遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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ギリ一万文字もありません。


遥かな永遠を一緒に 十話 中編

 あの時は今日みたいに、月の終わりの日だった。

 妖力をなくして人間になる時。力を追い求める俺にとって最も忌々しい日であった。とはいえ、どう不満を言っても非力な身であっては何も出来ず、俺は姿を隠すべく夕暮れ時に洞窟に篭った。

 

 だが、そこには既に先客がいた。それが雲雀。そして彼女の保護者、氷河湖だった。

 

 彼らは冬季妖と呼ばれる一族の一員だった。大陸の極寒地帯に住まう妖怪で、竜のような頭、鋭い爪、黒い毛皮を持つ恐ろしい鬼だ。

 しかし、そんな彼らであったが、俺の姿を見た途端、とんでもなくギョッとしたような顔をした。二人は怪我をしていたのだ。雲雀のその片角は折られ、氷河湖に至っては全身が血だらけだった。それでも生きられたのは、その強い妖力故か。とにかく、二人とも悲惨な有様だった。

 

「――!! ――――!!」

 

 雲雀は俺に対し、日ノ本にはない言葉で仕切りに何かを叫んでいた。もしかしたら懇願だったかもしれない。助けて、とか、殺さないで、とか。

 俺はそれを見てどうすれば良いか一瞬悩んだが、何だか放置するのも心苦しく、俺は初めて他人を救うべく治療に取り掛かった。

 

「――――」

 

 すると当然、二人は呆気に取られてるみたいで。

 しかし次にかけられたのは、相変わらず意味不明な、けれど温かな響きを持つ礼の言葉。

 俺はどういたしまして、なんて柄にもなく返すのだった。

 

 そうして、俺は雲雀達の治療を続けた。そしてしばらく経った頃。一日はすっかり終わりを告げ、俺の妖力は元通りになった。文字通り日が登って“旭”が来る。

 が、その瞬間変化は起こっていた。人のニ倍ほどあった雲雀の巨躯がみるみるうちに縮み、角もなくなっていくのだ。そこにいたのは俺と同い年の、長い髪をした少女だった。

 

「……まさか君は……半妖なのか?」

「……――――、――――」

 

 雲雀は恥ずかしそうにしていた。けれど、彼女は俺のことを指差し、「お前も一緒だろう」という仕草をしてみせた。確かに同じ変化を見せたので、違いないと俺は笑う。不思議と自然に話せていた。

 

「君は何処から来たんだい? どうして怪我を?」

「? ……?」

「分からないか……」

 

 言葉が違うので、俺も雲雀が何を言いたいのかさっぱりだった。氷河湖のこともそうだ。だが、俺は雲雀達と普通に話をしてみたいと思った。

 

 そこで治療をしている間、日ノ本の言葉を教えてやることにした。すると雲雀達の方も、次第に自分の言葉を教えくれるようになって。互いに喧嘩しつつも少しずつ歩み寄って、数日すると筆談なども交えて簡単な意思疎通くらいは出来るようになっていた。

 

 それで詳しく話を聞いてみると、何でも雲雀達は大陸から船一つでここまでやって来たという。

 どうやら雲雀の父母はとっくに死亡しているようで、今まで父方の冬季妖一族に身を寄せていたそうだが、そこで忌子として扱われ地下牢にぶち込まれていたらしい。それを氷河湖は許せず(雲雀の伯父だったので)、一族から追われるのを承知で、最終的にはこの日ノ本まで逃げてたのだとか。だが、長旅のせいで体力が限界に来てしまい、結果他の妖怪にやられて隠れていた、というのがざっくりとした経緯みたいだ。

 

「――――」

「――、――……」

 

 そんな訳で、二人ともそすっかり疲れきっているのだった。しかも氷河湖の怪我は治らず、確実に命は灯火の風前である。

 

 俺も同じ半妖ということもあって、雲雀達には同情していた。悔しくて歯噛みし、どうにも出来ない弱さを呪った。

 

 でも氷河湖は笑っていて、懐からあるものを取り出して何かを喋り始めた。多分、大丈夫だよとか、君は良く頑張ったとか。けれど、その手にあるものに俺はびっくりしていた。

 

「それって父様の形見と同じものじゃないか。一体何処で――って、何だ!?」

 

