まず依頼を引き受けるに辺り、長の元まで行かなければならない。しかし聞けば八卦山はとてもとても遠い場所らしい。
少なくとも数日の旅になる。
「でもそれだと不便ですので、いくつか近道が存在しているんです」
むしろ、その“道”を通らなければ八卦山には入れない。八卦山には幻術が施されており、近くに行くだけで別の方向に誘導される。
謂わば陸の孤島であり、正式な手続きがなければ招かれることはない。
「ってもよ。まさかお前まで来るとはな」
そう言って、犬夜叉は娘をジーと見ていた。
そう、そこには本来はいない人物――もろはがしれっといたのだ。依頼の報酬に連れられた結果だった。彼女としては、そんな上手い儲け話、黙って放置できないである。
それに四魂の欠片のについては嫌な予感がしていた。そのため父母達が心配だから着いて行く……というのが実のところ理由の半分に近かった。恥ずかしくて口が裂けても言わないが。
「ま、良いじゃねえか。あたしが入れば心強いだろう、親父」
もろはがおちゃらけたように言えば、「そうですね」と弥勒が同意した。
「正直我々も年を取ってきています。もろはであれば戦力として申し分ありません。むしろ助かりますよ」
「とわちゃんもせつなちゃんも、話を聞いたら行きたがるだろうしね。二人の分も頑張りたいんだろう?」
もろははコクっと頷く。犬夜叉はそれでも渋った顔をしていたが、かごめはそうでもなかった。
「良いんじゃないかな。もろはちゃんなら、りんちゃん達も安心するだろうし」
一応伝言は頼んであるし、飛来骨も(母の無事を祈り翡翠が渡した)雲母も借りてきた。だが、久しぶりの大仕事のため、楓からは心配されたのである。りん達も事情を聞けば同じ反応をするだろう。そこにもろはが加われば、きっとホッとして帰りを待ってくれるはずだ。
そう妻から言われて、犬夜叉は頭をガシガシ掻いた。
そもそも彼だって分かっている筈だ。もろははかの夜叉姫であり、麒麟丸に打ち勝った存在。心強いのだ。
最終的にはしょうがなさそうに、
「なら無茶だけはするなよ! 良いか!」
「ああ!」
もろはが力強く返したのを見て、案内人である浅葱と藍は微笑んだ。親子のやり取りが和んだのだろう。それから、行き先を案内する。
「“道”はこちらから行きます」
そう言って示した先は大きな山だ。
しかも進んでいくと、険しい獣道に入った。
少々人間の面々にはキツイ道のりだろう。だがしばらくすると開けて来て、洞窟が見えてきた。
(ここ……)
霊力を持つもろははすぐに気付いた。結界が張られている。それも強力な。
「ふむ。これも八卦山を守る仕掛けの一つですか」
同じく結界を感じ取った弥勒が呟く。ここからは浅葱と藍の出番だ。
「まずはこれを洞窟の前にかざします。通行許可証です」
彼女達が懐から取り出した石には、十字架が刻まれてあった。それを入り口に近づけると、その模様が発光する。結界が消えて、洞窟の中に入れるようになった……のみならず、その光は懐中電灯のようにずっと先を照らしている。
「この洞窟は第一の扉。空間が弄られています。中は迷路となっており、定期的に道は変わりますので、光だけが頼りです」
つまり光は道標であり、浅葱と藍から逸れれば脱出は不可能となる。
安全対策としてはよく考えられている。と、同時に、もしものことを想像して怖くなった。
「では行きましょう」
犬夜叉一行及びもろは達は、洞窟に足を踏み入れた。
「……」
そうして全員、しばらく無言で歩いていた。
視界は光のおかげで悪くはなかった。言われた通り、入り組んだ道は複雑過ぎて、引き返すことは出来ないだろう。
「そう言えば、この洞窟を通れば八卦山に辿り着くって話だけど、一体どうなってるの?」
ふと、暇だったためか珊瑚が聞いた。
浅葱と藍が答える。
「詳しくは知りませんが、空間を歪めるついでに、若葉さんが八卦山に無理やり“道”を繋げたそうです」
「元々は箱の大妖怪が使っていた通り道なんだって。それを再利用したってことかな」
「へえ〜」
