U.C.メーデー!:航空宇宙事故の真実と真相   作:AzureSky

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提訴してやる③

 

『ルナー1736、了解。発進準備完了。離岸後、ゲート4へ向かいます』

『やっと出港できますね、月に着く頃には歩けなくなってるんじゃないかと思いましたよ』

 

ボイスレコーダーは、出港前のごく普通の会話から始まりました。調査官は、何か異常な点がないか慎重に聞き取ります。

 

『スラスター始動前チェックリスト完了。船長、いつでも出せます』

『了解、こちらルナー1736、出港準備よし』

 

「ここまでは特に問題は無さそうだ」

 

クルーの会話は、彼らが決められた手順を守って適切な業務をこなしていることを示していました。管制とのコミュニケーションも良好です。

 

『スラスター始動、フルハーバー』

『ルナー1736、出港します』

 

「止めて、何かおかしいぞ」

 

調査官は、早くも不可解な点に気が付きました。

 

「なぜ衝突注意警報が鳴っていないんだ?」

 

衝突注意警報は、長距離センサーで捉えた障害物が衝突コースにある場合に警報を発するシステムで、相対速度の大きくなりがちな宇宙船でははるか500km先の目標も識別して危険を感知できるよう設計されています。管制レーダーの記録では既にグラン・カナリアは1736便との衝突コースにあり、距離はわずか2400メートルでした。

 

「続きを聞いてみよう」

 

『スラスター出力安定……あれ、なんでしょう』

『どうした』

『第6バーニアの温度が上がり過ぎてます、放熱板の故障でしょうか』

 

「ここで船長と航海士の注意はバーニアの温度に向き、前方の確認が疎かになった」

 

《グラン・カナリア、こちら入港管制。貴艦は待機されたし。出港船舶あり。待機されたし》

『バルブ閉鎖完了しました。スラスター出力問題ありません』

『まだ6番の温度上昇が止まらない』

 

「入港管制がグラン・カナリアに呼び掛けている内容にも気付いていないな」

 

ここで、バーニアの温度警報が鳴り始めブリッジ内は一層慌ただしくなります。衝突注意警報は沈黙したままです。

 

『あ、予備の温度は正常値です。船長、原因は主温度計ですね』

『待て、なんだあれは!』

《衝突する、回避!回避!》

『両舷後進!右転は…駄目だ、別の船がいる!』

《Obstacle ahead, Obstacle ahead》

 

「ここだ、ようやくここで警報が鳴り始めた」

 

この時点で、衝突まで500メートルを切っていました。

 

「遅すぎる」

 

不審に思った調査チームは、アルカナ級貨客船を設計したMIP社に協力を要請します。もっと早い段階で衝突注意警報が作動していれば、事故を未然に防ぐことができたかもしれません。検証の結果は、驚くべきものでした。

 

「センサーに死角がある?」

 

アルカナ級貨客船が搭載している長距離センサーは上下左右前後合わせて6つあり、それぞれが円錐型の感知範囲を持っていました。しかし、500kmの長距離をカバーするために円錐は極めて細くなっており、隣のセンサーの感知範囲と重なるのは数kmも先だというのです。

 

「はい、特に前下方については、センサー搭載位置の制約で5kmより近くにある障害物は検知できません」

「しかし、それでは衝突を回避できないのでは?」

「いえ、500km先で警報を鳴らせるわけですから、航空宇宙局の規制にも則った適切な設計です。そもそも5kmもの近さからいきなりこちらに接近してくるものがあったら、避けようがありません」

 

MIPの技術者の主張通り、宇宙航行におけるスケールの常識は大気圏内とは比べ物にならず、5kmは至近距離と言えるものでした。アルカナ級の巡航速度であれば、0.5秒余りで衝突してしまうのです。

 

「問題は、巡航中における距離のスケール感と、港湾内での航行におけるスケール感が全く異なっていることでした。そもそもアルカナ級の衝突防止システムは至近距離で不規則に動く他の船よりも、はるか遠距離から高速で接近するデブリを回避することを念頭に設計されていたわけです」

 

管制レーダー記録を改めて確認すると、正規入港アプローチをとらなかったグラン・カナリアは1736便の斜め下方から接近しており、1736便がドッキングベイから顔を出した時点で不運にも衝突防止センサーの死角に収まっていました。ブリッジの視界からも、確認しづらい位置にあったのです。

 

「しかし、グラン・カナリアが入港軸線に乗ったタイミングはもう少し早いはずだ。なぜその時にはセンサーが反応しなかった?」

 

