遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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これにて予定していたプロットの前章が大体終了…(後日談まだだけど)いや長かった。
しかも想定していた結末と違ってちょっと困る。
一万六千文字です。もうちょっとテンポ良く削りたかった…


遥かな永遠を一緒に 十話 後編

 ――それは二百年前と伝わる。

 

 当時、最もその時代で力ある神主が、この地で人々を治め、妖怪の被害から守っていたという。

 そんな神主の元に、ある日一匹の大妖怪がやってきた。

 

「私は四方。箱から生まれし大妖怪である」

 

 そう名乗った大妖怪は、己の箱から白くて丸い、何か大きなものを取り出した。

 

「これは群従鬼と呼ばれる妖怪の卵、それが変質せし妖玉である」

「……変質?」

「四魂の玉は知っているか」

「詳しくは分からん」

「ならば教えよう。四魂の玉は巫女と数多の妖怪の魂の集合体である。中で何百年と相争うと聞いておるが、それと似た現象が稀にこの妖怪の卵の中でも起こるのである」

 

 群従鬼の“親”となる個体の卵は特別だ。

 その内に何百と小さな胎児が入っている。

 胎児達は最後の一匹になるまで争い合い、決着が着いた時に初めて孵化する。が、ごくごく稀有なケースとして、延々と争いが長引くことがある。戦力が均一となった結果、争いが拮抗するのである。

 こうなると妖力が尽きるまで自然死を待つしかないが、大妖怪の持つ卵は特殊だった。

 

 互いが互いを喰らい合う内に、生まれてくることが出来ないという無数の憎しみと無念が渦巻いて邪気となり、これが胎児達の妖力を高めたのだ。

 更に逃げ場がないため卵の内にて圧縮されて、気付けば胎児の魂と邪気は融合していたのである。

 しかも、そうなった後でも内部で胎児同士が戦い続けているというのだから驚きだ。

 

「かなり四魂の玉と成り立ちが似ているであろう。人間。神主殿よ。これはその玉に劣るが危険な代物なのだ。際限なく周りの邪気や妖力を蓄えて増幅する。貴様にはこの妖玉を封印してもらいたい」

 

 真摯に大妖怪は頼んだ。

 が、神主は困惑していた。話は分かったが解せぬのだ。普通、手放さないのではと。

 

 しかし大妖怪は首を振る。

 

「訳あって私の精神は今、暴走寸前まで来ているのだ。こうして耐えているのも限界で、だから危険物は出来るだけ手元に置いておきたくない。私は私の子らが生きる世界を壊したくないのだ」

「だったら、貴様の手で破壊という選択肢もあるであろう」

「そうしたいが私は宝物を収集するという本能に栄えらえないのだ。手放すだけで精一杯なのに、壊すとなると抗えない。私と繋がる配下もそうだ。少なからず影響を受けてしまい――私が“封じられれば”そうでもないが……今はとにかく時間がない」

 

 そう言って大妖怪は頭を下げた――本来は誇り高い筈の大妖怪がである。

 

「頼む。神主殿。無茶を申しているのは分かっている。その上でどうかお願いだ。どうかこの妖玉を――」

「……」

 

 必死な大妖怪の懇願。

 それを見て神主の胸にも何かが生まれたようだ。だが気になることがもう一つ。

 

「何故、私なのだ」

「貴様が己の未熟さを熟知しているからだ」

 

 大妖怪は顔を上げて答えた。

 

「貴様は仲間を頼る。周りを頼る。一人で抱え込もうとせず、村の皆で解決しようとする。そういう弱さこそが本当の人間の強さよ。傲慢な妖怪、驕り昂る者には任せられん。貴様にはそれを子々孫々にまで伝え、妖玉を守り通して欲しい」

「……」

 

 神主は再度熟考するように沈黙した。

 そして大妖怪から妖玉を預かることに決めたのだ。

 

 こうして、代々その村の神主たちは、妖玉を封じる務めを担うこととなった。彼らは清廉潔白な精神を持っていて、真摯にこの妖玉を鎮めてきた。時に己の未熟さを悟り、仲間を頼り。大妖怪が信じた通りに、弱さを強さに変えてきたのだ。

 

 だが、思いとは変わるものである。

 受け継ぐ度に意思は薄れるものである。

 

 いつしか神主達の力も代を重ねる毎に落ちてきた。血縁の巫女とて辛うじて霊力を保つ程度である。

 妖玉の邪気に当てられたせいか、彼らは欲望を隠さなくなった。私利私欲――そして村の繁栄のために、妖玉の力を操るようになったのだ。

 

 かくして村民達は飢えることもなくなり、村も大きなっていった。

 

 しかし封印を完全に解くことはしなかった。

 他者に利用されることを恐れ、あくまで封印を緩めた上で、まるでちょろちょろと蛇口から水を出すかのように、その妖力を少しずつ引き出したのだ。

 その陰の犠牲者は巫女達だった。

 彼女達を生贄に捧げ上で、秘術を用いて妖術を行使したのである。また封印の維持のためにも欠かせなかった。前述した通り、今や霊力を持つのは巫女だけだから。

 

 そうして、数年に一度のペースで生贄は殺された。

 それは誰もが知ってる周知の事実だ。

 皆が心を痛めながらも思っていた。

 

 これは仕方がないことだ。

 これはやらねばならぬことだ。

 

 だからまだ幼い少女にも、村民は言った。

 

「頼む、夜那(よるな)。生贄になって死んどくれ」

 

 ――冗談じゃない。

 

