすら知りもせず、ただその偶然に感謝し、脱走の成功に喜んでいたのだ。

 

 でも、結果として待っていたのは最悪の出来事だった。

 俺達は父の生まれ故郷に着いた途端、村人達に取り囲まれた。

 彼らは俺達を見てヒソヒソと言い合う。

 

 おい見ろ、目が片方青いぞ。

 あのガキ、妖怪女に似ている。

 そっちのは時読に。

 まさか奴ら、生きていやがったのか。

 おまけに子供を増やしやがって。

 なんてことだ、唯じゃおれん。

 妖怪なんてそこにいるだけで害悪なのに。

 

 その内村人達は、こちらを激しく罵りながら、殴ったり蹴ったりしてきた。仕舞いには拷問紛いのことまでされた。

 俺は姉様を守ることに必死だった。

 怯える彼女を庇い、一身に村人達からの攻撃を受けて。彼らが繰り返して言う言葉がやけに耳朶に響いた。

 裏切り者の子供、悍ましい妖怪の血――半妖。

 

 その言葉が、酷く衝撃的だったのを覚えている。

 もの凄く悔しかった。

 半妖……たったそれだけのことで、自分や大好きな人達、皆を馬鹿にされるのと。

 

 でも、反論なんてできなかった。

 俺に力なんてなかったのだ。

 やっぱり、怖くて怖くて仕方がなくて。

 心の中ではただひたすらに後悔していた。

 こんなことをするべきじゃなかった。俺の考えは甘えかった。守るべき姉様を傷つけた。生まれて初めて、心の底から涙が出てきた。

 俺は強く己の弱さを実感していた。

 

 その時だった。

 村人達が驚いたように固まった。

 不審に思った俺達は顔を上げた。

 

 すると、そこに母がいた。

 恐らく、抑え込んでいた婆やを蹴散らしてきたのだろう。

 すっかり彼女は狂乱していた。

 最初は助けに来てくれたと喜んでいた俺達も、その異様な様子には絶句する他ない。

 彼女が村を破壊するのを、黙って見ているしかなかった。

 そして俺達の方にも被害は及んで。

 せめて姉様だけでもと思ったが、二人してぶっ飛ばされて怪我を負い、気を失って目を覚ました時には、母様は既に自らを封印し、眠りについていた。

 

 当然、何もかもが突然過ぎて、訳が分からない。

 何が起こったのかも。

 自分が何故生きているかも。

 ただ一つ分かるのは、母様の結末を変えられなかった俺は、酷く無力だということ。

 俺が強ければ、母様を取り戻せたかもしれないのに。

 そう思えば思う程、後悔は深まる一方だ。

 

 そうして無念を抱えたまま、過酷な日々が始まる。

 もう母様もいないから結界は張れない。

 婆やだって強力な妖怪じゃない。

 毎日毎日、殺されそうになっては、死にかけ、血反吐を吐き。姉様や婆やを失いかけ、その度に弱さを突き付きつけられた。

 妖怪から遊ばれ治らないほど顔面をぐちゃぐちゃにされたこともある。

 

 おかげで青目を隠しても顔の“それ”は隠せない。

 化け物、妖怪、不細工……。

 多くの人々から気持ち悪がられ、人間からも、妖怪からも、どちらからも馬鹿にされて笑われた。

 でも、だからと言って仮面を被ったら、今度はその分、距離が出来て怖がられる。

 

 もうどうしたら良いか分からなかった。

 こんな思いをするのも力がないせいだ。

 力がないから泣く羽目になる。馬鹿にされる。見下される。

 つまり逆を言えば、力がありさえすれば、すべてを変えられる訳で――気がつけば俺は、全部を自分の思い通りするために、力を追い求めるようになっていた。

 

 本当になんでもした。

 今までサボりがちだった妖術も必死に鍛錬するようになったし、役に立つ知識だって沢山身につけた。

 おかげでやれる事は増えていった。

 

 でも、俺の本質は弱いまま、何一つ変わらない。

 結局、俺はどうしようもなく臆病だったのだ。

 幾つになっても他人の目が恐ろしかった。

 

 だから俺は、そんな自分自身に失望しながらも、現実逃避をするかのように、幸せな思い出がある“内”に閉じこもる。

 外のことは知らない。

 俺には家族だけがいれば良い。

 それを壊すような敵とは全力で戦った。

 

 ……でも、何でなんだろう。

 そうすると、心の何処かで虚しさを覚える。

 大切なものを守っているはずなのに、どうして。

 

 悩んでも分からない。答えなんて見つからない。

 でも、命を奪う感覚はどれも冷たかった。

 家族も、俺を傷ましそうに見てきて。

 無理は良くないよ、私達の分まで傷つかなくて良いよって……お前のことは私達が守るからって。

 

 俺は別に、そんな言葉は望んでいない。

 俺はただ、皆に重荷を背負わせたくないだけ。

 昔、守れなかった分、俺が頑張らなくては――しかし、そう考えると、いつも婆やが怒る。

 

 お前のそれはただの依存だ。

 そんなに弱い己が嫌なのか。半妖だからって、何もかもを諦めるのか。

 誇りを大切にしろという話は忘れたの?

