遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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断章 後日談 未来を向いて 前編

「それが……俺のこれまでの人生だ」

 

 長い長い、話だった。

 

 男は再び竜骨と黒い毛皮を身に付けていた。寂しそうに少ししゃがみ込んで娘の墓を撫でる。

 否、それは彼にとって、きちんとした墓とはきっと呼べないはずのものだ。遺骸もなく、残された品も埋めず、祈るための置物としてただ十字架を刻んだだけの石。男としては紛いものに思うだろう。

 

 そうして、彼は立ち上がり、後ろへと振り返る。

 

 半妖の少女達――とわとせつなへ。

 その彼女達を見る目は暖かくもやや複雑なものであり、長い時を生き、穢れを知り、汚れを知り、絶望と悲運に塗れたこの男は、羨望と心配とほんの少しの諦観を抱いてるように見える。

 

 彼がどうして自分の生い立ちを語ってくれたか。

 その理由はなんとなくだが分かった気がした。

 それでも思わずにはいられない。

 

(……どうして)

 

 それは隣の妹も同じらしい。

 

「どうして……どうして話してくださったんですか?」

 

 と、静かに聞いた。すると気まずそうに、旭は答えた。「…… 貴女達がまだ若く……俺達姉弟と同じ双子……だったからかな」

 

「それに今回のことで、特にとわ殿は思うところがあったのではないかと思うから。……こんなことを言うのもアレだが、辛くはないか……?」

「それは……」

「……その年代だと色々と悩むこともあろう。……なんせ俺が家出をした時なんて、ちょうど君より一、二歳は上だったしな」

 

 なんて旭は苦笑混じりに笑うけど、そうだったとしたら彼はとわよりもっと長い期間悩んだことになる。恐らく話した内容なんて、苦しみのほんの一部分でしかないのだろう。それでも旭は、こちらを思って語ってくれた。

 

 自分の話が、とわ達の良い糧になると考えて。

 

「……とわ殿、せつな殿。どうか、大切なことは見失わないで欲しい。目を逸らしても自分からは逃げられぬ……半妖という事実、自身の迷い、業。抑えつけた結果が俺だ……俺のようにならず、二人には未来を見て欲しいと思う」

 

 その言葉にはこれ以上ないくらいの重みが、願いが乗っていた。話を聞いたからこそ胸に迫る。

 しかしそれを受け、やはりこの先の道が見えないというのが正直な感想。だって今回の件は……旭が言うようにとわにとっても衝撃が強かったから。だから、とわはその件に関して何も答えられず――代わりのように、とわだけでなく、せつなも気になっている別のことを聞いた。

 

「旭さん。しかし、人間達に苦しめられて尚、あんな振る舞いで正解だったのですか? 聞いた話では、貴方が直接的な元凶じゃないのに」

「あの村をずっと守っていたのは、旭さんですよね……?」

 

 すると今更思い出したように、旭は首を傾げる。

 

「ああ、もしかしてアレのこと?」

 

 それは、少し前に遡る――

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで終わり……か?)

 

 ――護符の短刀で少女から妖怪を切り離し、事態の根元を断ち切った後。すべてをやり遂げ、とわは思わずそう思ってしまった。

 だって今回の件はとても複雑で、大変だったから。

 

 でも、意識を失っても尚、夜那の姿は戻らなかった。臭いが人間のそれでなく、妖怪のものでもなく。半妖と言うには妖力を感じられず、ただそこにいるのは、何者でもない少女。

 けれど、辛うじて息はしている。生きている。

 

『……』

 

 旭はその様子を見て、夜那の元へと歩み寄った。箱を自分の胸に押し当てると、そのまま内側に飲まれるようにそれは消え、彼は空いた手を使って夜那をおぶる。

 

『……そろそろか?』

 

 その声は体内にしまっても尚、箱による発声によってくぐもって聞こえた。

 

 彼の言葉に疑問を感じていると――空間が軋む音が聞こえ、周りの壁が崩れていく。妖怪が封じられために保てなくなったのだろう。そうして、いつの間にかとわ達は村に戻ってきていて――

