猿、月に手を伸ばす   作:delin

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起死回生

「おっさん! 起きてくれメズのおっさん! まだ生きてんだろうが、とっとと目を覚ませよ!」

 

メズが気づいたのはルシェットが必死になって掘り出してから何度も何度も声をかけてようやくであった。

 

「くうっ、ローグ君、か、ここは……うっ!」

 

目を覚ましたのはいいが体のあちこちから激痛が走る、そしてその激痛が気を失う前の状況を思い出させた。

 

「奴は! 堕ちた者はどうなっている!?」

「落ち着けおっさん! 先に自分の状態をどうにかしろ! まだ半分以上埋まってんだぞ!」

 

言われて気づいたが動かせるのは片手のみ、残る部分は土に埋もれて身動きができない状態であった。

このままではなにもできないので、まずは土から這い出る。

 

「危ないから少し離れていなさい」

「ああ、わかった」

 

ローグに一言かけある程度の距離をとってもらい、土を軽く動かして身を引き抜く隙間をつくる、吹き飛ばした方が早くはあるが今は少しでも魔力を温存したい。

幸いにも魔力は殆ど消耗していない、使った魔法が盾の魔法ぐらいなので当然だが。

 

「おっさんは怪我は……ないみたいだな」

「うむ、咄嗟に盾を作れたおかげでせいぜい全身の打撲程度ですんだようだ、これなら戦うことは可能だろう。サルーシャ君は他の人達を助けに行っているのかね?」

「そうだ、だけどおっさんの考えてるのとはちっと違うんだ」

 

ローグの言っている事が今一理解できず詳しく聞こうとした直前、何かが叩きつけられる音が響きその衝撃が地震という形でここまで伝わってきた。

 

「今のは!?」

「多分あいつが戦ってるんだと思う、みんなを助けるために」

 

驚愕に目を見開く、プルシディンス・ヴィータを起こした生き物が、堕ちた者がどれだけ恐ろしい存在かメズは思いしっている。

あれらへの対処は少数の者が撹乱と誘導で人里から遠くに連れていくか、多数の、この世界では考えられないぐらいの大人数でかわるがわる遠距離から魔法や矢を打ち込み、近づいてきた時は決死の足止めを数名で行いその間に本隊は距離をとりまた遠距離攻撃をする、という事を相手が死ぬまで繰り返すというものなのだ。

後者の戦法だがわかる人にはわかるだろう、そう、島津の捨て奸である。

この戦法はアーク登場以前よりの戦法で、最も古い戦法とも呼ばれており対竜戦術の基本である、と同時に人同士の戦においては最低最悪の最終手段と認識されている。

アーク以前ではなぜプルシディンス・ヴィータが起きるか理解されておらず、戦乱の度、飢饉の旅に起きる現象であったという。アークの最大の功績の一つとしてプルシディンス・ヴィータのメカニズムを解き明かし、それへの対処方法として徹底した死への忌避感を教育した事があがるほどなのだ。

事実、アーク登場以後この世界の人類の生息範囲は大きく広がった。対処方法を確立しただけでこれである、この世界の人類史においてどれほど堕ちた者が脅威だったかわかろうというものだ。

それらを知っているメズが焦るのも当然であった。

 

「いかん、すぐに助けに行かねば……!」

「待ってくれおっさん、それよりみんなの避難誘導を頼みたいんだよ!」

「しかし奴を止めねばすぐに追いつかれる! 一人でできる事ではないぞ!」

「大丈夫だ! あいつなら、サルーシャならやりきってくれる!」

 

そんなことは不可能だ、そう口にしようとして思い止まる。

ローグの目が今にも泣きそうなことに気づいたからだ。

考えてみればこの子が一番泣きたいはずだ、最も仲の良い友は死地におり十年近く会っていなかったとはいえ父親は生死不明、おそらくは死んでいるのだから。

 

