猿、月に手を伸ばす   作:delin

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猿、未来を語る

その日チージオ・テラートゥスは荒れていた。

ここしばらく大切に使ってきた玩具がとうとう壊れて動かなくなってしまったからだ。

父に言われた通り鞭を使わずなるべく素手や素足で遊んでいたのだが、今日遊ぼうとした時にはもう動かなくなってしまっていた。

新しい玩具をねだりたいところであったが調達が大変な事を知っていたので我慢した、したが、それでもイライラは抑えられずに物にあたっていた。

 

「ソレティアよ、どうにかならんのか? あの子の荒れようはもう見ておれんぞ」

「申し訳ございませんクピディアス様、私も手を尽くしているのですが近頃のガキどもはそもそも炊き出しにも近づかず、一人の時を狙おうにも大通りばかり通っておりまして……」

 

それを聞いたクピディアスはソレティアに聞き、ソレティアは眉根をよせて申し訳なさそうに答えた。

これらはサルーシャのやった事が原因だ、十分に食べられるなら炊き出しに行く必要はないし、洗浄の魔法が得意になった子供達が練習がてらに仲間達にかけて周っているため裏道を通ると逆に危なくなってしまった。そして、十分に食わせてくれるトップがいるとなればそこに入る者は多くなる、さらに入らない者は玩具として拐われてしまったり食うことができずに餓死してしまったりで減っていく一方。

結果ローグのグループは膨れ上がり、大きいグループならと入りたがる者も増えていき今では孤児のグループとしては唯一と言っていいものにまで肥大化していた。

 

「ガキどもは今や大きな一つのグループを作り上げておりまして、しかもどうやったのか妙に小綺麗にしたやつばかりなのです。おかげで個人でやっているような人買いどもが目をつける事が多く、こうなりますとラテベア教の連中に気づかれぬように調達するのは困難な事かと……」

 

ちなみにラテベア教の人間は貧しい孤児の方に目が行きがちで、人買いの者どもは綺麗な格好の子供に目をつける事が多い。

これはラテベア教が死にそうな子供を救う事を目的にしており、人買いどもは劣悪な環境でも生き残れる子供を探しているからである。

どちらも人死にがなるべくでないようにと考えているために起こっている現象なのだが……ラテベア教の人間からすれば人買いの考えは殺意の湧くものであるだろう。

人買いどもにしてもラテベア教の考えは知っているため彼らが目を向ける事が多い子供は避けたいし、そもそも小綺麗な格好の子供の方が高く売れる。

そしてラテベア教の目を避けるため、教会のないローウェス・テラートゥスのような都市を中心に活動するのである。

 

「ちっ! ケチな小遣い稼ぎみたいな事しかできない人買いどもめ! ああ、そのガキどものグループは都市の商売の邪魔にはなっていないのだったな? それなら放っておけばいいか、いや、むしろ上手く取り込めればより儲かるのではないか……?」

「クピディアス様、今は商売よりもチージオ様の方が……」

「む、そうだったな。……豪腹ではあるが、木端な人買いどもを儲けさせてやろう。奴らからガキを買え、もちろん直接ではなく何人か間に挟めよ? ラテベア教の奴らは目敏いからな」

「承知致しました、手配いたします」

 

この後の事は詳しくは伏せる、ただ数日後にはチージオの機嫌は直ったとだけ。

 

 

「サルーシャ、新入りの奴の話聞いたか?」

「ああ、聞いたよ。ったく、ろくでもないな人買いってやつは」

 

ウンザリといった口調になるのは許してほしい、あの手この手でうちらのグループから人を誘拐しようとしてくる人買いども対策に追われていた上に、更なる方向で面倒くさい事が起きたのだ。

 

「近くの農村から誘拐されたんだろ? そいつは。よく逃げ出せたもんだよ、運が良かったって言えるだろうな」

「まだ余裕はあるけどどうすんだ? うちで受け入れるのか?」

「お前が乗り気じゃないだろ? なら、ラテベア教の奴にでも押しつけろよ」

 

わりとちょくちょく来るんだよな、あいつら。まあ、この都市の現状を、人買いどもの温床になってるって事実を知ってればそりゃ拠点を置きたがるか。

 

「いいのかよ、テメエはなるべく関わりたくねえんじゃねえのか?」

「そうだな、だから押しつけるのは他の誰かにやらせてくれよ、目をつけられたらコトだからな」

 

まあ、魔法を使ってるのがバレなきゃ大丈夫だと思うけどな。

 