 

「……あ」

 

 そこで、複数の目とあった。

 避難し遅れ、生き残った村人達が、物陰に隠れながらこちらを一点に見つめている。

 

 その瞳に宿るのは安堵、安心……ではない。むしろ好奇や恐怖心と言ったものにも感じる。

 大蛇や触手はすべてなくなっていたが、しかし柱が壊れたからと言って、事態が終わったどうかなんて彼らには分からないのだ。しかもとわと理玖の姿を見ていても、旭達と一緒にいる時点で判断が難しい。

 

「お、おおお、お前ら、お前ら一体――」

「みか……味方なのか?」

「先ほどの大蛇様の化身では……」

「いや、祟り神の可能性も……」

 

 村人達は思い思いに推測を言い合っていた。

 

 理玖が庇うように前に立ってくれたし、一応、残っていた僧が宥めようとしてくれているが、その目線は前に夢で見た村人に囲まれる光景とよく似ていた。

 腹の底が冷えていく感覚がした。それと同時に虚しいような、悲しい思いも。

 

 だが、やはりとわ達ではなく、夜那と旭の方が注目されている。

 とわの鋭敏な聴覚は小声まで聞こえていた。

 

「あ、あやつ、もしや夜那ではないか……?」

「やっぱり本性を隠しておった」

「巫女のくせに白子だったんじゃ……奴は呪い子じゃ」

「あの男はなんだ」

「半妖か?」

「恐ろしい目と顔じゃ」

「怖い」

 

 嫌悪の言葉が、まるで渦を巻いて襲いかかってるみたいだった。夜那が意識を失っているのは幸いと言えた。逆に一身に浴びている旭の顔は、冷たく暗い表情のまま、ピクリとも動いていなかった。

 ……とわは考えてしまった。もしかしたら、夜那は生まれた時から似たようなことをこの村で言われ続けたのかもしれないと。

 それで母を奪われ、死ねと命じられたのだ。

 祟られて当然だ。その結果が今の村の惨状――

 

「とわ、理玖!!」

 

 と、その時である。

 空の向こうから何か大きな丸いシルエットがこちらに向かってきていた。

 声には聞き覚えがある。

 

「せつな!?」

 

 見上げれば、せつなを背に乗せ、竹千代がまんまるの大きな化け狸になって浮いていた。

 彼も心配だった様子で、「とわと理玖様、いたんだぞ!」と叫んだ。

 

 せつなはそれに「ああ」と返答、そのまま、竹千代と共に降下し、とわ達の側に着陸する。

 

「なんじゃ!?」

 

 当然、第三者の登場に、周囲はざわついている。竹千代の背から降りたせつなは不快そうだ。が、とわ達からしてみても、どうしてせつな達がここにいるのか分からない。

 

「何でせつなさん達が――」

 

 すると、呆れた顔してせつなが言った。

 

「当たり前だろう。なんせ一晩中帰ってこなかったんだ。探しに来て当前ではないか」

「あ……」

 

 そう言われてハッとする。戦いに夢中で忘れていたが、確かにその通りである。

 

「ちなみにもろは達は別件で出掛けている。竹千代はたまたまその関係でりおんのところにいたので借りてきた。あまり母上達を心配させるんじゃない……と言いたいところだが、どうやらそれなりの事情があったようだな」

 

 せつなは周りを見渡す。

 びくついたような村人に、人見知り故にか顔を背けた旭。その旭を見てせつなは一瞬、恐怖に駆られたような顔をしていたのだが……今は村人達の視線を無視できない。

 

 なんせ恐怖故にか、それとも逃げ出しても無駄だと思ったのか、刃物を構え始めたのである。このままではどんな風になるか――そう思う前に、旭が一歩前に出て笑っていた。

 

「かかッ……、かかかッ、かかかかかかかかかか!!」

「……!?」

 