「ローグ君、クピディアス殿は……」

「腕だけなら見つかったよ、時間ねえから放置してるけどよ」

「……すまん」

「いい。それより早く避難誘導を、早く終わればそれだけサルーシャも楽になるはずだ」

 

メズには頷くしかなかった、同時に自身の無力無能を呪う。

 

(アーク様、貴方様は『死した私に祈るな、生きる同胞と己自身に祈れ』と教えてくださいましたが、それに逆らうことをお許しください。どうか、サルーシャ君に貴方様の加護を。あの子はこれからの人の世に欠かせぬ者なのです、どうか冥府に入れぬよう、この世に留まれるようにご助力を……!)

 

血を吐くような思いで心中のみで祈り、人々の避難誘導のため走り出すローグを追って走る。

最も不安定な子供を一人にさせぬための苦渋の決断であった。

 

 

鋭さが格段に増した拳を紙一重で避ける。

伴う風は今はない、空気を押しては威力が削られるとでも思ったのだろう。

おそらく拳の速さは音速を超えているだろう、さっきまでは風ではなくソニックウェーブが巻き起こっていたからだ。

なぜ俺が無事かって? そんなもの、ツクヨが防御障壁を俺の体周りに張ってくれてるからに決まっている。

そして、それはろくに反撃できなくなっている事を意味していて、

 

「HYAAAAA!!」

 

反撃できないという事は奴を調子に乗せることにつながっていた。

調子に乗るから余裕が生まれ、余裕があるからもっと楽しくするにはどうすればいいのか考えられて、考えるから更に攻撃は鋭くなり、そうすれば俺から余裕が失われますます調子に乗る……俺らにとっての悪循環が生まれていた。

この循環を止めるために何かしたいが、いかんせん全く余裕がない。

一撃もらえば終わりっていうのは最初っからだが、鋭さが本当に段違いなのだ。今の鋭さをカミソリに例えるなら最初のなんてビーチボールだ、別物すぎて笑いがもれるレベルである。

 

(学習能力が、学習能力が高すぎる!)

<魔力供給の要なんだから呼吸だけは止めないでね!>

 

少し前から喋る余裕は一切なく、ともすれば思考すら放棄気味である。

思考すればそちらに気をとられ魔力吸収の効率が下がり、しかし思考をしなければ打開策は永遠に得られない。

 

(ジリ貧だなあ、これ!)

<最悪の最悪、周囲の被害無視で吹き飛ばすよ!>

(それで倒せる保証もないんだろ! 必ず逆転手を思いつくから障壁破られんなよ!)

 

俺自身の魔力はかなり枯渇状態に近いため体を動かす魔法もツクヨにやってもらっている、つまりツクヨの負担は倍増しており、

 

<私の方も余裕なんてどっこにもないんだけど!?>

(俺もお前も辛いんだ! あっちの魔力だってかなり少なくなってるはずだろ!? ここまできたら我慢比べだ、根性ある方が勝つぞ!)

<それさっきも聞いたぁ!>

(いう事が一貫してていいだろ!? 魔力が回復次第体の方は代わるよ!)

 

必然的に俺たちの敗死は時間の問題であった。

そうならないようにするにはどうすればいいのか? 致死の一撃を回避させてもらいながら考える。

 

(こいつの特徴として、ダメージを与えてもそれが全く見えてこないってのがあるんだよな。効いていないわけではないはずなんだ、氷は刺さるし火で燃える、風で切れたし雷で怯んだし、土塊をぶつけりゃ苦しんだ……)

 

ただし、それら全てのパターンで一秒もすれば元気いっぱいに襲いかかってくるってだけで。

 

(生き物って名乗るなら傷を負ったら血ぐらい流せってんだ!)

<あー! 精霊の事バカにしてるの!? 肉の体を持ってないだけで私達だって生きてるんだからね!>

(精霊をバカにする意図なんてかけらもねえよ! 変なとこで突っかかってくるな!)

