それからというもの。
理玖はとわの元へ、よく訪ねてくる様になった。
もちろん、その度にせつなに追い返されるのだが、その内コツを掴んだのか、彼女の隙をついてとわの手を握り、別の場所へ瞬間移動させられることが多くなった。
とわの方も何だかんだ罪悪感があり、せつなを説得したり、理玖のところへ自ら遊びに行くのだった。
そして理玖と会うと、必ず色んな場所へ出掛けていく。
目的地は事前に決めることもあったが、その時その時、気の向くままに変わることもあった。
大抵は理玖が原因だ。
彼は何が楽しいのか、とわのその手を引いて、あちこち行きたがるのだ。
でもその分、想像していなかったもの、予想外のものを、たくさん目にすることが出来た。
大きな町の営み。
輝く草原。
鏡のような湖畔。
新鮮な体験にいちいち驚いては、見たこともないような綺麗な光景に、とわはキラキラと目を輝かせた。
そんな彼女に、理玖は気を良くするのだろうか。
見知らぬ土地に行けば、長生き故に培った知識を活かし、必ずそこにちなんだ面白い話をしてくれた。
例えば、この前はこんなことを教えてくれた。
「とわ様、知っていますか? 二百年前、実はここには元々、とある大妖怪が住んでいたのですよ?」
「へえ、そうなの? どんな妖怪?」
「百年使われた箱の呪具、その邪気がより集まって生まれた妖怪だと聞き及んでおりやす。
美しい黒髪を簪でまとめた女性の姿をしているのですが、本体は箱で、その中には無限の空間が広がっていたそうです。
妖怪としての本能から珍しいものが大好きで、時には人や妖怪から奪ってでも、この世のありとあらゆる宝を蒐集していたそうですよ。その宝の中には、綺麗な風景ってのも含まれてましてね。この世界の色んな一部を切り取り、それを箱の中の空間に収めていたとか」
「ええ!? そんなこと出来ちゃうの!? 信じられない……」
「でも、実際にその跡がございやすよ、ほら」
そう言われて少し先に行ってみると、成る程、異常な光景があった。
そこだけごっそりと、確かに切り取られたかのように何もないのだ。
地面も、空も、かつてあったと聞いていた村でさえ、ただただ一帯には、“無”の象徴とも言える黒い空間が広がっている。
「……酷いものだね」
思わず呟いてしまうとわ。
理玖も同意した。
「……ええ、思ったよりも結構なものです。それにしても奇妙ですね。蒐集したものは、ほとんど元に戻したって話だったんですけどねえ」
「元に戻した……?」
静かに問い返せば、理玖は霞みのようなその記憶を、手探りで思い出す口調で語った。
「まあ、姐さんから聞いた話なのですが。
何でも、その大妖怪はある日、人間の男に恋しちまったらしいんでさあ。平凡な男で、取り立てて特徴もない農民だったそうです。
当然、その大妖怪は困惑したらしいですよ。愛も恋も、知りようがなかったのです。なんせ、本質は無機物でしたからね。
だから大妖怪は聞いて回りやした。
どうして自分は、人間に恋をしたのか。
どうして、愛なんてものを知ってしまったのか。
知り合いの姐さんの元にも、何度か来ましたね。その度に姐さんにはくだらないと怒鳴られてました。
やがて、大妖怪たる女は、恋した理由も分からぬままに、男を箱の中に入れようとしました。
手に入れたいものは、何でも集めてしまう。
気に入ったものを蒐集し、内側に自分の理想の世界を作る。
それが大妖怪の本能――いえ、箱の呪具としての役割だったんです」
「……じゃあ、その男の人は一生閉じ込められちゃったの?」
「いやいやいや、ところがどっこい、これがまったくの真逆でしてね。大妖怪は何を思ったのか、結局、男を箱の中に入れなかったそうです。
恋仲にまでなっておきながらね」
「……」
とわは自分の両親である殺生丸とりん……そして、もろはの父母である、かごめと犬夜叉のことを思い出す。
