遥かな永遠を一緒に   作:鐘餅

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遥かな永遠を一緒に 二話

 夕景空が広がる頃、とわは村外れの一軒家に帰ってきた。

 中からは食欲を誘う良い匂いがしていた。

 食事の準備をしてくれているらしい。

 ちょうど時間帯もあって、腹の虫が鳴る。

 

「ただいま!」

「おかえり、とわ」

 

 家に入ると、母であるりんが出迎える。

 十四年も眠っていたため、まだ見た目は年若い。

 こうして見ると、とわとは姉妹としか思えず、実母としては違和感がある。

 しかし、それでも萌ママとは別に、“お母さん”であることに違いはない。

 

「せつなは?」

 

 まだ帰ってきていないのか、部屋の中にせつなの姿はなかった。

 理玖の時と良い、タイミングが悪いのだろうか。

 そう思っていると、りんが囲炉裏にかけられた鍋の蓋を開け、夕食の支度を始めながら答えた。

 

「昼過ぎに帰ってきたんだけど、また大掛かりな退治があるって、出かけちゃったよ。明日は一日中いないって」

「そんなあ……」

 

 妹が大好きなとわは、せつなと夕食を取ることを毎日の楽しみにしている。

 思わずショックを受けて、がっくりと肩を落とした。

 りんはそんな娘にくすくすと笑う。

 そして、次にふと気付いたように、歓声を上げた。

 

「わあ、とわ、その頭の花冠可愛いね! どうしたの?」

「え、あ、……」

 

 指摘され、今更のように思い出す。

 同時、優しくそっと、理玖に花冠を頭に乗せたられた感触が蘇る。

 やっと恥ずかしさが引いたのに、また頬が赤くなってきた。

 とわは慌てて花冠を取ると、何かを否定するように、上擦った声で言う。

 

「な、何でもないから! ただ理玖にもらったってだけで!」

「理玖?」

 

 と、そこでりんが聞き覚えのない名前に首を傾げた。

 しかし、理玖のことは知っているとはいえ、割とその事情は複雑だ。

 故にとわは上手く説明できず、口をもごもごとさせる。

 

「えーと……麒麟丸の元仲間というか、分身? 何て言ったら良いか分からないけど、でも悪い人じゃないんだ」

「そっか。とわが言うなら、きっとそうなんだね」

 

 りんは優しくそう言って、ご飯などをよそったお椀を出した。

 豪勢ではないが、母の温かな手料理だ。

 とわは床に座り、「いただきます」、と食事を始める。

 りんはその様子を、何処か幸せそうな、温かな目で見つめていた。

 

「ねえ、とわ。理玖さんって、どんな人なの?」

 

 りんは興味が湧いたのか、理玖について聞いてきた。

 ご飯を頬張りながら、とわは少し悩む。

 改めて言われると、ちょっと困ってしまったのだ。

 だって、彼は酷く掴みどころがなくて、飄々としていて、よく分からないことも結構多い。

 でも、その心の奥には、間違いなく苦悩があるようで……、

 

「うーん、そこが気になる……のかな」

「? どういうこと?」

「あのね、理玖は私と同じ悩みがあるみたいなんだ。さっき言ったみたいに、何て言えば良いか分からないんだけど、案外似たところがあるのかもって思うんだ」

 

 少なくとも、通じ合える部分はあると感じた。

 だからこそ、一緒にこれから先やりたいことを考えようと、提案したのだ。

 きっと、理玖となら見つけられると。

 

「そうなんだ。……とわがそんな風に思える人が出来て、りんは嬉しいな」

 

 りんはとわの話を聞いて、ぽつりと呟いた。

 その声音に何かを感じて、とわの箸を動かす手が、ぴくりと止まる。

 

「あのね、りんはね、正直かごめ様の国のことをよく知らない。

 そこで育ったとわの迷いとか、不安とか、そういったことを……きっと根本的に分かってあげられない部分も多くあるんだろうなって思う」

 

 ほんの少しだけ、りんの表情に影が差していた。

 戦国と現代では、生活が違う。

 常識が違う。

 環境が違う。

 娘と話していて、その違和感をりんはやっぱり感じ取っているのだろうか。

 とわを理解出来ないことを、母として不甲斐ないと、そう思っているのだろうか。

 りんは寂しそうに、でも、本人が言うように、嬉しそうな顔を作った。

 

「だからね、少しでも悩みを共有できそうな人が出来て、りんは安心したんだ。きっとりんじゃ力になれないところを、その人は助けてくれるだろうから」

「……そうなのかな。でも、母上だって、私のこと助けてくれてるし、相談に乗ってくれてるよ」

 

 とわは気遣うように言う。

 萌ママの代わりではないが、少なくとも母がいるだけで心強い。

 十四年も離れて、こんなに大きくなってしまった自分を、それでも娘として接してくれている。

 

「母上が傍にいてくれて、本当に良かった。だから、気にしないで、母上」

 