 

そりゃ体全体が魔力でできてりゃ血を流すこともないだろうけどよ……? まさかとは思いつつツクヨに確認する。

 

(ツクヨ、あいつの魔力量が減ったタイミングっていつだ?)

<え? それは……あれ? これって、もしかして……?>

(その反応って事は、まさかと思ったもんがドンピシャか、これ)

 

それなら傷がついても血が出ない、すぐに治るのも納得だ。

想像を確信に変えるため、音速を超えた拳を紙一重で避け比較的柔らかそうな腹部へと渾身の風の刃を叩きつける。

やはり血は一滴も出ず、切った箇所もあっさりと塞がっていくが、

 

<今明らかに魔力量が減ったよ! 予想は大当たり、こいつ間違いないよ!>

 

奴の保有する魔力が確かに減ったのだ! これが示すのはある一つの事。

それは、

 

<サルーシャの想像した通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()>

 

肉の体を持ちながら、魔力で体を作り上げているという事だ。

 

<それって肉の体の周りに魔力を纏っているって事?>

(それだったら刺した時の反応が、もうちょい痛そうになるだろ。おそらくだが、肉の要素と魔力をグッチャグチャに混ぜ合わせた物を肉体にしてるんだろうさ)

 

つまり、粘菌が人型をとっているのに近いわけだ。

刺しても切っても血が出ないはずである、そもそも流れていないのだから。

そして、それならば打開策が思いつく!

 

(昔使ってたこれが役に立つなんてなあ!)

 

魔力を閉じ込める結界を紐状にして奴の体に引っ掛ける、網状にしないのは掴みやすいとあっさり引きちぎられるからだ。

 

「GYUHI?」

 

突如体に纏わりついた細い物の感触に奴が戸惑う合間に、それらを引っ掴んで起死回生の材料がある場所へと飛んでいく。

避難が大分進んだようなのだがそれでもその場所と避難場所では避難場所のが近く、今まで迂闊に移動できなかったのだ。

 

「だけど、これなら確実にテメエを引っ張れる!」

「GYA、GYAAAA!!」

 

一本や二本程度引きちぎられたところですぐに新しい紐をかけるだけ、全部をいっぺんに掴むには工夫が必要で、工夫なんてものは経験の足らないこいつには一番の苦手分野。

時間をかければ学者能力の高いこいつならやってのけるかもしれないが、それができるほどの時間がかかる距離でもない!

 

「おっらぁぁぁ!!」

「GIIIII!?」

 

到着したならすぐに幾つも掘られている穴のうち、空であり一番深いところへ奴を叩き込む。

時間稼ぎだ、叩き込む動作の途中から目当ての物、でっかい一発をくれてやるための材料を集めていく。

 

「GAAAAA!!!」

 

妨害は一切しなかったのですぐさま奴が穴から飛び出してくるが、その跳び上がる時間があれば俺らの目的は果たされる!

 

<私達が、ここ数年で、どれだけこの作業をしてきたと思ってるの、ってね!>

「一秒もあれば、十分テメエを吹っ飛ばすぐらいの量は集められるんだよ!」

 

俺らの目当て、それは前世において重要な燃料の一つとして数えられ、主に都市ガスとして用いられていたそれ、液化させたそれをロケット燃料として使えるようにする研究も行われていたほどに燃料として優秀な物。

 

「特にここのはテメエが殺した人々の営みによって生まれた奴だ、テメエにトドメを刺すにゃあお誂え向きってもんだろうよ……」

「GYUAAAA!!」

 

穴から飛び出した奴は真っ直ぐ俺へと向かってくるが、もう遅い。

 

「常温、常圧下では無色無臭の気体状、沸点−161.6℃、融点−182.5℃、天体にはこれで構成された物もある、汝その名は……」

 

俺と奴の間に充満するそれに俺は躊躇なく火をつけた。

 

「メタンなり!」

 

大爆発、それはこの時都市にいた者だけでなく、この都市に向かっている者、離れていく者達にすら見えたという。

 

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