それぞれ形は違えど、仲間睦まじい夫婦だ。
りんと殺生丸は言わずもがな。
かごめと犬夜叉だって、喧嘩をしつつも、いつも楽しそうに話している。
そこに種族の差なんてあってないようなもの。
まるでそうするのが自然なように、彼らはいつも一緒にいる。
……大妖怪も、父母達と同じような感じだったのだろうか。
彼らみたいに、本当に大切に、相手のことを思いやっていたのかもしれない。
それは大妖怪に、一体どんな変化を齎したのか……。
「以来、大妖怪は真逆の行動を取り始めました。
自分の持っていた宝を……世界の一部を、どんどんと手放していったのです。
おかげで何もなかった“無”に綺麗な景色が戻り、これを悲しんでいた人々は喜び感謝しました。
でも、それは本能に逆らうということ。
妖怪の本質を曲げるということでもありやす。その成り立ち故に、それが意味することは、即ち――」
理玖の言葉は、そこで途切れた。
でも、最後まで言わなくたって、頭に過ぎる一つの可能性がある。
とわは何とも複雑な気持ちになって、じっと目の前の“無”の光景を見続ける。
「……その人、今どうなっているんだろう」
「分かりやせん。それを知る術もないでしょう。何せ二百年も前のことです。姐さんは、人間を愛した報いだと、そう仰っていました」
「……」
「……はたして、その大妖怪は何を思ったのでしょうかね?」
理玖がこちらに問いかける。
とわは自然と、その妖怪に思いを馳せた。
愛するものが出来た故に、それまで集めたものを捨ていった大妖怪。
それは蒐集した宝に、何の価値もないと思ってのことだったか。
それとも、奪うことは良くないと悟った末なのか。
どちらかは分からないが、その愛情は大妖怪の存在意義を捻じ曲げてしまったのかもしれない。
それでもし、狂ってしまったのだとしたら……これ程悲しいことはないだろう。
しかし、一つ思うのは。
(後悔……してないと良いな……)
「……ねえ、理玖はどう思うの?」
とわはふと気になり、逆に質問してみた。
理玖は顎に手をやり、しばらく考える仕草をしてから答えた。
「そうですねぇ。当時は愚かだとか、そんなことを思いやしたが……どうにも今は違うように思いやす。何だか上手く言えないのですが、むしろ、どちらかというと……」
「良かった……って思ってるとか?」
とわはおずおずと、そう予想を言ってみる。
しかしハズれてしまったようで、理玖は苦笑混じりに、謝った。
「……少し近いですが、すいやせん。おいらは、どんな結果にしろ、どうしようもなかったんじゃないか、と思っておりやして」
「……どうして?」
「分かりません。ただ……」
そこで、何故か理玖はとわを見つめた。
表情が変わる。
狂おしいくらい切なく、苦しんでるみたいに。
でも、その眼差しはとても優しく、暖かなものだ。
まるで、愛おしい宝物でも見ているようだった。
(あ、まただ)
とわははっとして、理玖を食い入るように見つめ返す。
いつも一緒にいると、理玖は時折こんな顔になった。
彼が何を思っているのかは分からない。
分からないが、それは何か熱量のある感情のようで、それを向けられてると、何だかこっちまでおかしな感じになってしまう。
こう……とわの胸が、じくりと痛みにも似た感覚に襲われるのだ。
しかも、これが奇妙なことに、まったく不快ではない。
むしろ一周回って心地良いとすら思える、甘酸っぱい何かが込み上げる。
だが、同時にあたふたもしてしまい、とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて仕様がなくなって、まともに理玖と会話が出来ているのか、どうか。
理玖の方はおかしそうに笑うだけだし、悔しいと言えば悔しい。