 少女は――夜那は当然のようにそう思った。

 というのも彼女、白子として生まれ、村中から腫れ物扱いされて生きてきたのである。しかも外に出たら呪われるとかで自宅に押し込められ、唯一の味方であった母も無理やり生贄に出された。それで今度は自分も生贄になれというのだから、反感を抱くなと言う方がおかしい。

 

 しかし逃げだしても行く当てはない。

 捕まえられて奴隷にされるか、妖怪に食べられるか。自分の見た目もあって碌な末路は辿らないだろうことは夜那も分かっていた。

 

 それでもただで死にたくはないのだ。ただで死にたくない。

 どうせだったら――そう思って、結局恐怖に負けてこっそり飛び出してしまっていた。

 しまったと思った時には既に遅かった。

 

 けれど、元の道に戻ることは出来なかった。外の知識がなかったためだ。それに慣れない山は危険で、すぐに疲弊してしまった。

 

 そんな時である。

 何かが青く、ぼうっと光っているのが見えた。

 

(人魂……?)

 

 そう思ったが、すぐに違うと気付いた。

 それは青く輝く左目を持つ、一人の男だったのだ。

 

 ――この特徴……まさか半妖?

 

 村人から話は聞かされていた。

 村外れに住み着く、妙な格好の奴がいると。そしてその通り、男は竜骨を頭に被り、黒い毛皮を纏っていた。あまりにも不気味すぎて怖気付いてしまう。

 

 しかし半妖は食ったり、焼いたりもしなかった。

 何故かおずおずとした様子で夜那に無言で近づくと、すぐに身なりを整えてくれ、そのまま彼女をおんぶして山を降り始めたのだ。

 そうして、村のギリギリのところまで送ってくれた。

 呆然としていて、夜那はお礼すらも返せなかった。

 

 そして、しばらく経った頃。

 夜那はやはり、どうしてもあの半妖が気になって仕方なかった。日焼け防止に笠を被り、また村を抜け出してしまう。

 今度は前回の経験もあって迷うことはなかった。

 だが、そこで目にした光景は、あまりにも予想外と言えば予想外で。

 

 その半妖はなんと、誰かの墓の前にも関わらず、酒を浴びるように飲んでいたのである。

 ポカンと口を開けていると、半妖はふいにこちらを向いた。

 

「ひっく。何だ〜、貴様」

「……」

 

 半妖は竜骨でなく、口だけが開いた龍の仮面を被っていた。そのせいか表情も辛うじて分かるようになっていて、酷く酔っ払っていることが分かる。

 見た目は若いが完全に駄目なオッサンだ。月賦までやってのけたのだから下品である。思わず半眼になったのは言うまでもない。

 

「おじさん……さっきから何してんの?」

「おじさんではないわ。未だピチピチの二百歳だぞこの野郎」

「じゃあ、お爺ちゃんじゃん」

「ジジイでもない!! というかさっきから何なのだ、貴様。こちとら忙しいのでさっさと失せろ。この薄汚い小娘がッ」

 

 酒瓶を煽り、半妖は不機嫌そうに唸った。

 そのあまりの低い声に夜那は固まってしまう。

 すると、半妖は思いの外お人好しなようで、気に入らないと鼻を鳴らした。「ふん……流石に言い過ぎたわ」

 

「だがさっさと帰れよ。俺といるとこ見られると色々と不味いぞ、色々と」

「……おじさん」

「だからおじさんではない」

「この前のお礼、してなかった。助けてくれてありがと」

 

 途端、半妖は首を傾げた。

 何やらきょとんとしてる気がする。

 

「えーと、何かしたっけか、俺」

「え? でもあの時――」

「分からぬ。ほんっと分からぬ。ん〜?」

 

 半妖は本気で悩み始めた。

 酔いで忘れているのだ。これには唖然となるしかない。そして色々と面倒くさくなったのか、さも当然のように言い放つのだ。

 

「ま、可哀想な童を助けるのは大人として当たり前だがな、アッハッハッハ!!」

「……それがたとえ、白子であったとしても?」

「? そりゃそうだが? 何かおかしなことでも言ったか?」

「……」

 

 その時、胸の内に生まれた感情を何と言えば良いのだろう。少し救われたような気がする暖かさ。今まで孤独を感じてきた分、夜那は半妖に安心感を抱いたのだ。

 

 それから、何度か夜那は半妖の元に出掛けた。

 ……もしかしたら、助けて欲しかったかもしれない。

 この辛い境遇から、この辛い現実から。

 

 事実、半妖は口こそ悪かったが、いつだって夜那に対して偏見を持たず、優しかった。

 強く拒絶しないし、泣きそうな顔をすると慰めてくれる。お腹がすいたら、林檎をくれた。とても甘くて美味しかった。

 

 でも、会う度に半妖は夜那のことを忘れていた。彼は一日中、暇さえあれば酒を飲んでいたのだ。初めて会った時は、たまたま酒が切れていただけだった。

 

 後から思えば、半妖は現実逃避がしたかったのだろう。娘と妻をいっぺんに失って、心が耐えられなかったのだ。

 だから、半妖は夜那の忠告も聞かずに酒を飲み続けた。

 

 決して心を開いてくれたりはしなかった。

 名前も知らないし、正体も明かしてくれない。

 どれだけ優しくしてくれても、それは本心からじゃない。

 一度、生贄のことを伏せた上で、半妖の側にいたいと訴えたこともある。けれど、半妖は静かに首を振るばかりだった。

 

「今の俺は君を愛せない。俺は何も愛してはいけないのだ」

 