 感謝を込めて微笑む。

 りんは数秒、何だか感動しているような顔になった。

 そして、とわとそっくりに、微笑み返す。

 

「ありがとう。やっぱりとわは優しい子だね」

「……」

 

 そう言うりんの方こそ、その目は優しいものだった。

 少し照れるが、その母の暖かな心が、とわには嬉しく感じられた。

 

「母上。そういえば言い忘れてたんだけど、明日また、理玖のところに行くって約束したんだ」

「じゃあ、とわも明日一日、いないんだね」

「……うん。ごめんね。少し一人になっちゃうけど……」

「ううん、良いよ。それに殺生丸様が来てくれるから」

 

 りんは朗らかに言って、気にしないように首を振った。

 

「とわ。

 これは勘だけどね。とわの迷いの答えを、りんはその理玖って人が持っている気がするんだ。だから、理玖さんのところへ行っておいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、昨日の出来事だった。

 ふと、とわはその時のことを思い出し、先頭を歩く理玖を見続ける。

 

 何でだか、不思議な気持ちになっていた。

 それは上手く言葉にできない感覚だ。

 

 よく考えると、理玖とは数奇な縁で結ばれた関係だと言えよう。

 彼は麒麟丸の部下で、分身で、是露とも繋がりがあって……きっと父母のことがなければ、出会えなかった人物だ。

 そのままとわが現代にずっといて、巡り合えなかった可能性すらもある。

 敵対していたから、ここまで仲良くなることもなかったかもしれない。

 ……まさに因縁と、奇跡とが組み合わさった出会いなのだろう。

 そして、りんが言うには、その理玖こそが、この迷いへの答えを持っているかもしれないのだ。

 そうすると、きっと一緒に考えようと言ったことは、間違っていないということになって。

 

(理玖となら、見つけられるってことなのかな? 自分の生きる意味とか、居場所とか……)

 

「とわ様?」

 

 その時、りおんから声がかけられた。

 横に振り向くと、彼女が小首を傾げてこちらを見ている。

 

「どうかなされたのですか? 先程からボーとしておられるようですが」

「あ、何でもないよ。ただの考え事」

 

 とわは気にしないように言うと、少し微笑んだ。

 と、そのタイミングで理玖が振り向く。

 

「とわ様!! りおんお嬢様!! 少し休憩致しやしょう!」

「休憩?」

 

 ここまで随分と歩いてきた。

 体力は有り余るほど残っているが、りおんのことも考えると、確かに一休憩する頃だろう。

 しかしこんな道端で、一体何処に休む場所があるというのか。

 そう考え、よく目を凝らせば、遠くに建物が一つ。

 

「……茶屋?」

 

 かけられた看板。

 乾拭き屋根の小さなお店。

 全体的な雰囲気からして、間違いないだろう。

 実際旅人らしき数名の男が、団子を手に、店の前におかれた長椅子に座っている。

 実に美味しそうだ。

 とわとりおん、二人の視線は、自然と彼らに吸い込まれる。

 

「あらま、お客様、いらっしゃい。食べていくかい?」

 

 そして茶屋の側に来た時、ちょうど中から、若い女性の店員が現れる。

 理玖は、懐から袋のようなものを取り出して言った。

 

「とわ様、いただきましょう。奢りますよ」

「え、悪いよ。それに私だってお金は持ってるし……」

 

 一応、妖怪退治をしているのだ。

 小銭程度は稼いでいる。

 団子の一つや二つ、このくらいなんてことないだろう。

 

「せっかくだからさ。理玖達の分まで、私が払うよ」

 

 そのため、とわは親切心から逆に奢ろうとする。

 しかし、理玖は首を振った。

 

「いえいえ、とわ様。女性相手にそのようなことは出来ません。ここは男が持つところですよ」

「そうなの? でもなあ……」

「とわ様。理玖のお言葉に甘えましょう。これは、私からのお金でもありますから。ほんの少しですが、お礼と思ってください」

「……。うーん、じゃあ……」

 

 逡巡していたとわも、りおんにまで言われたら、流石に折れてしまう。

 その様子を見て、理玖は口の端を上げた。

 数文を袋から取り出し、店員に渡す。

 店員は事務的に一つ一つ数えると、こくりと頷く。

 

「毎度」

 

 すぐに茶屋の奥へと消えていく店員。

 旅人達と同じように、とわ達も空いていた長椅子に座って、団子が来るのを待っていた。

 その間、周りがやけに静かなせいで、旅人達の会話が耳に入ってくる。

 

「おい、お前、知っているか? 最近、妙な幽霊が出没してるって噂話」

「おう、何だそれは? 話してみせろよ」

「そう急かすな。そうだな。確か俺が聞いたところによるとよ、そいつは美女の姿をしていて、仕切りに、どうしてと、聞いてくるらしい」

「どうして? そいつは何を聞いてきてるんだい?」

「それが、誰もさっぱり分からないって言うんだ。ただ、話しかけられてしばらくすると、女はそのまますぅっと消えちまうらしい」

「へえ、それまた奇妙だな」

「俺の知人によると、少なくとも、隣の国でその影らしきものは見たって聞いたぞ。ここで面白いのがな――」

 