それに、いつもとわのことを、「美しい」だの「綺麗」だの誉めてくるので、彼がどう思ってるのか、とわは余計に気になってしまう。
そのせいだろうか。
とわはいつしか、理玖ともっと居たいと感じるようになった。
その時間が永遠に続けばいいのにと思う。
当然、別れの刻限が来ると名残惜しい。
理玖もそう思ってくれてるのか、お決まりのように、
「では、とわ様。近いうち、また必ずとわ様の元に来ることを約束いたします。それまでどうか、お待ちくださいませ」
そう言って寂しそうに去っていく。
とわはその背中を見て、少し呼びとめたくなる衝動に駆られるが、次にまた来てくれるという言葉に、ワクワクと期待してしまうのも事実だった。
だから、胸を抑えつつも、いつも大きく手を振って見送るのだった。
◆◇◆◇
夕刻。
この時間帯になると、ますます肌寒さが身に染みる季節になってきた。
囲炉裏の炎はゆらめき、室内を暖めている。
とわ、せつな、もろはは、いつものように今日も一緒にいた。
各々、好き勝手に別のことをやっている。
例えばせつなは武器の手入れ、もろはは現代から持ってきた道具の整理を行っていた。
二人は常に会話をしていて、ちょっともろはがふざければ、すぐにせつなから冷淡とも取れるコメントが飛んだ。
が、もろはは気にすることなく一人で喋り続けている。
せつなはうんざりしたように、聞き相手となっているのだった。
(何だか微笑ましいなあ)
いつものやり取りながら、華やかだし、面白いしで、ちょっとだけ小さくとわは笑った。
そして手の中のものを、ころっと転がしてみる。
キラキラ輝く、丸くて宝石みたいな小石だ。
この前、理玖と川原に行った時に拾ったもので、なんだか綺麗だから持って帰ってきてしまった。
あの時は楽しかったなと、とわは思い返す。
特に、水切りをやったのは面白かった。
投げ方、場所選び、石の選び方。
あんなに奥深いものとは知らなかったし、何より理玖が子供のように笑顔になっていたので、とわにとっては胸が弾むような思い出だ。
もう一度、彼と行けたら良いな。
密かに、だが、先ほどとは違う種類の笑みで、とわはまた微笑んだ。
「なあ、とわ」
と、その時だ。
もろはがふとこちらを見て、含みのある顔でとわへと聞いてきた。
「さっきからお前、何ニヤついてんだ? ここのところ多いぞ、そういうの」
「え、そうなのかな? これは――」
「どうせあの男のことだろう。そうに決まってる」
とわが口を開く前に、ぶっきらぼうにせつなが言った。
当然、とわは驚いてきょとんとなる。
「よく分かったね、せつな」
「……お前は分かりやすいからな」
拗ねたように呟くせつな。
もろはも同意する。
「だよなあ。最近、何かあるごとに、理玖、理玖、ばっかだしなあ」
「ちょ、何言ってんの、もろは。私、そんなに言ってないよ! だよね? せつな」
「……言ってるぞ、自覚がないのか?」
作業を止め、せつなはじと目を向ける。
それでとわは、記憶を掘り返す。
そして思い返せば確かに、理玖のことばかり話していたような気がした。
しかもこの前なんて、うんざりされる程、理玖といた時のことを二人に喋っていて。
「……!」
今更自分のやっていたことに気づき、とわの中で恥ずかしさと困惑が芽生える。
そんな彼女を揶揄うように、もろはがニヤニヤと笑って、
「前まではせつな、せつな、だったのにな。今じゃまったく言ってないんだから、よっぽどだぜ?」
おかげでお前の妹はずっと拗ねてるぞ、なんて続けたもろは。
図星だったのか、途端、せつなはギロっと恐ろしい目でもろはを睨みつけた。
「もろは」
「お、おい、何だよ、怒んなよ! 悪かったって!」
もろはが慌て、わざとらしく両手を合わせて謝る。
逆にとわは、妹のその反応にキラキラした目を向けていた。