 その哄笑する半妖に、皆が固まってしまった。

 傷だらけの顔が更に歪み、目の白い部分が黒に、牙がサーベルタイガーのように鋭く変わっていたのである。

 耳まで尖ったのだから、そこにいるのはもうどう見たって妖怪だ。

 

「ひ!?」

「ば、化けた……!!」

 

 最早、村人が見ているのは旭ただ一人のみ。他がくすむ程の存在感、おまけに、

 

『ああ、なんて美味そうな肉だ!! 愚かな人間共、これまで散々喰ってきたがまだ足りぬ!』

 

 その一言で、村人達は夜那ではなく、旭こそが事件の首謀者だと思い込んだようだった。一斉に剥き出しになる憎悪と恐怖、僧達が警戒心を丸出しにし、攻撃しようと錫杖を掲げると――今度は打って変わって、

 

『くそ、しかし生き残りの僧達がいては力も出ぬ。このままでは不利だ!』

 

 そう言うや否や、旭は尻込みしたように怯え出し、すると途端に何処からか煙が発生する。

 いつの間にか火のついた煙玉が、あちこちに幾つも転がっていた。上空まで辺り一帯は煙幕で包まれている。

 

『――皆々方、今のうちだ。今のうちにここから脱出を』

「ッ、竹千代」

「わ、分かったんだぞ!」

 

 こうして全員で竹千代に乗って(ついでに菊十文字を回収して)村から出たのである。後はとわ達の疲労もあり、旭の隠れ家にて休息しているのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とまあ、これが事の経緯であった。

 

 つまり旭は、わざわざ村人を怖がせる真似をしてから帰ってきたことになる。しかも直ぐに逃げる選択肢もあったのに、それをしなかった。

 

 とわ達を庇った訳でもないらしい。

 

「でもアレだろ? 疲弊して恐怖のどん底にいたあの村人達にとって、しっかり印象に残ったのではないか、あの俺は?」

「まあ、それはそうですね」

 

 あんな下手くそな演技でも怖がっていたのだ。一生忘れられないに違いない。

 

「だからそうやっておけば、夜那ではなく、俺のことが噂として広まりやすくなると考えたのだ……そこまで夜那に背負わせる気にはなれなかった」

「……そうですか」

 

 しかしだからと言って、すべての汚名を被るのはやはり不憫のように思う。旭だって、散々村人から言われ続けていたのに――すると、複雑な顔していたからだろうか。その肝心の旭がとんでもないことを言い出した。

 

「あ、ちなみにきっちり仕返しはしておいたから、気に病まないでくれ、とわ殿、せつな殿」

「え? 仕返し?」

「クク……ほれ!」

 

 そうして、掛け声と同時に彼の手の中に現れたのは、重そうな金銭の束だった。

 一体いつの間に……と言う考えも読み取ったらしく、旭はかかかっ、と悪戯っぽく笑う。

 

「実はな……使い魔を退去させるついで、地下にあった村の財産を丸っと盗んだおいたのよ……おかげで懐は暖かくて満足だ。ハハハハハハハ!!」

 

(こ、この人は……!)

 

 戦闘中の間になんてがめついことをしていたのだろう。びっくりし過ぎて声も出ない。が、少しずれているというか、なんていうか、「流石にその時ではないぞ」と首を振られた。

 

 旭はホクホクした声で続ける。

 

「やったのは盗み聞きした時だ。いやあ、あの時は夜那の件で腹が立ち過ぎててなぁ。……せっかく村を守ってやっても感謝なんてされてこなかったし、好き勝手言われるし。半妖だからって馬鹿にしやがってあの連中……」

「……」

「てな訳で、結構溜め込んでるって言うから、取り分を頂戴したのだ。……へへ、本当、良い気味」

 

 実に幸運だ、なんてニタニタしていて、恍惚としたように、「金貨、巻物、工芸品……うはー、大量、大量」とブツブツ旭は呟いている。端的に言って気味が悪い。

 そしてそれ以前に、

 

(この人、ちゃっかりし過ぎでは?)