 そこで、店員がお盆を持ってやってきた。

 その上には、皿に乗った団子が三つ。ついでに湯呑みも三つある。中には茶が入っているようだ。

 

「はい、お待ちどうさま。ではごゆっくり」

 

 店員は団子や湯呑みを配り終えると、また建物の中に入っていった。

 りおんが早速、団子を食べてみる。

 そして、可愛らしい声をあげた。

 

「わあ、思った通り美味しいです!」

「本当だね!」

 

 隣で団子を口にして、とわもぱっと明るく笑う。

 戦国時代に来てからというもの、菓子を食べる機会はぐっと減ってしまった。

 故に甘味は実に久しぶりで、味自体は控えめだったものの、とわにとっては何倍も甘く感じられていた。

 ちょっとだけ感激だ。

 すぐにその満面の笑みのまま、理玖にお礼を言う。

 

「ありがとう、理玖!」

「……、はい。お喜び頂けて何よりです、とわ様」

 

 理玖は嬉しかったのか、表情を柔らかくさせた。

 しかし、その前。

 何故か一瞬、戸惑っていたように見えたのは、気のせいだろうか。

 少し疑問に思ったものの、だが、理玖は既にいつも通りの顔をして、遠くを見つめていた。

 さっきからお茶ばかりを飲んでいる。

 団子には一切手をつけていない。

 何だかもったいなくて、とわは串部分を持つと、その残された団子を理玖に差し出す。

 

「理玖も食べてみなよ、ほら美味しいよ」

「……!」

 

 瞬間、理玖がとても驚いたように目を丸くした。

 そして、困ったような、遠慮がちな態度で聞いてくる。

 

「あの……おいら相手にそのようなことをして、よろしいんですか?」

「ん? 何が?」

 

 理玖の言っている意味がよく分からず、とわはきょとんとする。

 だが、りおんすらも、「まあ」なんて言いそうな顔をしているのだから、どうやら自分が変な行動をしているらしい。

 一体何処がそんなにおかしいのか。ただ、団子を差し出してるだけなのに。

 

「あ……」

 

 と、ふと気づいてしまう。

 これは所謂、あーん、という奴だ。

 付き合っている男女が、お互いによくやる奴である。

 それをとわは無意識にやっていたのだ。

 理玖が困惑するのも無理はない。

 自分の行動に対する気恥ずかしさが、急に湧き上がってくる。

 

「ご、ごめん!!」

 

 とわは慌てて、団子を差し出す手を引っ込めようとした。

 瞬間、理玖が僅かに眉を動かす。

 彼は何を思ったのか、身を乗り出すと、そのままパクリと団子を口にした。

 

「……!!」

 

 思わず固まるとわ。

 理玖はご満悦な様子で団子を頬張り、ごくん、と飲み込む。

 

「り、理玖」

「すいやせん。とわ様がこのようなことをなさるのも、滅多にないでしょうし。つい、勿体なくて」

「えと、勿体ないって……」

「ふふ」

 

 それ以上は何も言わず、理玖は思わせぶりな態度で薄く笑う。

 だから、理玖がどう思っているのか分からない。

 分からないからこそ、ドキドキしてしまって、とわはどうすればいいか、視線を彷徨わせる。

 理玖は、とわの反応を面白がるように、揶揄う目つきをしていた。

 

「もう、理玖ったら……」

 

 そんな理玖に、りおんが呆れたような顔をするのだった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 茶屋で一息ついてから、畦道を少しばかり進んで、森の中に入った。

 その頃になると昼下がりになって、ぽかぽかとしてくる。

 木々の木漏れ日が、カーテンのように舞い散り、本来ならば暗い辺りを照らし、点々と揺らめく。

 それだけでなく、光は青々とした緑の葉にも反射して煌いていた。

 綺麗で豊かな自然だ。

 現代にいた頃は、そこらに排気ガスの匂いがしたものだが、この時代は驚くほど空気が澄み渡っている。

 とわはその清浄さを吸い込むように、深呼吸を一つした。

 

 その時だ。

 高く伸びるような鳴き声一つ。

 羽ばたく音がすれば、頭上を大きな鳥が旋回し、遠くへと飛んでいく。

 何処までも、何処までも自由に。

 その鳥に導かれるように、先に進んだ。

 

 辺りが開けた。

 途端、強く満ちるは塩の臭い、人気はおらず、無人だ。

 砂浜は輝かんばかりに白く、ただ静かにそこに、波音だけを響かせて、海原が広がっている。

 

「うわあ……」

 

