ちょっと短め。
……それから。
今後のことについてどうするか、話し合いが行われた。
村のこと。巫女の弔い。夕の処遇。
結局、夕は主人のことを語らなかった。
否、語れなかったと言うべきか。ぼんやりとしたことは喋れるが、はっきりとした名前は言えなくなっていたのだ。これは夕から事情を聞いていた夜那も同じで、旭が調べてみると、特殊な妖術で縛られている事が分かった。
後日、弥勒法師辺りに見てもらうしかないだろう。
村人の保護は、高僧達がなんとかしてくれるらしい。
領主との繋がりがあるそうで、やがて調査が入り、生贄のことも暴かれるに違いない。
ちなみに夜那以外の巫女達は、全員夕によって眠らされ、別の場所に避難させられていた。幸い怪我はなく、今後のことを考えても大丈夫そうだ。
だが、まあ何というか、これまでの説明をしても戸惑いの反応の方が強くて、中には大切な者が殺され泣いていた者までいた。
誰一人、村の被害を喜ばなかった辺り、やはり夜那の復讐は間違っていたのだろう。
彼女達の夜那に対する目は厳しかった。
夜那は当たり前のようにそれを受け入れ、頭をずっと下げていた。
『もう夜那は、ここにいない方が良いだろうな』
とは旭の言葉である。
彼もこの村の付近にはいられない。
高僧を通じ、生き残った巫女達が平穏な生活を送れるよう支援はしていくそうだが、必要以上は関わらない方針のようだ。
その代わり、生贄にされた巫女達や、今回の件で死んでしまった村人達の供養を、ちゃんとすると約束してくれた。
これは夜那と夕、二人の贖罪のためでもある。
そうして言う通り、後日、旭の尽力によって立派な塚が建てられ、それは長い間残ることとなる。
「これで本当の一件落着……だな」
もうとわ達がやることは何もなかった。
真の意味で今回の件は幕を閉じたのだ。
『行かれるのだな』
見送りには旭と夜那が来てくれた。
夜那は笠を被り、袖の長い着物と、旭がくれたという龍の仮面を身に付けている。
日焼け対策と顔を隠すためだろう。
二人で並ぶと、不思議と親子や兄妹に見えた。
旭はまだトラウマから子供を愛してはいけないと思っているが、いつか友達だけでなく、本当の意味で“家族”になれるかもしれない。
何にしろ、仲良く、幸せになってもらいたいものだ。
「あの……お姉さん」
と、おずおずと夜那がとわに話しかけた。彼女はとわにしたことを気にしているようで、
「ごめんね。酷いこと言っちゃって。……助けてくれたのに」
「気にしないで良いよ。夜那ちゃんが元気になってくれたら、それだけで良いよ」
「……ん。ありがとう」
仮面をつけていたが、その感謝をしていた夜那の顔は、笑っていた気がする。
せつなが朗らかに聞いた。
「これからどちらに?」
『さあ……ただ、夕のこともあるし、娘には良い景色を見せたいから。出来るだけ、海辺に近いところへ』
日和の墓も移転することとなったのだ。
旭の新しい未来を、今後も見守り続けることだろう。
「じゃあな。元気でやれよ、夕凪」
理玖が箱に向かって話しかけると、箱はガタガタと抗議するように揺れた。やっぱり“夕凪”という名前は嫌らしい。毎度揺れるので、箱についていた青い目はうんざりしてるように細められていたが。
『ああ……本当に、本当に、貴方方には助けられた。心よりの感謝を申し上げる』
旭は深く、深く頭を下げた。
これ程お礼を言われると、こちらもじんと胸が暖かくなる。
達成感で、笑みが生まれた。
しかし、旭はそれでも感謝し足りないようで、
『何かお返しをしたい。何か出来る事はないだろうか?』
そう言われて、ちょっと困った。特に思いつかなかったからだ。
と、そこで理玖が、妙案を思いついたように言った。
「じゃあ、植林の手伝いをしてもらうというのはどうだ?」
『植林?』
「おいらの……まあ、主人というか、家族というか……、彼女が山火事の後をどうにかしようとしていていてな。しかし、知識も足りなければ、苗を購入する費用も足りない。人手も多い方が良いだろうし、駄目か?」
『いいや。それぐらいなら。むしろやらせて欲しい』
旭は快く受け入れてくれた。
大変だろうに、そんなこと気にしないとばかりに、頷いてくれたのだ。
