猿、月に手を伸ばす   作:delin

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別れと旅立ち

ローグことルシェットが内心の不安を押し殺しながら動き回り、生き残りの人々を無事避難場所まで集めきる事ができたのは褒められて然るべき行いであろう。

無論、共に避難誘導を行ったラテベア教の二人の功績が大きいのはいうまでもないが、それでも僅か十二歳の子供が果たした役割は大きかったと言える。

それは街の構造を大体において把握しており、尚且つ広く顔が知られていた点が功を奏したのだろう、誘導に従ってくれる人は意外なほど多かった。

そうして避難誘導を上手く成功させ、さあこれからどこへ逃げようかと考えている最中にそれは起こった。

最初に感じたのは目を潰しかねないほどの光と鼓膜が破れるかと思うほどの音、それからほんの僅かばかり遅れて大きな揺れが皆を襲った。

 

「今のは!?」

「わからん、迂闊に動くな! だが何かあればいつでも動けるようにしておけ!」

「あっちって……! くそっ!」

「あっ! 待ちなさいローグ君!」

 

そちらに何があるか知っていたルシェットがたまらず走り出し、それに動揺したのはラテベア教の二人だ。

なにせ少しでも奴相手に足止めが期待できるのは自分達のみ、襲われた場合は自分達のどちらかを捨て駒に、ルシェットは残った方のサポートをしてもらう予定だったのだ。

 

「隊長、どうしますか?」

 

言外に見捨てられるのか? という意味を込めて部下が訊ねる。

 

「私が連れ戻す。どちらにせよ何が起きたのか把握はしておきたかったのだ、こちらは任せるぞ」

(可能性は低いが奴がこちらにくる事も考えられる、その時は悪いが捨て駒を頼む)

(了解です、あの子を無事連れ戻して下さいよ?)

(もちろんだ)

 

目線と指のサインで周りの人たちに聞かせたくない部分の意思疎通をすませ、メズはルシェットを追って走り出す。

そして走っているうちに気づいた、こちらはあの子らが住んでいたスラムの方であることに。

 

 

こちらは屋敷から遠かったおかげだろう、比較的崩れてしまった家屋は少ないように見受けられた。

まあ、そもそもの強度が心許無いものが多かったため崩れていない方が少ないが。

そんな見覚えのあるはずの場所が明確に変わったとわかるほどの被害に歯噛みしながら、メズはその間を走り抜ける。

走って走って、スラムを抜けるほどに走ってもルシェットは見つからず、もしやすれ違ってしまったか? そう考え出す寸前にそれは見えてきた。

 

「……なんだ、これは……!?」

 

メズの前に現れたのは大きな、とても大きなクレーター、その縁を回るだけでかなりの時間がかかりそうなほどの大きさのクレーターの出現にメズは思わず足を止めてしまった。

しかし、立ち止まったおかげでクレーターの中を見ることに繋がり、その中で呆然と座り込むルシェットを見つけられたのは喜ぶべきことであろう。

突然走り出すような事はどうやら無さそうと見てとったメズは、周囲から音も何かがいる気配もない事からこれ以上逸れたりさせない事を優先した。

 

「ローグ君、大丈夫かね?」

 

刺激しないようなるべくゆっくり近づき、優しく声をかけたがルシェットは反応せず力無く俯くまま。

仕方なしにメズは周囲を見回し、そこでようやく気づいた。

 

「むう、焦げ臭い匂いが強いが、他にも何か鼻をつくような匂いがあるような……? ローグ君はここに何があったかわかるかい?」

 

そういえば、スラムに住んでいたルシェットならばここに何があったかわかるのだろうか?

それが分かればここで何が起きたかもわかるかもしれない、そんな状況確認のための質問であったのだが反応は予想外のものであった。

静かに、静かにルシェットの目から涙が溢れ出したのだ、思ってもみなかった反応にギョッとするメズ。

何を言えばいいのか、まだ周囲に奴が潜んでいる可能性がある事を思えば今のこの行動は悠長にすぎるのでは? そんな考えがメズの頭の中を巡っては消える。

しかし、そんな思考は混乱させた原因であるルシェットから否定された。

 

「大丈夫だよ、奴はきっと死んでる、俺たちはもう急いで逃げる必要はないよ」

「なに?」

 

そこからポツリポツリとルシェットの口から、ここが処理場であった事、そこで発生する燃える空気であるメタンガスの事、それらはサルーシャから聞いた事が語られた。

 

「うーむ、なるほど? つまり、あの轟音と光はサルーシャ君が引き起こしたものであり、それをもって堕ちた者の打倒を果たした……そう君は予想するのだね?」

 

俄には信じがたい話ではある、焚き火に屁をして燃え移った馬鹿の話を偶々メズは聞いた事があるから多少は理解できるが、そうでなければ燃える空気など笑い飛ばされる類の話だろう。