 とわは感嘆の息を漏らす。

 声が出たのはそれのみ。

 言葉など、出せようもない。

 目の前の光景は、あまりに雄大であり…… とわの粗末な語彙では言い表せないのだ。

 

 裏山で見た時にも、当然広いとは思っていた。

 だが、実際に来てみて、その認識が甘いことに気づいた。

 この海は、自分が思っている以上に広大だ。

 かつてここまで、無限にも等しい開けた場所が、あっただろうか。

 少なくとも十四年生きていて、知らなかった。

 だから目の前の光景は鮮烈だ。

 

 それに……この海は穏やかだが、とてもとても、綺麗で力強い。

 寄せては返す波は、胎動のよう。

 波音のリズムは、心音のよう。

 海面を反射する太陽光は、キラキラ、キラキラ光りながら踊って。

 まるで海自体が一つの生命みたいだ。

 

 手をいっぱい広げたとしても、自分はここでは本当にちっぽけ。

 世界が広いということを、肌に、視覚に、脳に、直接実感として叩き込まれる。

 しかしそれは、決して不快な感覚ではなかった。

 それどころか、まるで自然と一体となった不思議な心地がして、解放感と安心感があった。

 

 とわは自然、海へと歩んでいた。

 波が足にまでくる。

 冷たくて、気持ちが良い。

 

 と、先を飛ぶ鳥が、また一鳴き。

 海のその先の先、彼方へと行ってしまう。

 とわはそれを見て、何故か漠然と思った。

 あの向こうには、一体何があるのだろう、と。

 それをいつか、この目で見れる日が来るのだろうか、と。

 あの鳥が、少しだけ羨ましかった。

 

「とわ様」

 

 りおんから名を呼ばれ、はっとする。

 慌てて振り向き、恥ずかしくて、苦笑いを浮かべる。

 

「ごめん。なんか、感動しちゃって」

「いえ。お気に持ちは分かります。目を奪われるくらい、綺麗ですからね」

 

 理玖はにこやかに言って、りおんを連れて、とわの隣にまでやってきた。

 

「……海、懐かしいですね」

「そうなの? あ、でも、理玖は昔、海賊だったんだよね?」

「ええ。麒麟丸の拠点は船だったので、元々はそこにいたんですよ。

 おいらは、そこからずっと海を見ていたりもしました。

 とはいえ、長いこと陸に上がってますし、麒麟丸との縁がなくなって、しばらく経ちましたから。……海は本当に久しぶりです」

 

 理玖は遠くへと目をやった。

 何か、悲しみに浸っているような仕草だった。

 彼なりに、思うところがあるのだろう。

 麒麟丸の分身、配下としての時間。

 今は亡き、是露への思い。

 理玖にとっての海とは、そういったことを思い出すもの……なのかもしれない。

 

「ですが、仰られた通り、一緒に見る海は綺麗ですね」

 

 しかし、ここで彼は、とわの方へと視線を移した。

 複雑そうだった目は、今や喜びの色が浮かび、口元には笑みがある。

 先程の表情とは真逆だ。

 

「こんなに綺麗な海は、見たことがありやせん。とわ様と見られて良かった。……おいらは幸せ者ですね」

「そっか。良かった」

 

 柔らかく微笑むとわ。

 こそばゆいが、暖かなものが広がっていく。

 何だか……理玖の言葉が、とても嬉しくて仕方がない。

 

「私もです。とわ様。とわ様とこの海を見られたこと、嬉しく思います」

 

 りおんが、静かな感情を声に乗せ、胸に手を当てた。

 

「父……麒麟丸と共に、世界を回った頃。私も何度も海を見ました。その広さに、時にはしゃぎ、時には感嘆して。その美しさは、未だに忘れることが出来ません」

 

 今度はりおんが、懐かしくも悲しそうな表情となる。彼女は海に背を向け、こちらに振り返ると、とわへと尋ねた。

 

「とわ様、もしかして、あの向こうが気になりますか?」

「え?」

 

 考えていたことに、気づかれた。

 そのことに、とわが目を丸くする。

 

「りおん、よく分かったね……」

「ずっと見ていらしたので」

 

 りおんは、くすりと笑った。

 彼女は不思議な雰囲気だった。

 

「あの向こうをずっと先に行くと、大陸があるんです。父上が元々いた場所ですね」

「麒麟丸が……」

「今はどうか分かりませんが、そこには沢山の国があって、不思議で美しいものがあります。人々が往来し、賑わう市があり、様々な場所から集まった、珍しい品々など、色んなものが売られています。それだけでなく、大きな滝壺、鬱蒼とした大樹の森。豊かな自然が広がっています」

 

 りおんは物語を語るように、滔々と話した。

 聞いているだけで、まるでその光景が、頭に浮かび上がるようだった。

 

「へえ……何だかワクワクするね」

「ええ、とわ様。世界は美しいですよ。決して飽きることはありませぬ。いつだって、輝いているのです」

 

