遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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八卦山

 ここは小さな田舎町だ。

 海を除き、ぐるりと八卦山という山に囲まれていて、麓にある博物館はとても古びていた。

 私はそこに勤める数少ない学芸員だ。

 

 当然、仕事らしき仕事もなく、毎日のようにボーとしている。あえて仕事と言えるものは、カウンターでの店番ぐらいだ。後は、こうして館内で展示品を見ていることが多い。

 

 まるで欠伸が出るような、退屈な毎日だが、けれど展示品の側に居られるだけで、私としては安心していた。未だじっと見ていると、何処か切なくなるような、複雑な気持になるが。

 私はきっと、まだあの日に取り残されているのだ。

 

 と、しばらく考え事をしていると、話し声が聞こえてきた。

 

「ねえ、これなんなんだろう」

「んー、パパも見たことがないなあ」

 

 見ればまだ若そうな夫婦と、小学生くらいの女の子が、興味深々に展示品を眺めている。

 私の脳裏に、いつかの記憶が蘇った。私に懐いてきてくれた弟妹。幸せそうに家族と笑い合う子供達の顔。

 ……昔のことを思い出すので、子供はどうにも苦手だ。けれど、私はこの家族に覚えがあったし、少しだけ話してみたいとも思った。だから、思わず近づいてしまった。

 

「……ここは、初めてですか?」

 

 そう声をかけると、その家族――日暮一家は振り返った。

 びっくりしているみたいで、父親の草太が「ええ」と短く頷いてくれた。

 

「職員の方ですか?」

「はい。私、ここに勤めております、奥多(おくた)と申します。……ご観光ですか?」

「はい。家族水入らずで」

「そうですか。まあ、近くに海がありますからね。綺麗だったでしょう?」

「あんなに美しい海があるとは思いませんでしたよ。来てよかったと思います」

 

 家族の雰囲気からすると、かなり満足だったみたいだ。私も故郷をほめられて大変嬉しくなった。が、ここは得意顔になっている場合ではない。私はあくまでも職員としての立場を思い出し、仕事をするために提案する。

 

「よろしければ、展示品の解説や案内などを致しましょうか? 初めての方ですと、難解な部分も多いかもしれません」

 

 すると、日暮家は助かったみたいな表情で、

 

「あ、だったらよろしくお願いします」

「かしこまりました」

 

 そうして私は、日暮一家が見ていたものに視線をやる。

 

 それは並んでいた展示品の中、小し大きなガラスケースの中に入っていた。一見すると、普通の古臭い、青銅製の錆びた観音菩薩のように見える。だが胸の辺りには奇妙な八芒星のマークが刻まれていた。

 

「マリア観音……ですね」

「マリア観音?」

「この博物館の概要はご存知ですよね?」

「確か、隠れキリシタン……それも特殊な事例の展示品を扱っていると、そうパンフレットにはありました」

「まさしく、その象徴とも呼べる展示品がこれです」

 

 説明文のプレートが、マリア観音の隣の壁に打ち込まれていた。そこにはこう書かれている。

 

《これは八卦山の村跡地にて出土したマリア観音の一つです。

 マリア観音とは、隠れキリシタンが宗教弾圧の中、観音菩薩を聖マリアに見立て、信仰対象としたものです。

 この八卦山で暮らしていた人々も、中国から取り寄せたマリア観音を聖マリアに見立ていました。

 しかし刻まれたマークは、十字架ではなく、八芒星であり、それは住んでいた人々の特異性から来るとされています。

 というのも、八卦山は海に近く、昔から海流の影響で様々な立場の人が漂流してきた土地でした。中には立場を追われて陸路で逃げてきた人達もいて、八卦山の村に定住を余儀なくされたと言います。

 その時、八卦山の村に持ち込まれた神道や仏教は、八将神……方角に関する神様を祀るものでした。そしてその八将神が、やがて八卦山の村のキリスト教と結びつき、八つの方角を線で結んだマークが用いられるようになったと伝わります。