もろははちょっと面白い話だな、と思った。この道を大妖怪が何の目的で使っていたのか、少し興味を唆られる。だがまあ、それにしても、空間まで操れるとは。箱の一族の能力は恐ろしい。
「若葉さんって、半妖としては大きな力を持っていたのね」
「……うん。だけど、死んだ日は丁度月の初めだったから……」
「人間になる日にやられてしまったと」
そう思えば碌な死に方ではない。その魂は浮かばれないだろう。
「そして、その状態で死んだからなのか――少々おかしなことになっているんです」
「おかしなこと?」
「……見れば分かります」
そうしてもろは達は立ち止まる。
目の前には、壁。
「ここは第二の扉。この先からは、門番の許可が必要です」
そう言って浅葱が一歩、前に出る。壁に触れると、何か文言を唱えた。すると――
「合言葉はあっていますね」
声が返ってきた。若い女性の声だ。
「ならばこちらも合言葉を返しましょう。“人間は知恵を手に入れた。人間は楽園を追放された。その時から我々は罪を抱いた”」
その瞬間、壁が消え去り、声の主と思われる人物が姿を現す。
が、着物こそ着ているものの、異様さが目立つ。手には両手で抱える程大きな箱。首からはロザリオをかけており、その顔立ちはどう見ても――
「……南蛮人?」
「半分は正解ですよ」
女性はふんわりと笑う。
その瞳は緑色で、髪は長い癖毛の金髪だった。
異人という雰囲気だが、完全な純潔ではないらしい。
「私の母は、遠い地より連れてこられた外国人の奴隷だったんです」
と彼女は説明した。
「そのため、出生より迫害を受け、こうして今では八卦山に身を寄せております」
しかしその出自の割に、薬指には高価そうな指輪がキラリと光っていた。実は案外、高貴な身分の出かもしれない。
「貴方方が犬夜叉様ご一行ですね。そちらの方はもしや夜叉姫様のお一人で?」
「ああ、もろはだ」
名乗ると、女性は何故か一瞬目を細めた。そして浅葱と藍を見ると、お礼を言う。
「浅葱さん、藍さん。ここまで連れてきてくれてありがとう。助かったわ」
浅葱達は「これくらい良いよ」と返した。
気休い仲らしい。
「では、自己紹介を。私はうすらい。八卦山の村にて、お客様のお相手及び、案内人をしております。分かりやすく言うと門番です」
「門番……貴女がですが?」
信じられず、一同は聞き返した。
確かに言われてみると、うすらいの眼光はかなり鋭かったが。その腕は枯れ枝のように細く、おまけに彼女は小柄だった。門番の勤めを果たせるとは思えない。
しかし、うすらいはこちらを見定めるように、氷のような微笑を浮かべた。
「ええ。私はこの空間内において、絶対の権限を持ちます。私は敵対者を見定め、八卦山に通すか否かを判断する。もし逆らえば八卦山に来るどころか、洞窟の迷宮にて永遠に彷徨うしかありません。殺したところで同様になるだけです」
まるでどんなことをしても無駄だと言わんばかりだった。
思わずゾッとする。
うすらいの声が、振る舞いが、気迫が、如実に語っている。敵対者には容赦しない。力はともかく、門番としての覚悟は本物だろう。
「すみませんね。少々無礼をし過ぎました」
しかし次には、うすらいの目が穏やかなものに変わっっていた。本来の彼女は、最初の笑顔のように、温厚な人物なのかもしれない。
「別に犬夜叉さん達を疑っているわけではないんですよ。浅葱さん達が連れてきた方なら信用できます。ただ……あの人を殺されて、私、どうしても外の人には警戒心を持ってしまうんです」
「……」
「ですが、あの人は興味深々みたいですね。そろそろ、出て来ると思いますよ」
その途端。うすらいの持つ箱が、ガタガタッと揺れ動いた。何事かと目を見張ると、勝手に開いた箱から出てきたのは――
「ちっさい女!?」
正しくは少女と言っても良い年齢の――まだ十代後半らしきミニチュアサイズの女が、こちらを覗いている。両手はなく、下半身はどうなっているのか箱の中に埋まったままだ。
もろはは達は呆気に取られるしかない。
誰もが口を開けていた。
「どうなっていやがるんだ? こいつ一体何なんだよ」
犬夜叉が聞けば、浅葱がポツリと呟く。
「若葉さんです」