『後日、改めて準備をしよう。それまで今しばらく待っててくれ。それと最後にもう一つ、とわ殿。ずっと気になっていたのだが、貴女はどうして夢珊瑚の妖力を宿していたのだろうか。何かきっかけでも?』
「え?」
驚き、首を傾げていると、今度は旭の方がびっくりしていた。
『まさか無自覚なのか?』
「? えと……何がですか?」
『……そうか。何でもない。またはっきりと分かったら言おう』
旭は何故か一瞬、箱を見下ろして、神妙な声音で返すのみだった。それから、後は用がないのか、彼は気になることは言ってこなかった。
その代わり、ただ笑う気配がして。穏やかな口調で彼は別れを告げた。
『では、また後日。それまではどうか息災で』
「はい。貴方方も気をつけて」
せつなの言葉にぺこりとお辞儀をして、旭達は去っていった。とわ達はその背に何度も何度も手を振った。
やがて姿がなくなると、途端に寂寥感が襲ってくる。
「……行っちゃったね」
「ああ。だが、また会える。そう寂しがる必要もないだろう。……しかし思い返してみれば、旭という方は複雑な御仁だったな」
確かに彼は言葉では言い表せぬものを持っていた。
その人生は苦悩の連続で。
半妖という事実に振り回され、それでも自分の運命に向き合い、負けじと強く生きている人だった。
(私もそうあれるだろうか)
長い時間の中、己を見失わない保証は何処にもないのだ。幾ら覚悟を持っていても、気持ちとは変わっていくもの、死んでいくものなのだから。
だから、これから先のことを想像すると……少しだけ怖い。
でもと、とわはチラリと理玖を見る。
(理玖と一緒だと、ちょっと安心だな……)
だって、理玖はとわのことを、常に守ろうとしてくれたから。
今回の件でも、是露の時だって。
だから――
「……ッ」
でも、どうして目線が合うと、理玖は迷うように瞳を揺らすんだろう。今までの苦しみとは違う、見せた事もない感情だった。
そうして、彼は逡巡の果てに切り出す。
「実は、皆さんにお話しなければならないことがありやす」
「? それって何なんだぞ」
「大切な話です。先程の旭……箱の半妖や、大妖怪に関することです」
そこからの話は衝撃的だった。
箱の大妖怪との思い出。
ある日突然、女の幽霊が現れ、大妖怪の記憶を見せられた事。そこで判明した幽霊の正体と、新たに生まれた理玖の苦しみ。
半妖は生きて良いのか、とわをちゃんと守れるのか。
理玖はずっと、その事について悩んでいたという。
「……」
話が終わると、全員がしん……と黙ってしまった。
正直、驚きとショックで何も言えなかった。
旭の姉や母のこともあるが、何より、理玖がとわと一緒に居てはいけないと思っていたこと……そのことが誰よりも悲しかった。
「誰が、誰に、相応しくない、だって?」
思ったよりも低い声が出た。理玖に静かに詰め寄ると、途端、彼は怯えたように言い淀む。
「……いえ、その……それは……」
「私、理玖と一緒に考えたいって言ったよね?」
「……はい」
「私は理玖ともっと一緒にいたいんだよ。それを――」
相応しくないだとか、不幸になるだとか、勝手に決めて。そりゃあ、そんな悲惨な大妖怪の記憶を見れば、揺らぎもするだろう。怖くもなるだろう。
だが、どんなに不幸が訪れても、とわは理玖や他の皆を信じてるのだ。理玖となら、乗り越えていけると思うのだ。
その思いを踏み躙られた気持ちだった。そしてそれを分からない理玖ではない。つまり、理玖はとわのことを“信じてくれてなかった”のだ。
ぞの事実がより許せなかった。
「ッ――」
込み上げる怒りと悲しみで睨みつけると、理玖は可哀想な程ビクついた。言い訳をするでもなく、開き直るでもなく、ただ小さな声で、「すいやせん」と謝る。
それを見たせいか、せつなが珍しいことに理玖を庇った。
「とわ。やめておけ」
「でも!」
「理玖のことをちゃんと考えろ。一旦冷静になれ」
「……」
せつなの言うことは正しかった。
とわが大切だからこそ、とわを守りたいからこそ、理玖はとわと共にいる未来を怖がったのだ。