 りおんの言葉に、とわは、はっとする。

 世界を回っていたという、りおん。

 彼女が言うことは、ある種、胸に響くものがあった。

 

 もう一度、遠く海の方を見てみる。

 あの向こうに広がる世界。

 とわが知らない世界。そこに飛び込めば、一体どんなものが待っているのだろう。

 何だか想像するだけで、胸が弾む気がする。

 

(知らないことを、知っていくこと……世界を見て回ること。それって案外、楽しいことなのかな)

 

「……とわ様。とわ様は、あの向こうに行ってみたいと思いやすか?」

「うーん、どうだろう……」

 

 理玖の問いに、とわははっきりと答えられなかった。

 まだ、自分が何処に行きたいのかすら、よく分からない。

 だから、胸が弾んでも、あの向こうが自分の居場所ではないと思う。

 でも、こうして景色を見ているのは、悪くない。

 

「理玖。理玖はどう思う? 向こうに行ってみたいって思う?」

 

 とわは、逆に理玖に問い返した。

 理玖は黙る。

 とわのことをじっと見て……、やがて、切なげに瞳を揺らした。

 

「おいらも、分かりやせん。確かに楽しそうではありますが……未だ迷ってばかりいることもあり、自分が海の向こうに行くところを、思い浮かべられません」

 

 どうやら理玖は、とわと同じ気持ちらしい。

 悪い気ではないが、だからといって、それがやりたいこととは限らない。

 

「ただ、とわ様と見るこの海は、特別です。それだけは間違いありません」

「えと……誰かと一緒に景色を見るのは、楽しいってこと?」

「少し違いやすが……まあ、今はそう思っていただいて、構いません」

 

 理玖は少しだけ含みのある微笑みを浮かべた。

 とわは思わず首を傾げるが、しかし、ぱっと明るく笑顔を作ると、素直に今の気持ちを言った。

 

「けど、私も理玖と見るこの海は、特別だと思うよ。私も理玖と見られて、楽しい!」

「……!」

 

 瞬間、理玖がどうしてだか、目をみるみるうちに見開いた。

 そして、こちらの顔を固まったように見続ける。

 再び首を傾げるとわ。

 

「なんかさっきから変だよ、理玖」

「……何でもありやせんよ、とわ様。気のせいではありませんか?」

「ん? そうなの? でも……」

「まあまあ、いいじゃありやせんか。それより、とわ様!!」

「うわ!!」

 

 バシャ。

 理玖が唐突に海水を掬い、とわに勢いよくかける。

 咄嗟に下がったが、びっくりしたのに違いはない。

 

「ちょっと何するのさ、理玖!!」

「あー、今のは惜しかったですね。残念です!」

「もう、そんなことするなら、こっちだって!」

 

 お返しに、とわは理玖へと水をかける。

 理玖はかわせず、真っ正面からそれを浴びた。

 とわはしてやったと、ニヤリと笑って、勝ち誇る。

 理玖は悔しそうにしていたが、次には楽しそうに笑って、更に水をかけてきた。

 とわも対抗するように水をかける。

 いつしか、そこら中を走り回り、水を掛け合うようになっていた。

 二人のやり取りを見ていたりおんも、途中から参戦する。

 彼女は思わぬ伏兵で、あっという間にずぶ濡れにされた。

 でも、とわも理玖も負けていない。

 二人で協力すれば、逆にりおんの方に、思いっきり水がかかった。

 

 辺りに笑い声が響き渡る。

 それはいつまでも、いつまでも、止まることはなかった。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 予定より、少し長く海にいた。

 三人は水の掛け合いだけでなく、砂遊びをしたり、貝殻を拾い集めたりして、時を過ごした。

 童心に返ったような心地だった。

 こんなに無邪気に遊んだ記憶は、今まであっただろうか。

 少なくとも、理玖には一度もなかった気がする。

 それは新鮮な時間だった。

 それと何より、とわがいたから、楽しい時間だった。

 

 彼女は常に、ころころと表情を変えていた。

 りおんと砂の山を作り、楽しそうに笑って。

 綺麗な貝殻を見つければ、いちいち感動したように、声をあげた。

 見ていて飽きることはなかった。

 それどころか、目で自然と追ってしまう。

 とわが浮かべる表情は、初めて見せるものも多くて、見逃せなかったのだ。

 その知らない一面は、どれも愛らしい。

 そして、その顔で、とわは理玖の名を呼ぶのだ。

 それだけで、いちいち胸がきゅうと切なく締め付けられ、ぽかぽかした。

 

 時間は矢のように過ぎた。

 冷えたので、焚き火で体を温めてから、帰路についた。

 

 森の道を、畦道を、歩いていく。

 太陽は既に沈み始めた。

 世界は朱色に染まり、影が長く長く伸びて、ついてくる。

 

