U.C.メーデー!:航空宇宙事故の真実と真相   作:AzureSky

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提訴してやる④

 

「あの日は、新型農業モジュールの動作デモを行うため、多くの技術者や経営関係者、メディア関係者が詰めかけていました」

 

マハルの第7農業ブロックで作業員として勤務していたユジュン・クロノフは事件当日を振り返ります。

 

「突然でした。セレモニーが終わってモジュールの稼働を始めるという時に、大爆発が起こったんです」

 

ユジュンが居た第7ブロックは直撃を受けた第5ブロックから500メートルほど離れていましたが、影響は深刻でした。

 

「爆発の直後に、自動で圧力隔壁が閉鎖されました。部屋3つ分くらいの空間に、私と他の作業員と、合わせて12人が完全に孤立してしまいました。一人がマニュアル操作で隔壁を開けようとしたので、私は必死になって止めました。なにせ、私たちの誰もノーマルスーツを着ていなかったのです」

 

作業用エリアには窓がなく、外の様子をうかがい知ることはできません。しかし、彼らは少しずつ自分たちがコロニーから離れて流されていくのを感じました。

 

「最初はとにかく脱出することを考えていました。きっと農業モジュールが事故を起こしたんだろうと。ですが、時間が経つにつれもっと恐ろしい可能性を考えるようになりました」

 

ユジュンは生命維持システムの動作訓練を思い出し、コンソールを確認します。幸いシステムは稼働していましたが、酸素残量は2時間ほどでした。

 

「酸素残量が表示されているという事実が、私たちを打ちのめしました。このエリアはコロニーの生命維持システムから切り離され、宇宙空間を漂流中であるとはっきりしたのです。泣き出す人や、遺書を書き始める人もいました」

 

しかし、ユジュンたちは幸運でした。爆発から30分後、外壁を掴むような音が響きます。

 

「モビルワーカーが私たちの作業ブロックに気づいてくれて、パイロットの青年……アナベルという若者でした、彼の声が隔壁の外から聞こえました。みんな必死に声を上げ、彼に感謝を伝えました。星の数ほどある屑の中から、よく私たちを見つけてくれたと」

 

与圧ブロックが接続され、ユジュンたちは死地を逃れました。しかし、彼らは農業ブロックの中で僅かな生き残りとなったことを知ります。

 

「隔壁のすぐ向こうにいた人たちは、皆宇宙に投げ出されて死んでしまいました。私たちは目の前で、同僚を、友人を、家族を失ったのです……最初に隔壁を開けようとした彼の……彼の恋人も、帰らぬ人となっていました」

 

第5ブロックは原型を留めないほど破壊され、第6ブロックは圧力殻が破断、第7ブロックもバラバラに分解しました。新型農業モジュール“AGRIX-3”の技術説明会を行っていた第6ブロックでは特に多数の犠牲者が出ました。グレッグたち調査チームは、回収したデブリから何が起こったのかを検証します。

 

「問題は、農業ブロックにいた誰一人として、ノーマルスーツを着用していなかったことです。爆風で圧力殻が破壊されたことによって、急減圧が起こり人々は意識を失いました」

 

通常、コロニー外壁は外殻、圧力殻、内殻の3重構造となっていますが、農業ブロックは無人運用を想定していたため圧力殻のみの構成でした。しかし、実際には定期点検などで作業員が入る必要があります。

 

「私たち農業ブロック作業員は、そんな危険があることは知らされていませんでした。コロニーの居住エリアと同じ感覚で、そのまま仕事をしていたんです」

 

これは、同じ圧力殻のみの構造である港湾ブロックでの勤務に厳格な安全規則があり、また危険手当で高収入な仕事となっているのと対照的でした。

 

「まさしく、安全意識の欠如です。あえて危険性を従業員に伝えないことにより給与水準を低く抑える意図があったとする説がありますが、今回は経営陣にも被害が出ているので問題そのものを認識していなかったと捉えるべきでしょう。連邦運輸安全委員会は、コロニーの外壁構造で作業エリアを明確に分類し、必要な安全処置が取られるよう法整備を提言しました」

 

しかし、一層構造の区域が第二種安全規制エリアに指定され、ノーマルスーツの着用が義務化されたのは事故から15年後のことでした。

 

「直後に起こった一年戦争を発端とするコロニー動乱により、連邦政府の対応は後手に回りました。その後の多くの事故も、今回の事故の教訓を活かせていれば防げたはずです」

 

一方、ユジュンたちのように隔壁エリアに偶然居合わせて爆風を逃れた作業員は他にも何グループかいましたが、そのうち約半数は救助が間に合わずに窒息死や酸素欠乏症の後遺症が残る結果となりました。非常用酸素タンクが破壊され生命維持システムが短時間で停止したり、無数に細分化された気密エリアの中でどこに生存者が残っているのかを見つけ出すのに時間がかかったりしたのです。

 