もし自分が同じ立場になったら、似たような思いをするだろうし、更には理玖自身、まだ自分を卑下している。完全に偽物だというコンプレックスを克服出来たとは言い難いのだ。
そんな彼を責めるのは間違っている。
しかも、こうしてちゃんと話してくれた。
(それに私は理玖のこと、ちゃんと分かってあげられていただろうか……無責任に信じると言いつつ、理玖なら大丈だと……)
「……ごめん、理玖」
謝ると、理玖は慌てたように言った。
「そんな、お気になさらず。とわ様。今回はこちらが悪いので……」
「まあ、今までこんな重要なことを黙っていたのだ。私としても思うところはある」
と、せつなが咎めるような目で理玖を見つめた。そうしてとわに視線を移すと、
「理玖。お前にとってこいつは特別な存在だろうが、とわはそんな綺麗な奴じゃない」
「……せつな?」
「愚直でどこまでもまっすぐで、甘くてお人好しで、しかし相応に我儘で人の話も聞かない奴だ。加えて頑固で、短気なところもある」
姉に対してちょっと酷い言い方だった。
そこまで言わなくて良いじゃないか、と拗ねると、せつなは「要するにだ」と付け加えた。
「こいつは普通の奴なんだよ。普通に頼りになって、普通に落ち込んで、怒ったり笑ったりする奴だ。お前はそんなとわを好きになったんだろう?」
「勿論ですよ」
「じゃあ、救われたからと言って幻想は持つな。お前はとわのことを少々美化し過ぎてると思う」
「美化……? そんなつもりは――」
「してるだろ。どんな時でもとわがお前のことを肯定してくれるだなんて思うなよ。そんな“汚したくないだの”、“傷つけたくないだの”、とわから逃げるような愚かな考え方は捨てるんだな。とわの方から見限れたいのか?」
「……ッ」
その忠告に、理玖は思うところがあるのか、重く重く受け止めたみたいだった。そしてせつなは、今度はとわに向かって言う。
「お前もお前だ。無条件にこいつを信用し過ぎるなよ。今みたいに間違う時もあるんだからな」
「……ああ」
「何にせよ、お前達はもっと互いについて話し合うべきだった。特に今回の件はえらく色んなことがあったんだろ? その時、どんなことを思ったのか、相手の気持ちをはっきり言えるのか?」
言えない。言える訳が無い。
理玖がどんな思いをして、どんな時に苦しんで、どんな時に辛い思いをしたのかなんて、何となくしか分からない。
そしてそれが当たり前。分からないからこそ、伝え合わなければならない。感情は共有しなければすれ違いが起きるのだ。その果てに待っているのは関係の破綻。理玖と一緒にいるのも、努力なしでは維持出来ない。
「それと箱の大妖怪の件だが」
「……」
「正直、話が大き過ぎて、帰ってから話し合うしかあるまい。それと、その関係で調べなければならないことがある。せっかくだ。お前達も、もろはと一緒に来るか?」
「来るって……何処へ?」
すると、せつなはとわ達へ故郷の名を告げた。
「半妖の隠れ里だ」
◆◇◆◇
邪見は、主人と共にその世界を歩いていた。
(ここに来るのも久しぶりじゃな……)
前はよく来ていた場所である。
太陽なき黒一色の空。無限に広がる、揺れる水面の地面。足跡が静かに、波紋となって続いていく。
やがて主人――殺生丸の足が止まった。
見上げるのは青白く光る、巨大な大樹……透明樹木である。
かつて殺生丸の妻、りんが封印されていた場所。
何を思うのか、彼のその鋭利な瞳が、僅かに細められた。
邪見としても懐かしいやら、苦い思いやらでいっぱいだ。今までのことを思い出すと、ツンと涙腺に来るものがある。しかし、そんな事を振り返りに来たのではない。
「おい、ここで当ってるんじゃろうな!?」
と、邪険が怒鳴ったのは、その肩に乗っている小さな小さなノミ妖怪。
冥加はぴょんぴょん飛び跳ねながら答えた。
「間違いないはずじゃ! 指し示す方角はここで合っておる!」
(本当じゃろうな……)
とは言え、疑問に思っても仕方がなかった。
なんせ現に、簪を取り出して見ると、その赤い玉が何かを訴えるよう、淡く光っているのだから。
邪見達はこの光に導かれてここまで来たのだ。
「……」
その時である。
目の前にぼうと、ある意味見慣れた人影が現れた。
見る者によってはその名をこう呼ぶだろう――桔梗、と。