 

 婆やの目はいつだって厳しかった。彼女のことは慕っているけど、その目は嫌いだ。

 言ってることも理解したくない。大体、誇りだの、なんだの。

 そんなの簡単に持てる訳ないだろう。俺は何もかもが嫌いなんだ。世界のすべてが嫌い。

 その中でも自分が一番嫌い。

 たとえ母様や父様の思いを知ってても、考えずにはいられない。

 

 俺は何のために生きているのだろう。

 何のために。

 家族のために?

 

 ……違う。

 俺に生きる目的なんてない。

 死にたくないから生きているだけ。

 取り残されたくないから強さを求めている。

 

 でも俺の立番なんて何処にもない。本当はとっくの昔に気づいてる。

 姉様も婆やも、家族の他に、何か大切なものを持っているって。伽藍堂なのは俺だけだ。

 

 俺はどうすれば良いのだろう。

 嫌いは怖いだ。怖いは嫌いだ。

 俺は何もかもが嫌いだから何もかもが怖い。

 自分が嫌いだから自分に向き合うのが怖い。

 

 いつの間にか戦い続ける理由すら見失っていた。

 俺は婆やに何も言い返すことが出来なかった。

 だから我慢が出来なくなって、遂に俺は幼い頃のように家を抜け出した。

 ほとんど衝動的だった。

 思えば、俺は途方に暮れていたのだろう。

 そうしてあてどなく放浪し続け――そこで片角の少女と出会うのだ。

 

 それが運命の始まり。

 最愛の妻、雲雀との出会いだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 巨大な緑の腕が動く。五つの腕が浮かび上がり、次に振り下ろされる。

 

「ぐッ!」

 

 咄嗟に一撃を弾くも、力が強い。カトラスで受け止めるにも限界がある。

 ならば逃げ回るしかないのだが、しかしそのくせ、腕の動きはとてつもなく速いのだ。すぐに追いつかれ、続く練撃に追い込まれる。

 それは他の者も同じだ。とわも、そして僧達も。こちらの方が数は多いのに劣勢だ。

 そもそもとわと理玖、二人だけならともかく、いきなり出会った僧達と碌に連携など出来ないのだ。勿論、非常事態なので協力しようという意思はあるが、それも付け焼き刃どころか、逆に邪魔で思ったように動けなかった。これでは戦闘能力のない夕凪の方がマシである。

 

(くそ、このままじゃ不味い)

 

 理玖は歯噛みする。

 体力は削られる一方だ。やはり、本体を叩くしかない。

 

「とわ様!!」

「……ッ!」

 

 腕の鉤爪を打ち払い、とわがこちらをチラリと見る。ただそれだけでやりたいことは伝わったらしい。すぐにとわが動き出す。

 

「こっちだ、妖怪!!」

 

 彼女は妖力を収束させ、菊十文字を振り被った。

 放たれるは二つ首の蒼龍。父から受け継ぎしき、しかし更に技を昇華させた双頭の蒼龍波。

 

 それが緑の肉塊めがけて迫る。が、只ではやらせてもらえない。五つの腕が目に負えぬ速さで動いた。本体を守るよう龍を叩き落とし、それを――「上出来です!」

 

 理玖が叫んだ。僧達が驚きを持って目を見張る。彼の姿は元いた場所にない。代わりに結界の天頂、その緑の肉塊の側にいる。耳飾りを弾いて飛んだのだ。外部はともかく、内側なら妖術を扱えるらしい。

 

「ッ――!!」

 

 妖怪が気づき、声を上げた。

 理玖はニヤリと笑い、カトラスを勢いのまま振り下ろす。

 

 ガキン!!

 

 高く、金属音が夜に響いた。理玖の顔に動揺が走る。緑の肉塊から手が生え、握られた武器がカトラスを弾いていた。手製の石斧だ。

 あの群従鬼達が使っていたものであり、にょきりと二本目に生えた腕も、ボロボロの錆刀を持っている。

 

(な――!?)