 また、仮説ではありますが、エルサレムの星、または元々、土着信仰として崇められていた太陽の神を表すのではないかとも言われています。何れにしろ、この八卦山の村跡地でしか見られないものであり、極めて珍しいマリア観音であると言えます》

 

「――と、こんな感じで、八卦山の村の出土品には、大抵この八芒星のマークが刻まれているんですよ。十字架を刻んだらすぐ見つかっちゃうって言うのも、理由の一つですがね」

 

 ようは八芒星は、元々十字架の代わりに過ぎなかったのだ。

 それがいつしか、十字架以上に、この八卦山の村にとってシンボルとなった……ということである。

 

「元々、八卦山の村で信仰されていたキリスト教も、カトリックのそれとかけ離れていると言われています。宣教師経由ではなく、大陸から齎されたもので、その時点で色々と他の宗教と混ざっていたとか」

「ええと、つまり……」

「八卦山のキリスト教は、隠れキリシタンのキリスト教とは、別の信仰体系を持っていた、ということになりますね」

 

 私は日暮一家を別のコーナーへ案内した。

 八卦山のキリスト教、その始まりを解説したコーナーだ。

 

「まず先程も言った通り、八卦山のキリスト教は、大陸から齎されたものになります。開祖様の名前は伝わっておりません。しかし地元では斑紋様という渾名で呼ばれています」

「斑紋様……」

「まだら模様という意味です。……伝説によれば、開祖様は人間ではなかったそうです。黒と白、二つが混ざるまだら模様の毛皮を持ち、青白く燃える八つの尾があったとか」

「まるで妖怪みたいだね」

「そう――まさに妖怪と言われてます」

「……」

 

 日暮一家は複雑な顔をしていた。

 そりゃそうか。なんせ義理の娘は半妖だからな。

 

「斑紋様は、この土地に船でやってきました。大陸を行ったり来たりしながら、迫害されている人間や妖怪を日ノ本に送っていました。やがてその中の一人が言いました。我々の新天地に、貴方も来て下さると嬉しい。斑紋様もまた、人間を愛したことで、迫害を受けた人物だったからです」

 

 かくして、斑紋様は八卦山に住み着き、キリスト教を広めた。

 そして、何年も何十年も、この土地で人間や妖怪達と仲良く暮らしたそうな。

 

「八卦山の集落は、時と共に大きくなっていったそうですよ」

 

 次のコーナーへ向かう。

 昔の八卦山の集落跡地の地図だ。

 全部で八つある。まるで円環を描くように。中には八卦山の集落跡地とされるが、海に近い集落も存在する。

 

「まず北から、日和、飛陽、朝顔、光彩、天道、火輪、春乃、朝煇。最盛期にはこの八つの村がありました。名前は斑紋様のような伝説の祖ではなく、実際に開拓した人から取られてます」

「じゃあ人名ということですか?」

「その通り。その前には前身となる村があり、実際にその資料や跡地も残っております」

 

 隣のコーナーがその資料の展示場所だ。

 逸話の説明プレートに絵本、領主とのやり取りの手紙に、いかにして開拓するかと言ったような会議の記録。

 ここまでくると、私の胸は締め付けられる。

 手紙の几帳面な文字が“彼”らしい。

 

「時代は今からおよそ五百年前、戦国時代です。当時はまだ、キリスト教に寛容な時代でした。全国にキリシタン大名が生まれ、沢山の宣教師がこの国にやってきました。キリスト教は平民の間にも広まり、各地に根付いて行きました。その流れもあって、八卦山にやってきた斑紋様達も、こう思ったのでしょうね。自分達の信仰も受け入れられるのではないか。事実、大陸のキリスト教は、八卦山の人々を多く救いました。その教義に感動した人々は、自然と一つの集団となり、一箇所に暮らし始めました。これが前身の村です」

「そこから人口が増えて八つの村になったんですか?」

「はい。領主様も、キリスト教をお認めになられて、庇護してくださいました」

 

 まあ、実際に守って下さったのは若葉様だったが。

 あの方がいなければ村の繁栄はあり得なかっただろう。

 そう、あの方がいなければ……。

 