 

 ショック続きのことがあったというのに異様な程タフである。

 なんだか心配して損したみたいで、とわ達は微妙な顔にならざる得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして一方、隠れ家の洞穴。そこでは理玖と竹千代もとわ達と同じ顔をしていた。

 

「いや、お前何やってんだだぞ」

「まさかそんなことをしていたとは……」

 

 話を聞いて、呆れて物も言えなかった。ある意味で物凄く図太いのだ。

 

 しかし、やはり気にせず、台の上に乗せられた一つ目の木箱は満足そうにピンクの舌を出して笑っている。

 そう、何を隠そう、半妖旭のもう一つの体である。彼は二つの体を持つが故、二つのことを考えたり、見聞きしたり出来るらしかった。今もこうして人間体の方でとわ達と話しながら、理玖達とも会話をしている。

 

 とは言え、人格は一つである。

 理玖達が知るよしもないが、人間体の方と連動して、木箱の方でも『金貨、巻物、工芸品……うはー、大量、大量』と呟いている。

 しかも人間体のように竜骨を被っていないので表情が分かりやすい。これがまた気持ち悪い程ゲスく、ここまで清々しいのは見たことがない。

 

「……貴様、盗賊か何かなのか?」

 

 流石に寝転がっていた高僧も突っ込みを入れた。他の僧達(ちなみに村にいた僧も旭の情報共有により何割か戻ってきて治療を受けている)も大体似たような反応で、

 

「やってることがコソ泥と変わらない……」

「助けた村に追い討ちをかけてどうする」

「隣人を愛する……とかなんとか言っていたのは何処のどいつだ」

「ていうかこの箱の姿、結構気持ち悪いな……」

『最後に至ってはただの悪口!』

 

 木箱はくわりと歯を剥き出しにして怒った。

 

『そもそも俺は善人じゃないし、人間の味方でもないわ。奪いたければ奪うし、欲しいと思ったら徹底的にやるだけだ』

「考え方が蛮族なんだぞ」

「でもまあ、全部奪ってしまった方がマシなんだよな……」

 

 そもそも生贄を出していた村である。財産がたんまりあったとしても、復興にあたり、富の独占、奪い合いが起こり、次の犠牲者が出るのが目に見えている。

 結果的に村人は離散するしかないだろうが、今回の件を考えるにそっちの方が良いに決まってる。

 夜那もスッキリするだろう(多分旭も狙ってやっている事だ)。

 

『あ、それとお前達の治療代も、きっちり取り立てておいたからな。総額三百文』

 

 現代価格では四万五千円である。

 

「は?」

「ほ、本当です! お師匠様及び我らの金銭、錫杖、札が纏めて必要分奪われております!」

 

 急いで積み上げられた背負い籠を確認した弟子の僧が、顔面を蒼白させながら叫ぶ。

 いや、そもそも背負い籠がここにある時点でおかしいのだ。旭が使い魔を駆使して村から運んできたのだろう。

 やはりきっちりし過ぎている。

 

「き、貴様……」

 

 信じられないものを見て、絶句する高僧達。

 旭は相変わらずゲスイ表情で答える。

 

『かかかかっ、ただで治療してやる訳なかろう? 何の為に助けたと思ってる?』

「し、しかしこの男やあの娘はどうなるのだ。無料でやっていただろう」

 

 実は理玖もとわも、多少怪我をしたので旭に見てもらっていたのである。

 おかげですっかり回復しているのだが、何か奪われたらたまったもんじゃない。けれど、旭は真正面から正論でぶん殴った。

 

『貴様らは大勢で俺を殺しに来て、更には朔の時期まで知っただろうが。対して理玖殿達は無償で助けてくれた。恩があるとは言え、貴様らとは事情が違う』

「え、ちょっと待てよ。じゃあ、その理屈で言うと、おいら達がもしお前を退治しに来てれば……」

『勿論、場合によっては同じことしてただろうな』

 

 あっさりと旭は答えた。

 