「そんな馬鹿なこと有り得る訳ないじゃろ! 死んだんじゃなかったのかっ?」
七宝が指摘すれば、うすらいは悲しそうな顔をした。
「死に方に問題があったんですよ。だから、こんなあべこべなことになっています」
「……何か事情がありそうだね」
「ここでは何です。村に辿り着いてからすべてをお話し致しましょう」
うすらいが背を向けて歩き出す。
再び一同は進み出した。
その間、若葉はボーと虚空を見ていた。その右だけ開いた、白濁した青い瞳で。不自然な程に左目が閉じられているのが印象的だった。
「着きました」
やがて小一時間程で着いたその場所は、明らかに普通の村とは違っていた。
人間が、妖怪が、共に暮らしている。それは予想の範囲内ではあったが、農作業をしている人間の中にはチラホラと、腕がなかったり、目を負傷していたり、手話で会話をする者や、杖をついて歩いているものがいた。うすらいのように異人の血を引く者もいる。
そして妖怪や半妖と思わしき人達も、どちらかというと自信がなさそうにしていて、もろは達が視線を向けると、サッと目を逸らした。
「……」
そして目立っているのが、全員が首から下げたロザリオ。チラホラ見える、日ノ本とは建築様式が違う家。木を使っているが異国風の見た目だ。
まるでここだけ、別世界に迷い込んだような――
「私達は、吉利支丹を信仰する集団です」
と、驚いている一同に対し、うすらいが口を開いた。
「異国から来た者、見た目故に迫害を受けた者、そういった者達が、斑紋様が広めた吉利支丹に救いを求め、若葉さんの言葉でこの地に集まりました。私達は異質であり、異端であり、何処にも属さぬ半端なものです。ですが、貴方達のような普通の人々を排斥しようとは考えていません。ほら、あの子達は歓迎してくれてるでしょう?」
見ると遠くの畦道で、こちらに手を振っている子供達がいた。
半妖だ。半妖の子供達が、もろは達に挨拶をしてくれている。
「こんにちは〜」
「うすらい様ー! 藍さーん! 浅葱さーん! 若葉様もご一緒ですかー!?」
「その人達が外から来た妖怪退治屋さーん!?」
子供達は大人と違い、警戒心がないらしい。
もろは達が手を振り返せば、キャー!! と大袈裟に喜んでくれた。気分は良かった。
すると、だ。
「…………」
若葉がジーと、その様子を見ていた。
そして、何か妖力が揺らぐと。
「うひゃ!」
子供達の頭上に、花びらが降ってきた。
子供達は面白がって更にはしゃぐ。微笑ましい光景がそこにはあった。
「……あの子達可愛い……でしょ?」
若葉がもろは達の方を向いて、微笑む。
皆、別の意味で驚いていた。
初めて、感情らしきものを見せたからだ。そのせいで、浅葱、藍は、複雑な顔をして、うすらいに至っては殊更痛ましい表情をしていた。
「あげる」
また妖力の揺らぎが発生した。
ポンッ! と音を立てて、もろはの手の中に一輪の花が現れる。
「よく来たね、よく来たね。後でお菓子でもあげようね……ところで娘さん、おいくつですか? この子も可愛いですね」
ニコニコと犬夜叉に笑顔を向ける若葉は、何処か現実を認識していないように見えた。これにはもろはの両親が絶句したように固まる。もろはただ……持っている花を見つめることしか出来なかった。
「なんか……もろはちゃんのこと、小さい子と思ってるの?」
隣で珊瑚が、なんとも言えない表情で少し困惑していた。それに、七宝に対しても、若葉は愛おしい目で見ていて、
「そっちの子にもおもちゃをやろうね。ほら、お手玉だよ」
「うわ!? ……ほ、本当にくれるのか!?」
いきなり掌に現れたお手玉を前に、七宝は嬉しさよりも驚愕で声を上げる。でも子供達は羨ましいようで、不満を叫んでいた。
「あ、ずるい! いいなー」
「若葉様、お酒あげるからなんかちょーだい」
「お客様の前でお酒とか言わない!!」
うすらいが怒鳴る。
「もう、アンタ達、少しは我慢しな! ほら、あっちで遊んどいで!」
再びキャー!! と叫んで子供達は走っていった。
後でお説教だな、とうすらいの顔に書いてあったが、彼らは気にしていないだろう。ともかく、調子が狂ったらしく、彼女はゴホンと咳払いをした。