「んじゃあ、ちょうど来てるらしいから誰かに押し付けさせてくるわ、ついでにパンの一個も土産に持たせてやっか」

「余裕はあるからな、そのぐらいはどうとでなるだろ」

 

さてと、俺は新しい金稼ぎの方法でも探さなきゃな、儲かるっていってもそれだけじゃどうにもならない人数になりそうだし……。

 

 

さて、どうしてこうなった。

 

「はじめましてだね、ローグ君にサルーシャ君。私はラテベア教に仕えるメズというおっさんだ、君たちが誘拐された子供を保護してくれたと聞いてお礼を言いにきたんだ」

 

目の前には俺たちの目線に合わせるため片膝をついているおっさんが一人、ニコニコと人好きのする笑みで機嫌良さそうに笑いかけてきていた。

いや、ほんとになんでこんなとこに来てんだこのおっさんは。

 

「あの子が嬉しそうに話してくれてね、怖いおじさん達から逃げ出した後助けてくれた上に、体を綺麗にしてくれたり色々食べさせてくれたり途中でお腹が空いてしまわないようにパンを持たせてくれまでしたらしいじゃないか。そんな子達がいるなんて嬉しくなってしまってつい押しかけてしまったんだ、すまないね」

 

いかん、このおっさん本気で語ってやがる、混じりっ気なしの喜びでここに来ていやがる。

 

「ええと、ここに来たのはそれを言うためだけ? だったらもう行っていいか? 俺らも暇ってわけじゃねえし」

 

普段と比べれば遠慮がちにローグが口を開く、いかついおっさんが笑顔で目の前にいるという状況に慣れていないのだ。

それに慣れてるってどんな奴だよ、と内心のみでツッコミつつどうするか考える。メズと名乗ったこのおっさんが何を目的としてここに来たのか、まさか今口にしたのが全てな訳はないだろうし。

 

「む? そうなのか? いや、そうだろうな、子供たちだけで生きていこうというなら休む暇などそうそうないだろう。今回のこと、本当に助かったよ。君たちの余裕があるうちはだれかをたすけてあげてくれ、ではまた会おう」

 

そう言って手を振りながら笑顔で帰っていくメズとかいうおっさん、残された俺たちは見送るしかできなかった。

 

「あっさり帰ったよあのおっさん……。何がしたかったんだ、アレ?」

「ええっと、いくつかあげてみるぞ? 一つは純粋にお礼を言いに来ただけ」

「ねえだろ、どんだけ暇人なんだよそいつは」

 

まあないよな、この理由で来られたら正直困る、対処のしようがないが必要もないので忘れるのが正解になってしまう。

 

「二つ目は俺らみたいな現地で有力なグループと面識を得ること」

「有力……まあ、ガキのグループって俺ら以外じゃほぼねえもんな」

 

これが目的ならまた会いにくるだろう、目的がどうであれまずは協力を得られるように成らなければいけないんだから。

 

「三つ目は魔法を使ってることへの警戒。魔法を使える人間ってすっごく少ないのな、この前初めて知ったわ」

「知らなかったのかよ……お前がやったみたいに、すぐ魔力を感じとれるようにできるならもうちょい多そうだけどなあ」

 

もしかしたら無理なのか? 体内の魔力を外から動かして魔力を動かす感覚覚えさせるのって。

 

<サルーシャ、自分が習った時の事忘れてない? 延々と瞑想させるのが普通だと思うよ?>

「……やっべ、やっちまったか、俺」

「お前なあ、自分が目立っちゃまずいってわかってねえのかよ」

 

ぐうの音も出ない。いや、言い訳をさせて欲しい、生きるため、生きさせるためには仕方なかったのだ。俺一人だけではどうやったって人間社会というものをツクヨに見せることはできはしないし、一人では『人』の『間』(人間)にはなれないだろう?

 

「つうかツクヨも外でしゃべんじゃねえよ。……中でしゃべろうぜ、ちょうどいいからお前らの事情詳しく聞かせろよ」

 

そういえばなんで精霊付きになったのかだとか、俺らの目的とか何にも話してなかったな。

ちょうどいい機会だから全部話してしまおう、それで追い出されるならそれまでだ、退職金でも貰って別の場所を探すとするか。

 

 

「……バカだろお前」

 

村での事とかツクヨの事とか全部話した後の第一声がこれである、ひどくない?