「せつな、もしかして寂しかったの?」
「……何故そうなる。断じて違うからな。私は別に……」
「寂しい想いさせてごめんね、せつな〜」
「ええい、鬱陶しい! よるな!」
話も聞かず抱きつこうとするとわを、ひらりとせつなはかわした。
今度はとわが拗ねる番だ。
「ちえ……」
「まったくお前はいつもいつも……近づいたら危ないだろう」
せつなは手の中の武器を見せる。
彼女の言っていることはまさしく正論で、何も言い返せない。
だが、注意しただけで、嫌だと言わなかったことに気づいていたとわは、ちょっとニヤけた顔になっていた。
もちろん、せつなは訝しそうにしていたが。
そして姉に問いかけようと口を開き……すんでのところで溜息をつくと、
「いや、私のことなどどうでも良い。それよりもあの男のことだ。とわ」
「理玖のこと?」
とわが小首を傾げると、作業を再開しながらも、変わらぬ仏頂面でせつなは聞いた。
「単刀直入に言うが、お前、あの男とはどんな関係なんだ?」
「え?」
何故そんなことを? と思い、とわは再度きょとんとなる。
だがせつなの顔は真剣そのものだったので、素直に答えた。
「えーと、友達?」
「……本当にそうなのか?」
が、せつなは更に問い詰めるように、表情を険しい顔へと変えていく。
もろはもまた、「いやあ、友達ねえ……」、と胡乱げに呟いた。
「ちょと、何なのさ、二人とも」
二人のその訳の分からない反応に、流石にとわはむっとなる。
すると、そっちこそ何を言っているんだとばかり、もろは肩をすくめた。
「だってなあ。あれだけ、理玖の旦那と毎日のように逢瀬してるんだぞ? それがただの友達とは言いづらいんじゃねえのか?」
「……」
言ってる意味が分からず、とわは数秒ぽかんとなる。
逢瀬……、それって、どんな意味があっただろうか。
確か逢引とか、そんな感じの意味だった気がする。
つまり、もろはが疑ってることは……、
(……な!)
従姉妹の疑いを理解し、とわの顔はみるみるうちに赤くなる。
慌ててもろはに詰め寄り、否定する。
「と、突然何言い出すの、もろは!? 私と理玖はそんなんじゃないよ!? ただ二人で一緒に、あちこち遊びに行ってるだけで──」
「けどさ、それを世間一般では逢瀬って言うんじゃねえか?」
だが、もろはが上から被せるように、そう言って指摘する。
ぐっと、とわは押し黙った。
最早、頭の中は大混乱。
どうしてそうなったんだと思考はエンドレスに回り続けるが、言われてみればなるほど、確かにシチュエーション的に言えば、男女で二人きり。
デートそのものと言えなくもないだろう。
しかし……しかし、だ。
(そのつもりはなかったっていうか、さっき言ったみたいに、普通に遊んでるだけの感覚で……)
言うなれば、そう。
せつなともろは、二人と行動する時と、ほぼ変わらない。
特別でもなんでもない。
……そのはずだ。
だけどそう思うと、なんでこうも、胸がいちいちざわつくのだろう。
……さっき理玖のことばかり話したのに気づいたように、何かがおかしい。
理玖は、何か他の人と違う。
「で、ぶっちゃけどうなのよ。お前、理玖の旦那のことどう思ってんだ?」
「ええ!?」
疑問に思ったタイミングで、畳み掛けるようにもろはが聞いてきた。
当然とわは戸惑い、口をもごもごとさせる。
自分の心の奥、その生まれた違和感の正体が分からず、気恥ずかしい。
「さっきも言ったけど、友達! 友達だってば!」
「……ではお前は、あの男に気はないのだな?」
せつなが何処かほっとしつつも、しかし厳しい声で確認する。
そして、とわがこくこくと頷けば、次にこう言ってきた。
「なら、もう少し会うのをやめたらどうだ」
「それは……嫌だ」
気がつけば、口からそんな言葉が漏れ出ていた。
掠れて小さかったのに、それは思ったよりも、拒絶の意思が篭った声だった。
