U.C.メーデー!:航空宇宙事故の真実と真相   作:AzureSky

5 / 7
提訴してやる⑤

 

「連邦軍からの情報開示は、正直言って遅きに失した感がありました。既にガーディアン・バンチでのクーデター、いわゆる“暁の蜂起”事件が起きたあとであり、連邦とジオンの亀裂は決定的となっていました」

 

暁の蜂起発生後、当時ジオン自治共和国首相であったギレン・ザビの指示により、FTSBはジオン独自の事故調査委員会へ調査を引き継ぐよう要請されます。

 

「突然、時代錯誤な軍服を着た連中が入ってきて、我々に出ていけと言うんです。FTSBとしては共同調査の継続を訴えたのですが、聞き入れられませんでした。ジオン側の調査官とはここまで共に仕事をしてきてお互い信頼関係にあったため、調査資料をなるべく多く提供することにしました。しかしながら連邦軍からの開示資料は、あくまで連邦運輸安全委員会向けの開示だとしてジオンの調査チームに渡すことは許されませんでした」

 

結果として、ジオンと連邦それぞれの調査チームが別々に報告書を出す形になりました。ジオン側の事故調査報告書は、FTSBがマハルの調査拠点を撤収してまもなく発表されます。

 

「ジオン側の報告はごく政治的な主張で、全ての責任をグラン・カナリアの恣意的な管制無視に起因するものとして人的要因を訴える内容でした。報告書が公開されてすぐにジオンの調査官から私的に連絡があり、無念だ、中立的な調査結果を公表したかったが受け入れられなかったと聞きました」

 

グレッグら連邦運輸安全委員会の調査チー厶はフォン・ブラウンへ拠点を移し、グラン・カナリアのレコーダーの解析に取り組みます。ボイスレコーダーの内容は、一部が作戦機密にあたるとして削除されていたものの、概ね事故の推移を追うことができるものでした。

 

「それでは、聞いてみよう」

 

『まもなくサイド3です。到着まで10分』

 

声の主は、操舵手を務めるアメリ・アル・スタイン准尉です。

 

『フォン・ブラウンで時間を食いすぎたツケだな、もうマージンは2分も残ってないぞ』

 

艦長のボブナン・ウォーカー中佐は、明らかに苛立っています。

 

『も、申し訳ございませんでした……』

『謝罪はいい、何としても間に合わせるんだ』

 

「どうやら、時間の余裕がない任務だったようだ」

 

ブリッジは重苦しい雰囲気で、ほとんど会話はありません。サイド3へ近づくにつれ、事務的な連絡が続きます。通信手のニール・ハイネマン軍曹の声が入りました。

 

『マハルコントロール、こちら巡洋艦“グラン・カナリア”、入港許可を求める』

《グラン・カナリア了解、こちらマハルコントロール。現在サブポートは使用できません。パパ・ビーコンからロミオ・ビーコンへ周り、ゲート4へ向かって下さい》

『了解……艦長、その、サブポートは閉鎖されているそうです』

『だったらメインポートへ最短距離で向かえ。こっちは一級任務なんだ』

『了解しました』

『ニール軍曹、私が直接話をつける。入港管制を呼び出せ』

『りょ、了解』

 

「良く言えば職務に忠実、悪く言えば高圧的な艦長だな。誰も彼に意見できる環境じゃない。これではブリッジに一人しかいないのと同じだ」

 

軍隊には厳格な上下関係があるため、こうした状況に陥りやすい面があります。民間航空業界においてもクルーリソースマネジメント(CRM)の問題として前世紀から解決が試みられてきましたが、今でも事故の原因となり得る事象です。

 

『入港管制、こちら巡洋艦グラン・カナリア艦長。フォン・ブラウンからの一級任務だ。最優先で入港したい』

『ケベック・ビーコン通過、このまま入港コースに入ります』

《グラン・カナリア、こちら入港管制。貴艦は待機されたし。出港船舶あり、待機されたし》

『艦長、前方にアルカナ級がいます』

 

「ちょっと待て」

 

決定的な一言です。

 

「グラン・カナリアは、この時点で1736便の存在を認識していた」

 

ますます、グラン・カナリアがなぜ入港を強行したのか疑問が深まります。

 

『本艦は第一級任務を遂行中である。航路を変更させろ』

《出港船舶に優先権あり。航路を空けなさい》

『命令するのか、本艦に!一級任務だぞ!……アメリ准尉、そのまま直進させろ。衝突防止システムで押し退けてやれ』

《衝突する、回避、回避!》

『ボブナン艦長、相手も直進してきます!』

『何だと、ぶつける気か!あぁクソッ、連邦に提訴してやる!』

『急速上昇!イヤァアアッ!』

 

アメリ准尉の悲鳴が響きます。どうやら、グラン・カナリアのクルーの狙いが見えてきました。

 

「なるほど……彼らは、衝突防止システムによって、民間船舶を無理やり押しのけられると考えていたんだ。アルカナ級のセンサーに死角があると知らずに」

 

ボブナン中佐の経歴を調べると、これまでに小型船を相手に2度同様のトラブルを起こし、民間船舶側が衝突防止システムで強制的に回避するように強引な操艦を行っていたことが分かりました。

 

「ところが1736便が回避を行わないので、マニュアル操船で意図的に衝突させにきたのだと錯覚した」

 

『下部甲板大破!艦長、反応炉が!』

『燃料弁閉鎖!主機を潰しても良いから止めろ!』

『ダメです、バルブが……』

『畜生!』

 

衝撃音を最後に、ボイスレコーダーは終了しています。調査官は、まだ解明すべき謎があると考えていました。

 