 そもそも人間に興味がなさそうだった。普通、村の生贄に気付きそうなものなのに。

 まったく気にするどころか、知ってる風でもない。もしかしたら、酒で上手く考えることが出来ないのかもしれない。どちらにしろ助けてくれそうになかった。

 

 それに何度も抜け出せばバレるに決まっている。

 夜那は更に、厳重に部屋に閉じ込められた。そこは一日中真っ暗で日も刺さない場所だ。

 気が狂うように、一人でいつも考えた。

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――

 

 死ぬために生かされて、生きられるはずなのに死んでしまう。

 絶望しかない。

 

 夜那はいつしか生きることを諦めてしまっていた。

 味方なぞいないなら死んだ方がマシだ。

 そうして濁る目で虚空を見ていると、何かが話しかけてきた。

 

「……可哀想に」

「……」

「まったく、箱の大妖怪の因縁って奴ですかね。これではまるで囚人のようだ」

 

 ――それに形はなかった。

 目の前でゆらゆら、ふわふわ、力の塊のような不定形な影が揺らめている。

 一目で分かった。妖怪だ。私を食べにきたんだ。

 

 そしてその予想に外れはなく、妖怪は堂々と幼い声で言った。

 

「初めまして、夜那さん。僕は主人に命じられてここまで来ました。貴女を贄にして喰うためです」

「……何のためにそんなことを」

「主人の回復のためです。現在、主人は深く傷ついておられまして、僕も彼女に大部分妖力を吸い取られてこんな有様です。ですから、ここにある妖玉を捧げようということになりまして、婆ちゃんに無理や――じゃなくて、祖母に連れてこられたのですよ。そんで貴女を贄にすると邪気が良い感じに高まるらしいです。怨念って奴ですか? 歴代の巫女の恨みがあの妖玉に沢山宿ってるらしいですね」

 

 貴女なら分かるでしょう?

 そう言って妖怪は笑った気がする。

 

 確かに意識してみればそうだった。

 血の絆とも言うべきか。夜那はその邪気を感じ取っていた。その無数の怒り、悲しみ。初めて母以外の贄のことを思った。そして夜那は使命感のようなものに駆られた。

 このままでは、また犠牲者が増えるだけだ。歪なこの村を滅ぼさなければならない。

 

 だが、それは戯れと言えば戯れだろう。だって、使命感と言っても気まぐれみたいな感じだ。

 もう何もかもがどうでも良くて、全部を滅茶苦茶にしたくて、それを行う大義名分が出来ただけのこと。

 更に、妖怪の言葉は甘露のように甘かった。

 もしかしたら頭が馬鹿になっていたかもしれない。

 

「貴女はあまりにも不憫です。自由もなければ居場所もない。その怒りは正当なものです。ですから好きなだけ復讐を。贄にする前に、貴女の腕として、足として、出来る限り願いを叶えてやりますよ。――さあ、貴女は何を望みますか?」

「私は――」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

「――ただで死にたくない」

 

 静かに、ただ静かに少女は言った。

 語ったのは妖怪ではなかった。すべて少女自身が、少女自身の意思で、事情を話したのである。

 

「私はただで死にたくなかった」

 

 夜那はもう一度繰り返した。

 

「だから、真っ先に神主である父さんを差し出した。奴は母さんを殺した。生かしておく必要はない」

『とっくに僕の腹の中だ』

「村民も差し出した。奴らは母さんの生贄の儀式に関わった。生かしておく必要はない」

『本当にご馳走様だよ』

「次はこの村全体だ。生き残りは許さない」

 

 その瞳には強い強い憎しみが――そして愉悦の色があった。

 真実この少女にとっての戯れなのだ。

 彼女はまるでお気に入りのおもちゃで遊ぶように、妖怪の力を使って人を殺していた。事情が事情とは言え、その精神は邪悪だ。邪気に影響されていたのかもしれない。

 

「……」

 

 理玖ととわは絶句してしまう。

 隠されていた村の秘密。本当の加害者は誰か。守るべき者、倒すべき者が丸ごと反転してしまい、受け止めるには少々困惑が付き纏う。

 まさか、こんなことになるだなんて。

 

(……これは予想だにしてなかった)

 

 どう言えば良いのか分からない。正直、やり過ぎではあると思うが、それだけの苦しみを受けて尚我慢しろと言うのはあまりにも酷だ。動機は理解出来なくもない。少なくとも妖怪の言う通り、夜那の怒りに正当性はあるだろう。

 

「だが話を聞いている限り、夕凪――半妖には少なくとも情があるはずだ。追っ手を差し向けたり、巻き込む必要はなかったはずだぜ」

『……あの男を庇うか』

 

 妖怪がまた少女の口を借りて嘲笑う。聞いていただろうと言わんばかりに、

 

『あいつは今の状況の遠因だぞ。奴が夜那さんの気持ちに気付けばこんなことにはならなかった。彼女はずっと助けを求めていたのだ。分かりにくかろうと何度も会えば分かるはず』

「それでも、それは一方的なもんじゃねえか」

 

 確かに夕凪に罪がないとは言えない。夜那のことを思えばあまりに酷い仕打ちだ。

 だが、夕凪は本来村には何の関係もない人物だ。

 夜那を助ける義理はないし、見捨てようが責められる道理は何もないのだ。そんな彼に、夜那は勝手に期待して勝手に失望した。それに遅いとは言え、夕凪は実際夜那のために動いてくれている。

 