せつなともろはが顔を見合わせる。
その内、せつなの表情は不機嫌なものとなった。
「そこまで嫌がるか。やはり私よりあの男が良いのか?」
「……え?」
「何でもない、聞き流してくれ。
……だが、とわ。お前あの男に対し、少し警戒心がなさすぎやしないか?」
「そうかな? でも、もう敵じゃないんだから、争う必要も……」
「私が言っているのは、そういうことではない」
せつなは一層、低い声で言った。
「あの男といて、もし何かあったらどうするんだ。その場合、取り返しがつかないぞ」
「せつな? さっきから何言ってんの?」
「良い加減、気付けということだ。お前、あの男に言い寄られてるんだぞ」
「は……!?」
せつなの発言にとわは凍りつく。
まさかそんな馬鹿な……有り得る訳がない。
何か言ってくれと、とわはもろはの方を見た。
けれども、もろはは否定するどころか、せつなの言ったことを肯定するような内容を口にするのだ。
「まあ、お前がどう思おうが、あたしには理玖の旦那の方は気があるように見えるぜ?」
「な、何でそう思うのさ……」
「いや、お前、考えてもみろよ。そもそも好きじゃなかったら普通、あんな会いに来ないって。それに、お前のこといっつも口説いてんじゃねえか。態度も他のやつと全然違うしさ」
もろはの言葉に、途端、とわは理玖のことを思い出す。
あの熱のこもったような優しい瞳。
むず痒くなるような……それでいて小っ恥ずかしくなるような、こちらを褒め称えるあの言葉。
あれが、とわだけに向けられたものならば――
(まさか……もろはの言う通り本当に……)
「い、いやいやいや、絶対ないよ! 絶対ない!」
頭に思い浮かんだ予想を振り払うよう、とわはぶんぶんと首を振る。
やっぱりあり得ない。理玖に限って、そんなことある訳がないのだ。
そもそも、きっかけなんて思い至らないし、それこそとわ本人に魅力があるのか、どうか。
「そうかぁ? だけど理玖の旦那は――」
「――とわ、お前まさか本当に……」
「もう、私はそう思ってないって! 二人とも私の話を――」
違う、違わない。
好き、いやいやいや、好きじゃない。
言い合う内、そのまま三人にして顔を突き合わせ、華やかに騒ぎ合う。
それは、外にまで聞こえていたのだろうか。
しばらくすると、いつの間にか微笑ましそうに、声がかけられていた。
「あらあら、賑わってるわね。相変わらず仲がいいのね、貴女達」
「お袋」
「母上」
とわ達は入り口の方へ顔を向ける。
そこには、かごめとりん。
ちょうど帰ってきていたようだ。
持っている籠の中には、薬草らしきものがいくつか入っている。
こんな季節だからこそ、取れる草花も多いのだ。
「皆。一体、何の話をしていたの?」
りんが朗らかに聞く。
しかし話題が話題のため、とわはぎょっとなる。
が、もろはは容赦なく話した。
「あ、実はさ、とわのこと、理玖の旦那が好きなんじゃないかって……もが!?」
「もろはー!!」
慌ててその口を塞ぐも、時既に遅し。
全部言い切られてしまい、とわは叫んでしまう。
とわの手を口から離したもろはも、抗議するよう大声を出す。
「ちょっと何すんだよ、とわ」
「そっちこそ!」
「はいはい。そのへんにしておきなさい」
すると喧嘩でも始めそうな二人に、かごめが注意をする。
流石に、とわともろは大人しくなった。
正反対に、肝心のかごめはというと、りんと一緒に床に座り、籠を置くと、いかにも興味津々といった感じの顔をしている。
「それで、それで。よく聞こえなかったんだけど、誰がとわちゃんのこと好きだって話してたの?」
「……お袋、そういう話好きだよな」
もろはが思わずといったように呆れ顔になった。
代わりに、せつなが答える。
「あの男です。あのいかにも胡散臭い、麒麟丸と同じ臭いのする男です」