 俺が隠していた十字架を見せると、何故か氷河湖は唐突に泣きながら震え始めた。やっぱりよく分からない言葉であったが、よく聞いてその単語を拾うと、キリスト様、恩、斑紋様と言ってるのが分かった。

 

「えーと、つまり要約すると斑紋様ってのに、そのキリスト様の信仰? をもらったってこと……?」

「――――!! ――――!!!!」

「いやいやいや、うるさい、うるさい!!」

 

 氷河湖が更に叫びので、俺は耳を塞いた。氷河湖は十字架を仕切りに見ろと騒いでいた。それで仕方なく見ると、確かに何か印のようなものがあって……よく気づいたなと感心していると、今度は雲雀が本の冊子みたいなのを渡してきた。

 そして言うのだ。

 

 ――貴方に救いを。私達は、人間と妖怪、どっちにもなれないから。あるがままでいるためにも、信じるものがきっと必要なの。

 

「救い?」

 

 俺は本を受け取った。

 

 それは聖書――そう呼ばれる、吉利支丹の聖典であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僧達は、パチリパチリという音で目が覚めた。

 ここは何処だ? そう思って辛うじて目だけを動かすと、そこは広くとも薄暗がりの中。どうやら殆ど――というか全員雑に寝かせられてるらしい。部屋の中心には焚き火がつけられ、その側で夕凪が何かの作業をしていた。

 

「……起きたか」

 

 やがて僧達の気配に気付いたのだろう。夕凪はこちらを向いた。僧達は彼に対し、疑問を投げかける。

 

「貴様、我らを一体何処に連れてきたのだ?」

「……隠れ家だ。ここは万が一に備えて確保していたものだ。そう敵には見つからん。少々運ぶのは大変だったがな……まあそんなことは良い……飲め」

「!?」

 

 夕凪は側にある壺から、何か丸薬のようなものを取り出した。が、糞を煮詰めたみたいに臭い。しかもなんかドロドロしてる。

 僧達も流石に怖気付いたようで、吐き気を堪えるように顔を青くさせている。それに夕凪は溜息を吐き、

 

「……まったく。……甘ったれた小僧どもだ……ほれ」

「うごぉ!?」

 

 夕凪は一人一人、丁寧に僧達の口を無理やりこじ開けると、丸薬を喉の奥に突っ込んで回った。

 勿論高僧――老齢の僧も平等にである。おかげで彼らは悶えたくなるほどに苦しんだ。けれど効能は本物で、次にはみるみるうちに苦痛が和らぎ、体力が回復していくのを感じる。

 夕凪は言った。

 

「あくまで気付け薬だ……しばらくすれば動けるだろうが、あくまで動けるだけで中は治っちゃおらん……しばしの間は用心するようにな」

「……何故だ」

「ん?」

「何故、そこまでして我らを助ける」

 

 高僧は、群従鬼の巣にいた時と同じ質問をぶつけた。彼にとっては不可解でならないのだ。

 

「あの半妖の娘も、男も。人のために戦おうとして――何の特にも、なりはせんというのに」

「……ならばお前は、己の欲望のために戦うというのか?」

「……ここにいる者は全員そうだ。妖怪に村を滅ぼされ、生き残ってしまった者達。私が人を救うのは……妖怪の被害を見聞きすると、当時の罪悪感を思い出すからだ。亡くなった息子、娘、孫の痛み……私の浅ましい欲望は彼らを消したがっている。そのくせ私はそんな彼らに縋る生きた屍だ。妖怪の被害を抑えねば、物の怪を滅せねば、……皆から責められる気がして、ならんのだ」

「そうか……」

 

 夕凪の目が細まる。何処か痛ましそうな視線を向けている気がした。そうして、被っている竜骨に触れて、

 

「気持ちは分からんでもない……俺も縋りたいという一点においては、お前達と根本的には何も変わらん」

「……お前にとっての縁。……よもや吉利支丹か?」

「おかしいか……?」

「はっきり言って奇妙だ」

「しかし、妖怪が人間と子を成すなら、妖怪が人間の思想に傾倒することもあり得ようて……」

 

 夕凪は静かに笑う。「“隣人を愛せ”……と俺の恩人は言ってたな」

 