 

 そのあり得ない光景に驚く理玖。当然、妖怪が待つわけもなく、二本目の腕を伸ばす。

 

「ちっ!!」

 

 舌打ち一つ。

 すんでのところで耳飾りを弾いて飛ぶ。回避して地面の上でホッとしたのも束の間だ。

 五つの巨腕は既に動いていた。次に聞こえたのはいくつかの「ギャアアア!!」という悲鳴だ。

 若い僧達が叩きのめされていた。中には足を潰され動けないものもいた。

 

 理玖はどうともないが、とわが動揺している。彼女はすぐ様僧達を庇うように動き始めた。

 高僧もそれを見て、静かなる怒りを持って念仏を唱え、錫杖の石突を地面に打ちつけた。

 だが、その法力は腕の一つしか縛れなかった。残りは自由に動いている。それを防ぐために理玖も立ち回り、結局本体に近づく暇なく状況は悪くなる一方。高僧も縛るので精一杯で動けていないし、どうするか、と思ったその時。

 

「これでも食らえ……」

 

 低く小さな声が聞こえた。

 ……夕凪だ。

 振り向けば、夕凪が松明を変な持ち方で持っている。まるでこれから槍を投擲するかのように。

 そして、それは何の間違いでもなく、彼は次の瞬間、本当に松明を投げたのである。

 

 松明は鋭く放射線を描き、なんと法力で動きを止めていた腕に綺麗に突き刺さった。

 こうなると流石に巨椀も敵わない。勢いよく燃え始め、何故か悲鳴のようなものを上げた。それを夕凪は背負っていた銃を取り、撃つ。

 

 何の仕掛けか、内側からポップコーンみたいに肉が弾けた。

 

「皆、聞いてくれ!!」――驚く暇なく、夕凪が焦ったように声を張り上げる。

 

「こいつらは我々が追っていた“群従鬼の群れ”そのものだ!! すべて潰さねば、結界は解けぬ!!」

 

(つまり、この腕も本体ってことかよ……!)

 

 理玖は信じられず瞠目。

 

 やけに自律的に動くと思ったらそういう絡繰があった訳か。理玖は厄介さにもう一度舌打ち。それに肉塊の見た目も、腕が生えた先ほどのことも、言われれば納得がいく。正しく集合体なので、ああいう見た目で、変な芸当も出来たのだ。本体のふりした囮である。「重要なのはそれだけではない!!」

 

 夕凪が続ける。

 

「奴ら、我らを足止めする気だ!! そうなるよう“親”が我らをここに誘導したのだ!! 俺は母の書物で、似たようなことをする妖怪を知っている!」

「な――だったらその“親”ってのは!」

「村だ!! 餌を食い、次代の“親”となる特別な個体を産む気に違いない!!」

 

 だからこその、群従鬼すべてをぶつけての攻撃。

 最後に卵が熟成したからこそ、栄養源を求めるべく、餌を大量に喰らう。

 つまりはそういうことなのだ――蹂躙は、既に始まっている。

 

「ならば、あの村の村長は、初めから――」

「は? 何のことを言っている?」

「私は初めからあの村がきな臭いと思ったのだ!! 要領の得ないことしか言わず……くそ、既に村長の皮を被って化けておったか」

「へ、ちょ、ちょっと待て!! 何だそれ!! じゃあ、俺が危険な目に遭っていた裏事情ってのはまさか……ていうか俺が守りたい子、その村長の子供ではないか!!」

 

 なにやら状況がよくないらしい。

 夕凪は青ざめるように震え、固まってしまう。ぶつぶつとよく分からいことを呟いた。

 

「お、俺が……もっと早く気づいていれば、力を使えばこんなことには……日和……お前を俺が殺して……どうして、妖怪なんぞになって……また、お前のような……!」

 

 その様子のおかしさに、理玖達は何と言えば良いか分からない。言葉に詰まっていると、ふと倒れていた若い僧達が顔を上げ、目に強い光を宿し、弱々しい声ながら言った。

 

「し、しっかりしろ、半妖!! まだ大丈夫なはずだ!!」

「!?」

「お師匠様の命で、我ら同門の仲間が村にはおる! 村長の家を見張っているはずだ!! しばらくは持つ!!」

「ほ、本当か!?」

「ああ、だからしっかりしろ!! 貴様の事情は知らんが、村の者を守りたい気持ちは一緒なのであろう!? だったら目の前のことに協力しろ! 我々も全力を振り絞る!」

「……、そうだな! ならば俺もやるべきことをやろう!! ……その粋や人間ながら見事なり、かかかっ!!」

 

 夕凪が調子を取り戻す。

 

 半妖、人間。その枠を飛び越え、絆が出来た瞬間であった。そうして、理玖ととわも、それを見せられて気を引き締ない筈がない。必ず、この妖怪を倒すと。村を救うのだと。意思を固く持ち、彼らの連帯感は最初とは比べ物にならない。