『敵には報復を、恩人には義理を。どうしても無理な時はとにかく逃げる。それが俺の信条だ。そうでなければ割に合わん』

「……な、なかなか油断ならない奴だぞ、お前……」

 

 思った以上に旭という人物は良い性格をしているらしい。

 まあ、そうでなければ生き残れなかったのだろうし、素顔を隠してきただけあって強かだ。逞しさが彼にはある。

 

(……)

 

 その時、何故か“あの大妖怪が言った言葉”を思い出した。

 

 ―― 半妖に未来はない。半妖に希望はない。半妖に幸福などない。半妖は生まれてきてはいけない命なのだ。

 

 しかし、当の息子がこれである。まったく説得力がない。

 それによくよく考えて見ると、妻と生きて、幸せな時間が彼にもあったはずだ。

 ――四方の言うような、悲劇だけがすべてじゃない訳で。

 

 少なくとも、彼はちゃんと未来を掴んで、今もこうやって割と好き勝手やっている。

 

 そんな旭が、この先簡単に死ぬのだろうか?

 何年も図太く生きてる姿しか想像出来ない。

 

 そしてきっと、次の居場所を形作るのだろう。夜那と心を通わせたように。四方がかつて望んだように。

 

(だけど、こいつの姉は死んでるんだよな……)

 

 今振り返っても悍ましいくらい酷い死体の記憶が蘇る。

 その事実を知らず、今でも旭は姉を待っている。

 しかも半妖ということで殺されて、その結果母の封印が解けて――

 

「な、なあ、旭。実はな――」

 

 理玖は堪らず、真実を告げようとした。

 しかし、その済んで、旭が礼を言う。

 

『そう言えば、言うのがまだだったな。夜那を救ってくれて、そして箱の能力を使うきっかけをくれて、ありがとう、理玖殿』

 

 その声があまりにも感謝に満ちているものだから、理玖は一瞬ポカンとした。

 

「いや、別に。おいらとしては当たり前のことをやっただけだが……きっかけってのは?」

『実はな、夢珊瑚を渡した時、あるものが一瞬見えたんだ』

「!?」

 

 理玖は瞠目する。まさか、彼に不味いものを見られたのだろうか。しかし、違ったようで、旭は懐かしそうに話す。

 

『貴方と母の交流の記憶だったよ。理玖殿、貴方は母の知り合いだったんだな』

「ああ……まあな」

『母が迷惑をかけたな。俺の変な記憶が見えただろうが、それは母様が原因だ。恐らく何らかの狙いがあって、貴方に夢珊瑚の妖力を移したんだと思う。それで記憶が混線し合ったと言うか……』

 

 微妙な顔して、滅茶苦茶申し訳なさそうに旭は謝ってくる。まあ、勝手に記憶を見てしまったのだから、そうなるのも無理はない。だがこちらも同じなので、それは気にしないように言って続きを促させると、

 

『母の思いが伝わったんだ』、と答えてくれた。

 

『すると未練とか、恐怖が断ち切れたんだ。……改めて、母のことを思い出させてくれて、ありがとう』

「ああ……」

 

 ……言えない、と理玖は直感した。

 彼はこんなことがさらりと言えるくらい、母を慕う気持ちが強過ぎるのだ。

 そもそも家族を失ったばっかりで、姉の帰りを心よりの支えにしているはず。そんな状態で、一体彼にどう話せと? 壊れるに決まってる。ショックが強過ぎて、あんな――

 

『でも、理玖殿は見間違える程成長なさったのだな。母が見たら何と思うか』

「……」

 

 その母に会ったのだと理玖は口が裂けても言えなかった。

 

『そんな貴方だからこそ、夜那の心を動かせたのだろうな。勿論、妖怪の子だって動揺しただろう。……理玖殿のおかげで夜那は助かったようなものだな』

 

 しかし、その肝心の夜那は今、体力の消耗が激し過ぎたのか眠り続けている。

 妖怪の子も箱の中で目を覚まさないという。

 起きたら彼らにとって辛い現実が待っているだろう。いつまでも消せない罪が。

 