 理玖はふと、とわの横顔をチラリと見た。

 何を考えているのか、物憂げな表情。

 銀髪は美しく赤く染まり、まるで燃えているようだ。

 それなのに、触れるだけで、そっと溶けて消えてしまいそうな……そんな儚かなげな雰囲気がある。

 

(綺麗だな……)

 

 もともと、殺生丸の娘だ。

 こうして見ると、父親と同じで、絶世の美貌である。

 でも、いつも明るく笑っている顔とはほど遠い。

 普段のとわとギャップがあり、別人のようだ。これも、理玖が知らない、初めて見るとわの表情。

 

「……」

 

 正直に言えば、見惚れていたのだろう。

 理玖の足が止まった。

 動くことが出来なかった。

 とわや、りおんと、距離が離れてしまう。

 

「理玖」

 

 でもそこで、とわが振り返って、理玖を呼んだ。

 たったそれだけのことで、理玖の感情はおかしかなことに、大きく乱れる。

 

「理玖、どうしたの。遅れちゃうよ」

「……すいやせん」

 

 慌てて謝り、とわ達の元へと駆け寄る。

 でもそれだって、何とか、理性を搾り出しての行動だ。

 平常心を保つだけで、精一杯だった。

 

 その後のことは、よく覚えていない。

 小屋に帰り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 当然、とわは帰ろうとしたが、しかし、理玖は必死で止めた。

 遅いし、危ない。

 道も遠いから、今日は泊まっていってくれ。

 そう、ああだこうだと屁理屈を言った気がする。

 

 とわは困った顔をしていた。

 これ以上迷惑をかけたら、申し訳ないと思ったのだろう。

 しかし、りおんも頼むと、とわは折れた。

 団子の時もそうだったが、とわはりおんに弱いようだ。

 

 そして、理玖達は一緒に遅い夕餉をとり、床についた。

 りおんととわは、疲れていたのかあっという間に眠りについた。

 でも、理玖は違う。

 何だかそわそわして落ち着かなくて、緊張していて。

 今、隣にとわが寝ている。

 その事実だけで、高鳴る心臓の鼓動が、更に激しくなっていた。

 

(何だ、これは。……おいらはやっぱりおかしくなってるんじゃないのか?)

 

 あの夢を見てから、ずっとこんな調子だ。

 とわと一緒にいると、変に彼女を意識してしまう。

 この感情は何だろう。

 不可解で、訳が分からない。

 でも……でも、悪い気分じゃない。

 むしろ、どちらかというと……。

 

「とわ様……」

 

 身を起こし、寝床から出ると、理玖はとわの顔を覗き込んだ。

 彼女は規則正しい寝息を立て、安らかに眠っている。

 自分という男がいながら、あまりに無防備だ。

 そう思うと、どうしてだか、邪念のようなものが湧いてくる。

 

 気がつくと、無意識にとわへと手を伸ばしていた。

 そして触れる直前、一瞬だけびくりと迷ってから、恐る恐る、その髪に触れてみる。

 夢の中と、同じように。

 その手つきは優しく、慎重だった。

 

「……柔らかい」

 

 思わず、そう呟いていた。

 思った以上に触り心地が良い。それに短いけれど、さらさらだ。

 髪越しに伝わる体温も気持ちよくて、ずっと触れていたいと思った。

 

(もっと……)

 

 欲望が顔を出す。

 理玖はしっかりと、とわが寝ていることを確認する。

 まだ、まだ大丈夫。ばれることはない。

 そのまま、するりと手を滑らせる。

 くしゃくしゃ頭を撫で続けると、とわがくすぐったそうにした。

 彼女は声を漏らし、目をぎゅっとさせる。

 

「あ……」

 

 理玖は一瞬、起きるのではないか、と身構えた。

 どう言い訳しようか迷い、あたふたする。

 でも、その時。

 とわが軽く、寝返りを打った。

 理玖の手に頭を押し付けるみたいにして、こちらの方を向いたのだ。

 そして、ふにゃりと、力の抜けた笑みを浮かべる。

 安心しきっていないと、出来ないものだった。

 それがまるで、理玖の方に、自ら甘えてくれてるみたいで……。

 

「……、やばいな、これは……」

 

 息を漏らす。

 

 可愛い。

 嬉しい。

 とわが、愛おしくて仕方がない。

 

 ニヤニヤが止まらなくなって、だらしない笑みになってしまう。

 何だこれは。

 何だこれは。

 夢の中での幸福なんて、本当にちっぽけじゃないか。

 今、こうしている時の方が、堪らない。

 しかも、とわのこの表情を見ているのは、自分だけ。

 独占欲と背徳感とで、ぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

「とわ様、おいらのこと……嫌じゃないんですか?」

「……」

「とわ様、おいらは、とわ様とずっと……」

 

 話しかけるも、とわは眠っているので、何も答えてくれない。

 時折、寝言も呟いているが、それだって「せつなぁ」、だ。

 きっととわの夢に、理玖が入る隙間はないのだ。

 ……そう考えると、ちょっと寂しい。

 ずっと、理玖はとわを見つめているのに、とわは理玖を見ていない。

 

(こっちに振り返ってほしいな。とわ様の顔が見たい)

 

 とわが自ら、もっと自分に触れてきて、笑顔を見せてくれたら。

 そしたら、どんなに良いだろうか。

 きっと今以上に、幸せに思えるに違いない。

 とわを独り占めにして、好きにして、いつだって自由に……。

 

 どうしたら、そう出来るのだろう。

 どうしたら、そんな未来を手に入れられる?