「それを夜那ちゃん本人が拒絶しているのは、夕凪さんの意思を踏み躙るのと同じだ。何で殺そうとしたの。娘さんのお墓に花を備えたのは一体……」

「……うるさい」

 

 少女は睨みつけた。今、彼女の体には二つの魂があるのだ。少女は夜那の顔で、怒りとそれ以上の悲しみを剥き出しにした。「今更、もうそんなことはどうでも良いんだよ」

 

「妖怪の子には命を握られている。もし彼がいなくなっても、次は巫女達の怨念が私を縛る……私より小さい子も生贄に出されるんだよ。そんな子達の声を聞いて、止まれるはずがない。だから、邪魔なおじさんを排除するしかない。やるしかないんだ」

「……っ」

 

 震えた声に、自重気味な口元。

 ――縛られている。

 何もかもを諦めて、夜那は楽な方に身を委ねているのだ。そもそも助かったとして、その奇異な見た目から受け入れてくれるところは何処にもないだろう。

 逃げ場がないからこそ、夜那は復讐を遂行したのだ。

 となると、墓に花を捧げたのは、せめてもの手向け。情を切り捨てようとしてるのかもしれない。

 

「……、そんなの……」

 

 そんなのはあまりにも報われない。あまりにも悲し過ぎる。夕凪も、あの僧達もだ。

 この少女が生きる道は、実はもっと他にもあるかもしれないのに。

 だからこそ許せない。とわは理玖の気持ちも乗せて叫んだ。

 

「夜那ちゃん! それで本当に良いの!? これが本当にやりたいこと!? 妖怪に誘われて……巫女達の怨念に従って……それって本当に夜那ちゃん自身の意思って言えるの!?」

「……」

 

 しかし、夜那は動揺した姿を見せない。

 先程と一転、ただ微風のように言葉を聞き流している。

 妖怪は歌うように言った。

 

『ふん……夜那さんにとって、あの男を放置して良い理由なぞ何処にもなかろう。あの男こそがこの村の悲劇の遠因。二重の意味での遠因なのだ』

 

 妖怪は歌うように言った。

 どういうことだ、と理玖ととわは無言で問う。

 それを受けて、妖怪はおかしそうに説明した。

 

『元々奴は、箱の大妖怪が残した宝物の管理人だったのだ。姉が回収してきたものを仕分け、処分していた。各地に散らばったとは言え、長い時が立てば封印は杜撰となるからな。大妖怪への思慕が強かったそいつは、彼女の意思を守るために姉や妻と共に活動していたのだ』

 

 ところが、男は次第に子供という存在に憧れを持ってしまったという。

 

『妻との生活で愛情を知り、かつての大妖怪や父のよに、自分もその繋がりの証を欲するようになったのだ。幼い頃、両親がいなかったために、無意識に暖かな家庭に憧憬を抱いてしまったのだ』

 

 だが、それは抱いてはいけない思いだった。

 何故なら、宝物を狙う連中は大勢いたからだ。そしてそんな連中の中には、男の方を密かに狙う者もいた。大妖怪の宝以前に、男自身の能力にも大きな価値があったのである。

 

 その能力の真髄は、空間を切り取り、思いのままに操るというもの。それがどういうことかというと、敵地の水源を切り取ればそのまま生殺与奪を握れ、城を切り取れば丸ごとその財産を自分のものに出来るということだ。

 しかも体内には無限とも言える亜空間がある。そこから山も草木も取り放題。資源を豊富に引き出し、敵から奪った情報を蓄積、再現することも可能だ。欲しがる奴らはごまんといる。

 

 だが当然ながら、そんな力を男が好きに振るえる訳ではない。

 彼は半妖であり、何重にも枷があり、何重にも制約がある。たとえ膨大な妖力とて、そこから引き出せるのはほんの爪先分しかない。空間を切り取る妖術も、一回行えばすぐに吐血して男自体が壊れるだろう。

 

 しかし、それは半妖の状態であった場合の話だ。

 もし、妖怪化したらどうなるだろう。

 それを制御できるとしたらどうなるだろう。

 

『半妖のことを深く知っていれば誰でもその発想は思いつく。だからこそ、男は弱みを持つべきではなかった。愛なんてのは、持つべきではなかった』

 

 それに男は最後まで気づかなかった。

 時に妻と揉めてまで話し合い、人生の長い時を掛けて悩んだにも関わらず。

 

『……その結果がどうだ。妻と生まれたばかりの赤ん坊を人質に取られて、結局男は人間に操られて妖怪化した。奴は娘を食い殺してしまったのだ』

 

 正気に戻った時には既に遅かった。人間達も殺してしまい、妻には出て行かれた。血塗れの罪だけが残った。

 それが三年前の出来事の真実。

 

「……」

 

 その衝撃的な過去を聞いて、理玖達は流石に驚きを隠せなかった。脳裏に蘇るのは“男の記憶”だ。

 

(じゃあ……あれは気の所為じゃなかったってのかよ)

 

 本当の意味での、男の、夕凪のトラウマ――

 

『まったく愚かな男だ。奴は悲劇の因果を生み出した。奴が余計なことをしなければ、僕も……この村の贄も止まっていたのに』

 

 既に姉の方は妖玉を回収しようとしていたらしい。

 だが、抜け殻のような弟を見捨てることが出来ず、彼女は自分が誰かを愛する姿を見せることで、弟を救おうとした。同じ立場だから、きっと励ませると思ったのだ。そのため回収を先延ばしにした。

 

『だっていうのに、奴は立ち直りもせずに、あろうことか妖玉の側に来て三年も飲んだくれになっていた。妖玉を破壊されても困る。……そんなんで、どう夜那さんが放置すると? 殺したって文句はないだろう』