「敵も、味方も、区別した上で、憎悪しても良いのだと……その上で、それらを受け入れて世界を愛せと。……我らは皆、神によって造られた同胞なのだから」

「……詳しくは分からんが、変わった考え方だな」

「だか、おかげで俺は救われてる。神の愛の前ではすべては平等なのだ。……だから俺の存在は“半妖であっても”許されている……」

 

 それは己に言い聞かせてるようにも、胸を張って言ってるようにも聞こえる不思議な響きだった。事情はよく知らないが、どうやら信仰心は途方もなく厚いらしい。

 

「……善行なんてのは大抵浅ましさと同義だ。俺がお前達を助けたのだって、“勝手に恩を返すと押し付けて憎しみを癒す”ことでしか、弱い自分を許せないからだし……とわ殿達だって、村人が死ねば目覚めが悪いという理由で戦ってるだろうよ……」

 

 だからあまり気にするな。

 夕凪はそう言いたいみたいだった。

 

 けれど、僧達は黙って聞いていて、その胸に去来した感覚をどう思えば良いか分からなくなっていた。特に老齢の僧は複雑だ。彼は憎しみのままに今まで多くの妖怪を殺してきたのだから。

 

 だが、絆される気はない。

 そんなに夕凪もお人好しではないだろうし、綺麗事で片付く程単純じゃない。何より今、自分達は生殺与奪を握られている。一緒箇所に集められたのは秘密裏に始末されるためか、はたまた――

 

「…… とは言え、あの二人はある意味“本物”かもしれないな」

「は?」

「特にとわ殿だ。あれは真っ白過ぎる……」

 

 妙に神妙な声音で、突然呟きだす夕凪。

 他の僧達は困惑していたが、老齢の僧は分かる気がした。あの半妖の娘は目が綺麗すぎたのだ。ああいうのが一番怖い。調子が良い時は本当に良いが、折れた時の反動が余分にデカいのである。腐る時は本当に一瞬だろう。

 

「そういうのを防ぐには、家族より伴侶の方が良い時もあるんだがな……理玖殿はそれを自覚しているのだろうか……」

「……」

「ま、今考えることではないか。今は無事を祈るだけだ。そしてあの子の命を――」

 

 夕凪は毛皮の内側から十字架を取り出した。本当に古びた十字架を。そして彼はどうしてだが、覚悟を決めたような顔をしていた。

 

 ――夜は未だ深けれども、朝はすぐそこまで近い。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 飛んで、初めて目にした光景。それはあちこちで燃え上がる炎。そして、逃げ惑う人々、倒れる骸だった。

 

 村は思ったよりも酷い状態だ。壊滅、その一歩手前と言って良い。建物は殆ど原型がなく、壊されたり潰されたりしている。

 そうして、悲鳴の合唱のなか、むせ返るような血の匂いに、とわは耐えきれなくなったのか顔を青ざめさせる。

 

「うっ!!」

「大丈夫ですかい? とわ様」

 

 すぐさま理玖は気遣った。とわは平気とばかりに頷く。

 

「このくらいは耐えられる。でも――」

 

 とわは村の中心部を睨みつけた。

 大きな大きな、柱のような空に伸びる緑の肉塊。地中からは至る所からイソギンチャクのような触手が生え、骸や村人を捕まえてはドロドロに溶かして栄養分にしている。

 

 そしてそれに応戦するのは、高僧が残した弟子の僧達。恐らくとわ達と遭遇した者より数段手練の者達で、大分奮戦しては、その合間に村人達を的確に避難させていく。ここまで村が持ったのは、彼らの功績だろう。

 だが、それも限界が近いようだ。一人が触手に足を絡め取られた。

 

 ――捕食される。

 

 その最悪の予感からか、彼の顔が恐怖で歪んだ、その時であった。

 

 銀閃が瞬く。

 とわが飛び出し、菊十文字で触手を一太刀で切り伏せたのだ。そして後ろから伸ばされた触手も、理玖がカトラスでトドメを刺した。

 解放された僧は何が何やらよく分からないと言った顔である。

 

「あ、貴方達は一体……!?」

「一言で言えば協力者だ。まあ、色々事情はあるが、助太刀するぜ」

「……そ、そうか」

「それで状況は?」

「み、見ての通りだ。お師匠様の言うとおり、我らは村の中心部――村長の家を見張っていた。しかし数刻ばかりした頃に異変が起き、この様だ。しかも村長の皮を剥いだ途端、次の依代ということで娘を――」