 

 分からない。

 でも今日、海に行った時、たくさんとわは笑ってくれた。

 こっちに振り返って、本当に楽しそうにしてくれたのだ。

 他の場所に連れていったら、どんな風に笑うのだろうか。

 見てみたい。

 自分が知らないとわを、もっと知りたい。

 

「とわ様……」

 

 もう一度、名前を呼んで。

 理玖はそっと、とわの髪をいじった。

 切ない感情は、しかし、とわに伝わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に差し込んできた眩しい日差しに、とわの意識は浮上した。

 すぐに嗅覚に飛び込んでくるのは、朝の匂い。

 それと……嗅ぎ覚えのある、誰かの匂い。

 大きな手が、頬に触れて、撫でている。

 それがあまりに暖かくて優しいから、心地よいと思った。

 何だか、安心するというか。

 ちょっと微睡んで、ずっとそのままでいたいと思った。

 しかし手の主は、とわが起きたことに気づいたようだ。

 嬉しそうに名を呼ばれた。

 

「とわ様、お目覚めですか?」

「……ぅん……」

 

 小さく呻き声を漏らし、とわは仕方なく目を開ける。

 ぼんやりとした視界が、徐々に像を結んでいく。

 上から覗き込む男の顔。

 端正で、まつ毛が長くて、中性的で。

 その目は愛おし気に、こちらを見つめている。

 彼は……、

 

「……理玖?」

「おはようございます。今度は、おいらの方が早く起きましたね」

 

 理玖はおかしそうにくすりと笑り、とわの頬から手を離した。

 暖かさがまだ残っていて、しばらくとわは惚ける。

 しかし、徐々に状況を理解し始め、顔がぶわりと赤く染まり、飛び起きる。

 

「え、えと……」

「何ですか? とわ様」

「あ、今の、その……一体……」

「ああ、今のはですね──」

「……とわ様? 理玖?」

 

 理玖が答える前に、ごそごそと、りおんが起き出した。

 少しボーとしていて、少々寝癖がついている。

 その目をとわと理玖に移し、不思議そうにしていた。

 

「お、おはよう、りおん」

「おはようございます。とわ様」

 

 にこやかに笑うりおん。

 理玖も「おはようございます」と言い、何事もなかった顔をする。

 雰囲気的に、さっきのことが聞き出せる感じじゃない。

 気になっているけれど、有耶無耶になれば、それはそれで幸いだった。

 だって、かなり気恥ずかしかったから。

 

 それからとわは、寝具を片付け、朝餉をご馳走してもらってから、身支度を整えた。

 荷物は少なく、海で拾った貝殻ぐらいなもの。

 家族へのお土産だ。

 せつなはどうか知らないが、りん辺りは喜ぶだろう。その顔を想像すると、自然ととわの顔は綻ぶ。

 

「そろそろ行くね、私」

「はい、気をつけて、とわ様」

 

 外に出ると、りおんと理玖もまた、見送りに来てくれた。

 とわはそれが嬉しくて、お世話になったお礼を言う。

 

「本当、泊めてくれたり、色々ありがとうね。二人とも」

「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ、ありがとうございます。とわ様とお出かけできて、嬉しかったです」

「そっか。良かった」

 

 りおんが楽しいと言ってくれただけで、とわもまた、嬉しくなった。

 今後はせつなともろはも連れてこよう。きっとりおんは喜んでくれるだろう。

 そう心の中で思って、とわは手を振って別れを告げた。

 

「それじゃあね! また後日……」

「……とわ様、少々よろしいですか」

 

 しかしその時、理玖が一歩前に出て、とわに声をかけた。

 目覚めた時のこともあり、とわはどきりとする。

 

「な、何かな?」

「家まで、着いて行ってもよろしいでしょうか? 昨日無理に引き止めた分、ちゃんと送り届けたいのです」

「えと、それは構わないけど……」

 

 そこで、りおんの方を見る。

 りおんは、気にしないでとばかり、こくんと頷いていた。

 

「……じゃあ、うん。家まで一緒に行こっか。理玖」

「はい!」

 

 何が嬉しいのか、理玖は明るくぱっと笑った。

 そしてとわと理玖、二人は背を向けて歩き始めた。

 りおんが背後から、「お元気でー!」と大声で声を張り上げ、手を振った。

 

「……」

「……」

 