「この事は非常に大きな意味を持っていました。何故なら先ほども言った通り、キリスト教の中でも、八卦山のキリスト教はカトリックのそれとは別であり、信奉する村の住民も、妖怪の混血と言われて恐れられていたからです。それは何故か。これも前に言った通り、寄るべもない者達が多かったからですね。その中には身体障害者……腕が無かったりといった方から、アルビノの方、また梅毒といった病気により迫害を受けた方もいらっしゃいました。斑紋様も、実は妖怪ではなく、何らかの皮膚疾患を持つ患者ではないかとする説もあります。このように、見た目が奇異に映る方が多くいらしゃったのですね」

 

 そして違う見た目の者を、人は差別してきた。

 何処にも居場所がない者達が最後に行き着いた袋小路、それが妖怪の混血が住まう山、八卦山。

 

「しかし、八卦山のキリスト教が公に認められたという事は、迫害を受けた者達も受け入れられたということでもありです。こうして、爆発的に八卦山のキリスト教は広まっていきました。ですが、ここで時代の流れが切り替わります」

 

 戦国時代の終焉、時は太公豊臣秀吉の時代。

 大正十五年、伴天連追放令が発令される。

 外国人宣教師が追放され、キリスト教への弾圧が始まった。

 続く江戸時代もそれは変わらない。島原・天草一揆が起きるも鎮圧され、日本のキリスト教徒にとって、暗黒時代が幕を開けた。

 

「この八卦山の村も例外ではありません。彼らは宗教を隠し、暮らすしかありませんでした。迫害から逃れるための宗教が、逆に迫害の原因となったのです」

 

 そのために、八卦山のキリスト教徒の村々は、徐々に数を減らしていくことになる。

 世代交代による情報の断絶、人口の流出。

 決定的だったのが、江戸後期に起こったされる、とある殉教事件。

 

「その供養のために、明治時代には一つの教会が建てられました。しかし生き残りが離散したため、八卦山のキリスト教は完全に途絶えることになりました。現在では、数少ない資料や痕跡が残るのみとなります……」

 

 以上が八卦山のキリスト教の歴史だ。

 話はここでおしまい。

 展示品のコーナーはこれで最後となる。

 

「お楽しみ頂けましたでしょうか? もし何かお質問があれば何なりと申しつけ下さい。より深く知りたい場合であれば、当館の出口近くにある端末にアクセスするか、ホームページに入っていただくと幸いです」

「はい。それじゃあ……芽衣?」

 

 と、どうしてだが、そこで女の子が私をじっと見ていた。

 私は少し背をかがめ、少女と視線を合わせる。

 

「どうなさいましたか? お客様」

「あ、いえ。なんだか、とても悲しそうな目だなって思って」

 

 ……悲しい、か。

 やはり昔のことを思い出しながら喋ったからだろう。

 久しぶりに胸がざわついた感覚する。

 私は業務用の愛想笑いを浮かべて、ニコリと微笑んだ。

 

「なんでもありませんよ。心配してくださってありがとうございます。お優しい方ですね」

「……」

 

 芽衣はなんとも言えない顔をしていた。

 子供は不思議なくらい鋭いものだと、私は苦々しく思ったのだった。

 

 そして私は日暮一家と少しだけ喋った後、彼らの帰りを見送った。

 いつもの仕事通りに。

 

 ――また、不気味なくらい静かな館内が戻ってきた。

 まるで、それは私の心を映すかのようだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは、“彼”が綴れなかったその後の場面だ。

 すべての物語を観測する存在が、ちょっとしたアクシデントで記録出来なかった話だ。

 故に、代わりとして私が語ろう。

 

 ちょうどその頃、日暮一家は博物館を出た後で、ゆっくりと町の中を歩いていた。

 ここは田舎とは言え観光名所だ。

 海の近くと言うこともあって、ちょっとした旅行客でいっぱいだった。

 彼らはその人混みの中に紛れながら、話をしていた。

 