「まさか食べてしまったんですか!?」

 

 とわ達はギョッとする。

 夕凪の事情を知っているからこそ、あり得ないで欲しかった。

 だが、奇跡的に僧は慌てて首を振る。

 

「い、いや、そういうわけではないであろう。娘の魂はまだそこにある気配がした。推測だがあの妖怪はなんらかの形で力を削がれ、皮を被っていたというよりは、存在を保つために村長に取り憑いていたのだ。しかし村長は生気を吸い尽くされ弱っていた。そこで娘の方に乗り換えたのだ」

 

 それに卵を産む体力の問題もある。

 少女の体の方がよっぽど都合が良いわけだ。

 

「じゃあ、あの柱みたいなのは何なんだよ」

「分からぬ。だが、妖怪は卵を守る防壁……器とか、なんとか言ってたな。無論、娘の体を取り返そうとしたが、その前に弾きだされて……」

 

 その結果がこれというわけだ。

 

 理玖達は周囲を見る。

 被害は拡大する一方。今こうしている間に何人の命が亡くなっているのか分からない。無視できるはずもなく、さりとてそれに構い過ぎてあの肉塊の柱を放っておいても、何も解決はしないのだ。人手が圧倒的に足りない。

 しかも僧は言った。

 

「悪いが娘のことは諦めた方が良い。もうアレは駄目だ。完全に妖怪と同化しておる。助けられるものも助けられん」

 

(……こいつの言う通りかもしれねえ)

 

 認めたくはないが理玖もこの僧には同意見だった。

 夕凪には悪いが、話を聞く限り、現状では少女が助かる道が思いつかないのだ。それはとわも同じなようで、悔しそうに、悲しそうにしている。

 だが、何かが引っ掛かる。本当にその手段はないのだろうか。大事なことを忘れている気がする。今、理玖の目に映る菊十文字。確か昔は偽物でとわはその時――

 

「……! 鈴が……」

 

 そのタイミングだった。

 持っていた鈴が妖気を放ち震え始めた。

 急なのでとわと二人、びっくりする。

 

(まさか鳴らせということか?)

 

 ここでどうして。が、夕凪の言葉を思い出す。これを使えば使い魔が来ると。構造的に妖力を用いものらしく、“朔”であったため使いたくても使えなかったのだろう。

 

 それを渡してきたということは突破口になり得る。使うしかない。

 

 理玖は妖力を込めて夢珊瑚の鈴を鳴らした。

 途端にリーン、と音色が響き渡る。この炎の光景に相応しくない、清涼な音色が。

 

 すると突如として目の前の空間が歪み、ドバリと現れたのは――大量の大きな大蛇であった。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 流石に驚きの声を上げる僧。理玖もとわも目を見開き、大蛇に気づいた村人は更にパニックになったように叫んでしまう。

 

 だが、大蛇達は人々を襲うことはしなかった。それどころかあっという間に村中に広がると触手に食らいついて次々と倒していき、それに留まらず水を吐き出しては燃え広がる炎を消していった。理玖が懸念していた、村の被害の問題を易々とその物量で鎮静化していっているのある。

 

 と、そんな中、最初にハッとしたのは、意外なことに遠くにいる一番若そうな僧だった。彼は慌てたようにとわ達の目の前にいる僧や他の仲間に呼びかける。

 

「ぼさっとしている暇はありませんよ! 何があったか知りませんが、今のうちに村人の避難を!!」

「っ、そうだ! この機会を逃せん!」

「早くしなければ!」

 

 僧達は「貴方達もお早く」と一言言ってから、素早く行動を始めた。どうやらここは彼らに任せても大丈夫なようだ。だからこそ、僧達の気遣いを無視してでも、あの肉塊の柱に行かなければいけない。

 

「とわ様、理玖様」

 

 使い魔のうち、一際大きな翡翠の大蛇が、理玖達に近づいた。

 

「我らが主に代わりに、そして使い魔を代表し、[[rb:私 > わたくし]]奴が貴方達をあそこまでお送りします」

 

 大蛇は無機質ながら丁寧な言葉で言った。

 