「……というと、理玖さん?」
りんが小首を傾げて呟く。隣では、やはり年甲斐もなくかごめがはしゃでいた。
「そっか。最近、毎日のようにとわちゃんとよくデートしてるものね! 実はそんな気がしてたの!」
「か、かごめさんまで……」
流石親子か。
無意識かもろはと言っていることが同じだ。
その分、恥ずかしさが二倍になる。
「ご、誤解ですよ! あれはデートとかじゃなくて……」
「かごめ様、でぇとって、何ですか?」
とわが誤魔化そうとしたその時。
そこで、りんがかごめに寄って、慣れない言葉の意味を聞く。
かごめは若干、悩んでから答えた。
「そうね。えーと、こっちじゃなんていうんだっけ、……確か、そう、逢瀬のことよ、りんちゃん!」
「ああ、成る程、逢瀬ですね!」
りんは、パンと、可愛らしく両手を合わせる。
妙に納得しているように見えるのは、とわの気のせいだろうか。
かごめは前のめりになり、少し早口になって、思いっきり踏み込んだことを聞いてきた。
「とわちゃん、とわちゃん。前から聞いてみたかったんだけど、デートはどんな感じ? 理玖さんとは何処までいったの?」
「ど、何処まで、って……特に何もありませんけど……」
「絶対、嘘だな」
否定するも、次の瞬間、即座にせつなが違うと断言した。
そのせいで、更にかごめはワクワクするよう笑顔になる。
とわは思わず困り果てた。
周りを見ても、生暖かい目だったり、期待の眼差しがあったりで、誰も味方がいない。
ここは言わなきゃ駄目なのか。
とわは流されるよう、仕方なしに理玖とのことを話す。
「えーとその……理玖とはいつも色んなとこに行って、一緒に遊んだり、話したり、してますけど……」
「それだけ? 手を繋りとかは?」
「それは、まあ、その……、理玖の、方から……」
恥ずかしがりながら、なんとかそこまで言うとわ。
周囲は思い思いに反応して声を上げ……特にせつなの目が鋭くなり、「とわ……」と叱責する様に呟いた。
反対にもろはは、面白がってとわを小突く。
「なんだよ。やっぱり、理玖の旦那と良い雰囲気なんじゃねえか。友達なんて言いつつ、本当はできてんじゃねえのか?」
「えぇ!? だから、違うってば! 私達はそんなんじゃ……」
「え、そうじゃなかったの? あたしは別に反対してなかったよ?」
「「母上!?」」
まさかの爆弾発言。
双子が驚いて声を揃えた。
せつなの動揺は激しいものだ。
「は、母上、何を言い出すのですか!? 毎度言っていることですが、奴はとわに言い寄っているのですよ!?」
「でも、とわだって楽しそうにしているよ? だから良いんじゃないかな」
「……」
とても自然に、さも当たり前のようにりんは言った。
その態度に、母に甘いせつなでも不満そうだ。
無言であるが、本当にそれで良いのか? と顔にはありありと書いてある。
「そうね。どんな人であれ、好きな人といると幸せだもの」
だが、かごめもまた、穏やかな笑顔でりんに同意した。
当然、とわはあたふたし、何度もそうしたように、「ち、違います!」と言ったが、かごめはじっとこちらの瞳を覗き込んで、
「……そうは言いつつも、少なくとも理玖さんのこと、意識はしてるんじゃないの?」
「……っ!」
図星を突かれて、とわはドキッとなる。
そんな姪に、かごめは微笑ましそうにするのだった。
そして何か思いついたように、ぱっと顔を明るくさせる。
「そうだ、とわちゃん。今日もこの後一日、理玖さんのとこへ行くのよね? まだ少し時間はある?」
「え、はい。ありますけど……」
頷けば、ちょいちょい、とかごめに手招きされた。
とわは何故か逆らえず、大人しく彼女の側に寄った。
そのままくるりと後ろを向かせられる。
「もろは、荷物の中にピンない? ピン」
「ピン? 何だそれ」