 

 ……それなりの理由はどうやらあったようだ。

 間が悪いにも程があるということらしい。

 それは夜那の神経を逆撫でするに充分だったようで、彼女の顔は複雑な憤怒に染まっている。

 

 だが、不可解なのは妖怪の方だ。何故妖怪はまるで見てきたかのように夕凪の過去を語ったのか。しかも個人的な恨みを抱いてるような口ぶりでもある。訳がわからない。

 でも、一つ言えるのは。

 

「結局、なんだかんだ言ってお前が夜那を操って夕凪を殺そうとしたんじゃねえか。お前が元凶であるのに違いねえ。この一件は――」

「――違う」

 

 それを否定したのは夜那だった。

 夜那ははっきりとした口調で妖怪を庇った。「その子は私と同じ」

 

「その子だって主に縛られてる。何度も何度も生まれを否定されて、そうやって今は母親のために復讐の炎を燃やしてる。本来だったら、妖玉を回収するだけで良かった。それなのにこの子はわざわざ私に付き合ってくれたんだ。この戯れはすべて私の自身の意思」

「だからって、最後には命を差し出すのかよ」

「むしろ本望。初めて私の気持ちを分かってくれた。この子の復讐のためなら、私は死んだって構わない――!」

 

 夜那が手を振り上げる。

 瞬間、すざまじい勢いで妖力が吹き荒れる。

 

「……これは――!!」

 

 間違いない。

 外にいた時と同じ、膨大な妖力の気配――地中に半分程埋まった妖玉からである。確かによく考えてみれば、弱った妖怪単独でこの大きな力はあり得ない。夜那は巫女の血筋と妖怪自身、この二つを媒介にして妖玉を操っているのだ。

 

「生まれて、私の群従鬼」

 

 妖玉が白く光った途端、まるで空間を埋め尽くすように群従鬼の集団が現れる。

 十や二十どころではない。数えきれぬほど大群である。

 

「貴方達が戦ってたのは、すべてこの群従鬼の卵で生み出した複製。元々山に潜伏させてたのと違って、人を食った分、一味も二味も違う――さあ、行け」

 

 少女の命令の元、一斉に向かってくる小妖怪。

 理玖達はそれに立ち向かうしかない。

 が、確かに彼女の言った通り、雑魚ではなかった。

 

「……っ!?」

 

 一撃を受け止めて驚いた。

 あまりにも力が強過ぎる。ただの群従鬼なのに、何なのだこの馬鹿力は。

 

(まさか妖力の供給を受けているのか!?)

 

『今更気づいてももう遅い!!』

 

 なんとか倒した時には、既に虚空からイソギンチャクのような触手が無数に生えていた。四方八方、しかも上手く群従鬼をすり抜けて連携してくる。妖怪側が夜那に合わせているのだ。

 必死に対応するが、それでも細かな傷は刻まれていく。

 

「くそッ!」

 

 これには悪態をつくしかない。

 

 力任せの物量作戦。元よりここは少女達の領域。誰が有利かは明らかで、回避不能、逃げ場なし。おまけに夜那は堂々と前に出ていて、大技が放てないように自らを人質にしている。

 故に刀一本、それしか防ぐ手段はないのだ。手数が足りないがやるしかない。

 

「理玖!!」

「承知しておりやすよ!」

 

 とわの呼びかけに理玖は力強く答える。

 自然と互いに背中合わせの配置になっていた。

 そうして、彼らは相方を守るように触手の猛攻を捌いでいく。それを縫うような群従鬼の攻撃も――

 

「効くか!!」

 

 受け流し、切り伏せる。

 いくら強力になろうと、散々これまで郡従鬼の相手をしてきたのだ。その弱点は夕凪にも教えてもらっている。それを正確になぞれば対処できない相手ではない。

 それに夜那と妖怪のコンビに比べて、連携の練度はこちらの方が上だ。死角を補い合い、二人がかりで確実に仕留める。

 

『ちっ、やっぱり一筋縄じゃいかない……!!』

 

 痺れを切らし始めたのか、忌々しそうに妖怪が毒付く。夜那もイライラしてきたようだ。

 群従鬼を生み出し続けるが、次第に操る精度が落ちてきている。それに釣られて妖怪も合わきれなくなっているようだ。

 そのお粗末な攻撃に隙は生まれ――

 

「そこだ!!」

 

 理玖はカトラスに妖力を纏わせ、群従鬼と触手の群れをまとめて薙ぎ払う。

 道が開けた。言うまでもなくとわが突っ込む。

 

「……!!」

 

 夜那が短く息を呑んだ。彼女の動体視力でその動きを捉えるのは不可能だ。代わりに防御に回ったのは妖怪の方である。

 

『やらせるかァ!』

 

 触手を再度召喚。ギリギリのタイミングでとわ目掛けて殺到させる。

 おかげで少しの間とわは足止めを食らった。しかし、咄嗟の一撃である。容易く菊十文字の餌食になった。

 

「これで終わりだよ」

 

 とわは低く、静かに言う。夜那は硬直していた。そのせいか術も解けて群獣鬼が霧散していく。そうして追い詰められるように視線をキョドキョドさせ……やがて唇を噛み締めて小さく呟いた。

 

「……出来ない」

「え?」

「出来る訳ない!!」

 

 ぶわん!!