「主と記憶は共有されてもおります。私は意思なき傀儡。夢珊瑚に宿りし主の妖力。その具現なれば、こうして“朔”の日であれ、貴方方に手を貸すことを厭いはしません。何なりとご命令を」

「じゃあ、さっき言った通り、アンタがあの柱まで導いてくれるってことだな」

「然り。――既に気づいておられますでしょうか?」

 

 気づいていないはずがない。

 あの肉塊の柱の周りには、先程から嵐のように妖気の渦が発生している。郡従鬼の時のように、あれは内側に結界を張っているものだ。つまり耳飾りによる跳躍は不可能。

 

「方法はたった一つ。物理的に突破するしか道はありませぬ。そして妖力の揺らぎは柱の天頂にてございます。さあ、私の背にお乗りを」

 

 言われた通りに理玖達は大蛇に飛び乗った。

 

 大蛇に変化が起こる。その体が大きく大きく、より巨大になり。頭部から鹿の如き角が生え、背骨をなぞるように立髪が生える。牙は太く鋭く、まるでその顔つきは鰐のよう。そこにいたのは、翡翠の大蛇ではなく、龍だった。

 

「……水面さん?」

 

 その妖力の気配からか、とわが不思議そうに呟く。

 が、龍は何も答えない。次の瞬間、ぶわりと天高く空へと飛びたったからだ。

 

「――ッ!」

 

 地上から高速で離れていく。その速さに耐え凌ぎ、離れぬよう理玖達は立髪を必死で掴む。そしてやがて龍が止まった時、思わず閉じてしまった目を開くと、既にそこは遥か上空。

 見下ろせば、星明かりと未だしつこく残る炎の光で、その被害を受けた村の全体がよく見えた。こうしていると肉塊の柱の大きさは思ったよりそこまでない。妖力揺らぐ天頂部分は、確かに花びらのような口と穴が開いている。まるで入ってくださいと言わんばかりに。

 だが、そう易々とやらせてもらえるはずがない。

 

 ――刹那、柱を取り巻く妖力が、暴風のように吹き荒れた。

 抑される。理玖達の接近に気がついたのだ。しかも柱の肉壁から触手が何十本と生えて、こんな高い場所にまで伸びてくる。

 

「チッ……!」

 

 急いで耳を飾りを弾く理玖。

 跳躍。別の場所に飛び、すんでのところで回避する。

 しかしまたも追いかけてくる触手。跳躍。妖力の暴風が襲いかかる。跳躍、跳躍、跳躍跳躍跳躍跳躍跳躍――

 

 理玖達は耳飾りを弾いて瞬間的に転移し続ける。

 その間も近づけまいとする肉塊の柱。その足掻きを今こそ断ち切らんと、龍が大きく口を開け業火を放った。

 

 着弾。

 柱は無事だが触手が燃え尽きる。耳飾りを弾いてまたも跳躍。今度は柱の天頂、その真上。

 

「今だ、突っ込め!!」

 

 理玖の号令の元、翡翠の龍はまるで流星のように降下を始める。その速さは音速かと思う程だ。全身にその妖力を纏わせ、膨大な妖力の嵐を突っ切って、突っ切って――ズドン、と。そうして、無理やり柱の中に飛び込んだ。

 

「……」

 

 龍は衝撃に耐えきれなかったらしい。サラサラと消えてしまい、後に残るのはヒラリと舞い落ちる焼けこげた札のみ。

 理玖達はその痛みを胸に、直前には降り立っていた。

 

(ここが……)

 

 把握のため、チラリと周囲を見渡してみる。

 中は驚くほど広い。空間が歪められているのか、否か。そして場の中心にあるのは、地面に埋め込む形で存在する一つの大きな白い球であり――およそ卵と呼んで良いのか分からない代物だった。

 それを、

 

『なんだアレは、という顔をしているようだな』

 

 幼い少女が話してかけてくる。

 

 ……ただの少女ではない。長い髪は白く、目は赤い。およそ色素というものが完璧に抜け落ちている。

 ――アルビノ。

 とわがいた世界ならばそう呼ばれているだろう。だがここは戦国の世だ。その時代に合わせて言えば、白子。

 少女は世にも珍しい白子だったのだ。

 

『……それにしても驚いた。まさかこんな方法で来るとは』

 