「大変失礼致しました。まだまだ礼儀を知らないようで」
「いえ、良いですよ」
気にしないようにかごめが言う。
「若葉さん、慕われてるんですね」
「子供が好きでしたからね」
うすらいは悲しそうに目を伏せた。
それから十分程歩く。
「そろそろ、見えてきます」
家や田んぼから外れた場所に、その建物はあった。
大きい。石を積み上げられて作られた、教会のような外観だった。側には一本の大樹がある。
扉を開いて中に入った。
奥には天井にまで届くぐらい巨大な獣が、寝そべるように鎮座していた。
その一番の特徴は、目にグルグルの包帯が巻いてあること。次点に、黒白の斑点模様の毛皮。八つの尻尾を持ち、狐とも犬とも取れるような外見の妖怪だった。
「おう、お前らが犬夜叉とその仲間達か」
彼は低く、ノイズが混じるような不快な声で、出迎えた。
「よく来たな。俺は眼天輪。大陸からやってきた、零落した元大妖怪」
――そして、今は斑紋と呼ばれている。
そう名乗った妖怪の表情は、口の端が歪められた不気味な笑みだった。
でも、うすらいが苦笑いしているのでわざとではないのだろう(実際に七宝はびびっているが)。多分、普通に笑いかけたつもりなのだ。
「眼天輪……それが本当のアンタの名前?」
珊瑚が不思議そうにする。
もろはだってそうだ。眼天輪とは、単なる妖怪の種族名でしかない。それが個人名なのはおかしい。
だが、その背景には裏話があるようで。
「今“眼天輪”と呼ばれている妖怪は、俺の種族が力を失い、彷徨っている亡霊だ。大妖怪だった時、俺の名前の方が広まっちまったから、日の本の言葉の方でも、種族全体そう呼ばれるようになったんだろうな」
最も、今は不便だから斑紋で通しているのだろう。
そうしないと区別がつかなくなる。
「まあ、とりあえず座れよ。ずっと歩きっぱなしはキツイだろう?」
斑紋が前足で指を指す。
確かに側には複数の長椅子が設置されてあった。もろは達は見慣れぬ西洋風の椅子に戸惑いつつも、腰を下ろした。浅葱、藍、うすらいの三人は、別の椅子に座る。丁度対面で向き合うような形だ。
「では……最初に確認しましょうか」
一同の交渉人、弥勒が切り出す。
「貴方がこの八卦山の長ですね? 依頼は浅葱達から聞いた通りで間違いないですか?」
「――ああ。違いないよ」
斑紋は肯定を返した。
「若葉は友の娘だ。正しい形で弔いたい」
このままにしとくんじゃなくてな。
そう言って若葉を見る彼の目は、やっぱり辛そうだった。
当の本人が再び虚な顔をしているのも居た堪れない。
「彼女が今どんな風になっているのか。聞いても?」
「ああ」
斑紋は何処から話すべきか、迷うような仕草をした。
「っても、そうだな……せっかくだ。俺の昔話から、四方の話。すべてを聞いてもらおうか。お前達も無関係ではないだろうしな。とは言え、まずは箱の半妖のことについて教えなければならない」
そうして、斑紋は若葉の体について説明する。
「あのな。箱の半妖の体ってのは、やっぱり普通の半妖とは大分違うんだよ。人間部分と妖怪部分、それがはっきり二つに分かれている。しかも姉と弟で、性質が違う」
曰く、弟は人間と箱、二つの肉体を持ち。
姉の方は、本来人間と箱が合体したような今の姿が本当の彼女なのだそうだ。だが、人間と箱の部分を分離し、自由に行動することが出来たらしい。
これは擬態に近い。
箱の部分を休眠させている状態。しかし箱の部分にも魂が入っている。本来ならば、このままであったとしても、妖怪の本能と人間の人格は統合され、若葉という一つの精神を形作るが、朔の場合、人間の人格は取り残され、妖怪の本能は眠りについてしまう。魂が半分程箱に封印されてしまうのだ。
「そんな状態で殺されたら? 魂は複数に裂けてしまう。死んだのに、死ねない状態となる。生き返ることは不可能なのに、現世に縛られてしまう」
そこから、何とかしようと、若葉は無意識にもがいたいたのだろう。斑紋が虎の妖怪と会った時にも、その魂の一部は幽霊となって彷徨ってたという。
「しかも目もくり抜かれて、両手足もなくて、死んだ時とそっくりだった」