 

「ひどくねえよ、ひどいのはお前のツクヨと出会った時の行動だよ、どこに寝起きだからって精霊が体の中に入ることを許容するバカがいんだよ」

<やっぱり変だよね、サルーシャって〉

「まちたまえ、まちたまえツクヨ君、やっぱりってなんだ、やっぱりって」

 

ツクヨの物言いに思わず突っ込みを入れるが、帰ってきたのは呆れたような視線とため息。

 

「日頃の行いってやつだろ。だいたい、変じゃない奴があんなもんの処理で稼ごうなんて思いつくか!」

<前に炊き出しの噂の話し合ったじゃん、アレ私が止めてなかったらサルーシャ自分がさらわれるつもりだったんだよ、信じられる?〉

「普通ならやらねえことだがこいつならやりかねないと思わせるな……!」

 

いったい俺のイメージはどんなものになっているのか、ちょっと問い詰めたくなるな、ここまでの反応されると。

 

「面倒見はいいけど無茶苦茶な奴」

<ぶっ飛んだ発想をして、それをやっちゃう人〉

「俺がいつ無茶苦茶やぶっ飛んだ発想を行動に移したというのか」

「蛆が沸いて蠅が飛び交うアレの淵に立てって言ったの誰だ?」

<精霊を人に生まれ変わらせようとするのはぶっ飛んだ発想だと思うよ?〉

「はいこの話題は終了な、終わり終わり!」

 

事実でしかないから文句も言えん、くそっ、今日のところはこれで勘弁してやるぜ。

 

「あ、逃げた」

<勝ち目がどう考えてもないからだね、退き際がどうのとか言い出すよきっと〉

「名将は退き際を……よーし、別の話題を出せ、別の話題を! じゃなきゃ俺は今から森まで飛んでいく!」

「すねんなよ、からかいすぎたのは謝るからよ」

「笑いながら謝るといわれても謝罪してるとは取れないんだが? いや、俺はすねてなどいないので謝罪自体不要であると主張したい」

「わかったわかった、すねてなんかいないよな」

 

ええい俺とお前は同い年だろうが、年下の子供が駄々をこねるのを宥めるみたいに対応するんじゃない!

 

「はいはい、別の話題にしよーな、別の話題」

 

臍を嚙む思いでにらんでも迫力が足らないのかあやすように流された、ちきしょう前世から数えりゃ記憶が残ってる分俺のが年上なのに……早く大人の肉体が欲しい。

 

「そういやさ、お前は大人になったらどうすんだ?」

 

心の声が聞こえたわけではないだろうに、なぜか思い浮かべたことと被る話題を出してきたな。

 

「とりあえずツクヨを人にする以外は決めてないなあ」

「んじゃあ、嫁さん見つけてどっかで暮らすって感じか?」

「最終的にはそうなるかな? そうなる前にやりたいことはあるが」

「やりたいこと?」

<世界最強になるんだっけ、たしか>

 

それもある、あるんだが今言いたいのはそれじゃない。

実はずっと前、魔力から記憶を引き出せると聞いて試した時からの野望が俺にはあるのだ。

 

「誰も見たことのない景色を見たいんだよ、例えばどこまでも広がる大海原とか、雲の上に出て見る雲海の広がる姿とか、……月を近くで見るとどうなっているのか、とかな」

 

話している間無意識に腕を上に伸ばしていた、その先にあるはずの月をこの手に収めたいという思いがそうさせたのだろう。

前世の死因になったり精霊なんて危険物を自分の中に抱え込む羽目になったというのにいまだに懲りていないらしい、原風景というやつだろうか? 前世の子供の時見た大きな、とても大きな月が俺の心の奥底に焼き付いているのだろう。

 

「そういうのを記憶に収めたいから旅をしたい、そのために冒険者になるつもりだよ」

「…………意外と大きな夢を持ってたんだな、お前」

「まあな、現状から考えると遠い将来の話だが」

 

なんてったって俺がいないとまだ食ってけないからなこのグループ、それをどうにかしないと旅に出られやしない。

 

「いい夢だと思うぜ、俺は、俺だけは応援してやるよ」

「ありがとうな、お前のはなんかないのかよ? 大人になったらやりたいことの一つや二つぐらいあんじゃないのか?」

「正直考えたこともねえんだよ、いつ死ぬかわからなかったからな。今を生きるので精いっぱいだったんだ、だけど、なにか考えてもいいのかもな」

 

そう言って笑うローグの顔は今まで一番自然な笑顔であったように思えた。

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