 驚く理玖達に対し、逆にこっちも唖然としてるのだと言わんばかりに少女は言う。

 その口元から覗くは歪な乱杭歯、背後にはゆらゆらと不定形な妖力の影があり、そして幼い風貌に似合わない、剣呑な輝きを持つ目がこちらを睨んでいる。

 

 乗り移った妖怪だ。気に食わないと、まるで呪うかのように鼻を鳴らす。

 

『あの父と同じで、案外乱暴なのだな。半妖の夜叉姫……とわ。貴方とは、色んな意味で戦いたくなかった』

「!! 私を知っているの?」

 

 名を呼んだこと。そのことにとわが叫ぶように聞く。当たり前のように妖怪は答えた。

 

『ハハッ、知っているも何も。そんなの無理もないだろう? 知らない方がおかしいのだから』

「……?」

『まあ仕方がないか。“気づかれる”はずもない。こんな姿と力ではな』

 

 不思議そうなとわに、妖怪は哂う。笑う。咲う。

 妖怪は何故か投げやりに失笑し、

 

『どうでも良いのだ。貴方などどうでも良い。たとえ縁があろうと何が関係あるだろう。父親は多少どころじゃなくめちゃくちゃヤバいが……というかそのせいでこんなとんでもない感じになってるが……それすらも断ち切って仕舞えば良いのだ。うん』

 

 最後の方、何やらゴニョゴニョと早く言ってから。

 ――と、そこで妖怪の目が理玖に向けられた。

 嫌悪、劣等感……そんなものを感じさせる幼い目。

 

『しかし、そちらが理玖、か……』

「……オイラがどうしたってんだよ」

 

 何だか理玖のことも知ってるらしい。

 変な雰囲気にイラついていると、妖怪はコロリと一瞬だけ真顔になり、

 

『分からない』

「は?」

『理解が出来ないのだ』

 

 何やら異様な感じである。妖怪は静かに、弱々しく尋ねる。『なあ、麒麟丸の角、是露の人形の理玖。お前はどうして本物なんてのを求めるの。偽物がそんなの求めて良いの? 苦しくない?』

 

「……何?」

『だって、どんなに肯定されたって、偽物の存在が空っぽなのは変わらないはずだから。何かに縋らないと生きていけないのは変わらないはずだから。なのに本物に手を伸ばして、虚しいなんて思わないのか? それって是露ってのに仕える時とどっちがマシ? ……誰かに依存し続けて、居場所も何もなくて……そんなの絶対自分を許せないはずないじゃん。見たくない真実を乗り越えて幸せになれるの? 強くなることが本当に正解?』

「……」

 

 まるで自分の弱さと重ねてるような口ぶり。言っている意味が分からない。何がどう言いたいのかも。妖怪自身の事情も。

 

 ――だが、是露ってのに仕えるのとどう違うのか。

 その言葉は心の中にグサリとは刺さった。何処か思う部分がないでもなかったので。

 

 しかし一方的に同情されて、不愉快であるのは変わらないし、何よりさっきからの言葉の内容を切り取っても、はっきりと分かった妖気の質から考えても、

 

「どうにも郡従鬼の親としては違和感があるな、お前は……」

『ハハ……そうだな。確かに僕は郡従鬼の親じゃない』

 

 妖怪はあっさりと頷いた。

 

『僕はただその力を使っただけだ。そっちの方が都合が良いから、食って利用した。それだけだ』

「何が目的でこんなことを」

 

 とわが睨みつけながら問いかける。

 

『決まっている。すべては“戯れ”のために』

 

 それだけに人を殺し、多くを喰らったと?

 

 怒りに震え、理玖ととわは改めて武器を構える。

 とわは毅然と吠えた。

 

「その子の体から出ていけ、妖怪! それはお前が利用して良い体じゃない!」

『クク……そんなことを出来るわけなかろう。この体は復活の贄として必要なのだ。それになあ、本当にそんなことをしても良いのか?』

「何だと?」

『言ったであろう。“戯れ”であると。すべては“戯れ”なのだ。この少女のな。自ら村長を渡したのも、体を捧げてきたのも、元はと言えばこの少女なのだ』

 

 とんでもない事実を妖怪は言い出した。そして試すように、

 

『さて。それで果たして、解放して良いのかな?』

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