なぜ十二歳前後の子供がそんな事を知っているのか? ましてそれを利用して強敵を撃ち倒した? それよりかは堕ちた者がここを通った時に偶々火がつき自爆に近い形になったという方が納得できる。

そう、そうでなけれあの少年の生死が危ういではないか、まさか自身の身を顧みずに相打ち覚悟でそのような真似をしたなどとは思いたくないのだ。

 

「きっとそうだよ、あの馬鹿は、いっつも一番大変な所をやりたがるんだから……」

 

ルシェットがその手に持っていた物をメズに見せる。

 

「これは……!」

 

それを見たメズはルシェットの推論が正しいことを理解し、自身の祈りが届かなかったと天を呪う。

 

「ほんと、馬鹿だよなあ、あの、猿顔野郎は。馬鹿すぎて、貶す言葉すら、出てきや、しねえよ……!」

 

メズに見せたそれ、奇跡的に燃え残ったサルーシャの服の切れ端を胸に抱え、耐えきれずルシェットは慟哭する。

自分が今まで持っていた全てが失われ、それらは二度戻らないことを理解させられてしまったからである。

 

 

それから周囲を調べて回り堕ちた者がどこにもいない事を確認したため、住民達は三々五々に自分の財産の回収に動いていった。しかし、財産だけあっても住居はもはやどうしようもない。

仕方なしに住民達は頼れる相手、この場合ラテベア教を頼り、獄卒部隊の二人に連れられ近くの都市まで集団で移動していったのだが、都市の守備隊やトップと一悶着が起きる。ラテベア教がそのあたり責任を持って面倒を見るという事で矛を収める事になったが、元ローウェス・テラートゥスの住民達への視線は冷たいものであった。

酷い対応だと思うだろうか? しかし、ある意味当然の対応なのだ。未だこの世界の人類の文化水準は中世暗黒期程度、一つの都市では他の都市からの難民を吸収しきれるほどのキャパは持ってないのである。

 

「なので、大半はラテベア教の管轄する開拓村に行ってもらう事になると思う」

「そっか、やっぱすげえ組織だなラテベア教は。あんだけの人数を受け止めようと思えるんだからよ」

「……そう思ってくれるならありがたい」

 

開拓村へ回されると聞かされた住民達の中には、不平不満が口から出る者も明らかに胸にしまっているだけという者も多かっただけに今メズが答えたのは掛け値無しの本音である。

 

「とはいえそこまで誇れるものでもないのだよ、君らのグループを吸収できたからこその余裕だからね」

 

魔法使いは希少な技能だ、それこそ一人いれば開拓の速度が劇的に変わるほどに。安全な飲み水の確保、燃料の節約、重機の代わりにさまざまな作業をこなす事が可能とやれる事は多岐に渡る。

もちろんルシェットのグループに属していた面々がそのまま開拓村に行くわけではないので、開拓できる場所はグループの魔法使いの数よりかは少なくなるがそれでも行くあてのない難民を吸収しきれる程度の数にはなった。

代わりに教育担当者と開拓担当の者達は修羅場に突入中だが……やむを得ざる犠牲である。

 

「数年後か十数年後には数倍になってかえってくることを考えれば、この程度の労力は喜んで払うべきだそうだよ、偉いさんによればね」

 

なお、その偉いさんは孤児達の教育担当になったそうな、そこまで言うならお前が率先して行動しろよ、という事である。

意外と現場主義の強いラテベア教であった。

 

「それで、ローグ、いやルシェットと名乗ることにしたんだったな、ルシェット君はどうするのかね?」

「ああ……俺がどうすっか、か」

 

この地方のラテベア教が十年後には大きくなっていると確信できる理由を作った立役者だし、ルシェット自身の能力も高く評価されている、望めば殆どの事が叶えられるだろう。

ラテベア教内での栄達は約束されたようなものだったが、ルシェットはそれを望まなかった。

 

「冒険者になりたい、そう君はいうのかね」

「ああ、俺も、誰も見た事のない景色って奴を見てみたいんだ」

 

俺“も”、それが何を指すのかわからないメズではなかった。

サルーシャの件ははっきりと言って痛恨事であった、ラテベア教としてもメズ自身の公私にたいしても。

ルシェットが望めば栄達が約束された人材ならば、サルーシャは組織がなんとしても抱えこもうとする人材だ。

ラテベア教としてはお願いだから一国家に仕えるのはやめてほしい、家じゃなきゃ冒険者組合にしてくれと縋りつくレベルである。

彼がいれば希少技能であるはずの魔法使いが、『珍しい』から『結構いる』にまで希少度が下げられるのだ、うっかり一国家に属されてその能力を全力で振るわれでもしたら……一都市レベルの国では即呑み込まれる最強国の誕生であろう。

しかし、その未来図でさえ現状と比べればマシであった。

先の未来予想図では国という枠組みがなくなりラテベア教と冒険者組合の存在が消滅するだろう、だが人類全体でで見れば躍進の時を迎えることは間違いない。存在意義がその国家に持っていかれるだけで、ある意味役割を果たしきったと言える。

例えその過程において血が多く流されようともまだ人類全体のためだと納得もできよう、翻って現在はどうか?