「さっきのところ、面白かったわね」

「あんなところがあったなんて初めて知ったよ」

 

 話題は博物館のことだった。

 ちょっと興味が惹かれて行ったのだが、割と楽しめたのだ。掘り出し物を見つけたような、そんな少しの満足感があった。

 でも、芽衣だけは浮かない顔だった。

 そうだろう。あの職員の目は本当に悲しそうで、寂しそうだった。それを誤魔化されたのだ。幾らただの職員といえど、気になるものは気になる。その彼女の気持ちのせいか、話は職員のことに移っていた。

 

「そういえばあの人、随分慣れてるみたいだったけど、何歳なんだろうね」

「まだ高校生か大学生くらいだったわよね……でもアルバイトって感じじゃなさそうだったし」

 

 そもそも女なのか、男だったのか、ちょっとよく分からない、不思議な雰囲気を持つ人物だった。おまけに背も高くなければ低くもない。顔もそれなりで特徴もないのに、妙なオーラがあった。

 長い経験を積み重ねた者特有のオーラだ。

 それは正体を知れば、当然のことだったが、彼らにはまだ知る由もないことだった。

 

 けれどもその邂逅は偶然なれど、確かに縁の糸を過去へと結び付けた。

 五百年前と、現在。その時間の差を超えていく。

 

「せっかくだし、教会にも行ってみようか」

 

 今、時が回り出した。

 

 日暮一家は、坂の上へと向かい始めた。

 パンフレットには場所が記されてあった。遠くはないが、数分もすれば町から離れる。観光客が少なくなっていった。

 

 やがて、完全に人がいなくなった頃、小さな教会の姿が見えてきた。

 眩い程白い壁に、ステンドグラスの窓。側には大樹が一本植えてある。

 かなり古かったが、それでも神秘的な、この世から隔絶されたような美しい建物だ。

 

「……」

 

 自然と目を奪われ、感嘆の息を漏らす日暮一家達。

 だがその時、人がいないと思っていたのに、その入り口に誰かが建っていることに気がつく。

 

 端正な顔をした、一人の青年だった。

 

「……貴方が日暮草太さんですか?」

 

 彼は静かな声で聞いてきた。

 草太を含め、一家は驚きに包まれた。見知らぬ人物からいきなり名前を呼ばれたのだから無理もない。

 だが青年は目を細めて、更に驚くべきことを言った。

 

「初めまして、日暮一家の皆様。おいらは日暮とわ様や、犬夜叉様を知る者です」

「!? 君はとわ達の知り合いなのか!?」

 

 草太が詰め寄ると、彼は静かに頷いた。

 

「はい。長い付き合いにございやす。おいらにとってお二方は恩人です」

 

 青年の声に込められた感情が、何より感謝を伝えていた。日暮一家は警戒を少し解いた。

 勿論、分からないこともある。戸惑いだって。

 だが少なくとも、とわや犬夜叉達のことを、日暮一家は周りに話していない。

 それが彼の口から出たと言う事は、少なくとも知り合いというのは本当だろう。

 

「……まさか、君も時代を超えてやってきたのか? 五百年前の戦国時代から……」

「いいえ。おいらはこの現代に生きています。格好もこの通り」

 

 確かに言われてみると、戦国時代にはあり得ない、落ち着いた洋服を着ている。

 こちらに来て着替えたと言う割には着慣れているし、馴染み過ぎだ。

 

「しかし、おいらはとわ様達のことを、五百年前から知っています」

「? それはどう言う……?」

「言葉通りの意味ですよ」

「……もしかしてお兄ちゃん、人間じゃないとか?」

「そうですね。そう考えてもらって構いません」

 

 ということは妖怪……それか、妖怪に準ずる者ということだろうか。そうは見えないが、しかしとわや犬夜叉という例もある。

 一先ず嘘を言っているようには見えなかった。何よりその目が真剣で、こちらへの敬愛あった。

 

「それで君は、どうして僕達に会いに来たんだい? とわは? 今どこにいるんだ?」

 