「透明な箱にたくさん入ってるでしょ。黒くて小さい髪留めみたいな……そう、それよ。ありがとう」
かごめは、もろはから手渡されたプラスチックケースを受け取る。
中には沢山ピンが入っていたが、買ったばかりの状態で、薄いビニールに包まれている。
持ってきたは良いものの、特に使い道がなく放置されていたようだ。
それをかごめは開いて、何個かピンを取り出し、とわの短い髪を弄り始める。
手際が良かったのか、作業は数十分で終わった。
手鏡(これも現代から持ってきたものだ)で見せてもらうと、簡易な編み込みが完成している。
崩れないよう、ところどころピンで止められていた。
「どう? 皆? とわちゃん可愛いでしょ?」
かごめはその肩に両手を乗せ、とわを見せびらかすように周りに聞く。
「はい、とっても可愛いです!」
知らぬ髪型であろうと、とわが普段はしないおしゃれ。
その娘の姿が嬉しかったのか、りんが真っ先に歓声をあげ、ほかの二人もかごめに関心して声を漏らした。
「おお、似合ってんじゃねえか。お袋すげえな」
「ふふ、とわちゃん、髪が短かいから結べないけど、その分ちょっとしたアレンジは映えると思ったのよ。こういうのは久しぶりだったから、上手く出来て良かったわ」
かごめは胸を貼りつつ、満足げだ。
とわは鏡の中の自分を改めて見つめる。
可愛らしい髪型だが、見慣れない。
自分に無相応にも感じるそれは、周りの褒め言葉もあって照れ臭く、とわはかごめの方へ振り返った。
「か、かごめさん、これって……」
「せっかくデートに行くんだもの。少しぐらい、おめかししても良いんじゃない?」
かごめは悪戯っぽく笑った。
照れ臭さが更に増す。
「きっと理玖さんも喜ぶわよ。理玖さん、とわちゃんのこと大好きなんだから」
「……そうなんですか?」
「ええ。遠くから見てても分かるわ。とわちゃんに、凄く優しい目を向けてるって」
かごめは柔らかくそう言った。
それはまるで、とわには激励しているように感じられた。
「自信を持っていってらしゃい」
かごめに、ぽんと軽く背中を押された。
りんへ視線を移せば、かごめと同じような顔で、ゆっくりと頷いた。
母娘がなせる業か、とわはそれだけで、彼女が何を言いたいのか分かってしまった。
「……」
正直言うと恥ずかしいし、かごめの言うことがいまいち信じられない。
だが、母達の思いを無碍にも出来ないだろう。
それに、もし、本当に理玖が今のとわを見て、嬉しくなるのなら。
(その時は、私だって――)
気がつけば、胸の辺りに浮かんでくる、不思議でそわそわした熱があった。
その熱に促されるように立ち上がると、とわは緊張してるにも関わらず、自然と入り口の方へ歩いていく。
振り返ると、りんとかごめがガッツポーズを見せてこちらを応援していた。
「あの、髪型、ありがとうございます、かごめさん」
「良いのよ、とわちゃん。可愛い姪っ子のためなんだから」
「……とわ、お前なら大丈夫だと思うが気をつけていけよ。最近、付近で人がいなくなったり、女の幽霊が出るなどという、妙な妖の噂もある」
もう止める気が失せたのか、せつなはそう忠告し、ぷいと顔を背けた。
彼女なりに心配してくれているのだろう。
妹の気遣いに笑みを浮かべ、とわは「分かった、ありがとう」と礼を言う。
そして、次にもろはが口を開ける。
「あー……、とわ。こう言う時なんて言うかよく分かんねえけど、まあ、なんだ、頑張れよ。あたしはそこにいるせつなちゃんと違って、応援はしてるからな!」
「おい」
最後にくっついた余計な一言に、せつながむっとなった。
少し苦笑が浮かんでしまう。
でもなんだかおかしくて、照れがほんの少しだけ緩和された気がする。
「じゃ、じゃあ、行ってきます」
そして、とわはそう言ってから入り口を出て、理玖の元へ向かうのだった。