「夜那の姿は元に戻らないのか?」

 

 理玖が聞くと、旭は否定した。

 

『無理だ。こうなっては一生直らんだろう』

「しかも人を食ったのだ。人の中には戻れまいよ」

『それどころか、妖怪の中にも、半妖の中にも馴染めない。この子はもう何者でもない』

 

 理玖のような紛い物の命だ。

 

「……けれど生きている」

 

 次に高僧がはっきりとそう言った。それは彼らしくない言葉だったが、万感の思いを込めて、続けた。

 

「生きていれば、希望はある……希望があれば、何かを掴める。たとえ紛い物で、復讐に縋る生き方をしてきたとしても、そこから抜け出せるかもしれん」

『……貴様がそんなことを言うとはな』

「どうにも奇妙なのだ。貴様達と出会い、短い間だが価値観が揺らいでいる」

 

 ――それこそ、人間を食った夜那を始末しない選択肢をする程に。

 

「そこの……理玖とか言ったか?」

 

 高僧がこちらを向く。

 

「貴様は箱の半妖の次に、最もおかしな奴だと思っている。傀儡のくせに人を助け、我らを心配し、あの娘を大切にしてるふうでさえある。……貴様は私達とは何かが違う。少なくとも今は空の器には見えない。何故そうなれたのだ?」

「おいらが……?」

 

 あり得ないだろうと息を飲む。

 麒麟丸の分身である事実は消えないのに。

 すると、当たり前だと言わんばかり、隣の竹千代が怒った。

 

「当然だぞ。理玖様はいつも優しくてとわのことが大好きなんだぞ。理玖様は空っぽなんかじゃないんだぞ」

「竹千代……。……お前の目から見て、おいらはそんななのか……? おいらは木偶の棒じゃないと?」

「? 理玖様は昔から理玖様だぞ」

 

 竹千代は不思議がっている。

 理玖は何だか少し惚けてしまい、ちょっと間を開けてから、おかしくなった。

 竹千代は相変わらず首を傾げていたが、

 

「あ、でも、今の理玖様の方が穏やかで良い感じなんだぞ。昔の理玖様はギラギラしてて怖かったんだぞ」

「そうかい。おいらは、変われてたのかい」

 

 理玖は笑みを溢し、竹千代の頭を撫でた。

 竹千代は恥ずかしがって、「何するんだぞ!」と言ってきたが、それで良い。

 ……ちゃんと変われていた。そして、とわ以外に、「理玖は理玖なんだ」と言ってくれたこと。

 その二つでどれだけ救われたか、こっちこそ恥ずかしくて知られたくはない。

 

「……ありがとな」

「だから、さっきから何なんだぞ」

「こっちの話だ」

 

 照れ隠しにそう言って、理玖は高僧に向き直る。

 

「おいらはお前が考えてる程、そんな高尚な奴じゃないよ。今いち自信もねえし、常に自分がわからなくて揺らいでいる。でも一人じゃなかった……それが多分、答えだ」

「そうか……」

 

 と、高僧は一言言ったっきり、黙ってしまった。

 彼にも複雑な思いがあるのだろう。

 ……そうして、どれくらい時間が経っただろうか。

 

「……っ」

 

 ふと、短く息が漏れる音が聞こえた。全員がびくりと固まる。

 夜那だ。その頃にはとわとせつな、後人間体の方の旭も入り口に来ている。

 竜骨を被った男は、いち早く中に入り、箱を手に取った。

 夜那が目を覚ます。旭は顔を覗き込みながら、箱の顔で笑った。

 

『――おはよう』




ちなみに旭さんがとわとせつなに自分のことを話したのは、とわ&理玖が過去を見たって言うのと、妖怪の子にぶっちゃけられたのでいっそ全部話したって言うのが一番デカいです(でも理玖のところには僧達がいたので理玖には直接話してません)。
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