 

「行くぞ!!」

「――っ!」

 

 とわの号令の元、駆け出す理玖、無事な僧達。

 倒れた僧らは互いに支え合い、念仏を呟き始める。それは微弱、非力、拘束力はまるでない法力。しかし確かな意思の強さで効果は跳ね上がり、結果奇跡的なことに、残る四つの腕が辛うじて鈍くなる。その隙をついて、理玖ととわ、高僧が仕掛ける。

 

「ギャアアア!!」

 

 切り裂かれて、貫かれて、法力で焼かれて。

 着実に巨椀が潰れて悲鳴を上げる。黙ってる肉塊ではないが、それも出来ないことだった。夕凪の狙撃だ。連射できるよう改造された火縄銃から立て続けに弾丸が飛んでくる。その肉にどんどん銃弾が抉り込みんで、弾けて削られていくのだ。

 

「かかっ。この距離ならば届こう……俺の妖力入りだ。たっぷり味わえ!!」

 

 発砲。発砲。発砲。絶え間なく響く発砲音。

 つんざく悲鳴が辺りに満ちる。やがて六回目の時、肉片一つ残らず、妖怪は消えさった。

 

 結界が消える。

 遮断されていた外部の気配が分かる。やはり遠くで膨れ上がる妖気に、そしてとわの険しい顔つき。恐らく血の臭いを感じ取っているのだろう。

 

 だが、目の前のこともまた無視できなかった。僧は無事だった者も含め殆どが倒れ、高僧も実のところはやられているのだ。理玖達を被うように動いた結果だった。その理由は多分、理玖達の方が村に早く辿り着けるからであり――

 

「我らのことは構うな。業腹だが行け」

「そうだ。我々よりも村民の方がッ――どうか頼む!」

「……っ」

 

 息も絶え絶えながら、必死に希望を託す僧達。理玖達は歯噛みし、その意思を受け取るしかない。そんな彼らに対し、出口から出てきた夕凪が言った。

 

「安心して欲しい。僧達は俺が責任を持って預かる。幸いこれくらいなら治療も出来よう」

「! 良いんですか!?」

「“恩”が出来たからな。それに今の俺はこれくらいしか力になれんだろう」

「それでも充分だ。助かる!」

 

 理玖達も僧は見捨てたくなかったのだ。内心ホッとする気持ちでいっぱいである。

 一方、当の僧達は信じられぬ目で夕凪を見ていた。

 

「お前、我らを助けるというのか……半妖のくせに」

「かかっ……何をおかしなことを。それを言うならお前達こそ、人間のくせに我らに味方してくれたではないか……何より“キリスト様”の教えに従うまでだ」

「キリスト様……?」

 

 僧達が首を傾げる。だが疑問に思ってる時間は惜しいらしい。彼らはふらふらともう一度立ち上がり、余力のある者は傷が深い者を支えて、夕凪の元へ行くのだった。そうして、夕凪は理玖達の方へ何かを手渡してくる。

 

「理玖殿、とわ殿。これを」

 

 不思議に思ってそれを見ると、珊瑚で出来た、何か奇妙な形状の鈴のようなものだった。夕凪が説明する。

 

「それは夢珊瑚の鈴と言う。もしも何かあったら鳴らしてくれ。さすれば使い魔がやってくるであろう」

「……夢珊瑚?」

 

 その単語にピクリととわが反応する。

 理玖も何だか聞き覚えのあるワードだった。彼はそれを無意識のうちに頭の中を探り、瞬間、何かが夢珊瑚から流れて脳内で弾けた。

 

(……!?)

 

 それは過去の記憶。とある男のトラウマだった。

 

 残虐な光景が映し出される。

 男の手が……血に染まっていたのだ。周りは兵士の死体の山々。虚なる黒い“無”。亡き娘の姿は何処にもなく、こんなことは違うと叫んで、その掌にはやはり血に濡れた古びた木の箱がある。箱はギョロリと目玉を生やして言った。『美味しそうだ』そして男は“二つの視界”で見るのだ。怯えている“最愛の妻”を――

 

「理玖殿、とわ殿?」

 

 夕凪の声にハッとする。いつの間にか額に脂汗を滲ませていた。そしてとわも同じく。当然、夕凪は心配そうにしていたが、やはり今はそれどころではない。頭を振って雑念を払う。

 

「ありがたく使わせてもらう」

 

 礼を言うのが精一杯だ。

 

「理玖殿、とわ殿。村の方へ……どうかよろしく頼む……!」

「ああ、任せてくれ」

 

 とわと手を繋いで、理玖は耳飾りを弾いた。空間を超えて、山下の村に飛んでいく。果たしてそこにあったのは――

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