しかし邪見達は知っている。所詮、桔梗の姿は似姿に過ぎない。その中身はいたって別物、時代樹の精霊である。
「よく来たな」
深く、何処までも通るような、不思議な声で時代樹の精霊は邪見達を迎えた。
邪見は主人の代わりに前に出て、「時代樹!!」と叫んだ。
「まさか貴様がここに呼んだのか? 一体何の目的じゃ」
「私が呼んだのではない」
時代樹の精霊は答えた。「しかしこのままでは、時空は弾け、歪んでしまうだろう。故に、頼まれて鍵を開けたのだ」
「鍵? それに時空が歪むとはどういうことじゃ」
「お前達は、時空を超え、過去や未来を行き来した者が、かごめ達以外にいると思うか?」
「それは……」
確かに言われてみると、はっきりいないとまでは言えないだろう。
希林理の例もある。
かごめや犬夜叉、とわ達だけが例外とはいくまい。
「質問を変えよう。時空を超え、過去や未来を“観測”し、望む結末を手繰り寄せようした者がいると思うか? 我が力を利用し、未来の“可能性”を切り替えようとした者は?」
「さっきから何を言いたいのじゃ……まさかそういう者が本当にいる……とでも言いたいのか?」
「そうだ」
はっきりとした肯定。
思わず邪見と冥加は息を飲んだ。
殺生丸も、その目をほんの少しだけ、見開いたように見える。
「その者は自らの悲願のために、あるべき摂理を捨て、望む未来を作り出そうとしている。そしてその手段として、箱の一族の力を利用しようとしているのだ。なあ、そこなノミ妖怪。貴様は知っているであろう? 箱の半妖の女の、その結末を」
「まさか――あれは意図的に引き起こされたものだというのか!?」
「弟の方の悲劇もそうだ。そうなる方が都合が良いから、不幸にさせられ、希望を無くした。奴ら箱の一族を操る最善手は、一番大切な者を奪い、絶望の芽を植え付けること。欲望に飲まれれば、その者は文字通り道具と化す」
「……」
あまりの事実に、空いた口が塞がらなかった。そうして、時代樹は話を続ける。
「これはお前達も無関係ではない。特に殺生丸。お前の娘や姪、弟は、確実にこの流れに巻き込まれることとなる」
「……何故そうなる」
ここでようやく、殺生丸が口を開いた。まるで抜き身の刃物を向けるかのような問いかけであった。
しかし時代樹は構わず、むしろ何処かおかしそうに笑っている。
「フフ……そう焦るな。ここからが本題だ。いや? ここからは私ではなく、別の者に説明をしてもらうと良いだろう。これは私が話すべきことではない」
そう言って、時代樹の精霊が目の前に人差し指を向ける。いつの間にか後ろ、光が集まり、扉が生まれる。驚いて振り返れば、その扉は少しずつ、ゆっくりと開き始めていた。
「さあ、鍵は開かれた。行くが良い、殺生丸。我とは違う、時の番人がお前を待っている」
その言葉通り、よく見れば、扉の奥に一人の男が立っていた。首元からロザリオをかけ、手には……古びた木箱がある。
その顔に、びっくりしたように冥加は叫んだ。
「がみょーん!? な、何故ここにいるのじゃ!! お主はここにはいないはず!!」
そう、彼は本来、ここにいてはいけない人物だったのだ。
男は優しげな微笑を浮かべた。あの箱の大妖怪が愛した、微笑みを。
「お会いしとうございました。殺生丸様。我が似姿の名は――――。出来うる限りのことをお話ししましょう……そしてどうか、半妖の未来を、可能性を、守って下さい。かの者が切り捨てようとしている未来は――」
かくして、物語は次の段階へと移る。
とわが、理玖が、犬の一族が、半妖が。
どんな未来を選び取るか、まだ誰にも分からない。
未来は常に揺れ動き、無数の可能性に枝分かれしているからだ。
しかし、その分岐した流れ一つ一つが、正解のルートであるとは限らない。
故に――
“我”は。
“私は”。
“正解のルートを探すため、彼らを観測し続けるだろう”。
“この五百年後の令和から”。
“未来を変える、ただそれだけのために”。
“ああ、だから私は、この物語を未来の言葉で書き続けるのだ”。
“この箱のような虚の世界で”。
“タイトルも決めてある”
“そう、名前は”。
“――『遥かな永遠を一緒に』”。