「上官の命令があったとはいえ……なぜ彼女は衝突を回避しようとしなかった?」

 

操舵手のアメリ准尉は、1736便が回避行動をとらないのを見て両舷後進をかけましたが、明らかに遅すぎました。その距離はわずか550メートルであり、仮に1736便が回避を始めたとしても間に合わない近さです。

 

「そもそも、サラミス級にも衝突防止システムがあり、1736便との衝突が避けられない状況になる前に対処ができたはずだ」

 

ナビゲーションデータレコーダーの解析が、この疑問を解く鍵となりました。NDRには衝突の直前の航法システムの状況がすべて記録されています。

 

「ドッキングモードに設定されていたのか」

 

ドッキングモードとは入港後のドッキングベイへの着岸時に使用される操艦補助モードで、このモードでは前方の衝突警報システムなどは機能しません。通常、入港が完了するまでは使用されない設定です。

 

「クルーはとにかく着岸を急いでいて、入港する前からドッキングモードを起動していた。だから、1736便が異常に接近していても警報が作動しなかった」

 

しかし、調査官には腑に落ちない点があります。警報が鳴らなかったとはいえ、ブリッジのクルーは目の前に接近するアルカナ級を見ていたはずです。

 

「グラン・カナリアの視界に問題は無かったはずだ。1736便のように、別の問題の対応に追われていたわけでもない。それなのに、悠長に管制と口論を続けた……なぜ彼らはまだ回避行動が間に合うと考えていたんだ?」

 

謎の答えは、意外なところからもたらされました。調査チームに参加した航空宇宙心理学者です。

 

「エビングハウス錯視だって?」

 

エビングハウス錯視とは、巨大な形状が周囲にあるとその中心にある物体が実際より小さく見える錯覚で、今回の場合アルカナ級の背後には巨大なメインポートとマハルコロニーそのものがあり、中心に位置する1736便は実際より小さく、遠くにあるように錯覚されたのです。そもそも真空の宇宙空間では遠近感を捉えるのが難しく、更にアルカナ級自体は0076年に就航した新型船で、グラン・カナリアのクルーはその正確なサイズ感を知らなかった可能性があります。

 

「こうした錯視、錯覚は、いつどこのパイロットにも起こりえます。だからこそ、クルーは運航手順を守り、システムの十分な援助を得て危険を回避するべきなのです」

 

事故発生から6週間後、調査チームは事故の原因を報告書にまとめました。その中で、FTSBはグラン・カナリアの管制無視に加えてサラミス級の構造的欠陥、アルカナ級の衝突防止システムの不備、農業ブロックの安全管理基準を指摘しました。中でも、連邦軍による民間船舶への危険航行は強く非難します。

 

「力を持つことが、すなわち全てに優先することだという錯覚が連邦軍を支配していました。それゆえ彼らは安全基準を軽視し、ジオンを含めたスペースノイドを侮り、一年戦争という破局へ至ったのです」

 

一方、この報告はジオン共和国側からは冷淡な反応しか得られませんでした。

 

「MIPなどは、一切自らの設計に非を認めようとしませんでした。ただ、その後アルカナ級を改装して作られたムサイ級巡洋艦には、FTSBが指摘した通りの位置に補完用の短距離光学センサーが装備されていたといいます」

 

そして、そもそもなぜグラン・カナリアが大急ぎでサイド3へ向かっていたのか、任務の内容は軍事機密として長らく公表されることはありませんでした。しかし、0096年のラプラス事変を契機に、過去の事件の情報開示を求める運動が活発化します。そして、0098年になって真相が明かされたのです。

 

「グラン・カナリアは、フォン・ブラウンの生物化学研究所から大量のワクチンバイアルを輸送していました。事故の前日、ジオン独立過激派グループがマハルコロニーでテロを行うことを予告しており、連邦の諜報機関がその内容を掴んでいたのです」

 

過激派グループは強力なウイルス兵器を使用することで、穏健派の多いマハル市民を虐殺しようと試みていました。連邦政府はこれを事前に察知し、使用される予定のウイルスを無効化するワクチンを大至急送り込む必要に駆られます。

 

「当時の連邦軍が所有していた中で最も高速なのがサラミス級巡洋艦でした。一方でそのワクチンは専用の設備で超低温状態を保持しなければ急速に劣化してしまいます。サラミス級の貨物庫を改造する時間的余裕も無かったため、ひとまずバイアルを積めるだけ積んで、タイムリミット以内にマハルのワクチン保管庫に届ける作戦となったのです」

 

こうして設定された制限時間はわずか5時間30分でした。荷役作業やコロニー内の輸送も加味すると、実質的に許された航行時間は3時間以下です。

 

「この厳しいタイムリミットは、クルーにとって大きな精神的負担となりました。しかし、彼らは何としてもマハルコロニーの市民を救おうとしていたのです。その結果、事故で多くの被害を出すことになったのは皮肉と言うほかありません」

 

過激派グループはサブポートでのテロ未遂を陽動として行った後にウイルスを散布する計画でしたが、グラン・カナリアの衝突事故を受けて作戦を中止しました。結局、穏健派の首班とみなされていたマハル代表議員のエルンスト・シッダが独立演説で態度を豹変させたことで、世論はジオン独立へ大きく傾き彼らの目的は達成されたのです。

 

「この事故のあと、ジオンと連邦は対立を深め、翌々年には一年戦争へと突き進んでゆきます。しかし、全ては善意から始まっていたはずなのです。あのとき我々に何ができたのか、悲劇を止めることができなかったのか、今でも悩み続けています」

 

制作・著作 フェデラルジオグラフィックチャンネル

 




(凄まじい速さで流れるスタッフロール)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。