「グラン・カナリアの衝突により農業ブロック全体をカバーするメインの生命維持システムが機能を停止し、個別の気密エリアはそれぞれ予備の生命維持システムが環境を維持していました。一連の設備はデブリの衝突などで一部の気密エリアが隔離されるような事態を想定した設計で、ブロック全体がフレームごと破壊されそれぞれの気密エリアがバラバラに放り出されることなど考えられていなかったのです。その結果、気密エリアに閉じ込められた生存者が外部に、それも宇宙空間で、自分の居場所を伝える手段は装備されていませんでした」

 

調査チームは、全ての圧力隔壁に窓を取り付けるべきだと指摘します。

 

「無論、気密エリア全てに発信機や通信設備を設けることができれば最良です。しかし、まずは自動圧力隔壁に窓を付けて、隔壁の向こう側の様子が見えるようにする必要があるでしょう。救助隊は窓から内部の様子を確認できますし、内側から見えるのが隣の気密エリアかあるいは宇宙空間かで、隔壁を開放するかどうかの判断に大きく影響するはずです」

 

こちらの提言は、0082年の第一次コロニー再生計画から取り入れられる事となりました。現在ではどれほど小さな気密エリアであっても、非常隔壁には必ず小さなガラス窓が設けられることになっています。

 

「20年以上経った今でも、あの日のことを鮮明に覚えています。結局マハルの農業ブロックは再建されることなく、その後の一年戦争では居住区ごとコロニーレーザーに改造され、私たちは職を失い、故郷を失いました。しかし、この20年で人類が失ったあまりに多くのものから考えると、私たちは幸運な方だったと考えています」

 

一方で、当初の予想通りグラン・カナリアの調査は困難を極めました。マハルコロニー横の未使用バースを借り受けて、粉々になった破片を少しずつ組み立ててゆきます。

 

「無重力では、骨組みを作らずとも残骸を3次元に並べることができるのが唯一の救いでした。ただの金属片と化した巡洋艦の残骸をコロニーの残骸の中から判別するのは実に骨の折れる作業でした」

 

調査チームは、残骸の痕跡からグラン・カナリアに何が起こったのか分析します。また、メインポートの港内カメラの映像は有力な手がかりとなりました。

 

「はっきりしているのは農業ブロックへの突入後艦首のミサイルが爆発し、その後主反応炉が誘爆、凄まじい大爆発となったことです」

 

サラミス級巡洋艦の動力は熱核反応炉であり、稼働中に圧力容器が破壊されると旧世紀の戦術核兵器に近い威力の爆発を伴います。しかし、本来そうならないよう設計されているのが軍用艦のはずです。

 

「過去にサラミス級が起こした事故についても調査しましたが、反応炉が爆発に至ったものは1件もありませんでした。サラミス級の熱核反応炉は異常発生時に即座に燃料を遮断し、強制冷却されるように設計されています。従って船体が大破するような巡洋艦どうしの衝突事故においても、ここまでの大事には至っていませんでした」

 

ところが、記録映像を確認していた調査官は決定的な証拠に気づきます。

 

「ここだ、ここを見てくれ」

 

1736便とグラン・カナリアが衝突した直後、グラン・カナリアの船体下部の放熱設備が軒並みえぐり取られてゆきます。

 

「この瞬間、反応炉と放熱板を循環していた冷却材が漏出してしまった」

 

冷却材の漏出は極めて危険な現象です。主反応炉で異常が発生しても、強制冷却を十分に行えなくなる恐れがあります。

 

「しかし、燃料遮断はなぜ失敗した?」

 

こちらは、過去の事故記録に答えがありました。サラミス級は、燃料バルブの損傷に起因する暴走事故を3件繰り返していたのです。

 

「サラミス級は軽量化と高速性を優先する設計のため、燃料バルブのフェイルセーフが十分に対策されていませんでした。通常は動力が失われるとバルブは自然と閉鎖位置に戻るように設計されるものですが、サラミス級のバルブはそのままの位置で動かなくなってしまうのです」

 

これまで起こった暴走事故は訓練宙域などの広大な宇宙空間で発生しており、致命的な事態に陥る前に手動バルブの閉鎖などの対応で事なきを得ていました。しかし、今回の暴走では衝突までの猶予はありませんでした。

 

「衝突の衝撃で燃料バルブが破損し、反応炉に大量の燃料が流れ込みます。一方で冷却材が失われたため反応炉は急速に加熱し、超高圧状態となりました」

 

システムは反応炉の強制停止を試みますが、手立てはもはや残されていません。

 

「そして、高まった圧力は閉鎖されていたメインスラスターバルブを破壊し、スラスターは最大出力で噴射された……これがグラン・カナリア暴走の真相です」

 

事故発生から1ヶ月後、ようやく連邦軍からBVRとNDRの記録の一部が調査チームに開示されました。最大の謎、グラン・カナリアの管制無視の理由が明らかにされる時が来たのです。

 


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