そこまでやれるであろう人物はその貴重にすぎる技術を誰にも伝えないまま死亡、人類が地上の覇者となる未来は幻と消えた訳である。

堕ちた者相手でなければ関係者全員、今回の場合はメズと同行した部下は死を望まれかねないほどの事態であった。

なのでサルーシャに一番近かったルシェットはラテベア教としては是非とも確保したい人物だったが、冒険者組合への所属希望では止める必要はなかった。

二つの組織は交流も活発だし、片方から抜けた人がもう片方に入ることは日常茶飯事だったからだ。

 

「そうか、ならば私も君について行くこととしよう」

「はい?」

「なに、今回の件は獄卒部隊の長たる資格なしと言われても仕方ない事態だ、なので私も辞める羽目になっただけさ」

 

実力があるとはいえルシェットはまだ十二歳だ、独りにするのは如何なものか。

誰も見たことない景色を見ることがサルーシャへの弔いだというならば、是非同行させてほしい。

それから、

 

「女の一人旅を放っておくほど我々は薄情ではないのだよ。以上が君について行く理由だ、なにか質問があるかね?」

「待てぇぇ! なんで知ってんだコラ!」

「喉の膨らみが一切見えないから疑っていたというのが一つ目、こちらで滞在中も誰とも水浴びを共にした者がいないのが二つ目、三つ目は今の君の態度だな」

「! カマかけやがったな!」

「簡単にかかる方が悪い。悪人に騙される前でよかったと思いなさい、騙りや騙しは世の中にいくらでもあるのだよ?」

 

ギリギリと歯噛みをするが自分がどれだけ未熟かは思い知っている、頼りになる大人が同行してくれるならば喜んで受け入れるべきだ。

理性がそう訴え感情が気に食わないと否定を叫ぶ事しばし、

 

「わかったよ、同行を認めりゃいいんだろ? だが、旅の目的を決めるのは俺だからな!」

 

譲れない部分だけを叩きつけて仕方なく同行を認めた。

 

「うむ、それでいい。私の存在は君が進む道を舗装する材料だと思えばいい、君の望む所へ望んだようにいきなさい」

 

ルシェットの答えはメズとしては満点の回答だった、なので満足気に頷いて彼女の答えを全肯定する。

 

「んじゃあ善は急げだ、冒険者について色々教えろよ。ローウェス・テラートゥスにはそっちもなかったから俺はろくにしらねえんだよ」

「うむ、ならば今日はその辺りの授業と行こうか。まずは組合の存在目的だが……」

 

お堅い話が続くことを察してゲンナリするルシェット、近い将来親子にしか見えない冒険者のコンビが見られることだろう。

 

 

ところ変わって、ここはとある川のほとり、ローウェス・テラートゥスの近くを通る川を支流とする大河の下流に近い場所である。

 

「ふう、お祖父様も心配症なんですから。この川の上流と言っても遠すぎて誰も知らない場所じゃないですか、そこで何か起きたって言ってもここまで影響は出ないと思いますけどねえ」

 

そこに水汲みにやって来たのは未だ若い、女の子と女性のちょうど中間辺りの年の子であった。

彼女はいつもここに水汲みに来ていたのだが今朝に限って祖父に止められたのだ、今日は自分が魔法で水を注ぐから川に行かぬようにと。

 

「魔法で出したお水は味気ないとおっしゃっていたのはお祖父様でしょうに、どうしてもというなら自分だけで行くなんて無茶まで言い出して……」

 

一昨日にギックリ腰で倒れていなければそれに頷くこともできたのだが……年寄りの冷や水は辞めてほしい、祖父が孫娘を心配するのと同じくらい孫娘としては祖父が心配なのである。

 

「お父様とお母様が早くになくなった分だけ心配が募るのでしょうけど……? あら、あれは一体何かしら?」

 

そして水を汲もうと川縁に近づいた時それに気づいた。

 

「あれって、もしや……!?」

 

彼女の視線の先、そこに見えたのは川面から突き出す流木に引っかかる人の腕。

 

「大変! 早く引き揚げなくちゃ!」

 

それを魔法で掬い上げて更に驚く。

 

「嘘、この子私より幼くないかしら? ……よかった、まだ息がある! もう少し頑張って! 今助けるから!」

 

必死になって濡れた服を乾かし、冷えた体を温めたりして人命救助を行う彼女。

その溺れていた少年の顔は猿と見紛うほどであった。




また書き溜めに入りますので次話の更新は間が空きます。
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