 

 目に見えぬ小規模な妖力の塊がとわへ叩きつけられた。

 身構える隙がなかったのか、彼女はギリギリで受け身を取った寸前に弾かれる。

 

「とわ様!?」

 

 思わず叫ぶが、とわは幸い大きい怪我はないらしい。何事もなかったように体勢を立て直す。

 

「大丈夫!」

 

 だがその代償としてその手に菊十文字はなかった。落としてしまったようだ。反対側に飛んでしまっている。

 

 そして、既に少女は――夜那は何をとち狂ったのか、隙をついて妖玉の方へ走っていったのである。

 しかも、あろうことか、何の躊躇もなくしゃみこんで直に触れた。

 

『!? 何をやっているんですか!』

 

 これに動揺したのが妖怪である。一応夜那を案じているらしく、鋭く忠告を飛ばす。

 

『今すぐやめて下さい! そんなことすればアンタ人間じゃなくなりますよ!?』

 

 が、錯乱している夜那は聞く耳を持たない。

 

「だ、だってここでやられると、今までしてきたことが全部無駄になる……!!」

『だからって、何故――!!』

「うるさい!! とにかくやるしかないのよ――やるしか!!」

 

 ――絶叫。

 

 膨らむ妖気と邪気。先程の比ではない。

 その異様な力に理玖もとわも固まった。

 

 鳥肌が、止まらないのだ。それは急変した状況だけでなく、少女の姿の方にもだ。

 

 まるで侵食されるように、変化が始まっている。

 爪は伸び、乱杭歯は鋭く。虹彩は見開かれて更に赤くなり、口は耳の端まで裂けていく。白い髪は急速に伸びて身長を超えた。そのくせ重力に逆らって、まるで妖怪が呼び出した触手のように蠢いている。

 

(不味い……)

 

 玉の邪気と同化し始めているのだろう。

 このままでは夜那の命はない。

 

 理玖は即座に耳飾りを弾いた。少女の前に跳躍すると、彼女を妖玉から無理やり引き剥がし、その白い玉を破壊する。

 

「アアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 だが――怨念は夜那の体に移っていた。変化は止まらない。

 

「ギ――ギギ、アアアア!!」

 

 苦しむ、苦しむ、苦しむ。

 苦悶の声を上げる夜那。畝る髪が理玖を弾く。近づけない。

 

 それでも、大きく暴れることがないのは妖怪が必死に押さえこんでるからだ。影響は当然あるはずだろうが、かなり踏ん張っている。そうして、敵なのに、誑かした本人なのに、泣くように繰り返す。

 

『夜那さん、こんなことで死なないで下さいよ! 死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな――』

「お前……」

『貴方だけなんですよ……!! 貴方だけが僕を肯定してくれた。ここで死んでしまったら本当におじゃんですよ!!』

「ッ――!!」

 

 すると喝を入れた途端、夜那の目が見開かれた。

 ……なんというすざまじい精神力なのだろう。

 その瞬間、夜那は平静となり、それどころかフラフラと立ち上がった。

 無理やり執念で耐えているのだ。自らの霊力、そして妖怪を媒介に抑え込んでいる。

 

「……」

 

 理玖達は最早、その姿に驚きを通り越してしまった――これでは最早、普通ではない。精神がとっくに異常を来している。

 

(そこまでしてやるのかよ)

 

 信じられなかった。夜那のすべては復讐に染まっているのだ。

 だが、理玖には笑えなかった。何を犠牲にしても良い。我が身を捧げても良い。そのことだけしか目に見えていなかった経験が、理玖にもある。

 

(――だったら類は違えど、今目の前にいるのは、かつてのおいらと同じ、哀れな存在じゃねえのか? おいらも大切なことを忘れて、姐さんのことしか考えてなかった)

 

 それは妖怪の方も同じみたいだ。痛々しい程に満足気に笑い、『ああ、良かった。僕達の存在は、復讐ありきでしかありませんものね』

 

『それでこそ夜那さんです。今こそ貴女の復讐を果たしましょう。僕が手として足として、邪気を操って刺し上げます』

 

 妖怪と夜那、一つの体に二つの精神が入り乱れた怪物は、そのまま口角を上げてジリジリと妖力を練り上げる。

 ぴしり、ピシん。空間が軋みを上げた。

 二人が何をしようとしているのかは分からない。だが今度こそ、理玖ととわに成す術はない。

 どうしようもなく悔しい。

 

(これで本当に良いのかよ。何かこいつらを救う手段は――)

 

『……そこまでだ』

 

 その時、時間が停止した気がした。空間の軋みが、消える。何らかの力が走り、干渉されたことが理玖達側にも感じ取れた。

 

「嘘……でしょう?」

 

 夜那と妖怪は、嫌な予感がしたのか震えていた。理玖達ですら驚愕だ。

 

 その声は聞き覚えのある声だったのだ。しかし、ここにいるにはあり得ない人物の声だ。

 

「どうして夕凪が……?」

 

 思わず彼の名を呼ぶと、あの特徴的な喉を震わす笑い声が返ってきた。

 

『かかっ……もうその名は良い。使う理由は何処にもないからな』

 

 そう答えると、ジジ……と虚空に裂け目が生まれ、そこから一人の男性が出てくる。

 

 裾や袖の長い、ボロボロの着物を纏った青年だ。竜骨や黒い毛皮は何処にもなく、首に十字架をかけている。

 歳の頃は十七ぐらいに見えた。本来なら若き魅力溢れる端正なその顔立ちは――しかし、異様なほど何箇所もグロテスクな裂傷痕が残り、それを縫合した跡で埋め付くされている。いっそ恐怖を覚える程だ。

 