 一家は聞きたいことを一気にぶつける。他にも質問したいことが山ほどあった。そして、とわ達に会えるのではないかという淡い期待も生まれていた。

 だが……青年はちょっと申し訳なさそうな顔をした。

 

「とわ様達は……すみません。これは言えない決まりでして。今言ってしまうと、見つかってしまう可能性がございやす」

「見つかる……?」

「ええ。ですので、おいらが代わりに来ました。これをお渡しいたします」

 

 そう言って彼が差し出したのは、便箋だった。

 真新しい便箋。

 受け取って中身を見てみると、不釣り合いなほどに古い、和紙の手紙が入っていた。

 

「詳しいことはそちらに書かれています。今すぐじゃなくて良いので、それを読んで、各地の夜那神社に向かって下さい。それが貴方達を守る唯一の道であり、未来を守る一番の方法です。やがて時が弾け、歴史が歪むその前に、大切なものを取りこぼさないためにも、お願い致します」

「……」

 

 青年の言っていることは怪しい上に、訳の分からない内容だった。

 時が弾ける? 歴史が歪む?

 現実に起こるとは思えない。だが前にも言った通りその目は真剣そのもので、言葉を選んでいるようにも聞こえた。

 だから、詳しく聞く前に、日暮一家は一つ確認をすることにした。

 

「どうして君は、そこまで苦しそうな顔をしているんだい?」

「いくら貴方達のためとはいえ、これは皆さんを巻き込む行為ですから。とわ様の家族をそのような目に合わせるのは、流石に……」

「とわは反対しなかったのかい?」

「……」

 

 これも答えられないらしい。そもそもとわが、この時代まで生きているのかどうかさえ分からない。

 日暮一家は考える。これはとわにとっても苦渋の選択肢だったのではないか。だからこそ信頼出来る相手に手紙を託したのではないか。

 

「いや、それでもとわらしくないような気がする。君は誰に頼まれてこの手紙を?」

「とわ様を大切に思ってる方とだけ。特に草太さん。恐らくあの方と草太さんは、同じ立場ですよ」

 

 同じ立場。

 そう言われ、草太の脳裏に一つの可能性が思い浮かんだ。

 

 ――まさか。そのまさかだ。

 

 私は彼に頼まれたのだ。

 私は時を繋げた。過去にあった手紙を未来へと送った。

 これはまさしくメッセージ。

 

 突きつけられたのは選択肢だ。

 選べ、と。

 これから世界が崩れ去るから。自らの命と大切な物を守るために、足掻く必要があると。

 

「未来を作れるのは、本当の意味でこの時代に生きる人間だけです。幸いなことに、その手紙がある限り、あらゆる災厄から身を守ることが出来るし、見つからない」

「……」

「ですが、絶対ではありません。もし選ばないと、そう思うのなら、日暮神社の御神木か、この大樹の元まで逃げて下さい。そこが一番安全です。よく考えてからお選び下さい」

 

 青年はそれだけ言うと、軽く頭を下げた。

 日暮一家は何となく悟った。これで話は終わりなのだ。再び頭を上げた彼の表情には、何故か焦りが生まれていた。

 

「君は、これから何処へ?」

 

 自然と草太が代表して聞いていた。青年は少し考えてから、答えた。

 

「おいらにもおいらの役目がありますので、“然るべき場所へ”行きやす。……それから、博物館で会った職員には関わらないで下さい」

「何故? ていうか、どうしてそこまで知って――」

「――それも手紙を読めば分かります。八卦山の歴史を知った貴方達なら、自ずと奴の狙いが分かるんじゃないでしょうか」

 

 妖怪の最後の隠れ里、それがここですからね。

 

 そう言い残して、青年が片耳につけた青い玉の耳飾りを弾いた。

 姿が消えた。

 

「瞬間移動……!?」

 

 やっぱり本当に妖怪だったのだ、と日暮一家は目を見開いた。

 だったら、この手紙の信ぴょう性も増してくる。

 

「とわ達は一体どうなっているんだ……」

 

 彼らは、遠く離れた大切な家族へと、思いを募らせるのであった。

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