この疑問は、調査の中では解決されませんでした。ただ、戦後になって新しい説が唱えられています。

 

「後になって分かったことですが、事故の直前に近隣バンチのジオンの実験施設でモビルスーツの試験が行われており、そこでミノフスキー粒子の漏洩事故があったようです。その際に流出した微量なミノフスキー粒子が影響して、長距離センサーの感度が落ちていたのではないかという説があります。当時はそんな粒子の存在は一般的に知られていませんでしたから、この件の調査は不明瞭な形でまとめざるを得ませんでした」

 

調査チームは衝突防止センサーの設計が事故の原因の一つであった可能性を指摘した上で、もう一つの謎に取り組みます。

 

「乗組員の死傷者が多すぎるな」

 

乗客の死傷率が5.7%に抑えられたのに対し、乗員の死傷率は63%にも登ります。クルーは出港作業に追われていたとはいえ、なぜこれほどの差が出たのでしょうか。調査チームはルナライン社の安全基準を確認します。

 

「ルナラインの安全基準は、業界の中でもごく標準的なものでした。しかし、一つだけ致命的な誤りを犯していたんです」

 

答えは、死傷したクルーの装着していた安全帯にありました。

 

「これを見ろ……取り付け部分が完全に破断している」

 

ルナライン社が使用していた安全帯は取り付け部分が強化プラスチック製のごく一般的なものでしたが、通常このような形で破損することはありません。何か理由があるはずです。

 

「安全帯の使用期限は?」

「3年です。この安全帯は2年6ヶ月なので、使用期限内です」

「それは、船内活動基準で?」

「いいえ、船外活動も船内活動も同様です。同じ安全帯ですから」

 

ルナライン社の安全基準担当者の一言に、調査官は驚きを隠せませんでした。

 

「ごく初歩的なミスです。ルナライン社では、安全帯を使用するときに船内活動用と船外活動用を分けて管理していませんでした。船外活動において宇宙線や温度差の影響で素材の劣化は激しく進み、船内活動のみに使用される場合よりも使用期限はごく短くなります。ルナラインでは同じ安全帯を船内活動でも船外活動でも使いまわしていたため、どの安全帯がどれくらい劣化しているのかが分からなくなっていたのです」

 

ルナライン社が設定した3年の使用期限はメーカーの船内活動想定より短く調整されていましたが、それは使用時間の一部を船外活動として概算していたためでした。実際には当初の想定より高い割合で船外活動に使用されていた安全帯があり、事故の衝撃に耐えられず破断したのです。

 

「そして、空中に放り出された船長や乗組員は天井に叩きつけられた」

 

一部のクルーはノーマルスーツを着用していましたが、ヘルメットまで着用してはいませんでした。

 

「20トン以上の大型宇宙船では、ノーマルスーツの着用は義務付けられていませんでした。しかし、実際には出入港時などのタイミングにはノーマルスーツを正しく着用し、危険に備えるべきなのです」

 

そして、調査は乗客の被害の検証に進みます。この事故では多くの子供たちが犠牲になりました。

 

「今回の事故は……子供を守るためのシートベルトの設計に改めて焦点が当てられました。大人向けのシートベルトではどうしても固定が十分でなく、座席から飛び出してしまうのです」

 

しかし、全ての座席に子供向けのシートベルトも装備するのは現実的ではありません。調査チームは、ある提言を行いました。

 

「それぞれの宇宙港において、座席に取付可能なチャイルドシートを準備しておくのです。子供の搭乗人数に応じて、チャイルドシートを取り付けて安全に固定できるようにします。乗降時の所要時間や設備負担は増えてしまうものの、今回のような悲劇を減らすことはできるはずです」

 

事故後、ルナライン社は連邦運輸安全委員会の提言を受けてチャイルドシートを導入しましたが、現時点で他の航空会社には広がっていません。

 

「ルナライン1736便の問題点と、取るべき対策は概ね明らかとなりました。第6バーニアの主温度計は、よくある基板劣化が原因の不調であり、予備系統は作動していたことからも特筆すべき問題ではないと結論付けられました」

 

調査チームの前には、まだ2つの大きな課題が残っています。衝突の原因と目されている巡洋艦と、最も大きな被害を出した農業ブロックです。

 

「我々は巡洋艦の調査と並行して、農業ブロックの事故検証にも取り組みました。特に後者は533人もの犠牲者を出しており、事態の解明が必要でした」

 

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