「……ッ」

 

 その悲惨さには息を飲んだ。ああなるまで一体どんな経緯があったのだろう。その跡が彼の壮絶な人生を物語っている。

 

 が、そればかりに気を取られてはいけない。

 肩まで無造作に伸ばされた黒髪に、左目の白濁とした青瞳。顔の造形はかの大妖怪そっくりだし、何より男の手には木箱がある。

 全体に脈のようなものが走り、蓋上部に左目と同じく白く濁った青い瞳がついているのだ。それがギョロンとこちらを向いた。

 

『いや、すまぬな、理玖殿、とわ殿……なかなか妖力が戻らず遅れてしまった』

 

 くぐもったその声は男のものであるが、彼自身は口を開いていない。代わりに木箱が少し開いて発声を行っている。

 

「その箱――」

『……夜明けまで二刻と言ったところで戻るのだ。これが本来の俺の姿である』

 

 男が笑う。すると木箱の上下の蓋の縁が不自然に歪み、奇妙な笑顔を作り出した。見るとびっしりと牙みたいなものも生えている。正しく、男のもう一つの体なのだ。

 

 男が目を細めると、『さて、どうしたものか』、と連動して再び箱が喋った。

 酷く気まずそうである。人見知りのためか、しばしば唸って言葉に悩み、

 

『あー…………こうして姿を見せるのは初めてになるな、夜那。……気付かず、すまなかったな……』

「……、おじさんなの……?」

 

 夜那は信じられないといった反応だ。当たり前だ。彼女は男の本性を見たことがない。しかもこの顔の傷である。

 男は苦笑して言った。

 

『こんなものは大したことないよ。ちょっとやられたくらいだ』

「ちょっとって……」

『それに……おじさんではない。正確には旭だ』

 

 ――旭。

 それは大妖怪、四方の子供の名前だった。

 

(こいつが……)

 

 不思議と驚いていなかった。

 

 違和感がなかったわけではないのだ。

 夢珊瑚、夕凪という名前。母や姉という言葉を口にし、父のことは何も言わず。

 笑い方は育て親そっくりで、使い魔もその姿を模したものだろう。龍の化身こそが、この男の核となるイメージなのだ。

 

『ま、そういう訳だ……俺は箱の大妖怪四方と、人間時読の間に生まれた子、旭』

「人としての体と、妖怪としての箱の体。人妖二つの体を合わせ持つ、箱の半妖である」

 

 何処か誇らしそうに。本人が言った通りに、人間と妖怪、二つの体で、旭は名乗りを上げる。

『……』それを妖怪が忌々しそうに睨んでいた。

 

『お前、どうやってここまで来た』

『……簡単なことだ。夢珊瑚の鈴を用いたのだ』

 

 理玖達が持つ夢珊瑚。現在は懐に仕舞われたそれを目印に、旭は飛んできたという。

 

『夢珊瑚とは俺の記憶、箱の一族が作り出す体内で生成された妖力の結晶だ。その縁を辿ればこのくらいの距離なら移動できる。勿論、これまでの動向も会話も見聞きさせてもらった』

『……嘘だ。そんな使い方あり得ない』

『それは姉の場合だ。俺と姉様では能力が違う』

 

 妖怪は不満げに唸った。

 やっぱり気に入らないみたいだ。

 

『それから再度謝罪を、理玖殿、とわ殿。誠に勝手ながら今まで黙っていた。敵にバレたら意味がないと思ってな』

「じゃあ始めからそれが狙いだってのかよ」

『然り。だって貴方達だけに任せるのは責任の放棄だろう? いざという時に助けなければ格好がつかない』

「……」

『ああ、ちなみに僧達は心配ないぞ。ちゃんと結界を張ってきた』

 

 一応、安全確保はしてきたらしい。強固な分割と面倒だったようで、『大変だった』とぼやいている。

 

 そんな旭に対し、夜那は軽く睨んだ。

 

「で、おじさん。おじさんは私をどうしたいの? 私を否定する?」

『俺は、君に随分と酷いことをしたようだな』

「自分で言うのも何だけど、ほとんど逆恨みみたいなも」

『それでも、俺に幾許かの責任はあろう』

 

 旭の顔は悲しそうだった。少女の痛々しい変化が見ていられないのだろう。泣きそうな声で謝った。

 

『すまぬな。もっと早く気づいてやれば良かった』

「なら何で忘れていたの」

『そういう強い酒を飲んでいたからだ。俺は、自分の罪と向き合いたくなかった』

「それでよく自殺しようとしなかったね」

『そうしようとしたら姉様に泣き付かれたよ。俺がいなくなったら、姉様がいざという時帰れなくなってしまう』

「……」

『なあ、夜那よ。でも、俺は君を責めたりなんかしないよ。復讐も場合によっては許されると思うし、君は俺に対して怒る権利がある』

「え……」

 

 夜那は驚いたように声を漏らした。「否定しないの、私のこと」旭は肯首した。「否定しないよ」

 

『俺だってこの顔の通り皆から虐められて来た。恨みは理解出来るし、ぶっちゃけ人間に興味はない。こんな村人達、幾らでも好きに殺せば良い』

「な――」

 

 とんでもない言葉に一瞬、ギョッとする。が、しかし旭は続けた。

 

『でもそれは、君にとって本当に果たすべき復讐なのか?』

「……何を」

『復讐は、正しく行わなければ無意味なのだ。それ以外はただの虐殺と成り果てる。これがどんなに無意義ことか分かるか、夜那』

「……」

 