「……」
もろはは、とわから聞いた話を思い出した。
女の幽霊。手足のない少女。やっぱり彼女は、箱の半妖、若葉だったのだ。
「とりあえず箱を用意して器を与えてやったけどな。でも駄目なんだわ。一応精神は安定したけど、記憶と人格の大部分が欠けてやがる」
それは本来の肉体、箱に宿っていないからだろう。その箱は、人間体が生まれた後、母、四方が緒方の箱を用いて
「けれど取り返した右足を与えたら、少し元に戻った。もしかしたら遺骨にも魂の一部が宿っているのかもな」
勿論本体は別の場所にいるだろう。
だが少なくとも、「どうして」とは言わなくなったそうで。
「言葉も喋るようになったし、このまま遺骨をすべて集めれば、生前の人格に近づいていける。そしたら、事の真相をすべて聞けるだろう。何でわざと殺されたのか? ってな」
「……わざと?」
一同は首を傾げる。
大きな矛盾に聞こえたからだ。教えてくれたのはうすらいだった。
「若葉さんは海辺の国で殺されました。そして丁度その頃、偽物の四闘神の内、三匹の妖怪が大暴れしていましたが、私達八卦山の者は、まったく知りませんでした」
「え……?」
あり得ない事実に、場が固まる。
「そんなことあるの? 海辺の国は近いんでしょ? 知らないなんて――」
しかし、かごめが言いかけたところで、もろははピンと来た。
「いや、ここは陸の孤島みたいなもんだぜ、お袋。外に出ようなんて誰も思っちゃいねえんじゃねえか? 加えて、その時村は出来たばかりで、安定してなかったと思う」
ゴタゴタしていたなら、若葉は知らせようとはしなかっただろう。下手に刺激して混乱を招いたら、村が崩壊する。
それよりも妖怪から全力で村を隠蔽しようと躍起になったはずだ。
「でもいくら何でも、この斑紋ってのに伝えねえのは腑に落ちないぜ? コイツには村を守る役目があったんじゃねのか?」
「確かに。それに外の情報を仕入れなかった訳ではないでしょう。違和感はなかったのですか?」
「そりゃ何となく変だと思ったさ。それで若葉に聞いたんだ」
――おい。お前最近妙なことばかりやってるじゃないか。どうして外に繋がる道を封鎖し始めた。外に出かけた調査員も限られたことしか喋らねえ。何をどうしているんだ?
「そうしたら、若葉は謝って、こっちの記憶を一時的に奪いやがった。戻ったのは彼女が死んだ後だ」
八卦山の人々は、訳が分からなかっただろう。
海辺の国に行くも、その時には既に入れなくなっていた。大規模な結界が張られていたのだ。
「恐らく若葉さんの仕業だよ。私達を通さないため、あえて私達のみを遠ざける結界を――」
「ふむ……しかし一連のことを聞くと、まるで八卦山の人々を守るため、自死を選んだように聞こえますな」
だからわざと。
納得だ。不可解さも残るし、調べた方が良いだろう。
だがここで問題なのは、若葉は“何”から八卦山の人々を守ろうとしたのか。
「明らかにその妖怪共は普通ではない。四魂の欠片ことと言い、四闘神のことと言い、変なことが多過ぎます。若葉さんは我々に知らない何かに気付いていたのでしょう。どっちみち、それを若葉さんの口から聞ければ、手っ取り早いかもしれませんね」
「でもそいつ、結局弟のために動いてたんだろ。弟残して先に死んだら意味ねえじゃねえか」
気に入らないように、犬夜叉は露骨に顔を歪めた。
話題を引き継いだのは浅葱だ。
「弟さんは娘さんを亡くしてたから、そっとしてあげてたんだと思います。弟さんのところに行かなかったのは、そういう事情があるから……」
「なら、その弟には会ってないのか? こんなの、知らせなきゃあんまりじゃろ」
だが、うすらいは首を振るばかりだった。
何でも、弟は姉と別れた後、フラフラ棲家を変えているらしい。
「旭の方にも会えれば、手がかりは増えるんだけどな……その子も、若葉の死と繋がりがあると思う」
斑紋の表情には確信が浮かんでいた。
「ここからは俺の仮説だ。そして、四方と俺の過去も関わってくる話になる。場合によっちゃ――この事件はとんでもねえ規模になるかもな」
と、彼は神妙な口ぶりで話し始めたのだった。