 互いに無言のままに進んでいく。

 何だか気まずい。何を喋れば良いのか、検討もつかない。

 そもそもの話、理玖の考えていることも、良く分からなかった。

 

 だが、しばらくして。

 理玖がこちらの方を向き、話しかけてきた。

 

「とわ様。おいらと一緒に海に行って、如何でした?」

「楽しかったよ。また行きたいなって、思ったよ」

「……そうですか」

 

 理玖は思案するような顔をしつつも、嬉しそうに頷いた。

 それを不思議に思ってると、彼はふと、提案してきた。

 

「なら、今度は別の場所に行ってみませんか?」

「別の場所……?」

「はい。りおんお嬢様が仰っていたでしょう。世界は美しいと。おいら、それを確かめてみようと思いやして。……約束のこともありますし、とわ様と一緒に、あちこち見て周りたいんです」

 

 理玖は楽し気な口調で、そう言ってくる。

 ……もしかしてこのことを言うために、わざわざ送り届けたいなんて言ったのだろうか。

 とわは理玖の瞳を見つめ、申し出について考えてみる。

 

 あの時、海を見て、とわは思ったはずだ。

 知らないことを知って、見たこともないを見る。

 それは案外、楽しそうだと。

 理玖の誘いは、その思いを叶えるものだ。

 断る理由がない。

 

 とわはすぐに、賛成した。

 

「うん。分かった。じゃあ、近場からでも良いから、見て回ろうよ」

「良いんですか?」

「当たり前だよ。理玖と一緒に過ごせて、私も楽しいし」

「……とわ様」

 

 理玖の目が輝き、感動したように声を振るわせる。

 何だか大袈裟だ。

 それがちょっとおかしくて、とわは笑った。

 

 と、その時だ。

 聞き覚えのある鋭い声がした。

 

「まったく、母上をこんなにも待たせて。遅いぞ、とわ!」

「せつな!!」

 

 そこにいたのは、薙刀、縁の断ち切りを持つせつなだった。

 どうやらいつの間にか家についていたらしい。

 入口の方からは、りんと邪見がひょっこりと顔を出して、興味津々にこちらを見ている。

 

「しかも麒麟丸と同じ臭いのするこいつと、また一緒にいるとは。何を考えている!!」

「いや、だって理玖は……」

「だっても何もない。少しは警戒しろ、とわ。麒麟丸がいなくなった後でも、こいつが胡散臭いことは変わらん」

 

 せつなは険しい顔つきのまま、薙刀を理玖に向けた。

 ついでに何故か邪見の方も、同意するような視線を向け、「そうじゃ、とわ!! 殺生丸様の娘ともあろうものが、麒麟丸の配下といるなど……」云々、騒ぎ立てている。

 

「まったく、相変わらず粋じゃねえや」

 

 理玖は戯けたようにふっと笑い、数歩分だけとわから離れていく。

 せつなは理玖を睨みつけ、間に割って入ると、守るようにとわの前に立った。

 しかしそこで、りんの声が飛ぶ。

 

「もう、せつな。理玖さんにそんな態度したら駄目だよ!」

「ですが、母上! こいつは麒麟丸と縁のあったものですよ!?」

「けど、とわが悪い人じゃないって言ってたし、麒麟丸だってもういないよ? 仲良くするぐらい、良いんじゃないかな?」

「母上は甘すぎます!」

 

 せつなは呆れたように叫んだ。

 りんはそれでも意見を変えず、もう一度同じようなことを言って、せつなを困らせた。

 せつなも再度、大声で抗議した。

 その親子のやり取りを、理玖はぽけっと見つめている。

 

「……流石とわ様の母君。とわ様によく似ていらっしゃいやすね」

「そうかな?」

「ええ、性格がそっくりです」

 

 理玖はくすりと笑いながら言った。

 

「では、とわ様。また、おいらの方から遊びに来ますので、その時ゆっくり」

「来るな!!」

 

 せつなの声に返事もせず、理玖は耳飾りを弾く。すると一瞬にして、その場から消えてしまった。

 前々から思っていたが、一体どういう原理なのだろう。

 などと考えていると、せつながむっとした表情になっていた。

 

「とわ。あいつに会うのはやめろ」

「えー、何で? 仲良くするくらい別に良いと思うけどなあ?」

「母上と同じことを……」

 

 ピクリと眉を動かし、不機嫌を露わにするせつな。

 りんが入り口から出てきて、出迎えてくれた。

 

「とわ、お帰り。理玖さんとはどうだった?」

「あのね、理玖達とは海に行ったんだよ。そこで色々とね──」

 

 とわは、今日あったことを楽しそうに話し始める。

 相変わらずせつなは仏頂面で、気に入らなさそうにしていた。

 りんはそんな娘二人に対し、笑みを浮かべる。

 そして、一人取り残されたような邪見は、呟くのだった。

 

「おーい、わしのこと、忘れてないかー……」

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