 夜那は俯いたまま答えない。諦めたという訳ではなさそうだ。事実、妖怪はそれこそ無駄だとばかりに笑う。

 

『ハッ、そんな綺麗事で済まされるか!! 感情は理屈じゃない!』

『そうだな。だが、どっちみちこんな方法でやったってスッキリしないだろ。“そんなもの”何処に価値があるというのだ?』

「――ッ! 価値とかじゃない!! それしかないのよ!! 私達にはそれしか――!!」

「……なあ、とわ様の真似じゃねえけど、そんなんで良いのか?」

 

 ふと、理玖はポツリと呟いていた。先程感じた、哀れみや同情が故にだ。

 彼は滔々と溢れる言葉を抑えられなかった。

 

「おいらはお前達のことなんか詳しく知らねえけど、それだけが正しいみたいなのは、なんか違うように思いてぇよ。今のお前達の姿はなんていうか……凄く痛々しく見える。正直助かって欲しい」

「『……』」

 

 夜那と妖怪は、急に何なのお前? と言いたげな顔をしていた。理玖もそう思う。見ず知らずの、しかも第三者から言われればそうもなろう。

 だが、理玖はさっき言った通り、救われて欲しいと思ったのだ。

 

「特に夜那。お前は後がねえなんて言ったが、それも違うだろ」

「は――? 何で」

「だってお前を大切に思ってくれる奴が、少なくともここに一人来たじゃねえか。僧達もお前を助けようとしてる。俺達も」

「……それは」

「他に価値を認めてくれる奴は何処かにいるんだよ。おいらにとって――多分とわ様がそうだった」

「理玖……」

 

 とわが理玖を見つめた。彼女としては、感じ入るものがあるだろう。

 

「だから、やめた方が良い。お前が生きられる世界は、もう目の前に存在してる。このまま進むと、その一欠片の希望すら無くしちまうぞ」

 

 びくり。

 ここで夜那が迷うような色を目に宿した。

 理玖が言ったからだろうか。どんなに説得しても聞かなかったのに、今、初めて彼女の心に届いたような気がする。

 

『……夜那』

 

 旭が優しい声で呼びかける。

 

『お前は本来分かってたはずだ。俺が心の傷から箱の力を充分に使えなくなったこと。それなのにどうしてお前は周りくどい手しか使わなかった。お前は、本当は誰かを殺したくなんかなかったんじゃないか? お前は本当はもっと普通に生きたかったはずだ』

「……そんな。じゃあ、どうしろっていうの」

 

 その返答に、旭は手を差し伸べた。『……なら、俺と友達になってくれよ』

 

『俺はまだ子供を愛せないけど、友達ならなれるよ。俺も一人だと寂しいから……それでこれからのことを一緒に考えよう』

「………………」

 

 夜那から敵意が消えた。戦意喪失からの呆然。

 その瞬間に、妖玉から少女に移った怨念が溢れ出る。

 

「黙れ」「世迷言を抜かすな」「悲しい」「お前達に何が分かる」――『まったくだ。恵まれた者の上から目線の戯言がッ』

 

 そこには妖怪の声も含まれていた。媒介にされたことで怨念の一部みたくなってるらしい。

 今や夜那が手放したために、怨念の支配権は妖怪にある。

 

『ふざけるな。彼女をたぶらかしやがって、腹立たしい、腹立たしい』

 

 自分勝手に怒りながら、妖怪は夜那の代わりに怒り狂る。まだ終わっていない――彼女の体から妖怪ごと引き剥がさねば。

 

『こういう時こそ、多分これの出番だ』

 

 旭は箱の中から、鞘に収まった短刀を取り出してとわに渡した。『護符の守り刀! これさえあれば一発で邪気を断ち切れる』が、抜き放つと、刃が折れてしまっていた。

 

「おい!!」

『し、しまった。確か妖怪化した時に折れてしまい、そのまま――』

「何やってんだ!! こんなんじゃ何の役にも――」

 

 いや、待て。逆にこっちの方がいいのでは?

 どっちみち攻撃したら夜那の肉体を傷つけるだけだ。それに、とわななら刃を作れる。怨念だけを限定的に倒すことが出来るのだ。

 

「とわ様!!」

「ッ! 分かった!」

 

 理玖の言いたいことが伝わったのだろう。とわは折れた短刀を構える。

 すると贋作の菊十文字の時と同じように、折れた刀身を核に、あっという間に蒼白い光りの長刃が形成された。これには予想外だったようで、妖怪がたじろぐ。

 

『とわ殿!! 思いっきりやれ!! 後のことは俺に任せろ!!』

「はい――アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 突貫。再びの接近。

 今度は前よりも速かった。とわの一太刀は少女の体を擦り抜け、確実に妖怪だけを怨念と共に分離させる。

 

『お、のれえええええ!!』

 

 妖怪は屈辱と共に苦しみの叫び声を上げた。それを――

 

「報いを受ける時が来たのだ。少しは反省していろ」

『!?』

 

 と、旭が箱を妖怪に向けた。驚愕しても無駄である。気づいた時には既に妖怪は箱の中へと吸い込まれていった。

 

 そうして、残された夜那は意識を失って倒れる。

 彼女は完全に妖力を失っていた。

 

「……」

 

 だが、その姿は元に戻ってはいなかった。

 遅過ぎたのだ。

 罪を重ねたが故に人間から外れ。しかし妖怪とも呼べず、ましてや半妖などではないだろう。

 

 すべてから目を逸らした少女は、その罰として何者でもない中途半端な存在へと成り果てたのだった。

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